毎月5日・15日・25日発行(ただし1月5日、5月5日、8月15日は休刊) ISSN 1881-4417
ロシアNIS経済速報
社団法人 ロシアNIS貿易会 2010年(平成22年)12月25日号 No.1516 目 次FIFAワールドカップ・ロシア大会開催決定に寄せて
... 服部 倫卓 1 キーパーソン ... 13 ウクライナとキルギスの政権人事/13 トピックス ... 14 日清食品、ロシア企業へ追加出資/14 エトセトラ ... 15 『調査月報』2011年1月号のご案内/15FIFAワールドカップ・ロシア大会開催決定に寄せて
ロシアNIS経済研究所 服部 倫卓はじめに
国際サッカー連盟(FIFA)は12月2日、スイスのチューリッヒで開いた理事会で、2018 年および2022年のFIFAワールドカップ(W杯)開催国を決定した。その結果に接し、本誌 読者の多くは、「1勝1敗」という思いを抱いたのではないか。2022年の開催地は中東のカ タールに決まり、日本はあえなく落選した。しかし、2018年の開催地が、我々の関心対象 国であるロシアに決まったからである。 ロシアにとって2018W杯は、単に世界的なスポーツ大会が来るというだけでなく、国が 近代化を遂げていくうえでの大きな節目になると予想される。また、関連需要により、日 ロ経済関係が拡大することも期待されよう。 そこで本稿では、ソ連時代から今日に至るまでのロシア・サッカーの歩みをおさらいし たうえで、2018ロシアW杯の開催都市および会場、投資コスト等につき報告し、さらに大 会を成功させるための課題について論じることとする。ROTOBO
Connecting Marketsソ連/ロシア・サッカーの軌跡
まず、長期的な視点で、ロシア(およびその前身国家であるソ連)サッカー代表チーム の軌跡を跡付けてみよう。ソ連/ロシアの二大大会、すなわちW杯とヨーロッパ選手権(ユ ーロ)における成績を表1にまとめてみた。なお、W杯は1930年から開催されているが、 ソ連が参加するようになったのは1958年からである。また、ユーロは1960年が第1回であ り、ソ連は最初から参加している。 表を見れば一目瞭然のように、往時のソ連代表は世界でも一目置かれる強豪だった。W 杯こそベスト4が最高だが、ユーロでは優勝1回(初代チャンピオン)、準優勝3回を誇る。 ちなみに、ソ連はオリンピックの男子サッカーでも、金メダルに2度(1956年と1988年)、 銅メダルに3度輝いている。もちろん、かつてオリンピックはアマチュアだけの大会だっ たから、国がアマ選手を丸抱えする社会主義国が有利だったという要因はあるが。 ところが、1970年代の半ばから、ソ連のサッカーはかつてほど振るわなくなった。1988 年のユーロ準優勝とオリンピック優勝はあったにせよ、W杯やユーロの本大会出場を逃し たり、出てもグループリーグであっさり負けたりすることが多くなった。そして、ソ連が 崩壊し、新生ロシアの時代になると、国自体の混乱を反映して、サッカーの低迷にも拍車 がかかる。表1 ソ連/ロシア代表チームの二大大会における成績
FIFAワールドカップ(W杯) ヨーロッパ選手権(ユーロ) 1958年 ベスト8 1960年 優勝 1962年 ベスト8 1964年 準優勝 1966年 4位 1968年 4位 1970年 ベスト8 1972年 準優勝 1974年 × 1976年 ベスト8 1978年 × 1980年 グループリーグ敗退 1982年 二次リーグ敗退(ベスト12) 1984年 × 1986年 ベスト16 1988年 準優勝 1990年 グループリーグ敗退 1992年 グループリーグ敗退 1994年 グループリーグ敗退 1996年 グループリーグ敗退 1998年 × 2000年 × 2002年 グループリーグ敗退 2004年 グループリーグ敗退 2006年 × 2008年 3位 2010年 × 2012年 現在予選で首位に立っている (注)1990年まではソ連としての、1992年はCIS(旧ソ連)合同チームとしての、1994 年以降はロシアとしての成績。「×」は予選で敗退し本大会に出場していないことを意 味する。ただし、ソ連崩壊後の成績低下については、考慮すべき要因がある。ソ連邦は15の共和 国から成り、サッカーに関して言えばウクライナやグルジアなど、ロシア以外の共和国の 寄与も決して小さくなかったのである。1986W杯のソ連代表チームに至っては、ロシアの 選手よりもウクライナの選手の方が多かったほどだ。ソ連が解体し、ロシア単独のチーム になれば、戦力ダウンするのも当然である。
ロシア・サッカーの復権
そんなロシア・サッカーにも、2000年代に入ると、再興の兆しが出てきた。プーチン政 権の下で国が安定し、経済が上向いたことがその背景にあった。当初、経済成長の恩恵は 必ずしも国内サッカーに届かず、2003年にはロシアの石油王ロマン・アブラモヴィチ氏が 巨費を投じて、イングランド・プレミアリーグの「チェルシー」を買収して物議を醸す一 幕もあった。 ただ、そのアブラモヴィチ氏が2004年にCSKAモスクワの実質的なスポンサー役を買って 出ると、効果はすぐに表れ、同クラブは2004/2005年シーズンのUEFAカップで見事優勝を 果たした(その後アブラモヴィチは手を引き、現在はバシネフチがスポンサー)。また、ガ スプロムをスポンサーとするゼニト・サンクトペテルブルグも、2007/2008年シーズンの UEFAカップで優勝を遂げている(その後UEFAカップはUEFAヨーロッパリーグに改組)。 ある意味でそれ以上にセンセーショナルだったのがルビン・カザンの健闘であり、同クラ ブはさらに格の高い大会であるUEFAチャンピオンズリーグで、2009年にあのFCバルセロ ナを敵地で倒してしまった。 このように、クラブ・チームがヨーロッパの国際大会で結果を残すようになるにつれ、 ロシア代表チームも復権を遂げるようになった。2008年のユーロでロシア代表は、名将ヒ ディンク監督に率いられて旋風を巻き起こし、3位という好成績を収めた。しかし、その 余勢を駆って臨んだ2010W杯のヨーロ ッパ大陸予選では、プレーオフでスロベ ニアに屈し、南アフリカW杯出場を逃し た(選手たちが試合前夜に未明まで夜遊 びをしていたとするスキャンダルも浮 上)。 2000 年 代 に 入 っ て か ら の ロ シ ア の FIFAランキングの推移は図1に見ると おりであり、最新の2010年12月のランキ ングではロシアは世界第13位となって いる。図1 ロシアのFIFAランキングの推移
ロシア・プレミアリーグの今
2010年になって、本田圭佑(CSKAモスクワ)、松井大輔(トミ・トムスク)、巻誠一郎(ア ムカル・ペルミ)と、代表を経験した3人の日本人選手がロシア・プレミアリーグのクラ ブに移籍した。本田人気もあり、日本のCS放送(スカパー!)がロシア・プレミアリーグ の中継放送を始めたほどだ。日本に居ながらにしてロシアのサッカーを観戦できるとは、 まさに隔世の感である。ただ、3人とも移籍の噂があり、せっかく日本人にとって身近に なったロシア・サッカーが、また馴染みのないものになってしまうかもしれない。 寒冷地であるロシアはこれまで、日本と同じような春秋制で国内のリーグ戦を戦ってき た。ちょうど2010年シーズンが終わったところなので、プレミアリーグの最終結果を表2 に示しておこう。表中のCLはUEFAチャンピオンズリーグを、ELはUEFAヨーロッパリーグ を意味しており、各チームにとってはこれらのヨーロッパの国際大会への出場権を得るこ と(それによって収入が劇的に増える)が大きなモティベーションになっているわけだ。 順位 クラブ名 ホームタウン 勝ち 点 勝 分 負 備考 主催試合1 試合平均観 客動員数 ゼネラルスポンサー 1 ゼニト サンクトペテルブルグ市 68 20 8 2 CLグループ ステージへ 20,622 ガスプロム 2 CSKA モスクワ市 62 18 8 4 CLグループ ステージへ 8,280 バシネフチ 3 ルビン タタルスタン共和国 カザン市 58 15 13 2 CL予選第3ラ ウンドへ 12,967 TAIFタトエネルゴ 4 スパルタク モスクワ市 49 13 10 7 EL予選第4ラ ウンドへ 21,357 ルクオイル 5 ロコモチヴ モスクワ市 48 13 9 8 EL予選第3ラ ウンドへ 13,280 ロシア鉄道 6 スパルタク カバルダ・バルカル共和国 ナリチク市 44 12 8 10 9,580 カバルダ・バルカル共和国行政府 7 ディナモ モスクワ市 40 9 13 8 7,151 VTB 8 トミ トムスク州 トムスク市 37 10 7 13 11,920 トムスク州行政府 9 ロストフ ロストフ州 ロストフナドヌー市 34 10 4 16 11,367 ロストフ州行政府 10 サトゥルン モスクワ州 ラメンスコエ市 34 8 10 12 6,380 モスクワ州行政府 11 アンジ ダゲスタン共和国 マハチカラ市 33 9 6 15 11,307 ダゲスタン共和国行政府 12 テレク チェチェン共和国 グロズヌィ市 33 8 9 13 8,240 チェチェン共和国行政府 13 クルィリヤ・ソヴェトフ サマラ州 サマラ市 31 7 10 13 13,819 ロステフノロギー 14 アムカル ペルミ地方 ペルミ市 30 8 6 16 10,920 ペルミ地方行政府 15 アラニヤ 北オセチア共和国 ウラジカフカス市 30 7 9 14 下部に降格 16,300 北オセチア共和国行政府 16 シビリ ノヴォシビルスク州 ノヴォシビルスク市 20 4 8 18 下部に降格 9,937 シブモスト、RATM、マリヤ・ラ (注)来季は下部リーグから、クバン(クラスノダル地方クラスノダル市)およびヴォルガ(ニジェゴロド州ニジニノヴゴロド市)が昇格。 (出所)http://www.rfpl.org およびロシア語版ウィキペディアから筆者作成。表2 ロシア・プレミアリーグの2010年シーズン最終結果
表2で上位を占めるのは主に大企業をバックにした大都市のクラブだが、意外にイスラム 系少数民族共和国のチームも頑張っていることが分かる。他方、百万都市や、W杯開催都 市のクラブであっても、下部リーグで低迷しているケースも少なくない。 なお、表2でCSKAおよびディナモというモスクワの人気チームの観客動員が振るわない のは、どちらもホームスタジアムを改修または建設中であり、現在は交通の不便なヒムキ・ アリーナを間借りして使っているためと考えられる。 ロシアの国内リーグ戦はこれまでの春秋制から、他の欧州諸国と同様の秋春制に移行す ることが決定している。2011/2012年は過渡期の変則的なシーズンとなり、2011年春から2012 年春まで1年半にわたって戦われることになる。秋春制への移行により、ロシアのサッカ ーはこれまで以上にヨーロッパ・サッカーと密接に連動したものになっていくだろう。
W杯開催都市に関する考察
さて、2018ロシアW杯である。ロシアW杯は13都市、16会場での開催が予定されている。 具体的には、表3および図2に示したとおりである。 ただし、開催地はまだ最終的に確定したというわけではないそうだ。2010年12月7日付 『ロシア新聞』に、「ロシア2018」申請委員会のアレクセイ・ソロキン委員長のインタビュ ー記事が出ており、委員長は概略以下のように語っている。いわく、現在名前が挙がって いる13都市は、開催が確定しているわけでは決してなく、正式な開催都市決定は全面的に FIFAに委ねられる。FIFAがロシア側と協議をすることはあるが、あくまでもFIFAのイベン トなので、ロシア側に開催都市決定権はない。開催都市が最終的に確定する期限は2013年 初頭で、それより早まることはありうるが、それより遅いことはない。13都市以外のロシ アの他の都市も誘致したい意向を表明しており、ロシア側としてはそれに関してFIFAに要 望を出すことはできるものの、決めるのはあくまでもFIFAで、よほど説得力のある要望で なければ聞き入れられることはあるまい。13という数も決まっているわけではなく、もし かしたら10くらいになるかもしれない。以上がソロキン委員長の説明だ。 さて、地図を見ればお分かりいただけるとおり、13都市はすべてウラル山脈以西のヨー ロッパ・ロシアに位置している。おそらく、ロシア政権当局やサッカー関係者には、シベ リアや極東の都市も加えたいという思いがあったのではないだろうか。先日、ロシア代表 チームの国際Aマッチが初めてヴォロネジで開催されたが、その際に中心選手のケルジャコ フは、「代表の試合を地方で開催するのは素晴らしいことだ。ウラジオストクあたりでもや ったらいいと思う」と語り、サッカーの恩恵をロシア全土に広げたいという意欲をうかが わせていた。しかし、W杯開催エリアをシベリア・極東まで広げようとすると、選手・関 係者・観客に過度な移動の負担を強いることになり、大会招致のうえで不利になるという ことで、やむなくヨーロッパ・ロシアだけでの開催計画を立てたのではないかと推察する。表3 2018ロシアW杯の開催都市とスタジアム
(出所)FIFA, 2018 FIFA World Cup Bid Evaluation Report: Russia (2010)等にもとづいて筆者作成。
図2 2018ロシアW杯の開催都市
(注)右のモスクワの地図で、緑のピッチのマークが、スタジアムの位置を示している。 完成時の 収容人数 建設工事 の区分 建設費 (100万ドル) 完成 予定年 スタジアムを本拠地 とする予定のクラブ ルジニキ・スタジアム 89,318 大規模改修 240 2016 - スパルタク・スタジアム 46,990 新設 290 2014 スパルタク ディナモ・スタジアム 44,920 大規模改修 280 2017 ディナモ - 44,257 新設 260 2017 サトゥルン 4,582 69,501 新設 415 2012 ゼニト 420 45,015 新設 210 2017 バルチカ 1,130 45,105 新設 250 2013 ルビン 982 45,015 新設 210 2017 ロトル 1,273 44,899 新設 240 2017 ヴォルガ 1,135 44,198 新設 180 2017 クルィリヤ・ソヴェトフ 296 45,015 新設 180 2012 モルドヴィア 606 44,042 新設 200 2013 シンニク 338 43,702 新設 225 2013 ジェムチュジナ 711 50,015 新設 260 2017 クバン 1,049 43,702 新設 220 2017 ロストフ ● ウラル 1,332 44,130 大規模改修 160 2013 ウラル 10,509 クラスター 開催都市 都市の人口 (1,000人) スタジアム モスクワ市 ソチ市 ● ヴォルガ クラスノダル市 ロストフナドヌー市 エカテリンブルグ市 ● 南 カザン市 ヴォルゴグラード市 ニジニノヴゴロド市 サマラ市 サランスク市 ヤロスラヴリ市 モスクワ州 ★ 中央 サンクトペテルブルグ市 カリーニングラード市 ● 北視点を変えて、ヨーロッパ・ロシアの大都市で、開催都市から抜けているのはどこかと いうことを考えると、チェリャビンスク(人口109万)、ウファ(103万)、ペルミ(99万) などが挙げられる。いずれも(広義の)ウラル地域に位置しており、これらの都市を加え ようとすると重心が東に寄ってヨーロッパから遠ざかってしまい、やはり招致のうえで不 利ということで、ウラルはエカテリンブルグだけということにしたのではないか。 その結果、選ばれた13都市は、ほとんどがモスクワと同じ時間帯(UTC+3)に属すこと となった。例外は、カリーニングラード(モスクワ時間-1)とエカテリンブルグ(モスク ワ時間+2)の2会場だけである。どの開催都市も、モスクワから飛行機で飛べば、最大で 2時間強くらいで到着が可能だ。このように、時差や移動距離という観点からすれば、充 分に許容範囲内と言える。これらの尺度では、むしろ1994アメリカW杯の方が大変だった はずだ。
クラスター・コンセプトは奏功するか?
そのうえロシアは、選手や観客になるべく移動の負担をかけないようにする工夫も打ち 出している。それが、開催地を5つの地域的な「クラスター」に分けるという方式に他な らない。表3に示したように、13都市は、中央、北、ヴォルガ、南、ウラルという5つの クラスターに分けられている。 2018ロシアW杯では、各参加国がまず3つの異なる都市でグループリーグの3試合を戦 うが、その際に3つの都市は同一のクラスターか、最大でも2つのクラスターに属すもの とされている。たとえば、日本代表の第1戦はヴォルガ・クラスターのカザン、第2戦は 同じくヴォルガ・クラスターのヤロスラヴリ、第3戦は中央クラスターのモスクワ、とい ったイメージであろう。これにより、会場のローテーション原則を守り、参加者がロシア の多様性に触れられる一方、移動の負担が相対的に軽減される。これが、今回ロシアが打 ち出したクラスター・コンセプトである。 ただし、ロシアに土地勘のある読者ならば、都市間の移動に関して「そう簡単には行く まい」とお感じになるのではないか。モスクワ⇔地方都市の移動は問題ないにしても、厄 介なのは地方都市間の移動だ。私自身、先日カザンからサマラに移動する機会があったが、 お隣同士の地域であるにもかかわらずダイレクトな交通手段がなく、やむなくカザン→モ スクワ、モスクワ→サマラと飛行機を乗り継ぐことを余儀なくされた。結局のところ、地 方都市間の移動は、モスクワを(場合によってはフランクフルトを?)をハブにするよう な動き方になってしまうことが多いと予想され、そうなると移動だけで一日がかりだろう。 これでは、クラスター・コンセプトも、画餅に終わってしまう。そもそも、クラスターの 分け方が不自然だし、各クラスターの都市数にばらつきがありすぎる。いっそのこと、ヴ ォルガ川に客船でも浮かべて、それに乗って開催都市間を移動したら楽しいだろうが。大会準備に必要なコスト
2010年12月3日付の『ヴェードモスチ』紙によると、ロシアが2018W杯の開催準備のた めに費やさなければならない支出は約500億ドルに上り、ウラジオAPECの90億ドル、ソチ 五輪の300億ドルを大きく上回ることになるという。 一方、2010年12月10日付のウクライナ『コレスポンデント』誌は、ロシアがW杯準備の ために求められる支出総額を600億~700億ドルとしている。その内訳は、交通インフラ整 備:350億~400億ドル、旅行関係のインフラ整備(ホテル建設など):110億ドル、スタジ アム建設費:38億ドル、その他:52億~152億ドルとなっている。 もっとも、すべてが公的資金から拠出されるわけではない。モスクワのスパルタク・ス タジアムやディナモ・スタジアムは民間の資金で建設されるし、ホテル建設なども常識的 に考えて民間の仕事になるだろう。いずれにしても、2018W杯が新生ロシアにとっての最 大の投資プロジェクトとなることは間違いなく、その大部分が連邦および地域の財政から 賄われるわけだ。財政当局からは早くも、財源を捻出するため、付加価値税などの増税を 匂わす発言も聞こえてきている(http://top.rbc.ru/economics/21/12/2010/518828.shtml)。 他方、前出の富豪アブラモヴィチ氏は2018W杯のロシア誘致にも尽力したとされており、 本人は今後も政府と連携してW杯の準備事業に資金協力を行う構えを示しているという。 プーチン首相も、アブラモヴィチ氏の資金協力に期待している旨、公言しているとのこと だ(http://top.rbc.ru/society/03/12/2010/509637.shtml)。いかにもロシアという話ではあるが、 大会の透明な運営という観点から、決して好ましくないことは言うまでもない。スタジアムは有効活用されるのか?
予定されている16会場のうち、3スタジアムは既存の施設を改修する形だが、残り13ス タジアムはすべて新規に建設される。スタジアム建設費は、合計で38.2億ドルに上る。 モスクワのルジニキ・スタジアムは、日本で言えば国立競技場に相当する聖地である。 2018年の開幕戦と決勝はここで行われる。現状でも78,394人の収容が可能だが、W杯の開幕 戦・決勝の会場には8万人以上のキャパシティが求められることもあり、大規模改修が実 施されることとなった。 モスクワ市内では、さらに2会場が予定されている。スパルタクはこれまで、ロシア屈 指の人気チームであるにもかかわらず自前の競技場をもっていなかったので、スパルタ ク・スタジアムの誕生は待望であろう(資金を出すのはおそらくスポンサーのルクオイル ではないか)。ディナモ・スタジアムは2009年からすでに改修工事に入っており、36,800人 だった収容人数が44,920人にまで拡張される(VTB銀行が出資)。なお、CSKAも自前のス タジアムを新規建設中だが(収容人数約30,000人、2013年完成予定)、こちらはW杯には使 用されない。2007年のフォーラムにおける署名式の模様。 黒川紀章氏は同年10月に惜しくも急逝された。 ユニバーシアードに向け、街の美化活動を推進する カザンの青年有志たち。2010年11月撮影。 サンクトペテルブルグのスタジアムは、通称「ガスプロム・アリーナ」と呼ばれるが、 実際に建設費を出しているのはサンクトペテルブルグ市行政府である。ご存知の方も多い と思うが、設計を担当したのは黒川紀章建築都市設計事務所なので(2007年2月の第2回 日露投資フォーラムで契約署名、写真参照)、ある意味で日本企業は外国勢として最初に 2018ロシアW杯関連事業に参画していたと言えるかもしれない。 新設スタジアムのうち、カザンのスタジアムは完成予定が2013年と早い。これは、同年 夏にカザンでユニバーシアードが開催されることになっており、その会場をW杯にも使用 するからである。同じパターンがソチであり、2014年ソチ冬季五輪のメイン競技場を2018W 杯にも活用することになっている。 さて、上述した一連のスタジアムは、巨大都市に所在していたり、強豪チームの本拠地 となったり、W杯以外の大イベントにも活用されることが決まっていたりするケースであ る。したがって、これらの建設・改修工事には、一定の合理性がある。問題は、それ以外 の地方都市に建設されるスタジアムだろう。FIFAがW杯開催国に要求する条件は大会ごと に厳しくなる一方であり、現在では収容4万人以上のスタジアムを12箇所以上用意するこ とが義務付けられている。ロシアのスタジアムの一覧を見ると、だいぶ無理をして基準を 満たしているという印象が否めない。 2010年のロシア・プレミアリーグの1試合当たり平均観客動員数は、12,091人だった。表 2に見るように、ゼニトやスパルタクのような超人気クラブですら2万人程度であり、残 りはだいたい1万人前後である。これからロシアでどんなにサッカー熱が高まったところ で、1試合当たりの観客動員は、エリート・クラブで3万~4万人、その他のクラブでは 2万人くらいがマックスだろう。こうしたなかで、収容4万人以上のサッカー専用スタジ アムを多数建設することに合理性があるとは思われず、W杯終了後の有効活用はまず期待 できない。サランスク市などに至っては、人口規模も小さければ地元クラブも弱く、大ス
タジアムの必要性はおろか、そもそもなぜ開催地に選ばれたのか疑問である。 「大は小を兼ねる」と思われるかもしれないが、空席の多いサッカーの試合というのは 実にわびしいものである(日本のセレッソ大阪などは、今季スタジアムをダウンサイズす ることによって成功した好例だ)。FIFAの要求ゆえにやむをえないとはいえ、大規模スタジ アムを多数建設することは、資金を浪費するだけで、ロシアのサッカー文化の発展につな がらないのではないかと懸念する。
最大の課題は交通インフラの整備
FIFAは、ロシアの立候補を受けて、その申請内容を検討した評価報告書を作成し、発表 している(FIFA, 2018 FIFA World Cup Bid Evaluation Report: Russia, 2010)。このなかでFIFA は、各項目に関する検討結果を低リスク・中リスク・高リスクの3段階で評価している。 過半数の項目が低リスクであり、その他もほとんどが中リスクと評価されるなかで、唯一 高リスクとされたのが「空港および国際交通」であった。報告書では、「空港の改修が計画 されてはいるが、それでもいくつかの空港は処理能力が必要水準に達しない。求められて いる一時施設は、提案はされているが、保証はされてない」と指摘されている。 ちなみに、(ロシア国内の)陸上交通の項目は、中リスクの評価であった。報告書では、 「陸上交通は距離が長く、本数が少ない。提案されているクラスターのうち、いくつかの クラスター間の移動では、代替となる交通手段が存在しない。このことは、空路への強い 依存につながる恐れがある」とコメントされている。 一方、都市内部の交通については、低リスクという評価であった。「全体として、既存の、 また計画されている都市内交通は、充分な水準である。いくつかの都市では、鉄道車両が 古く、不安定性を招く可能性もある」と記されている。 率直に私見を述べれば、陸上交通や都市内交通に関するFIFAの評価は、やや甘いのでは ないかと思う。確かに交通インフラは存在しているが、慣れない外国人がロシアの公共交 通を確実かつ快適に使いこなせるかというと、疑問符がつく。結局、国際間・都市間の移 動は飛行機、都市内の移動は貸し切りバスやタクシーといったパターンにならざるをえな いのではないか。そう考えると、ロシアには、タクシーをもっと秩序立ったものにしてほ しいものである。また、道路の渋滞問題への対処も怠りなくやってほしい。 いずれにしても、交通インフラの近代化こそ、2018ロシアW杯に向けた最大の課題と位 置付けられている。上述のとおり、ロシアは2018年に向けて350億ドル以上の交通インフラ 整備費を見込んでおり、これはスタジアム建設費の10倍に相当する。ロシアは大会までに、 7,711kmの道路、2,024kmの鉄道を建設するという(『ヴェードモスチ』紙、2010.12.3)。FIFA のレポートから、交通インフラの改修・建設計画を示した部分を抜粋して添付するので、 ご参照願いたい。ただし、この交通インフラ整備事業は、2018W杯のために特別に実施するというわけで はない。ペスコフ首相報道官によると、もともとロシア政府が計画していたものを、FIFA 向けに期限を設けて公約したということであり、その意味では追加負担が生じるわけでは ないとのことである(『ヴェードモスチ』紙、2010.12.3)。
おわりに —真の課題とは
2018W杯はロシアにとって、近代化・経済発展を遂げていくうえでの大きな節目となる だろう。日本に例えて言うなら、2002W杯というよりも、東京五輪+大阪万博くらいのイ ンパクトのあるイベントになるのではないか。また、ウラジオAPECやソチ五輪が「点」の 開発なのに対し、2018W杯は点と点を結ぶこと、(ヨーロッパ部に限られるとはいえ)ロシ ア全体をネットワーク化することにこそ本質がある。再び日本に例えて言うなら、「列島改 造」的な意味合いを帯びているわけである。 これから2018年にかけて、W杯に直接・間接に関連した様々な需要が出てくるだろう。 日本企業にも、ぜひビジネスチャンスを掴んでほしいものである。また、W杯が開催され るということで、日本のサッカー選手のロシア移籍が盛んになったり、日本国民のロシア への関心が高まったりといったことも期待される。これを機に、日ロ間の交流が拡大・多 様化することを願いたい。 ちなみに、2012年のユーロは、ポーランド・ウクライナの共催である。それに続いて2018 年のW杯がロシアで開催されれば(しかも同国リーグは秋春制に移行)、ヨーロッパ・サッ カーの重心が大きく東にシフトすることになる。そのことは、ヨーロッパの国際関係全般 にも、有形無形の影響を及ぼすはずだ。 さて、上述のように、2018W杯に向けてロシアは500億ドル以上の巨額の投資を行う必要 があり、これ自体決して容易な課題ではない。しかし、私はロシアが投資を実行し、準備 作業を完遂するだろうと、比較的楽観視している。経済危機の第二派がよほど猛威を振る ったりしない限り、ロシアはやり遂げるはずだ。個人的に心配しているのは、別の問題で ある。それは、インフラ整備のようなハードの問題ではなく、むしろソフトというか、ロ シア国民自身の問題だ。 第1に、最近ロシアで深刻化している暴力フーリガンの問題を指摘しなければならない。 この12月にもモスクワ中心部でフーリガン数千人が暴徒化し(火器で武装していた若者も いたという)、治安部隊によって鎮圧されるという事件が起きた。私見を述べれば、これは サッカーそのものに起因しているわけではなく、ロシア社会の閉塞感や青少年特有の暴力 的な衝動がたまたまサッカーというはけ口を見出して爆発しているだけなのだと思う。た だ、あろうことか、最近では権力関係者がフーリガンを雇って政敵を襲撃する事件が多発 していると伝えられる(『RBCデイリー』紙、2010.11.9)。もはや暴力フーリガンの存在は、ロシアの国家安全保障を脅かす脅威になったと言っても過言でない。これ以上フーリガン による暴力事件や犯罪が多発したら、外国人が安心してロシアを訪れ、サッカー観戦する ことなどおぼつかない。最悪の場合、2018W杯開催権が剥奪されるかもしれない。 第2に、第1の問題とも関係するが、民族主義・排外主義の傾向も懸念される。12月の モスクワの事件も、モスクワのフーリガンとカフカス地域出身者との衝突が引き金になっ ていた。私自身も、最近ロシアに出かけた際に、アジア人であるがゆえと思われる不愉快 な思いを何度かしている(中国人だと勘違いされているのであろうが)。さらに、ロシア国 民が他のNIS諸国を見下したような態度で見るのも、困ったものである(グルジアが2018W 杯出場を決めたら、ロシア国民は拍手で迎えることができるだろうか?)。この第2の要因 が、第1の要因と結び付いたら、これからますます深刻な事件が起きかねない。 第3に、ロシアはサービス業の水準を大幅に改善する必要があるだろう。その際に、空 港やホテルなど、どんなに立派な箱をこしらえても、それをオペレートするのは結局人間 である。サービスの質は、突き詰めて言えば、従業員のやる気にかかっている。しかるに ロシアでは、自分に割り当てられた最低限の作業を機械的にこなすだけで、顧客に誠意あ る対応をしようとしないサービス従業員があまりにも多い。私自身、最近のロシア出張で、 飛行機が欠航になるというトラブルに直面したことがあったが、その際の航空会社窓口の 態度は、「飛行機、飛びませんけど、それが何か?」といった調子だった。W杯に向け、国 民的な意識改革が必要であり、そのためには国家プロジェクトを立ち上げて啓蒙キャンペ ーンを張るくらいのことをする必要があるのではないか。 2018W杯は、ロシアが近代化を遂げ、世界から一流国と認められるための、千載一遇の チャンスである。しかし、もしもロシアが上述の諸問題への対応を怠り、外国からのゲス トを危険な目に逢わせたり、不快な思いばかりさせてしまったら、ロシアは世界での評判 を今以上に落とし、2018年のムンディアルは最悪の大会として人々の記憶に刻まれるだろ う。すべてはロシア国民自身にかかっている。 ロシアは開催国としての責任を 全うできるか?