102 運輸と経済 第78巻 第4号 ’18. 4
海外トピックス
はじめに
2018 年2月 15 日,SNCF(フランス国有鉄道)
改革を示唆する「鉄道輸送の将来に関する報告書
(Rapport sur l’avenir du transport ferroviaire)」1)が,
フランスの高級官僚ジャンシリル・スピネッタ氏2)
からエドゥアール・フィリップ首相に提出された。 フランス国内旅客鉄道の市場開放に向けた本格的 な動きが 2019 年に開始するのを前に,政府や鉄 道関係者の間では「現在の状態では SNCF の競 争力が低く,国内旅客鉄道市場は国外競合他社に 席巻されることが大いに予想される」という危機 感がつのっていた。このような状況を前に,政府 からの依頼を受けてスピネッタ氏が提出したのが, この報告書である。報告書の提出から4日後の 2月19日には,フィリップ首相およびエリザベー ト・ボルヌ運輸担当大臣,SNCF 各社総裁,各鉄 道労働組合の委員長が集まり,スピネッタ氏の報 告書をもとに鉄道改革に関する議論が行われた。 さらに7日後の2月 26 日,スピネッタ氏の報告 書 と 19 日 の 議 論 を も と に「 新 鉄 道 協 約(Un nouveau pacte ferroviaire français)」3)が起案され,
フィリップ首相から発表された。発表された新鉄 道協約は,実際には「新鉄道協約草案」であり, 今後議会における審議・修正を経て,成案化を目
指す。SNCF は,フィリップ首相発表の新鉄道協 約を「新鉄道協約締結に向けた改革案(Projet de réforme pour un nouveau pace ferroviaire français)」 としており,本稿でも内容の混乱を避けるため「改 革案」と称する。この改革案では,SNCF と国お よび SNCF と労働者(鉄道従事者)間の協約の改 定と,SNCF の組織再編が提案され,新たなフラ ンス鉄道改革に向けた動きが迅速に進められよう としている。本稿では,この改革案の内容を,改 革案発表会見でのフィリップ首相の発言も交えて 紹介する。
1
.改革の必要性:現状における問題点
フィリップ首相が発表した改革案では,国内旅 客鉄道の市場開放開始以前の問題として,フラン スの鉄道事業の現状について以下の点が説明され ている。
(
1
)公共サービスとしての鉄道の必要性日々 400 万人の人々がフランス国内を鉄道で移 動しており,国土整備の要として鉄道は必要不可 欠である。
(
2
)鉄道事業にかかる費用の増大鉄道運営に必要な費用は国内の警察・警備にかか
フランスの新たな鉄道改革に向けた動き
石
いし
島
じま
佳
か代
よ調査研究センター研究員
1) 全 127 ページ。
2) 1997 年から 2013 年まで,Air France グループや Air France-KLM,Air France の総裁や最高顧問を歴任。 Air France グループ総裁時代に Air France の民営化と経営立て直し,KLM の買収・合併を実現。
103 海外トピックス る費用よりも多く,ここ10年で22%増加している。
(
3
)鉄道サービスの質の低下フランスでは列車遅延の割合がドイツやオラン ダの2倍に上る。また,利用者への情報提供も不 十分である。
(
4
)鉄道事業に対する国の投資の不足と
その影響
インフラの老朽化が進んでいる。高速鉄道
(TGV)に関しては,現在の設備年齢は 30 年に達 しており,そのため高速鉄道の走行速度が 20% ほど低下している。
(
5
)鉄道事業における莫大な負債鉄道事業における負債は毎年 30 億ユーロ増加 しており,負債の利息分だけで毎年 15 億ユーロ に上る。
2
.改革案の要点
この改革案発表にあたり,フィリップ首相は「こ れまでどおりという選択肢はない。これまでの方 針のままでは,公益事業としての鉄道の存続がお びやかされるだけである。あまりにも長い間,わ れわれは SNCF を改革する勇気を持てずにいた」 と述べている。改革にあたっては,SNCF の負債 の増加とサービスの質の低下,そして顧客の要望 に柔軟に対応できない現在の組織体制を改善し, 最高の鉄道公共サービスの提供を可能にすること を目指すという。この改革案では,国と SNCF, 鉄道従事者の新しいあり方と関係性が提案されて おり,SNCF の抜本的な改革だけでなく,国の鉄 道事業への関与の度合いや,これまで優遇されて
きた鉄道従事者の労働協約内容の変更も盛り込ま れている。具体的には,改革案の要点は以下の4 点である。
(
1
)
SNCF
の新体制確立
◦ より効率的で柔軟性のある組織への変革。現在 の3つの公施設法人4)体制ではグループ内が分
断されており,事業をより一体的に行える体制 が必要。
◦ SNCFの完全な国営化についての検討は行うが, 民営化についての検討は行わない5)。「SNCF
は公益事業提供を目的とした公企業である。 これはフランスの遺産であり,継続すべき使 命である。」(フィリップ首相談)
(
2
)鉄道従事者の労働協約内容の段階的な変更
◦ 現在の鉄道従事者の労働協約は,継続的雇用(解 雇をしないこと)の保証,定年退職年齢の設定6),
給与や昇進に関しての特別規則などが,一般的 な労働協約に比べてかなり優遇された内容に なっている。
◦ 現在の鉄道従事者の労働協約内容は変更しない。 ◦ 今後採用する職員の労働協約内容を,徐々に一
般的な労働協約に則したものに変更していく。
(
3
)SNCF
の事業効率向上◦ 現在の SNCF は,ヨーロッパの他鉄道事業者 に比べ 30% ほど事業効率が劣るため,事業効 率向上と,費用削減の必要がある。
◦ それぞれの部門がより多機能的で柔軟に業務を 遂行できる体制を整える。
◦ より現場に即した決断を下せるような組織構造 に変革する。
4) 正確には商工業的公施設法人(Etablissement public à caractère industriel et commercial = EPIC)。日本で言う ところの公企業にあたる。ここで指す「3つの公施設法人」は, SNCF(親会社。グループの統括・管理), SNCF Réseau(インフラ部門担当), SNCF Mobilités(輸送サービス部門担当)の3社。
5) 2月 15 日提出の報告書にて,スピネッタ氏は SNCF の株式会社化(民営化)を提言。一方,フィリップ首相 は会見において,SNCF の民営化を完全否定した。
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(
4
)国内旅客鉄道市場開放に向けた
SNCF
の競争力増強
◦ 国内旅客鉄道市場開放に向けた,有機的な競争 力の増強が必要。
◦ 鉄道従事者の適切な労働協約を策定すると同時 に,鉄道従事者・SNCF・地域圏7)に関する新
しい規定を確立する。
◦ 国はこの先 10 年間,インフラ刷新費用として 毎年 36 億ユーロ8)を投資する。
◦ SNCFは継続的に負債返済を行う努力をするが, 5年後までに国がその残額(全部または一部)
を引取り,支払う。
◦ 利用客の少ない路線の廃止は行わない9)。利用
客の少ない路線に関しては,15 億ユーロを投
資して路線や駅の設備向上を図る。
3
.
新鉄道協約採択に向けた法整備と
審議日程
国内旅客市場開放開始までの期間が短いため, 上記の改革案は 2018 年の夏前までに成案化し, すぐに実行に移していくという。迅速な改革実行 を実現するため,改革案には法整備と審議進行の 具体的な日程も記されている(以下の日程は,2月 時点)。
(
1
)法整備① 新鉄道協約が適用可能となるような法整備計 画を,政府は3月中旬に議会に提出する。 ② 上記と並行して,3月と4月に議会で改革案
写真 SNCFの駅と列車 撮影:交通経済研究所 遠藤俊太郎
7) 地域圏における鉄道路線(都市内の地下鉄,路面電車は除く)については,鉄道輸送サービスの主体的権限が地 域圏行政に委ねられた「鉄道運営の地域圏化」が 1997 年から導入されている。鉄道運営の地域圏化の実施に おいては,必要とするサービス基準(運行ルート,運行頻度,サービスの質など)を地域圏行政が決定し,鉄道 事業者と平均7〜8年の鉄道事業契約を結び,実際の列車運行は鉄道事業者が行う。また,従来国が鉄道事
業者(SNCF)に交付していた地方旅客輸送サービスに対する補助金は地域圏に交付され,地域圏が鉄道運営
の経費を鉄道事業者に支払う形となる。 8) 直近 10 年の実績と比較して 1.5 倍の費用。
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交通経済研究所
の審議を行い,5月初旬までにはすべての審 議を終了させる。これに伴い,必要・不要な 法律を精査し,法整備に反映する。
③ 審議が停滞した案件については,政府主導の 下,法整備を進めていく。
(
2
)審議日程① 3月中(終始):市場開放に向けた高速鉄道 とその他の鉄道における対策と改革について の審議
② 3月中旬:SNCF の組織改革についての審議 ③ 4月初旬:鉄道従事者の労働協約改定につい
ての審議
おわりに
フランスでは,1997 年と 2014 年にそれぞれ鉄 道改革法が成立し,それに伴って SNCF の組織 改革も行われている。直近では 2014 年の鉄道改 革法成立を受け,2015 年1月 1 日に新体制の SNCF グループが発足したばかりである。一方, 2017 年5月に大統領に就任したエマニュエル・ マクロン氏は,大統領選の選挙活動期間中から 「SNCF の負債は一企業の負債ではなく,国の負 債だ」「自分が大統領に就任した際は,これまで の SNCF の負債を国が引き継ぐ政策を行う」と の意向を示しており,大統領就任直後の7月1日 には,高速列車内で「国が SNCF の負債を肩代 わりし,代わりに現在他業種に比べて優遇されて いる鉄道従事者の定年退職制度を,他業種同等の レベルにする」という SNCF 改革構想を語った ということも報じられている。この報道以降,ス ピネッタ氏の報告書の提出までは,鉄道改革に向 けた動きについては全く表沙汰にならなかったが, スピネッタ氏の報告書提出を皮切りに事態が一気 に進行している点から,すでに綿密な準備が着々 と進められていたことが推察される。
フランスでは国有鉄道だけでなく,地域内のバ スやシェア自転車なども含めた公共交通全般を公
益事業と捉え,「公共交通の利便性の維持・向上 は国や地域が支え,実現する」というスタンスで 政策が進められている。今回発表された改革案に おいても,① SNCF の負債を国の負債とし,一 企業にその責任のすべてを負わせない,②公益事 業を担ってきた企業の民営化は行わない,③利用 客の少ない路線の廃線は行わず,むしろそれらの 路線の設備向上を図る,④これまで以上に国が補 助金を投入し,大規模なインフラ刷新を行う,と いった点に,フランスにおける公共交通政策のあ りかたが非常によく反映されているように思われ る。
大胆な改革案でも議案発表から決議,採択,実 行までがスピーディに行われるのがフランスであ る。まだ改革案発表の段階ではあるが,今後どの ようなタイミングで,そしてどのような形で「公 益事業としての鉄道の存続」が図られるのか,そ の動向に引き続き注視したい。
[参考文献]
[1] France Inter (2017), Emmanuel Macron veut échanger la dette de la SNCF contre de profondes réformes. (9月7日記事)
[2] Gouvernement français (2018), Un nouveau pacte ferroviaire français.
[3] International Railway Journal (2018), French government launches SNCF reform project.
(2月 20 日記事)
[4] Jean-Cyril SPINETTA (2018), L’avenir du Transport ferroviaire.
[5] La Vie du Rail (2017), Les programmes transport des candidats. (4月7日号)
[6] Le Monde (2017), Les projets radicaux d’Emmanuel Macron pour ≪ réinventer ≫ la SNCF.(9月5日記事)