被災地における感染症とその対策
沖縄県立中部病院感染症内科 高山義浩 2013/1/25震災直後の院内感染対策
~ チェックしたい10のポイント ~
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20XX年2月10日午後9時42分ごろ、あなたが勤 務している病院から40km東を震源とする地震があ り、病院のある地域でも震度7を観測しました。気象 庁によると、震源の深さは13km、マグニチュードは 6.8と推定されました。 あなたの病院は電気、水道、ガスが止まったものの 建物自体の損傷は軽度であり、すぐに入院患者を 移送すべき必要は認められませんでした。震災発生!
安全統括として
救急外来ではトリアージが開始されているが、い
まだ受診数は少ない状況。内科副当直のあなた
は、安全統括として病院機能のチェックを行うこ
ととなった。
とくに安全対策の観点から、1)院内のチェックポ
イント、2)想定される被害状況、3)その被害へ
の対策、について検討してください。
(1) 避難先の患者配置を確認する
病院から避難すべきかを速やかに判断する リソースを総動員して患者を退避させる 感染性を有する患者の避難先での配置を決定する(2) 院内の飛沫感染対策を堅持する
発熱患者が避難者にいないか声かけ巡回する 有症者を適切な場所に隔離するか、マスクを配布する 侵害されやすい被災者の人権について配慮する(3) 安全な飲用水を確保する
貯留タンクを含む水道配管の破損状況を確認する 安全な水の支援が速やかに得られるよう要請する 最大限の節水を心がけるよう呼びかける 薬剤部にある注射用水の飲用を検討する(4) 安全かつ公平に食事を提供する
ガス漏れが発生していないかを確認する カセットコンロ等により調理ができる体制を整える レストランにある食材等の活用について検討する 病院へ避難してくる近隣住民への提供を検討する(5) 手洗いの代替措置を検討する
停電しても手洗いが可能なように対策しておく 原則としてすり込み式のアルコールで代用する 水をいれたペットボトルを流し台に配置する(6) 停電下での空気感染対策を検討する
陰圧装置が作動しているか確認する ビニールシートなどで空気の流れを制御する N95マスクの使用のみに対策レベルを落とす(7) バイオハザードを適切に管理する
院内の排水系が破損していないかを確認する 早い段階からトイレの管理方法を決定する 院内検査室の破損(汚損)状況を確認する 汚染が明らかな場所は立ち入り禁止とする 適切な廃棄物保管場所を確保して管理する(8) 清潔区域の健全性を確認する
清潔区域の健全性が保たれているかを確認する 汚染されている場合の活用方法を検討する 清潔物品や薬剤が利用可能かを確認する(9) 医薬品のコールドチェーンを確保する
冷蔵保管が必要な薬剤の保存状態を確認する 優先順位を決定してコールドチェーンに繋げる(10) 遺体の安置場所を確保する
遺体が多数となった場合の安置所を決定しておく 保冷剤を確保して腐敗させない方法を検討する 接遇能力が高く、心理的にタフな担当者を配置する 遺体を探す家族のための感染防御具を準備する震災後に感染症は流行するか?
~ 過去の経験に学ぶ ~
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東日本大震災 発災後の推移
3/11 3/18 3/25 4/1 4/8 4/15 4/22 4/29 60万人 50万人 40万人 30万人 20万人 10万人 0人 避難者数の推移 第1週 第2週 第3週 第4週 慢性期 慢性期の対応へ地震後に感染症は流行したか?
(国内) 発生年 災害名 死亡者 感染症等の発生 1923年 関東大震災 105,385 発生の翌年には増加。その他、感染症が流行したという記録はみあ狂犬病の発生報告数が726件と たらない。 1948年 福井地震 3,769 近代都市を襲った最初の直下型地震。多くの学生 義援隊が活動しており災害ボランティアの黎明でも ある。感染症が流行したという記録はみあたらない。 1995年 阪神・淡路大震災 6,434 季節的にもインフルエンザの流行が危惧され、被 災地では積極的にワクチンが接種された。感染症 のアウトブレイクは発生していない。 2004年 新潟県中越地震 68 避難者のエコノミークラス症候群や尿路感染症の 問題が指摘された。感染症のアウトブレイクは発生 していない。 2011年 東日本大震災 15,854※ 散発的にインフルエンザの発生を認めたほか、ウイ ルス性下痢症のアウトブレイクが福島県の避難所で 発生してた。地震後に感染症は流行したか?
(海外) 発生年 災害名 死亡者 感染症等の発生 1999年 台湾地震 2,415 呼吸器疾患の報告は増加したが、下痢症の有意な 増加は認めなかった。虫刺症が多く、デング熱等の 流行が危惧されたが、実際には感染症のアウトブレ イクは発生していない。 2004年 スマトラ島沖 地震津波 227,898 津波直後に下痢症が増加した地域もあるが、一部 地域で麻疹が流行した以外にアウトブレイクは認め られなかった。発災後緩徐に「津波肺」を発症する 事例があることが注目された。 2008年 四川大地震 87,000 発災から1ヶ月までに者が数万人規模で発生した。 ガス壊疽を合併した外傷患 2010年 ハイチ大地震 22万以上 発災から9ヶ月が経過した頃より、被災地でコレラが 拡大し、約30万人が感染、4500人以上が死亡し た。地震災害自体が、感染症のアウト
ブレイクを誘発するわけではない。
被災地の不衛生や栄養状態の悪
化、避難生活の遷延などが原因と
なり、そのリスクは徐々に高まる。
あくまで日常の診療/対策の延長
線上で、どのような感染症が被災
地でエンハンスされるかを考える。
写真:アトランティック誌2011年5月号より被災地における公衆衛生対策
~ 基本となる食事と排泄について ~
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20XX年2月20日、あなたが巡回診療している
避難所(176名)において、インフルエンザ確定
患者が3名発生した。67歳女性、18歳男性、6
歳男児。このほか、インフルエンザ様症状を訴え
る者が6名認めている。
避難所における感染対策について、あなたの指
示が待たれている。どのように指導しますか?
インフルエンザ発生!
避難所における感染症対策
~6つのポイント~ 隔離を避けながら呼吸器感染症の拡大を抑止 感染経路を遮断してウイルス性胃腸炎を抑止 積極的に創傷患者への破傷風トキソイドを接種 感染力の強い麻疹の発生を早期に探知 集団生活の場では常に結核の発生を警戒 感染症の端緒を迅速に捉えるサーベイランス体 制を構築被災地におけるトイレの管理
- 避難所の栄養バランスはどうか? - エコノミークラス症候群の予防はどうしたらいいのか? - 避難所における禁煙キャンペーンはどうするか? - 避難所の介護予防はどうしたらいいか? - トイレを含めた衛生環境はどう改善するか? - 避難所の衛生担当者には何を指導するか? - 子供たちの遊び場は安全か? - 保育所を避難所に併設すべきか? - 心のケアを含め保育士に教育すべきことは何か? - 害虫駆除はどのようにしたらいいか? - 避難所における感染症サーベイランスはどうか? - 交通事情を踏まえた医療圏はどうあるべきか?