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口頭発表資料 ( 科研 プラハとダブリン 亡霊とメディアの言説空間 複数の文化をつなぐ < 翻訳 > の諸相 第 3 回研究会合 ) リルケとオカルティズム 自動筆記の理論と実践を中心に 2017 年 8 月 10 日京都大学吉田キャンパス総合研究 2 号館 1 階第 10 演習室城眞一はじめに プ

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1 / 9 【口頭発表資料】 (科研「プラハとダブリン、亡霊とメディアの言説空間 ― 複数の文化をつなぐ<翻訳>の諸相」第 3 回研究会合) リルケとオカルティズム― 自動筆記の理論と実践を中心に 2017 年 8 月 10 日 京都大学 吉田キャンパス 総合研究 2 号館 1 階 第 10 演習室 城 眞一 はじめに 「プラハとダブリン」(1)、(2)の比較文学研究によって得られた知見をリルケ研究に再投 入することによって、リルケ研究史上、等閑視されていたオカルティズムの視点からリルケの 詩的方法を再検討する。二つの先行研究によって明らかとなった、世紀転換期の言語危機の汎 ヨーロッパ的類型と、リルケの全詩業の軌跡は、驚くほど照応している。(政治的、外的言語危 機の体験→内面化された言語危機と言語懐疑→新たな詩的言語の探求→何らかの神秘的啓示と しての言語体験)これらの照応関係を精査すれば、従来のリルケ研究史においてリルケの個性 や独創性に還元されていたそのつど特異な詩論の汎ヨーロッパ的意義が浮かび上がってくるは ずである。(例えば中期の意識的な言語探求、堅牢な散文『マルテの手記』と事物としての詩『新 詩集』、『新詩集別巻』から、後期の1912 年から 1922 年にいたる『ドゥイノの悲歌』、『C.W. 伯の遺稿から』、『オルフォイスに寄せるソネット』の作詩法への転換の意味するもの) 他の先行研究との関係については、リルケをはじめとする世紀転換期のモデルネの詩人にお けるオカルティズムないしはスピリティズムを論じる著作は近年増えつつあるが、ここに提起 するような、言語危機体験をオカルティズムの主要導因と捉える研究、また、プラハとダブリ ンの同時代の比較文学的研究を前提とする研究は、皆無である。

1.19 世紀のオカルティズムの特徴(Geheimwissenschaft, occult science,)

a.実証的自然科学由来の新たな表象と従来の秘儀的思想との合体 ダーウィニズム、天文学、 無線技術とテレパシー、物理学上の発見(レントゲンなど)、蓄音機と死者の声、リルケの 「始原の音」(Ur-Geräusche)1919[SW.S.1085] b.科学的オカルティズム 実験心理学、超心理学 降霊会、催眠術、夢遊病など c.制度化されたオカルティズム 一例としてヘレナ・ペトロヴナ・ブラヴァツキー、「神智学協 会」創設(1875 年) d.文学的オカルティズム 独語圏ではとくに 1890 年代ミュンヘンの詩人と芸術家、その理論 家としてのデュ・プレル、詩作の実践者としてのリルケ(1912 年以降)、英仏・北欧の先 駆者たち(ユゴー、ブレイク、スウェーデンボルグなど) 2.リルケ文学における「自動筆記」の理論と実践 a.『マルテ』の詩論(詩は経験、その無名化、無意的記憶からの詩の最初の言葉の立ち現われ)

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2 / 9 b. 詩的自我消失への恐れと願望(同時期の詩作の正確な反対の極)(引用1.) c.『ドゥイノの悲歌』(1912-1922)を聞く (引用4.)タクシス夫人の証言、第一悲歌の最初 の一行をドゥイノの城の庭で「書き取る」、以後、詩の言葉の立ち現われAufstehen を待 つ、10 カ年 d. ドゥイノの降霊会記録(1912 年 9 月末)別紙回覧文献参照 現れた「未知の女」をめぐっ て、その暗示をトレドへの旅の勧めとリルケが解釈(「鋼」と「天使」から)、その女の名 と生地を別の霊が告げるさいの霊媒の決定的役割、トレドでの約束を取り付けようとする リルケ、女の言葉の裏付けの旅、タクシス夫人の冷徹な眼差し(リルケの深層意識に興味) e. 詩集『C.W.伯の遺稿から』(1920-1921) 真の作者をめぐる、三者への証言の揺れ(引用 5.)リルケは、当初は自筆の詩としていたが、二週間後に自らが霊媒となってC.W.伯の 言葉を書き取ったと主張、さらにインゼル社主キッペンベルクには、状況をより克明に語 る。自己様式化のための捏造か、あるいはオカルト的解釈への深化・展開か、ただしPytlik はこの詩人の分裂を認めず詩人を擁護、Magnusson は理論と実際の齟齬を指摘 f. 1924 年 8 月のリルケのいわゆる「オカルト書簡」(引用2.)

g. デュ・プレルの自動筆記論(1891)(引用6.) 「超越的主体」das transzendentale Subjekt が自動筆記を可能ならしめる、そのプロセスを明示、リルケの「オカルト書簡」との比較 →自動筆記のプロセスは示されない、むしろリルケの詩作等における「超越的主体」は誰 かと問うことができる、候補者としてパウラ・モーダーゾーン・ベッカー(『女友達のため の鎮魂歌』1908 年)、天使およびドゥイノの城の夭折した同居人ポリクセーネとライモン ディーネ(『ドゥイノの悲歌』第一悲歌、第二悲歌、第十悲歌冒頭1912 年、エセー『体験 Ⅰ』1913 年)、未知の女(ドゥイノの降霊会にプランシェットを通じて回答した者 1912 年)、C.W.伯(上記項目 e.を参照 1920 年)、ふたたび天使あるいはオルフォイス(『ドゥイ ノの悲歌』完成、『オルフォイスに寄せるソネット』全編成立1922 年)、―超越的主体の 極致は『悲歌』の天使と『オルフォイス』のオルフォイス、『悲歌』とエセー『体験』に現 れた夭折の死者か、C.W.伯は通常の詩的自我と超越的主体の混在、パウラはそれ以前か h. 同時代性と独自性 リルケが初期から同時代のオカルト理論の影響をぬぐいがたく受けて いたことは事実であるが、後期の詩作において無意識の世界から立ち現れる第二の詩的自 我の声ないしは合図を聞き取ることを実践した。しかしこの試みは完全に方法化されたの ではなく、つねに従前の詩的自我との危い均衡を保ちつつ、分裂をはらみながら間歇的に 進められた。いずれにせよ、オカルト理論をこれほど詩作において実践し、同時に、死者 ないしは何らかの超越者の憑依と覚めた自我の分裂に苛まれた詩人は、稀ではなかろうか。 3. 死者の在処あるいは彼岸について a. エセー『体験Ⅰ』(1913)[SW.S.1085] ― 1912 年初頭のドゥイノの城の庭での出来事、オカ ルティズムの文化コードによる解釈(ギュスリ・マグヌッソン)、アストラル体(Astralleib, Astralkörper)体験説、「自然の裏側に入り込んでしまった」(言い得て妙な表現と自

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賛”beinah restlos zutreffend”)、「彼の身体Leib はある程度、魂 Seele のように扱われた」、 「幽霊Revenant[<revenir]のように」置き去られていた肉体 Körper のなかに帰還し たzurückkehrte者、館の同居人の死者の「無数の姿」を「理解した」、Vinca との霊的な 距離、その花の不覆蔵性、「視線はもはや前方に向けられずあの開かれた空間のなかでim Offenen 希薄化されていた」、他にウィーデンブルックの「体外離脱体験」説、顕現(エピ ファニー)論(D・バッサーマン)など ここで克明に描写されているものとは、Leib-Seele の一体体験、意識の深層の死者たちと の共有空間、「感覚閾」において第二人格が第一人格と融合して半「超越的主体」を形成し ている(デュ・プレル流に)、此岸にありつつ見方を変えれば有限者が無限者に転ずる、彼 岸と此岸の融合空間の現出 b.『第九悲歌』(1922)― 此岸と彼岸の境界の「此処」(hier)、「此処にあること hiersein」の 意味、「物たちすらもがけっして思ってもみなかったほど存在するように言うこと」 [SW.1.S718]、「大地よ、お前の望みとはこのことではないのか、不可視となってわれわれ の内部で蘇ることでは。これこそがおまえの夢ではないのか、いつか不可視となることが」 [SW.1.S.720] c.『オルフォイスに寄せるソネット』第一部第 13 歌、言葉による統合空間の現出例として(引 用3.) d. ふたたびリルケの「オカルト書簡」(引用3.)「死者の隠れ家」について e. デュ・プレルのオカルト・サイエンス(Geheimwissenschaft)における彼岸と此岸の一元 的統合(引用7.) 「人間は超越的主体das transzendentale Subjekt として彼岸に、ま た地上の人間として此岸に、同時に生きている」、「彼岸と此岸は空間的に分かたれている のではなく、感覚閾Empfindungsschwelle によってのみ分けられている」、「彼岸は別様 に観られた此岸のことである」、「超越的主体」は夢遊病と降霊術によって例外的に此岸に 現出する、これらがオカルト学の研究対象である。[RM.S.77] 引用者による下線部は、リルケのエセー『体験Ⅰ』の解説のように読むことができる 4.「翻訳家」(媒介者、媒体、霊媒)という詩的使命 以下の二項の仲介者としての使命

意識と無意識、生者と死者、此岸と彼岸、見えるものdas Sichtbareと見えないものdas Un- sichtbare、言いうるものdas Sagbare, das Sägliche と言いえないものdas Unsagbare,das Unsägliche

その方法

彼方からの声や報せ Stimmen, Nachrichten を聴き hören,horchen、書き取ること ein Diktat schreiben、言うこと sagen、敢えて言うこと zu sagen wagen

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一次文献

Rainer Maria Rilke: Sämtliche Werke in sieben Bänden. Hrsg. v. Rilke-Archiv in Ver- bindung mit Ruth Sieber-Rilke und Hella Sieber-Rilke besorgt durch Walter Simon, Karin Wais und Ernst Zinn. Insel 1955-1997.[SW]

Rainer Maria Rilke: Briefe. Hrsg. v. Rilke-Archiv in Weimar. In Verbindung mit Ruth Sieber-Rilke besorgt durch Karl Altheim. Insel 1950.[RB]

Rainer Maria Rilke: Briefe an seinen Verleger 1906 bis 1926. Hrsg. v. Ruth Sieber-Rilke und Carl Sieber. Leipzig 1934. [BV]

Rainer Maria Rilke – Marie von Thurn und Taxis: Briefwechsel. Niehans & Rokitansky Verlag und Insel Verlag 1951.[RTBW]

Protokolle der vier Seancen, Duino Herbst 1912, von Rilke niedergeschrieben auf Grund der Planchette-Aufzeichnungen. Beilage Nr.2 (Zum Brief Nr.118 vom 5.10. 1912) Walter Simon (hrsg.): Aus dem Briefwechsel zwischen Rainer Maria Rilke und dem

Taxis-Hohenloheschen Familienkreis. LIT Verlag Dr. W. Hopf Berlin 2016.[RTFBW] Carl du Prel: Das Rätsel des Menschen. Einleitung in das Studium des Geheimwissen-

schaft. Bohmeier Verlag 2005. [RM]

Carl du Prel: Die Entdeckung der Seele durch die Geheimwissenschaften. Leipzig 1894. [ESG]

二次文献

Moritz Baßler et/und Hildegard Chatellier (hrsg.): Mystique, mysticisme et modernite en Allemagne autour de 1900 / Mystik, Mystizismus und Moderne in Deutschland um 1900. Presses Universitaires de Strasbourg 1998.

Diethard Sawicki: Leben mit den Toten. Geisterglauben und Entstehung des Spiritis- mus in Deutschland 1770-1900. Schoeningh 2002.

Priska Pytlik: Okkultismus und Moderne. Ein kulturhistorisches Phänomen und seine Bedeutung für die Literatur um 1900. Schoeningh 2005.

Priska Pytlik (Hrsg.): Spiritismus und ästhetische Moderne ― Berlin und München um 1900. A. Dokumente und Kommentare. Francke Verlag 2006.

Gisli Magnusson: Dichtung als Erfahrungsmetaphysik. Esoterische und okkultistische Modernitaet bei R.M.Rilke. Koenigshausen & Neumann 2009.

Thomas H. Kaiser: Zwischen Philosophie und Spiritismus. Annaeherngen an Leben und Werk von Carl du Prel. VDM Verlag Dr. Mueller 2008.

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5 / 9 引用一覧

1.『マルテの手記』(1904-1910, Paris)から [das automatische Schreiben の予感] まだしばらくは一切を書き上げ、言うこともできる。しかし、やがて私の手が私から遠ざかり、 この手に書けと命じても、手は、私の考えてもみないことを書き記す日がいつか来るだろう。 あらたな解釈の時期が始まるだろう。語と語はもはや繋がらず、それぞれの意味は雲のように 解体し、水のように流れ落ちるだろう。畏れながらも、私はついに何か偉大なものの前にvor etwas Großem 立つ者のようであるだろう。書くことを始めた以前に、私の内部がこのような 状況としばしば似ていたことを覚えている。しかしこんどは、私自身が、書かれてしまうのだ ろう。私は重ねて刷り込まれたもの(Eindruck)となり、変転してゆくだろう。ああ、わずかな ことが欠けている。それさえあれば、一切を把握し、是認できるだろうに。もう一歩で、私の 深い悲惨は至福となるだろうに。[SW.Ⅴ,S. 756] 2.リルケの「オカルト書簡」、1924 年 「外部」(Außen)がどれほど広大であろうとも、それは恒星間の距離をもってしても、わ れわれの内部の深層の次元Tiefendimensionen unseres Innerenとは比べようもありません。 つまり死者たちが、未来の人々が、居場所を必要とするとき、この想像空間ほど居心地が良く てお勧めの隠れ家はどこにありましょうか?私たちの通常の意識はピラミッドの頂点に住まっ ているかのように思えてきます。私たちの内部にある(いわば下層にある)ピラミッドの基底 は完全に拡がり、そのなかへ降りる能力を得れば得るほど、より普遍的に、私たちは時間と空 間に依存しない根本的事実に関連付けられるように思われます。それは、この地上のもっとも 広い意味での世界(weltisch)の現存という事実です。ごく若い頃からあることを予感してい ました(また、力の及ぶかぎりこの予感された推察に従って生きてきました)。それは、この意 識のピラミッドの深い横断面では、単一の存在(das einfache Sein)が、―― 私たちの意識の上 部の「正常」な頂点では「経過」として体験されるにすぎない一切のものの不壊の現-存在(Vor- handen-Sein)と同時-存在(Zugleich-Sein)が、私たちにとって本当の事実となることがあるかも しれないという推察です。[RB. S.871. den11.8 1924 an N.W. 太字は原典で斜体]

3.『オルフォイスに寄せるソネット』Ⅰ-13 Voller Apfel, Birne, Banane,

Stachelbeere... Alles dieses spricht Tod und Leben in den Mund... Ich ahne... Lest es einem Kind vom Angesicht,

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6 / 9 wenn es sie erschmeckt. Dies kommt von weit. Wird euch langsam namenlos im Munde? Wo sonst Worte waren, fließen Funde, aus dem Fruchtfleisch überrascht befreit. Wagt zu sagen, was ihr Apfel nennt. Diese Süße, die sich erst verdichtet, um, im Schmecken leise aufgerichtet, klar zu werden, wach und transparent, doppeldeutig, sonnig, erdig, hiesig -: O Erfahrung, Fühlung, Freude -, riesig! [SW. Ⅰ-739] [意訳] 実った林檎、洋梨、バナナ、 スグリよ・・・これらすべては 死と生を口のなかへ語りかける・・・予感がする。 子供の表情からそれを読み取れ、 かれがそれらを味わうときに。これは遠くから来たもの。 おまえたちの口のなかでしだいに名もなきものとなるだろうか。 かつて言葉のあった場に、発見されたものが流れゆく、 果肉から不意に解き放たれて。 きみたちが林檎と名付けるものを敢えて言ってみたまえ。 この甘み、それはまずは凝縮し、 味わえばやがてほのかに立ち上がり 清らかに、目覚め、澄みきってゆく、 二重の意味を持つもの、太陽と大地と、この地上のもの。 おお経験よ、感覚よ、悦びよ、― おおいなる!

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7 / 9 Stimmen, Stimmen. Höre, mein Herz, wie sonst nur Heilige hörten: daß sie der riesige Ruf

aufhob vom Boden; sie aber knieten, Unmögliche, weiter und achtetens nicht:

So waren sie hörend. Nicht, daß du Gottes ertrügest die Stimme, bei weitem. Aber das Wehende höre,

die ununterbrochene Nachricht, die aus Stille sich bildet. Es rauscht jetzt von jenen jungenToten zu dir.

声が、声が。聞け、わが心よ、かつて 聖者たちだけが聞いたように。巨大な呼び声がかれらを 大地から持ち上げた、しかし、かれらは このあり得ない者たちは、なお跪き、そのことを気にもしなかった。 聞きつつ、かれらはそれほどに存在していたのだ。おまえが神に ましてやその声に耐えよ、というのではない。しかし吹き来るものを聞け、 静寂から形づくられる、絶え間のない報せを聞け。 いま、あの若き死者たちから、おまえの元へざわめき来るものがある。 [SW.Ⅰ,S.687] 5.詩集『C.W.伯の遺稿から』成立についてのリルケ自身の説明(マグヌッソンも指摘) a.ヴンダリー‐フォルカルト夫人宛 1920 年 11 月 30 日 「ベルクの館の先住者の痕跡がほしかったのです・・・ごく表面的に一人の人物を想像してみ ましたが、件の古い冊子はいくら想像をたくましくしてもやはり見つかりませんでした。なら ばそれを自分で書く以外に致し方なかったのです。・・・しかし独力で作詩するには、ほんとう はその気概も能力もまだありませんでしたので、一人の人物をある程度、「口実に」vorwändig せざるをえませんでした。かれは、わたしの集中力の極めて乏しいこの段階においてもやはり 形を成しているものを、わが身に引き受けてくれたのです。それが、C.W.伯でした。」 [NWV.1-S.349] b.トゥルン・ウント・タクシス侯爵夫人宛 1920 年 12 月 15 日 「(ゲーテ以外には)当地には蔵書もまた由緒ある手記の類もありませんでしたので、・・・目 下の中途半な創作力を頼りに、一冊のノートに詩を書き始めました。ちなみにそのノートは、 わたしがこの館の書架で発見したと申し立てていたものです。するとたいそう奇妙なことに、 ペンは、文字どおり「運ばれてgeführt」つぎつぎと詩が生まれてきたのです。わたしを識別 できそうな数か所を除いては、そのとき完成された形で表現を得た詩は(その詩は草稿を経ずに

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8 / 9 ノートにじかに書き付けたのですが)、事実、わたしの流儀でも、わたしの見解でもありませ ん。・・・そして二晩目には一瞬たりとも考量することなく表題のページに『C.W.伯の遺稿か ら』と(同様に口授Dictat によって)すらすらと書き記しました。このイニシャルの名を考案 したわけでもないのに、<この名に違いない>と確信しておりました。」[RTBW.2.-S631f.] c. 1921 年 2 月のインゼル出版社社主キッペンベルク宛の手紙への注釈(ベルクの館でリルケ から直接聞いた話を基に作成された注釈、『出版社主への手紙』初版は1934 年) 「・・・[何気なく口ずさんでいた詩行に気づき]、リルケは驚いて、この情熱的な詩はまさか お前のものではない、と言ったとのことである。いささか不安になり、再び服を身に着けて暖 炉の前に座った。不意にリルケは、向かい合った椅子の上に古風な装束の男性を認めた。その 男は、古い黄ばんだ草稿から詩を朗読してくれたが、そのなかには、先ほどリルケが口ずさん でいた詩も出てきたという。これらの詩をのちにリルケはノートに書き留めたとのことだった。 それが、C.W.伯の詩である。」[BV.2.-S.545f.1949.BV.S.470.1934]

6.カール・デュ・プレルの『自動筆記』から(初出は1891 年Sphinx, Monatschrift für die geschichtliche und experimentale Begründung der übersinnlichen Weltanschauung auf monistischer Grundlage. ESG.第 7 章に所収)

・・・ われわれが探し求める魂に戻ろう。魂を見いだせるのは無意識のなかにおいてのみであり、ま た超越的主体transcendentales Subjekt としてであることをわれわれは知っている。しかしそ の主体のあることを前提とするのではなく、まさしくそれを見出すことを欲するのである。そ れに相応しいのは、わけても次のような範疇に属する現象である、― 意識の下部にある無意識 の領域の開始点を起点に、最深部の無意識の毛根にいたるまで、われわれはいわばおのれの本 質の根に沿って、その極めて長い根に沿って指で下へと探りゆく、そのような現象である。 そのような範疇の現象が生じるとき、われわれの無意識なるものunser Unbewusstes が、表 面に引き寄せられ、それは、そこからより正確な、厳密な陳述能力を得るのだが、そのような 現象が自動筆記das automatische Schreibenを可能とするように思われる。このようにつづけ さまにおのれの根を触手するとき、われわれの個性Individualität という概念は消失するので はなく、本来の秘教的知識Metaphysik の領域にいたるまでこれを追跡できるのである。 無意識のなかへと側鉛を下せば、最初に突き当たるのは生理学の領域である。われわれの生 の表象、行為、経験の、忘れられたものをも含めて一切が、沈殿物を残している。われわれの 持ち前の素質、性癖、直覚のなかにすらも、遺伝的に継承された祖先の精神的所有物が凝縮さ れて横たわっている。このような具合に脳髄の層に蓄積されているものが、隔世遺伝の現象に よって、あるいは一瞬間、際立ち、あるいは持続的に優勢となり、意識的な精神生活を圧倒す る、 ― 狂気のいくつかの形態において事実そうであるように。 [・・・]

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9 / 9 [生理学より]さらに深みへ、オカルト学Geheimuwissenschaften の測鉛は到達する。この 科学は、ここ数十年のうちに実験という手法によって、このより深い無意識を赤裸に示すこと に成功したが、そのさい明らかとなったのは、この無意識に個性という特徴が備わっているこ とを認める必要性である。その端緒は、一見、きわめて見栄えのしない動くテーブルの発見で あったが、それは参加者の両手が置かれたテーブルの、機械的なしかし意外な動きであった。 それに続いたのはテーブルの叩音(こうおん)の発見であったが、それは叩音の回数によって アルファベットの文字が表示されることで、実験者の投げかけた問いが回答を得るというもの であった。こうした試みだけでもすでに、なんらかの知性がテーブルをとおして現れているこ とを、議論の余地なく指し示している。この方法はさらに簡略化された。すなわち、プランシ ェットなる、そのひとつの焦点部分に鉛筆が差し込まれた楕円状の小さな板が考案された。手 をその上に置けば、発せられた問いは、文字によって答えられた。[・・・]そして、ついには プランシェットも省略された。実験を行なう者は鉛筆をじかに手に取り、その手はおのれの意 志に導かれることなく、問いに答えたのである。[ESG. 206f.] [以下に「第一人格」と「第二人格」、意識と無意識、肉体と身体、精神と霊魂の交代(と交錯) の現象を、多数の催眠療法と夢遊病の症例から報告。さらに自動筆記の宗教家、芸術家、詩人 として、フランス静寂主義のギュイヨン夫人(Jeanne-Marie Bouvier de la Mothe Guyon 1648-1717)、ウィリアム・ブレイク、スウェーデンボルグらの、自動筆記に関する証言を集め て報告している。通常の自我とは隔絶した第二の人格(超越的主体)が無意識の領野から現れ、 語り始めたとき、それを書き取るのが、日常世界の肉体、手である、ということになる。] 7.カール・デュ・プレル『人間の謎 ― オカルト学研究入門』付録図表(1892 年) 「オカルト学の立場から見た人間解明の図」[RM. S77.]

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