フォノニック結晶による熱伝導制御と熱電変換応用
Thermal conduction control by phononic crystal and
application to thermoelectrics
東京大学生産技術研究所 野村政宏 e-mail: nomura[at]iis.u-tokyo.ac.jp 1. はじめに 熱伝導は,温度差と熱伝導率で熱流束が決定されて熱移動が起こる拡散現象である.このフーリ エの法則は,充分に大きく均質な固体系を想定したものであり,熱工学においてほとんどの場合に 適用に問題はない.しかし,熱伝導を担うフォノンが弾道的に輸送される系では,熱コンダクタン スは長さに依存せず一定となり,フーリエの法則は成り立たない.そのため,フォノンの平均自由 行程が系の代表的長さがと同程度より長くなる系では,拡散と弾道的フォノン輸送過程が混在する 準弾道フォノン熱伝導となり,サイズ効果を反映した興味深い熱特性が観測される. そのため,ナノスケール伝熱は,興味深い基礎物理研究の対象となっており,原子スケールのカ ーボンナノチューブ[1]とグラフェン[2],半導体超格子構造[3, 4],ナノ粒子内包構造[5, 6],多孔質 構造[7, 8],ナノワイヤー[9],フォノニック結晶(PnC)構造[10-13]などの様々な構造で特徴的な熱 特性が報告されている[14].高クヌッセン数のフォノン伝導体では,フォノン輸送の弾道性によっ て優れた内部熱伝導率を有する一方で,界面散乱の影響を強く受ける.逆に言えば,ナノ構造形成 技術によって弾道的フォノン輸送系にフォノン散乱を促す構造を形成することで,材料固有の格子 熱伝導率をある程度人工制御することが可能である.格子熱伝導率を変化させる要素としては,図 1 に示すように,不純物散乱,表面・界面散乱,フォノン-フォノン散乱といった粒子的描像で記述 されるインコヒーレントな散乱過程によるものと,周期的構造であるPnC 構造によるフォノンの 波動性に基づいたコヒーレントな過程によるものに分類できる.前者は,古典的な輸送理論の基礎 となるボルツマン輸送方程式に,散乱過程を緩和近似で取り込む際に重要な緩和時間として,現 象解析に用いられる.ここで,f はフォノンの分布関数で,f0は平衡時の分布関数,v は速度ベクト ルである.一方,後者は,形状や材料の密度,ヤング率の周期構造に対して,Floquet 条件の下で 有限要素法を用いてフォノニックバンド構造と群速度を計算し,フォノン輸送解析を行う. 図1 格子熱伝導率を変化させる現象。系の代表長さがフォノンの平均自由行程と 同程度になる系のフォノン輸送(熱伝導)の正確な理解には、フォノンの粒子性と 波動性の両者を考慮する必要がある。ナノ構造化を用いた熱伝導制御は,1990 年代中頃から多数報告されており,ほとんどがフォノ ンの粒子的描像で記述される現象である.本稿では,これらに触れつつ,特に2010 年以降に研究 が活発化してきた,フォノンの波動性に基づくコヒーレントなフォノン輸送制御にスポットライト を当て,解説する.PnC 構造内のフォノン伝導は,フォトニック結晶内の光伝播と美しい類似性を もつため,次のセクションで光子系と格子系のバンドエンジニアリングについて述べる.これまで に報告されたPnC 構造を用いたコヒーレントな熱伝導制御への取り組みを,我々が進めている研 究を交えて紹介する. 基礎研究としての重要性が認識される一方で,現代の電子・光電子デバイスのほとんどがナノ構 造を有するため,実デバイス中の熱輸送現象解析など実用上の重要性も認識されている.また,熱 電変換材料開発においても,電子および熱特性の制御は重要であり,ナノ・メソスケール伝熱の理 解と制御は,エレクトロニクス,エネルギー・環境分野での存在感を一層増してきている.第5 章 では,ナノ構造による熱伝導制御のコンセプトが特に活用できる熱電変換材料開発について取り上 げ,現状と課題,将来展望を述べる. 2. 光子系と格子系のバンドエンジニアリング 結晶中で構成原子の周期ポテンシャルによって電子のエネルギーバンドが形成されるのと同様 に,屈折率の周期構造であるフォトニック結晶構造中ではフォトンに対して[15],また,密度やヤ ング率などの周期構造であるPnC 構造中ではフォノンに対して,ブラッグ回折により各量子の輸 送特性を大きく操作することができる.これらの人工結晶中では,結晶同様に逆格子空間の概念が 成立し,それぞれフォトニック,フォノニックバンド構造が計算できる. 光子系では,Si,InP,GaAs などを用いて高品質なフォトニック結晶が作製され,レーザ[16], スーパーレンズ[17],スイッチング[18],スローライト[19],三次元導波[20]といった固体中でのフ ォトンの取り扱いが報告されている.最も単純な人工結晶構造は,光子系では分布ブラッグ反射構 造であり,二次元,三次元構造[21]も作製されている.例として二次元フォトニック結晶構造とそ のバンド構造を図 2(a)と(b)に示す.二次元フォトニック結晶は,例えば半導体薄膜に周期的な空 孔を設け,材料の吸収がなく,光源の選択肢が豊富な近赤外波長域で動作するよう設計されること が多い.適切に欠陥を設けることで,バンドギャップ内に状態が出現し,波長程度の大きさの共振 器が実現できる.このような系では極めて強い光-物質相互作用を実現することが可能になり,パ ーセル効果や励起子ポラリトンが観測可能な,共振器量子電磁力学系が実現できる[22-24]. 一方,格子系では,1979 年に Narayanamurti らによって GaAs/AlGaAs 超格子構造においてフ ォノンの選択的透過が報告されたが[3],PnC の呼称が用いられたのはずっと後になってからであ る.本構造では,単原子層レベルでの周期構造が形成可能なため,THz 領域の高周波のフォノンに 対して一次元方向のバンドエンジニアリングが可能になる.一方で,リソグラフィー技術を用いて 設計自由度の高いPnC ナノ構造の形成も可能であり,図 2(c)に示すような周期 100 nm 未満の構 造も作製できるようになってきた.適切に設計すると,数十GHz 程度の周波数に完全バンドギャ ップを開くことができる.二次元,三次元PnC 構造でも,2002 年頃から格子定数が mm 程度の 系において,超音波領域で様々な実験的報告がなされた[25-27].2000 年の Pnedry による負の屈 折率に関する論文が,フォトニクスのみならずフォノニクスに新展開をもたらしたことは興味深 い.フォノニクスは,低周波数領域では成功を収めているものの,高周波数領域である熱の領域に 入ると話は一変して,バンドエンジニアリングは極めて困難になり,実験的な報告は数少ない[28]. しかしながら,寸法の大きなフォノニック結晶系での分散特性のデモンストレーションは,ダウン スケールされたフォノニック結晶ナノ構造での熱特性制御に重要な指針を与えてくれる.
図2 (a), (b) フォトニック結晶ナノ構造の SEM 像およびフォトニックバンドダ イアグラム.(c), (d) フォノニック結晶ナノ構造の SEM 像およびフォノニックバ ンドダイアグラム. 半導体中の熱輸送は,電子とフォノン輸送によって行われるが,本稿では格子熱伝導率につい て議論し,それは次式で記述される. 1 3 2 / / 1 , ここで,i はフォノンブランチのインデックスで,q は波数,vgは群速度,は緩和時間である.フ ォノンは,ボーズ・アインシュタイン統計に従って分布し,それぞれの緩和時間の間,異なる群速 度で輸送されるため,それらの積分を取る.すなわち,熱輸送は各フォノンモードについて広範な 周波数領域で解析する必要があるため,熱伝導現象は取り扱いが複雑になる.PnC 構造では,バン ドギャップ形成と zone-folding 効果による群速度の低下が熱伝導率に影響を及ぼすが,前者の効 果はモード密度が疎である低周波数に限定され,極低温領域でのみ効果を発揮し,高い温度では後 者が主に寄与することになる.これまでに,PnC 構造を用いた熱伝導制御の実験的報告は少数あ るが,フォノン-フォノン散乱などコヒーレンスを喪失させる様々な物理過程によるマスキングに より,室温付近でのコヒーレント熱伝導の観測は,高度な微細化を行わないと困難と考えられる. また,ナノ構造化によって促される表面散乱などのインコヒーレントな散乱現象の中から,いかに PnC 構造によるコヒーレント熱伝導の寄与を引き出すかが重要なポイントになる.そのためには, 高い設計自由度を活かせるリソグラフィー技術を用いて様々な構造のPnC 構造を作製し,系統的 な実験を行う必要がある. PnC ナノ構造による群速度低減効果に関する知見を得るため,図 3 に有限要素法を用いて計算 したナノワイヤーとフィッシュボーン型の一次元 PnC ナノ構造のフォノニックバンドダイアグラ
ムと群速度スペクトルを示す.一次元 PnC 構造は,周期が 100 nm で,細い部分が 30 nm, 太い部 分が長さ 50 nm, 幅は 125 nm であり,高さは全ての部分で 145 nm である.ナノワイヤーは,幅 30 nm で高さが 145 nm であり,PnC ナノ構造の中央構造と同じ寸法である.一次元 PnC ナノ構造で は,ゾーン境界近傍で明らかにバンドの傾きが減少しており,バンドギャップも形成されている (緑部分).群速度の低減効果をより明確に見るため,各構造について d/dk を計算し,図 3(c)に そのスペクトルを示した.バンドギャップの効果は,ある周波数帯に限定されているが,zone-folding 効果による群速度の低下は高い周波数にまで及ぶことがわかり,コヒーレンスが保障され る範囲では,比較的高温でもコヒーレント熱伝導制御が期待できると考えられる. 次のセクションでは,我々が進めている,本手法を用いた様々なPnC 構造についての熱伝導率 測定について述べ,電気的手法に比べて圧倒的に高いスループットをもつ光学的手法による熱伝導 率測定技術についても紹介する. 図3 (a), (b) ナノワイヤーとフォノニック結晶ナノ構造のフォノニックバンド ダイアグラム.挿入図は模式図。(c) ナノワイヤー(赤)とフォノニック結晶ナノ 構造(青)の群速度スペクトル。フォノニック結晶では、バンドギャップと群速度の 低減効果が明確に現れている。 3. マイクロ時間領域熱反射測定と試料構造 ナノワイヤーなどのメソスケール構造の熱伝導率測定は,電気的手法によるものが一般的であ る.本手法は,小さな温度変化で熱伝導率を計測可能であるという利点はあるが,試料作製に手間 がかかり,フットプリントも大きく,スループットが低くなる.我々は,様々なPnC 構造に対し て測定を行う必要があるため,光学的手法による高いスループットを持つマイクロ時間領域サーモ リフレクタンス測定系を開発した.時間領域サーモリフレクタンス法(TDTR)は,測定対象とす る薄膜材料に金属を蒸着し,パルス光過熱した後の温度変化を時間分解測定で追跡し,シミュレー ションとあわせて熱伝導率を得る測定手法である[29].金属は,光を加熱用のエネルギーに変え, 温度変化を反射率変化として光検出するためのトランスデューサーの役割をする. 本研究では,図4 に模式的に示すようにマイクロスケールの系に適用できるよう集光し,試料構 造も工夫した.SOI ウェハの活性層の Si をエアブリッジ状にし,中央の Al 薄膜を有する Si アイ ランドを測定対象によって四方から支持させる構造を形成する.本構造では,熱散逸が測定対象の 構造のみを通じて散逸するため,金属反射率の時間発展をシミュレーションと合わせることで,高 精度で熱伝導率を求めることができる.励起用とプローブ用光源の波長は,それぞれ 642 nm と 785 nm であり,集光スポットの直径は約 0.7 m である.プローブ光の波長は Al のサーモリフレ クタンス係数R/R•/Tが大きくとれるよう選択し,その値は約0.014%/K である.熱伝導率は温
度依存であるため,過熱による温度上昇は5 度以下になるようポンプ光のパワーを調整し,その温 度上昇範囲では熱伝導率が不変であることを確認している.また,熱散逸チャネルを測定対象構造 のみにするため,測定は真空中で行った. シミュレーションは,有限要素法を用いて行った.測定対象のナノ構造は, SEM により,寸法 を正確に把握した.その構造パラメータを用いて,同一の系を熱伝導率のみを変数としてシミュ レートし,上記に述べた手法により測定された TDTR 信号と比較することで,最適な熱伝導率を導 出した.取り込んだ物理モデルは,式(2)のように伝熱のみであるため,表面散乱による熱伝導低減 の効果は,ナノ構造全体の実効的な熱伝導率として均一に反映される. p ∆T (2) 材料は Si 単結晶で, は密度 2329 kg/m3, pは定圧比熱 700 J/kg•K, [W/m3]は加熱光パルスに よって与えられる時間依存の単位体積あたりの熱量である.実験と同様に,時刻 t = 0 から 500 ns の間,Al パッドにエネルギーをガウス分布で与えた.熱拡散の様子を測定対象の熱伝導率をパラ メータとしてシミュレートし,Al パッドの表面温度の時間変化を実験結果と比較し,最小二乗法 により熱伝導率を決定した. 図4 マイクロ時間領域サーモリフレクタンス法の概念図と試料構造の模式図。 光学的手法により、高いスループットを実現し、測定対象のみを通じた熱散逸によ り、精度の高い熱伝導率の測定が可能。 4. ナノ構造における熱伝導率 熱伝導率の構造依存を調べるための Si ナノ構造として,図 5 に示すようなエアブリッジ状のナ ノ構造形成技術を開発した.使用した SOI 基板は,活性層の厚みが 145 nm で,埋め込み酸化膜層 の厚さは 1 m であり,電子線描画装置やドライエッチング装置などを用いてナノワイヤーとフィ ッシュボーン型の一次元 PhC ナノ構造を作製した.中心部に 5 m 角の Si アイランドがあり,そ の上に4 m 角で厚さ 125 nm の Al が蒸着されている.そのアイランドは図 5(b)に示す長さ 15 m のナノワイヤーまたは図 5(c)に示す PnC ナノ構造によって四方向からの支持によってエアブリッ ジ構造になっている.作製したナノ構造は,ワイヤー幅が,60, 67, 80, 92, 122, 152 nm であり,一 次元 PnC 構造は,周期が 300 nm で,細い部分が 89 nm, 太い部分が 290 nm であった.厚みは全て 活性層厚の 145 nm となっている.
図5 (a) 作製した試料の SEM 像。中央の Si は四方からフォノニック結晶ナノ 構造に支持され、エアブリッジ構造になっている。(b), (c) Si ナノワイヤーと フォノニック結晶ナノ構造の SEM 像。 まず,様々な幅 w を持つナノワイヤー構造について,マイクロ領域サーモリフレクタンス法に より熱伝導率測定を行った.図 6(a)に w = 60, 92, 152 nm のナノワイヤー構造の TDTR 信号(ドッ ト)と,それぞれに最もよく再現されたで計算した温度の時間発展(実線)を示す.光加熱は t = 0 から 500 ns で行われ,プローブ光の反射光強度が,加熱に伴って増加している.これは,Al のサ ーモリフレクタンス係数がプローブ波長において,正であることに起因する[30].加熱中および加 熱後は,測定対象構造を通じた熱拡散で,Si アイランドおよび Al パッドの温度は低下し,10 s 程 度の時間で環境温度に戻る. 各幅のナノワイヤーについて,最適なを探索して得たシミュレーション結果は,実験データを 極めてよく再現しており,は上記の幅の順に 47, 60, 65 W/m•K であった.幅の小さなナノワイヤ ーほど緩和が遅くなることは自明であるが,熱伝導率自体も低くなっており,緩和時間に大きな差 が出る傾向になっている.これは,ナノワイヤー表面が,フォノンを拡散的に散乱し,ナノワイヤ ーの軸方向のフォノンの運動量を散乱前後で大きく変化させていることに起因する.別途,プロセ ス条件を変え,意図的に粗い表面をもつ Si ナノワイヤーを作製し,測定したところ,熱伝導率は 低くなり,表面散乱の影響が熱伝導率に大きく反映されることを確認している.室温における熱フ ォノン波長は,群速度が数千 m/s 程度, 周波数が THz 程度であることから数 nm 程度と計算される ことと,SEM 観察により数 nm の粗さが表面に形成されていることがわかっており,それを考慮す れば妥当であると言える. 図 6(b)は,実験とシミュレーションの比較によって得られたを w = 60, 67, 80, 92, 122, 152 nm の ナノワイヤーおよび PnC ナノ構造についてまとめた結果である.ナノワイヤー(青丸)は, w の 減少にともなう表面フォノン散乱の増大により,の急激な低下が明瞭に観測されており,上記の 幅の順に,47, 53, 57, 60, 63, 65 W/ m•K となった.バルク Si 中では,室温における主なフォノン散 乱過程はウムクラップ散乱であるが,この結果は表面散乱が主なフォノン散乱過程であることを示 し,弾道的フォノン輸送が支配的であることを示している.ナノワイヤーの熱伝導率のデータを図 中の破線に従って幅の広い方に外挿すると,約 70 W/ m•K となる.この値は,文献 31 で報告され ている 145 nm のシリコン薄膜の熱伝導率 70 W/ m•K とよい一致を示しており,バルク Si の熱伝 導率約 150 W/ m•K と比較して薄膜化により半減している.
図6 (a) 幅 60, 92, 152 nm のナノワイヤーについて測定された TDTR 信号(ド ット)とシミュレーションにより得られた曲線(実線)。図内の数字はパラメータ として用いた熱伝導率。(b) ナノワイヤーの熱伝導率の幅依存性(青丸)とフォノ ニック結晶の熱伝導率(赤丸、実効幅でプロット)。 PnC ナノ構造(赤丸)については,形状が異なるため,同一図へのプロットは議論が必要だが, 今回は熱伝導率を議論するための実効的な幅として計算された 145 nm を用いてワイヤー形状とし て解析し,得られた熱伝導率 44 W/ m•K を図示した.この値は,同じ幅を持つナノワイヤーの値 63 W/ m•K と比較して明らかに低い.この結果の直観的な説明としては,フォノンが本周期構造の 幅広の部分に進入することで熱勾配方向への輸送が妨げられ,熱伝導率が低減されたと考えている [32]. PnC ナノ構造の場合,表面散乱の効果に加えて,理論的にはコヒーレントなフォノン伝導抑制効 果があり,周期 500 nm の構造で,室温においてその効果を実験的に指摘した例もあるため[11],検 討した PnC ナノ構造によるコヒーレントな効果がフォノン伝導に影響を与えた可能性も考えられ る.近年ではモンテカルロ法を用いて界面やナノインクルージョンによる散乱効果を取り入れた粒 子的な描像に基づく熱伝導解析が行われてきており[33, 34],理論と実験の比較検討も重要なアプ ローチである.周期数百 nm 程度の PnC 構造においては,コヒーレントな熱伝導制御効果は小さい であろうとの報告もあるため,その観測には,より一層のダウンサイジングまたは,低温環境下で の観測が必要であると考えている. 5. 熱電変換材料への応用 ナノ構造化による熱伝導制御のコンセプトが最も活かせる応用の一例として,熱電変換材料を取 り上げる.熱電変換の歴史は,1821 年のゼーベック効果の発見に始まり,発電や冷却に用いられる ほどの性能はなかったが,1950 年代になって熱電変換材料の基礎が確立されて急速に進展し,室 温で高い熱電変換の性能指数(ZT)を示す Bi2Te3 (ZT ~ 1)が商業化された.主に,米ソで宇宙産業用の 発電システムや温度制御,冷却用途として製品化が行われたが,変換効率が伸び悩み,普及するま でには至っていない.しかし,1990 年代中頃にナノ構造の採用によって大幅な性能向上が可能で あることが報告され[35],エネルギー・環境問題の意識の高まりを追い風に世界中で研究が加速し た.2000 年代には,Bi2Te3/Sb2Te3超格子構造(ZT ~ 2.4) [36]や,さらに PbSeTe/PbTe 量子ドット超格 子構造[37]が報告され,我が国でも NEDO の支援により実用的な熱電変換モジュール・システムの 実現を目指した総合的な研究開発が行われた.そして,現在もエネルギーハーベストをキーワード に,多岐にわたる材料開発,モジュール・システム化技術開発が進んでいる.
熱電変換材料の性能指数 ZT は S2T/で表される.ここで,S はゼーベック係数,は電気伝導 率,T は温度,は熱伝導率であり,次式で簡易的に変換効率と結びつく. ∙ √1 1 √1 THは高温熱源の温度,TCは低温熱源の温度で T は平均温度である.第一項はカルノー効率で,そ の上限が決定されることを示す. 大きな ZT を実現するアプローチとして,分子構造やフェルミ面近傍の状態密度の検討によりパ ワーファクターS2の増大を狙う電子論的なものと,フォノン輸送制御により格子熱伝導率の低減 を狙う構造論的なものがあり,長年にわたって様々な材料系,構造を用いた取り組みがなされてき ている.しかし,Wiedemann-Franz 則にみられるように,との密接な連動性から ZT の向上は容 易ではないが,電子とフォノン輸送の MFP の差を利用して/をある程度制御できる可能性が指摘 され[38],実験報告にも支持されている.また,S,,は全てドープ濃度に依存するため,高い ZT を得るためには,n 型・p 型共にドープ濃度の制御が容易な材料である必要もある.ナノに立脚し た高性能な熱電変換材料設計指針に関しては,多数の包括的な論文[39-42]があるためここでは述べ ず,格子熱伝導率に関する話題に絞る. 構造設計論的アプローチでの設計方針の基礎は,1995 年に Slack らによって提案された“phonon-glass/electron-crystal”の概念であり[43],電子輸送を阻害せずにフォノン輸送を阻害することである. 格子熱伝導が,様々な周波数のフォノン集団の輸送現象であることを考えると,高変換効率材料開 発は,その集団の分布があるスペクトル全域について輸送制御が期待できる寸法が異なる複数の構 造を導入し,効果的な熱伝導率の低減を狙う設計指針を採ることが有効であると考えられる[44, 45]. 第 1 式に基づいて,主な熱キャリアとなるフォノンの MFP を計算することができる.図 7 は, 室温におけるバルク Si について音響モードのみを対象にした計算結果であり,2005 年に Chen ら によって提案された累積熱伝導率[46]の考え方を基に説明する.累積熱伝導率(赤線)は,ある MFP をもつフォノンの寄与率(青棒)を MFP の短いほうから足しあげて規格化した値である.青棒が 長く密な MFP 領域で急激に累積熱伝導率が上昇し,その MFP 領域(緑の一点鎖線で挟まれた領 域)のフォノンが主な熱キャリアであることを意味する.その領域は約 100 nm から 10 m 程度と, 三桁にも及び,高周波数のフォノンでも 100 nm 以上の MFP をもつ.この結果から,この領域に含 まれる構造,特に 100 nm 以下の構造の導入により,熱伝導率低減効果が期待できる. 図7 (a) 室温におけるバルク Si の累積熱伝導率(赤線)と各 MFP におけるフ ォノンの寄与率(青棒)。(b) MFP スペクトル。THz の高周波フォノンでも 100 nm より長い MFP を有する。
そこで,我々は,PbTe 系材料で実績のあるオールスケールアーキテクチャによる広域フォノン 輸送制御の考え方を Si に適用し,広いスペクトル範囲でのフォノン散乱の増大を狙って多結晶 Si-PnC 構造を作製した.本構造は,数十 nm の粒径をもつ多結晶による結晶粒界散乱と数百 nm 周期 の PnC 構造の円孔表面散乱および群速度低減効果を意識した構造である.試料は,50 nm 程度以下 の粒径を有するノンドープ多結晶 Si で,低圧化学気相成長法により SiO2付きの Si 基板に厚さ 145 nm 成長した後,二次元 PnC 構造を形成し,同様に室温で熱伝導率を測定した.本試料の構造は, 図 8(a)は作製した構造の SEM 像であり,挿入図は多結晶 Si の拡大表面像である.PnC 構造は,正 方格子状に円孔を設けており,周期 200 nm と 300 nm の構造を作製し,半径はそれぞれ 72, 85 nm である. 図 8(b)に,二種類の PnC ナノ構造および円孔なしの薄膜構造の TDTR 信号(ドット)とそれぞ れ図中に書かれた熱伝導率でシミュレートされたパッドの温度時間発展(実線)を示す.まず,円 孔なしの薄膜試料(緑)では,= 11.5 W/ m•K となり,単結晶薄膜試料の 70 W/ m•K と比較し, 結晶粒界散乱と表面散乱の増大効果で 1/6 程度にまで熱伝導率が低減されており,期待通り大きな 効果を発揮した.PnC ナノ構造(赤: 周期 200 nm, 青: 周期 300 nm)では,それぞれ 4.8 W/ m•K, 7.3 W/ m•K となり,更なる熱伝導率の低減が観測された.複数のサイズの異なるナノ構造の導入 が,熱電変換材料の高性能化に直結する熱伝導率の低減に有効なことがわかる. 図8 (a) 作製した二次元 PnC ナノ構造の SEM 像。挿入図は多結晶 Si の拡大表 面像。(b) 異なる構造パラメータの PnC 構造と加工なしの薄膜の TDTR 信号(ドッ ト)とシミュレーションにより得られた曲線(実線)。 PnC 構造特有の波動性に基づく熱伝導制御効果は,加工による表面散乱の増加でマスキングされ るため明確な観測が極めて困難であり,間接的に効果の存在を示唆するに留まっており[10, 11],同 様に我々の結果も,周期構造による波動的な熱伝導制御効果がどの程度あるのかは,現時点では不 明である.2014 年になって Zen らによって周期 1 m 程度の比較的大きな PnC 構造を用いて極低 温で有力な実験的報告がなされ[13],フォノニクスに基づいたコヒーレント熱伝導制御は,第一歩 を踏み出した状況と言えよう.今後,より高温での効果の発現を目指してダウンサイジングが行わ れるが,表面散乱の増大のジレンマがあり,準弾道的フォノン伝導系に特有の現象を総合的に考慮 した上で設計指針を探索することが重要である.従来法に見られるような,粒子的描像で記述され るフォノン散乱過程に上乗せするかたちで,比較的長い MFP を有するフォノンに対して波動的制 御法が威力を発揮し,より効果的な熱伝導制御が可能になると考えている.
7. まとめと今後の展望 ナノ・メソスケール固体系では,拡散および弾道的フォノン輸送が混在するため,熱伝導はフー リエの法則に従わず,ボルツマン輸送方程式に基づく微視的視点からの熱輸送の理解が必須とな り,加えて,フォノンの波動性の考慮も必要である.このような系では,系の形状や表面状態であ る程度,人工的に熱伝導率を制御することが可能であり,設計自由度の高い電子線リソグラフィー を用いれば,薄膜状のSi の熱伝導率を一桁以上の範囲でほぼ自在に熱伝導率を制御できる. 熱電変換材料開発は,大きなパワーファクターを実現する電子論的材料設計に基づいて材料を開 発し,“phonon-glass/electron-crystal”の設計指針を満たしながら,広周波数域でフォノン輸送制御効 果を発揮するマルチスケールアーキテクチャを採用し,熱伝導制御を行うことが有望な戦略のひと つであると考える.ボトムアップ的に形成されるナノ構造によるフォノン散乱過程の増大は,現段 階で極めて強力な熱伝導低減メカニズムである.しかし,比較的長いMFP を有するフォノンの熱 伝導を充分に抑制しているとは言えない.したがって,長いMFP 領域のフォノン輸送制御に効果 を発揮する構造やフォノニクスに基づいたコヒーレント熱伝導効果を追加し,より多角的に熱伝導 制御を行うことが望ましい.ナノスケール伝熱の理解の深化と制御技術の発展は,エレクトロニク スデバイスのエネルギー使用効率の向上や熱電変換デバイスの高効率化につながり,持続可能なエ ネルギー社会の実現に寄与すると考えられる.また,メカニクス,エレクトロニクス,フォトニク スに続き,今後,フォノニクスも研究が著しく進展し,これらの融合領域も発展するものと期待す る. 謝辞
本稿の内容は,東京大学のJeremie Maire,鹿毛雄太,Alexandre Bazin,フライブルク大学の Oliver Paul,Dominik Moser の各氏とともに行った研究である.
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