精神科病棟の日常的な看護場面に発生する患者の攻撃と暴力
― 与薬場面と食事場面で発生した事例の検討 ―
岡 田 実
1)要旨:本研究では,女性看護師が準夜勤に病室で与薬しているとき,患者にナースキャップを剥ぎ取 られた場面と,朝食時に味噌汁を盛りつけていたデイルームで,患者に味噌汁をかけられてしまった
2 つの場面を検討した。結果,次の 2 点が示唆された。
(1)患者からの攻撃は,与薬や食事の配膳などの日常的な看護場面を背景に繰り出されていた。日 常的な援助場面における患者-看護師関係を見直すことが,暴力への進展を防止する重要な活動にな る。
(2)病状の変化しやすい患者からの意表をつく暴力は,患者の隠れた病状の変化が原因になってい ると考えられる。このような事例では,看護師が個々の感受性を働かせ,病状が変化しやすい患者に 対してはコミュニケーションを通じてリスクを減じる必要がある。このようにして病状変化やその可 能性を見極めることができれば,突発的な攻撃の回避につながる。
キーワード:精神科病棟,日常的な看護援助場面,患者-看護師関係,意表をつく攻撃や暴力
Ⅰ.は じ め に
医療従事者や医療機関に無離難題な要求を突きつ け,言葉で威嚇し,場合によっては医療従事者に身体 的な暴力を向ける患者を “モンスターペイシェント”
と呼んでから久しい。医療関連雑誌では,「医療安 全」(2007)が医療機関でのクレームマネジメントの 実態と組織的な対応を特集したのを皮切りに,「看護」
(2008)が患者の暴言や暴力の実態と院内暴力への対 応を特集している。医療従事者にとって,病院はもは や安全な場所ではないということが共通認識になって いることを示している。また,和田耕治編集(2008)
による医療機関の安全・安心な医療環境づくりを目指 した単行本が,医療機関に言語的暴力や身体的暴力が 広範に広がっていることを反映している。
このように言語的・身体的暴力が最近の一般医療に おいて稀ではないことが示される一方で,精神医療は 精神衛生法時代から臨床現場に発生する自殺や離院な どの重大な事故のひとつとして,暴力と向き合ってき
た経験がある。したがって,精神医療では早くから暴 力に組織的に対応する経験を蓄積してきたと言える。
暴力による身体的傷害を伴う救急場面への対応は,
精神科看護師が熟練することを求められる専門的なス キルのひとつである。筆者は暴力を中心とした患者の 救急・急性期状態への対処を,精神科看護師であれば 誰でも実践できなければならない専門的スキルという 観点から,その言語化を試みた(岡田,2007,2008)。
また,精神科病院で発生する暴力の状況要因に患者-
看護師間の対立状況があることに着目し,患者-看護 師間に発生している対立場面を調査(菅原,岡田,
2010ab)した。そして,対立場面が精神科病棟のど こで(場所),いつ(時間),どんなことをめぐって(内 容)発生しているのかを明らかにし,暴力の防止につ ながる対処策を提案した(岡田,2011,2012)。さらに,
暴力に遭遇した臨床経験を看護師個々に尋ね,暴力に 遭遇した場面を状況説明図に描き場面や状況のストー リー化を図り,その経験を他の看護師と共有しようと した(岡田 2010 岡田,煤賀 2011)。
≪そ の 他≫
1 )弘前学院大学看護学部
連絡先:岡田 実 〒036-8231 弘前市稔町20-7
Tel: 0172-31-7179,Fax: 0172-31-7101(代表)E-mail: [email protected]
本研究は,女性看護師が病室とデイルームで遭遇し た患者からの暴力を,状況説明図に描きながら現場で 起こっていることを明らかにし,暴力の防止について いつくかのヒントを得ようとした。
Ⅱ.研 究 目 的
本研究は,患者の暴力に直面した女性精神科看護師 の経験に焦点を当て,その状況の進展を看護師の感情 や認知,行動に焦点を当てながら検討し,暴力を回避 するいくつかのヒントを明らかにすることを目的とす る。
Ⅲ.用語の定義
本研究では,身体的な接触を伴う攻撃を身体的暴力,
言動による脅しにとどまり身体的な接触に至らない場 合を言語的暴力とした。
Ⅳ.研 究 方 法 1 .研究対象者
一般科で 4 年,精神科病院で14年(男女の各閉鎖 病棟で 7 年,開放病棟で 7 年)勤務する女性看護師 Aで,本事例は女子閉鎖病棟に勤務して 2 年目に経 験した。
2 .研究期間
2008年 4 月~2009年 3 月 3 .データ収集方法
一定のガイドラインにしたがい,半構成的なイン タビューを 1 回につき45~60分程度を 2 回,場面に 関する情報の確認に 1 回,計 3 回実施した。
4 .データ分析
インタビューを IC レコーダーに録音しその内容 を逐語録に書き起こした。インタビュー中に筆者と 状況理解を共有するために,テキストからうかがわ れるコンテキストの確認作業の一部として,看護師 Aと一緒に状況説明図を作成した。こうして対象者 が暴力に向き合う経験のプロセスを後づけ,ストー リーとして再構成した。得られたストーリーは精神 科臨床経験を20年以上有する 4 名の精神科看護師か らなる事例検討の場において,その臨床的な確から しさが検討された。
5 .倫理的配慮
本研究の趣旨と目的を対象者に文書で示しながら 口頭で説明し,同意書に署名を得た。また,イン タビューの途中で応答を拒否できること,それに よって不利益が生じないことを説明した。本研究で 得られたデータは研究目的以外に使用せず,インタ ビューの内容は学会や学会誌への投稿あるいは著作 の一部に使用する場合は,匿名性を保持することを 説明した。また,本研究は弘前学院大学倫理審査委 員会から承認を得て行われた。
Ⅴ.結果および考察
女性の精神科看護師Aが経験した暴力の 2 つの場面 を,以下に状況説明図を描きながら説明する。
〔事例 1 〕アンテナを頭の後ろに張って
1 .事例 1 の概要
妊娠中の看護師が統合失調症の30歳代の女性患者に よって,後方からナースキャップをわしづかみにされ 床に投げ捨てられた。 2 度同じ攻撃をされてから, 3 度目にはその患者に背を向けないように頭の後ろにア ンテナを張っていた。それ以後はナースキャップを取 られることはなかった。
2 .場面の展開
予防衣を着用し腹部が目立ち始め,外見からもそれ となく妊娠していることが分かるような時期だった。
女子閉鎖病棟の準夜勤務( 2 人勤務)でもう一人の看 護師と与薬していた。看護師は薬のワゴン車を押しな がら,もう一人の看護師が病室に入って行った後に続 いて入った。
そのとき,病室にいた患者がワゴン車を押している 看護師の後ろからすっと歩み寄り,無言のままナー スキャップをわしづかみにして頭部から剥ぎ取った。
キャップはその場で返してくれた。 2 度目は他の患者 と廊下で話した時で,同じように後ろから近づき剥ぎ 取って廊下に投げ捨てて走り去った。 3 度目は患者が 近づいてきたことが分かったので,さっと振り向くと 何もせずに通り過ぎていった。それ以後,患者は看護 師のキャップに手をかけることはなかった。
3 .本事例の状況説明図(図 1 参照)
準夜勤の女性看護師 2 人が与薬のために多床室にワ ゴン車を引いて入っていった。病室の奥の患者から与 薬し始めた。廊下側のベッドの患者が最初に入ってき た看護師を病室の奥に見送り,もう一人の看護師が同 じく病室の奥のベッドから与薬し始めたその後から,
静かに看護師の背後に忍び寄りナースキャップをはぎ とった。
4 .場面および状況の説明
以下に逐語録をもとに暴力を受けた場面や状況を説 明する。なお逐語録から引用する際には以下の表記法 にしたがった。
文意が伝わるように逐語録に言葉を補足し,会話や 状況のニュアンスが伝わるように情報を付け加える場 合には,逐語録からの引用語句は『 』で,インタビュ アーの質問内容は[『 』]で,インタビューの受け手の非 言語的情報は( )で書き加え,何らかの言葉を補う ときは[ ]を用いて表示した。
1 )最初にキャップを剥ぎ取られたとき
妊娠中の看護師や結婚したての看護師が,女性患者 の攻撃対象になる場合がある。この事例は,ナース キャップが看護師にとって象徴的であった時代の出来 事である。キャップは頭髪にピンで止められている ため,剥ぎ取られる時にはピンで頭髪が引っ張られる ことによる痛みがある。同時に,看護師にとって象徴 的な意味合いを持っていた時代のナースキャップを剥 ぐという,明らかな攻撃性を見てとることができる。
キャップだけではなく一緒に頭髪もわしづかみにされ る暴力は,女性看護師が受けやすい攻撃である。
このような攻撃を初めて経験した看護師は,最初に 感じた印象を次のように語っている。
「最初は何が何だかわからなくて,[キャップを取ら れたときには]『えっ,何だ!!』という感じですね。『ど うしたの?!』と声をかけても無言だし,何も言いませ んでした。だから『返してちょうだい!』と言ったら[一 回目は]返してくくれましたね。二回目は[後ろから近づ いてきてキャップを]廊下に投げ捨てられました。『やっ ぱりおかしい…』と思ってスタッフに聞いたんですね。
だから三回目は[その患者さんの近くでは]警戒してい 136
Nr Nr
Pt.
Pt.
Pt.
廊下側
病室側
ベッド
ベッド
与薬用ワゴン
ナースキャップ
看護師2名が病室で与薬中 のところ,与薬用ワゴンを引 いて病室に入ってすぐに,患 者が看護師の後方から近寄 り,いきなりナースキャップ を剥ぎとった。
キャップを返すように言わ れた患者はその場で無言の まま看護師に返した。
患者は看護師の後方から気づかれ ないように静かに近づいた。
看護師は予防衣を着用して いたが,お腹の出っ張りから 妊娠していることがわかる。
図1 事例1の状況説明図 服 薬 を 待 つ 患 者
図1 事例 1 の状況説明図
ましたね。患者さんが近づいてきたと分かったときに,
さっと正面に向いて『どうしたの!』と向き合うよう にしたら,何もせずに通り過ぎていきました。」
仕事に就いている女性,結婚して名字が変わった女 性,妊娠のため腹部が目立ってきた女性,患者の側か らみると女性のライフサイクルが目の前で幸せな色に 彩られながら輝いて見えているのかもしれない。女性 の患者たちはこうした看護師たちをどのように見てい るのだろうか。
すべての女性の患者がこのように感じているのでは ない。看護師の妊娠を一緒に喜び自分の出産体験から いくつかのアドバイスをしたり,新人看護師に精神科
「患者学」のイロハを授けてくれたり,女性看護師が 優しく気のいい患者たちに囲まれることも多い。看護 師たちはこのことをよく知っている。反対に,自身の 不遇に対する恨みを女性看護師に直接ぶつけてくる患 者がいることもよく知っている。
まだ板に付かないナースキャップを,後ろから頭髪 もろともわしづかみにする暴力は,着任したばかりの 新人看護師が患者から受けやすい攻撃である。臨床経 験18年を誇るこの看護師も例外ではなかったのであ る。このような時,先輩看護師は「後ろが見えるよう に頭の後ろにも目をつけていないとね…」と,しばし ばアドバイスする。
2 )攻撃を受けてからの看護師の行動
結婚や妊娠している看護師を攻撃対象にする傾向の ある患者は,病棟ではケアプランにも取り上げられて いる。この患者もそんな一人であることを看護師は攻 撃の二回目に知ることになる。
「一回目のときにはスタッフにも何も言わないでい ました。なぜかというと,たまたま[取られたの]か なぁって思ったんですよ。偶然とられたかもしれない し…と思って,二回目ともなるとやはりおかしいです よね。『やっぱりおかしい,これは何かあるんだなぁ…』
と思ってスタッフに聞きました。スタッフからは[そ のような傾向のある患者で]攻撃を受けているのは私 だけではないことも分かりました。それで一応わかっ たので,アンテナを後ろに張って…」
「後ろにアンテナを張る」であるとか「頭の後ろに
目をつけておく」などは,初めて精神科病棟に配属に なった看護師や新人看護師に,先輩看護師が授ける最 初のスキルである。頭からにょきにょきと生えてくる アンテナ,後頭部の髪を分けるとそこに目がある,な どというのはあり得ないことである。
精神医療の暗黒の時代,まだ有効な薬物もなかった 時代,1 人夜勤が普通で深夜勤明けに家路に就くとき,
先輩看護師は「あぁ今日も無事に帰れる…」と本当に 思ったものだと後輩看護師は聞かされる。精神衛生法 から精神保健法へ,そして精神保健福祉法まで駆け抜 けた先輩看護師諸氏の口癖である。アンテナと目の譬 えには,精神衛生法時代から患者と看護師の安全を最 優先に,暴力を回避してきた看護師たちの教訓が満ち ている。よく言えている教訓ではあっても,経験の浅 い看護師にはこの単純な譬えの中に含まれている豊か な経験と裏づけを読み解く力はまだない。新人看護師 たちには読み解く力がまだ備わっていないのである。
しかし,このスキルの意味はキャッチフレーズとし て語られることはあっても,その意味することは十分 に伝えられているとはいい難い。看護師の視界に入っ ていない患者であっても,患者が現在抱えている問題 やそれへの対処や解決法など,患者の周囲を俯瞰する ような患者理解を曇らせてはいけないということなの だろう。あるいは,患者の時々刻々と変わる様子を見 極めるために,患者への観察を怠らないように,すな わち患者へのまなざしが途切れないようすることを意 味していると考えられる。
暴力の場面を構成する要因や状況の変化は,確かに 複雑である。救急・急性期状態にある患者と向き合っ たら,対象への視線が途切れることなく,観察や臨床 判断を連続的に行ない,常に新たな情報を収集し対応 の柔軟性を確保しておくこと,これが「後ろにアンテ ナを張る」「頭の後ろに目をつける」ということなの かもしれない。
この女性看護師Aは,キャップをはぎ取られるとい う暴力の他に,同じ病棟でみそ汁を顔にかけられると いう経験もしている。この事例を以下に述べる。
〔事例 2〕すごく熱かったんだよ 1 .事例 2 の概要
2 人勤務の深夜勤での出来事である。看護師は朝食
時に味噌汁をお椀に盛りつけ患者に提供していた。患 者は一人ずつ味噌汁のお椀を受け取っていたが,一人 の患者がお椀を受け取りながら看護師を凝視してい た。看護師は異変を感じたが,それよりもお椀の味噌 汁が顔を目がけて飛んでくる方が早かった。
2 .場面の展開
深夜勤で朝食を準備している所であった。看護師は みそ汁をお椀に盛りつけていた。
保護室への入退室を繰り返している20歳後半の統合 失調症の女子患者が,味噌汁をもらいにきた。どうい うわけか看護師の顔をじーっと凝視していた。「うん どうしたの?」と声をかけたその直後,患者はいきな り看護師の顔面にみそ汁をかけた。
看護師はその場から洗面所に移動し冷水で顔を冷や した。もう一人の看護師はその場に居合わせず他の業 務に従事していた。現場で一部始終を見ていた患者の 何人かが,起こったことを別の看護師に報告していた。
その後,患者はみそ汁をかけた看護師を攻撃すること
はなかったが,他の看護師にはいきなり叩くなどの衝 動行為は続いていた。
3 .本事例の状況説明(図 2 参照)
女子閉鎖病棟では多くの患者は朝食をデイルームで とる。厨房のカウンター越しに配膳を受け取った患者 は,自分のテーブルにお膳を置いた後,味噌汁を提供 しているデイルームの一角に移動し,看護師からお 椀に入った味噌汁を受け取り,自分のテーブルに持ち 帰って朝食を摂取し始める。
場面は味噌汁を受け取るデイルームの一角での出来 事である。
4 .場面および状況の説明
1 )みそ汁をかけられる寸前と直後
みそ汁をもらいにきた患者に凝視されたとき,看護 師は何を考えていたのだろうか。何か察知するものが あったのだろうか。看護師は次のように述べている。
図2 事例2の状況説明図 Pt.
Pt.
Pt.
Pt.
Pt.
Nr
朝食時、看護師はデイルームの一角にあるテーブルに味噌汁 の入った大きな容器からしゃ もじでお椀に盛りつけ,テーブ ルに並べて置いた。患者たちは 一人ずつテーブルから味噌汁 の入ったお椀を自分の席に持 ち帰るようになっていた。一人 の患者は味噌汁の入ったお椀 を手にしたまま,盛りつけてい た女性看護師の顔を凝視して いた。
自分の席にトレイを配膳した患者は,
おのおの味噌汁が入ったお椀を受け取 りにテーブルに列をつくる。したがっ て,多くの患者たちは味噌汁をかけた 現場を目撃することになる。
看 護 師 を 凝 視 し て い た 患 者 は,いきなり味 噌 汁 の 入 っ た お 椀 を 看 護 師 の 顔 を め が け てかけた。
図2 事例 2 の状況説明図
「[みそ汁をかけられたときは]びっくりしましたね。
『え!何だ? 私この人に何かしたかなぁ…』と考え ても身に覚えがなくて。…
…何かいきなりだったんですね。ちょっと逃げられな くて,『変だなぁ』と思ったときにその場から逃げれ ばよかったのかもしれないけど,まさか[みそ汁が飛 んで]くるとは思わなかったですね。みそ汁がくるよ りも,『ひょっとしたら叩かれるかな?』って思った んです,一瞬。
…ご飯が終わった後で『どうして私に味噌汁をかけた の?』って聞いたら,私がその患者さんにいろいろ言っ たというふうに,私は何も言ってないんですけどね。
何やら聞こえていたようなんですね。幻聴なんでしょ うね。私に味噌汁をかけるくらいですから,相当悪く 言うような幻聴だったんでしょうね。」
患者が味噌汁を投げつけようとしていたとき,看護 師は何かが起こりそうな予感があったことが分かる。
しかし,予感はしていても攻撃の方法が違っていた。
平手打ちではなくみそ汁だったのである。また,みそ 汁をかけられた直後,看護師は攻撃を受ける理由に考 えをめぐらしている。
看護師を患者が凝視していたのは幻聴があったから で,その病的体験が看護師を攻撃した理由だったこと が後に明らかになった。看護師は患者の攻撃と幻聴が 直接関連していることを了解し,自分自身に対する私 的な恨みではなかったことを確認したのである。
2 )一部始終を目撃していた患者の行動
スタッフの人手が不足している深夜勤帯に発生する 緊急事態では,患者たちがそれとなく気の利いた働き をしてくれる。この事例では,事態を目撃した患者は 看護師が患者に味噌汁をかけられたと,もう一人の看 護師に報告している。患者たちの細やかな気遣いが伝 わってくる。看護師Aもこの患者たちの様子を詳しく 次のように述べている。
「[洗面所で]顔を洗ってからデイルームの方に出る と,『大丈夫?大丈夫?』って患者さんたちが言って くれるんですね。現場を見ているからですね。『大丈 夫だよ!』っていうと,『熱いから水できちんと洗っ て冷やしてよ!』って,まわりの患者さんたちが言っ てくれるんですよね。」
夜勤帯で発生した緊急事態で,看護師がナースス テーションのパニックボタンを押せば,他の病棟から 看護師が応援に駆けつけてくれる。また,現場近くに は事態の詳細を知って駆けつける患者たちがいること も知っておくべきである。この事例では患者が素早い 情報の伝達に寄与している。場合によっては,患者た ちの危険な喧噪の中から,看護師を救い出してくれる 場合もある。
3 )味噌汁をかけた患者からの謝罪
看護師はみそ汁をかけた患者と,その後も同じ病棟 で過ごさなくてはならなかったという。味噌汁の一件 があってから,患者の衝動行為が看護師Aに向けられ ることはなかったが,味噌汁を盛りつけている場所に 患者が近づいてきたときには,やはり警戒したという。
看護師が患者に感じていた緊張感は,何日か後に患者 から直接謝罪を受けたことをきっかけに緩み始める。
「何日か後に私に謝りにきたんです。すぐにではな いんです。『看護師さんごめんなさい,顔大丈夫?』っ て。大分たってからなんだけど。[『どういう場面です か?』] 病棟で患者さんたちと作業していたときで す。[患者が]私の近くに座っていて,『ごめんなさい ね』って謝ってきましたね。[『それを聞いたときはど うでしたか?』] 警戒心が解けましたね。[『和解とい うふうに考えたことはありませんか?』] そう考えた ことはないけど,きっとそうなんでしょうね。気分的 にね。患者さんが謝ることによって警戒心も取れた んだろうし,ホッとしたという感じでしょうかね…
[謝ってくることは]予期していませんでしたね。『ご めんなさい』と言ったときには[彼女の]表情は柔らか くて雰囲気も違いますよね。みそ汁をかけられたとき の,あのじーっと見るような表情とは違っていました。
…このとき少し聞いてみようかなぁと思って。『すご く熱かったんだよ』って本人に言って,『もし逆だっ たらどう? あなたが味噌汁をかけられたとしたら
…』って。そうすると『そうなんだよね看護師さん。
ごめんなさいね。本当にごめんなさいね…』って言っ てて,その話はそこでやめました。それだけ謝ったら 後はそれ以上聞くこともないし。」
味噌汁をかけられた看護師は,その患者に必要以上
に接近しなかったと言う。言葉がけもせず,近くに寄っ てきたときには常に自分のなかに警戒警報が鳴ってい たという。患者から謝罪を受けるまでこの患者と看護 師の関係はぎこちなく,援助関係などとは言い難く看 護師は患者の動静を常に警戒していたという。
患者とのかたくなな関係は,患者からの謝罪をきっ かけに180度転換した。謝罪を受けた看護師は,患者
-看護師関係の中に抱え込んでいたわだかまりに一定 の決着をつけたようである。すなわち,味噌汁を顔に かけた行為の責任を患者に追及しないことに決めたの だが,看護師の中で問題の全てが解決されたわけでは なかったのである。
「[患者が]それだけ謝ったら後はそれ以上聞くこと もないし。だけど原因は何だったかを知りたかったん ですけど,そこは言いませんでしたね。[『あなたとし てはここまで患者さんが言ってきたんだから,この問 題はこれで解決ということだったんですか?』] 本当 は,幻聴がどんなふうに聞こえてきたことがみそ汁 をかけることにつながったのか,ということを知りた かったんですよね。」
暴力を受けた看護師の多くは,自分が攻撃を受けた 理由を患者に説明してもらいたいという気持ちに駆ら れたと言う。しかし,ほとんどの看護師は患者が説明 し始める前にそれを求めようとはしない。看護師自 身も説明がつかない出来事は,患者に尋ねても納得の いく説明は得られないという諦めによるものなのか,
それともその患者との新たな関係をスタートさせるべ く,患者からの説明や謝罪を待っているからなのかは 明確ではない。しかし,暴力を受けた看護師はその理 由が患者から説明されなければ,新たな関係をスター トさせることはできず,本来の援助関係も成立しない と考えている。患者から謝罪の言葉を受け取るまでは 気まずい援助関係に置かれ,看護師には不全感を抱え 続ける辛さがつきまとっているようである。
患者から思いもよらず謝罪を受けたとき,看護師た ちはようやく肩の荷を降ろし,患者との新たな関係に 入ることができていくのである。
Ⅵ.お わ り に
本研究では,女性看護師Aが準夜勤に病室で与薬し
ているときにナースキャップを剥ぎ取られた場面,ま た,朝食時に味噌汁を盛りつけていたデイルームで味 噌汁をかけられてしまった 2 つの場面を検討した。
いずれも看護援助を行っている最中のことである。
精神科病棟で発生している対立場面は,患者の病状が 急激に悪化し,特定の看護師をターゲットに計画的(あ るいは突発的)に攻撃が加えられる場合もあるが,多 くは日常的な看護場面でみられる患者-看護師間の援 助関係を背景に発生している。以上のことは,精神科 病棟において対立場面が発生する場所・時間・内容を 明らかにした岡田(2012)の知見と矛盾しない。日常 的な援助場面に反映される患者-看護師関係を日々見 直すことが,対立場面を解決し暴力への進展を防止す る重要な活動になることを示唆している。
また,看護師の側から見れば患者の病状が急変した ように見えても,実は一定のプロセスを経て病状が変 化している場合も多い。看護師がこのプロセスに気づ かなかったために,急変したと見間違える場合がそれ である。味噌汁をかけた女性患者の場合も,既に病状 変化の兆候があったとも考えられる。病状の変化しや すい患者からの意表をつく攻撃や暴力の多くは,こう した隠れた病状の変化が原因になっている。そうであ れば,看護師個々の感受性を働かせ,病状が変化しや すい患者とのコミュニケーションを通じた観察が必要 となる。こうして病状変化やその可能性を見極めるこ とができれば,突発的な攻撃を回避する活動につなが ることを示唆している。
謝 辞
本研究を行うにあたり,調査にご協力いただいた精 神科看護師の皆様に心から感謝申し上げます。なお,
本研究は文部科学省平成23年度科学研究費助成事業
(学術研究助成基金助成金(基盤研究(C)))課題番 号(23593468)の助成を受けたものである。
文 献
1)医療安全(2007),特集,院内暴力・クレームマネジ メント,No14,12月号,学習研究社
2)岡田実(2007),精神科病院における患者の暴力と攻 撃行動に対する看護介入技術に関する研究,日本精神 保健看護学会誌,16(1),1-11
3)岡田実(2008),暴力と攻撃への対処-精神科看護の
経験と実践知,すぴか書房
4)岡田実(2010),患者からの暴力被害を乗り越え看護 主体を再構築する精神科看護師の経験-添い寝のエピ ソードに焦点をあてて,北海道医療大学看護福祉学部 学会誌,6(1),77-80
5)岡 田 実(2011), 患 者 の 攻 撃 性 と 向 き 合 う こ と を 可能にする精神科看護師の主体条件-興奮の de- escalation に焦点をあてて,北海道医療大学看護福祉 学部学会誌,7(1),81-86
6)岡田実・煤賀隆宏(2011),暴力のリスクを減らすた めに臨床で精神科看護師ができること(所収:阿保順 子編,回復のプロセスに沿った精神科救急・急性期ケ ア,81-92,精神看護出版)
7)岡田実(2012),精神科病棟において患者-看護師間
に発生している対立場面の考察;対立が発生する場所・
時間・内容について,弘前学院大学看護紀要,7(1),
11-19
8)看護(2008),特集,患者の暴言・暴力;その実態と対処,
No10,10月号,日本看護協会出版会
9)菅原大輔,岡田実(2010a),精神科臨床における患者
-看護師間の対立場面の広がりとその構造に関する研 究,第41回日本看護学会論文集(精神看護)102-105 10)菅原大輔,岡田実(2010b),精神科において患者-
看護師間に生じている対立の様相,第17回日本精神看 護学会誌(専門学会),164-168
11)和田耕治編集(2007),ストップ!病医院の暴言・暴 力対策ハンドブック,メジカルビュー社
ATTACKS AND VIOLENCE FROM PATIENTS TOWARD NURSES IN DAILY NURSING CARE PRACTICE ON A PSYCHIATRIC
WARD: CASE STUDIES ON INCIDENTS THAT OCCURRED DURING MEDICATION AND MEALS
Minoru O
KADA1)Abstract: The present study examined two cases in which: a patient snatched a nurse cap off the head of a nurse on a night shift while she was administering medication to him/her in the patient room; another patient splashed a nurse with miso soup when she was serving breakfast in a day room. The following results were obtained:
1)Nurses were attacked from patients during everyday nursing care practice, e.g., medication and serving meals. Reviewing patient-nurse relations in daily nursing care settings is an important activity to prevent a reaction of violence.
2)Unexpected attacks from patients whose disease conditions are unstable are presumably attributed to overlooked changes in their medical conditions. Nurses are required to be sensitive to changes in the disease conditions of patients and communicate with them to reduce risks. The early detection of changes in their medical conditions and signs of violence leads to the prevention of attacks.
Key words: psychiatric ward,daily nursing care settings,patient-nurse relations,
unexpected attacks from patients
1 )Faculty of Nursing, Hirosaki Gakuin University, 20-7 Minorichou, Hirosaki, Aomori Pref., 036-8231, Japan TEL: 0172-31-7179 FAX: 0172-31-7101
E-mail: [email protected]