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「色のある現実jを求めて

一東ドイツの雑誌 WSIBYLLEl!にみる女性後一

人間教育専攻 人間形成コース

渡 遺 慶 子

研究の目的

近年、女性雑誌は女性に大きな影響を与える ものとして研究が進められている。研究は、雑 誌の比較分析から社会における女性雑誌の役割 や意義に関する研究が多くあげられる。しかし、

東ドイツの刻鵠髭志を対象とする研究は少ない。

管見によれば、重野純子「婦人雑誌 WSibyllelJ に見る60年代の東ドイツJ(2005)がまとまった 成果を出しているにすぎない。

重野は、 WSibylleJIが東ドイツの女性像につ いて「新しい女」を創ることを目指し、それを 成功したと論じている。それは、大型ファッシ ョンピノレの前で、ポーズをとる華やかな女性では ない。 暗い路地やガスタンクなど日常的な風景 を背景にさつそうと歩く、自立した「力強し、女J だとしている。このように「力強い女」をの視 点が強調されているが、旧東ドイツのような社 会主義国における女性の持つ 女性らしさ"に 関する分析は弱い。

上述のように、先行研究では 60年代の WSibyllel!の分析から東ドイツという社会を考 察するとともに「力強い女j との女性像を浮か び上がらせた。確かに、 WSibyllel!には、力強 い女性を初梯とさせるような写真がある。その 反面、笑顔でやわらかい安清や愛矯のある写真

がある。

また、 WSibyllel!は60年代から70年代にかけ て写真の雰囲気や内容構成が変化し℃いる。こ

指 導 教 員 木 内 陽 一

の変化に伴って東ドイツの女性像も変化してい るのではなし、かと考える。

したがって、本論文では、女怯像のー側面でも ある 女性らしさ"の視点に着目し、雑誌の写 真分析ーから女性像の変遷を考察している。

写真分析

60年代と 70年代の孝信志では、当時の社会政 策や情勢が写真に反映されていた。 60年代での 出来事では、ベルリンの壁の構築や法の制定が 進められた。ベルリンの掛蕎築の前年では、東 西の往来口となったブPランデンブ、ノレグ門の前で、

熊のぬいぐるみを片手に持った写真が見開きで 掲載されてい丸熊はベルリンの国旗にあるよ うに、ベノレリンを象徴するものの一つで、あるO

さらに、 60年代半ばに入ると、政府が女性の労 働を推進したととから、来信志には「現代の女性」

としづ特集が組まれることとなる。そこには、

工場で働く女性や、医師、樹市として働く女性 が掲載されている。そこでは、女性が男性に混 じって中心的に働いている写真が印象的である。

働く姿以外には、男性と子どもとともに並んで 写真に写り、家庭をもっている姿がある。また、

女性が通勤中だと,思われる写真の背景には、建 設中のまちが写っているO このような特集から は、社会で働き、家庭を持ち家事や育児をこな す女性が東ドイツにおける公式見解の女十到象で

あることが読み取れる。

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- 18 - ちなみに、 SEDの女性委員会が女性雑誌諜識 に適さないとしたものは、透けたブラウスやミ ニスカート、高価な毛皮のコート、後姿や暗い 衰情の女性である。それは、官能的なものや豪 著を想起するようなものや、東ドイツの幸せな 女性像から遠ざかるような写真は「タブー」と されていたためである。したがって、創刊当初 から60年代初めのころは、ジャケットにスカー トといったフォーマノレで、露出度の低い格好が多 かった。しかし、ウルブリヒトが政権を握るよ うになってからは、衣服の変化が見られた。そ れは、肩が出ている服やミニスカートの服、ま た、透けたブラウスを着ている女性の写真が掲 載されるようになったので、ある。

60年代後半は、東ベルリンの街の建設が進ん だ時期であり、集合住宅をはじめ、道路、テレ ピ塔が完成しkoテレビ塔が完成した直後は、

テレビ塔が複数枚の写真に写ってし、る。テレビ 塔は東ベノレリンのどこからでも見えるものであ り、それは、東ドイツに暮らす人々の心のより どころともなっていたのである。

70年代は、ウルブリヒト樹齢もホーネッカ 一政権へと変わる時期である。新体制になり、

新経済政策に加えて文化政策の自由化も進めら れた。文化政策の自由化に伴って、文学作品で は社会体制を批判する作品も誕生した。そして、

~SIBYLLEj]においても、それまで「タブーj と されてきた、後姿の女性やミニスカートなど露 出度の高い衣服も登場するようになったので、あ る。

また、60年代に特集されていた「現代の女性」

はなくなり、それに代わって、一人の女性の流 行に視点を置いた特集が組まれるようになったD

そこには、個人のプライベートの写真が半分以 上掲載されるようになっており、働いている写

真は一枚から二枚となり、小さく掲載されてい るだけである。 70年代は自己決定や自己実現の 欲求が高まり、社会主義国に鞘致的な参加への 拒否が起こったようであるが、その価値観の変 化が誌面にも表れていると考察する。

おわりに

社会の政策、状況が ~SIBYLLEj]には反映され ていた。写真の背景やモデルの衣服なども時の 路邑とともに変わり流行の影響を受けている。

流行とともに衣服や髪型は変化しているが、

~SIBYLLEj]には一貫して“女性らしざ'または、

美しさ"のような魅力を感じる女性が登場す る。それは、スタイノレが良くて高価な服やアク セサリーを身につけているとし、う理由ではない。

擦とした力強さや笑顔で柔らかな表情から浮か び上がる美しさである。その美しさの背景には、

東ドイツという社会体制の中で、培われた人間 の内面性が映しだされているのだろう。それは、

働くことによって培われた社会性、家事や育児 をすることによって培われた、大切な人をまも り育もうとする母性による美しさであり、女性 らしさである。

食べるものと住む場所を与えられ、そのほか の余暇を楽しむということに制約が柄生した社 会において、余暇を楽しむ「遊び心」を~SIBYLLEj]

は女性のしぐさによって表現していた。

~SIBYLLEj]が女性の支持を得たのは、「色のあ る現実」が表現されていたからであろう。また、

その「色Jは流行によって色あせることのない 個々人の内面の美しさで、ある。物が溢れる現代 において、人間をみること、人間の内面の美し さを考えること、忘れないとし、うことにおいて、

~SIBYLLEj]は貴重な女御齢であろう。

参照

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