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日露外交關係-香川大学学術情報リポジトリ

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(1)

雷は日露の瀾係に就きま箋療樽御綺聴を煩はし明日は是の問題に就き邑て御綺聴を煩はし

ます。御承知の通ら本年の嘉二十月柁でございますが重点に於き鼓して月露協約が出凍まして、丁

度七年振り旨吾露簡讐の観安国緩々鬼まも/たb本屠は二†盲の午前三峰芸ふのですが、都

合上柳って二十日附になって海瀬女官。

是で面積入官十方方哩人望億三千方の鹿西豊ビ我が観の関係の回復を鬼瀬謬であります0 此條蘭ほ急に庸雄柁や・謹恩ひませ労れで︸も、失萌bそこに執る迄には稀々の努カかあつた用鹿二

は皆様も御記憶であらませうが、義正サ毎の某月かち∵翻ち亭九雪斎毒物人月かち翌年五月に

商工経済研究 讐怨讐鶴 ︵隷篭膵或朋︶

重盗外交繭辟、

日露外交.園係

(2)

二 欝.︼、 到りまする大分永ホ間で・ございますが、▲水蓮合議ぎ嵩ふのがとざいまして1是で日露の第鵬回の協議 があらむした。是成敗島肇ビ去ふ方、同名め政治家もありますが其方であり/ませんが、外務省の方の 松鼻撃軍云ふ縫顔轟壱チタの政府、チタは西既刊改にございますが、此チタを沖心空して筒此利亜に 極東政府を作って居た。をれが大正†︻年の十こ月頃まで繚いたものでございますが、英政府の中心 たるエータン三富ふ人ビ絵島氏ビが八月、から翌年の去月に到る随森永い間昏議しました。勧杢軍ふ永 い合議は普成あつたが今は克い位です。此曾我を大連に開きまして終に教がなかつた㍉′何故なかつゃ か三石へば、日本が食談七重求もわ点は向.ふで聞きにくかった。ギブ云ふこどか三一声ふミ免づL月本

の要求には宣倦を禁止しで呉れビ云ふこごがあつた。過政派的望最はやつて呉れるな量ろてあつ

たが、此点は免方でも央程反対ではなかったが、簡比利蔑に透り皇する田海Åに剖して螢濃霧西蔓的 のあの法律は掘割に通用せぬこどにして呉れミ云ふ嬰求をした。二柑の治外法権でせうか之を要求し た。之を要求し謹巧粛ヰ∵ク政府は赤色ではな心、灰色だ必ずしも露商魂流の赤い方では甘いドニこちら で観測してやったのでありょすが、その次色は表面だけ誤魔化したもので尉は赤かった。それですか ら承知が出凍なかったのであります。もう一つは富商亜の大卒洋沿岸中若干の地常に於ての武装解除, 即ち砲台を作らぬビ云ふやうなこざを要求した。之にも向ふで困つで終に諮が纏まらなかった。是が

大連合試であカます。

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(3)

大連合儀が五月に終↓増して同じ年の九月、大正士卒の九月に於.て長賛意中欧米局長︵只今の

駐米大使︶ご絵島肇三言紛傾溺ミ芸政府代表ヤシソソ∵傍農露観代表ヨッブ言が合点して談

判七ました。恵も失成り決呈ちなか

色の改廃七重捗する用意はあもこましたが、恕襲撃讐晋去ふ厄介者ビは交渉しやラビ思はなかっ柁。

所でチタ政府の代表者のヤソソン竺玄ふ人七変捗する積りで祈った所が

が専らやる。ヤンツンは唯使はれて掘る攻でありまサからノこちらの用意はない。表面放裂り原個は樺

太撤兵々日本が承諾しなかったか宣だ三日つて屈ますが、嘗際ほ封赤露復交の用意が出凍で居月かっ

たのが原因であります。

其次に開きましたのが僚機御承知の漬正十二年、山千丸首二十三年の東京精選軒食談、是は其年の

勧後藤新卒氏が露章西の代表者たるヨッブふが病寮をし.で上海あたりに居牒のセ休養の虜来日本に凍 たら㌢フかど云うて之を招いた。㌧ッフエ之に鱒じて蒸で熱海王将優したりしまtて展開に多少談判

やもどが出家まして房謂公式魯儀七川上数枚ビの周に海零封に劇て開いたのセあります。是も失敗し

ました。如敵失放したかビ申しまするミÅ桑我

附いて唐なかったしそれが根抵です。外に′も色々

す。ヨッブエ氏は丁度地震が剋うます山寸前に跨った。が併し此東京食談は日露の交渉に就ては粛大

月露外交闊係

(4)

弗∴T恕二十鹿一鱗

四︰

なる貢献を致し主した。賀寿案徳牧めなかつセのであちますが貫徹はし陀。それは如何なる貢献をし

たかご申します、る宅第︼は我が日本が潜へて居った所の龍梯尭を買はふ笠玄ふこぜは急には行かぬご

云ムヒが判っ化。其北樺太を買はふ室式ふこごは、ぎう云ふ軌に異議が起って居たかぜ申します鳶御

承知の通薄棒太は南北合せまして五千方哩ある。研が白本は南の痴二千三百方哩許り待つで居りまし

て、露南蛮の方が、二千六百方昭位持って居る謬であり患う。此小さい所空一問で持って居竜王富ふこ

泣は永遠の状態ビしては不自然である。をこで日本法しては此問題は何だか解決する必襲がある。受

の上に吏らに物資の問題がありまし、て、油が出る覇油が出るめで是は取ト∴柁い三試ふ議が起ったので

ありまけ。そこで一部では眉搾撃件の賠償三富ふこどにして之を取ったらぎうかど云ふ考云ございま

したが、併し是は一事宿へへ仏い。三富ふのは御承知の大正十年屯米利加に華盛頓密議がございました。

其時に我が日本からも故加藤孝二郎、徳川豪速等がお出でになつたのですが、露西亜からはチタ極東

政府の使節がゐ式に資格はぁりませんが重りました。あの食談の時に歪米利加の秀では日本に竜ねた

こどがありましたが、日本の方では喩保障占領だ。・何も北樺太を取る三富ふ意簸ではないゃ席捲事件

に写る保障島影事件著せば慮ち来聴兵せん芸つた\の暮。/それで票利初の努で&斯う云

ふ螢明があつたものですから段めした。それが虜日本ではあれを欺♭廟い苧フ先立場粟あつた切であ

りますY。然らばざうして北緯太癒彪分するか宅串ふこどになゎ増すが、もし日永が金を以て樺太め龍

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(5)

を買収するこだが出求れば北米合衆観せ雄も異存はないざ云ふこ乙が判った。をれはぜぅ云ふ点か立

云ふど、\歴史を見れぼ判るこどでありまするが、北東命衆観自身が金を似て他の領土を買って居るL。 之を静観卓哉ビか膨脹主義ぜか言ふこごは彼自身に於て出挙篭い。庖が一やるナ=与ヽしそも之を止働る こぞが出寒ないのである。養し蔑釆利加は一番免に?千八百三年、今を起る百二十二年前に於て三千萬

固打合を投じきし▲で、両線入†三方嘩のルオ諺アナを併観から買ひましたやナぶレオン′↑懸かち買ひ

ました。英次は山千八1首ナ九年、今を去るこ.ざ育飴傘前、∵千万固を投じまして±ニ万四千方哩計ネあ

るフロリダを酉斑牙から買ひました。英次はご‡△骨声†七年∵我が日本の吻治維新の前の年∵慶應

三牢乎四宮西す万鳳を痩じてノ、面積五†九方力哩の.アテネカを買ひノまし花此虜で.は盛んに傘が出て

居ります。頚教科加は是で大磯です。夷近頃ほ寸拭かち函印度諸島を買つ窄三野フ云ネやうに蔑米利

加は盛んに土嘩を貫つ▲た。でもし自本が金を出して樺太酔貞ふぎ云ふこせならば、亜米利加は前歯主

義だ呈百つ七日′本を非難も出家ねば苦恰も音へ・翠い沌それで買つ化ら.ざIナかを玄ふ議が営蓮にも出れ

は民間にも起ったじ是は新聞に′は飴サ書かなかつね苧フですがヽ其結果軍致しまして彼の精養軒の骨

識の草時公式ではあやませぬが、意思の探わ合ひをしたの.であゃます℃研が是はなか.ノ1賓現が田恋

にくい室玄ふこ′どが判つたのセ、触らぼ買ふご云ふこぜは暫く置いて兵曹つ七は北嘩未の利権野鼠奉

が取ったら宜からう羊云ふ風になつて寒た。即ち曙本¢側では廉偶に買はふざ云ふこ虚であ√つ㌍が? 日露外交繍係

(6)

劣∵超 木 露西蔑は高くなくては覚らぬぎ、云ふの.である。をこがうまく行かない。纏まちないこごもなかった でせうがさう云ふ風でした。露西蔑の過激疲首こ寸考へるごば自分の衛士のこごなんか考へない。国 家なざ考へな▼い。領土等も鎗う蛋吏を鹿かぬやうでありますが、さうは行かぬ。殊に樺太を贋偶に手 離し得ぬ事情があ、りました労農露観は極端なも探偵政治で以て閣内を抑へて居る呈昌りても宜しい。 面積ほ贋いが人口∴億二手萬のうち過激派ご申す中心はぎれだけかざ言ふビ七サ番人、七十萬人を以 て一億三千萬の人口を支配しで居るので▲ございます。尤も嫁すの薯が反射三富ふ繹ではない。露西蔑 の人口百人の中丸十鎗人造自分が何か判らぬ。だから全部反剥ぎは言へませぬが、兎も角少数を以て 多数を制して居る。で吹消は評判が悪くな速さ駄目だから、虚数涯政府も、人心牧だには力めで居る のであります。さつき申上げたアラスカざ云ふ五十九萬方哩の土地を僅か山千四百四十萬固で蛍光利 加に穿つ陀。研が金が澤山出た、そこで憤分塵鹿なこざをしたビ思った、それで安く常つでは誇らぬ モ云ふ頸がある。樺太は石油、石炭樺山出で凍る。で又々アラスカの二の舞ぉして安く常ってはいか ぬビ云ふ調があトますから露西蔑の今の政府も安く覚れない。それが東京合議常時に於竺買収ビ云ふ こぜが難しかつた理由であります。そしてそれが難かしいビ云ふこざが判ったビ云ふ の効果の一つでありますCもう∵つは何かビ云ふだ、御承知の通り席捲事件に就いで露西蔑が日本に 封して公式にお詫びをしなければ日露の観交回復は出郷ないアニ嵩ふこどをヨツ7エが知つねこ一己です

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(7)

チップ千をして知らしめた。急が即ち東京骨議の第二の効麗であつたのであちますけ之れ迄の露西蔓

の頚はぎうであつたか豊一首ふミ賓ほ尼終車件に射してざケ垂諭せぬ計りでなく、露西豊の方も日本

側にやられて居る三富ふ主張を綽ってゐた。㌣れは欝際のこ宅をあ甲に申しまするミ我が日本の側

ない。日本の方は官兵がやつたのでは甘いかごコタ冨ふのでみbます。もうー一つはあの時は日本が出

が、それを向ふでは噴出しナ、それで向ふでは尼港事件それは惑いこぜだが併し官兵がやったの・では

す為に家を償いて仕舞ふごか色々なこどをやった。是はぎの戦寧にもあるこどで詳しくほ申し去せぬ

閑居して不善をなすの繹で、賓に色︰々な醜いこどが行はれて居ります。惑いこどをして其跡をくらま

い。餞比称東田兵は非常に暇だつ隠。然かむ何時敬間があつ七死ぬか・も知れぬ空茶ふ、ので、所謂小人

め新聞には是が載りませぬから日本人には判って屠りませぬ。ノをれから此時の由兵は異の磯軍ではな

よくあゎます。誤解して綬したこどがよくあか㌻す。さ三高ふこ蜜を向ふは現出して居.る。研が日本 さう云ふこどはよくあるこどであちます。お亙に青菜が通せぬので囲除的に露簡環八を殺し¥Jビが

でも露蘭並の老によくな小いこむをしで腐ります。それほ新聞には出ませんので知られて居りませぬが

兵をして居った結果尼椿事件の如き露国東の方では仕方がなかつた。即ち尼捲の如きも或る意味から

貫へば日本軍の警備区城皇買ても宜しい。露西蔑のカが及ばぬ痍である。だから費任も計本側にあ

るではないか芭云ふこぜを向ふがま荻したのであります。それで向ふでは尼捲事件に就†詑をするま

日露外交騙係

(8)

劣∵十ふ苧∴∵敏一躾

云ふ意見は少しも甘か・つたヤ朗がヨタフ、ふが東京に凍わ結果、∴日本の状態を見る焉弔客人側でやつ

た善くない±どは士亭叫句も新聞に出で屠ない?之に反しで露西亜がやつた尼捲事件は1露衝撃から 言ふビ賢際以上に大きく紹介せられて屈む笠嵩ふこゼが判った。之はヨッブ声が東京に蒸たか1らこそ 始めて分り得た、≡−ろセありたJ之は篭っき申した買牧問題は急にゆかないこどゝ到ったのざ闇倹つ でJ東泉骨議の二つの功績であーりますっ後藤新申子も骨折損ぢやなからたのであうきす。尤も此愈親 告隠日本の方では承認三軍ふ周急がなしノ、向ふの方で.は十分日本に譲るだけの周窓がなかったから愈

敬そのものは失敗したが、斯う云ふこざがあつ元ので重点昏議の成功のもどになつたのであります。物

は盛時Hになるものに券ず、過去の愈議が賓敬して居るのである。然らば今回の進展昏議はぎうして出

凍たか空軍そミ是は昨年の二見でございましたが、琴西吏の方では南国の関係が回復を見吾いから

もう日本の領畢は認めない。衰が由を承認せぬ観の領事は領事でないざ言ふのである。其他日本かを

郵便物が行っても渡さぬ。奥地多感の点に於て日本人の保護をしない。そう云ふこどが我国でも問題

ごなう、′遼に北京に於て芳澤公使せカラ;がさう云ふ面倒な問題に就いて安捗するこ⋮三ぺ品。

纂席上に於て日露の齢係瓢阿復せしむるこ芭が根本であるざ云ふこだになつて一博閲交回復の談判に

入るこだになつた。終に昨年の五月に於てあ式に日露の交渉が初吏つ佗。それからずつご縛き今年の

一月に及んだのであります。所が其問に於て内閣が代隼まし′た。/清浦さんがやめて加藤さんがやるこ

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(9)

叫 ざになっ柁。それで内閣が攣ったから兎も角も芳繹さんを呼び給す軍事ふ謬で、四月踪力箋もた、所が 陸軍や海軍や賓業家の方の意見もありまして、芳澤さんに統制をさすには樺太な見せて密かんければ ならぬ。見て居らぬせ慮る。贋が易くなるや云ふので、喪繹さんは七月喝樺太々観察心た。研が露西 軍は怒りました。鴎際合議の談判最中寵義正蹄ってゾその上に樺太に彊掛けす呈‡′・﹂ごはないざ富Å で大慶怒った。ぎの位腰が強くほつたか知う皇せぬが、兎も角烏樺太な見ま⊥てそして.日本政府ビ種 々交渉しまして、北京に締り談判を椅けで終に本年の一月に出凍主し化。所で此の條約が何故出家ね かぜ言へば、前の用意もありましたけれぎも、∵は芳澤きんのカがあるに違ひない、あの方はぎう云 ふ人かど云ふ畏敬痩ぼ人ではない。例の根ざ鏑ごを備へて居る入で、世の中の成功は放が必嬰だ。ネ ッチリ′∼して食ひ付いたら離さぬビ云ふこぺで、是は外登官の間に於ても評判であhソ1ます。なかな か我慢強い人で其虞が長所であります。頸は明晰ではない。叉諷研でもありません。あの撃慧芋去 ふ暗ましい一寸組織の違った者を相手にするにはそれ位のÅ問でなければ業を煮やして止めたのであ らう。研が外務省の或人々はいやさうではない。賓は我ケが忍耐し化からだご申す。芳澤さんは一二 何も捻中で庶だ三富ふこぎな言つ陀がこちらでやらし柁のだビ貰ふのです。併しさう音へば耕駁しま す。霞ケ闊の外務省ば大臣が代ってゐる?だから忽耐も何もあ舟漫々ぬ。是は飴談でありますが、兎 に角芳澤さんが忍耐したそ云忘こごは確か′であり鼓す′。けれぎももう二つの一点は何か三云ふゼ、富商 托露外交闊俸 ㌧九

(10)

歪の園内の事情が叉今回の日露協約の成立を促進する二因オ蒜サヮ呈した。それは何かビ申しまする芭 此頃露西亜ほ各国の承読も樺山あり呈して.大抵の問は承認した。山番党には、大正九年に於てエス トニヤ、一ワ︰トアニヤ三富ふ固が承認し、大正†年前−ランド、トルコ、ペルyァ等が之を承祝し大正 †一年に猫逸が承認し、昨年になるビ二月一日に英盲利之を承認し、二月七日に伊太利之を承認し、 十月に至りて備蘭西之を承認し承認せぬ囲が少くなつて凍た。東洋では昨年五月支那が承認した。共 棲に露西蔑ビ観墳を接して居る観は勿論それ以外の強固も大抵承認しました。研が昨年の†一月英膏 利の内閣が鼻って保守系の執政ごなり皇するど、露哲哉ビの関係が大分離れて凍た。コク冨ふ際に、 露西蔓は新らしい外交的成功を他の方面で牧めるこどが、政府の立場を軍国にする点からも必蟄でぁ った。それからもう一つほ過激派の申に内訂が初まつで居た。此過激振はレーニンが中心でありました が、之に釣して蹄化人打トロッキーがあつた。トロヅキーは穏和派に属する人間であつたが、寧途レ ー脚ン系に加はつヤのであつたぺごころが此トークキーの一派はレーニンが死にまする前頃からソロソ Ⅴブツ′∼言ひ出して居た。.アニ富ふのは露簡蔑の政治は塵迫でありますから言論の自由もあり皇せぬ。 それですカら幾らかデ竃クラシーの気分を持って居りまするトロツキーは自然思想の相近き者な相談 して働き出しました。殊にト・ロッキーが﹁露西亜革命の致訓﹂ミ云ふ本を書き、レーニンを幾らか嘲 った。自分ぉ経さうに書く秀にレーテンを多少悪くし咋傾があつた。それで過数波紋府の中心にある 昇一′ 巻 第一携

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(11)

クーコア、スクータソ、ジノウイエフは激怒し.トロヴキーの陸軍大臣を免職し之をコーカサスに敏

速した0そう云ふ謬で人心大分動揺して居る0それで今の政府亡Lて新らしい成功を示して人心を牧

濃せんければならぬ。それは何か三日ふミ発揮方面に近づきの固を侭って、レーー;が死んだ浣〓

年ビ云ふ今年鵬月の一年忌仁義ふ時に閲民を魔術にかけたいビ云ふこの気分も加はつて、叉其次には

北斎に凍で屠ったカヲ:の使命は麓二は支郷ごの嘘約哲作るにあるが、第こには月本ぎの條約を作

るにあぁ。だからカラ♪ソ自身芭しても日本まの條約が成功すれば大鼻都合が宜しい。さう云ふ彼自身

の立場も加はりきレて相常の譲歩をしためであります0ぎん号譲歩をしたか三言寸1

打寛協約観象書の石油等の利権につきては五割ぉ目本に輿ふるビ云ふこどが厚いてあります。露酋並

は斯う云ふこどは縁らしい。大抵その輿ふる利樺は三部六分ごか、二常よくつても四割九分か有志二

分を自観に保留するのであゎよすが、仙分でも多い方が問の体面に関する豊ロふのである。期う云ふ

立場にある露西肇が五剤譲る三雲ふこごは鎗程の譲歩であり鼓す。

是が日露條約成立の大体でありヰ号るが、然らば日露協約は如何なる利益を露西蓮町輿へ、英次に

ほ我が日本に輿へるかぞ云ふこごが問題首肯つて黎ますJ

で先づ露商事が得た利益から少し申上げて見ませぅ。其第一は底流に協約上に現はれて居るだは解

辞の仕方に依つで富へぬかも知れませぬが、べサラビヤ三方ふ問退があ・る。それは何轟か三−ロムミ 日露外交繍係

(12)

露両虎の南方鳥海の脇であり鼓して、面積ほ一萬七千斉唱許りでございませうか、入口二百萬、此所

が露菌亜ビルーマエヤビの間の軍ひになつ化場所です。此所にはルーマニヤAが多数ござい皇すが.、

閉路†一年の伯林條約ざ云ふものに於て露西腰がルーマエヤから取った所です。そこで今度の倣界大

戦に於てルーヤエヤは露酋亜の手薄になつで居るに策じ、で、蓑に狗立道動を起さして、大正七年頃自

分の図に併合し陀。そして大正九年、∴千九百二十率の巴里脅議に於て‖本も参加して居わますが、

英音別、僻蘭西、伊太利、.日本三軍ふやうな大きな研が督議をしで、此ペサラビヤ雲志ふ鞄を露西蔑

でなくしてルーサニヤに輿へる′三富ふこだの條約を作つ柁のであります。日本犬便箋之に調印しで我

が枢密院の方に是が通る許りになつた。併し之が衆だ行はれて屠らぬ、日本▲は訝印はしヤが批准はも

ませぬ。・天急性下かを梶密院に御諮問もなく、同時に枢密院ほお答もしませぬ。従って日本では批

准の手癖が終一つて屠らぬめで、効力は生じて居ないのであり圭す。それで露西蔑が今回の食談で利益

を得柁は何か三昌ふミ此ベサラビヤビ云ふ所は狭いが穀物が畠務ます.。此地瀞はルーマー州ヤに取ち

れて仕舞ふま過激派は問民に罰しで面目がない謬であります。ですから罵閣童では之を守って居るの

でありょしモノルーマニヤざ談判して腐る。群がルーナチヤは此頃安協説一ぞ立てヽ露常態の嶺術に我等

前預けセ居った金があるが、あれは其優になrつで居るぺだが其金は入もぬからべ櫛二フビヤを呉れゼ云 ふので蕗酋亜はそれ嫁いけないざ云ふて、火民政票をする′ぜ豊張して層サます。.べ1サラビヤの入口は 第一撃 ∴第一抗

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(13)

克潮幾分凄で〝−て;1淡々透らまんて∵露層亜人心二潮八分位のものであうます。で民族ま義で行

くぜべサ云ノビヤほ露蘭童の餞土でなべル﹂ニ.ヤ領光るナ宣は膚然でぁります。逐やで革命が起って

ル、1て宣に合併したのであります。r∵研が合併はして見た研がルー三ヤは充分に自治を許さす中央 集梧重義ポやって屠る。だからル−三ヤ菅谷併し申ベサー憲ヤ八は不準で透り透す。義旗は↓滴で

すが永く別れたのが合併する字つまく行か書い、・そ弟で露蘭亜が考へ畠ビ今磨ら三卑屈投棄すれば窓

酋態が牒利でありほすが、今する三嵩ふ重富簡蔑の方が利益を得る。だから人民投稟をやりたいビ云ふ

問題は丙腐にてりて塞大なる問題であら、それで露酉亜が之を失ひせしたならば過激派政府風樹民有

射しで面目がない繹であちます。それで今回の日露協約の結果はぎうかて申しますれば、是は私の解

滞で解繹ほ色々㈲く藩牒であり皇すが、日露協約の儀定番の虜五斯う︼寓ふこどがあらます。両前約歯

髄他の方の主権領土権を層害し脅ヰベき協約を外の観ビ作って居らないぜ云ふこどを塾明して居るの

でごぜいます、、之をぎフ解膵サるか、今のべ︰サ守ビ

エ∵ヤぺ露西亜ミ相談をしで諸々つ㊥てル▼−三ヤに食併したものではありませぬゾルーマニヤが自分 の方だけで放つセのであるから富商輩が承諾して虐うませぬ。即ち露酋並の儲土樺も席上て居る1そ

ナ、で日本が寓蘭蔓㊤億土橙を現する畢うな協約を他ミ作って居らぬセ云ふこ宇野萄明するゼ、即ち此

凋露外凌関係 一三

(14)

苑∵怨 第一択

一四 ぺサラビヤ三雲ふ所がルー了−ヤの手に移った三高ふ†︶どを決協である協約には日本は塵加して居な いビ云ふこどを明言したのでありよす。鸞克條約は一旦調印して居り皇すが、我が静観政府に堪て / 陛下の御批准がないから効力々生じて居らぬ。此蘭凍腰明したご見る可きであゎ︰ましやう。同時にか う螢明した日本は今後も急にべサうゼヤ問題の協定を七で効力を生せし軋るこどは難しいだ思はれる 之が第一に露西蔑は利益を得て居るのであ♭よす。 第二は是は露西並ばかりではない。日本のカにも利益がございょすが、矢沢b日露協約第六條に於 で相互の囲の政治政体に罰して反剖をするやうな固体を自分の陶内に存在せしめないだ意志約束をt セ是は麿西寵側にどつて有利だ三富ふのは、我が日本を中心ごしてセミヨノブ系ビ云ふ白い方の露西 遊人が色々ビ革命運動をやって居った謬であります。又今後もやる魔扱がある、研が日本では之を許 さ欄三方ふこどになつた﹂露西並に執って大慶有利でありほす。

又是は日本に於ても有利であつて﹂朝鮮人が樺山畢比利豊に居りまして、朝鮮猶宜豊買て色々遊

動が此西此利亜をヰ心ビして適って居うまヰ。それが今度の條約に依って軍属で禁じられるので通力 せすかち日本に牒大いに利益になるので通ううす。 やヱり有利七儲履何かづ虻ふミ凋本の資本が露俄に入る、・し悠であります。只今の富商協働腰済 状態は極めて歩い。其繹は一つほ共産政治三富ふものは1奄洩㊥心を人に起さLむるのであう呈すイ

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(15)

紛いても働かなくつでも同じやう七物が贋へ藩学カぼなまけた方が宜いだ道徳心償いもの濫は思はれ

るからです。一もうつは世界大戦学の最中常於て富商蔑の各稀の機械類三富ふ物が悉くなつた。観博

美登カを激辛でやったものであらますか七農兼用の機械でもその他でも毀れセまうになって居る、

誓言が今日も金が足らぬかち十分に外観から新らしく買ふこごも磯求な.い﹂、其結風儀の廟の農業は

靡常に衰へた。でさう云ふ機械類を買ったり直しセりするにノは外観かち資本が凍な▲ければならぬ。で

少く▲ビ逐此両氏利豊及び驚洋に近い満面に廟て斯う云ふ鮎で富商並に働けセ輿へるのは俄が▼日本が比

較的有利な地位に偽る牒

次は我が日本の利益の鮎せ教へて見皇せう。先づ牒捲事件の解繹でぁり主すが、是は露西塾側が公

式に詫びをするこだにtた。

まわ二つはがーツマス條約ぉ菊戯ご認め写しどであうます。ポーツマス條約は我が日本人が日露職

季で血を洗した結果結んだものであります。朗が露西亜では條約は絶で無効なり、今せでのは絶て無

攣誉二主義しました。露南蛮の言ふには、日本の西比利瀧出兵は露蘭蔑ごの職寧である、だから国

際法の常規に依って頑固の偲約は魯都塵鹿五なつたど主張しましセb。僻が我が日本欄居では外の僚約 はぎうでも宜しいが、ボーッ・;條約は有数ならざるべからやぺ童荻tた繹であり鼓す。今日に関係

ある同僚約の霊大篭る鮎は何か皇6ふミポーツマス條約窮す叫條に於て我が日本美輿へた漁業梓で

日露外交関係

(16)

第ふ懸 義一鱗

ぁりますバ是は霧西蔑はべ1リン.グ海、芸ック海、日本海の露常態沿岸に放て日本人に漁凝琴海輿

へる焉協約々作る三言約をもて属そ而して之の下に漁農協約が溜凍、日本人の露餞漁魔活勒を可

儲七しセのである。北海道、富山腐惑鴻嬢の人々は是でざれだけ食り

叉日本の翰層仰の第二薩を占めて居るのは海産物ですから、兎も角是は有益な.ものです。研が露西偲

はぎう言ふたかど示ふど、それは漁業権を東へぬ三苦繹ではない、併し何もポーツマス條約に限逐

んぢやないか、過去の僚約は箆蘭亜が意義せして鶴効ゼするめであるが、別に新らしく漁凝樺を日本

忙や㌃怠ろたら宜しいではないかざ揖賎した。所が日本はそれほ行かぬ、矢場り血を流した所の結

果から得た條約を生かして、其條約の始鹿宣して此標利を貰ふ三言こどにし月ければならぬ。廟う

去ふ童儀です。此談判は随分永引きまして、昨年の夏頃から今年の二月まで願いたのであぃます。終

に露西恵は譲りましてポーツマス億葡ぬ有数懲らだ凋ちま七た。研が患が考へ透すのに→是は巧も以

上′に蜜大なものは何かビ申しよするミ矢張うH凝協約の附帝鵠定番に見やる利椿協定であ’芋点

ふ。その第一は樺太に於ける色々の利櫻、▼是が今回の得平つちの最も常夫なる瓢ご恩ひ皇す。遍永常

放で我が月本が得柁のは、日露條約▼の附属儀定番々見れば判るので透りますが、昨年の八月甘塊月に

日本側かち番う出しました鵜野の石油償ぃ壮健太の凍沿岸のオ言云ふ所空番載正教し透しで、約

八ケ所に宜亮地域王於け滝田本人り凝華瀧田、それをズツ一−審薄儀もた、席して基地城に於ける石油

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判横位就.ては露海蛍は滋劉をやる箪云浅こ七音感めたのであそ∵それでゼうかて云ふせ∵五割七去志 意向ふが年号もちが年分でサかち↓義輝月々伴うせ分粛そ1ぺに決め︰たり朗が漉石油▼がざう去ふ状

痙であるか三日ふミ牙㌦︰宅嵩ふ研が﹂番l出て屠る、︰ォご去塗響完石卸が二千滞右ある‡育て

どです﹂=其他七つ 場所寓でつは出て居ない。、をれや藩後遺三千帝石ある辣定であるかち屑方合せ守

古津萬石の石油がある見込で満力ます遠⋮常闇挙がやつ卑屈、る所だやで其位あ、藩主言辞でるちま篭

研が今樺山出て居るのぢやない旦云ふ謬は∵看髄が出ない三言ょり馬渡撤の坊法、設備が一▼出凍て海

ちぬのであ薄まサ。∴♪ォブり設備奄ぜ・塙不†舟でぁり透す.。1鬼に角今後大に有望豊偏って善いの▼であ

顧み禄ミ田本は石油不足の観であります∵只今の月本に磨ける石油の應頼通官五す高石、研が我

が日本が需要する額に畢して此官五十高石か幾ちに畢るか童謡ふぜ、三分の二.で華ゃまし互、、あその 三分の⋮は外観から仰がなければなちぬ﹂研が其三分の一を仰いで居るの.ほざこかふか三甲ふミ各

々にしで国際紛糾を窮いてゐる磯来合衆固からでぁり蒙すや叉おル譲ヲかちであ一ります牒海軍使用の

ものは御承知の通・ヵ舘米利加から買つて凍て貯滅して密い寵のが摺の地震の時に横須賀でやちれ漣し

た、、兎′に角今の朗でも日本の需要しま班る石油の高が足ノちぬめであも.ますヂ今履月本のエ業を盛ん‘′龍

♭海軍でふ仙層石油を使ふ室軍ふこ、ぜにな軽ぼ‖ニ犀足らぬめは鷺豊別塞あゎます。痍が園民の幸福の

● ちます0 房露外交紺係、岬 一一・七

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︼′入

弗−.奉∴藤一披

虜にふ、亦卒時のエ莱其他色々め鮎正於でも石油を得る三富ふこぜは有利に遽▼ひない謬でゎ言いますひ

殊に只今日本で石油が如何に高いかざ云ふ†−そを見れば直ぐ判り皇す。北米合衆観で石油の位段ほ原 油の脆段でノ只今﹁石二固であつ七、我が日本の“石の億投は†三園、非常な.る違ひであちます。所が宮 うしてさう蓮ふか竺富ふど?免づ葦質は幾らか∼るか三三ミ一噸で勘定しまする・ビ︵二間は斉石 であ・トえす︶十五固が運賃であり、関税が立回であbます。Å十固の中で渾貨車政彦引いて芝を石率

直して計算しますむミサ三園の中か′ら、∴ニ固蝕もが運賃及稔であうよす。故に普通なれば米励の石

油蛛許否凍ても五六威で善い繹であら皇す、然るに何故に整ハ固で書い石油がせこ固三≡高い痩

段を稗ふるかご言ふど、御承知の通り登米利加は金利が安いのですが、日本では金利が非常に高い。

其療準で倉敷が配普なする笹掛金剥が凌い写ら少しの配億で賀しいか、∵金利の高い閏では高くせんけ

軌ぽ詔考ない事情もあ力ます。姦淫に鱒容では石油をセるこ烹、も螢用が多い。それで米固有拍が牽

く聾天意てこ烏日本の脅威が困るのせ1由談⊥てつり上げて屑ノ竃次第であり呈す。之も結局日本た石

油が少いから遡った瀧が多いのであります。その外岩抽を来観睾仰ぐざ言ふこまはまた日本に・ぎりて、

善いこどでは無い。故に樺太韮於て之ぉ手に入るゝこぞが出席れば大軽食しいのであゃます。々れか

らも・三つ藤太の石油潤層に初心て解決唐風たこせが禰剃だ宝石ふ鮎ほ日東関係であぅます。凍れはり

何故か三日ふ宰,義光利卸は非常に石油暫出す観で今よう彼遵四五年前の統計でござい皇すが、、石

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油産額が政界で七億パ!kル人エ㌦トレ材が日本に於ける八斗八升位であぅます︶そして北米合衆図 の石油の産額は如何す申じます蹄ばハ四蛮年前り統計に依るま四億六千萬バーレル出たのであもます沌 をし∴て北来合衆軌で使ひまする高は五億二千箪バノーレ、∵ル、僻ほ六千乱不足です勺で北来合来園の請合 り テ.キサス三富ふやうな犬ぎな譜面蔽 鹿はメざ針コに馨厳し、シ㌢クレサ、スタシダーγ、、、ドヘ﹂l†∵ が卦年女すが、此等がメキ、シ.コ軍一箪二千萬バーレ.ルを取トました。之を四辰六千蕗バヤりルに合せ 凄すご1五億九千萬ぶーレ.ル。貫から来観の滑腰高を引き去す残ったのが七千爵、㍉之を聴界に穿つで居 金食めセありますやで倣界の石油産額の丸剤近くも肇米利加が担うて居る三富ふ状態であります。殊 に日動専砂数も多ぐなす奥地の工業に、も傍はれる方面が多い文た今までは石浜の時代でし跨が↓石油 ゝ が犬舜尽い三方ふこごが飼.った。勧青天正元年、丁抹の椒ジ!アンヂア三斉ふ船があトこまじゃ亘石掛 を燃料ノ空して丁抹を出費し印度に至欧雁巴ほ締りょした。往復の間∵回も積み込皇やにやつセ、是が 石炭でございむしたならば積んでノは行キ・績んでは行きしなけれぼならぬのであります?此粘から石

油は海戦審には最も大切だ三三こぜが叫屏判明し1苧︼で英吉利の時の海軍大宅チ′ヤーテルヱ富

ふ八、民今の英園の犬減大臣でありますが?あの八がぎ・ケし七も石油を探らなければならぬき言ふの で、汲斯に於きましてアンダ甘、ベル′シヤ㌢?γン.ずケ一寸三富ふも¢を後援して乏に刻し=て海軍省が 恐ろしい加勢を出した。それで淡薪の布油革菜は長足の進歩を見陀誉それで貴近の登米利別はぎ号嘉 ⋮隊露交郷関係

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二〇

第一奄 東一航

軒言ふど、をの石油産額非常に檜加し£しオ㌣昨年︵十干九百こ十三年︶應の統計を鬼ます塾せ非常 な増加扱うセ£盲、ます?が各衆拘の地褒詞沓局に於て調査いたした結果に依るど、東園が見今の如く 石油を採るに於て、は今後二十ケ辱し陀ら憩米利加の石油はなくなるであらうど言つで居り吏すべ′尤も 新らしハハ出るのもありよせうが、さう云ふ報告をしで居包ます。でそれ以凍室玄ふものは来観は海外 勢針所に石油狩りを始めた牒英東商観の石碑統率が披期に於て始められたり スタンダトド、∵㌢ンクレ ヤ審が汲斯に馨展い托しました。叉メソ.ポダミヤか戦争の結果英苗利¢委任統治せなすを奇.るぎ、東 泉利加は之に抗議な申しました。何故か三日ふ箪、メ■ツ吏ぞ、、ヤには石油應蝕があります。叉樺太隕石 油に揖を附払まして義正十年の螢棒寛政膚︹譲クの政辟の立∴†,ンピシ㌃.レヤ合鍵ごが頼談し丼極 太に痩けを採取標を㌢y▼クレ㌣録鹿に奥へたのやあケよす月餅が丁度東京倉艶がご薮いましてざツア 手が凍て居た降分に、米国の内務大臣であうまし︰たが共棲緩めてシンクレヤ石油昏鹿の顧問ざな?芯 居ねフォトル三富ふ八が愈鹿の焉に露都に褒勺?註に棒悪北部に射し石油を探る橙利を待た燕之隠チ 弊政府没落後シシ.グレヤ倉赦せしてはロシア芭新談判を要したからであ♭ます。写−ろが露綺葦側は 稀々條件を附し、米国のロシア承認三嵩ふ▼いども其鵬つであもましたが、蛍光利加は無論承認し鼓せぬ で認ケ云ふ経で手数伸くべ、るこどが未だ困難であ′つ、た場合に於で、、今回日本が協約努作つセ∵塵で並来 利加の.禽赴が極太に入るこピを止めるこごになつた謬で瓢ヱ吾ふ塵は非常に我が国に宥和であゎ封

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すJ・暮し我が日本ご亜光軸加ご.は移民問題に於て挙って屠うますゾ支那龍於けろ政策に於ても辱ひが

ご・ざいます。大怒為資本空蝉つ盈先制加、而、鳥こ十年すれば自観の石油が・なく零番号考へて居篭登米

剰加、もし此澄米利卸が樺太に於て我ど競ふこど、どなうま¢たなノらば∵大卒浮の永覚る∼危険がある

のであうよす。で今咽凋本が勃櫻を取った宰衰ネ藻草は∵㊦東南由の衝突を除ぺ一つの方法であつた

三吉ふ鮎に於て、中和の■寛ご左七宜しい土ぜ

あります。

∴樺太り石油番菜の議を浄土げますれば,我が豆本の樺太の石油に手を出さうをしたノのは革命後詐ケ

ではござい壷せぬし。帝政時代毎かも久原ざ云ふの示隊商葦のスタペイ′フ重富ふ禽敢、蛮骨赴ざ磯合し

て北樺太の石油お痍ちうせした土ビがあつ尭9それが審命後に.写ってゼうしわか豊一芸ミ∴久原は樺 太石油ど去ふこごに閲し▼て昏赦の申で議論が一致しませぬっそこ.に現場れ死のが北辰脅ヾ是ほ資本金

五百萬閲でありまして、久原が四分の十、即ち官二十韮渇屈七出す謬であうますや三菱が官二十五靖

国出し、′日本石、抽倉敷其他の脅敵も入.る軍云ふゐで、五官萬固のものであちます、研が之がなか′1

働かなかつ陀のである沌丁度自本が西比刺通由真の睡で革サますが、大正Å年頃でござい.ょし光か、

北辰禽の仕事の面々は過激派凍るめ肇に驚いで北極太か鳥越げましねぺ痛か亦たのでヰが喪彼恐れセ

何等しなかった、︼大東九年頃でございま七わが食紅は忍ひ切つで何も、やちぬ.が∵我が溶質は石油は海 日露外交繍係

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志二

欝一∴撃.‖第 ︼ 妨

車の鐘命ならざ考ぺて我軍隊の樺太雷偶成年々石油に封草庵調査費も′出した用袈費用は五官高風出㍍

て居る、其結果せして待笹ゎが只今の石油であトま琴牒唯今鞘で居富者抽は決して北辰禽のカで寧て

屠るのではありませぬ、海軍の螢用七石油調香を致して掘出して屠るので為サょしで、♪其時逃げね昏

鮭が今之が利を受けて堵護ビ蕃ふ有様であ宣てます。

8本の襲来家、禽敵三軍ふの濾、観家め繭助を求むるこビ許b考\たb、働かなくつて金を書初る 上空許り考へで居る、元.いに進んでやる重器ふ、こどはあ薄鼓せぬ.。盛衰が敏隋です、童準利加め涛で ほ陶家中後援かなそてもやhこます。私は今後タンさ乏をや単に非ぎれぼ折角の日露の外交め治熟も峯

無にならうだ思ひますやで我が政府ふ色々痘配し、で居丸駁しミ、近頃色々計塞が出凍で居薄ま班る、り

中盤海軍中将な富が入ちれて新らしい利稀歯赦の中心に仕る掌りであサますが、中里さムに蝮二三阿

南接もごぎいますが、海軍蟹需局長ぉしで居ったから戦争に依る物資三富ふこどには注意深きの人で

あ薄ます。我々ほ官す云五鮎に於で敬意を侍って屈ますが、斯う云替言は廠ひ切ってせなけれぼ即

ち異に日露の協約七活用する1に非ぎれば決して完重なる数果を.奉げるごだは揖賽ないのみならや、、来 園の率菜が侵入して避けるこ軍の出席接いこドニhなる。で我々は興の陰に於て犬なる努力をなして樺

太の利権を生かすこゼが必聾であサーす。是は棒寒だけであ薄ますが、ノ狗今回の條約に於ては酋地利

窮余体に登ら幾多の判輝単月本に約末々tて居りまする。西比利亜は現今の所来しおむのは出て居サ

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蓬せぬが、地質学者の研究やは石炭もみり餓訂ある殖です、>我が日本には威があゎませぬ。大部分外

囲から買つせ居る砂であ′りますが、鰐西蔑はぎすか宣菖ふぜ∵簡此′利麗は只今は砂金が探れますが成

なぎは劉が令けぬか㌻探らぬのです。商流利畢は交通が寸分に教法しで居りませぬ。石炭、餓等を探

っても之を運輸の方法がぢいのセ螢嘩して居らぬ、併し之は牌凍螢通し簸るのやあちますから、打本

丸は此方面を考・へで大に専あ準備が大功であ′り皇しやう︵︶

尤Ⅳ叢に・山つの知的は露鞠の制度であカ鼓す一。レーテン軍云ふ連中が最初め制度を布いた時には観

有′し㌃喜昆も己て.∵農業をやる連中ぬ自分が要るノだけの農作物を家に置いて残ちは督観家に準めん

ければならぬ三軍ふ制度七牒うた・。妄すして国家からその寓要する三業品富農ふ豊疎ふのであつだ℃

ゼこ.ろが農民は農作物を商家に牧めせもエ業の方で機械が悪くなつで坐産髄カが減って居ら呈すので 農民に守分工喪品が痍ない.。ノそこ▼で、道徳心の嫁い瓢む加はつせ怠惰砂競争どなつで凍た向時に農工 商方面の生産が準じて、園内の疲弊‡なつで凍たのセある。をこでレ一﹁ソ.等は考べて大正十年、↓千

丸首二十∴年の三月に於七新経済政策なるものを駿東し一て、今迄ま麹へまして、共産主義の完全なる

磨現は今は之を求めす、乏を透き滞殊に於て期す畠、今日甲二背大切なものは何であるか三石ふせ我

ケが政樺を維持するにあるへ我々が政標を芋にし√て屠ネなちぼ†何時か自分の理想ほ行ふこぜが出水

る粧、失つた︳駄目甘から、今日の最大の褒務は政権を維持するこ致せあるから其鞍では木少妥協し 甘露外交関係 三三

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弟 ∵雀 ∵箔一班

王座

で▲も宜しい笠嵩ふめで、1今までは何も枚.む陶家に晩めるを箪ぶこち∴問螢真鶴であケ鼓したが、段々 妥協して務まして、大工業︵大筒染は睨家がやり、㌦かエ業、小南菜は多く錮人がやるやフになつで束

分露西怨はよぐなりよした守叉外国人も枚挙が出務まふなつた㍉個人に対して使用梧若くは地上樺喪

輿へる.、之を個人.が持つごピになれぼ故事をするこぞが段々薬に、なっ一で凍る。∴−れは今後江本火の歯

伯利起業を容易にする鮎でみサます。併しそれでも他尭から見る‘む、∵露西怨もすべてを打各藩を捻や

たのは無い?その次ぎに露西蒐に▲は綾梓がよく攣るや庭草トトで絶えず欒るのであトますヾ此鮎は蕉

本人が仕事をす阜上に少し困るの▼烹あらきす。

所が・もう﹁つ困つ、平喜で、∴申丑げて履き陀い七ビは、㌧汲帝チ、∵パル細道三富ふ問題であら女す0 是は新らし︷起つ、た問題であふてますやをれが■ヰ面倒になつ士、7日露ビ支那三吉ふ三岡の難問題首な って居る?皆さん御承知の通り我が蒲翻絨造に於ては備洲の魔物を大連かち出して腐みまするホ、∴隣

邦餓迫の希盛ビしで、は鹿西蔑の盛螢に威する東支威遣方面、あの遽の物資を大連のガに呼出して遭う

たい七備餓も運賃がもうかゝぁか、らさ与哀ふ暫で居息。研が露西濃側で.はぎうか豊6ふ・ビ、北浦鞘の翠 物敏大藩に出すこ箪牽好ま辣して之留浦増方面に.出L七布か∵︸三者ぷ考であり督す。満城ど露簡・亜泉 の威道まの利嘗衝突であります。号1で帯域の軸はぎうか三富ふで、此間に於て奉天総督の張作家許

諾をつけまして、一挑南よサチトハ〝ハに到る迄の常数十哩の織造を支那側で作るこ正になら皇し、たやむ

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れを作るどぎうなるかご申すミ蒐支磯波ビ平行して日本側に近い新餓澄が出家﹂之で地蔵洲の産物

を大連に出すざ云ふ利金がある。次ぎに挑南だ伊†い′ルの間の餓道を作れば大舜張作東にどり軍略急

に於て有利なのであ各。L亨去が露西怨はノ之に封し耳反射しで屑篭ね放か豊冒そ、壷支餓道の轟

行線でありますから、寛支感造の荷物は減ります。をこで紀噴霧歯糞側が埠本の芳澤公使忙談判し又

支那側にも談判して居サます。ざう言って居るか吏富ふミあの域遊ばやめさして呉れ三言ので漆

ケます。又支那側で鳥談判も七倍やますが、是がぎ▼う云ふ夙になるか、是ば露西豊イ支那ビの問題で

ありまする串ざ共に、東我が日本ぜ露西並どの間にも開演であり呈す。琴フ云′で一首は往々差して日

露関係の躍欧ビなる十三もあります、そ∵薄我々は日露爾周の細目協定の時に於て此間題が残って居

る三富ふものは、是がざう妄念風に莫湖科でやる鱗列に開かる∼か三軍ふこぜを見やうミ思ふ静です。 次にあるl部の入は﹁矢張り白木ビ富商蔑ご支那ぬ同鹿々恕つでやるか善い﹂さ申して居七ます。盛観 も英盲利、蔑米利加に射してH支ごの接近を利用し幾らかの抑へをするざ云ふ策を執って居るが、私

しは日本が海軍力無き露文吉岡盟するを愚ビするのであるけれぎ過日

は今日の策として露文丙観ビ親善ぉ困り之から原料品を得るの策に出るのは必要ビ恩ふ。それをう皇

くやるのが外交の働鳶で濁ります。・それほ我が霞ケ開にてやらんければならぬが、我が観民も考へん

ければならぬ。今回の講演は此の凌を以て終ちビ致し真す。︵完︶ 叫 日露外死闘係ノ

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