1.はじめに
本稿は本紀要第42号に掲載された拙稿の続編である
1。
周知のごとく、B.H.H
ODGSONが1821年にネパール地方で梵文「法華経」(SP)写本
を初めて発見して以来、斯界は SP 写本の探求と研究とに努力を続けてきた。特に筆
者のような法華信徒にとっては、所依の経典(鳩摩羅什訳『妙法蓮華経』)の原典を直
接確かめたいという切望がある。多数の SP 写本が発見され、それらに基づく校訂本
が出版されると、詳細な研究が陸続となされるようになった。
最初の SP 写本校訂本『ケルン・南條本』(Kn
2)は、現在も SP 研究の標準的テキス
トの一つとなっている。但しこれは、7本のネパール・チベット系写本と1本の中央ア
ジア系カシュガル出土本の異系統写本を「混合」して校訂がなされたものである。こ
の校訂の方法については議論がなされている
3。
写本群は、以下のように発見・出土地によって大きく三系統に分類されている:
― Upamā-parivarta ⑵ ―
西 康 友
1.はじめに 2.Upamā「譬え」の訳注 【略 号】 【参考文献】 1 西康友「中央アジア系写本の梵文「法華経」訳注研究―Upamā-parivarta―」『中央学術研究所紀 要』第42号、中央学術研究所 2013年、73 82。2 H. KERN and B. NANJIO eds., Saddharmapund44arīka, Bibliotheca Buddhica X, St. Pétersbourg 1908 12.
3 例えば渡辺照宏「法華経原典の成立に関する一考察」(金倉圓照編『法華経の成立と展開』、平 楽寺書店 1970、77ff.)の「一 法華経の原典とは何か」に詳しい。渡辺の指摘する問題点は以 下の通り:①脚注に記す異同の記載が不正確である、②信頼すべき写本の一致した読み方を捨 てて主観的に校合している、③中央アジア系カシュガル出土写本の読み方を無制限に本文に採 用した、④チベット語訳法華経と対比がなされていないこと、などの点で Kn が SP の学的研究 の資料としては不十分である。同様の見解を示す最近の研究に小槻晴明「「ケルン・南條本」再 考」『東洋哲学研究所紀要』第21号、東洋哲学研究所 2005年、(57)(67)がある。
① ネパール・チベット系写本:H
ODGSON発見の写本はここに属する。現存写本
数は SP 諸系統中最も多い。書写年代は11世紀(貝葉本)から19世紀(紙本)
ころまでと幅広い。
② カシミール(ギルギット)系写本:1931年に発見された貝葉本である。5 6世
紀ころの書写とされる。
③ 中央アジア(西域)系写本:1903年に発見された紙本である。6 7世紀ころの
書写とされる。カシュガル、カダリク、トゥルファンなどから出土し、断簡
がほとんどである。
諸写本は、大略についてはほぼ同等と見做し得るにせよ、個々の部分については相
互に大きく読みを違える点(異読
4)が多々認められる。
これらの異読は何に由来するものだろうか。異読は後代の付加に原因を持つものだ
ろうか。最古の書写である②は①と近似しており、両系統写本は同起源の伝承である
ことが知られている
5。ところで③には①よりも濃厚に(古い要素が残存したものと考
えられる)中期インド・アーリヤ語(MIA)的な語形・語法等が多く散見される。恐
らく、各地域から出土した写本の伝承過程には様々な契機が存し、独自の展開を遂げ
たのであろう
6。 はSP写本研究には「一挙に最終目的に達することばかりに走らず、
基本的資料を一つ一つ精密に整理してゆくことが肝要」
7と注意を与えている。換言す
れば、まず各諸写本をそれぞれ別個の価値を持つものとして取り扱い、その特質を明
らかにすることが必要とされているのである。
以上のことから SP 写本の写真版およびそのローマナイズ(校訂)本はこの種の研
究の第一の基本的資料
8と見做せる。厳密な逐語訳と諸問題を適切に指摘した注釈は、
4 は「ネパール写本相互の異読」として同系統SP写本間の異同を認めている( 直四郎「法華 経の言語」(金倉圓照編『法華経の成立と展開』、平楽寺書店 1970、19f.)の「四 梵文法華経の 出版について」を参照)。また渡辺も同様に「写本上の異同が多く、時には同一写本の筆記者が 二個の読み方を知っていたという事実を示唆する場合さえもあり、同時代同地方で書かれたと 思われる写本どうしにも異同が多い」とSP写本間の特徴を指摘している(渡辺照宏、前掲論文 86f.「三 写本相互の複雑な関係」)。5 H. BECHERT, ‘Foreword’, L. CHANDRA, SADDHARMA-PUND4 4ARĪKA-SŪTRA Kashgar Manuscript,
Śata-pit4aka Series 229, Tokyo 1976, rpt. The Reiyukai 1977, 7f. 同様に も「いわゆるギルギット写
本も、今までに発表された断片から判断すれば、ネパール伝本の一種と認められる」としてい る( 直四郎、前掲論文 6f.「二 梵文法華経の諸伝本」)。 6 例えば は「伝承の間に種々の程度の梵語化(Sanskritization)が起り、hybridity に程度の差を きたし、ここに現存の写本が生じたものと考えられる」とする( 直四郎、前掲論文 4f.「一 序説」)。また渡辺は多くの異読が存在する SP 写本群に関して仮説を提示している(渡辺照宏、 前掲論文 105ff.「六 法華経原典の成立に関する根本問題」)。 7 直四郎、前掲論文 19f.「四 梵文法華経の出版について」。また同様に渡辺も「諸写本を組み わけすることができない以上は個個の場合にあたって個個の写本を別別に検討しなくてはなら ない」としている(渡辺照宏、前掲論文 82f.「二 諸写本の性格」)。
研究の第二の基本的資料と判断される。筆者は中央アジア系カシュガル出土写本(O)
の写真版
9・ローマ字転写校訂本(『戸田本』、Th
10)を底本に選んだ。O を取り上げた
理由は、ネパール系写本群に比してこの系統の写本の本数が少ないことによる。戸田
は Th において扱い得る SP 写本を総動員して周到にローマ字転写・校訂を作成してい
る。
Th の出版以後31年経つが、管見の限り Th に依拠した中央アジア系 SP 写本訳注研
究は試みられていない。筆者は己の微力を省みず、Th の訳注を行った。
なお、Th に疑問がある場合には O の写真版や O 以外の中央アジア系写本の異読、
Kn(ときには『荻原・土田本』(WT)とその注記)とその翻訳を参照した。本稿では
Th の文や文中の意味の切れ目に「.(ピリオド)」や「,(カンマ)」を付した。また Th
(斜体)と Kn(網かけ)との異読の一つひとつについて精査して、注記を付加した。
本研究が今後の SP 写本と漢訳法華経の対照研究に僅かなりとも貢献することが出
来れば幸いである。拙訳に、ご叱正を賜ることができれば幸甚である。
8 参照、西康友、前掲論文 74ff. 9 L. CHANDRA ed., op. cit.10 H. TODA ed., Saddharmapund44arīkasūtra, Central Asian Manuscripts, Romanized Text, Tokushima 1981,
2.Upamā「譬え」の訳注
[Th 77b2](1∼
api tu khalv
∼1)ime
[3]mama
2putrā.
(3∼bāladārakā bahava(h
4
)
∼3)
svesmin niveśane
4ādīpte prajvalite abhyantarībhūtās. tai=
[4]s tair vividhai
5·
6(krrīd
4
āpanakaih
4)
7 (8∼
krrīd
4
am
4ti
(1∼ ∼1) Kn は api tu ya とある。Kn は tu に異読を示す:B は khalu punar を加え、O は khalu と読 む。Kn が示す O の読みは Th に等しい。
2 Kn は mamaiva「まさに私の」とある。Kn の Errata は mameva を示唆する。この読みを支持する 積極的根拠は見出されず、訂正の意図は不明である。Kn に mam’eva は存しないが、mamaiva の 用例はKn(又はそのTh対応箇所)に21例確認できる:48, 13 upāyakauśalya mamaivarūpam4(58a2
upāyakośalya mamaitad īdr4śam)、57, 3 upasam4kramitvā ca mamaiva antike(62b1 upasam4krramitvā ca
mama sarvi sāntike)、64, 3 mamaiva cittam4 vicikitsaprāptam(68b5 cittam4 mamaitad
vicikitsaprāpta(m4))、76, 1 evaite kumārakā mamaiva putrāh4(81b1 sarve ime kumārakā · mame(va)
putra)、81, 13 sarve caite mamaiva putrā(88b6 sarve caite satvā mamaiva putrā)、93, 10 ete ’pi śraddhāya mamaiva yānti(97b3 ete ’pi śraddhāya vrrajam4ti mahya(m4))、301, 10 svākārāś ca mamaiva
te sattvāh4(290a3 svākāraś ca mam(ai)te satvāh4)、301, 11 mamaiva hy ete kulaputrāh4 sattvāh4(290a5
mayā caiva hy ete kulaputrāh4)、310, 1 mamaiva ks4etrasmi vasanti caite(297b2 mamaiva ks4etrasmi
vasam4ti caite)、310, 2 mamaiva putrāś c’ imi bodhisattvāh4(297b2 mamaiva atrā imi bodhisatvā(h4))、
325, 4 mamaiva abhyokiri śrāvakām4ś ca(Th に並行なし)。
(3∼ ∼3) Kn は bālakāh4 kumārakāh4「幼い坊ちゃんたちは」とある。
4 Th(= O)は niveśane ā とある。Th ではこの sandhi( e ā )が39箇所(①偈文に11箇所、②散 文に28箇所)存する。古典期 sandhi で期待される a ā の形は、Th 偈文の1箇所(③)に見られ るのみで、管見の限り Th 散文中にその例を見ない。一方 Kn では sandhi e ā は偈文にのみ8箇 所(④)存し、散文に存しない。Kn散文には古典期sandhi a ā のみ存する。Thにおけるsandhi の特徴については今後の研究を期したい(cf. 本稿本節注5、30、69)。 上に指摘した出典箇所① ④は以下の通り:①Th 18b2cd、56b4a、68b2a、73a6b、91a2b、116a5cd、 206a2ab、225b3ab、243b5a、244a1d、291b6ab;②Th 45a5、77b3、102a3、110b1、131b2、132a3、 133b5、140b5、144a3、146b4、148b3、193b3、200a2、205a3、209b5、211a6、221b2、231a1、 235a3、237a2、300a3、309a1、336b3、348b4、357a5、364b4、443a4、450b4;③Th 42b1 ya āgatā
ks4etrasahasrakot4ibhih4;④Kn 35, 13b、46, 5b、63, 13a、68, 9b、252, 11a、252, 14d、313, 1a、331, 2d。
5 Th(=O)は ai · k と読む。instr. pl. であれば、古典期sandhiでは aih4 k が期待される。EDGERTON
は‘bad editing’の問題と示唆する(BHSG 8. 107)。この sandhi は LEFMANNの LV 校訂本に見
られるが、しばしば多くの写本は校訂本の読みを支持せず、むしろ良質の写本は別の、文法上 可能な(好ましい)読みを示すと論じる(彼は、多数の写本が示すLV 93, 2、93, 5 ganthodakaiに対 して良質の A 写本が与える ganthodake の読みを支持する)。しかしこの箇所では明らかに instr. pl. が期待され、loc. sg. と理解することは困難である。筆者はこの vividhai を instr. pl. と理解した。 筆者が Th における instr. pl. 語尾の sandhi を調査したところ,ほとんどの例で古典期 sandhi の
規則通りであったが、一部反例も見られる。Th の sandhi の特徴についてはさらなる検討が必要 と思われる(cf. 本稿本節注4、30、69)。
6 O に「·」が存在する。これが何を意味するかは不明である。 7 Th は Kn を参照しつつ、ここに+krīd
4āpanakaih4を挿入している。krīd4āpanaka- は MIA 的語彙と考
ramam
4ti paricārayam
4ti
∼8)
·
9.
[Kn 72, 12]
api tu ya ime mamaiva putrā bālakāh
4
kumārakā asminn eva niveśana ādīpte taistaih
4[13]
krīd
4
anakaih
4krīd
4anti ramanti paricārayanti |
他方(
tu)また(api)、ここに(ime)私の息子たちが[いる]のだ(khalu)。多く
は(
bahava(s)
10)幼い子供たちで、火がついて(
ādīpta-)燃え上がっている(prajvalita-)
自分の(
sva-)屋敷の中にいる(abhyantarībhūta-)。それぞれさまざまな(
+vividhaih
4)
遊 び 道 具 で(
+krīd
4āpanakaih
4)、遊 び(
+krīd
4anti)、喜 び(
+ramanti)、楽 し ん で い る
(
+paricārayanti
11)。
(12∼na cedam
4
gr
4ham ādīptam
4jānam
4ti
∼12)
na budhya(m
4
)ti
13
na
[5]vindanti
14na cetaya(m
4
)ti ·
(8∼ ∼8) Th(=O)は krrīd4am4ti ramam4ti paricārayam4ti とある。Th では並行句が84a2(Kn 72, 13)、
84a7(Kn 78, 2)、92b3、+347b5(cf. Kn 361, 4 krīd
4antam4 ramantam4 paricārayantam4)に見られる。
類似並行句は AsP(①)、Mv(②)に在証される。
上に指摘した出典箇所① ②は以下の通り:① AsP 240, 19、22、241, 19 krīd4anti ramante
paricārayanti ; ② Mv I 31, 6、32, 6、III 69, 3 krīd4antā ramantā pravicārayantā ; 32, 8、II 444, 10
krīd4anto ramanto pravicārayanto;II 170, 5、171, 16、452, 10、III 72, 5、72, 9 krīd4anti ramanti
pravicārayanti;III 162, 9、III 188, 25、III 207, 11、207, 14 krīd4ati ramati pravicārayati(cf. II 444, 11
krīd4antīye ramantīye paricārayantīye)。
9 Oに「·」が、Knにダンダ「|」が存在する。この場合、「·」は文章上の一区切りを示すと考えられる。 10 Th の略号表(lxi)によると、[ ] 内の文字は削除されるべき、( ) 内の文字は O のうち破損し
た、または不明瞭な個所ないし省略された個所を指す。なおこれらの部位の復元推定はKnを参 考にしてなされている(Th, TABLE II, 329)。
11 pari-√carのcaus.は「囲む」「取り巻く」の意味がある(PW II 961)。EDGERTONはkrīd4anti ramam4ti
( te)と共に用いて「自らを楽します(amuses oneself)」の意味があると説明する(BHSD 322l)。
(12∼ ∼12) Kn は imam4 cāgāram ādīptam4 na jānanti「そして、彼らはこの家に火がついていることを
認識しない」とある。
13 Th(= O)は budhya(m4)ti とある。古典期 Skt. では例えば Kn 72, 13 budhyante の形が期待される。
Th 散文に√ budh の act. が3箇所(①)在証される。一方 Kn では act. と mid. が混在している: act.が偈文に1箇所(②)、散文に3箇所(③)、mid.が偈文に3箇所(④)、散文に11箇所(⑤)が 在証される(cf. BHSG 37. 13)。
上に指摘した出典箇所① ⑤は以下の通り:① Th 51b5 budhyam4ti、77b4 budhya(m4)ti、78b3
nāvabudh(y)am4ti ; ② Kn 62, 16 prabudhyati ; ③ Kn 43, 9 avabudhyanti、124, 5 budhyanti、265, 3
abhisam4budhyeyam4;④ Kn 190, 6 cirabudhyamānena、343, 14c budhyis4yate、337, 3 avabudhyeta;⑤
Kn 72, 13、288, 3、288, 4 budhyante、73, 8 nāvabudhyante、110, 3、211, 9 budhyāmahe、136, 10
abhisam4budhyante、159, 4、283, 4 abhisam4budhyate、163, 6 abhisam4budhyamānena、357, 5 avabudhyate.
14 Kn は na vidati「知らない」とある。EDGERTONはvidanti が第1種活用 vidati から形成されると説
明する(BHSG 28. 7)。vindati / vindanti は Mv には偈文に1箇所(①)、散文に2箇所(②)在証 される。また Th には偈文に2箇所(③)、散文に3箇所(④)、Kn には偈文のみ1箇所(⑤)在証され る。vidati / vidanti / vidam4ti / vida(m4)ti は Th では存しないが、Kn ではこの箇所だけ存する。
上に指摘した出典箇所① ④は以下の通り:① Mv II 56, 6 vindati;② Mv II 144, 19、459, 16
vindati;③ Th 293a4 vinda(m4)ti、342a4 vindanti;④ Th 77b5 vindanti、347a4、352b5 vindati;⑤ Kn
nodvegam āpadya(m
4)ti ·.
(15∼
sam
4
tasyamānā
16
’py
∼15)anena
(17∼mahatā ’gniskandhena
∼17)· eva=
[6]maha(m
4
)tena
18
ca duh
4
khaskandhena sprst
4 4 4āh
4samānā na cedam
4mahādāghaduh
4kham
419
manasikurvam
4ti ·. nā=
[7]
pi nirgamanaskāram
20utpādayam
4
ti:
21
.
imam
4cāgāram ādīptam
4na jānanti na budhyante na
[14]
vidanti na cetayanti nodvegam āpadyante |
sam
4tapyamānā apy anena mahatāgniskandhena mahatā ca
[15]
duh
4
khaskandhena sprst
4 4 4āh
4samānā
na duh
4kham
4manasikurvanti | nāpi nirgamanamanasikāram
utpāda-[16]
yanti ||
そしてこの家に火がついているのを彼らは認識しない(
+jānanti)、気づかない
(
+budhyanti)、見出さない(vindanti)、知覚しない(
+cetayanti)、動揺(udvega-)に陥
らない(
+āpadyanti)。まさにこの大きな炎の塊によって、すっかり苛まされつつ
(
sam
4tasyamānā)あっても、そして大きな苦の塊に苦しめられる(sprst
4 4 4a-)と同じであ
るのに、この大きな苦に(
+mahāduh
4
kham
4)注意しない(
+
manasikurvanti)。彼らは外に
出て行く意図を(
+nirgamanamanasikāram)おこさ(
+utpādayanti)ない。
sa ca śāradvatīputra
22purus
4
o balavām
4bhaved bāhuba[
hu
]lī. sa
[78a1]evam anuvicintayed. aham
asmi balavām
4bāhubalī ca. yam
4nv aham
4(23∼
sarvān
4
īmāni
∼23)(24∼
kumā=
[2]rakāny ekasmim
4
25
(15∼ ∼15) Kn は sam4tapyamānā apy「すっかり熱せられつつあっても」とある。
16 Th(=O)は sam4tasyamānā とある。EDGERTONはparitasyati の語根としては√ trs4 4または√ tras のど
ちらかが考えられ、この2語根が混用されると説明する(BHSD 324l, paritasyati;cf. BHSG 214r)。 (17∼ ∼17) Kn は mahatāgniskandhena とある。Kn ではすべて mahatāgniskandhena である(72, 6、 72, 9、72, 14、73, 6、73, 7、73, 12)。O は Kn と同様であるが、Th では mahatāgniskandhena は存 せず、すべてmahatā ’gniskandhena(77a3、77a6、77b1、77b5、79a1)である。当該箇所を容易 に読めるよう戸田が「’」を挿入したと考えられる。 18 a- 語幹の活用を示す+maham 4tena(cf. BHSG 18. 12)に対して、Kn は mahatā とある。なお Th
ではmahanta-(①)と maham4ta-(②)の二つの表記が混在している。
上に指摘した出典箇所① ②は以下の通り:① Th 114b1、183a2、188a3、220a2;② Th 76b7、 81a2、90a3、91b1、91b5、93b1、93b5、103b6、112a3、122b1、159a1、162a1、165a5、168b5.
19 Th(=O)は mahādāghaduh4kham4 とある。この読みは恐らく O(=Th)の誤写を含む。本稿で
は、Kn duh4kham4 を参照し、
+mahāduh
4kham4 と理解した。
20 Kn は nirgamanamanasikāram とある。この語の用例は Th、Kn を通じてこの箇所だけである。本 稿では Th(= O)の nirgamanaskāram は O の誤写と考え、Kn に倣って+nirgamanamanasikāram
と理解した。
21 Th(= O)に「:」が、Kn に二重ダンダ「||」が存在する。この場合、「:」は O の段落区切り を示すと考えられる。
22 Th(= O)に は Śāradvatīputra が、Kn に は Śāriputra が ほ ぼ 一 貫 し て 存 す る。EDGERTONは Śāradvatīputra が Śāriputra と同義語であり、O 散文にはほぼすべてに Śāradvatīputra が存すると説 明する(BHSD 526r)。古典期 Skt. 文献では Śāriputra、Śārisuta(Pāli 文献では Sāriputta)を用い る。Śāradvatīputra、Śāradvatīsuta(Th5a4に1箇所のみ存する)はOに特有な伝承の語と考えられる。 (23∼ ∼23) Kn は sarvān imān kumārakān とあり、異読を示す:O は sarvān4īmāni、残りの底本は
samāvartya[
m●]pīt
4hakena
26vā utsam
4gena
27vā-m-ādāyāsmād
∼24)gr
4hā(n) nirgaccheyam
4.
[73, 1]sa ca śāriputra purus
4
o balavān bhaved bāhubalikah
4| sa evam anuvicintayed aham asmi
[2]
balavān bāhubalikaś ca | yan nv aham
4
sarvān imān kumārakān ekapind
44ayitvotsan
4genādāyāsmād
gr
4 hā-[3]n nirgamayeyam |
そしてŚāradvatīputraよ、その男は力強く、腕力がある(
+bāhubalī)としよう(bhavet)。
彼はこのようによく考えたとしよう(
anuvicintayet)。「私は力強くて、腕力がある。い
ま私がすべてのこれら坊ちゃんたちを(
kumārakāni)一個所に(ekasmim)寄せ集めて
(
+samāvartya)、かごか前垂れかによって捕まえて、この家から(
+gr
4hān)外に出ると
したら(
nirgaccheyam)」。
[3]
sa punar evam anuvicintayed. idam
4
khalu niveśanam
4ekapraveśam
4(28∼
sam
4
vr
4[
t
]ta-ekadvāram. i=
[4]me ca
∼28)kumārakāś capalāś cam
4
calā bālajātīyā. mā
(29∼
haiva-m-ete
30kumārakāh
4panthe sam
4=
[5]
bhrramam āpadyeyur iti.
sa punar evam anuvicintayet | idam
4khalu niveśanam ekapraveśam
4sam
4vr
4tadvāram eva
ku-[4]
mārakāś capalāś cañcalā bālajātīyāś ca mā haiva paribhrameyuh
4
|
彼はさらに(
punar)このようによく考えたとしよう。「この屋敷は入口が一つで、一
つの門がすっかり覆われている(
+sam
4vr
4ta-ekadvāra-)。そしてこれら坊ちゃんたちはふ
ら つ い て(
capala-)、揺 れ 動 い て(
+cañcala-)、生 ま れ な が ら に し て 愚 か で あ る
(
bālajātīya-)。つまり、彼ら坊ちゃんたちが道に転がり落ちる(
+sam
4bhramam)ことに
陥らないように」と。
(24∼ ∼24) Kn は ekapind44ayitvotsan 4 genādāyāsmād「一個の団子にし[まとめ]て、前垂れで捕まえ て、この[家]から」とある。25 Th(= O)は kumārakāny ekasmim4 とある。Kn は kān e とあるが、「Kn の底本すべては kāny e
と読む」と異読を示す。この読みはThに等しい。Thを通じてkumārakāni(acc. pl. n.)はこの一
箇所に限られる。Kn は kumāraka- の文法的な性が m. であることを鑑み、過ちとみて+ kān と校
訂したと考えられるが、全 Kn 底本が kumārakāni であることに興味を引く。
26 EDGERTONはpīt4haka-「椅子」が pit4aka-「かご」の間違いと説明する(BHSD 346l)。本稿もこの
見解を採用した。 27 T. GOTŌ, “Ai. utsan4
ga- und Verwandtes”, Müenchener Studien zur Sprachwissenschaft 39, 1980, 13f.
(1. 4. (B)f.)はこの語が Pāli 文献の ucchan4
ga- に相当すると説明し、pit4aka- とともに用いられる
用例(Vin I 225, 13f.)を挙げ、意味を確定している(‘Heraushänge’「前垂れ」)。本稿もこの見 解と同様の用例と理解した。
(28∼ ∼28) Kn は sam4vr4tadvāram eva「門はすっかり覆われた[屋敷]があるのだ」とある。
(29∼ ∼29) Kn は haiva paribhrameyuh4「つまり彼らは転がり落ちるであろう」とある。
30 a-m-e は古典期 sandhi に存しない。Pāli と同様の sandhi である。O(=Th)は Pāli と同様に Hiatus を回避するために -m- を挿入している(cf. BHSG 4. 59)。Th における sandhi の特徴につ いては今後の研究を期したい(cf. 本稿本節注4、5、69)。
Th における sandhi a-m-e の箇所は以下の通り(17箇所):16b2、21b6、56a2、67b3、74b7、 78a4、95b7、144b6、186b2、187a5、208b1、271a5、279a4、283b7、284a2、359a7、380a6.
prapateyun
∼29)(31∼mahaty āgniskandhe
32. iha cānena mahatā ’gniskandhenā=
[6]nayā(d)vyasanam
āpadyeran
∼31). ya(m
4
) nv aham etān kumārakān sam
4codayeyam iti.
te nena mahatāgniskandhenāna-
[5]yavyasanam āpadyeran | yan nūnam aham etān
sam
4codayeyam iti
「彼らは落ちるかもしれない、大きな炎の塊に(
mahaty
+agniskandhe)。また、彼らはこ
こでその大きな炎の塊によって、不運のゆえに(
+anayād)、災難(vyasana-)に陥るか
もしれない。いま私がこれら坊ちゃんたちに指示するとしたら(
sam
4codayeyam)」と。
sa[
iti]pratisam
4
=
[7]
khyāya tān kumārakān āmantrayaty
33. āgacchatha
34(35∼bha[
ga]vantah
4
kumārakāho
∼35)nirgacchatha
36bha[
ga]vam
4
tah
4kumā=
[78b1]
rakā. ādīptam idam
4
gr
4ham
4maha[
m●
]tā
’gniska(m
4)dhena sam
4pradīptam
4. mā haiva
37(38∼
sarve yūyam atrānena maha=
[2]tā
’gniskandhena
∼38)(39∼cāham āsādyānayād vyasanam āpatsyatheti
∼39)·.
pratisam
4khyāya tān kumārakān āmantrayate
[6]
sma | āgacchata bhavantah
4
kumārakā
nirgacchata | adīptam idam
4gr
4ham
4mahatāgniskandhena | mā
[7]
haivātraiva sarve nena
mahatāgniskandhena dhaks
4yathānayavyasanam āpatsyatha ||
彼は計算して( pratisam
4khyāya)、彼ら坊ちゃんたちに語りかけた。「来い(āgacchatha)、
あなたたち(
+bhavantah
4)、坊ちゃんたちよ、外へ出ろ(
nirgacchatha)、あなたたち
(
+bhavantah
4)、坊ちゃんたちよ。この家は火がついて、大きな炎の塊によって(
+mahatā
+’gniskandhena)完全に燃え上がっている(sam
4pradīptam)。つまり君たちみんなは、こ
(31∼ ∼31) Kn は te nena mahatāgniskandhenānayavyasanam āpadyeran「彼らはこの大きな炎の塊に よって、不運な災難に陥るかもしれない」とある。
32 Th(=O)はmahaty āgniskandheとある。この語句は解釈困難である。本稿ではOの誤写と考え
mahaty +agniskandhe と理解した。
33 Kn は āmantrayate sma「語りかけたものだった」とある。
34 Kn は āgacchata とあり、「A、O は tha と読む」と異読を示す。Kn が示す O の読みは Th に等しい。
(35∼ ∼35) Kn は bhavantah4 kumārakāh4とあり、「B、Cb、O、K、W は bhagavantah4 kumārakāho と
読む」と異読を示す。Kn が示す O の読みは Th に等しい。
36 Kn はこの語に異読を示す:A、K、W、O は tha、Cb は ta と読む。Kn が示す O の読みは Th に 等しい。
37 Kn は haivātraiva「つまり他ならぬここに」とある。
(38∼ ∼38) Kn は sarve nena mahatāgniskandhena「皆はこの大きな炎の塊によって」とある。
(39∼ ∼39) Knはdhaks4yathānayavyasanam āpatsyatha「燃えるかもしれない、不運な災難に陥るかも
しれない」とあり、異読を示す:A、K、W は ye khalu punah4 vyasanam āpatsyadhvam4 を付加して
読 み、O has vāha(r. dāha)m āsādyānayād vyasanam āpatsyatheti. The correct Skr. form is dhve と Kn の注にある。
Kn が示す O の読みは Th と異なる。ここは Kn の誤写が考えられる(渡辺は「本田・出口『西 域出土梵文法華経』の写真と対比してみると誤記が発見される」としている(渡辺照宏、前掲 論文 80f.「一 法華経の原典とは何か」))。
こで、そして、この大きな炎の塊によって―私が近づいて―不運のゆえに、災難に陥
らないように」と。
atha te kumārakās tasya
[3]pitur hitakāmasyaitad bhās
4
itam
4 (40∼nāvabudh(y)am
4ti
41no(t)trasam
4ti
∼40)na sam
4
trasam
4ti na sam
4trāsa=
[4]
m āpadyam
4ti ·
(42∼nodvijam
4ti na cintayam
4ti na
nirgacchanti
∼42)·
(43∼na tulayam
4ti
∼43)tapite
44na jānam
4ti ·.
atha khalu te kumārakā
[8]evam
4
tasya hitakāmasya purus
4asya tad bhās
4itam
4nāvabudhyante
nodvijanti
+nottrasanti na
[9]sam
4
trasanti na satrāsam
45
āpadyante na vicintayanti na nirdhāvanti
nāpi jānanti na vijā-
[10]nanti
次に彼ら坊ちゃんたちは、そのためを思っている(
hitakāma-)その父が語ったこの
ことに気づかない(
+nāvabudhyanti)、震え上がらない(
+nottrasanti)、まったく恐れ震
えない(
+sam
4trasanti)、完全な恐怖に(sam
4trāsam)陥らない(
+āpadyanti)、びくつか
ない(
+udvijanti)、考えない(
+cintayanti)、外へ出ていかない、熱せられることについ
て考量しない(
+tulayanti)、認識しない。
kim etad ā=
[5][
n]dīptam
4
nāma ko vā
’gnir nāmany
46
agāram
4
vā. te tayā bālabhāvatayā tena
[
tayā bhena] tena pra[
d]dhāva(m
4
)=
[6]
ti · vidhāvam
4
ti:
47
. punah
4
punaś ca tam
4pibharam
48
avalokayam
4ti · tat kasya hetor yathā
’pi tad bālabhāvatayā.
kim etad ādīptam
4nāmeti | anyatra tenatenaiva dhāvanti vidhāvanti punah
4punaś ca tam
4pita-[11]
ram avalokayanti | tat kasya hetoh
4
| yathāpīdam
4bālabhāvatvāt ||
名をもってすれば(
nāma)この火がついたとは何か、あるいは個々に名をもってすれ
(40∼ ∼40) Kn は nāvabudhyante nodvijanti nāttrasanti(Kn の Errata:+nottrasanti)「気づかない、び
くつかない、泣きわめかない」とある。また Kn の Errata に“Page 73 >> 3”とあるが、これは “Page 73 >> 8”の誤植である。
41 Th(=O)に nāvabudh(y)am4ti とある。古典期 Skt. では Kn nāvabudhyante が期待される(参照、
本稿本節注13)。
(42∼ ∼42) Kn は na vicintayanti na nirdhāvanti「分別しない、走り出ない」とある。
(43∼ ∼43) Kn は nāpi jānanti とあり、異読を示す:O は na tulayanti と読む。Kn が示す O の読み は Th に等しい。
44 Th(= O)は tapite とある(この箇所のみ)。√tap の過去分詞形なら、古典期 Skt. では tapte が 期待される。EDGERTONは MV III 102, 13の tapyita-(或いは写本の tappita-)に対して SENARTが
tapita- と校訂したと説明する(BHSG 214l)。
45 Kn は satrāsam とあるが、Errata で+sam
4trāsam と直す。 46 Th(=O)は nāmany とあるが不明な語である(この箇所のみ)。本稿では O の誤写と考え、 +nāmāny(acc. pl. n.)と理解した。 47 O に「:」が存在する。段落区切りを示すと考えられるが、不明な記号である。 48 Th(=O)はpibharamとあるが不明な語である(この箇所のみ)。本稿ではKn pitaramを参照し て+pitaram と理解した。
ば(
+nāmāny)火あるいは家とは何か。彼らは、その愚かな性質ゆえに(bālabhāvatayā)、
それぞれに(
tena tena)走り出し(
+pradhāvanti)、走り散る(
+vidhāvanti)のである。
そして繰り返しその父(
+pitaram)に視線を向ける(
+avalokayanti)。それはなぜか。そ
れはつまり愚かな性質によってである。
[7]
atha khalu śāradvatīputra sa purus
4
ah
4punar apy evam anuvicintayat
49
. ādīptam
4
batedam
4bhiveśanam
450
mahatā
[79a1]’gniskandhena sam
4
pradīptam
4. mā haivāham
4ceme
(51∼
na bāladārakā
ihaivānaina
∼51)(52∼ma=hatā
’gniskandhenā=
[2]nayā(d) vyasanam āpadyeyāma
∼52):
53yan
nūnam aham upāyakauśalyam
4kuryā(d), yenopāyakauśalyen
4emām
4dā=
[3]
rakān
(54∼ito g
r4
hāt
sahato
’gniskandhā(n) nis
4kāsayeyam
∼54)
.
[12]atha khalu sa purus
4
a evam anuvicintayet | ādīptam idam
4niveśanam
4mahatāgniskandhena
[13]
sam
4
pradīptam
4mā haivāham
4ceme ca kumārakā ihaivānena mahatāgniskandhenānayavyasanam
āpatsyā-
[14]mahe | yan nv aham upāyakauśalyenemān kumārakān asmād gr
4
hān nis
4krāmayeyam |
次に、Śāradvatīputra よ、その男はさらにまた(api)、このようによく考えたのだ。
「ああ何と(
bata)、この屋敷(
+niveśanam
4)は火がついて、大きな炎の塊によって、完
全に燃え上がっている。つまり私とこれらの幼い子供たちが、ちょうどいまこの
(
+ihaivānena)大きな炎の塊(
+’gniskandha-)によって、不運のゆえに、災難に陥らな
いように(
āpadyeyāma
55)、直ちに(
nūnam)私は善巧方便(upāyakauśalya-)をなすと
したら(
+kuryād)、その善巧方便によって、これら子供たちをここから、家から、力
49 Kn は anuvicintayet「よく考えたとしよう」とある。Th(=O)は anuvicintayat とある。Mv 散文 では augment を失うことが一般的であり(BHSG 32. 2)、ここでも augment を持たない caus. 3. sg. impf. act.(cf. BHSG 32. 4)と理解できよう。50 Th(=O)は bhiveśanam4 とあるが不明な語である(この箇所のみ)。本稿では Kn の対応箇所に
niveśanam4 とあるのを参照して
+niveśanam
4 と理解した。
(51∼ ∼51) Kn は ca kumārakā ihaivānena とある。Th は、Kn ihaivānena に対して ihaivānaina と読む
(類例は他に Th 80b6 buddhayānainaiva のみ)。本稿では Kn の対応箇所を参照しつつ+ihaivānena
と理解した。
(52∼ ∼52) Kn は mahatāgniskandhenānayavyasanam āpatsyāmahe とあり、「O は nayā vyasanā vya と ある」と異読を示す。Kn が示す O の読みは Th と異なっている。ここは Kn の誤写が考えられ る(cf. 本稿本節注(39∼ ∼39))。
53 Kn はここにダンダ「|」があり、O は「:」が存在する。この場合、意味上の一区切りを示すも のと考えられる。
(54∼ ∼54) Kn は asmād gr4hān nis4krāmayeyam「この家から外へ出すとしよう」とある。Kn は
nis4krāmayeyam に異読を示す:O は nis4kāsayeyam4 と読み「Kn, p. 76, l. 10と比較せよ」(76, 10
nis4kāsitā)とある。Kn の指摘する O の読みは Th に等しい。
55 Th(=O)はここに āpadyeyāma とある。これは MIA 的語法 1. pl. opt. act. と考えられる(BHSG 29. 33)。これに対して、Kn は古典期 Skt. で期待される āpatsyāmahe の形をとる。同様の例は ほかに3箇所に存する:Th 156b3 anuprāpuneyāma(163, 2 anuprāpnuyāmo)、230a5 paśyeyāmo(242, 1
ずくで(
sahato)、炎の塊から(
+’gniskandhān)、外に現わし出すとしたら(nis
4
kāsayeyam)」。
sa ca śāradvatīputra purus
4as tes
4ām
4kumāra=
[4]
kānām āśayajño bhaved.
(56∼adhimuktiś
57cais
4ām
4jānīyāt
∼56)
. yāni yāni ca tes
4
ām
4kumārakānām
4[5](58∼
krrīd
4
āpanakāni
∼58)
bhaveyur.
vividhāny anekavidhāni raman
4īyakāni kes
4ām
4cid garathakā=
[6]
ni
59ist
4 4
āni bhaveyu
60
·. kes
4
ām
4cin
m
r4garathakāni kes
4ām
4cid ajarathakāni tes
4ām
4ist
4 4hāni
61
ca kāntā=
[7]ni ca priyān
4
i ca manāpāni
62
ca bhaveyus. tāni ca durrlabhāni bhaveyur.
sa ca purus
4as tes
4ām
4[15]
kumārakān
4
ām āśayajño bhaved adhimuktim
4ca vijānīyāt | tes
4ām
4ca
kumārakān
4ām
a-[74,1]
nekavidhāny anekāni krīd
4
anakāni bhaveyur vividhāni ca raman
4īyakānīst
4 4āni
kāntāni priyān
4i
manaā-[2]
pāni tāni ca durlabhāni bhaveyuh
4
|
そしてŚāradvatīputraよ、その男はその坊ちゃんたちの願いを認識する(āśayajña-)こ
とになるであろう(
bhavet)。そして、彼らの意向(adhimukti-)を認識することになる
で あ ろ う。そ し て、彼 ら 坊 ち ゃ ん た ち に、そ れ ぞ れ(
yāni yāni)遊 び 道 具 た ち
(
+krīd
4āpanakāni)があるように(bhaveyur)。さまざまな数多くの種類の喜ばしい、牛
(56∼ ∼56) Kn は adhimuktim4 ca vijānīyāt「そして意向を識別することになるであろう」とある。57 Th(=O)は adhimuktiś とある。EDGERTONは nom. sg. の iś が acc.sg. として用いられることが
あると説明する(BHSG 10. 60)。本稿はこの見解を採用した。
(58∼ ∼58) Kn は anekavidhāny anekāni krīd4anakāni「数多くの種類で数多くの遊び道具たち」とあ
る。Kn は krīd4anakāni に異読を示す:Ca、O は d4āpana と読む。Kn の示す O の読みは Th に等
しい。
59 Th(=O)は garathakāni と読む(この箇所のみ)。Kn はこの箇所の対応を欠いている。但し、 語順が異なるものの類似並行句が Kn 75, 4、Th 80b5に存する。本稿では O の誤写と考え、類似
並行句に倣って+gorathakāni と理解した。
60 Th(=O)は bhaveyu とある。通例、古典期 Skt. では bhaveyur が期待される。EDGERTONは3. pl.
opt. / aor. の u が Mv 散文に存すると説明する(BHSG 26. 18)。bhaveyu は Th には偈文で5箇所
(①)、散文で3箇所(②)に在証される。このうち韻律上の制約からbhaveyu としているかと考
えられるのは2箇所(③)である。他の Th の偈文は bhaveyu、bhaveyuh4( s / r)のどちらでも
韻律に適合する。
上の出典箇所① ③は以下の通り:①Th 64a1、90a3、126b6、187b4、270b5;②Th 79a6、182b3 (bhaveyu(h4))、309b2;③ Th 126b6(tato nast4 4ā bhaveyu te: – – – – –)、270b5(yam4 śrutva
bodhāya bhaveyu lābhinah4:– – – – – – – –).
61 Th(=O)は ist4 4hāni と読むが解釈困難である。Kn に対応箇所がないが、この箇所の前に ist4 4āni
bhaveyu(cf. 本稿本節注60)とあるのを参照して+ist
4 4āni と理解した。
62 Th(=O)は manāpāni とあり、これは Pāli と同語形である(DOP 519r)。古典期 Skt. では、Kn
散文に見られるように、manaāpa- が期待されよう(PW V 518)。
Mv 及び Th(偈文では1箇所(Th 92a6)、散文で4箇所(Th 79a7、79b5、80a3、81b2))ではす
べての出典箇所でmanāpa- であり、manaāpa- は存しない。一方 Kn では散文5箇所(Kn 74, 5、
74, 10、76, 1、366, 9、366, 9)に在証されるが、全て manaāpa- である。
manaāpa- に Kn は異読を示す:B, Cb, O, K, W は mānāpāni、Ca は mānaāpāni と読む。Kn が示 す O の読みは Th に等しい。
の車たち(
+gorathaka-)は、誰にとっても望み(ist
4 4a-)のものとなろう(
+bhaveyur)。
誰にとっても鹿の車たちは、誰にとっても羊の車たちが望みのもの(
+ist
4 4āni)で、愛お
しく(
kānta-)、好ましく(priya-)、意に適う(manāpa-)ものとなろう。そして、そ
れらは得難い(
+durlabhāni)ものとなろう。
atha khalu śāradvatīputra sa
[79b1]purus
4
as tes
4ām
4kumārakānām āśayam
4jānamānos
63
tato
niveśanān nirgamya tān kumārakān
(64∼evam
4
vade=
[2]
t
∼64). yāni tāni bhoh
4
kumārakā yus
4mākam
4krrīd
4āpanakāni raman
4īyakāny āścaryākān
4y adbhuta=
[3]
kāni yes
4
ām
(65∼
alābhāya
66yūyam
4
sam
4tāpam āpadyatha
∼65)
· (nā)nāprakārān
4
i bahuprakāravarn
4āni ·.
atha kalu sa purus
4as tes
4ām
4kumārakān
4ām āśayam
4jānam
4s
tā-[3]
n kumārakān etad avocat | yāni
tāni kumārakā yus
4mākam
4krīd
4anakāni raman
4īyakāny
āśca-[4]
ryādbhutāni yes
4
ām alābhāt
sam
4tapyatha nānāvarn
4āni bahuprakārān
4i |
さ て、Śāradvatīputra よ、そ の 男 は そ の 坊 ち ゃ ん た ち の 願 い を 認 識 し な が ら
(
+jānamānas)、それから屋敷から外へ出て、その坊ちゃんたちにこのように語るとし
よう。「あなたたち、坊ちゃんたちよ、君たちにとって、遊び道具たち(
+krīd
4āpanakāni)
は、喜ばしい(
raman
4īyaka-)、あり得えない(āścaryāka-)、不可思議(adbhutaka-)な
もので、それらを得ずに君たちは苦痛(
sam
4tāpa-)に陥っている、さまざまな(
+nānā-)
種類(
prakāra-)で、多くの種類の色(varn
4a-)がある。
tad ya=
[4]thā
(67∼gorathakāni · m
r4
garathakāni · ajarathakāni
∼67)
· yān
68yusmākam ist
4 4
āni
kāntāni priyā=
[5]n
4
i manāpāni. sarvān
4i tāni krrīd
4āpanakāni mayā bahir niveśanadvāre
upasthāpitāni.
[6]yus
4
mākam
4krrīd
4āpanaheto
69
· .
tadyathā gorathakāny ajaratha-
[5]kāni mr
4
garathakāni | yāni bhavatām ist
4 4āni kāntāni priyān
4i
63 Th(=O)は jānamānos とあるが解釈困難な語形である。本稿では O の誤写と考え nom. sg. (+jānamānas)と理解した。
(64∼ ∼64) Kn は etad avocat「このことを語った」とある。
(65∼ ∼65) Kn は alābhāt sam4tapyatha とある。Kn は sam4tapyatha に異読を示す:K, W は dhve、O
はsam4tāpam āpadyatha と読む。Kn の示す O の読みは Th に等しい。
66 Th(=O)は alābhāya とある。古典期 Skt. では√ labh は loc. か acc. を取ることが期待される。本 稿ではこの箇所の gen. を objective gen. と理解した。
(67∼ ∼67) Kn は gorathakāny ajarathakāni mr4garathakāni とある(cf. 本稿本節注59)。
68 Th(=O)は yān(この箇所のみ)とあるが解釈困難である。古典期 Skt. では acc. pl. n. が期待
される。ここは O の誤写と考え、Kn yāni を参照して+yāni と理解した。
69 Th(=O)はこの箇所のsandhiを o · n とする。古典期sandhiでは or n が期待される。EDGERTON
は例として Mv I 39. 8 bhiks4o;II 222, 12 vālaheto を引用し、MIA における o は古典期 Skt. の gen.
sg. os / oh4 を意味すると説明する(BHSG 12. 37)。本稿はこの見解を採用し、この o を gen.
manaāpāni tāni ca mayā
[6]servān
4