はじめに
運動介入が脳機能に及ぼす効果として,認知機能の 向上,外傷後の機能回復,加齢に伴う認知機能低下の 緩和などがあり1, 2),うつ患者を対象とした研究では運 動後の急性効果として気分が改善することが報告され ている3~5).運動が脳機能に及ぼす影響を探索する目的 で,われわれは PET 計測を活用し 1)有酸素運動中の 局所脳血流量(regional cerebral blood flow: rCBF)6),2)運動後の気分変化に関与すると考えられるオピオイド 受容体結合能の変化7)を報告した.これまでの研究成 果を踏まえ本稿では運動が脳機能に及ぼす影響に関す る知見を述べる.
有酸素運動負荷時の脳血流変化について:
15O-H
2O を用いた PET 研究
有酸素運動に伴う生理学的影響として循環,呼吸, 内分泌,免疫系の応答に関する知見は豊富であり,運 動許容,心臓リハビリテーション,予防医学に関する ガイドラインが策定されている8).一方,運動は脳卒 中の予防およびリハビリテーションに有効である が9),運動中の脳循環を提示した研究報告は比較的少 ない.運動が脳機能に及ぼす有益な効果の生理学的背 景として CBF 変化が考えられ,体循環と同様に運動 様式,強度,継続時間により CBF 変化も異なること が予想される.運動に伴う CBF 変化を探索する目的 で,PET, single photon emission computed tomography1法政大学スポーツ健康学部 2東京医科歯科大学脳神経外科 3東京都健康長寿医療センター神経画像研究チーム 4北海道科学大学保健医療学部診療放射線学科 5福島県立医科大学生体機能イメージング講座 6脳神経疾患研究所南東北創薬・サイクロトロン研究所 *〒 194-0298 東京都町田市相原町 4342 TEL: 042-783-2121 FAX: 042-783-8411 E-mail: [email protected] doi: 10.16977/cbfm.28.2_297
PET
イメージングを活用した運動負荷時の脳機能解析:
脳血流量と神経受容体計測の実際
日浦 幹夫
1*, 2, 3,成相 直
2, 3,牟田 光孝
2,稲次 基希
2, 3,豊原 潤
3,石井 賢二
3,
石橋 賢士
3,我妻 慧
3,坂田 宗之
3,織田 圭一
3, 4,石渡 喜一
3, 5, 6,前原 健寿
2 要 旨 運動介入が脳機能の保持・改善に重要な役割をもつことが疫学および臨床研究により提唱されてきた.運動 が脳機能に及ぼす影響と関連する生理学的背景を探索する目的で,PET を活用して有酸素運動による局所脳血 流量(regional cerebral blood flow: rCBF)と脳 μ-オピオイド受容体系の変化を検討した.oxygen-15-labeled water (15O-H 2O)を用いた PET 研究では有酸素運動中に一次運動感覚野,小脳,島皮質などで広範な脳領域で rCBF が増加することが示され,このような変化は局所の神経活動の亢進や周辺の神経受容体への影響を介して運動 による神経可塑性の発現のメカニズムに関与することが推測される.11C-Carfentanil を用いた PET 研究では有 酸素運動後に生じるポジティブな気分変化や激しい運動に伴う疲労の発現に辺縁系や下垂体に分布する μ-オピ オイド受容体系が関与し,その変化には運動強度の違いや気分変化の個人間差が影響することが提示された. PETを活用した神経画像研究は,運動に伴う脳機能変化のメカニズムに関与する要因である rCBF および神経 受容体系の変化を検証するために有用な手法である. (脳循環代謝 28:297∼302,2017) キーワード : 脳血流量,オピオイド神経受容体系,陽電子放出断層撮影法,有酸素運動(SPECT), Xe-CT を用いた神経画像研究に加え,運動 中に簡便に計測が可能な経頭蓋ドップラー超音波装置 (Transcranial Doppler Ultrasound)を用いた脳血流速度を
CBFの指標とする研究が数多く報告されている10).し
かし,これまでの報告では運動中の全脳血流量(global CBF: gCBF)の変化に関する一致した見解はなく,
rCBFは定量的に評価した報告はない.
そこでわれわれは,実際の運動中に15Oトレーサー
(oxygen-15-labeled water: 15O-H2O)を用いた PET 計測に より rCBF を定量的に解析し機能解剖学的に検討し た6).PET 計測は検査台上で仰臥位自転車エルゴメー ター運動を実施している間に実施し,autoradiography 法にて rCBF を計測した.健常男性 10 名(22.7±1.9 歳) を対象とし,各被験者は個々の有酸素運動能力の上限 で あ る ピ ー ク 酸 素 摂 取 量 の 40% の 運 動 強 度(40% VO2peak)で仰臥位自転車エルゴメーター運動を 15 分間 継続した.PET 装置は SET2400W PET scanner(島津製 作所,京都)を使用した.安静時および運動開始 3 分 後と 13 分後に PET 撮影を実施し rCBF を計測した. PET装置は Fig. 1 に rCBF 変化の統計画像の結果を示 す.運動開始 3 分後に多くの脳領域で rCBF が増加 し,安静時と比較し一次運動感覚野,小脳,島皮質な どで 50.0∼70.5%の血流増加を認め,gCBF は 27.9% 増加した.一方,運動開始 13 分後には血流増加を示 した脳領域は一次運動感覚野と小脳の一部に限局し, 安静時と比較した場合の血流増加の程度も 25.9∼ 40.1%と有意に少なく,gCBF は安静時と同等であっ た.運動開始直後から 3 分以内に心拍出量は急激に安 静時の約 2 倍に増加し,主に下肢中心とした活動筋群 の代謝に要する血流供給に心拍出量の増加が割り当て られていると考えられるが,急激な心拍出量変化は運 動開始 3 分後の CBF, CBF 増加にも影響を及ぼしてい ると推測される.また,運動開始 13 分後の所見は, 軽強度(40% VO2peak)の定常負荷有酸素運動を継続によ り脳循環は定常状態に達したことが示唆された. このように有酸素運動中に一過性に rCBF が増加 し,局所の神経活動の亢進や周辺の神経受容体への影 響が生じると推測される.運動介入の結果として生じ る微小循環での rCBF 増加は血管新生および血管拡張 能と関連し,複数のメカニズムを介した神経可塑性を 促す可能性が報告されており11),運動による脳機能へ の影響のメカニズムを検討するためには rCBF と関連 する神経受容体の変化など多様なメカニズムを探索す る必要がある.
運動後の気分状態と内因性オピオイド変化の
検討:
11C-Carfentanil を用いた PET 研究
運動習慣および運動による急性効果としての認知機 能や気分状態の改善のメカニズムとして,ドパミンや Fig. 1.運動に伴う脳血流量変化運動開始 3 分後(A),13 分後(B)に安静時と比較し局所脳血流量(rCBF)が増加した脳領域(SPM 解析,paired t-test).有 意に rCBF が増加した領域(p<0.001, uncorrected)の T-score が図中のカラースケールにより示されている.PET 画像は 10 名の被験者の平均 MRI(T1 画像)を解剖学的に標準化した画像(MNI standard space)と coregister した後に統計解析を行っ た.それぞれの画像に MNI 空間座標上の x, y, z 値を表示した.
SPM: statistical parametric mapping, MNI: Montreal Neurological Institute (文献 6 より引用)
セロトニン受容体系などの神経受容体系の関与が提唱 されてきた12, 13).しかし,ヒトを対象とした神経画像 研究ではこれらの神経受容体系の関与は解明されてい ない.Boecker らは長時間のランニング運動により生 じる気分変化に脳内オピオイド受容体系が関与するこ とを PET 計測により提示した14).また,動物モデルを 用いた研究では運動によって誘発される海馬での神経 可塑性に β-endorphin が関与することが提示されてお り15),オピオイド受容体系と運動の関連性が示唆さ れる. われわれは運動に伴い生じる気分変化と脳の内因性 オピオイド受容体系との関連を解明する目的で,μ-オ ピオイド受容体に親和性が高い11C
トレーサー(Car-bon-11-labeled carfentanil: 11C-CFN)を用いた PET 計測
により,運動前後での μ-オピオイド受容体結合能(11 C-CFN BPND)の変化を解析した7).PET 装置は SET2400W PET scanner(島津製作所,京都)を使用した.自転車エ ルゴメーター運動を高強度(60% VO2peak:ExV)と疲労困 憊に至る激しい強度(80% VO2peak:ExS)の 2 種類の運動 強度を 20 分間継続した場合のそれぞれについて,運 動前後の11C-CFN BPNDを Logan plot 法を用いて解析し た.健常男性 7 名(22.6±2.1 歳)を対象とし気分尺度は (Profile of Moods Scale-Brief: POMS-B)を用いて記録し
た.被験者の体力,運動習慣は均一ではなく,有酸素 運 動 能 力 が 卓 越 す る 被 験 者 は い な か っ た(VO2peak: 46.5±6.8 ml/min/kg).Fig. 2 に11C-CFN BPND の統計画 像,Fig. 3 に定量的解析の結果を示す.ExV の運動後 は抑うつ因子が改善するポジティブな気分変化の傾向 を認め,島皮質と帯状回などの辺縁系に相当する広範 な脳領域で内因性オピオイドの活性が高まっていた. 各被験者の抑うつ因子の改善と島皮質や小脳虫部にお ける内因性オピオイドの活性の間に有意な正の相関を 認めた.島皮質を含む辺縁系や小脳は機能解剖学的に 情 動 変 化 と 密 接 な 関 連 が あ る こ と が 知 ら れ て お り16, 17),オピオイド受容体系の計測が情動変化を可視 化する可能性が示唆された.ExS の運動後は被験者全 員が疲労困憊に至り,内因性オピオイドの活性が高 まった領域は帯状回の一部に限局していた.各被験者 の疲労因子の増加は前部帯状回や視床下部における内 因性オピオイドの活性の間に有意な正の相関を認め た.疲労困憊にいたる激しい運動負荷後のオピオイド 受容体系の変化は中枢性疲労(central fatigue)仮説18) と 関連する.Meeusen らはセロトニン受容体系が中枢性 疲労仮説のメカニズムに関与すると提唱している が19),PET 研究により前部帯状回におけるオピオイド とセロトニン受容体系の共通の分布と相互作用が報告 Fig. 2.運動強度が内因性オピオイド活性に及ぼす影響 20分間の高強度(60% VO2peak)と激しい強度(80% VO2peak)の運動後に μ- オピオイド受容体結合能(11C-CFN BPND)が安静時
と比較し変化した領域(SPM 解析,a repeated-measures 2×2 flexible factorial design).有意に11C-CFN BP
NDが変化した領域
の T-score が図中のカラースケールにより示されている.a 運動による主効果((60% VO2peak安静時+80% VO2peak安静時)−
(60% VO2peak運動後+80% VO2peak運動後))(p<0.05, corrected).右島皮質後方 (Rt PIC), 左島皮質前方(Lt AIC),左右吻側
前部帯状回(rACC),左後部帯状回(Lt PCC),左楔前部 (Lt PCun)を含む 5 個のクラスターで運動後の11C-CFN BP NDは安
静時と比較し低値であった.b 運動強度による主効果((60% VO2peak安静時+60% VO2peak運動後)−(80% VO2peak安静時
+80% VO2peak運動後))(p<0.005, uncorrected).扁桃体 (Lt Amy),左中前頭回 (Lt MFG),左前中心回 (Lt PrG) を含む 3 個
のクラスターで 60% VO2peak における11C-CFN BPNDは 80% VO2peakと比較し高値であった.c 運動と運動強度による相互
作用((60% VO2peak安静時−60% VO2peak運動後)−(80% VO2peak安静時−80% VO2peak運動後))(p<0.005, uncorrected).下垂体
では 60% VO2peakと異なり 80% VO2peakでは運動後の11C-CFN BPNDが安静時と比較し高値であった.
されており20),オピオイド受容体系もまた中枢性疲労 のメカニズムに関与していると推測される.また, ExSの運動後に下垂体では内因性オピオイドの活性 が有意に低下した.この所見は激しい強度の運動後 に生じる β-endorphin 血中濃度の増加と相反し21), β-endorphinの産生を担う下垂体の特異性を示唆して いる. 本研究では運動強度の違いによりオピオイド受容体 活性が異なり,運動に伴う気分変化の個人間差が11 C-CFN BPNDの変化に反映されることを提示した.運動 に伴う気分変化のような情動変化の複雑なメカニズム に 1 つの神経受容体系のみが関与するとは考えにく く,中枢性メカニズムの検証するためにはドパミンや セロトニン受容体系などの他の神経受容体系との相互 関与を検討する必要がある.
結 語
運動による脳機能への影響の検討の基本的な検証と して,有酸素運動中の15O-H2Oを用いた PET 計測によ り有酸素運動中の rCBF 定量的に解析した.11C-CFN を用いた PET 計測の結果から,μ-オピオイド受容体系 は運動に伴い変化し,気分変化の発現に関与すること が示された.PET による神経画像研究は運動と関連す る rCBF および神経受容体系の変化を検証するために 有用である. 謝辞:本論文で提示した研究は科研費 (24500478)お よび中富健康科学振興財団(平成 23 年度)の助成を受け たものである. 本論文の発表に関して,著者が開示すべき COI は Fig. 3.内因性オピオイドと運動に伴う気分変化の相関 20分間の高強度(60% VO2peak)と激しい強度(80% VO2peak)の運動後の μ-オピオイド受容体結 合能(11C-CFN BPND)と Profile of Moods Scale-Brief (POMS-B)による気分尺度の安静時から
の変化量を散布図に示す.60% VO2peak運動前後で(上段:a∼c),11C-CFN BPNDと抑うつ
(Depression)の尺度の変化量は左島皮質(Lt Ins )と小脳虫部(Ver)において正の相関を認 め,11C-CFN BP NDと活気(Vigor)の尺度の変化量は左小脳半球(Lt Cereb)において負の相関 を認めた.80% VO2peak運動前後で(下段:d∼f),11C-CFN BPNDと Fatigue(疲労)の尺度の変 化量は右背側前部帯状回(dACC)と視床下部(Hyp)において負の相関を認め,11C-CFN BP ND と混乱(Confusion)の尺度の変化量は Hyp において負の相関を認めた.11C-CFN BP NDの値を 抽出した各脳領域の MNI 空間座標上の x, y, z 値と Pearson の相関係数(R)を各散布図の上 部に示した.回帰直線(実線)と 95%信頼区間(破線)を各散布図内に示した.
MNI: Montreal Neurological Institute (文献 7 より引用) a d b e c f
なし.
文 献
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Abstract
PET imaging for altered brain function evoked by exercise:
measurements of changes in cerebral blood flow and neurotransmitters
Mikio Hiura
1, 2, 3, Tadashi Nariai
2, 3, Akitaka Muta
2, Motoki Inaji
2, 3, Jun Toyohara
3,
Kenji Ishii
3, Kenji Ishibahi
3, Kei Wagatsuma
3, Muneyuki Sakata
3, Keiichi Oda
3, 4,
Kiichi Ishiwata
3, 5, 6, and Taketoshi Maehara
21
Faculty of Sports and Health Studies, Hosei University, Tokyo, Japan
2Tokyo Medical and Dental University, Department of Neurosurgery, Tokyo, Japan
3
Research Team for Neuroimaging, Tokyo Metropolitan Institute of Gerontology,
Tokyo, Japan
4
Department of Radiological Technology, Hokkaido University of Science,
Hokkaido, Japan
5
Department of Biofunctional Imaging, Fukushima Medical University, Fukushima, Japan
6Institute of Cyclotron and Drug Discovery Research, Southern TOHOKU Research Institute
for Neuroscience, Fukushima, Japan
Epidemiologic and clinical studies have suggested that exercise intervention has an important role
to improve and maintain brain function. To elucidate how exercise influences physiological aspects
related with brain function, we investigated changes in regional cerebral blood flow (rCBF) and
μ-opioidergic receptor system in brain. As a result of a PET study using
15O-H
2