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平 安 朝 文 人 に お け る 過 去 と 現 在 の 意 識

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平安朝文人における過去と現在の意識 ― 漢詩集序をテクスト遺産言説の一例として

G

ERLINI   E

doardo

  古典 と い う 言葉 は、 「現代」 の 対立語 と し て 「過去 の 文化」 を 網羅的 に 示 す た め に 使 わ れ る こ と が 多 い だ ろ う。し かしこのように古典は過去のものであると短絡的に捉えてしまうと、古典は現在と無関係である、我々の現代社会 の 諸 問 題 を 解 く に は 役 立 た な い 知 識 だ と い う 誤 解 を 導 い て し ま う の で は な い か。 「 伝 統 」 と 同 様 に、 「 古 典 」( = classics )も、近代化する十九世紀の社会の所産だと指摘されている。

そ う し た 時、 多 く の 人 々 は、 失 わ れ て い く も の に 対 し て、 何 か 意 味 づ け し た く な っ た の で あ る。そ う し な い と 過去 と 断絶 さ れ て し ま う か ら に 他 な ら な い。そ の よ う な 時、 時代 を 超 え て 「手渡 さ れ る」 (=継承 さ れ る) と い う意味を込めた「 tradition 」(=伝統)という単語が誕生したのであった。 (前田雅之   二〇一八年   六〇頁)

つまり伝統と古典という概念は、過去の知識を保護しようとする意識とともに、いわゆる「古典の危機」から生ま れたものだと考えられる。

  周知 の 通 り、 近年、 「古典 の 危機」 を め ぐ る シ ン ポ ジ ウ ム な ど が 数多 く 行 わ れ て い る が

)(

( 、 こ れ ら は 全 て、 古典 は 今

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日一般社会に軽視されているという共通前提がある。しかし実際は、古い物または伝統的な文化が必ずしも軽視さ れているとは言えない。それどころか、映画、小説、漫画、ゲームなどの様々なメディアを通して歴史的人物の物 語を楽しみ、古代や中世に起こった出来事を知ろうとする人々が若者を始め非常に多いと思われる。また、古い街 並 み や 過去 の 遺跡 を 訪 ね る た め に 世界中 か ら 集 ま る 観光客 が 日本 で も 急増 し て い る こ と も 否定 で き な い 事実 で あ る。 こ の よ う に 人々 に 好 ま れ て い る 「過去 の 世界」 の 中 で 目立っ て い る の は、 「文化遺産」 と 呼 ば れ る も の で あ る。こ れ は一般人のみならず、政治や学問の専門家たちにも注目されるようになった。例えば、ヨーロッパ連合の政府は二 〇一八年 に 「 European Year of Cultural Heritage 欧州文化遺産年」 を 開催 し、 そ の 会期中 の 一一、 七〇〇件 の イ ベ ン ト に 37 カ 国 か ら 六 百 万 人 も の 人 々 が 参 加 し た ( )

( 。学 問 の 領 域 で は、 二 〇 一 二 年 に 創 立 さ れ た ば か り の Association of Critical Heritage Studies (ク リ ティ カ ル 遺産研究学会、 あ る い は 批判的遺産研究学会) が 二〇一八年 の 例会 に

パネルと五六〇件の発表という驚くべき参加者数があっ た 84 組 の

)(

( 。つまり現在、社会の様々なエリアでは「遺産」という キーワードに対する認識がだんだん高まっているのである。

  こ の よ う に 重視 さ れ て い る 「文化遺産」 の 中 に は、 当然、 文学 も 重要 な 位置 を 占 め る べ き だ ろ う。し か し 実際 は、 遺産の先行研究にも、ユネスコの遺産リストにも、文学と文学作品はほとんど見当たらない。一方、文学研究の学 者 た ち も、 遺産 と い う 新 し い 課題 に は あ ま り 興味 を 示 し て い な い と 言 わ ざ る を 得 な い。日本文学 の 先行研究 に は 「遺 産 」 ま た は heritage と い う 単 語 が 散 見 さ れ る が、 そ れ は ほ と ん ど の 場 合、 日 本 で 残 存 す る 文 学 作 品 を 全 体 と し て 指 すか、一人の作者が後世に与えた影響などを示すか、というニュアンスで使われている。この傾向は他国の文学研 究でも同様で、例えば中国では『文學遺産』という学術誌が一九五四年から出版されているが、その題名はただ長 い歴史を誇る中国文学を全体的に意味するというものだろう。管見によれば、遺産研究を積極的に参照し取り入れ

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た日本文学の先行研究はロベルタ・ストリッポリ氏の単著しか上げられないのであ る ) 4

( 。

  では果たして、文学、特に古典文学は「文化遺産」の一種類、つまり「文学遺産」あるいは「テクスト遺産」と し て 捉 え 直 す こ と が で き る の だ ろ う か。そ し て そ も そ も こ の 捉 え 直 し に は ど の よ う な 意味 が あ る の か。そ し て ま た、 このような遺産の概念によって文学作品の理解はどのように変わるか、どのように深まるのか。

  こ の よ う な 質問 に 答 え る た め、 私 は 現在、 「世界遺産 と 東 ア ジ ア 文学 ― 文化遺産 と し て の 日本漢文」 と い う テー マで三年間の研究プロジェクトを行っているが、本日の発表はこの研究の中間報告でもある。本研究の第一の目的 は、 文学研究 と 遺産研究 の 学際的 な 対話 を 開 く こ と に よ っ て、 「古典 の 危機」 つ ま り 「古典 は 本当 に 必要 な の か」 と いう問題に新しい回答を打ち出すことである。ここで明確にしておきたいが、日本古典文学の作品をユネスコのリ ストに登録させることは、本研究の目的ではない。しかし、古典文学を「遺産」という枠組みに位置付けることに よって、社会や政界における文学研究への認識を高めることができるのではないか。無形文化遺産には「文化の多 様 性 及 び 人 類 の 創 造 性 に 対 す る 尊 重 を 助 長 す る ( promoting respect for cultural diversity and human creativity )」 ( UNESCO 2003 )と い う 重 要 な 役 割 が 認 め ら れ て い る が、古 典 文 学 に 対 し て も 同 じ よ う な 意 識 が 高 ま る こ と が 期 待 されるべきではないか。

  遺産研究と文学研究の学際的なアプローチが開く可能性と展望については、すでに二〇一八年の第

文学研究集会のショートセッションで発表した が 42 回国際日本

)5

( 、本日は、平安初期の文学作品を具体的に分析しながら、遺産研 究 の ア プ ロー チ の 意 義 を 試 し て い き た い。流 れ と し て は、 ま ず、 遺 産 を 過 去 と 現 在 を つ な ぐ 文 化 的 営 為 ( cultural practice ) と し て 再定義 す る 先行研究 を 踏 ま え、 遺産化 ( heritagization )、 批判的言説分析 ( critical discourse analysis )、 ま た は 遺 産 の 不 可 知 論 ( heritage agnosticism ) と い う 用 語 と ア プ ロー チ を 紹 介 す る。こ れ ら に 基 づ き、 平 安 初 期 の

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勅 撰 漢 詩 集 の 「 序 」 を 「 遺 産 言 説 」 と し て 捉 え 直 し、 漢 籍 か ら の 受 容 と 典 拠 な ど の 間 テ ク ス ト 性 関 係 を 「 遺 産 化 」 の 一例 と し て 理解 し て み る。結論 で は、 「日本文学 の 遺産史」 や 「東 ア ジ ア の 共有文学遺産」 な ど の よ り 広 い ビ ジョ ンにおいて本研究の意義を再確認する。

遺産研究の概念とアプローチについて

  まず、遺産研究からどのようなアプローチを受け入れるか、説明する。文化遺産をめぐる研究は、この二〇年の 間、様々な方向に発展してきたが、遺産が文化財に限らない、より広い意味を持つ概念として再定義される傾向が 顕 著 に な っ て き た。そ の 中 で、 Critical heritage studies ( 批 判 的 遺 産 研 究 ) と い う 新 し い ア プ ロー チ に よ る と、 遺 産 は「物」ではなく、文化的および社会的な「プロセス」であり、このプロセスによって人間は現在を理解するため の記憶行為を作り出すのである( Smith 2006: 2 )。したがって、

ま す ま す、 あ ら ゆ る 内在的 な 価値 が あ る か ど う か は と も か く、 遺産 の 基本的 な 意味 は 人 と 物 の 間 を 結 ぶ 「無形」 的な関係にある。 ( Akagawa 2016: 81 ) ) (

とされている。つまり、研究の焦点は文化財その物から、遺産物をめぐる社会的な評価と意味作りに移り、次のよ うにまとめられている。

遺 産 は メ タ 文 化 的 過 程 ( metacultural process ) で あ る。つ ま り、 遺 物、 建 物、 風 景、 祭 典 な ど の あ ら ゆ る 遺 産

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物 は 社 会 的 価 値 が 付 加 さ れ な い 限 り、 そ の も の 自 体 は 遺 産 に な ら な い。こ の 視 点 か ら 見 る と、 遺 産 は 文 化 自 体 を 考 え る メ タ 文 化 的 反 省 を 含 意 す る 独 特 の 文 化 的 所 産 で あ る。遺 産 は 「 文 化 に 価 値 を 付 加 す る 」 と い う 意 味 を 含意するのである。 ( Sánchez - Carretero 2013: 387 ) )7

分かりやすい例を挙げてみると、例えば万里の長城、あるいは奈良の東大寺における遺産としての価値は、その石 や木材の巧みな組み立てに宿るものではなく、その物を通して人間、とりわけ中国人や日本人が、自分の過去との 関係を意識しながら、現在の自己アイデンティティーを理解し、構築するという過程に他ならない。これは、無形 文化遺産の場合でも変わらない。歌舞伎や祇園祭の場合、その芸術的または宗教的な意味はともかく、遺産として の価値はその芸能や祭典を観たり、参加したりする人々が作る歴史的アイデンティティー、つまり京都人や日本人 というローカルまたはナショナルな共同体の構築にある。

  つまり遺産は、最初から遺産として生まれるのではなく、各共同体によって特別な価値が与えられ、次の世代に 伝 わ る 瞬 間 に 初 め て 遺 産 に な る の で あ り ( Graham & Howard 2008 )、 こ の 付 加 価 値 を 作 る プ ロ セ ス を 指 す た め 「 遺 産化」 ( heritagization ) ま た は 「遺産 づ く り」 ( heritage - making )( Sánchez - Carretero 2013: 388

用いられる。 - 89 ) と い う 造語 が よ く   周知の通り、文化的所産の価値は作品に内在するものなのか、あるいは社会によって作られたものなの か ) 8

( 、とい う難問は文学理論でも、論争されてい る ) 9

( 。この対立からのがれるため、遺産研究では「遺産アグノスチシズム(不 可知論) 」( heritage agnosticism )( Brumann 2014 ) と い う 有効 な ア プ ロー チ が 提案 さ れ た。神 や 超自然的 な 現象 は 論 証することができないという前提から始まる宗教学に学んで、遺産アグノスチシズムは遺産物の内在的な価値を問

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わず、その価値を信じる人々の言動や、社会におけるその影響を検討するという認識論的な立場である。

  人 々 の 言 動 に よ っ て 作 ら れ る 遺 産 は、 言 説 的 構 造 ( discursive construction )( Smith 2006: 13 ) と し て も 定 義 さ れ、 「 批 判 的 言 説 分 析 」( critical discourse analysis )( Fairclough 1992; Fairclough & W odak 1997 ) と い う 方 法 に よ っ て 分 析された。本来の言説分析と異なり、

批 判 的 言 説 分 析 に 欠 か せ な い の は た だ の 言 説 分 析 だ け で は な く、 そ の 言 説 を 伴 う 社 会 的 か つ 政 治 的 な コ ン テ ク ストの分析でもあり、またその言説が発生する社会的な効果の分析でもある( Smith 2006: 15 ) ) 10

つまり批判的言説分析は、テクストと合わせて社会的なコンテクストをより深く考察する方法であり、特に文化遺 産 を 論 考 す る に は 効 果 的 で あ る。例 え ば、 批 判 的 言 説 分 析 を 採 用 し た Laurajane Smith 氏 は authorized heritage discourse ( 権 威 付 け の 遺 産 言 説 )、 つ ま り 遺 産 の 管 理 と 概 念 を 支 配 す る 西 洋 中 心 的 な 言 説 の 存 在 を 論 証 し た ( Smith 2006 )。

  さ て、 遺産 を め ぐ る 先行研究 の ほ と ん ど は、 近代 と 現代 に 行 わ れ て い る 遺産化 や 遺産言説 に 集中 し、 前近代 の ケー ス は ほ と ん ど 検 討 さ れ て い な い。し か し、 David Harvey 氏 が 述 べ る よ う に 「 遺 産 は 昔 か ら ず っ と 我 々 と 共 に あ り、 人 々 の 懸 念 と 経 験 に よ っ て 創 り 続 け ら れ て き た 」 ) 11

( ( Harvey 2001: 320 ) も の で あ る と す れ ば、 遺 産 を め ぐ る 言 説 も ど の国のどの時代にもあったと推定できるだろう。したがって、前近代に作られた遺産言説はどのような形をとった の か、 ど の よ う に 変化 し 続 け た の か と い う 論考、 つ ま り 「遺産史」 ( History of Heritage )( Harvey 2008 ) を 執筆 す る こ と は、 過去 と 現在 の 関係 と 文化 の 評価 と 継承 を 理解 す る に は 重要 で あ り、 「古典 の 危機」 に 答 え る 手掛 か り に も な

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ると期待できる。

  そ も そ も、 「遺産史」 に お け る 「遺産言説」 を 掘 り 出 す 際 は、 古典文学 の 作品 は 貴重 な 資料 で あ る に 違 い な い。本 日 は、 遺 産 ア グ ノ ス チ シ ズ ム に 学 ん で、 文 学 作 品 の 内 在 的 な 価 値 を 問 わ ず、 そ し て 批 判 言 説 分 析 を 採 用 し な が ら、 平安初期のテクストを分析し、遺産言説に相当する内容の有無とそのあり方を検討したい。このような分析にふさ わしい資料として、まず、嵯峨天皇(七八六~八四二)と淳和天皇(七八六~八四〇)の勅命によって編纂された 『 凌 雲 集 』( 八 一 四 年 )、 『 文 華 秀 麗 集 』( 八 一 八 年 )、 『 経 国 集 』( 八 二 七 年 )、 い わ ゆ る 三 代 勅 撰 漢 詩 集 の そ れ ぞ れ の 「序」 を 取 り 上 げ た い。勅撰集 の 序文 を 遺産言説 と し て 捉 え 直 す こ と に よ っ て、 平安初期 の 文人 た ち は ど の よ う に 過 去の文化とテクストを評価し、保護していたのか、それによってどのように自己アイデンティティーを意識し、構 築していたのかという問題に新しい照明を与えたい。文献学のテクスト分析と遺産研究の言説分析を合わせること で、より深いテクストの理解にたどり着けると期待している。

  結論を先に述べるならば、遺産の概念を用いて捉えなおすことによって、勅撰漢詩集の序の本質的意義がより浮 かび上がってくるのである。

勅撰漢詩集序における遺産言説

  小野岑守が執筆した『凌雲集』 「序」には、その第一勅撰集の編纂の経緯を語る箇所がある。

歎光陰之易暮、惜斯文之將墜。爰詔臣等、撰集近代以來篇什。 光陰の暮れ易きことを歎かひ、斯文の墜ちなむとすることを惜しみたまふ。

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爰に臣等を詔して、近代以来の篇什を撰集せしめたまふ 。 ) 12

『凌雲集』編纂の目的は「近代以来」の「斯文」 、つまり桓武朝と嵯峨朝(七八二~八一四)に作られた作品を集め て保護することだが、これは嵯峨天皇一人の漢詩文ではなく、天皇と公卿たちという共同体が作った作品群である ことにまず注目したい。

嵯 峨 天 皇 の 文 人 的 な 隠 逸 志 向 は、 一 方 で 反 政 治 的 ・ 非 政 治 的 な 雰 囲 気 を 持 つ よ う に 見 え て、 実 は そ の 反 面、 天 皇と近臣たちをつなぎとめる精神的な紐帯となっていた。 (山本登朗   二〇一五年   一六六頁)

そ も そ も、 宇 多 朝 以 前 の 詩 宴 が、 内 宴 ・ 重 陽 宴 に 限 ら れ て い た の は、 そ れ が 公 事 で あ り、 恒 例 に 行 わ れ る よ う に 定 め ら れ た 儀 式 で あ っ て、 先 述 し た よ う に、 天 皇 と 臣 下 の 間 の 秩 序 を 視 覚 的 に 確 認 さ せ、 そ の 紐 帯 を 強 化 す る場としてあったからである。 (滝川幸司   二〇一五年   八一~八二頁)

  これらの先行研究によると、平安初期の詩宴や密宴などで天皇と臣下たちが一緒に漢詩を作るという習慣、いわ ゆ る 「君臣唱和」 は、 宮廷社会 の 「精神的 な 紐帯」 を 強化 す る 「共同体儀式」 ( Heldt 2008 ) の 役割 が あ っ た と 考 え られ る ) 13

( 。

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  ここで、同じ役割は勅撰集の編纂作業にも見出すことができると強調したい。つまり、漢詩を取捨選択し、それ を 勅 撰 集 と い う 新 し い マ ク ロ テ ク ス ト ( 詩 集 ) に 記 録 す る こ と は、 宮 廷 社 会 の 共 通 記 憶 を 構 築 す る 意 味 も あ っ た。 こ こ で い う 記憶 は、 記録 と 異 な っ て お り、 資料 な ど の 物 で は な く、 積極的 な 文化的過程 ( active cultural process ) で あると考えたい。先行研究が述べる通り、記憶は遺産と共通する。

遺産 と 同様、 記憶 は 所有 す る 物 で は な く、 「図書館 の 棚 に あ る 本 の よ う に 手 に と っ て、 開 け て、 読 む こ と が で き る」 ( Conway 1997: 4 ) 物 で も な い。む し ろ、 記憶 は、 世界 を 理解 す る 我々 の 能力 に 不可欠 で あ る、 覚 え る こ と と忘れることを含むアクティブな文化的過程である( Misztal 2003: 1 )。 ( Smith 2006: 58 ) ) 14

ここで特に注意すべきなのは、前掲した『凌雲集』序の箇所で描かれた嵯峨天皇の精神的な態度である。時の流れ を嘆き、文化の喪失を惜しむという嵯峨天皇の感情こそが編纂の決定的な動機だったと、はっきりと記述されてい る。そしてこれもまた、嵯峨天皇一人の個人的な感情だけではなく、天皇が代表する貴族社会が共有する情緒でも あり、その共同体の共通記憶を支える力にもなると考えられる。このような自己同一化という過程は和歌の場合で も現れ、例えば兵藤裕己氏が指摘した通り「和歌をよむとは、和歌世界の共同性へ 自

己同一化 する行為である」と 考えられるが、ここで強調したいのは感情と行動の因果関係という点である。最近の遺産研究やカルチュラル・ス タ ディー ズ に よ る と、 感情 ( emotion ) や 情動 ( affection ) は 「行動志向 で あ り、 人々 が 何 か を す る こ と を 押 し 促 す 」 ) 15

( W etherell et al. 2019 ) も の と し て 理解 さ れ、 遺産 も 情動的営為 ( affective practice ) と し て 定義 さ れ て い る ( W etherell

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2012 ) ) 16

( 。天皇 の 情動 に 押 し 促 さ れ た 『凌雲集』 の 編纂 も、 宮廷共同体 の 共通記憶 を 構築 す る 「情動的営為」 と し て 考 えられるのではないか。

  さて、共同体の記憶構築の他に、遺産言説の基本的な目的は次の世代に財産を残すことである。この問題も実は 勅撰集の序文に現れるが、 「近代以来の斯文」を集める『凌雲集』よりも、 『文華秀麗集』と『経国集』の序文では そのことを顕著に見出せるのである。 『文華秀麗集』に所収された漢詩について、序の作者仲雄王はその「後」 (つ まり後世)からの評価を宣言する。

英聲因而掩後、逸價藉而冠先。 英声因りて後を掩ひ、逸価藉りて先に冠る。

さ ら に 『 経 国 集 』「 序 」 で は、 滋 野 貞 主 は 次 の よ う に、 目 前 の 利 益 ば か り を 気 に す る 人 々 を 非 難 し な が ら、 「 千 載 」 (=千年)も存続する「功」 (=業績)を「後に伝」える「古の作者」を賛美する。

夫貧賤則懾於飢寒、 富貴則流於逸樂。遂營目前之務、 而遺千載之功。是以古之作者、 寄身於翰墨、 見意於篇籍。 不託飛馳之勢、而聲名自傳於後。 夫 れ 貧 賤 な る と き に は 則 ち 飢 寒 を 懾 る、 富 貴 な る と き に は 則 ち 逸 楽 を 流 に す。遂 に 目 前 の 務 を 営 み て、 千 載 の 功 を 遺 る。是 を 以 ち て 古 の 作 者 は、 身 を 翰 墨 に 寄 せ、 意 を 篇 籍 に 見 し、 飛 馳 の 勢 に 託 か づ し て、 声 名 自 ら に 後 に伝はる。

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同じ序文の最後に、貞主は勅撰集の存続を願っている。

名曰『經國集』 。冀映日月而長懸、爭鬼神而將奧。 名づけて『経国集』と曰ふ。冀はくは日月と映えて長く懸り、鬼神と争ひて奥くあらむことを。

  さて、以上の序文の内容は、どの程度「遺産言説」として認められるだろうか。そもそも、後世によって評価さ れ た い と い う 純粋 な 希望 は、 ど の 詩人 や 作者 に も 少 な く と も あ る の で は な い か。 Stephen Owen 氏 に よ る と、 中国古 典文学 の 「基本的 な 規則 は、 過去 と 未来 の 間 に 再確認 さ れ る 契約 で あ る。 《私 が (過去 を) 記憶 す る か ら、 私 も (未 来 に )記 憶 さ れ る と 望 め る 》」 ) 17

( ( Owen 1986 : 1 )。 Owen 氏 が 述 べ る こ の 過 去 ・ 現 在 ・未 来 を 繋 ぐ「 契 約 」は、前 掲 の 勅撰集序の箇所にも見出すことができるが、やはり遺産研究で論じられる遺産概念にも通用する論考だということ をここでは特筆したい。文学の概念と同様に、日本における文化の継承に対する姿勢も中国思想に影響されたと考 え ら れ る が、 「遺産言説」 を 考察 す る こ と は、 日本文学研究 だ け で は な く、 和漢比較研究 や 中国文学研究 ま で こ の 課 題を広げうるポテンシャルがあることに留意したい。

  遺産言説にせよ、過去と未来の契約にせよ、この問題に欠かせないのは、古代と近代を区別する歴史的意識であ ろ う。 W iebke Denecke 氏 に よ る と、 嵯 峨 朝 の 文 人 た ち の 斬 新 さ を 特 徴 づ け る の は、 ち ょ う ど こ の よ う な 「 歴 史 意 識」 、 あ る い は 「近代性」 の 感覚 で あ る が ( Denecke 2013: 98

な 条件 で あ る と 主張 し た い。つ ま り 自分 が 生 き て い る 時代 と そ の 前 の 時代 を 区別 し な い 限 り、 過去 の 文化 を 評価 し、 - 101 )、 私 は こ れ こ そ が 遺産 と い う 情動的営為 の 不可欠

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継承しようとすることが意図されないだろう。

  このような歴史的意識は、おそらく編纂作業を支えた方針でもあった。勅撰集は、宮廷で作成された漢詩文を網 羅的に集めるのではなく、その中から特に価値のある作品だけを選ぶのである。その取捨選択プロセスが困難な事 業であったのは、序文にはっきりと記述されている。 『凌雲集』序では、

豈臣等能所議乎。而殊被詔旨、敢以採擇。 豈に臣等のよく議る所ならむや。而も殊に詔旨を被り、敢へて採択せむとす。

臣 之 此 撰、 非 臣 獨 斷。與 從 五 位 上 行 式 部 少 輔 菅 原 朝 臣 清 公、 大 學 助 外 從 五 位 下 勇 山 連 文 繼 等、 再 三 議。猶 有 不 盡、必經天鑒。 臣 の 此 の 撰 は、 臣 は 独 断 に あ ら ず。従 五 位 上 行 式 部 少 輔 菅 原 朝 臣 清 公 ・ 大 學 助 外 従 五 位 下 勇 山 連 文 継 等 と、 再 三詳議す。猶し尽さぬこと有るときには必ず天鑒を経る。

とあり、 『文華秀麗集』 「序」では、

臣 謹 與 從 五 位 上 行 式 部 少 輔 兼 阿 波 守 臣 菅 原 朝 臣 清 公、 從 五 位 下 行 大 學 助 紀 傳 博 士 臣 勇 山 連 文 繼、 從 六 位 下 守 大 内記臣滋野宿爾貞主、從七位下守少內記兼行播磨少目臣桑原公腹赤等、各相平論甄定取捨。 臣 謹 み て、 従 五 位 上 行 式 部 少 輔 兼 阿 波 守 臣 菅 原 朝 臣 清 公、 従 五 位 下 行 大 学 助 紀 伝 博 士 臣 勇 山 連 文 継、 従 六 位 下

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守大内記臣滋野宿爾貞主、従七位下守少内記兼行播磨少目臣桑原公腹赤等と、各相平論し、取捨を甄定す。

とあり、 『経国集』 「序」では、

爰詔正三位行中納言兼右近衛大將春宮大夫良岑朝臣安世、 令臣等鳩訪斯文也。詞有精麁、 濫吹須辨。文非一骨、 備善維雜。 爰 に 正 三 位 行 中 納 言 兼 右 近 衛 大 将 春 宮 大 夫 良 岑 朝 臣 安 世 に 詔 し て、 臣 等 を し て 斯 文 を 鳩 訪 せ し め た ま ふ。詞 に 精麁有り、濫吹辨くべし。文は一骨に非らず、備善維れ雑じる。

とある。

  これらの序文を踏まえて考えると、やはり編纂という事業は、付加価値を作るプロセスでもあり、宮廷の共同体 が共有する価値観を再確認、再構築するという意味もあったと考えられる。

  「文学遺産」

は、 作品 そ の 物 で は な く、 作品 を 選択 し、 後世 に 伝 え る と い う 文化的 お よ び 社会的 な プ ロ セ ス で あ る と認めるのであれば、そのプロセスを叙述し、正統化する勅撰集の序文は、遺産言説として捉え直すことができよ う。

勅撰漢詩集序における漢籍の遺産化

  周知の通り、平安初期の勅撰漢詩集の序は『論語』や『荘子』など、様々な漢籍を典拠にもつ箇所が多い。その

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中 で、 先学 に も っ と も 注目 さ れ た の は、 魏文帝 (曹丕) の 「論文」 (二一七年、 『典論』 、『文選』 所収) で あ り、 『凌 雲集』 「序」の冒頭部に次のように引用されている。

臣岑守言、魏文帝有曰「文章者經國之大業、不朽之盛事。年壽有時而盡、榮樂止乎其身」 。信哉。 臣 岑 守 い 言 さ く、 魏 の 文 帝 曰 へ る こ と あ り 「 文 章 は 経 国 の 大 業、 不 朽 の 盛 事 な り。年 寿 は 時 と し て 尽 く る こ と あり、栄楽は其の身に止まる。 」と。信なる哉。

魏文帝 に 由来 す る こ の 「文章経国思想」 、 つ ま り 文学 を 通 じ て の 統治 と い う 概念 は、 嵯峨朝 の ス ロー ガ ン だ と よ く 指 摘されている が ) 18

( 、その実際的な働きと役割は未だ論争の的となってい る ) 19

( 。しかし、ここで注目したいのは、上掲の 箇所では「魏の文帝曰へることあり」と原文の作者が明記されていることである。なぜ序文の作者小野岑守はわざ わ ざ 「魏文帝」 の 名前 を 挙 げ る の か。お そ ら く 岑守 は、 「文章経国」 と い う 概念 を 摂取 す る 際、 や は り 権力者 で あ っ た 魏文帝 の 名前 に 連 な る 権威 (あ る い は 象徴的資本) そ の も の を も 摂取 し、 「凌雲集序」 と い う 新 し い テ ク ス ト の 中 に 組 み 込 も う と し た と 考 え ら れ る。嵯峨政権 の 新 し い 世界観 と 文化的政策 を 正統化 さ せ よ う と す る 勅撰集 に と っ て、 このような権威に満ちた漢籍とその作者との直接的な関係を宣揚する必要があったのではないか。

  実 は、 中 国 史 上 の 人 物 を 摂 取 し て 再 利 用 す る 例 は、 他 の 勅 撰 集 の 序 文 に も 見 ら れ る。例 え ば 「 経 国 集 序 」 で は、 嵯峨天皇と淳和天皇が中国太古の君主、堯と舜に同一化される箇所がある。

堯之克讓文思、舜之濬哲好問

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堯が克讓文思なる、舜が濬哲好問なる Our latter - day Yao has displayed his concern over the proper ordering of government in ceding the throne. Our latter - day Shun displays deep wisdom and intellectual curiosity . ( Heldt 2008: 307 )

こ の 箇 所 を 英 訳 し た Gustav Heldt 氏 は、 「 堯 」 と 「 舜 」 を 「 Our latter - day Y ao 」 と 「 Our latter - day Shun 」( 我 々 の 近 代 の 堯、 我々 の 近代 の 舜) と 補足 し、 堯 ・ 舜 と 嵯峨 ・ 淳和 の 同一化 を 明白 に し た が ( Heldt 2008: 307 )、 原文 で は そ の読み方はもっぱら読者に任せられ、そして堯と舜は異国(中国)の人物であることなどは全く言及されていない と い う と こ ろ に 注意 し た い。 W iebke Denecke 氏 に よ る と、 「経国集序」 の テ ク ス ト で は、 「日本文学史 を 書 く と い う 目的 で、 中国 の 歴史的 ナ ラ ティ ブ が 完全 に 帰化 」 ) 20

( ( Denecke 2004: 110 ) さ れ、 「中国 と し て の 日本」 ( Japan as China ) と い う 偽 装 に よ っ て、 中 国 の 詩 と 日 本 の 漢 詩 の 区 別 が つ か な く な る 」 ) 21

( ( Denecke 2004: 99 ) と 述 べ て い る。 Denecke 氏 は こ の よ う な 漢 籍 の 再 利 用 を 「 創 造 的 再 演 」( creative reenactment ) ( Denecke 2004: 97 , 110 ) と 名 付 け る が、 私 は こ れ こ そ を 「遺産化」 ( heritagization ) と し て 捉 え た い の で あ る。つ ま り、 漢籍 の 引用 は た だ の 装飾 で は な く、 魏文 帝、 堯、 舜 な ど の 歴史的人物 が 新 し い 「日本文学」 の テ ク ス ト に 再創造 さ れ る こ と に よ っ て、 日本文人 の 共通知識、 共 有 記 憶 と な り、 日 本 の 文 学 遺 産 の 一 部 と し て 伝 承 さ れ る よ う に な っ た こ と を 強 調 し た い。そ の た め、 「 創 造 的 再 演 」 よ り 強 い 「 創 造 的 私 物 化 」( creative appropriation ) と い う 術 語 を 使 っ て み た い。こ れ は 現 在 の メ ディ ア で 良 く 持ち上げられるマイノリティ文化の盗用や奪取というネガティブな意味ではなく、他文化を自分の文化として換骨 奪 胎、 あ る い は カ ニ バ ラ イ ズ ( cannibalize 、 共 食 い ) す る と い う プ ロ セ ス を 指 す も の で あ る。ま た、 創 造 的 私 物 化 と い う 観点 は、 遺産研究 で 重視 さ れ て い る 「所有性」 ( ownership )、 つ ま り 「文化 は 誰 の も の な の か」 と い う 幅広 い

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問題につながるメリットもある。これを、日本文学研究に重ねてみると、例えば「漢文は本当に日本文学なのか」 、 「漢字 に 基 づ く 日本語表記 は 本当 に 日本人 の も の な の か」 と い う 問題 に つ い て 再考 を 促 す 可能性 が あ ろ う が、 そ れ は 今後の課題としたい。

  ところで、日本における漢籍の遺産化は、東アジアの「文」という共有文化圏へ参加するためのクリエイティブ な 活動 と し て 理解 す る べ き で あ る。日本 で 作 ら れ た 「文」 と 中国 で 作 ら れ た 「文」 を 区別 せ ず、 ど ち ら も 「(漢) 文」 として意識することは、中国と日本の距離感を圧縮し、一つの時空間、つまり一つの文化圏として再形成、再認識 しうる効果がある。当然、これは言説として、つまりテクスト上のみで実現されるものではあったが、これによっ て 平安 の 文人 た ち は 東 ア ジ ア と い う ト ラ ン ス ナ ショ ナ ル な 文化圏、 つ ま り Benedict Anderson 氏 が い う 「想像 の 共同 体 」( imagined community )( Anderson 1983 ) に 所 属 し う る と 考 え ら れ る。彼 ら は 無 形 文 化 遺 産 の 一 つ だ と 言 え る 「漢文」 と い う 共通書記言語 を 通 じ て、 中国 の テ ク ス ト を 私物化 し な が ら、 創造的 に 遺産化 し、 つ ま り 新 し い 日本文 学遺産を作ったのである。

  文学は、様々な共同体によって作り出される物だが、同時に共同体のアイデンティティーと価値観を定める重要 な道具でもあったので、評価され、保護され、作り直され、そして文化遺産として伝承されてきたのである。勅撰 漢詩集はこのプロセスを理解するための貴重な資料である。

結論

  以上、平安初期の勅撰漢詩集の序を文化の保護と伝承に関わる遺産言説として捉え直してみた。また、漢籍から の引用や受容を、遺産化の一例として見なし、平安宮廷という共同体における記憶作りやアイデンティティー構築

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(17)

を実行するための手段であったと論考した。

  一 二 〇 〇 年 前 に 制 作 さ れ た 勅 撰 漢 詩 集 が 現 在 ま で 継 承 さ れ て き た 結 果 か ら 判 断 す る と、 や は り こ の 遺 産 言 説 は、 理論的な段階に止まる空虚なディスクールではなく、実際の社会、つまり平安以降の日本文学史と作品の流布に具 体的な効果があったと言わざるを得ない。当然、この継承過程には、のちの人々、特に平安後期の文人たちの行動 と 評価 が 決定的 な 作用 を 果 た し た で あ ろ う が、 こ れ も ま た、 遺産化 の 一例 で あ る と 考 え ら れ、 今度 の 課題 と し た い。

  文学作品としての内在的な価値があるかどうかはともかく、勅撰漢詩集の序文には「遺産」という価値を作ろう とする言説が顕著であるので、日本遺産史を書くためには貴重な資料であるに違いない。また、漢籍の受容によっ て 形成 さ れ た 日本文学 は、 同時 に ま た Denecke 氏 が 「東 ア ジ ア 漢文文化圏 の 共有文学遺産」 ( shared literary heritage of the East Asian sinographic sphere )( Denecke 2017 ) と 名 付 け る 膨 大 な 文 化 遺 産 を 一 層 豊 か に し た も の だ と 再 評 価 しなければならない。

  このような前近代に存在していたトランスナショナルな共有遺産を再考し、再発見することは、現代の所産であ る 国 民 国 家 ( nation ) に よ っ て 分 裂 さ れ、 束 縛 さ れ て い る 現 代 東 ア ジ ア の 社 会 に 新 た な 共 通 記 憶 や 共 同 体 を 想 像 さ せる力があるかもしれない。

  そして「文学遺産史」として捉え直された日本文学史は、より広い「東アジア文学遺産史」の中に位置付けられ ることによって、日本文学研究にも学問分野を越境できる新たな役割を与えうる可能性がある。文学遺産を物では なく、文化的社会的プロセスとして理解するのであれば、やはりそれを現在に至るまで続いている流れとして考え る 必要 が あ る。し か し、 今日 あ ま り 知 ら れ て い な い 勅撰漢詩集 の よ う な 日本漢文 は、 日本人 や ア ジ ア 人 の 共有記憶、 つまり文化遺産だと本当に言えるのだろうか。遺産という付加価値をこれらの文学作品に加えるかどうかは現代社

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(18)

会 の 人々 が 決 め る の だ が、 い ま 文学研究 が ど の よ う な 役割 を 果 た せ る か と い う こ と は、 重要 な 課題 で あ る。 「テ ク ス ト は 人 (信仰、 習慣 な ど) 、 行為、 人間関係、 現実世界 に お け る 因果関係 を も た ら し、 と 同時 に 変更 を 促 す 」 ) 22

( ( Fairclough 2003: 8 )力があるのであれば、今日こそ社会における文学研究の重要性は改めて認識する必要があるだろう。

※   本 研 究 は、 欧 州 委 員 会 Horizon 2020 - Marie Sklodowska CurieActions プ ロ グ ラ ム ( 契 約 番 号 792809 ) の 資 金 で 行 われたものである。

【注】

 

Classical Japanese Special Interest Group AAS Denver

学、二〇一九年一月)、ラウンドテーブル(、二〇一九年三月)、ワークショップ「  

Sphere Studies

(東アジアの過去のために将来を探る漢字圏学)」(ボストン大学、二〇一八年)、シンポジウム「古典は本当に必要なのか」(明星大

  Seeking a Future for East Asia’ s Past : Sinographic 1

)日本古典文学の場合は、この二年間に国内外でいくつかの催しが行われた。例えばワークショップ「

( 参照されたい。 文知とは

世界の古典学から考える」(早稲田大学、二〇一九年六月)など。出版物としては、勝又基(二〇一九年)と前田雅之(二〇一八年)を

21

世紀の人

  https :// europa.eu / cultural - heritage / about _ en.html 2

criticalheritagestudies.or g / hangzhou - conference.   International Conference of the Association of Critical Heritage Studies https :// www . 3

)第4回例会、二〇一八年九月一~六日、浙江大学(杭州)。

  Roberta Strippoli, Dancer , Nun, Ghost, Goddess: The Legend of Giō in Japanese Literatur e, Theater , V isual Arts and Cultural Heritage . Boston : Brill, 2017 . 4

  5

)『第

42

 回国際日本文学研究集会会議録』国文学研究資料館、二〇一九年、二一三頁。

between people and things.»

和訳は筆者による。

  «Incre asi ngly , the vi ew ha s be en t ha t, a longsi de a ny i nt rinsi c va lue he rit age m ay have , ul tim ate ly m eani ng re side s i n t he “ int angi bl e” re la tionshi ps i t provi des 6

reflection about culture itself. Heritage implies “adding value to culture”.» unles s there is s ocial value attached to them. From this point of view , heritage is a peculiar type of cultural product becaus e it implies a metacultural   «Heritage is a metacultural process in the sense that artifacts, buildings, landscapes, festivals or any other heritage element are not by themselves heritage 7

  8

)美術や文学作品の内在的な価値を否定する社会学的なアプローチについては、ブルデュー(一九九五、一九九六年)を参照されたい。

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  ((()

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(19)

  2003 1999 2003 Shirane , Raud 9

)例えばカノン形成をめぐる研究。日本文学の場合はやなどを参照。

effects that a discourse has». 10   «Integral to CDA is not simply an analysis of discourse but also an analysis of the social and political context of that discourse and an analy sis of the social

11   «Heritage has always been with us and has always been produced by people according to their contemporary concerns and experienc es».

( りがなを省く)。

12  

)本稿における勅撰集序の原文と書き下しは小島憲之『国風暗黒時代の文学』(塙書房、一九六四年、一九七九年、一九八五年)による(ただし、ふ

2013: 98

にある。

13       Denecke

)この見解の早い例は、鈴木日出男「嵯峨文学圏」(『季刊文学国語』六八巻、一九七三年八月)一~一二頁。このような先行研究のまとめは

Rather , memory is an active cultural process of remembering and of for getting that is fundamental to our ability to conceive the world Misztal 2003: 1 ».

()

14   «As with heritage, memory is not an object to possess, memories are not ‘like books in a library that we can pull down, open up , and read’ Conway 1997: 4 .

)()

15   «emotion is action - oriented, it pushes people to do things».

16   De Antoni 2020 De Antoni & Cook 2019

)学問における感情と感情の定義については、、日本のケースに関しては、を参照されたい。

17   «The fundamental rule was the reaffirmation of a contract made wi th past and future : “As I remember , so may I hope to be remembered”».

18  

)最近この見解が再考され、例えば滝川幸司の先掲論(二〇一五年)がある。

誌』一一九

19

 

  Denecke 2013

)文章経国をめぐる先行研究の概観は、九五~九八頁、または宋晗「嵯峨朝における文章と経国

漢文芸の二重の価値」(『國學院雑

( 頁を参照。 -九 号、二〇一八年九月)と宋晗『平安朝文人論』(博士論文、東京大学人文社会系研究科日本文化研究専攻二〇一八年)一七~三三

20   «the complete naturalization of Chinese temporal narratives for the purpose of writing Japanese literary history».

21   «Under this disguise of “Japan as China” the difference between Chinese poetry and Japanese kanshi is made invisible».

22   «In sum, texts have causal effects upon, and contribute to chang es in, people beliefs, attitudes, etc. , actions, social relations, and the material world.»

)() 参考文献

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ブルデュー・ピエール()石井洋二郎訳『芸術の規則』2藤原書店、一九九六年。  

Bourdieu, Pierre

ブルデュー・ピエール()石井洋二郎訳『芸術の規則』1藤原書店、一九九五年。

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86 .

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滝川幸司「勅撰集の編纂をめぐって

嵯峨朝に於ける「文章経国」の受容再論」(北山円正・新間一美・滝川幸司・三木雅博・山本登朗編『日本古代の「漢」と「和」嵯峨朝の文学から考える』アジア遊学

(188)

 

24

山本登朗「天皇と隠逸

嵯峨天皇の遊覧詩をめぐって」(『日本古代の「漢」と「和」嵯峨朝の文学から考える』勉誠出版、二〇一五年)。

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山本登朗「天皇と隠逸

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36

、勉誠出版、二〇一五年)。

*討論要旨

 奈良女子大学大学院の楊琴氏からは、漢籍の受容というのは、漢籍だけなのか、或いは仏典の受容も含めるのか、という質問があった。奈良時代以前は、漢籍は仏教の内典、外典という区別があり、それらが日本に伝来するときはどういうふうに漢籍受容といえるだろうか。楊氏のもうひとつの質問としては、漢詩の受容について、仏教が中国に伝来する以前以後で、漢詩そのもののかたちと、漢訳仏典、仏典の漢訳の場合は、言葉のつかいかたに変化があった。そういったものも含めて、それらは漢籍の受容といえるか、というものであった。

 発表者は、とても関係のある問題である、とし、仏教については勉強不足で、あまり今の自身の研究では触れることが出来ていない、と断りつつ、次のように述べた。そもそも、仏教は日本にとって海外の文化として考えれば、テクストとしてまず中国にきて、日本まで渡ってくる、それをもちろん、「遺産」として考えてもいいと思う。たとえば、昨年まで実施されていた研究として、名古屋大学の阿部泰郎氏を研究代表者とする科研費基盤研究「宗教テクスト遺産の探査と綜合的研究

人文学アーカイヴス・ネットワークの構築」という研究があった。そこでも、「遺産研究」ではないかもしれないが、「遺産」ということばが使われている。宗教研究でも、やはり過去から他の人、他の世代が残したものをどうするか、という問題、「遺産」ということばを使わなくてもいいけれども、「遺産」ということばを使うことによって、過去の文化をいま、どうする、という問題がでてくる。漢詩もおそらく同じことで、使う人、たとえば、日本人が作った漢詩は中国人が作った漢詩とはどう違うかという問題を、和漢比較研究で、現在調べている。そこで面白いのは、たとえば、漢詩は誰のものなのか、中国のものなのか、では日本人が作った漢詩は日本のものなのか、という、文化は誰のものか、という問題につながっていく。我々の、よく考えてみると国文学、日本文学、中国文学という概念をやはりとらえなおさなければならない、東アジア、もっと広い範囲で考えるべきだ、と研究途上ながら考えている。発表者は以上のように回答した。

 楊氏は、つまり発表者の考えでは、仏典も東アジアの漢文文化圏の文化遺産として認められてくるということでしょうか、私としては、漢籍の受容のところには、仏典もいれてほしいということ、と質問の意図を述べた。発表者は、むしろこの、文学を「遺産研究」からとらえる考えに参加してほしい、こ

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(22)

れが言説として使えるかということとして、考えてみてほしい、と回答した。

  お茶の水女子大学の生田慶穂氏は、俳句を世界遺産にするという動きがあると紹介し、発表中、オーナーシップの問題も論じられていたが、俳句は近現代に入ってから日本の文化が世界に広まっていって様々な地で詠まれているものであり、そう思ってみると、漢詩や漢文を東アジア圏で捉え直すのとは逆に、今度は俳句という日本文化を、世界のなかで捉え直すという動きもありえるのだと思い、面白い視点を与えていただいた、と述べた。

  発表者は、以下のように回答した。たしかに俳句のいろいろな協会が集まって無形文化遺産にしようという動きがあり、私から見ると無形文化遺産になれる可能性がある気もするが、本当にそうなれば、すごいことだと思う。やはり今日、俳句というのは、日本人が作ったものだけではなく、芭蕉の俳句を世界遺産にするだけではなく、いま、どの国でも、どの言語でも俳句は詠まれていることなのであり、そのため、俳句は世界の文化です、というアプローチなのだと思う。それはまた面白いことで、俳句は日本のものだろうか、世界のものだろうか、という、もちろんその答えのない問題になるのが、とても刺激的である、と述べた。

  国際日本文化研究センターのグエン  ヴークインニュー氏は、自身はベトナム人でずっと日本文学を研究してきて、たしかに今年は日本では、日本古典文学の教育が必要なのかというシンポジウム(2019年

究資料館を会場とした話(前日の第

1

月の明星大学でのシンポジウム「古典は本当に必要なのか」)もあったし、昨日の国文学研 ん期待されるのか、という四点を質問した。 ないのか、これから日本文学のなかでは何がいちばんユネスコの文学遺産になれると思われるか、と質問した。また、もし文化遺産になれば、何がいちば うしてなのだろうか、と質問した。また、先ほどの質疑にあったように俳句、ベトナムでも普及されている俳句は、どうしてまだユネスコに登録されてい 国際化するのか、ということが論じられていた。先ほどの発表のなかに、ユネスコに登録している日本文学はあまりみえない、とあったが、その理由はど

5

回日本語の歴史的典籍国際研究集会のコンソーシアム構築のためのラウンドテーブル)でも、日本文学をどうやって

  発表者は、私の研究はどうやって日本文学をユネスコの世界遺産にするか、ということは問うていない、と断りつつ、しかしその考え方はもちろん面白いとし、次のように述べた。たとえば『御堂関白記』、藤原道長の日記は、実は

Memory of Literature

という違うプログラムであるが一応、ユネスコの世界遺産になった。その認定の際、『源氏物語』も同時に考えたらしいが、登録に至らなかった。それを決めたのは、『源氏物語』には原文がないから、紫式部が書いたものが全く現存しない、という理由で決めたことであったという。やはりオーセンティシティー、つまり真正性、現存資料が本物であるか、作者のものであるか、作者のかかわりというのが(登録審査の基準に)入っている。そのようなことがもうひとつ問題になっていて、ユネスコの考え方としては、文学の考え方、テクストの存在はすごく問われる。『源氏物語』はもちろん傑作であるが、このルールだと、世界遺産にはなれない。このことについて実はこれから考えていきたい。ぜひご指摘があればいただきたいと思う、と回答した。

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  (40)

(PB)

参照

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