創造性研究から見たデザイン思考のルーツ
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(2) デザイン学研究特集号 Vol.25-1 No.97. て1998年より学生を受け入れてきた。21世紀は、「知識」がさまざまな社会 的活動の中心となる時代、すなわち「知識社会」の時代であるといわれてい る。単なる情報処理の結果ではなく、知識の生産や社会イノベーションに高 い価値が与えられ、いわば「知識創造」を核とする社会システム全般の大変 革が世界的に起きている。一方、極端に細分化・専門化した科学技術のみで は、現実社会で発生する大規模かつ複雑な問題への対応が困難になってお り、近代科学の限界が指摘されている。こうした閉塞状況の打破と、社会発 展への道筋を示す新パラダイムの提唱を目指し、専門分野の枠を超えた幅広 い知識、自由な発想と総合的判断力、深い洞察力を有した人材を組織的に養 成することを目的に、知識科学研究科が設置された1)。 同研究科では、発散技法、収束技法、アイデアスケッチ、衆目評価法な どの知識創造技法に関する講義と、アクティブ・ラーニングによるワーク ショップを十数年に渡り継続して実践しており、その学習効果は、多数の学 会賞や各種コンテストでの受賞などの対外評価が実証している。2016年度の 一研究科統合に伴い、これまでに築き上げてきた知識科学の方法論による 「イノベーションデザイン教育」を全学展開することで、本学は社会に潜在 する未来ニーズの顕在化を実現し得るイノベーション創出人材の輩出を目指 している。. 2.2「イノベーションデザイン論」の位置づけと目標. 2016年度に新規開講した「イノベーションデザイン論」の前身である「イ. ノベーションデザイン方法論」では、どのような現場の問題にも対応できる 創造的問題解決の方法論とスキルを教授することを目標とした。創造思考と デザイン思考を統合した方法論を主体的に学修させるために、数人でチーム を組織し、ワークショップや3D プリンタによるプロトタイピング実習を通 じて、チームワーク力も自然と身に着くような工夫を試みた。. 「イノベーションデザイン論」は、この講義を継承し、ユーザを理解し、 ユーザの潜在的なニーズを掘り起こすことでイノベーションに結実する知識 科学的デザイン思考を身につけることを達成目標に設計した。理想の人材像 として、1)未来のニーズを探し出す力、2)革新的なアイデアを生む力、 3)仲間と共に実践する力、の3つを備えることとし、講義のグランドデザ インを行った。. 2.3「イノベーションデザイン論」の講義設計. 全体構想として、デザイン思考の5ステップ(Empathize,Define,Ideate,. Prototype,Test)を踏襲することとし2)、座学とグループワークを主とする. 実習を組み合わせた講義とした。2.2節で述べた3つの育成すべき力を考慮. して、全体を大きく3段階に分ける。未来のニーズを探し出す力の育成に対 しては、イノベーション思考やデザイン思考および、共感のための方法論を 学ばせる。革新的なアイデアを生む力の育成に関しては、問題解決の方法 論ならびに、各種創造技法を学んだ上で、アイデアスケッチなどのワーク ショップを実施し、問題解決手法を用いたアイデアやストーリーのプレゼン テーションを行わせる。仲間と共に実践する力の養成には、主としてデジタ ルファブリケーションによるアイデアのプロトタイピングを実践させること とした。 本学では年2回(4月、10月)の入学期を設定し、すべての授業科目を対. 29.
(3) 30. 特集:イノベーションデザイン論. 象としてクォーター制を導入している。1コマ100分の講義を14回、7週間 (1週間に時間帯を変えて2コマ開講)で完結する。以下に、イノベーショ ンデザイン論の内容を示す。なお、グループワークや実習には時間を要する ため、*を付した回は正規の講義時間以外のオフィスアワーを用いている。 図1に講義スケジュールの紹介スライドを示す。 (第1段階:担当 永井) 1. イノベーションデザインとは⑴ ∼イノベーション思考. 2. イノベーションデザインとは⑵ ∼デザイン思考. 3. 共感のための方法論⑴ エスノグラフィ. 4. 共感のための方法論⑵ インタビュー *. 4. 共感のグループワーク. (第2段階:担当 由井薗、國藤) 5. 創造技法⑴ 発散技法 *. 5. 創造技法演習のグループワーク ─ ブレインライティング. 6. 創造技法⑵ 収束技法としての KJ 法. 6. *. 7. 創造技法演習 ─ KJ 法のグループ編成 創造技法⑶ デザイン技法入門. 8. 創造技法演習のグループワーク ─ アイデアスケッチ. 9. まとめと中間発表. (第3段階:担当 宮田) 10. プロトタイピング⑴ モデリング#1 ─ Draw 系ソフトによる2D モデリング. 11. プロトタイピング⑵ モデリング#2. 11. *. ─ 3D モデリングソフトによる3D デザイン プロトタイピングのグループワーク#1. ─ 制作物のプランニングとデザイン作業 12. プロトタイピング⑶ デジタルファブリケーション#1 ─ レーザカッタ、3D プリンタの利用法. 13. プロトタイピング⑷ デジタルファブリケーション#2 ─ デザイン物の出力と改良 *. 図1 講義スケジュールの紹介スライド. 13. プロトタイピングのグループワーク#2 ─ 出力物の検証と改良. 14. まとめと最終成果報告. 3.イノベーションデザインと共感 上述のとおり「アイデアにより社会的に大きな変革をもたらすモノゴトの 創出」がイノベーションを牽引すると考えられるが、それができるようにな るためには、どうしたらよいだろうか? デザイン思考のブームを巻き起こした IDEO 社はデザインコンサルタント. 企業であるが、イノベーションを生み出すためにモノづくりやサービスに (注1)“ Design thinking borrows ethnographic observational. techniques from anthropology and reapplies them to. generating practical solutions. This requires empathy,. デザインの発想を取り入れ、ビジネスが成功することを示した。IDEO 社の ティム・ブラウンは「共感」が重要だと主張している3)(注1)。. 「共感」に注目することの意味は、「人間中心設計」という表現に見られる. because feeling alongside others allows you to move past. ように、ものづくりの力点が生産工学的視点から人間側の視点に遷移したこ. things as they do.”. とに関係している。. seeing them as subjects or consumers and really experience.
(4) デザイン学研究特集号 Vol.25-1 No.97. さらに大きな社会課題に対して「共感」が持つパワーが注目されている。 例えば「世界を変えるデザイン展」4)が話題となり、デザインの本質が再考 されるようになった。人々のライフスタイルを改善する、具体的な「もの (製品)」をデザインする社会運動が呼びかけられ、そうした活動に光があて られるようになった。これはデザイン革命やものづくりの民主化への動向を 示すと考えられる。また、サイエンスは社会課題の解決を目的とすべきとし た「科学と科学的知識の利用に関する世界宣言」 (ブダペスト会議、1999) と同じ方向であり、21世紀社会を表象する。 未来社会のリーダーシップ育成においては、これらの2つの軸、すなわ ち、総合的なビジネスに向けたイノベーションマインドセットと、より高度 な社会課題に対するチャレンジとしてのソーシャルイノベーションのマイン ドセットを擁しておく必要がある。そのいずれの軸も「共感」をキーターム としている。特定のユーザへの共感と地球規模の困難への共感は、創造性 研究の little-c、BIG-C 5)と同様に、little-e、BIG-E と呼ぶことができる。そ. こで、創造性教育において mini-c 6)の重要性が提唱されたことを考えれば、. mini-e がイノベーションの種として心に芽生えることの重要性は自明であ. る。mini-e を育むためには、日常の中で他者への関心を持ち、人と関わるな かで心を動かすことが第一歩である。さらに、共感による「気づき」と、自 己への「気づき」が結びつくことが要だと考えられる。これが未来のイノ ベーションを牽引するクリエイティブマインドの形成に至る。 さらに、「共創」によるイノベーションが社会に求められていることも忘 れてはならない。大学院教育は研究者あるいは高度職業人財の育成を目的と しているが、社会では、チーム、グループ、組織として活動することが当然 であり、チームワークや協働により、成果を高めていくことが求められる。 言うまでもなく、誰一人完ぺきな人間はおらず、互いが力を合わせることで イノベーションも創出される。また、社会イノベーションは、一つの組織や 企業によってもたらされるのではなく、複層的に様々な個人・組織が関与し あう「エコシステム」が前提とされる。一過性の成功を目的としたビジネス モデルと異なり、エコシステムでは、モノゴトだけでなく環境も含めた持続 的な成長が目指されているため、価値も多様な共創によって創出されると考 えられる。 このような未来社会をモデルとした場合、アイデアを創出し、社会課題に 挑戦するためには、グループでの共創で、何かしらタンジブルな解を具体的 に創出する「経験」を積むことが必須である。 以上の観点から、講義の第1段階では、アイデア創出の基本を修得する が、その際に、駆動力として「共感」を重視している。ここで、mini-e と連 動する mini-c を重視すれば、アイデア生成に対しての壁を低くし、気軽に楽. しく親しめるものとして取り入れる点を強調したい7)。そのため、必ずしも 体験を伴わない座学での知識、例えばプロダクト・アウトやマーケット・イ ンという図式から入ることは極力避け、誰にでもできるアナロジーを用いた アイデア生成をアクティブ・ラーニングでの練習題材として用いている。本 講義の受講前に、本学における全学必修科目の「人間力イノベーション論」 で同様のアイデア生成課題を行い、発想力開発の下地を形成している。. 4.創造技法とデザイン技法を統合する 講義の第2段階では、アイデアを創出するための創造技法と、アイデアを. 31.
(5) 32. 特集:イノベーションデザイン論. 具体的なデザインへと展開するデザイン技法を学ぶ。創造技法としては発散 技法の代表的なものとしてブレインライティング、収束技法の代表的なもの として KJ 法について1コマずつ講義している。その後、デザイン思考と創. 造技法を統合するために、KJ 法の W 型問題解決モデル8、9)とデザイン思考 との関係について講義している。それぞれの講義後、1コマ分グループワー ク等の演習を実施している。 また、この段階では中間発表、最終発表に向けて取り組む課題を1コマ目 の講義にて発表している。課題は「災害時に役立つツール・仕組み」であ る。学生参加者が社会的関心を持ちつつ、有用なツール・仕組みを考えられ るものとした。 以下に、3つの講義内容と各演習について紹介する。. 4.1 創造技法⑴ 発散技法. 最初に、創造技法の基礎として、創造技法の分類、創造的問題解決プロセ. スについて紹介している。創造技法の分類として高橋による4分類である発 散技法、収束技法、統合技法、態度技法10)を紹介している。 発散技法は多くのアイデアを作り出す技法であり、ブレインストーミング、 ブレインライティングなど数多くの技法が知られている。講義ではオズボー ンによるブレインストーミングの基本原則「⑴判断の後おくり、⑵量は質に つながる。 」を示し、かつ、よく知られたグループワークのための規則「⑴批 判をしない、⑵自由奔放に意見を出す、⑶多量のアイデアを出す、⑷出され たアイデアを結合したり、改善せよ」を教えている。その後、社会心理学者 が指摘してきたグループワーク時のブレインストーミングの問題点を紹介し ている。最後に、ブレインストーミングが抱える問題点の多くを解決できる ブレインライティング6-3-5法を教えている。 図2 ブレインライティング(6-3-5法) 用シート. 演習では、6-3-5法用のシートをグループごとに配り、グループごと に課題に対するアイデア発想を行う。図2に6-3-5法用のシートを示す。. 4.2 創造技法⑵ 収束技法としての KJ 法. 収束技法では日本を代表する創造技法である川喜田二郎による KJ 法を紹. 介している。KJ 法は会議の技法としてブレインストーミング後に行う技法. として導入されることが多い。KJ 法の基本的なやり方として、ラベル作り、 グループ編成、KJ 法 A 型図解、KJ 法 B 型文章化の手順を教えている。. また、KJ 法の体系的概念を教えるために次の2点も講義した。1点目と. して、KJ 法は、フィールドワークでのデータ収集後に、いかにしてデータ. から仮設を生成するかという技法として生み出されたかということである。 現在、ビジネスエソノグラフィなどの技法で代表されるように、現場観察は 重要となっている。KJ 法は元来、野外観察によるデータ収集を含んでおり、. 広義には、それら技法を取り込んだものである。2点目として、KJ 法は W. 型問題解決プロセスという体型的な問題解決プロセスを持っていることであ る。そのプロセスにおいては、書斎科学や実験科学と呼ばれる科学的思考ス タイルに加えて、現場観察をベースとする野外科学という思考スタイルを位 置づけている点に価値があり、これらは従来の創造的問題解決プロセスには 見られない特徴である。 この講義後での演習では KJ 法のグループ編成について理解を深めるため. の模擬作業を行っている。KJ 法のグループ編成は、単なる分類ではない。.
(6) デザイン学研究特集号 Vol.25-1 No.97. 「データをして語らしめる」の精神で、その場に相応しい、いわんとする志 が一致するラベルを段階的にグループ化していく必要がある。その態度を学 ぶために、模範となるグループ編成の手順を1ステップごと進める作業を行 う。また、編成されたグループの表札作りも学ぶ。表札は編成されたグルー プの意図(志とも呼ぶ)を表現するものが期待される。. 4.3 創造技法⑶ デザイン技法入門. 講義3コマ目は第二段階のハイライトであり、デザインとしてのアイデア. を作り出す作業を行う。講義と並行して演習を行い、2コマ分の時間を使用 する。 最初にスピードストーミング 11)と呼ばれるブレインストーミングの変形版 (トーナメント方式)を用い、二人によるアイデアの意見交換によるアイデ アの洗練を行う。この作業では2つの列を作り、円陣を作る。そして、2つ の列同士でペアを作り、アイデアの意見交換を次々とペアを入れ替えて行う ものである。すべての人が話し手、聞き手になるため、アイデア出しの意欲 を高める効果や複数の人々の視点を反映したアイデアの洗練が期待できる。 次に、参加者はアイデアを文字と絵を組み合わせてイメージ化するスケッ チ作業を行う。この作業ではアイデアスケッチ(手書き)12)という手法を用 い文字を主体とする概念イメージを作る作業をおこなう。この作業では、ア イデアのイメージを象徴するタイトルと3つの文章を書く。そして、アイデ アのイメージを物理的な実体をもつアイデアとするために絵を描く。これら 一連のスケッチにより、具体的に実現可能なアイデアとしてのデザインに踏 み出すことができる。このアイデアスケッチによって作成された代表的な三 例を図3に示す。 その後、すべての参加者によるアイデアスケッチをテーブルに並べ、すべ ての参加者が投票する。これによって、第三者の目を反映できるアイデア評 価・選択を行うことができる。グループはその投票結果などを用いて、プロ トタイプ候補としてのアイデアスケッチを2枚選ぶ。そして、その2枚を用 いて中間発表を行うことになる。図3に示したアイデアスケッチは、グルー プで出されたアイデアスケッチにおいて評価が高かったものであり、かつ、 図3 アイデアスケッチ. 3段階目のプロトタイピングにおいて具体化されたものである。. 5.アイデアの具体化 講義の第3段階では、創出したアイデアをプロトタイプとして具体化す る。以降、その内容を概観する。. 5.1 プロトタイプ制作のためのソフトウェア. 本講義では、主としてデジタルファブリケーションによるプロトタイプ. 制作手法を用いることとした。レーザカッタによる加工と3D プリンタによ. る造形を軸とし、それぞれに必要なデータをドロー系ソフトである Adobe 社. のイラストレータ、および3D モデリングソフトである Autodesk 社の123D. Design を用いて生成する。. レーザカッタ用には、二次元のカッティングパスが必要であり、イラスト. レータの該当するツール(主としてパスの編集機能)の実習のみをおこなっ た(2.3節の10コマ目)。. 3D プリンタ用には、123D Design を用いて STL 形式のデータを作成する。. 33.
(7) 34. 特集:イノベーションデザイン論. 受講生の大半はモデリングソフトの使用経験がないため、Autodesk 社の公式 ページに掲載されている導入ビデオを参考にし、基本形状の編集や回転体の 作成など、最低限の使い方のみを実習した(2.3節の11コマ目)。 ⒜ イニシャルデザインの例. 講義の時間的な制約から、手ほどき程度の実習に留まってしまうため、そ. れぞれイニシャルデザイン、すべての基本操作を用いた造形物の作成課題を 与えて、2日後の提出を義務付けた。図4に提出物の例を示す。. 5.2 プロトタイプのデザイン. プロトタイプ制作のソフトウェアの利用法をひととおり学んだ後、プロト. タイピングのグループワークを行う(2.3節の11*コマ目)。グループワーク では、制作物のプランニングとデザイン作業を行うが、ソフトウェアは利用 せずにアナログツールで作業を進める。 第2段階までで結晶化されたアイデアの具体化には、利用場面を想像しス ケール感を掴みながらのデザインが必要であると考えた。コンピュータによ ⒝ 三次元モデルの例 図4 提出物の例. るデザインは、仕上がりの綺麗さややり直しが簡単であるという大きなメ リットはあるが、画面上での作業はスケール感が掴みにくく、使いやすさの 検証が困難である。本講義では、加工しやすい紙を用いて、可能な限りリア ルスケールでのプロトタイプデザインを行わせた。紙は加工のしやすさばか りでなく、調整や変形も容易であり、結果として手早く作業ができ、かつ材 料費も安価である。 紙による試行錯誤の結果を踏まえ、最終的にはソフトウェアを用いてプロ トタイプをデータ化する。同時に、プロトタイプ制作に用いる素材の選定も 行わせた。3D プリンタは基本的に石膏や樹脂素材であり、レーザカッタで. は加工対象の素材がある程度限定される。そのため、プロトタイプ制作には デジタルファブリケーションツールの使用は義務付けておらず、布地や100 円均一ショップで購入可能なパーツ類など、必要に応じた素材の利用を認め ている。なお、1グループあたり最大3,000円の材料購入費を支給した。図. 5に、異なるグループによる紙を用いたラフプロトタイプと、3D プリンタ 用のモデルデザインの例を示す。. 図5 ラフプロトタイプと3D モデリングの例. 5.3 デジタルファブリケーション. 本学では、数年前からレーザカッタおよび、石膏を用いた粉末固着式積層. 方式と、樹脂を用いた熱溶解積層方式(FDM 方式)の3D プリンタを導入し. ている。これまでの運用実績をふまえ、イノベーションデザイン教育の推進. を目的に、2016年3月にファブリケーションラボ(通称 JAIST FAB)を開設. した。同施設には、3D プリンタとして FDM 方式3基、粉末固着式積層方式. 1基、光造形方式2基を新規設置するとともに、リュータやベルトサンダな どの各種加工用の機材も導入した。図6に導入設備と施設の概観を示す。 講義では、1コマ(2.3節の12コマ目)で、レーザカッタおよび各種3D プ. リンタの使用方法の講習をおこなった。レーザカッタの説明では、加工時間 が短く済むために、あらかじめグループ毎に提出されたデータを用いて実演 した。 その後、2コマ分(2.3節の13と13*コマ目)でプロトタイプ制作をグループ. ごとに進める。講義としては2コマを割いたが、制作物の検証や改良を重ねる ために、実質的には講義時間外の作業を必要とした。講義時間外の作業には、 雇用した TA(Teaching Assistant)の学生による補助を依頼することとした。.
(8) デザイン学研究特集号 Vol.25-1 No.97. ⒜ 3D プリンタ. ⒝ レーザカッタ. ⒞ リュータ. ⒟ 施設概観 図6 JAIST FAB. 6.教育プログラムの実践 本章では、講義及び演習の実践の結果、および、講義の振り返り評価を示 すとともに、今後の課題を述べる。. 6.1 講義および演習の実践. 本講義は3つの段階で構成される。第一段階は、個人のクリエイティブマ. インドを発火するところから、ダイバージェンスを活かすことができるグ ループ構成までの段階である。1コマ目は導入として、自分自身を知り、他 者に伝えるための「ストーリー・テリング」、そして、他者を人に語る「ア ナザー・ストーリー・テリング」を行った。近い席でペアをつくり、誕生 月、出身地といった簡単なことから始め、好きな食べ物、好きな動物等、忘 れられない思い出など、より「個性」に関わることを話し、そして「聞く」。 聞いたことから質問を返すという言葉のキャッチボールを続けながら、最後 に相手に「共感したこと」を紹介する。これは人に関心を持つことが「アイ デアにより社会的に大きな変革をもたらすモノゴトの創出」の動因になるか. 35.
(9) 36. 特集:イノベーションデザイン論. らである。また、自分の経験を振り返り、意味を問うことが、ノーマンが指 摘した「内省デザイン」13)に通じるからでもある。 この導入は、学生自身にはアイスブレーキングとして受け取られており、 その効果は恐らくは潜在なものであると思われる。なお、各ストーリーは、 第一段階最後のグループ分けのデータとなる仕掛けも含まれている。 続けて、2コマ目は前回の相手をインタビューすることでより深く探り、 共感を強めたり、自分の感じた「気もち」と人の気持ちの相違があることを 見つけた。受講生は表層的なことを深掘りするために、「質問を構成するこ と」と相手の表情を「観察」しながらインタビューすることが有効な方法で あることを知った。また、「ブーバ / キキ効果」14)を体験し、非言語的体験か. ら考察する訓練を行った。. 併せて、実社会で活躍するデザインイノベーター紹介として中村翼氏を招 き、「人と人の出会いがアイデアを生む場」を具体的に提示した。受講生は ここで自分の質問力を試す機会にもなった。 3コマ目では、感動と共感を体験する目的で「Qドラム」15) 「デザインあ」16) を見て、学内の「車いすツアー」や「目隠し歩き」を行った。これにより、受 講者は問題を自分ごととして体験するとともに「アイデアにより社会的に大き な変革をもたらすモノゴトの創出」の起点となる問いを立てることを学ぶが、 ここでは、さらにメタレベルの気づきを促すために、ビデオエスノグラフィの 手法を用いて、自分たちの体験を観察し、問題にまつわる「気もち」を共感 した。 4コマ目は、「デザイン思考」について、基本的な知識を得ることを目的 とし、受講者が各自調べてきて、講義室では互いに質問しながらグループ ワークをする反転授業と双方向討論のブレンド型講義を実施した。また、グ ループ分けの試行を行い、学部での専門、出身国、性別、年齢などを考慮 し、4∼5人の仮グループを9つ構成した。これを基に、次の段階としてグ ループワークに移行した。 第2段階の各コマでの実践内容は4章で述べたとおりである。参加学生に おいては、ブレインライティングの規則を理解できないものもいた。そのよ うな場合、グループの他のメンバが教えることによって、規則が守られてい た。このような協力もあり、参加者全員が一通りの創造技法を実施すること ができた。本講義の第2段階の最後である9コマ目ではアイデアスケッチを 用いた中間発表を行った。グループごとに持ち時間9分とし、6分発表(ア イデアスケッチ2枚説明)、3分コメントする。4.3節の図3で示したアイデ. アスケッチは実際に使用されたスケッチであり、かつプロトタイプが製作さ れたものである。評価項目は、共感性、新規性、実現性の3つであり、教員 は第3段階のプロトタイプ開発を意識して、実現性についてアドバイスする ことが多かった。 第3段階の各コマでの実践内容は5.3節で述べたとおりであるが、プロト. タイピングの材料選びに苦慮するケースが散見され、ものづくりに精通した. TA の助言が非常に役に立った。. 本講義の最終回である14コマ目では、グループごとに5分間の持ち時間. で、プロトタイプのプレゼンテーションを行わせた。寸劇などを混じえなが 図 X 最終発表会の様子. ら、特徴や工夫点などをアピールするとともに、使い方の実演も行うものと. 図7 最終発表会の様子. 真を示す。. した。図7に発表会の様子を、図8に全9グループによるプロトタイプの写.
(10) デザイン学研究特集号 Vol.25-1 No.97. ⒜ 中央で開閉する救急バッグ ⒝ 担架になる机. ⒠ 避難用色つきネームタグ. ⒞ ブロックとして遊ぶことが できる非常食備蓄用ケース. ⒟ ラジオで受信する緊急信号を 発信可能な懐中電灯. ⒡ 火打ち石内蔵の時計 ⒤ バッグにもなる折りたたみ式 避難用ヘルメット. ⒢ ボートになる本棚. ⒣ 搬送用背負子. 図8 制作したプロトタイプ. 全てのグループの発表終了後、受講生および指導教員による投票を行っ た。投票には、図9に示すような受講生とのリアルタイムコミュニケーショ ンツールである「クリッカー」というシステムを用いた。このシステムで は、リアルタイムに複数の端末からの投票結果を集計することができる。受 講生には、自分の所属グループ以外へ1票、教員は持ち票10票を自由に配分 して投票することとした。 最高得票数を獲得したのは、図8(b)の「担架になる机」であった。こ. のグループでは、プロトタイプを10点試作しており、机から担架への変形の 図9 クリッカー. 仕組みを多数検討している。また、荷重計算を行い、実現可能性を検証する ばかりでなく、パーツの接合部のスムースな脱着機構を考案した。これらの 工夫が高く評価され、最高得票となった。. 6.2 受講生による振り返りと考察. 最終成果発表会の終了後、振返りシートの提出を受講生に求めた。振返り. シートでは、ルーブリックの評価項目との関連を念頭に、以下に示す4つの 質問項目を設定し、各項目について「よくできていた(3点)」「できていた (2点)」「あまりできなかった(1点)」の3段階の自己評価を行う。 ⑴他の人の発言を丁寧に聞いて、自分の考えやものの見方を発展させる (保留・発展) ⑵話題を多面的かつ批判的に捉えて、創造的なアイデアを生む(アイデア 生成) ⑶俯瞰的な観点から多くの視点に基づき思考し、チームが納得できる合意. 37.
(11) 特集:イノベーションデザイン論. を導き出す(合意形成・思考) ⑷全員がわかる言葉や図を使い、論点を体系的に組立てて表現し説明する (説明・思考・対話). ⑴. 25. ⑵. ⑶. 図10および、表1に振返りシートによる受講生37名の自己評価の結果を示. ⑷. す。項目⑴に対する自己評価が最も高く、項目⑵の評価点はほぼ2点の低評. 20. 価となった。このことから、グループワークの遂行にはほぼ自信を持って. 15. いるが、創造的なアイデア形成には不満足であることがわかる。しかしな. 10. がら、実際のプロトタイプを評価するに、柔軟な発想に基づくものが多く、. 人数. 38. “Glorious Discontent”(栄光ある不満)、すなわち、もっといいやり方がある. 5. はずだ、という、受講生の前向きな低評価の結果ではないかと推測する。ま. 0. 1. 2. 3. た、ブレインストーミングでは「評価をあとにまわす」「批判するな」とい. 評価点. うポリシーがあることも、低評価の一つの要因として考えられる。 上記の4項目それぞれに対し、グループ内で学んだことの内省とともに、. 図10 振返りシートによる自己評価. 次回に向けた目標設定を自由記述させた。以下に、記述の一部を紹介する。 表1 自己評価の平均点 評価項目. ⑴. ⑵. ⑶. ⑷. 平均点. 2.57. 2.08. 2.22. 2.27. 〈項目⑴に対してグループ内で学んだこと〉. 実現が可能かどうかに重点を置きすぎて将来性があまりなかったアイデア が、実現が難しく将来性のある意見やアイデアの影響を受けて将来性を考慮 したアイデアになった。 〈項目⑵に対してグループ内で学んだこと〉. アイデアというと、0から何かを生み出す大げさなものだと考えがちで あった。私たちが普段(非常時にも)使うであろう既存のもののニーズを考 え、何かをプラスすることが創造的なアイデアにつながることを理解した。 〈項目⑶に対する次回に向けた目標設定〉. チーム内で納得できる合意を導き出す方法を工夫したい。例えば少数意見 にあえて着目しそこから発展させ、批判的意見を取り込むことが出来ないの か議論してみたい。 〈項目⑷に対する次回に向けた目標設定〉. グローバル化がハイスピードで進んでいる現代社会で、色んな国の人と共 同作業を行うチャンスが出てくると考える。如何にわかりやすく論理的に意 図を伝えることが重要である。そのため、次回から発言した内容は短くわか りやすく論理的に他人に伝える努力をしたいと考えている。. 6.3 今後の課題. 本取組の今後の課題として、評価をどのように行うかという問題がある。. グループワーク全般に共通する問題と言えるが、共同の活動への貢献度をど のように測るかは非常に重要であるにもかかわらず、明確な手法は確立され ていない。また、グループワークの評価に関する調査からは、評価を途中で フィードバックして欲しいという要望が報告されている。教育の場において は、プロセスを評価することが大事だと考えられるが、適切なタイミングで フィードバックする工夫が必要だろう。本事例では、授業科目としては個人 に対する評価を行う必要があり、レポート等の点数を加味して採点してい る。さらに、ルーブリックを導入した自己評価方法も構築しており、今後は 他者評価も行う予定である。 講義の第2段階では、アイデアを出す態度を損なわないように、ブレイン.
(12) デザイン学研究特集号 Vol.25-1 No.97. ストーミングの基本規則である批判厳禁の態度を強調していた。またアイデ アの選択は投票行動によって行われており、アイデアの中身を議論した上で 選択しているとは言い難かった。イノベーションを実現する創造的グループ は、多角的なアイデア出しと批判的な議論を組み合わせて、優れたアイデア を作り出すことが知られている。従って、そのような組み合わせを実践でき る技法を検討していく予定である。 正規の14コマで完結するように講義計画を立てたが、アイデア創出およ び、プロトタイプの試作には、多大な時間を要してしまった。この課題に対 しては、ソフトウェアの事前自己学習を導入するなど、予習を組み入れるこ とを今後計画する。また、理想を言えば、プロトタイプの見直しと改良の時 間も必要と考える。 一方、試作品への対外評価は高く、段ボールメーカなどが本講義とのコラ ボレーションを希望している。今後は、産学連携を見据え、社会への知の還 元を意識した開かれた講義へと発展させていきたい。. 7.おわりに 以上、分野横断的で創造的な発想力と、さまざまな知見とアイデアを総合 し具体化する実践力を養う目的で、3年前から準備を重ね実践してきた講義 の概略を述べた。2016年10月∼12月には、英語による本講義が実施され、14 名の受講生が課題に取り組んだ。今後、教育事例を重ねることで多面的な検 証を加え、大学院教育の現場から発信するイノベーション人材育成への新た な知見として発表したい。 本講義に対する受講生の満足度は極めて高く、本講義で身に付けた知識、 技術、マインドセッティングによって、今後大いに活躍することを期待する。 最後に、熱心にアイデア創出とプロトタイプ制作に取り組んでいただいた 受講生に深謝する。 注および参考文献 1)北陸先端科学技術大学院大学 知識科学研究科 http://www.jaist.ac.jp/ks. 2)スタンフォード大学ハッソ・プラットナー・デザイン研究所:デザイン思考 5つのステップ 3)Brown, Tim: “ Change by Design: How design thinking transforms organizations and inspires. innovation”, HarperCollins Publishers, 2009.. 4)シンシア・スミス:世界を変えるデザイン──ものづくりには夢がある,英治出版,2009. 5)Simonton, K. D: What is a creative idea? Little-c versus BIG-C creativity, in Handbook of Research on. Creativity, Kerry Thomas and Janet Chan(eds.)Edward Elgar Publishing, UK, 2013.. 6)Kaufman, James C. and Beghetto, Ronald A.: Beyond big and little: The four c model of creativity,. Review of General Psychology, Vol 13(1), 1-12, 2009.. 7)Taura, T. and Nagai, Y.: Concept Generation for Design Creativity: A Systematized Theory and. Methodology, Springer-Verlag, 2013.. 8)川喜田二郎:発想法,中公新書,1967. 9)川喜田二郎,牧島伸一:問題解決学 ─ KJ 法ワークブック,講談社,1970.. 10)高橋 誠:新編創造力事典,日科技連出版社,2002.. 11)Hey, J. H. G., Joyce, C.K., Jennings, J.K., Kalil, T., and Grossman, J.C.: Putting the Discipline in. Interdisciplinary: Using Speedstorming to Teach and Initiate Creative Collaboration in Nanoscience, Journal of Nano Education, 1, 75-85, 2009.. 12)加藤昌治:考具,阪急コミュニケーションズ,2003. 13)ドナルド・A・ノーマン:エモーショナル・デザイン,新曜社,2004. 14)ヴィラヤヌル・S・ラマチャンドラン:脳のなかの幽霊,ふたたび 見えてきた心のしくみ, 角川書店,2005年.. 15)Q DRUM: The rollable water container for developing countries: http://www.qdrum.co.za/ 16)NHK:デザインあ 動きのデザイン「ホーム」 http://www.nhk.or.jp/design-ah/. 39.
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