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Vol.65 , No.2(2017)042辛嶋 静志「親鸞における往生の理解(第67 回学術大会パネル発表報告)」

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Academic year: 2021

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失わせる. 4. 加来雄之(大谷大学教授)「難思議往生を遂げむと欲ふ」:親鸞の往生論は,大乗 の仏土に生まれるという文脈で理解されなくてはならない.その独自性は『無量 寿経』による三往生説と「即得往生」にある.これらは,『無量寿経』に突然出現 したのではなく,初期〈無量寿経〉に現れる三つの阿弥陀仏の国土への生まれ方 に淵源する.〈無量寿経〉には,現世に実現する生まれ方と命終を契機とする生ま れ方と生まれにおける疑惑の問題が説かれており,〈無量寿経〉の原質の一つと考 えられる.親鸞は〈無量寿経〉に三つの生まれ方,とくに光明・名号による生ま れ方が説かれる深い意趣を受けとめ,「愚禿釈鸞〔中略〕難思議往生を遂げむと欲 ふ」と表明した. 5. 佐々木大悟(龍谷大学講師)「本願寺派における親鸞の往生思想の諸解釈」:本願 寺派の研究史を概観すると,1968 年に上田義文氏が親鸞の往生に現生と臨終との 二義があることを提唱し,賛否両論があがった.その後現生往生派の学者として は中西智海・星野元豊・信楽峻麿が,一方,臨終往生派の学者には主に普賢大圓・ 内藤知康・武田晋の諸氏がいる.本願寺派では,伝統的な安心論題が軸としてあ り,それに異を唱える形で主に現生往生説が語られるという特徴がある.親鸞は 現生を重視し,また言葉の概念を変えることも多々あるが,こと「往生」に関し ては,概念変更を行わず,従来通り臨終後として使用していたと筆者はみる. 6. 内藤知康(浄土真宗本願寺派宗学院講師,龍谷大学名誉教授)「親鸞の本願成就文釈」: 親鸞の本願成就文釈について,『唯信鈔文意』では直接の語釈以前の流れから本願 成就文が獲信による入正定聚を証する文と位置づけられる.『一念多念文意』では 直接の語釈以後,『往生要集』引文までが「即得往生」の釈の継続とみられ,そこで は往生以前の住正定聚を示すための読み替え等,信一念即時の往生とは逆の記述 がみられる.『教行信証』においても,「信巻」信一念釈と「行巻」六字釈とを対照す ると,本願成就文は信一念即時の往因決定を示すと位置づけられる.その他,親 鸞消息には信一念即時に獲る利益を往生以前の利益と示されている.親鸞の意図 に信一念即時の往生はない. 【まとめ】 結論を得るのではなく,それぞれの立場の理解の違いを明らかにしようという 所期の目的は果たせた.真宗教学のテーマであったが,百数十人の出席者があり, 関心の高さを伺わせた.フロアからは仏教学・真宗教学の若い研究者からの質問 があった. 第 67 回学術大会パネル発表報告 (289)

親鸞における往生の理解

──「即得往生」を中心に──

代表 辛嶋静志(創価大学国際仏教学高等研究所教授)

【問題提起】 浄土への往生が,今この場であるのか,それとも死後のことなのか.この問題 の鍵は,『無量寿経』の「即得往生」という表現である.親鸞がこの言葉をどう理 解したかについて,後世,多岐の解釈が生じ,それが,真宗各派の現代の教学に おける往生理解に相違を生じている.仏教学の立場(辛嶋・小谷),大谷派近代教 学の立場(井上・加来),本願寺派教学の立場(佐々木・内藤)からその違いをはっ きりさせ,違いが生じた由縁を明確にすることを目指した. 【各発表要旨】 1. 辛嶋静志「即得往生の本当の意味」:『無量寿経』の「諸有衆生聞其名号,信心 歓喜,乃至一念至心廻向,願生彼国,即得往生住不退転」に対応する梵本には「往 生」に対応する語がない.またこの部分は,他方国土の菩薩たちが阿弥陀の名前 を聞くと同時に不退転に住するという第四十七願の成就文である.「即得往生住不 退転」の「往生」は動詞であるから,漢語としては,「即ち往生して不退転に住す ることを得」と読み,「すぐさま,生まれ行って不退転(の境地)に定まることが できる」という意味である.親鸞の主眼も「すなわち…不退転に住す」にある. 親鸞は念仏を頂いたとき不退転の菩薩になるという確信と覚悟を得たと考えられ る. 2. 小谷信千代(大谷大学名誉教授)「なぜ親鸞の往生論は誤解されたのか」:「即得往 生」の語は,浄土経典においては,第十八願成就文以外では必ず命終後の事とし て語られる.この願文にも,それ相当するものとして『教行信証』行巻に引文さ れる『悲華経』には,往生は「捨命の後」と説かれ,命終後であることが明言さ れている.親鸞はそれを熟知していたので,「即得往生」という経の言葉を文字通 りに理解してはならない,と『一念多念文意』で注意を促したのである.親鸞が 「現世往生」を説いたとする誤解は,第十八願成就文を親鸞が読み替えたその意図 を見抜けなかったことにある. 3. 井上尚実(大谷大学短期大学部教授)「親鸞はなぜ 「往生」 の 「即得」 性を重視し たのか」:1960 年代後半に曽我量深が一連の講話の中で提示した現生(現世)を重 視する「即得往生」理解は,浄土真宗の普遍宗教性を現代社会に明らかにする上 で画期的役割を果たした.その解釈は念仏者における慈悲の問題,還相廻向の問 題と密接に結びついた形で示されており,それは晩年の親鸞が浄土教理の枠組み を越えて「現生正定聚」説を展開した文脈を的確に踏まえている.親鸞の「往生」 理解について,浄土教理と宗学の伝統的語義解釈を主たる典拠とする文献学的議 論は,「大乗のなかの至極」として親鸞が顕らかにした真宗の普遍性・積極性を見 (288) 第 67 回学術大会パネル発表報告 ─ 751 ─

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失わせる. 4. 加来雄之(大谷大学教授)「難思議往生を遂げむと欲ふ」:親鸞の往生論は,大乗 の仏土に生まれるという文脈で理解されなくてはならない.その独自性は『無量 寿経』による三往生説と「即得往生」にある.これらは,『無量寿経』に突然出現 したのではなく,初期〈無量寿経〉に現れる三つの阿弥陀仏の国土への生まれ方 に淵源する.〈無量寿経〉には,現世に実現する生まれ方と命終を契機とする生ま れ方と生まれにおける疑惑の問題が説かれており,〈無量寿経〉の原質の一つと考 えられる.親鸞は〈無量寿経〉に三つの生まれ方,とくに光明・名号による生ま れ方が説かれる深い意趣を受けとめ,「愚禿釈鸞〔中略〕難思議往生を遂げむと欲 ふ」と表明した. 5. 佐々木大悟(龍谷大学講師)「本願寺派における親鸞の往生思想の諸解釈」:本願 寺派の研究史を概観すると,1968 年に上田義文氏が親鸞の往生に現生と臨終との 二義があることを提唱し,賛否両論があがった.その後現生往生派の学者として は中西智海・星野元豊・信楽峻麿が,一方,臨終往生派の学者には主に普賢大圓・ 内藤知康・武田晋の諸氏がいる.本願寺派では,伝統的な安心論題が軸としてあ り,それに異を唱える形で主に現生往生説が語られるという特徴がある.親鸞は 現生を重視し,また言葉の概念を変えることも多々あるが,こと「往生」に関し ては,概念変更を行わず,従来通り臨終後として使用していたと筆者はみる. 6. 内藤知康(浄土真宗本願寺派宗学院講師,龍谷大学名誉教授)「親鸞の本願成就文釈」: 親鸞の本願成就文釈について,『唯信鈔文意』では直接の語釈以前の流れから本願 成就文が獲信による入正定聚を証する文と位置づけられる.『一念多念文意』では 直接の語釈以後,『往生要集』引文までが「即得往生」の釈の継続とみられ,そこで は往生以前の住正定聚を示すための読み替え等,信一念即時の往生とは逆の記述 がみられる.『教行信証』においても,「信巻」信一念釈と「行巻」六字釈とを対照す ると,本願成就文は信一念即時の往因決定を示すと位置づけられる.その他,親 鸞消息には信一念即時に獲る利益を往生以前の利益と示されている.親鸞の意図 に信一念即時の往生はない. 【まとめ】 結論を得るのではなく,それぞれの立場の理解の違いを明らかにしようという 所期の目的は果たせた.真宗教学のテーマであったが,百数十人の出席者があり, 関心の高さを伺わせた.フロアからは仏教学・真宗教学の若い研究者からの質問 があった. 第 67 回学術大会パネル発表報告 (289)

親鸞における往生の理解

──「即得往生」を中心に──

代表 辛嶋静志(創価大学国際仏教学高等研究所教授)

【問題提起】 浄土への往生が,今この場であるのか,それとも死後のことなのか.この問題 の鍵は,『無量寿経』の「即得往生」という表現である.親鸞がこの言葉をどう理 解したかについて,後世,多岐の解釈が生じ,それが,真宗各派の現代の教学に おける往生理解に相違を生じている.仏教学の立場(辛嶋・小谷),大谷派近代教 学の立場(井上・加来),本願寺派教学の立場(佐々木・内藤)からその違いをはっ きりさせ,違いが生じた由縁を明確にすることを目指した. 【各発表要旨】 1. 辛嶋静志「即得往生の本当の意味」:『無量寿経』の「諸有衆生聞其名号,信心 歓喜,乃至一念至心廻向,願生彼国,即得往生住不退転」に対応する梵本には「往 生」に対応する語がない.またこの部分は,他方国土の菩薩たちが阿弥陀の名前 を聞くと同時に不退転に住するという第四十七願の成就文である.「即得往生住不 退転」の「往生」は動詞であるから,漢語としては,「即ち往生して不退転に住す ることを得」と読み,「すぐさま,生まれ行って不退転(の境地)に定まることが できる」という意味である.親鸞の主眼も「すなわち…不退転に住す」にある. 親鸞は念仏を頂いたとき不退転の菩薩になるという確信と覚悟を得たと考えられ る. 2. 小谷信千代(大谷大学名誉教授)「なぜ親鸞の往生論は誤解されたのか」:「即得往 生」の語は,浄土経典においては,第十八願成就文以外では必ず命終後の事とし て語られる.この願文にも,それ相当するものとして『教行信証』行巻に引文さ れる『悲華経』には,往生は「捨命の後」と説かれ,命終後であることが明言さ れている.親鸞はそれを熟知していたので,「即得往生」という経の言葉を文字通 りに理解してはならない,と『一念多念文意』で注意を促したのである.親鸞が 「現世往生」を説いたとする誤解は,第十八願成就文を親鸞が読み替えたその意図 を見抜けなかったことにある. 3. 井上尚実(大谷大学短期大学部教授)「親鸞はなぜ 「往生」 の 「即得」 性を重視し たのか」:1960 年代後半に曽我量深が一連の講話の中で提示した現生(現世)を重 視する「即得往生」理解は,浄土真宗の普遍宗教性を現代社会に明らかにする上 で画期的役割を果たした.その解釈は念仏者における慈悲の問題,還相廻向の問 題と密接に結びついた形で示されており,それは晩年の親鸞が浄土教理の枠組み を越えて「現生正定聚」説を展開した文脈を的確に踏まえている.親鸞の「往生」 理解について,浄土教理と宗学の伝統的語義解釈を主たる典拠とする文献学的議 論は,「大乗のなかの至極」として親鸞が顕らかにした真宗の普遍性・積極性を見 (288) 第 67 回学術大会パネル発表報告 ─ 750 ─

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