は じ め に
農林水産省の先端技術を活用した農林水産高度化事業
の中でマイナー作物の登録促進のための課題が設定され
たことを受け,農業環境技術研究所と日本植物防疫協会
の共同研究チームは 2003 年度から 3 か年をかけて新た
な作物グループの検討に取り組み,4 つの新グループの
提案を行った(殷,2006;遠藤,2006;高田ら,2006 a;
2006 b;田代ら,2006)。その後も同チームでは 2005 ∼
07 年度の高度化事業において残留推定モデルの構築と
それを用いたマイナー作物の残留性の外挿評価法に関す
る研究に取り組んだ。この研究で開発したモデルは残留
分析を必要としないことから,コストをかけずにマイナ
ー作物の残留性を推定することができ,作物間の潜在的
な残留特性の比較に活用できる。本稿ではその概要を紹
介する。
I 農薬残留推定モデル
1 背景と目的
農薬の作物残留濃度を決定づける要因は複雑である
が,最も一般的な農薬処理形態である茎葉散布では,薬
液付着量と可食部重量によって初期濃度が決定され,そ
の後の可食部の肥大成長と農薬の分解消失が濃度低下要
因として働くと考えられる。市原ら(1999)はオクラを
用いて残留濃度の推定を試み,薬液濃度,散布量,散布
方法,散布者,繁茂条件を変えてオクラ果実の薬液付着
率を求めるとともに,栽培時期を変えて肥大曲線を取得
し,農薬の分解を考慮しない場合の推定モデル式を得て
いる。
そこで,本研究においては市原らの研究を参考とし,
より広範囲な作物に適用できる茎葉散布残留推定モデル
を策定することを目標とした。具体的には,登録が要望
されているマイナー作物が多く含まれる葉菜類と果実類
を対象にモデル化を検討することとした。
次に,本研究では生産現場で取得可能なパラメータを
中心にしてモデルを構築することを目標とした。これ
は,残留分析を求めることなく残留性を推定できるよう
にすることが本研究の前提となっていたためである。
またモデルの利用方法については,農薬ごとの作物間
の残留性の相対評価に用いることに主眼を置いた。すな
わち,ある農薬について作物間の残留性を比較検討した
結果,両者は同等である(もしくは上下関係が明確であ
る)と判断された場合,一方の(もしくは上位の)作物
で信頼できる残留データが取得されていれば,それを他
方の作物の残留データとして外挿することができると考
えたのである。作物のグループ化では合理的かつあらゆ
る農薬に適用可能な作物グループを見いだす必要がある
が,外挿評価では農薬ごとに任意の作物間で判断すれば
よい。このアイデアは農林水産省(当時)阪本 剛氏に
よるものであったが,うまく機能すれば,残留試験まで
手がまわらないマイナー作物の登録を効率的に推進でき
る可能性があると考えられた。本研究では,残留データ
が取得されているほうの作物を「参照作物」と呼ぶこと
とした。
2 果実類モデルの構築
果実類に含まれる作物は果菜類と果樹類である。両者
は大きく異なる作物グループであるが,可食部が果実状
である点で共通しており,いずれにおいても薬液付着量
と可食部重量によって初期濃度が決定され,その後の可
食部の肥大成長と農薬の分解消失が濃度低下要因として
働くと考えられる。
農薬分析を行わずに薬液付着量を推定するには,果実
表面に付着し保持される薬液量を電子天秤を用いて測定
するアプローチが考えられる。本研究では 8 種類の果実
で生育ステージごとに残留分析を行いながら幾つかの方
法を検討した結果,果実を水に瞬間浸漬して水を切った
のち浸漬前後の重量を測定し,その重量差から付着率を
求める方法は,極端に小さい果実でない限り,実際の薬
液付着率を反映しうることを確認した。本研究ではこの
方法を「浸漬重量法」と呼ぶこととし,再現性よく付着
率を取得できる標準手順を確立した。
この方法によって取得した果実類の付着率を表―1 に
示す。表では収穫時期の付着率を表示したが,示された
作物間の序列は経験上知られている残留傾向ともおおむ
ね一致していた。ただし,同一果実でも肥大成長に伴っ
農薬残留推定モデルによるマイナー作物の残留性評価
藤田 俊一・和田 豊・高橋 義行
一般社団法人日本植物防疫協会
Development of Residue Simulation Models and their Use to Pesticide Registration for Minor Crops. By Toshikazu FUJITA,
Yutaka WADA and Yoshiyuki TAKAHASHI
(キーワード:作物残留,残留推定モデル,シミュレーション, マイナー作物,外挿評価)
て付着率が大きく変化する場合が多く,品種によって付
着率が異なる場合もあった。
一方,実際の農薬散布では浸漬ほどの付着率は得られ
ない。このため,本研究では実際の農薬散布を模したス
プレー法による付着率も調査した結果,浸漬によって得
た付着率のおおむね 0.8 倍以内であったことから,残留
濃度の推定にはこの係数によって補正した付着率を用い
るのがよいと考えられた。
農薬の分解を考慮しない単回散布モデルでは,上記の
方法で得られる果実表面への推定農薬付着量を収穫期の
果実重量で除すことにより,果実の推定残留濃度が得ら
れる。しかし,より一般的な複数回散布モデルを構築す
るためには,散布期間を含む果実の肥大成長と農薬の分
解消失を考慮する必要がある。これらを考慮し,本研究
で構築した果実類の残留推定モデル式(3 回散布の場合)
を次に示す。
Ct
3=
P・0.8
{
(S
1・W
1・D
t1+ S
2・W
2)D
t2+ S
3・W
3}
D
t3100・Wt
3Ct
3:最終散布 t
3日後の推定残留濃度(mg/kg)
P:薬液濃度(ppm)
S:付着率(%)(浸漬重量法による)
S
1,S
2,S
3:1 回目散布,2 回目散布,3 回目散布
時の各付着率
D:残存係数(≦ 1)
t:経過日数(日)
t
1:1 回目散布から 2 回目散布までの日数,
t
2:2 回目散布から 3 回目散布までの日数,
t
3:3 回目散布から収穫までの日数
W:果実重量(g)
W
1,W
2,W
3:1 回目散布,2 回目散布,3 回目散
布時の各果実重量
Wt
3:最終散布 t
3日後の果実重量
このうち,果実重量(W)は実際の作物栽培に基づく
実測値または肥大成長曲線から得ることができる。一
方,残存係数(D)は 1 日当たりの残存割合(日 5%消
失であれば 0.95)をあらわすパラメータであるが,環境
条件の影響を受けやすくデータごとに異なるため,確立
された取得方法はない。一例として,参照作物の農薬残
留データにおける最終散布後の残留濃度の推移から目安
を得ようとする場合には,以下の式によって求めること
ができる。ただし適用は慎重に行う必要があり,散布間
隔と最終散布後の日数が短い場合は残存係数は考慮しな
い(1 とする)選択肢もある。また,同じ農薬で作物間
の潜在的な比較を行う場合,作物ごとに異なる残存係数
を用いることは適当とはいえない。
残存係数= 1 −(濃度減衰率−重量増加率)
表−1 浸漬重量法による果実類の付着率 区分 作物名 品種名 収穫期の付着率% (果実重量(g)) 果樹 ラズベリー やまもも うめ マルメロ ドラゴンフルーツ ぶどう(果柄を除く) ゆず フェイジョア いちじく かぼす あんず パッションフルーツ ブルーベリー おうとう きんかん ぶどう(果柄を除く) プルーン すもも 西洋なし かき なし 日向夏 かりん りんご すもも レモン マンゴー パパイヤ ネクタリン (不明) 亀蔵 石川 1 号 スミルナ ホワイトドラゴン デラウェア 在来種 在来種 桝井ドーフィン ― 信州大実 サマーキング バークレイ 高砂 にんぼうきんかん 巨峰 シュガー 太陽 ラ・フランス 富有 幸水 ― 在来種(晩生) つがる 大石早生 マイヤーレモン アーウィン サンライズソロ 黎明 4.08 2.23 1.49 1.43 0.98 0.98 0.85 0.76 0.69 0.66 0.66 0.58 0.57 0.49 0.37 0.36 0.35 0.29 0.27 0.27 0.25 0.24 0.15 0.21 0.19 0.16 0.15 0.13 0.13 ( 2.05) ( 2.11) ( 9.56) (220 ) (364 ) ( 1.43) ( 84.2 ) ( 22.3 ) ( 32.8 ) ( 90.2 ) ( 75.6 ) (105 ) ( 3.01) ( 5.24) ( 16.3 ) ( 11.5 ) ( 22.6 ) (129 ) (145 ) (140 ) (264 ) (222 ) (482 ) (179 ) ( 74.8 ) (173 ) (436 ) (510 ) (130 ) 野菜 おくら 甘長とうがらし いちご(へた無し) きぬさやえんどう ピーマン さやいんげん なす にがうり きゅうり トマト ズッキーニ グリーンソード 伏見甘長 女峰 ゆうさや 京みどり さつきみどり 2 号 千両 2 号 沖縄中長 シャープ 301 桃太郎 グリーントスカ 2.07 1.92 1.86 1.82 1.27 0.83 0.71 0.60 0.41 0.26 0.22 ( 12.2 ) ( 9.80) ( 13.3 ) ( 2.15) ( 14.6 ) ( 5.52) ( 75.1 ) (194 ) (116 ) (169 ) (177 ) 付着率は浸漬による付着量の果実重量に対する割合を示す.濃度減衰率= d
1×
C
1C
2C
2C
31
d
1+d
2 1 d2 1 d1+d
2×
×
重量増加率= d
1×
W
2W
1W
3W
21
d
1+d
2 1 d2 1 d1+d
2×
×
c
1,c
2,c
3:最終散布後 1 回目,2 回目,3 回目の各採
取日の残留濃度
w
1,w
2,w
3:最終散布後 1 回目,2 回目,3 回目の各
採取日の果実重量
d
1:1 回目採取から 2 回目採取までの日数
d
2:2 回目採取から 3 回目採取までの日数
本モデル式によって得た推定濃度の検証結果を表―2
に示す。ここでは最終散布時を含むその後の残留濃度お
よび果実重量の推移から残存係数を求めた。全データセ
ットの平均では,推定値は実測値の 1.1 倍であった。
3 葉菜類モデルの構築
研究の初期段階では果実類モデルを基本として検討を
すすめたが,葉菜類の残留濃度の再現は困難であった。
これは,葉菜類の繁茂形状は果実類のように単純ではな
いため,果実類ほど均一に付着せず,茎葉ごとのばらつ
きが大きいためである。このため,葉菜類の場合の初期
付着量の推定は一定の面的なスケールをもって行う必要
があると判断された。検討の結果,単位面積当たり散布
量,作物体の散布液捕捉率(被覆面積率),葉面の薬液
付着率および単位面積当たり株数から初期付着量を求め
ることにより,葉菜類の初期残留濃度の再現性が高まった。
このうち付着率は,表面構造など作物固有の特徴が反
映されることから実測が必要であるが,果実類の場合と
同じ重量浸漬法は適用できない。様々な方法を検討した
結果,円形のろ紙と作物葉片(ろ紙と同じ直径に切り出
したもの)を架台に横一列に並べ,ハンドスプレーを用
いて一定速度で移動させながら精密に水を散布して散布
前後の重量変化から付着量を求め,ろ紙の付着量に対す
る割合を付着率とする方法を開発した。ろ紙を用いたの
は,後述するモデル式では葉面積当たりの散布量に対す
る付着率を得る必要があるが,ハンドスプレーを用いる
室内実験では葉面積当たりの散布量は実測によって得る
必要があることから,その測定に適するしたたり落ちし
にくい素材が求められたためである。
本研究で得た葉菜類の付着率を表―3 に示す。付着率
は作物の品種,ステージ,試験者または栽培圃場によっ
て変動する可能性があるが,本研究による検証結果は次
のとおりであった。品種間差については,みずな 64 ±
9%(3 品種),たかな 88 ± 9%(4 品種),ねぎ 43 ± 3%
(2 品種)であった。ステージについては生育中期から
収穫末期まで 4 時期に調査したが,農薬散布が想定され
る生育中期∼後期では,こまつな 63 ∼ 80%,しゅんぎ
く 83 ∼ 86%,金時草 51 ∼ 57%となり,果実類の場合
よりも差異は小さかった。個人差については,同一のこ
まつなを 2 名の試験者が試験した範囲ではほとんど認め
られなかった。栽培圃場間の差異については,農業環境
技術研究所と当協会研究所で 8 種類の葉菜類をそれぞれ
栽培して比較調査を行った結果,みずな以外は両者の乖
離は 0.7 ∼ 1.2 倍と比較的小さかった。
以上を踏まえ構築した葉菜類の残留推定モデル式(3
回散布の場合)は次のとおりである。
Ct
3=
(A
1・
V
1100
・Q・D
t1+ A
2・
V
2100
・Q)
D
t2+ A
3・
V
3100
・Q・D
t3100・N・Wt
3Ct
3:最終散布 t
3日後の推定残留濃度(mg/kg)
A:面積当たり有効成分投下量(mg/m
2)
A
1,A
2,A
3:1 回目散布,2 回目散布,3 回目散
布の各有効成分投下量
V:被覆面積率(%)
V
1,V
2,V
3:1 回目散布,2 回目散布,3 回目散
布時の各被覆面積率
Q:付着率(%)
同一条件で散布した時のろ紙への付着量に対する
葉面付着量の割合
D:残存係数(≦ 1)
t:経過日数(日)
t
1:1 回目散布から 2 回目散布までの日数,
t
2:2 回目散布から 3 回目散布までの日数,
t
3:3 回目散布から収穫までの日数
N:面積当たり株数(株/m
2)
Wt
3:最終散布 t
3日後の株当たり重量(kg/株)
本モデル式によって得た推定濃度の検証結果を表―4
に示す。ここでは最終散布時を含むその後の残留濃度お
よび株重量の推移から残存係数を求めた。検討事例数は
少ないが,推定値は実測値の 1.2 倍となった。なお,一
般に葉菜類は果実類よりも表面積が大きく農薬が分解消
失しやすい傾向があるので,分解が遅い農薬の場合でも
表−2 果実類残留推定モデルの検証結果 作物名 農薬 (a) 散布回数 実測残留濃度(mg/kg) 推定残留濃度(mg/kg) (b) 残存係数 (c) 平均乖離度 (d) うめ 0(e) 7 15 21 0 7 15 21 A 剤 B 剤 C 剤 4 4 4 6.86 1.97 9.78 4.90 0.77 1.75 4.02 0.46 0.35 3.30 0.36 0.08 8.66 1.28 6.96 7.41 0.76 1.05 5.61 0.38 0.11 4.25 0.21 0.02 1.00 0.95 0.78 1.4 0.8 0.5 りんご (つがる) 0 3 7 0 3 7 A 剤 B 剤 C 剤 4 4 4 1.16 0.22 1.34 0.90 0.20 1.02 1.17 0.19 0.60 0.76 0.19 0.88 0.69 0.17 0.58 0.68 0.17 0.37 1.00 1.00 0.90 0.7 0.9 0.6 かりん 0 3 7 15 0 3 7 15 A 剤 B 剤 C 剤 4 4 4 0.51 0.11 1.12 0.26 0.06 0.72 0.26 0.06 0.43 0.30 0.06 0.42 0.27 0.07 0.61 0.23 0.06 0.49 0.20 0.05 0.37 0.15 0.04 0.21 0.96 0.96 0.93 0.7 0.8 0.6 トマト (L サイズ) 0 4 0 4 A 剤 B 剤 C 剤 3 3 3 0.58 0.35 0.92 0.74 0.38 1.22 1.02 0.25 2.54 0.94 0.24 2.36 1.00 1.00 1.00 1.5 0.7 2.3 トマト (M サイズ) 0 4 0 4 A 剤 B 剤 C 剤 3 3 3 1.01 0.42 1.48 1.47 0.46 2.20 0.97 0.24 2.43 0.88 0.22 2.19 1.00 1.00 1.00 0.8 0.5 1.3 トマト (S サイズ) 0 4 7 0 4 7 A 剤 B 剤 C 剤 3 3 3 1.25 0.44 1.54 1.22 0.43 1.66 1.46 0.44 1.64 1.37 0.34 3.42 1.07 0.27 2.69 1.27 0.32 3.16 1.00 1.00 1.00 0.9 0.7 1.9 きゅうり 0 3 7 0 3 7 A 剤 B 剤 C 剤 2 2 2 1.28 0.32 1.90 0.33 0.12 0.10 0.14 0.05 0.01 1.50 0.38 3.56 0.36 0.10 0.01 0.16 0.05 < 0.01 0.97 1.00 0.19 1.1 1.0 1.0 ピーマン 0 4 7 0 4 7 A 剤 B 剤 C 剤 2 2 2 1.98 0.72 3.90 1.56 0.48 0.84 1.12 0.41 0.31 2.83 0.71 4.94 1.87 0.47 0.66 1.43 0.36 0.15 1.00 1.00 0.67 1.3 0.9 0.8 いんげん (L サイズ) 0 3 7 0 3 7 A 剤 B 剤 C 剤 1 1 1 1.92 0.78 5.28 0.86 0.32 1.08 0.91 0.19 0.28 2.78 0.70 6.96 1.52 0.28 0.80 1.26 0.15 0.08 0.99 0.89 0.59 1.5 0.8 0.8 いんげん (M サイズ) 0 3 0 3 A 剤 B 剤 C 剤 2 2 2 2.07 0.86 4.76 1.91 0.62 2.88 2.91 0.71 7.04 1.92 0.35 2.52 0.98 0.89 0.80 1.2 0.7 1.2 いんげん (S サイズ) 0 3 7 0 3 7 A 剤 B 剤 C 剤 3 3 3 1.42 1.12 9.33 1.05 0.47 3.52 1.10 0.24 1.78 4.49 1.12 7.76 3.63 0.91 3.10 3.14 0.78 1.04 1.00 1.00 0.79 3.2 2.1 0.8 いちご 1 3 1 3 D 剤 3 6.30 4.74 12.27 8.09 0.91 1.8 (全平均) 1.1 a:散布液濃度は A 剤 200 ppm,B 剤 50 ppm,C 剤 500 ppm,D 剤 400 ppm である. b: 果実類の推定モデル式を用いて計算.果実重量と付着率は各散布時における取得値を,残存係数は表示値をそれぞ れ使用した. c: マイナスの場合または実測値が減衰を示していない場合は 1 とした.最終散布後を対象としたが,測定回数が少ない ものは最終散布を含む二つの散布区間を対象として計算した. d:各経過日における推定濃度を実測濃度で除した値の平均値. e:最終散布後の経過日数.