香川大学教育実践総合研究(Bull. Educ. Res. Teach. Develop. Kagawa Univ.),29:121-128,2014
眼球運動計測によるRapid Automatized Naming
(RAN)課題と音読の流暢性との関連に関する検討
―予備的研究―
和氣 翔子 ・ 惠羅 修吉
*・ 田中 栄美子
*・ 西田 智子
* (大学院教育学研究科) (特別支援教育) (特別支援教育) (特別支援教育) 760-8522 高松市幸町1-1 香川大学大学院教育学研究科 *760-8522 高松市幸町1-1 香川大学教育学部Rapid Automatized Naming Task and Oral Reading Fluency:
Preliminary Study with Use of Eye-tracking System.
Shoko Wake, Shukichi Era
*, EmikoTanaka
*and Tomoko Nishida
* Graduate School of Education, Kagawa University, 1-1 Saiwai-cho, Takamatsu 760-8522*
Faculty of Education, Kagawa University, 1-1 Saiwai-cho, Takamatsu 760-8522
要 旨 成人を対象に視線追跡装置を用いてRAN課題の刺激条件が音読時間と眼球運動に 及ぼす影響について検討した。その結果,線画条件は数字条件や仮名条件と比べ,音読時間 の延長,停留回数の増加,復帰回数の増加が顕著であった。また,音読時間が長いほど眼球 停留回数が多いことが明らかとなった。成人のなかでも読みスキルの熟達した者では,傍中 心視を活用することにより効率的な文字認識を行っている可能性を示唆した。 キーワード RAN課題 読み 眼球運動 眼球停留 サッカード
1.はじめに
Rapid Automatized Naming( 以 下,RAN) 課題は,紙面あるいはPC画面上に規則的に 配列された文字,絵,色などの刺激を連続的 にできるだけ速く呼称することを求める検査 である。提示された視覚刺激から音韻情報を 取り出す効率(処理速度)を評価し,読みの 流暢性や文章読解の発達およびその困難を予 測する指標として広く知られている課題であ る(e.g., Denckla & Cutting, 1999; Norton & Wolf,2012;Wolf & Bowers, 1999)。アルファ
ベット圏の諸言語においては,発達性読字障 害(developmental dyslexia) を 予 測 す る 指 標の一つとして,その価値が認められている (Landerl, Ramus, Moll et al., 2013)。これまで の研究において,RAN課題で使用する材料(刺 激属性)や施行法を操作することで,評価指標 としての感度が検討されてきた。小林・稲垣・ 軍司・矢田部・北・加我・後藤・小池(2011)は, 「同一課題」として刺激項目が数字のみあるい は線画のみで構成された条件と「交互(rapid alternative stimulus ; RAS)課題」として数字 と線画が交互に配列された条件を設定し,通常
香川大学教育実践総合研究(Bull. Educ. Res. Teach. Develop. Kagawa Univ.),29:121-128,2014
眼球運動計測によるRapid Automatized Naming
(RAN)課題と音読の流暢性との関連に関する検討
―予備的研究―
和氣 翔子 ・ 惠羅 修吉
*・ 田中 栄美子
*・ 西田 智子
* (大学院教育学研究科) (特別支援教育) (特別支援教育) (特別支援教育) 760-8522 高松市幸町1-1 香川大学大学院教育学研究科 *760-8522 高松市幸町1-1 香川大学教育学部Rapid Automatized Naming Task and Oral Reading Fluency:
Preliminary Study with Use of Eye-tracking System.
Shoko Wake, Shukichi Era
*, EmikoTanaka
*and Tomoko Nishida
* Graduate School of Education, Kagawa University, 1-1 Saiwai-cho, Takamatsu 760-8522*Faculty of Education, Kagawa University, 1-1 Saiwai-cho, Takamatsu 760-8522
要 旨 成人を対象に視線追跡装置を用いてRAN課題の刺激条件が音読時間と眼球運動に 及ぼす影響について検討した。その結果,線画条件は数字条件や仮名条件と比べ,音読時間 の延長,停留回数の増加,復帰回数の増加が顕著であった。また,音読時間が長いほど眼球 停留回数が多いことが明らかとなった。成人のなかでも読みスキルの熟達した者では,傍中 心視を活用することにより効率的な文字認識を行っている可能性を示唆した。 キーワード RAN課題 読み 眼球運動 眼球停留 サッカード
1.はじめに
Rapid Automatized Naming( 以 下,RAN) 課題は,紙面あるいはPC画面上に規則的に 配列された文字,絵,色などの刺激を連続的 にできるだけ速く呼称することを求める検査 である。提示された視覚刺激から音韻情報を 取り出す効率(処理速度)を評価し,読みの 流暢性や文章読解の発達およびその困難を予 測する指標として広く知られている課題であ る(e.g., Denckla & Cutting, 1999; Norton & Wolf,2012;Wolf & Bowers, 1999)。アルファ
ベット圏の諸言語においては,発達性読字障 害(developmental dyslexia) を 予 測 す る 指 標の一つとして,その価値が認められている (Landerl, Ramus, Moll et al., 2013)。これまで の研究において,RAN課題で使用する材料(刺 激属性)や施行法を操作することで,評価指標 としての感度が検討されてきた。小林・稲垣・ 軍司・矢田部・北・加我・後藤・小池(2011)は, 「同一課題」として刺激項目が数字のみあるい は線画のみで構成された条件と「交互(rapid alternative stimulus ; RAS)課題」として数字 と線画が交互に配列された条件を設定し,通常
読書時の眼球運動に着目して読みの特徴を分析 する研究が数多く報告されている。以下,日本 語を材料とした研究について,幾つか紹介す る。藤井・熊谷・前川・柿澤・佐々木(1997)は, 読み書き困難児の文章音読,黙読,読み聞かせ 時における眼球運動を計測し,健常児と比較し た。その結果として,黙読および読み聞かせに おいて読み書き困難児の注視頻度,サッカード 頻度が少なく,文章を目で追ってはいても読む という活動を行っていないことが示された。ま た,奥村・若宮・鈴木・玉井(2006)は,小学 4年生の読み困難群と学習に困難のない統制群 における文章黙読時の眼球運動を測定した。読 み困難群は,統制群に比べ,眼球運動軌跡では return sweep(改行のための右から左への大 きな衝動性眼球運動)の間隔が広く,逆行の衝 動性眼球運動(右から左への小さな衝動性眼球 運動)の頻度が高く,眼球運動が不規則な軌跡 を描いていた。戻り読みをするために行った逆 行する衝動性眼球運動の頻度についても,読み 困難群で有意に高く,平均眼球停留時間も対象 群と比べて有意に延長したと報告している。 また,関口・小林(2011)は,読み書き困難 児による文章を音読する際の注視の特徴につい て,眼球運動計測により健常児群と比較した。 その結果,読み書き困難児は,文章を読む速度 が遅く,注視回数が多く,サッカード距離も短 いことが明らかになった。なお,注視時間につ いては群間に有意差はなかった。これは,読み 書き困難児と健常児では,1回の注視における 処理の速度は変わらないが,読み書き困難児は 文章音読の処理単位が小さいために,短い距離 で細かく注視点を移動していることを示唆する ものである。以上の成果を基に,読みの眼球運 動計測は,読み書き困難の状態像の把握に有用 な研究方法であり,これを通じてさまざまな文 字刺激に対する読みの特徴を明確化することが 重要であると述べている。 本研究では,成人を対象に視線追跡装置を用 いてRAN課題の刺激条件が音読時間と眼球運 動に及ぼす影響について検討することを目的と した。眼球運動については,眼球停留回数と復 の学級に在籍する小学1~6年生を対象として 呼称能力の発達とひらがな読み能力との関連性 について検討した。その結果,交互課題は,同 一課題に比べて,6年生に至るまで呼称時間が 有意に延長した。このことから,交互課題で は,数字と線画それぞれ異なる処理プロセスが 脳内で同時に関与するため,処理の自動性のみ ならず統制された意図的操作が必要となり,認 知的負荷の高い検査であると考察している。 小林・加藤・ヘインズ・マカルーソ―・フッ ク(2003)は,RAN課題の遂行成績による音 読課題の予測精度について検討し,幼児におい てはRAN課題の刺激材料により予測精度が異 なり,数字条件と平仮名条件での成績が音読課 題における速さ・正確度・総合得点に対して高 い予測精度を示したと報告している。 小林ら(2011)は,数字によるRAN課題では, 発達に伴い記号から音韻への変換(decoding の速度)が自動化されたレベルに達すること, その完成する時期は10歳前後であることを指摘 した。一方,線画によるRAN課題においては, 数字と比べて親密性が高く,意味処理が関与す るため自動化の完成が遅れると推察している。 松本(2009)は,幼児期・学齢期初期において 音韻処理の困難があったとしても,高学年では もはや有意味語読みの速度や1文字RAN課題 への影響は少なくなるが,単純な読み成績との 関連が薄れてきたとしてもより高次な読み書き の困難に問題が移行している可能性があること など,学齢による関連性の違いについて指摘し ている。 RAN課題の遂行に影響を及ぼしていること が想定される要因の一つとして,眼球運動の効 率性がある。眼球運動は,RAN課題に限らず, 読書活動に強く関与している。私たちが文章を 読む際には,視線をある場所に停留させるこ と(注視/眼球停留;fixation)と,それを断 続的に他の場所に移動させること(飛躍眼球運 動/サッカード;saccade)を繰り返している (懸田,1998;Pollatsek,Rayner,Fischer,& Reichle,1999;Rayner,2009;斎田,1993)。 近年,読み困難のある児童生徒を対象として,
帰回数を指標として取り上げることにした。
2.方法
2.1.参加者 香川大学に在籍する大学生・大学院生9名(男 性3名,女性6名)を対象とした。いずれの参 加者も左右の視力(矯正視力を含む)に問題は なかった。すべての参加者に対し,実験開始前 に研究の内容と目的について説明し,協力への 同意を書面により得た。 2.2.課題 RAN課題として刺激材料の異なる4つの条 件を設定した。刺激属性が同じ条件として仮名 条件,数字条件,線画条件の3条件を,数字と 線画の2つの異なる刺激属性の項目を交互に配 置した条件(以下,交互条件とする)を設定し た。いずれの条件の試行も,一画面20項目の刺 激で構成された。平仮名は,読み方が一通りの ものからランダムに20文字を選択した。数字 は,一桁の算用数字(1~9)を用いた。線 画項目としては,幼児・児童連想語彙表(国 立国語研究所,1981)を参考に,描画を命名 する単語が幼児期までに語彙として獲得され, 親近感のあるもの30項目を選択した。線画は, Snodgrass(1980)により標準化されたものを 使用した。 図版の画像解析度は1280×1024 pixelsとした。 各項目の大きさは,視角で2°×2°(約71×71 pixels)以内とした。刺激間の距離は,約4.5°(約 156 pixels)とした。 2.3.手続き 検査は,静かな実験室において,個別に実施 された。検査の実施にあたり,「今から,ひらが な・数字・イラストをいくつか提示します。で きるだけ速く,そして正確に,声に出して読み 上げてください。イラストは,その名称を言っ てください。練習の後に本番を行います。」と 教示した。刺激図版が提示される直前に,図版 左上隅の第一項目の位置に丸印のついた画像を 3秒間呈示することで,眼球停留の初期位置を 統制した。提示図版は,最後の刺激項目を参加 者が読み終わったところで検査者により消去す ることにした。課題遂行における参加者の音声 反応は,ボイスレコーダー(Olympus社製Voice Trek DS-71)を用いて記録した。条件の実施順 は,1)仮名条件,2)数字条件,3)線画条件, 4)交互条件の固定順とした。各条件は,練習 試行と本試行からなり,両試行は同じ刺激項目 をランダムに並べ替えたものとした。試行間に は,30秒以上の休憩時間を設定した。 2.4.装置 眼球運動については,Tobii Technology 社 製T120アイトラッカーで測定した。刺激は, 参加者の前方約70cmの距離に置かれた17イン チ液晶ディスプレイに提示された。本ディス プレイは,アイトラッカー専用のもので,PC により制御された。データの解析には,Tobii Studio 解析ソフトを使用した。眼球停留フィ ルタについては,velocity threshold 50 pixels/ window, distance threshold 70 pixelsに設定し た。眼球運動計測のためのキャリブレーション (9点法)の後に,各試行を実施した。 2.5.分析方法 課題遂行時における音読時間に関しては,ボ イスレコーダーで記録した音声データを音声 解析ソフト(インターネット社製sound it! 3.0 LE)により分析した。各試行について,最初 の項目の命名開始時点から最後の項目の命名終 了時点までの時間間隔を算出した。眼球運動に ついては,眼球停留回数と復帰回数(行かえの ための復帰現象は含まない)を算出した。3.結果
課題遂行における音読時間については,全参 加者で算出した。眼球運動については,参加者 のうち2名で分析可能なデータが得られなかっ た。ゆえに,音読時間については全参加者9名 で分析し,眼球運動ならびに音読時間と眼球運 動の関連については,両方のデータが得られた 7名の結果を分析することにした。参加者の音 読時間,眼球停留回数,復帰回数の平均と標準 偏差をTable 1に示す。3.1.音読時間 Table 1に示したように,仮名条件と数字条 件に比較して線画条件の音読時間に大きな遅延 がみられた。繰り返しのある一元配置分散分析 を実施した結果,条件間の差は有意であった (F (3,24)=79.9,p<.0001)。TukeyのHSD 検定を実施した結果,仮名条件と数字条件の対 比以外は有意であった(ps<.001)。 3.2.眼球停留回数 Table 1に示したように,線画条件において 眼球停留回数が多かった。課題遂行中の眼球停 留回数について繰り返しのある一元配置分散分 析を行った結果,条件間の差は有意であった (F ( 3,18)=11.0,p<.001)。TukeyのHSD 検定の結果,仮名条件と線画条件,数字条件と 線画条件,数字条件と交互条件の差が有意で あった(ps<.05)。 3.3.復帰回数 復帰回数について,繰り返しのある一元配置 分散分析を行った結果,条件間の差は有意で あった(F (3,18)=3.98,p=.025)。Tukey のHSD検定を実施したところ,数字条件と線 画条件に有意差が認められた(p<.05)。 Table 1. 参加者の音読時間,眼球停留回数および復帰回数の平均と標準偏差 音読時間(sec) 眼球停留回数(回) 復帰回数(回) 仮名 数字 線画 交互 仮名 数字 線画 交互 仮名 数字 線画 交互 平均 6.66 5.91 12.33 9.58 25.7 23.0 28.9 26.3 1.9 1.1 3.0 2.4 標準偏差 1.44 1.36 1.31 1.49 4.6 2.7 3.6 4.3 2.0 1.2 2.6 2.1 Figure 1. RAN課題4条件における音読時間と 眼球停留回数・復帰回数の散布図 Figure 2. RAN課題数字条件において刺激項 目数よりも眼球停留回数が少なかっ た事例Aの眼球運動軌跡
10
15
20
25
30
35
40
2
4
6
8 10 12 14 16
眼球
停
留回
数
(
回
)
音読時間 (
sec)
A. 音読時間 vs 眼球停留回数
仮名
数字
線画
交互
0
2
4
6
8
10
2
4
6
8 10 12 14 16
復帰
回
数
(
回
)
音読時間 (
sec)
B. 音読時間 vs 復帰回数
仮名
数字
線画
交互
香川大学教育実践総合研究(Bull. Educ. Res. Teach. Develop. Kagawa Univ.),29:121-128,2014
眼球運動計測によるRapid Automatized Naming
(RAN)課題と音読の流暢性との関連に関する検討
―予備的研究―
和氣 翔子 ・ 惠羅 修吉
*・ 田中 栄美子
*・ 西田 智子
* (大学院教育学研究科) (特別支援教育) (特別支援教育) (特別支援教育) 760-8522 高松市幸町1-1 香川大学大学院教育学研究科 *760-8522 高松市幸町1-1 香川大学教育学部Rapid Automatized Naming Task and Oral Reading Fluency:
Preliminary Study with Use of Eye-tracking System.
Shoko Wake, Shukichi Era
*, EmikoTanaka
*and Tomoko Nishida
* Graduate School of Education, Kagawa University, 1-1 Saiwai-cho, Takamatsu 760-8522*
Faculty of Education, Kagawa University, 1-1 Saiwai-cho, Takamatsu 760-8522
要 旨 成人を対象に視線追跡装置を用いてRAN課題の刺激条件が音読時間と眼球運動に 及ぼす影響について検討した。その結果,線画条件は数字条件や仮名条件と比べ,音読時間 の延長,停留回数の増加,復帰回数の増加が顕著であった。また,音読時間が長いほど眼球 停留回数が多いことが明らかとなった。成人のなかでも読みスキルの熟達した者では,傍中 心視を活用することにより効率的な文字認識を行っている可能性を示唆した。 キーワード RAN課題 読み 眼球運動 眼球停留 サッカード
1.はじめに
Rapid Automatized Naming( 以 下,RAN) 課題は,紙面あるいはPC画面上に規則的に 配列された文字,絵,色などの刺激を連続的 にできるだけ速く呼称することを求める検査 である。提示された視覚刺激から音韻情報を 取り出す効率(処理速度)を評価し,読みの 流暢性や文章読解の発達およびその困難を予 測する指標として広く知られている課題であ る(e.g., Denckla & Cutting, 1999; Norton & Wolf,2012;Wolf & Bowers, 1999)。アルファ
ベット圏の諸言語においては,発達性読字障 害(developmental dyslexia) を 予 測 す る 指 標の一つとして,その価値が認められている (Landerl, Ramus, Moll et al., 2013)。これまで の研究において,RAN課題で使用する材料(刺 激属性)や施行法を操作することで,評価指標 としての感度が検討されてきた。小林・稲垣・ 軍司・矢田部・北・加我・後藤・小池(2011)は, 「同一課題」として刺激項目が数字のみあるい は線画のみで構成された条件と「交互(rapid alternative stimulus ; RAS)課題」として数字 と線画が交互に配列された条件を設定し,通常
読書時の眼球運動に着目して読みの特徴を分析 する研究が数多く報告されている。以下,日本 語を材料とした研究について,幾つか紹介す る。藤井・熊谷・前川・柿澤・佐々木(1997)は, 読み書き困難児の文章音読,黙読,読み聞かせ 時における眼球運動を計測し,健常児と比較し た。その結果として,黙読および読み聞かせに おいて読み書き困難児の注視頻度,サッカード 頻度が少なく,文章を目で追ってはいても読む という活動を行っていないことが示された。ま た,奥村・若宮・鈴木・玉井(2006)は,小学 4年生の読み困難群と学習に困難のない統制群 における文章黙読時の眼球運動を測定した。読 み困難群は,統制群に比べ,眼球運動軌跡では return sweep(改行のための右から左への大 きな衝動性眼球運動)の間隔が広く,逆行の衝 動性眼球運動(右から左への小さな衝動性眼球 運動)の頻度が高く,眼球運動が不規則な軌跡 を描いていた。戻り読みをするために行った逆 行する衝動性眼球運動の頻度についても,読み 困難群で有意に高く,平均眼球停留時間も対象 群と比べて有意に延長したと報告している。 また,関口・小林(2011)は,読み書き困難 児による文章を音読する際の注視の特徴につい て,眼球運動計測により健常児群と比較した。 その結果,読み書き困難児は,文章を読む速度 が遅く,注視回数が多く,サッカード距離も短 いことが明らかになった。なお,注視時間につ いては群間に有意差はなかった。これは,読み 書き困難児と健常児では,1回の注視における 処理の速度は変わらないが,読み書き困難児は 文章音読の処理単位が小さいために,短い距離 で細かく注視点を移動していることを示唆する ものである。以上の成果を基に,読みの眼球運 動計測は,読み書き困難の状態像の把握に有用 な研究方法であり,これを通じてさまざまな文 字刺激に対する読みの特徴を明確化することが 重要であると述べている。 本研究では,成人を対象に視線追跡装置を用 いてRAN課題の刺激条件が音読時間と眼球運 動に及ぼす影響について検討することを目的と した。眼球運動については,眼球停留回数と復 の学級に在籍する小学1~6年生を対象として 呼称能力の発達とひらがな読み能力との関連性 について検討した。その結果,交互課題は,同 一課題に比べて,6年生に至るまで呼称時間が 有意に延長した。このことから,交互課題で は,数字と線画それぞれ異なる処理プロセスが 脳内で同時に関与するため,処理の自動性のみ ならず統制された意図的操作が必要となり,認 知的負荷の高い検査であると考察している。 小林・加藤・ヘインズ・マカルーソ―・フッ ク(2003)は,RAN課題の遂行成績による音 読課題の予測精度について検討し,幼児におい てはRAN課題の刺激材料により予測精度が異 なり,数字条件と平仮名条件での成績が音読課 題における速さ・正確度・総合得点に対して高 い予測精度を示したと報告している。 小林ら(2011)は,数字によるRAN課題では, 発達に伴い記号から音韻への変換(decoding の速度)が自動化されたレベルに達すること, その完成する時期は10歳前後であることを指摘 した。一方,線画によるRAN課題においては, 数字と比べて親密性が高く,意味処理が関与す るため自動化の完成が遅れると推察している。 松本(2009)は,幼児期・学齢期初期において 音韻処理の困難があったとしても,高学年では もはや有意味語読みの速度や1文字RAN課題 への影響は少なくなるが,単純な読み成績との 関連が薄れてきたとしてもより高次な読み書き の困難に問題が移行している可能性があること など,学齢による関連性の違いについて指摘し ている。 RAN課題の遂行に影響を及ぼしていること が想定される要因の一つとして,眼球運動の効 率性がある。眼球運動は,RAN課題に限らず, 読書活動に強く関与している。私たちが文章を 読む際には,視線をある場所に停留させるこ と(注視/眼球停留;fixation)と,それを断 続的に他の場所に移動させること(飛躍眼球運 動/サッカード;saccade)を繰り返している (懸田,1998;Pollatsek,Rayner,Fischer,& Reichle,1999;Rayner,2009;斎田,1993)。 近年,読み困難のある児童生徒を対象として,
帰回数を指標として取り上げることにした。
2.方法
2.1.参加者 香川大学に在籍する大学生・大学院生9名(男 性3名,女性6名)を対象とした。いずれの参 加者も左右の視力(矯正視力を含む)に問題は なかった。すべての参加者に対し,実験開始前 に研究の内容と目的について説明し,協力への 同意を書面により得た。 2.2.課題 RAN課題として刺激材料の異なる4つの条 件を設定した。刺激属性が同じ条件として仮名 条件,数字条件,線画条件の3条件を,数字と 線画の2つの異なる刺激属性の項目を交互に配 置した条件(以下,交互条件とする)を設定し た。いずれの条件の試行も,一画面20項目の刺 激で構成された。平仮名は,読み方が一通りの ものからランダムに20文字を選択した。数字 は,一桁の算用数字(1~9)を用いた。線 画項目としては,幼児・児童連想語彙表(国 立国語研究所,1981)を参考に,描画を命名 する単語が幼児期までに語彙として獲得され, 親近感のあるもの30項目を選択した。線画は, Snodgrass(1980)により標準化されたものを 使用した。 図版の画像解析度は1280×1024 pixelsとした。 各項目の大きさは,視角で2°×2°(約71×71 pixels)以内とした。刺激間の距離は,約4.5°(約 156 pixels)とした。 2.3.手続き 検査は,静かな実験室において,個別に実施 された。検査の実施にあたり,「今から,ひらが な・数字・イラストをいくつか提示します。で きるだけ速く,そして正確に,声に出して読み 上げてください。イラストは,その名称を言っ てください。練習の後に本番を行います。」と 教示した。刺激図版が提示される直前に,図版 左上隅の第一項目の位置に丸印のついた画像を 3秒間呈示することで,眼球停留の初期位置を 統制した。提示図版は,最後の刺激項目を参加 者が読み終わったところで検査者により消去す ることにした。課題遂行における参加者の音声 反応は,ボイスレコーダー(Olympus社製Voice Trek DS-71)を用いて記録した。条件の実施順 は,1)仮名条件,2)数字条件,3)線画条件, 4)交互条件の固定順とした。各条件は,練習 試行と本試行からなり,両試行は同じ刺激項目 をランダムに並べ替えたものとした。試行間に は,30秒以上の休憩時間を設定した。 2.4.装置 眼球運動については,Tobii Technology 社 製T120アイトラッカーで測定した。刺激は, 参加者の前方約70cmの距離に置かれた17イン チ液晶ディスプレイに提示された。本ディス プレイは,アイトラッカー専用のもので,PC により制御された。データの解析には,Tobii Studio 解析ソフトを使用した。眼球停留フィ ルタについては,velocity threshold 50 pixels/ window, distance threshold 70 pixelsに設定し た。眼球運動計測のためのキャリブレーション (9点法)の後に,各試行を実施した。 2.5.分析方法 課題遂行時における音読時間に関しては,ボ イスレコーダーで記録した音声データを音声 解析ソフト(インターネット社製sound it! 3.0 LE)により分析した。各試行について,最初 の項目の命名開始時点から最後の項目の命名終 了時点までの時間間隔を算出した。眼球運動に ついては,眼球停留回数と復帰回数(行かえの ための復帰現象は含まない)を算出した。3.結果
課題遂行における音読時間については,全参 加者で算出した。眼球運動については,参加者 のうち2名で分析可能なデータが得られなかっ た。ゆえに,音読時間については全参加者9名 で分析し,眼球運動ならびに音読時間と眼球運 動の関連については,両方のデータが得られた 7名の結果を分析することにした。参加者の音 読時間,眼球停留回数,復帰回数の平均と標準 偏差をTable 1に示す。3.1.音読時間 Table 1に示したように,仮名条件と数字条 件に比較して線画条件の音読時間に大きな遅延 がみられた。繰り返しのある一元配置分散分析 を実施した結果,条件間の差は有意であった (F (3,24)=79.9,p<.0001)。TukeyのHSD 検定を実施した結果,仮名条件と数字条件の対 比以外は有意であった(ps<.001)。 3.2.眼球停留回数 Table 1に示したように,線画条件において 眼球停留回数が多かった。課題遂行中の眼球停 留回数について繰り返しのある一元配置分散分 析を行った結果,条件間の差は有意であった (F ( 3,18)=11.0,p<.001)。TukeyのHSD 検定の結果,仮名条件と線画条件,数字条件と 線画条件,数字条件と交互条件の差が有意で あった(ps<.05)。 3.3.復帰回数 復帰回数について,繰り返しのある一元配置 分散分析を行った結果,条件間の差は有意で あった(F (3,18)=3.98,p=.025)。Tukey のHSD検定を実施したところ,数字条件と線 画条件に有意差が認められた(p<.05)。 Table 1. 参加者の音読時間,眼球停留回数および復帰回数の平均と標準偏差 音読時間(sec) 眼球停留回数(回) 復帰回数(回) 仮名 数字 線画 交互 仮名 数字 線画 交互 仮名 数字 線画 交互 平均 6.66 5.91 12.33 9.58 25.7 23.0 28.9 26.3 1.9 1.1 3.0 2.4 標準偏差 1.44 1.36 1.31 1.49 4.6 2.7 3.6 4.3 2.0 1.2 2.6 2.1 Figure 1. RAN課題4条件における音読時間と 眼球停留回数・復帰回数の散布図 Figure 2. RAN課題数字条件において刺激項 目数よりも眼球停留回数が少なかっ た事例Aの眼球運動軌跡
10
15
20
25
30
35
40
2
4
6
8 10 12 14 16
眼球
停
留回
数
(
回
)
音読時間 (
sec)
A. 音読時間 vs 眼球停留回数
仮名
数字
線画
交互
0
2
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2
4
6
8 10 12 14 16
復帰
回
数
(
回
)
音読時間 (
sec)
B. 音読時間 vs 復帰回数
仮名
数字
線画
交互
3.4.音読時間と眼球停留回数・復帰回数との 関連性 RAN課題4条件における音読時間と眼球停 留回数,音読時間と復帰回数の関連性について 確認するため,Figure 1に散布図を示す。音読 時間と眼球停留回数(Figure 1A)については, 4条件の結果を合わせてみると,音読時間が長 いほど眼球停留回数が多くなるという傾向がみ られた。一方,音読時間と復帰回数(Figure 1 B)については,一貫性を示すような特徴はな く,個人差が大きいことが見受けられた。 3.5.事例分析 数字条件において最も早い音読時間を示した 事例Aは,刺激項目数(20字)よりも眼球停留 回数(18回)の方が少なかった。事例Aの数字 条件遂行時における眼球運動の軌跡をFigure 2 に示す。2行目と3行目の右端の数字に対して 眼球停留が生じておらず,第4列の数字から次 の行頭の数字へとサッカードが出現していた。 眼球停留回数の個人差が最も大きかった条件 は,仮名条件であった。そこで,仮名条件にお いて最も眼球停留回数が少なかった事例A,最 も眼球停留回数が多かった事例B,最も音読時 間が長かった事例Cのそれぞれの眼球運動軌跡 をFigure 3に示す。なお,最も眼球停留回数が 少なかった事例Aは,参加者のなかでも最も音 読時間が短かった。Figure 3Aにみられるよう に,事例Aの眼球運動は,各項目に対して眼球 停留1回で正確に走査していた。一方,事例B は,項目から外れた位置への眼球停留が特徴的 であった(Figure 3B)。事例Cは,軌跡が事例 Aに類似しているが,眼球停留が複数回生じた 項目が認められた(Figure 3C)。
4.考察
4.1.課題条件による音読時間の差 本研究では,刺激材料により課題遂行が大き く異なり,全体として線画に対する音読時間が 最も長かった。この傾向は,個々の参加者にお いても共通して出現しており,仮名条件や数字 条件と比べて,線画条件で音読時間が延長して事例 A
事例 B
事例 C
Figure 3. RAN課題仮名条件において眼球停留 回数が最少の参加者(事例A),最 多の参加者(事例B),音読時間が 最も長かった参加者(事例C)の眼 球運動軌跡いたが,仮名条件と数字条件の差はほとんどな かった。このことは,就学前児から小学生を対 象とした小林らの一連の研究(小林ら,2003; Kobayashi,Haynes,Hook,& Macaruso, 2007;Kobayashi,Haynes,Macaruso,Hook, & Kato,2005)の結果と一致していた。仮名 条件と数字条件で差がなかったことは,就学前 6歳児を対象としてRAN課題を実施した金子・ 宇野・春原(2004)が指摘したように,数字と 仮名文字の情報処理過程が近似していることに よるものと考えられる。 線画条件の音読時間が他の条件に比べて有意 に延長したことは,対象が成人であっても,線 画の意味的符号化に時間がかかってしまい,言 語刺激に比べて処理の自動化には至らない可能 性が想定される。また小林ら(2011)が指摘し たように,数字条件では10歳頃に自動化が完成 され,成人においても同様に自動化により音読 時間を短くしていると考えられる。 4.2.RAN課題遂行時の眼球運動パタン 本研究では,一試行あたりの刺激項目数は, 全ての条件で一貫して20項目に設定した。この ことから,平均値で見ると,いずれの条件も項 目数以上の眼球停留回数が確認された。これ は,注視点の復帰現象や,刺激のない位置への サッカードが生じていることを示唆するもので ある。なかでも線画条件や交互条件と比べて, 数字条件が有意に眼球停留回数の少ない理由と して,数字条件遂行時において,行かえにおけ る眼球運動軌跡の短縮が生じていた参加者が存 在していたことが考えられる。また,線画条件 と比べて,数字条件は,復帰回数が有意に少な かったことも,数字条件の眼球停留回数が少な いことと関係しているだろう。 4.3.音読時間と眼球停留パタンとの関係 眼球運動の計測が可能であった7名のう ち,数字条件において,事例Aは,音読時間が 3.82secで最も成績が良好であり,かつ眼球停 留回数が刺激項目数である20回よりも少ない18 回であり,2行目および3行目の改行において 眼球運動の短縮が生じていた(Figure 2)。2 行目と3行目の末尾の数字については眼球停留 を行わなくとも行動上での音読に欠落がなかっ た。このことは,事例Aの文字認識における有 効視野が他の参加者よりも広く,刺激の間隔が 4.5°という広さであっても,眼球停留を行わ ずに刺激情報の読み取りに成功していた可能性 が考えられる。 関口・吉田(2012)は,日本人の読み書き障 害児と健常児における読みの有効視野の特徴に ついて比較しており,その結果として読み書き 障害児の読みの有効視野は,健常児に比べて狭 いことを報告している。その原因の一つとし て,読み書き障害児は,読みの困難から中心視 での処理に注意の多くを費やしており,そのた めに周辺視野へ分配する注意の量が少なくなっ ている可能性があると推察している。また,池 田(1988)によれば,アメリカ人が視野制限を した状態で読む英文と,視野制限を行わずに読 む日本文の眼球運動の軌跡が類似していた。こ れらのことから,文字認識における有効視野の 広さと読み能力には関係性があるといえよう。 今回,読みスキルの熟達が期待される成人を対 象としたRAN課題で,全体的に数字条件の眼 球停留回数が少なかったことは,他の条件に比 べて数字条件では有効視野が広く,傍中心視が 効果的に活用されていたのではないかと考えら れる。50音のパタンがある仮名条件や,一つひ とつの絵に対して意味処理が必要となる線画お よび交互条件と比べて,1から9までの候補し かない数字で構成されている数字条件は明らか に処理負荷が低いといえる。その結果,事例A のような特に読みの熟達した参加者において は,傍中心視を利用して文字認識を達成するこ とができ,音読遂行の効率を上げることが可能 になったのではないかと考えられる。 事例Aは,仮名条件においても,最も成績が 良好であり,音読時間は4.99secであった。眼 球停留回数20回であり,数字条件でみられた 短縮行動はなかったが,刺激項目数と同数の 眼球停留であり,効率的な眼球運動であった といえる(Figure 3A)。仮名条件において眼 球停留回数が35回と最も回数の多かった事例B (Figure 3B)と音読時間が8.83secと最も長かっ
た事例C(Figure 3C)の眼球運動の軌跡は興 味深いものであった。 事例Bについては,眼球運動の軌跡が不安定 であり,次の刺激項目に視線を移動するまで に,刺激項目とは異なる位置への眼球停留が頻 繁に出現していた。この眼球運動パタンは,奥 村ら(2006)が指摘した逆行の衝動性眼球運動 とは異なるものである。戻り読みのための眼球 運動ではなく,ターゲットとなる刺激項目に対 して適切に眼球を飛躍させることが効率的に出 来ていない様子であり,比較的小さな調整的 サッカード(corrective saccade)が出現して いたと考えられる。なお,事例Bは,このよう な眼球運動軌跡が生じていたにもかかわらず, 音読時間の延長は見られなかった。本研究の RAN課題が読みスキルが熟達した成人にとっ ては比較的単純な課題であったことが,眼球運 動の効率の悪さが課題遂行に影響を及ぼさな かった原因ではないかと考えられる。なお,認 知処理の負荷が高まる複雑な条件によるRAN 課題や文章音読課題を行った際には,事例Bの ような不規則な眼球停留が生じた場合には,文 字認識が完了する前に他の場所へ視線が動いて しまうことで処理に時間がかかり,その結果, 音読時間が延長するといった影響を被る可能性 があるのではないかと推察される。 事例Cについては,基本的には刺激周辺で眼 球停留が行われているが,一度の注視で次項目 の刺激へ移動するのではなく,同じ刺激項目上 で複数回の眼球停留が生じていた。つまり事例 Cは,眼球停留の位置を少しずらしながらも, 文字認識が完了して音声に表出するまで,その 刺激項目への注視を継続していたと考えられ る。音読時間の延長は,こうして同じところを 何度も見ていることで生じている可能性があ る。なお,事例Cのような眼球運動の軌跡も, より複雑なRAN課題の条件を設定することで, 音読時間だけでなく眼球停留回数においても顕 著な増加がみられるかもしれない。 以上の事例分析より,事例Aの課題遂行成績 が良好であったのは,一度の眼球停留,つまり 刺激項目数に対して最小限の眼球停留回数で, 文字の視覚処理を実行することができていたた めに,流暢な音読が達成されたといえよう。 RAN課題4条件において,音読時間と眼球 停留回数の関係から,音読時間が長いほど眼球 停留回数が多くなるという結果を得た。これは 読み能力が,文字の再符号化だけではなく,眼 球停留回数が少ない効率的な眼球運動を達成す る能力とも関係があることを示唆するものであ る。さらに眼球停留回数を少なくするために, 読みスキルの熟達した成人の読者は,傍中心視 における文字認識を向上させることで,また一 度の注視でより多くの視覚情報を得られている ことで,RAN課題の効率的な遂行を達成して いたと考えられる。
付記
本論文は,第一筆者が香川大学大学院教育学 研究科に提出した修士論文の一部をまとめ直し たものである。本論文に掲載された執筆者の所 属は,研究当時のものである。 文 献Denckla, M. B., & Cutting, L. E. (1999) History and significance of rapid automatized naming. Annals of Dyslexia, 49, 29-42. 藤井章子・熊谷恵子・前川久男・柿澤敏文・佐々木 日出男(1997)読み書き障害児の読みにおける 眼球運動の解析.筑波大学心身障害学研究,21, 81-92. 池田光男(1988)眼はなにを見ているか:視覚系の 情報処理.平凡社. 懸田孝一(1998)読書時の単語認知過程:眼球運動 を指標とした研究の概観.北海道大学文学部紀 要,46,155-192. 金子真人・宇野 彰・春原則子(2004)就学前6歳 児 に お け るrapid automatized naming (RAN) 課題と仮名音読成績の関連.音声言語医学,45 30-34.
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読書時の眼球運動に着目して読みの特徴を分析 する研究が数多く報告されている。以下,日本 語を材料とした研究について,幾つか紹介す る。藤井・熊谷・前川・柿澤・佐々木(1997)は, 読み書き困難児の文章音読,黙読,読み聞かせ 時における眼球運動を計測し,健常児と比較し た。その結果として,黙読および読み聞かせに おいて読み書き困難児の注視頻度,サッカード 頻度が少なく,文章を目で追ってはいても読む という活動を行っていないことが示された。ま た,奥村・若宮・鈴木・玉井(2006)は,小学 4年生の読み困難群と学習に困難のない統制群 における文章黙読時の眼球運動を測定した。読 み困難群は,統制群に比べ,眼球運動軌跡では return sweep(改行のための右から左への大 きな衝動性眼球運動)の間隔が広く,逆行の衝 動性眼球運動(右から左への小さな衝動性眼球 運動)の頻度が高く,眼球運動が不規則な軌跡 を描いていた。戻り読みをするために行った逆 行する衝動性眼球運動の頻度についても,読み 困難群で有意に高く,平均眼球停留時間も対象 群と比べて有意に延長したと報告している。 また,関口・小林(2011)は,読み書き困難 児による文章を音読する際の注視の特徴につい て,眼球運動計測により健常児群と比較した。 その結果,読み書き困難児は,文章を読む速度 が遅く,注視回数が多く,サッカード距離も短 いことが明らかになった。なお,注視時間につ いては群間に有意差はなかった。これは,読み 書き困難児と健常児では,1回の注視における 処理の速度は変わらないが,読み書き困難児は 文章音読の処理単位が小さいために,短い距離 で細かく注視点を移動していることを示唆する ものである。以上の成果を基に,読みの眼球運 動計測は,読み書き困難の状態像の把握に有用 な研究方法であり,これを通じてさまざまな文 字刺激に対する読みの特徴を明確化することが 重要であると述べている。 本研究では,成人を対象に視線追跡装置を用 いてRAN課題の刺激条件が音読時間と眼球運 動に及ぼす影響について検討することを目的と した。眼球運動については,眼球停留回数と復 の学級に在籍する小学1~6年生を対象として 呼称能力の発達とひらがな読み能力との関連性 について検討した。その結果,交互課題は,同 一課題に比べて,6年生に至るまで呼称時間が 有意に延長した。このことから,交互課題で は,数字と線画それぞれ異なる処理プロセスが 脳内で同時に関与するため,処理の自動性のみ ならず統制された意図的操作が必要となり,認 知的負荷の高い検査であると考察している。 小林・加藤・ヘインズ・マカルーソ―・フッ ク(2003)は,RAN課題の遂行成績による音 読課題の予測精度について検討し,幼児におい てはRAN課題の刺激材料により予測精度が異 なり,数字条件と平仮名条件での成績が音読課 題における速さ・正確度・総合得点に対して高 い予測精度を示したと報告している。 小林ら(2011)は,数字によるRAN課題では, 発達に伴い記号から音韻への変換(decoding の速度)が自動化されたレベルに達すること, その完成する時期は10歳前後であることを指摘 した。一方,線画によるRAN課題においては, 数字と比べて親密性が高く,意味処理が関与す るため自動化の完成が遅れると推察している。 松本(2009)は,幼児期・学齢期初期において 音韻処理の困難があったとしても,高学年では もはや有意味語読みの速度や1文字RAN課題 への影響は少なくなるが,単純な読み成績との 関連が薄れてきたとしてもより高次な読み書き の困難に問題が移行している可能性があること など,学齢による関連性の違いについて指摘し ている。 RAN課題の遂行に影響を及ぼしていること が想定される要因の一つとして,眼球運動の効 率性がある。眼球運動は,RAN課題に限らず, 読書活動に強く関与している。私たちが文章を 読む際には,視線をある場所に停留させるこ と(注視/眼球停留;fixation)と,それを断 続的に他の場所に移動させること(飛躍眼球運 動/サッカード;saccade)を繰り返している (懸田,1998;Pollatsek,Rayner,Fischer,& Reichle,1999;Rayner,2009;斎田,1993)。 近年,読み困難のある児童生徒を対象として,
帰回数を指標として取り上げることにした。
2.方法
2.1.参加者 香川大学に在籍する大学生・大学院生9名(男 性3名,女性6名)を対象とした。いずれの参 加者も左右の視力(矯正視力を含む)に問題は なかった。すべての参加者に対し,実験開始前 に研究の内容と目的について説明し,協力への 同意を書面により得た。 2.2.課題 RAN課題として刺激材料の異なる4つの条 件を設定した。刺激属性が同じ条件として仮名 条件,数字条件,線画条件の3条件を,数字と 線画の2つの異なる刺激属性の項目を交互に配 置した条件(以下,交互条件とする)を設定し た。いずれの条件の試行も,一画面20項目の刺 激で構成された。平仮名は,読み方が一通りの ものからランダムに20文字を選択した。数字 は,一桁の算用数字(1~9)を用いた。線 画項目としては,幼児・児童連想語彙表(国 立国語研究所,1981)を参考に,描画を命名 する単語が幼児期までに語彙として獲得され, 親近感のあるもの30項目を選択した。線画は, Snodgrass(1980)により標準化されたものを 使用した。 図版の画像解析度は1280×1024 pixelsとした。 各項目の大きさは,視角で2°×2°(約71×71 pixels)以内とした。刺激間の距離は,約4.5°(約 156 pixels)とした。 2.3.手続き 検査は,静かな実験室において,個別に実施 された。検査の実施にあたり,「今から,ひらが な・数字・イラストをいくつか提示します。で きるだけ速く,そして正確に,声に出して読み 上げてください。イラストは,その名称を言っ てください。練習の後に本番を行います。」と 教示した。刺激図版が提示される直前に,図版 左上隅の第一項目の位置に丸印のついた画像を 3秒間呈示することで,眼球停留の初期位置を 統制した。提示図版は,最後の刺激項目を参加 者が読み終わったところで検査者により消去す ることにした。課題遂行における参加者の音声 反応は,ボイスレコーダー(Olympus社製Voice Trek DS-71)を用いて記録した。条件の実施順 は,1)仮名条件,2)数字条件,3)線画条件, 4)交互条件の固定順とした。各条件は,練習 試行と本試行からなり,両試行は同じ刺激項目 をランダムに並べ替えたものとした。試行間に は,30秒以上の休憩時間を設定した。 2.4.装置 眼球運動については,Tobii Technology 社 製T120アイトラッカーで測定した。刺激は, 参加者の前方約70cmの距離に置かれた17イン チ液晶ディスプレイに提示された。本ディス プレイは,アイトラッカー専用のもので,PC により制御された。データの解析には,Tobii Studio 解析ソフトを使用した。眼球停留フィ ルタについては,velocity threshold 50 pixels/ window, distance threshold 70 pixelsに設定し た。眼球運動計測のためのキャリブレーション (9点法)の後に,各試行を実施した。 2.5.分析方法 課題遂行時における音読時間に関しては,ボ イスレコーダーで記録した音声データを音声 解析ソフト(インターネット社製sound it! 3.0 LE)により分析した。各試行について,最初 の項目の命名開始時点から最後の項目の命名終 了時点までの時間間隔を算出した。眼球運動に ついては,眼球停留回数と復帰回数(行かえの ための復帰現象は含まない)を算出した。3.結果
課題遂行における音読時間については,全参 加者で算出した。眼球運動については,参加者 のうち2名で分析可能なデータが得られなかっ た。ゆえに,音読時間については全参加者9名 で分析し,眼球運動ならびに音読時間と眼球運 動の関連については,両方のデータが得られた 7名の結果を分析することにした。参加者の音 読時間,眼球停留回数,復帰回数の平均と標準 偏差をTable 1に示す。3.1.音読時間 Table 1に示したように,仮名条件と数字条 件に比較して線画条件の音読時間に大きな遅延 がみられた。繰り返しのある一元配置分散分析 を実施した結果,条件間の差は有意であった (F (3,24)=79.9,p<.0001)。TukeyのHSD 検定を実施した結果,仮名条件と数字条件の対 比以外は有意であった(ps<.001)。 3.2.眼球停留回数 Table 1に示したように,線画条件において 眼球停留回数が多かった。課題遂行中の眼球停 留回数について繰り返しのある一元配置分散分 析を行った結果,条件間の差は有意であった (F ( 3,18)=11.0,p<.001)。TukeyのHSD 検定の結果,仮名条件と線画条件,数字条件と 線画条件,数字条件と交互条件の差が有意で あった(ps<.05)。 3.3.復帰回数 復帰回数について,繰り返しのある一元配置 分散分析を行った結果,条件間の差は有意で あった(F (3,18)=3.98,p=.025)。Tukey のHSD検定を実施したところ,数字条件と線 画条件に有意差が認められた(p<.05)。 Table 1. 参加者の音読時間,眼球停留回数および復帰回数の平均と標準偏差 音読時間(sec) 眼球停留回数(回) 復帰回数(回) 仮名 数字 線画 交互 仮名 数字 線画 交互 仮名 数字 線画 交互 平均 6.66 5.91 12.33 9.58 25.7 23.0 28.9 26.3 1.9 1.1 3.0 2.4 標準偏差 1.44 1.36 1.31 1.49 4.6 2.7 3.6 4.3 2.0 1.2 2.6 2.1 Figure 1. RAN課題4条件における音読時間と 眼球停留回数・復帰回数の散布図 Figure 2. RAN課題数字条件において刺激項 目数よりも眼球停留回数が少なかっ た事例Aの眼球運動軌跡
10
15
20
25
30
35
40
2
4
6
8 10 12 14 16
眼球
停
留回
数
(
回)
音読時間 (
sec)
A. 音読時間 vs 眼球停留回数
仮名
数字
線画
交互
0
2
4
6
8
10
2
4
6
8 10 12 14 16
復帰
回数
(
回)
音読時間 (
sec)
B. 音読時間 vs 復帰回数
仮名
数字
線画
交互
香川大学教育実践総合研究(Bull. Educ. Res. Teach. Develop. Kagawa Univ.),29:121-128,2014
眼球運動計測によるRapid Automatized Naming
(RAN)課題と音読の流暢性との関連に関する検討
―予備的研究―
和氣 翔子 ・ 惠羅 修吉
*・ 田中 栄美子
*・ 西田 智子
* (大学院教育学研究科) (特別支援教育) (特別支援教育) (特別支援教育) 760-8522 高松市幸町1-1 香川大学大学院教育学研究科 *760-8522 高松市幸町1-1 香川大学教育学部Rapid Automatized Naming Task and Oral Reading Fluency:
Preliminary Study with Use of Eye-tracking System.
Shoko Wake, Shukichi Era
*, EmikoTanaka
*and Tomoko Nishida
* Graduate School of Education, Kagawa University, 1-1 Saiwai-cho, Takamatsu 760-8522*Faculty of Education, Kagawa University, 1-1 Saiwai-cho, Takamatsu 760-8522
要 旨 成人を対象に視線追跡装置を用いてRAN課題の刺激条件が音読時間と眼球運動に 及ぼす影響について検討した。その結果,線画条件は数字条件や仮名条件と比べ,音読時間 の延長,停留回数の増加,復帰回数の増加が顕著であった。また,音読時間が長いほど眼球 停留回数が多いことが明らかとなった。成人のなかでも読みスキルの熟達した者では,傍中 心視を活用することにより効率的な文字認識を行っている可能性を示唆した。 キーワード RAN課題 読み 眼球運動 眼球停留 サッカード
1.はじめに
Rapid Automatized Naming( 以 下,RAN) 課題は,紙面あるいはPC画面上に規則的に 配列された文字,絵,色などの刺激を連続的 にできるだけ速く呼称することを求める検査 である。提示された視覚刺激から音韻情報を 取り出す効率(処理速度)を評価し,読みの 流暢性や文章読解の発達およびその困難を予 測する指標として広く知られている課題であ る(e.g., Denckla & Cutting, 1999; Norton & Wolf,2012;Wolf & Bowers, 1999)。アルファ
ベット圏の諸言語においては,発達性読字障 害(developmental dyslexia) を 予 測 す る 指 標の一つとして,その価値が認められている (Landerl, Ramus, Moll et al., 2013)。これまで の研究において,RAN課題で使用する材料(刺 激属性)や施行法を操作することで,評価指標 としての感度が検討されてきた。小林・稲垣・ 軍司・矢田部・北・加我・後藤・小池(2011)は, 「同一課題」として刺激項目が数字のみあるい は線画のみで構成された条件と「交互(rapid alternative stimulus ; RAS)課題」として数字 と線画が交互に配列された条件を設定し,通常
読書時の眼球運動に着目して読みの特徴を分析 する研究が数多く報告されている。以下,日本 語を材料とした研究について,幾つか紹介す る。藤井・熊谷・前川・柿澤・佐々木(1997)は, 読み書き困難児の文章音読,黙読,読み聞かせ 時における眼球運動を計測し,健常児と比較し た。その結果として,黙読および読み聞かせに おいて読み書き困難児の注視頻度,サッカード 頻度が少なく,文章を目で追ってはいても読む という活動を行っていないことが示された。ま た,奥村・若宮・鈴木・玉井(2006)は,小学 4年生の読み困難群と学習に困難のない統制群 における文章黙読時の眼球運動を測定した。読 み困難群は,統制群に比べ,眼球運動軌跡では return sweep(改行のための右から左への大 きな衝動性眼球運動)の間隔が広く,逆行の衝 動性眼球運動(右から左への小さな衝動性眼球 運動)の頻度が高く,眼球運動が不規則な軌跡 を描いていた。戻り読みをするために行った逆 行する衝動性眼球運動の頻度についても,読み 困難群で有意に高く,平均眼球停留時間も対象 群と比べて有意に延長したと報告している。 また,関口・小林(2011)は,読み書き困難 児による文章を音読する際の注視の特徴につい て,眼球運動計測により健常児群と比較した。 その結果,読み書き困難児は,文章を読む速度 が遅く,注視回数が多く,サッカード距離も短 いことが明らかになった。なお,注視時間につ いては群間に有意差はなかった。これは,読み 書き困難児と健常児では,1回の注視における 処理の速度は変わらないが,読み書き困難児は 文章音読の処理単位が小さいために,短い距離 で細かく注視点を移動していることを示唆する ものである。以上の成果を基に,読みの眼球運 動計測は,読み書き困難の状態像の把握に有用 な研究方法であり,これを通じてさまざまな文 字刺激に対する読みの特徴を明確化することが 重要であると述べている。 本研究では,成人を対象に視線追跡装置を用 いてRAN課題の刺激条件が音読時間と眼球運 動に及ぼす影響について検討することを目的と した。眼球運動については,眼球停留回数と復 の学級に在籍する小学1~6年生を対象として 呼称能力の発達とひらがな読み能力との関連性 について検討した。その結果,交互課題は,同 一課題に比べて,6年生に至るまで呼称時間が 有意に延長した。このことから,交互課題で は,数字と線画それぞれ異なる処理プロセスが 脳内で同時に関与するため,処理の自動性のみ ならず統制された意図的操作が必要となり,認 知的負荷の高い検査であると考察している。 小林・加藤・ヘインズ・マカルーソ―・フッ ク(2003)は,RAN課題の遂行成績による音 読課題の予測精度について検討し,幼児におい てはRAN課題の刺激材料により予測精度が異 なり,数字条件と平仮名条件での成績が音読課 題における速さ・正確度・総合得点に対して高 い予測精度を示したと報告している。 小林ら(2011)は,数字によるRAN課題では, 発達に伴い記号から音韻への変換(decoding の速度)が自動化されたレベルに達すること, その完成する時期は10歳前後であることを指摘 した。一方,線画によるRAN課題においては, 数字と比べて親密性が高く,意味処理が関与す るため自動化の完成が遅れると推察している。 松本(2009)は,幼児期・学齢期初期において 音韻処理の困難があったとしても,高学年では もはや有意味語読みの速度や1文字RAN課題 への影響は少なくなるが,単純な読み成績との 関連が薄れてきたとしてもより高次な読み書き の困難に問題が移行している可能性があること など,学齢による関連性の違いについて指摘し ている。 RAN課題の遂行に影響を及ぼしていること が想定される要因の一つとして,眼球運動の効 率性がある。眼球運動は,RAN課題に限らず, 読書活動に強く関与している。私たちが文章を 読む際には,視線をある場所に停留させるこ と(注視/眼球停留;fixation)と,それを断 続的に他の場所に移動させること(飛躍眼球運 動/サッカード;saccade)を繰り返している (懸田,1998;Pollatsek,Rayner,Fischer,& Reichle,1999;Rayner,2009;斎田,1993)。 近年,読み困難のある児童生徒を対象として,
帰回数を指標として取り上げることにした。