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モニ トリアル ・システム 19

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(1)

1 3

く 個人)産 出の技術 としての モニ トリアル ・システム

1 9 世紀 イ ギ リス教 育 史 研 究 その 2 の 1

上 野 耕三郎

モ ニ トリア ル ・シス テ ム をめ ぐる解 釈

モニ トリアル ・システム にかんす る伝統 的評価 (しばしば 「 教育学」的 な 色彩 の強 い否定的評価)にたい して,過去 1 0 年 の間 に刺激的な挑戦 が試 み ら れて きた( 1 ) 。その一方の旗頭 は,フー コー にな らいなが ら規律 の権力 との連 関 でそのシステム を論 じた, ジ ョー ンズ とウイ リアムス ンあるいはホスキン と マ ックヴであ る ( 2) 0

しか し,予想 された こととはい え,主客二元論 を拒否す るポス ト構造主義 的な解釈 は全面的 に受 け入れ られ るもの とはな らなか った。 その解釈 の難点 は( ヨイデオ ロギー,意志 を否定す ることによって 〈主体) を雲散霧消 させ,

② 資本主義 の発展,社会関係 の支配的構造, そ して国家形成 の ような実在 あ るいは 「 社会的 な もの」 を否定 し,③権力 の規律 的機能 と権力/知 との区別 に失敗 している, とホーガ ンは批判 してい る

(3)

0「因果性」あるい は 「 還元」

(1 )日本ではそれ以前に斎藤新治 「 近代英国初等学校における 「 3R' S 」教授システ ムの成立過程について」『 教育学研究』 第 4 8 巻,第 3 号,1 9 81 年が伝統的評価 を 覆 していた。

(2)Kar e nJo ne sa ndKe vi nWi l l i ams on,L TheBi r t hoft heSc hool r oom' ,Z de ol ‑ o g yandCo ns c i o us ne s s , Vol . 6 ,1 9 7 9 あるいは Ke i t hW. Hos ki nandRi c har dH.

Mac ve,̀ Ac c ount i ng andt heExami nat i o n:A Ge ne al o gy o fDi s c i pl i nar y Po we r ' ,Ac c o unt i n g O 7 ga m' z at i o nsandSo c i e t y,V o l . l l ,No. 2 ,1 9 8 6.

(3)Davi dHoga n , ̀ TheMar ke tRe vol ut i onandDi s c i pl i na r yPowe r :J os e ph

La nca s t e randt hePs yc hol ogyoft heEar l yCl as s r oom Sys t e m' ,Hi s t o7 y O f

Educ at i o nQuar t e r l y,Vol . 2 9 ,No. 3 ,1 9 8 9 .

(2)

1 4 人 文 研 究 第 88 輯

す る とい う発想 を とらないポス ト構造主義的な解釈 とは対照的 に, ホーガ ン はランカスターのシステム と市場革命 との連関 に焦点 を合わ してい る。 その 際 に強調 され るの は 「ブル ジ ョア化」である 。

「ランカスター は生徒 を服従へ と脅迫す るためで はな く, 新 たな形態の主 体 ・主観 ( s u b j e c t i v i t y) を構成 す るために権力 を用 いた。すなわち教育学 は命令 す るので はな く構成 す るべ きもので,抑圧す るので はな くしつ けを す るべ きものであ る。‑‑・ ランカスターの規律 システムの重要性 は, した が ってその学校規律 のシステム を説明す るのに,機械 そして工場 とい うメ タフ ァー を用 いていることにあるので はない。 そ うで はな く,競争的市場 としてのクラスルームの概念や心理学的エ コノ ミー を創造す る試 みにあっ

( )( )( )00 た。 それ は恐れや脅迫 の きずなによるので はな く,生徒 を個人化 す る と同 時 に彼 らを新 しい形態 の社会性 と社会規律 の形態へ と統合 す るプロセスに

よって結 び付 け られてい る

。(4)

「 一言で言 えば,ランカスターの努力 は勃興 す るブル ジ ョア教育 の学校組 織 そ して社会心理学 の創造 を助 けることであった。すなわち,彼 は服従, 000( )○( ⊃( )00000( )0 敬神,尊敬 そ して社会的身分 の教育学 を,市場 関係 とそのプロセスの まわ

0000000000000000000000000000 りに組織 された流動的階級社会 に適応 した教育学 に置 きか えた。

‑‑く 規律革命)の中心 にあったのは, そ して市場革命 の枠 のなかに規律 革命 を位置づ け,そ して ランカスター を規律革命 の内部 に位置づ けたのは, 社会権威 と主体 ・主観 とのあいだの関係 の変換 であ る。道徳権威 の社会 的 領域 の拡大 そ して個人 の道徳化 はあい まって新 たな形態 の く 規律 の〉権力

を制度化 し,近代的 〈 人間 ( s o u l ) 〉 の成長 を育 んだ

。(5)

これ はいわば反映論 あるい は還元論か らの反撃 である 。 市場革命 あるい は

(4) Z b i d. ,p A1 3 .

(5) Z b i d. ,pp A1 4 ‑ 4 1 5 .

(3)

( 個人〉産出の技術 としてのモニ トリアル ・システム 15

ブル ジ ョア とい う外部 を解釈 に持 ち込 む こ とに よって,規律 の権 力 とそれ ら との間 に橋 が架 け られ,解釈 も安 定性 を獲 得 す る こ とにな る。 い まの私 に は この解釈 にたい して決定 的 な異論 を突 きつ け る こ とはで きな い。 だが一 方, 構 造 で あれ,階 級 で あれ, そ こに収 赦 させ る よ うな歴史 物 語 を叙述 す る こ と

のすわ りの悪 さ を感 知 して しま うの もまた事 実 で あ る。 この きわ めて私 的 な 実感 を,西 洋 の 「ロゴス中心 主義」 をその舞 台 か ら引 きず り堕 ろそ う とす る 現 代 の哲 学 が‑ この背後 に は時代 の劇 的 な変容 そ して い まに生 きる私 た ち の実感 が あ る‑ ひ たひ た と 「歴史 」 に も押 し寄 せ て きてい る こ と と結 びつ け よ う とす るの はい さ さか無 謀 で あ ろ うか。 しか しポス ト構造 主義 流 の解 釈 が一部 で み られ る こ とは,私 の実感 もあなが ち的 を はず してい る とは言 えな い ので はなか ろ うか。 もち ろん 「 歴 史」 その もの の存在 根 拠 まで を も無化 し て しまうポス ト構 造 主義 が, おおか たの史 家 か らは一瞥 もあた え られ ない, ほ とん ど無視 に等 しい扱 い を受 けて い るの も事 実 で あ る

(6)

ところで, ホーガ ンの研究 に戻 る と, かれ の焦 点 はあ くまで ラ ンカ ス ター

(6 )主 として 『 バース ト・ア ン ド・プレゼ ン ト』誌上 において繰 り広 げられた論争 が 「 特集 ‑歴史学 とポス トモダン」 として 『 思想 』( 1 9 9 4 年 4 月号)誌上で紹介

されている。

この論争でポス トモダニズムの側 にたつジ ョイスはこう述べている。

「この堂々巡 りと陳腐な事態 を突破す るには,「 言語論的転回」を真筆 に受 け と め,従来 の二元論的理解 を繰 り返す という,ス トー ンやス ピーゲルが採用 してい る戦術 を超 えてい く以外 にはない,と私 は思 う。そのような方向をめざしていけ ば,「 社会的なもの」の既成のカテゴリーを問い直す ことにもつなが る。・ ‑・ ・

『ポス トモダニズム』の躍進 を歴史家 は自覚 しなければな らない。 その要点 は, 過去の出来事,構造,プロセスは,さまざまなかたちで記録 された表象やそれが 概念化 され政治化 された もの,そ して これ らの表象 を構造化す る歴史の言説七, 切 り離せない関係 にある, とい うことである。‑‑政治体制であろうと経済 ・社 会制度であろうと,そ こに一貫 した何かが存在す るわけで はない。存在す るのは,

それぞれに意味 を与 える社会的コンテクス トをもった事例 ( テクス ト,出来事, 観念 な ど)である。 しか し, この事例 はこの構造 の反映である,あるいは結果で

あるといえるような,基本構造 は存在 しない。総体 としての社会 とい う概念が成

り立たなければ,社会がすべての決定要因であるとい う,「 社会史」 の生命線 と

もいえる概念 も成 り立たな くなる。社会的な ものを唯物論 と結びつける秤 もい き

おい解体する。総体 としての社会 とい う概念 を歴史主義化 した,壮大 な物語的叙

(4)

16 88

に絞 られてお り, その前後 の歴史 にはほ とん ど触 れ られていないので,彼 の 捉 え方が私 たちを どの地点 へ と導 いてい くのか は残念 なが らわか らない。少 な くともその システムの盛 衰 を時代 のなかで眺 めるな らば,実際 にはそれが 対象 とした労働者 か らの評判 もか んば し くな く, それ ほ どの広 ま りをみせ て いたわ けで はなか った ことがわか る。さ らに 30年代 には権力側 か らも職烈 な 批判 が加 え られ, それ に替 わ るべ く新 たな教授 メカニズムの登場 をみた。仮

にランカスターの考 えを「ブル ジ ョア化」とい うことに還元す るな らば ‑ も ち ろんス トレー トにで はな く,「 構造 的」 に反映 した ものであ り, 「ランカス ター は市場革命 あ るい は規律革命 を自 ら意識 したパルチザ ン とい うよ りも, 両革命 のイノセ ン トな実践者 であ る ( 7) 」 とい う留保 をホーガ ンはつ けてい る

‑ , モニ トリアル ・システム にたいす る 30年代 の批判 そ してペ スタロ ッチ 流 のテ クノロジーの登場 もまた 「ブル ジ ョア 化 」 と言 えな くはない。

したが って, ここで は因果関係 とい う問題 は棚上 げ してお き, とい うよ り も, さ しあた り教授 のメカニズム とその外部 との関係 を, もう少 しルーズ な もの としてお さえてお くに とどめ る。 あ えて言 えば, テ クノロジー の変貌 に 因果性 を強 くもとめ るよ りも,構造 とは相対 的 に独立 した 自律性 を与 えた ほ うが よい, と考 えるか らで あ る。 ここで はべつ に 「 神 は細部 に宿 り給 う」 と 開 き直 るわ けで はないが,因果性 か ら焦点 を少 しず らし, システムの些細 な 技術 に こだわ ってみ よう

まず最初 に ことわ ってお きたいの は, モニ トリアル ・システム を規律 の権 力 として捉 えはす るが, その完成 態 としてみてい るわ けで はない とい うこと

述 も消滅する。こ?ようにポス トモダニズムが示す反還元主義的な論理を受 けと めることは,社会的なものを新たな角度か ら見直す ことにほかならない 。 」( パ ト リック ・ジョイス 「 二元論 を超 えて‑ 歴史学 とポス トモダンⅠ Ⅰ ‑ 」 『 思想』

1 9 9 4 年 4 月号 ,4 5 ‑ 4 6 貢. )

だが このようなものの言い方自体が他の論者 と共有 されるはず もな く, 論争 は 論者のすれ違いばか りが目につ き,じゅうぶんに噛み合っているとはとても言え

ない。

(7)Davi dHogan , o i ) .c i t . ,p. 41 5

(5)

〈 個人〉産出の技術 としてのモニトリアル ・システム 17 である 。 そ もそ も完全無欠 の規律 の権力 が存在 す る とは考 えないが,すで に 指摘 した ように,少 な くとも規律 の権力 として はそれ は欠陥 を学 んだ もので あ り, その行使 のなかで欠 陥 を露呈 し, それ に とって替 わ った新 たなテ クノ ロジーが出現 しためで ある

その新 たなメカニズムの ほ うがモダ ン‑ 別 に 倫理的意味 は含 んで はいない‑ である と私 は捉 えている。 「 モダ ン」のメル クマール を何 に も とめるか について は論̲ 3が あ ろうが, い まの ところ「内面」

「 個人」の編 み上 げ とい うもの を想定 してい る。もう少 し言 い方 をひ ろげれ ば, 規律 の権 力 た る学校 メカニ ズム は 1 9 世紀 を通 じて精微 さを増 して い く過程

で, その規律 の権力が いったい どの ような知 を編 み上 げたかが課題 として浮 上 して くる

その権 力/知 のかかわ りの真偽 を確 かめ るためにあ えて大風 呂 敷 を広 げれ ば ,1 9 世紀 を通 じての,あ るい は 2 0 世紀初頭 にいた る学校 メカニ

ズムの推移 の鳥撤図 を措 く必要が あ ろう。

今 はまだ 2 0 世紀初頭 にいた るまでのメカニズム を素描 す る こ とさえで き ていないのだが,す くな くとも 1 830 年代 にモニ トリアル ・システム に替 わ る べ く登場 したス トウ らのモ デル学校 について は, おお よそ次 の ように捉 えて い る。個 々 の子 どもの く内面) に よ りい っそ う深 く惨 みい ろうとす る,牧人 司祭 的 ともい える道徳 的な まなざ し, そのいわ ば ( 個人化〉 を産 みだす道徳 的 まなざ しは, 「ギ ャレ リー」や 「 遊 び場 」な どのメカニズムの内部 に深 く埋

どもを 「 抑圧」す るので はな く, 「 解放」す る‑ 空間 のなかで,子 どもはそ の一挙手一投足 にいたるまで視 られ,対 象化 され始 めた。言 いか えれ ば,千

どもは 「自己」 を表現 す る 「 非強制 的」 関係 に繰 り込 まれ る結果, おのず と 知識 そ して矯正 の対 象 としての 「自己」を編 み上 げてい くのであ る( 8 ) 。 もち ろ んそれ は緒 についた ばか りで\ あったが。

ところで, ホーガ ンはランカスターの システムの特徴 として① クラス分 け

(8 )拙稿 「 微視の権力 としての学校‑ 1 9 世紀イギ リス教育史研究 その 2 の 2

「 『 人文研究』第 8 5 韓,1 9 9 3 年。

(6)

18 8 8 番

( cl as s i f i cat i on) ,②一斉教授 ( s i mul t aneousi ns t r uct i on) ,③個人別 昇級 ・ 進級 ( i ndi vi dualpromot i on) の三 つ を挙 げてい る 。 ほか の ところで触 れた よ

うに( 9 ) ,それ らいずれ もが「 個人化」とい う問題 と関連 してい る 。 したが って,

「 個人化」 一一一 牧人司祭 的 まな ざ し とい う点 で はそれ は 「内面」 に もつ なが っ てい る‑ とい う視点 か ら, モニ トリアル ・システム を位置づ けなお してみ る とどうな るかが ここでの課題 とな る

(10)0

モ ニ トリアル ・シ ス テ ム 出現 の 背 後 に あ っ た 「 教 育 」 言 説

1 8 世紀末 か ら 19 世紀初頭 にか けて社会 問題 を探 求 す るなかで, ひ とつ の

「 教育」言説が構築 されて くる

そのプロセス は稿 を新 たに して論 じな けれ ば な らないが,簡 単 に言 えば,犯罪,貧困,社会秩 序 の撹乱 な どの社会 問題 を た ぐってい く過程 で,健全 な道徳 ・行動原理 を欠 いた労働者貧民 を 「 見 つ け だ し」 て しまった ことに端 を発 してい る

ここか らは 「 教育」へ のなだれ込 み は容易 であった。 そ もそ も労働者貧民 の子 どもが 「 道徳」的振 る舞 い を し ないの は,彼 らの頭 のなかに振 る舞 いを統御 す る道徳 ・行動原理 が欠 けてい るか らで あ り, で あるな らば, その矯正 (と言 うことがで きるな らば)策 は その不在 を何 らかの道徳 ・活動原理 で埋 めてやれ ば事足 りる もので あった。

モニ トリアル ・システム は 「 心 の うちにわれわれ の神聖 な宗教 の原則 を埋 め

(9 )拙稿 「 微視の権力 としての学校‑ 1 9 世紀イギ リス教育史研究 その 2 の 4

‑ 」 『 人文研究』 第 8 6 韓 ,1 9 9 3 年,「 教室の誕生前史‑ 1 9 世紀イギ リス教育 史研究 その 2 の 3 ‑ 」 『 人文研究』第 8 7 韓 ,1 9 9 4 年。

( 10) 「 一斉教授」 をモニ トリアル ・システムの特徴のひとつ とすることは問題 とな るであろう。ベルそしてランカスターは 「 一斉教授」ということばを自分たちの システムの特徴 として掲げたことがない。逆に「 一斉教授」が強 く誼われるのは, モニ トリアル・システムを否定する潮流のなかであ り,いわば 「 一斉教授」は 3 0 年代の特許であった。 この潮流のなかで 「 一斉教授」が もつ意味については拙稿

「 微視の権力 としての学校‑ 1 9 世紀イギ リス教育史研究 その 2 の 2 ‑ 」で

触れた。「 一斉教授」 ということばをモニ トリアル ・システムにあてることの疑

義 は次の論文で も出されている。 Wi l l i am R .Jo hns on , ̀ " Chant i ngChor i s t e r s " :

Si mul t ane ous Re c i t at i on i n Bal t i mor e' s Ni net e e nt h‑ Ce nt ur y Pr i mar y

Sc hool s ' ,Hi s t o 7 yO fEd uc at i o nQu a r t e r l y ,Vol . 3 4 ,No. 1 ,1 9 9 4 .

(7)

く 個人〉産出の技術 としてのモニ トリアル ・システム 19

込 み, 固定 す るの に と りわ け適 して い る 。 他 方 , それ は学校 内外 で の子 ど も た ち の道 徳 的振 る舞 い を確 固 た る もの とす る

(ll)

」 もので あ る 。 も う少 し言 う な らば,救 貧 に頼 る こ との な い よ うに 自助 の精 神 を子 ど もの ころか ら植 えつ け,犯 罪 に は しるの を予 防 す る道 徳 ・行 動 原 理 を埋 め込 み, そ の こ とに よっ て社 会 問題 を解 消 す る こ とをめ ざ した もので あ る( 1 2 ) 0

とす れ ば, ラ ンカ ス ター が 「 教 育 にお い て時 間 のエ コノ ミー ( economyof t i me) よ りも重 要 な もの は何 もな い

(13)

」 と言 い, ベ ル が まず もって無 為 怠惰

を槍 玉 に挙 げ, マ ドラス ・シス テ ム の三 つ の 目的 の最 初 に 「学校 で の時 間 の 浪 費 を防 ぐ

14)

」 こ とを掲 げ た こ と も理 解 で きよ う

したが って, 学 校 内で は 子 ど もた ち は途 切 れ る こ とな く何 らか の作 業 に従事 して い る こ とが求 め られ,

そ して時 間, 労 力 ,費 用 そ して罰 をで きる限 り節 約 す る こ とが め ざ され た。

( l l )R e po r to ft hePa r o c h i a lSc ho o l so fStMa7 3 , ' S ,i nAndr e wBe l l , El e me nt so f Tui t i o n・ ・ ・ ・ ・ . ,p. 3 1.

( 1 2 )1 8 3 0 年代 とい う地点か ら眺 めると,いかに もその 「 教育」言説 ( そ してそれ に 連関す る教育 テクノロジー)が表層 をなでてい るにす ぎない とい う印象 をもって しまう。これ も時代 のなせ る技であ ろうか ,1 8 3 0 年代 の膨大 な量 にのぼる社会調 査 の類 ( 官 のブルーブ ックそ して民 の統計調査協会報告書 な ど)が 「 発見」 ( 編 み上 げ) した 「 労働者階級」 には肉薄で きて もいない。 これ は 1 9 世紀初頭 には 労働者が権力秩序 を揺 るがす緊急 の対象 として出現 してお らず,したが って,そ の網 の目のなか に捉 え られてお らず,「 労働者階級」が浮 き彫 りにされて こなかっ た とも言 えよう。したが って,その時代 には労働者階級 には中産階級 とは別 の道 徳 ・ 行動原理がある とは考 え られなかったので はなか ろうか。ところが ,1 8 3 0 年 代 には権力が それ を発見 し,編 み上 げ,労働者階級 はそれ独 自の道徳 ・ 行動原理 をもってい る と捉 えられ るようにな り ,3 0 年代 にはモニ トリアル・システムの拠 り所である教育言説 は無化 された。と同時 に,この ことは文化 とい うパ ン ドラの 箱が開 けられた ことを意味す る。こうして労働者貧民 にかんす る知 は精微 さを増 してい く。もち ろん此岸 と彼岸 の文化 には差異 どころか,上下 の関係がある と中 産階級が捉 えた ことは言 を倹 たないが。

( 1 3 )Jo s e phLanc as t e r ,Z mp7 1 0 V e me nt Si nEduc at i o n ,p. 3 2.

( 1 4 )Andr e w Be l l ,AnEx pe r i me nti nEduc a i i o n・ ‑ ‑ ,1 7 9 7 , pr e f ac e ,Ⅴ.r すべての 人 は子 どもたちがいか に多 くの時間 を学校 で浪費 しているか に気がついている。

したが って,この無益 な時間の浪費 を防 ぐことによって得 られ る利益 を誰 も疑 い

はしないであ ろう。この ことが実現 され,学校が生徒 に とって もっ と退屈 な もの

でな くなるな らば, 学校 で過 ごされ る時間の全部 あるい はほ とん どを役立つ もの

になるように,息子が教育 を受 けることをだれ もが望 む 。」 ( ) b i d. ,p. 1 9. )

(8)

30 人 文 研

第 8 8 輯

「 文字 ,道徳 ,宗教 の基礎 の習得 を簡 素 に,容 易 に,楽 し く,迅速 にそ し て経 済 的 にす る こ とが初 等教 育 の主 要 目的 で あ った。・ ・ ‑・ ひ とこ とで言 え ば, 実際 の学校 を 『 読 み書 きにか んす る遊戯 ( a " LudusLi t e r ar i us" ‑ a gameofl e t t er s ‑ ) 』とす る ことであ る。 そ こで は生徒 の利益 と楽 しみが 手 に手 を とってな され る

。‑ ‑

これ らの 目的 に達 す るために は一一一 教育 にお ける良 き目的 に達 す るため

●●●●●●● ●●●●●●● ●●

には, と くに求 め られ る ことは,注意 力 を固定 し,努力 を生ぜ しめ,学校

●●●●●●●●●● ●●●●●

で の時間 の無駄 をな くす こ とで あ る

。(15)

だか ら号令 一下‑ ラ ンカスター は大人数 の教育 を きわ めて円滑 に運 ぶ た めの一手段 としてサ イ ン ・合 い図 を推奨 してい る

(16)

‑ 生徒 たちが 自分 に課 せ られ た作業 を一 糸乱 れ る こ とな く整然 とお こなって い る ことが, いか に賞 賛 され たか は強調 す るまで もなか ろう

(17)

。子 どもはそ もそ も原理 を もたない ( 不在 )で あ る。 とすれ ば, その く 不在 〉は絶 え る こ とのない なん らか の活動 に よって埋 めれ ば よいスペ ースで\ あった。

時間のエ コノ ミーのための技術

時間 のエ コノ ミー を実現 す るため に,ベ ル は二 つ の原則 をたてて い る。 ひ

( 1 5 )Andr e w Be l l ,Mut u alTui t i o na ndMo r a lDi s c l i , l i ne‑‑; p. 5 0 .

( 1 6 ) 「 若い人の心に戦争愛 ( t hel oveo fwar ) や誤 った栄光 を喚起 してはならない。

人類 の賢明な部分 は既 にそのような恐 ろしい荒涼たる影響 を見て きた。・ ‑‑それ ゆえ厳格な ミリタリーなすべての命令 を避 けるようにしている。モニターが クラ スに右 あるいは左 に行 けと命 じる場合で も,命令 を出さずに,サインによってお

・て ・の ・ベ .秦 ︺ ・す 査

猫 柳 朋 ・ る ・ク

こな う ● ● ● ● 。」 ●● ●● ( J o ●● ●● s e phLanc ● ● ●●●● ●●●● as t e r ● ● ,Z ●●● ●●● mp7 1 0 V ● ● e me ●● ●● nt Si nEduc ● ● ● ● ●● ●● at ● ● i o n ● , ( 17) ●● ●●●●●●●●●●●●●●●●● 「 本やスレートなどを配布したり集めたり,学校を離れ ̲●●●●●●●●●●●●●●● ●●●●●●

に時間の節約が教えられるべきである ●● ̲●●●■● ●●●●●●●●● ・ん

●●●●●●●●●●●●●●●● ●

く練習やほかの仕事をするように監 ■ ●●● ● ● ●●●●●●●●● 督

Ⅶ ⁚ 罷

⁚帥

io: 8 :S :E ・卑 F'はJ: ・ ⁚f :里

・ る 義歯著たまる ● ●● ● ● ●●●● ● ●● ● ● ときには, ● ●●●●●●●● ス レー ト に な立 教面長白身ゐクラス

」 ( Ont heMadr asCode

〕 け

●●●●●●●●

痔疾を癌合たも,他の生徒たちが休 ●● ̲●●●●●●●●●●●●●●

● ● ●●●●●●●●

を 癖 あたら , 何もしないままにして

ofLaws ,Rul e s ,andRe gul at i ons ,f orc onduc t i ngSc hool st hr o ught hea ge nc y

oft heSc hol ar s ,i nAndr e w Be l l ,El e me nt so f Tui t i o n

・ ・

・ ・ ・ . ,p. 5 9 . )

(9)

く 個人〉産出の技術 としてのモニ トリアル ・システム 21

とつ は同等 の学力 の生徒 か ら構 成 され るクラ ス分 け ( equal i z ed cl as s i f i ca‑

t i on) で あ り, もうひ とつ は短 く分節化 され た教育 内容 で あ る 。 クラス分 けに か ん す る構 想 につ い て はす で に他 の と こ ろで簡 単 に触 れ たが, モ ニ トリア ム ・シス テム下 の ク ラス分 け は個 別教授 か ら脱 け出 し,一斉 教授 へ と至 る途 上 の もので あ った こ とが注 目すべ き点 で あ る( 1 8 ) 。別 名 「 相 互教授 」 とも言 わ れ る よ うに,「 生徒 たち 自身 を介 して の学校 運 営 の新 しい様 式( 1 9 ) 」が この シス テム の特徴 で あ った。 す なわ ち, クラス内で生 徒 が モニ ター として教 師 の代 役 を演 じる こ とに よって,教 師 の労働 は最大 限節約 され る こ とにな る

この

● ■ ● ●

● ● ● エ コノ ミー の原則 が貫徹 され れ ば, 「 学校 で はマ ス ター にアル ゴス の百 の眼

● ●●● ●●● ●●● ●● ●●● ● ●● ●● ●● ●

を, ブ リア レオ ー ス の百 の手 , そ してマ ー キ ュ リー の翼 を与 える。 随意 に教 師 の代 理人 を増 やす こ とに よって, それ は教 師 の力 に無 限 の力 を与 える 。 言 い換 えれ ば,教 室 ( s c hool ‑ r oom) に収容 で きるか ぎ りの多人 数 の生 徒 を教 え る こ とが で きる

。(20)

ベ ル は,力 ( パ ワー) の増 大 は知 的 な 目的 に適 用 され た分業 ( di vi s i onof l abour) の成 果 で あ る, とみずか らの システム を誇 らしげに語 って い る 。

( 1 8 ) 拙稿 「 教室の誕生前史‑ 1 9 世紀イギ リス教育史研究 その 2 の 3 ‑ 」 『 人 文研究』第 8 7韓 ,1 9 9 4 年 。「 2 0 人 の少年たちが庶民学校 ( aco mmons c hoo l ) にいる場合 は,各 自が一冊ずつ本 を持つ ことになる。一度 にひ とりずつ教師 に読 み,綴 りをみて もらっているが間,他の 1 9 人 は自分たちの本 を見 ている

もし 恐怖や強制で彼 らの眼が本 に引 きつけられ るようにす るな らば, 外見がそ うだ と お もえるほ ど,彼 らの心の関心 は集 中 している と確信で きるだろうか ?逆 にス レー トを持 っている場合 には ,2 0 人 日の少年が教師 に読 んでいる場合 には,他 の 1 9 人 は何 もせずに座 っているので はな く,スレー トにことばを綴 っている。この 手段 によってクラスは同一の瞬間 に綴 り,書 き,読む ことをしている。これ に加

えて,他 の少年のスレー トを調べ る年長の少年 たちを何人か雇 うことで ,2 0 人 を 教 えるの と同 じ手 間で 6 0 人 あるい は 1 0 0 人 を教 えることがで きる 。」 ( J o s e ph Lanc as t e r , I mpr o v e me nt si nEduc at i o n, pp. 5 0 ‑ 5 1 . )「 教師 に とって積極的な確か

さがある。すなわちクラスにい るすべての少年 は ( 課業 に)従事 し,怠 ける性向 があ らわれ るやいなや発見 され る。他 の少年が教師の個人 的教授 を受 けるのを 待 っている間に,誰 も怠 けて座 っていることはない .」 ( Z b i d. ,p. 7 5 . )

( 1 9 )Andr e w Be l l ,Mut u alTui t i o na ndMwalDi s c i pl i ne . ・ ・ ・ ‑ ,p. 1 5.

( 2 0 )Z b i d. ,pp. 1 5‑ 1 6 .

(10)

2 2 人 文 研 究 第 88 輯

「 学校 がそれ 自身 の生徒 たち,学徒,構成員 を とお して運営 され るとい う 原則 の発見 は,教育 の科学で一時代 をかたちづ くった。人 間の精神 の歴史

にはこれ に匹敵す るもの はない。 それ は知的,政治的,道徳的世界での力

● ●

の増大 と分業 のための新 しい機 関 ( o r ga n) で ある 。 それ はとくに学校 の教 授 そ して規律 と同様 に,学問 と芸術 と科学一般 の伝達 と進歩, そ して拡大 のための能力 あるい は手段 の発達であ る。機械 的な力がその物質的な操作 に力 を与 えるように, それ は人 間の操作 に力 を与 える。機械 によってひ と りの人 間が紡 ぐことので きる綿 や綿 のかせの数 はかな りの高率で増大 させ ることがで きる

それ と同様,知的な機械 によってひ とりのマスターが教 えることので きる生徒数 も増大 す る

。(21)

しか しなが ら, クラス分 けが意味す る ところは,子 どもの時間 を途切れ る ことのない活動 で埋 め,関心 を常 につな ぎとめてお くことに とどまるもので はなか った。 よ く知 られているように, 自己運動的な教育 ( s e l f ‑ t ui t i on) あ るい は 「 生徒 たち自身 を介 しての学校運営の新 しい様式」 を支 えているの は 競争 ( e mul at i on) によるクラス分 けであった。

「 新 しい システムの もとで は,試験 は明確 な公表 された周知 のルール に基

( )000 ( ) ●●●●●●●●●●●●●

づ き,相対的競争 ( r el at i vec ompe t i t i o n) が あ らゆるレッスンにたい して なされ る 。1 5 分 ご と,あるい はす くな くとも 2 0 分 ごとの うち 1 0 分 間 は卓 越 さを競 うこのコンテス トで占め られ る。 よ り勤勉 な生徒 は自分 の優秀 さ

の証 をマスターか らで はな く,学校 の確立 した蓄積 された規程 の もとで要 求す る 。 これ らの場合 の席次争 いの結果 はす ぐにあ きらか となる 。 失敗 し た少年 はなん らの決定 を待 つ ことな くクラスメ一 日 こ地位 を譲 り, それ を 少年 たちは公平 だ と思 ってい る。こうして関心が保 たれ,精神が渉 み込 み, 退屈 さを排除す る 。 したが って少年 たちの顔 つ きは課 された仕事 のつ らさ

( 2 1 )And r e wBe l l ,Th eWr o n g so fCh i l d7 1 e n ‑‑ ・ ,p p. 1 5 ‑ 1 6 .

(11)

〈 個人)産 出の技術 としてのモニ トリアJ L ,・システム 23

とい うよ りも,若々 しいスポー ツに励 む熱心 さをあ らわ してい る

。(22)

「ひ とつ のクラスが他 のクラス を追 い抜 くことはあ りふれた ことで ある。

学力 に関 して最 も高 い クラスが学校 で最 も名誉 あ る位 置 を占め る。‑‑‑下 位 のクラスが上位 の クラス を追 い抜 いた際 に は,上位 の クラスが その席 を 離れ,下位 の席 に降格 され る。 こうした場合 には,上位 の クラス は追 い抜

かれた ことを自覚 し,面 目を失 い,前 の席 を再 び占め るために一生懸命努 力す る 。 これ らの コンテス トはス レー トあるい は本 に書 くことに よって決 0000000000000000000000000000 定 され る。下位 の クラスの各 々の少年 たちの成績 は上位 の クラスの少年 の

OoooO0000aO 0O0000OOO00000000O000 成績 と公平 に比較 され る。 ア ンパ イアがふた りの うち どち らが優 れ てい る

OO0OO 〇〇〇〇〇OOO0000O0000 00OO000OO か を決 める。優 れてい る とい う決定が な された側 に,一番 とい う文字が ス

0000000000 0000000000000000000000 レー トに書 き込 まれ る

そ して審判 を下 す ア ンパ イアあるい はモニ ター は

Ooooo00O0

O

〇〇〇〇〇00 000OOO00O0000O それ ぞれの クラスの二人 の少年 の比較 を,両方 の クラスの全員が検討 され

O0O0O0O 00O00O00000OO000O00O0 O0O るまでお こな う 。 選挙 に も比較 で きる この試験 が終 わ った際 には, それぞ

OO0O00 0 0OO00000O 0000000000000

れの クラスの一番 の人数が合計 され, どち らが多いか を判 断 され る 。 これ が生 み出す勤勉 さや努力 は驚 くほ どの ものであ る。 自分 たちのクラスが多 数 を占めた とわか った際 に少年 たちが あげる歓喜 の声,少年 たちが怠 けた 際 に, モニ ターが クラス を どや して駆 り立 て る様,少年 たちが追 い抜 こう

と努力 した際 に褒 めて駆 り立 て る様 はたいへ んな楽 しさをあた える

。(23)

「アル ファベ ッ トを抽象 的 に教 えれ ば,最 も困難 で あ きあ きす る もので あ る 。 それ は生徒 が学校 のあ らゆる授業 のなかで遭遇 す る もので ある 。 よ く訓 練 されたモニ ター はこれ らの手段 で苦 しみ を取 り除 き,訓練 に新 しい関心 を 与 える( 2 4 ) 」べ きであ る, と内外学校協会 のマニ ュアル に も記載 されてい る 。

( 2 2 )Tho ma sBe r nar d ,O ft heEduc at i o no ft hePo o r・ ・ ・ ・ ・ ・ ,pp. 2 4 ‑ 2 5.

( 2 3 )Jo s e phLanc as t e r ,Z mp7 1 0 V e me nかi nEdu c a t i o n ,pp. 9 8 ‑ 9 9 .

( 2 4 )Ma nu alo nt heS y s t e m o fPr i m a り Z ns t r uc t i o n , Pur s ue d i nt heMo de lSc ho o l

o f t heBr i t i s ha ndFwe i gnSc ho o lSo c i e t y ,1 8 3 1 ,p. 2 5.

(12)

24 人 文 研

第 8 8 輯

す なわ ち学習 内容が仮 に子 どもに とって は無意味 な ものであったに して も, 内容 を細 か く分節化 し,競争 によって味付 けす るこ とによって,子 どもたち

●●●●●●●●●●●

の関心 を喚起 す る ことが可能 だ とい うわ けであ る。「 子 どもは継続 して関心 を

●●●●●●●●

●● ●●●●●●●

払 うことがで きな

い 。一 一

一幼 い子 どもの心 は仕事 だ けでな く, 変化 のない娯楽 もす ぐに退屈 でつ ま らない もの に して しまう。‑‑ベ ル博 士 の学校 で は学 ぶ

●●

の に 5 分以上 かか る どの よ うな レッス ン もちい さな子 どもに は与 え られ な い。レッス ンを復 唱す るのに 1 0 分が与 え られ る。レッス ンは制 限 され た時間 内で容易 に覚 え られ る もので あ る。‑‑‑関心 を集 中で きない少年 は自分 の席 次 をその ときに もっ と集 中 していた競争 者 に譲 る。‑‑す るべ きこ とと仕事 の絶 え間 のない即座 の変化, そ して席次争 い は退屈 さを排除 し,熱心 さをふ るいたたせ,知性 を高 め, 肉体 を能動状 態 に してい る

。(25)

クラス内で の他 の生徒 との, あ るい はクラス対抗 の競争, それ も最終 的 な 段 階で課 され る一 回限 りの もので はな く, きわ めて 日常化 された競争が ここ

にはあ る。 それ ぞれ の生徒 の席次 はこの競争試験 の成績 いか んにかか ってい る 。 ベル もランカスター もそのシステムの根幹 に 〈 競争〉 を据 え,子 どもた ち を無駄 な く効 率的 に動かす のに競争 と褒賞 の システムに優 るもの はない と 謡 いあげてい る 。 この絶 えざる競争 を衝 き動 かす もの は 「 創造 主が最 も賢明 で気高 い 目的のために子 どもの心 に植 えつ けた( 2 6 ) 」 ところの 「 私 たちの本性 の もっ とも強力 な原則 の うちのふ たつ‑一丁人 よ り卓越 したい とい う欲望 と恥 ずか しさや他人 よ りも劣 ってい る ことへ の怖 れ‑ ( 2 7 ) 」で あった。「 能力や知 識 が同 じこれ らの子 どもたち は同 じクラスにランクされれ ば,模倣 と競争 の 精神 が た えまな く働( 2 8 ) 」 き, そ して競争 に もとづいた クラス分 けが 「 分配 す る名誉 と恥が価値 に価 す る少年 の最 も適切 で有効 な褒賞 とな る 。 と同時 に価

( 25 ) Thoma sBe r nar d , o p.c i t . ,pp. 21 ‑ 2 2.

( 2 6 )Andr e w Be l l ,Mut u alTui t i o na ndMwa lDi s c i pl i ne ‑‑ ,p. 5 3.

( 2 7 )Andr e w Be l l ,El e me nt so f Tui t i o n・ ・ ・ ・ ・ ・ ,Par tI I I ,pA5.

( 2 8 )Z b i d.

(13)

〈 個人〉産出の技術 としてのモニ トリアル ・システム 25 ■

値 に価 しない少年 に とって もっ とも強力 な矯正策 とな る

。(29)

」こうして 「 生 き 生 き とした関心が彼 らのすべ て の課業 に払 われ,彼 らの関心 はつね に呼 び起

こされ てお り,彼 らの心 の力 はつね に働 くよ うに させ られ てい る

。(30

) 」この競 争 とクラス分 け との結合 は, 自己運動 的 な教育 ( s el f ‑ t ui t i on) を実現 す る要 石 で\ あった。

もち ろん席 次 とい う賞罰 のみが子 どもを駆 り立 て る唯一 の もので はなか っ た。 「『 褒美へ の期待 が労働 をや わ らげ る』 そ して将 来何 かが達せ られ る とい う期待 が精神 を奮闘努力 させ る。‑‑・ 望 みが増大 す るに したが い,それ を手 に

● いれ よう とす る努力 は思 い もよ らない ほ どそれ と歩調 を合 わせ増大 す る

●●●●

待 をす る とい う性質 が人 間 の勤勉 さにたい して針金製造機械 として働 き,労 働 の この甘味 さがわれわれ のカ ップ内で混 ざ りあ うに したが い, われわれ の 活動 を緩和 あ るい は増大 させ る

.(31)

」 バ ラ・ロー ドの学校 で は 「 一 時 に百 あ る い は二 百 の褒 美 を与 える ことも稀 で はなか った。 その ような際 に は学校 全員 の表情 が最大級 の喜 び を呈 してい るよ うで あ る。褒美 を獲得 した少年 たち は

●● ●

褒美 を手 に持 ち,学校 内 を行進 し,少年 たちの前 にい る伝令 官 ( an he r al d)

( 2 9 )Andr e w Be l l ,Br i e f Ma nu alo fMut ualZ ns t r uc i i o n・ ・ ・ ・ ・ ・ ,p. 7 2 .

( 3 0 )Andr e w Be l l , El e me nt so fTui t i o n・ ・ ・ ・ ・ ・ ,Par tI I I , p. 4 5 . ホーガンはこう指摘 している 。 「 絶 え間のない活動 は上昇するブルジョア 「モラル ・エコノミー」の 中心 目的‑ 勤勉 さ‑ を促進 し, 子 どもたちを忙 しくそして責任 をもたせ るこ とによって トラブルを回避 させ る。‑‑‑適切な動機づけへのキー となるのは 「 競 争」である。‑‑‑ランカスターはホップズが したように利己心の計算か らで はな く,アダム ・ス ミスやマンデヴィル と同様 にパ ッションか ら競争 を導 きだした。

‑‑ランカスターにとっては競争 は「 私たちの賢明なる目的のために私たちの自 然のなかに植 えられた」人間精神 の 「 無垢なる」パ ッションであ り,「 適切 な拘 束 と規程の もとにおかれれば,たいへん優れた目的に役立てることがで きる」も のであった.・ ・ ‑・ 道徳の場 としてのスクールルーム と,競争および成績 を競 い合 う闘技場 としてのスクールルーム との間には緊張 はなかった。「 競争で認め られ る ( e mul at i vea ppr o bat i on) 」 一 一一一 他 の人の上 に立ちたいあるいは他の人の評価 を得 たい とu う欲望‑ そして競争のうず まくクラスルームのゼロ・ サム環境内 での 「 監視」と褒賞の入念 に練 られたシステム は,生徒 を道徳的にすることに脅 威 を与 えはしない 。 」( Da vi dHo gan ,o p. c i t . ,pp. 3 9 9 1 4 0 2. )

( 3 1 )Jos e phLa nca s t e r ,I mf ) r o v e me nt s i nEduc at i o n ,p. 1 7 9.

(14)

26 8 8 輯

が 『これ らの良 い少年 たちは進級 した功 によって褒美 を獲得 した』 と触れ回 る。 この名誉 に浴す る ことは褒美 を獲得す る以上 で はないに して も, それ と 同様 に強力 な効果 を持 つ ( 32) 」 と得意 げに語 られている

実際バ ラ ・ロー ドで 与 えられた褒美 はきわめて多彩であった。 た とえば,財布,各種 のバ ッジや 勲章,鍍ペ ン,「メ リッ ト褒賞」と刻印 された半 クラウン硬貨 あ るいは革 のテ ィ ケ ッ ト,バ ッ ト, ボール,凧等 の数々のお もちゃ,絵草紙 や絵入 りの本, ジ ンジャーブレッ ドナ ッツ,林檎,オ レンジ, さ くらんぼな どの子 どもを励 ま した り,競争 させた りす るための雑 品。 そ して リクレー シ ョンとしての遠足 まで もが褒美の一種 と化 していた

(33

) 。

体 罰 の否 定 と罰 の コー ド化

途切れ ることをしらない競争 と, その競争 の成績 に もとづ き多彩 な褒美が あ らゆる機会 に配 られ る一方,ベルの場合 には体罰 を加 えることには否定的

●●●●●● ●

であった.ベルの ことばを用 いるな らば,体罰 ‑「 恐怖 のシステム ( as ys t e m o ft e r r or)

(34)

」に とってかわ って,ベ ク トル は表層か らよ り内奥 の 「 精神 の支 配 ( t heempi r eofmi nd) ( 3 5 ) 」へ と向 けられ るべ きであった。 その支配 を達 成 す るためには,子 どもたちの生来 のパ ッシ ョンである欲望‑ 名誉 と恥辱

‑ の原則 を用い ることで じゅうぶんであった。

「 体罰 はそれ を受 ける人 の理解 を鋭 くし,記憶力 を改善 し,知識 を進歩 さ せ る傾 向 はそれ 自体 として まった くない。他方 それ は罪 を犯 した者 をいっ そ う頑 なにさせ,学校仲間 をうんざ りさせ,学校,本 そ して教師へ の嫌悪

( 3 2 ) L b i d. ,p. 8 8.

( 3 3 )1 8 3 0 年代の内外学校協会のマニュアルは依然 として競争 と褒賞制度 をそのコ アに据 えている 。( Ma nu alo nt heS y s t e m o fPr i maり Z ns t r uc i i o n , ♪u7 S ue di n t heMo de lSc ho o l o ft h eBn. f i s ha ndFo r e i g nSc ho o lSo c i e t y ,1 8 31 ,pp. 5 8 ,7 3 . ( 3 4 )Andr e w Be l l ,AnE x pe r i me nt ‑・ ‑ ,p. 1 9 .

( 3 5 )And r e w Be l l ,El e me nt s o f Tui t i o n・ ・ ・ ・ ・ ・ ,Par tI I I ,p. 6 2 .

(15)

〈 個人〉産出の技術 としてのモニ トリアル ・システム 27

をか き立 て る。 したが って, それ 自身 の目的 を挫 き無効 にす る 。 肉体 的恐 怖 に もとづ く規律 は, それ を逃 れ る希望が ある ところで は失敗 し,せ いぜ い一時的効果 を もつにす ぎないo それが支配 している ところで は,生徒 は 罰 を受 けない ことのみをめざ し,進歩 そ して改心 をめざさない。

偶然的な,窓意的な体罰 に代 わって,マ ドラス ・システム は人間の本質 ( c ons t i t ut i o n) に もとづ き,子 どもの特質 にかなった, そしてその対 象 と な る人々 自身の管理 ( admi ni s t r at i on) に任 され,絶 え間 な く作業 す る法 コー ドにお きか えた 。‑ ‑

■●●

結局,同質 な クラス分 け ( e q u al i z e d c l as s i f i cat i o n) とい う方法 は学校 を

■●●

闘技場 ( ar e na) とす る。 その闘技場 で は,学徒戦闘員 にたい してその成功 失敗 に応 じて褒賞 と罰が片時 も休 む ことな く与 え られ る。( 3 6 ) 」

ランカスターの場合 は,ベル とは若干様相 を異 に してい る 。 どの ような罰 も繰 り返 し用 い られてい る と,慣れが生 じて しまい,その効果が薄れて くる。

これ を防 ぐには罰 の様式 をで きる限 り多様 に し, 目新 しさの力 を借 りるしか 手 はない。 このため恥辱 を与 える体罰へ の傾斜がみ られ る。

た とえば,学校 での規律違反が 目にあまる場合 には,少年 は首 の まわ りに 重 さ 4 ポン ドか ら 6 ポン ド程度 の木 の丸太 を晒 し台 として くくりつ けられ, その まま自分 の席 に座 らせ られ る

正 しい姿勢 で座 らない と,バ ランス は失 われ,丸太 は首 に重荷 をか ける 。 約 3 0c m の木製 の足伽 をはめた まま,疲れ きるまで学校 のなか を歩 き回 る罰 もあ る 。 こうされ ると子 どもたちはいっ と きも早 く解 き放 たれ たい と思 い,以後 は行儀正 し く振 る舞 うことを喜 んで約 束す る

この罰 によって も思 うほ どの効果が もた らされなか った場合 には, 左手 は背中の後 ろに くくりつ け られ, あるい は肘か ら肘へ と木棚が くくりつ けられ る

時 には足 も一緒 に くくりつけ られ る 。 分別 あるそ して能力 ある子 どもたちに科せ られた最 も強烈 な罰 のひ とつ は,少年 たちを袋 あるいはか ご

( 36) And r e wBe l l ,Mut u alTui t i o na ndMo y ; alDi s 頑) l i ne ‑‑ ,p p. 5 4 ‑ 5 5 .

(16)

28 人 文 研 究 第 88 輯

に入れ,全生徒 たちが見 ることがで きるように,学校 の屋根 に吊 るし,生徒 たちが その 「 寵 の鳥」 を見 て笑 うものである

(37)

0

親へ の反抗,汚 い言葉づかい,道徳 に反す る行為,身 な りがだ らしないな どの場合 には, 自分 の罪状 が記 されてい る札 を付 け,頭 の上 には紙製 あ るい は錫製 の冠 をかぶ り,彼 の罪状 を触 れ歩 くふた りの少年 を先導 に,学校 内を 歩 きまわ る恥辱の刑 に処せ られ る( 3 8 ) 。あるい は,ず る休 みをした少年 の首 に は大文字で 「 ず る休 み ( TRUANT) 」 と書かれた大 きなカー ドが さげ られ, ポス トに くくりつ け られ る 。 同 じ違反 を繰 り返 す場合 には,毛布 に くるんで 教室 の床 の上 に夜 中寝かせておかれ る( 3 9 ) 。さ らには,放課後 に自分 自身で は 解 けなし千ように机 に縛 りつ け,閉 じこめる監禁 ほ ど効果的な罰 は他 にはない,

とその多彩 さを誇 っている

(40)

。 そ もそ もモニ トリアル ・システム は,人間 の 生来 のパ ッシ ョンを基本的 に肯定す ることか ら出発 している。人間が快楽 を 追 い もとめ,不快 を避 ける とい う,一面 で はきわめて リアル な社会的人間像

に立脚 した ものであ る 。 生徒 の望 ましい行動 に対 して は即座 の賞 を,すなわ ち快 を与 える一方,望 まし くない行動 に対 して は即座 の罰 を,すなわち不快 を与 える。教室 の隅々 にまで この賞罰 の体 系 を張 りめ ぐらせ, この過程 を繰 り返 し習慣化す ることによって,おのず と生徒 は望 ましい価値 を身 につ ける ようになるはずであった。

こうした教育 は一見 した ところ,子 どもたちを服従 させ,学校 内の整然 た る秩序 を形成す るかの ようにみえるが, その実,子 どもたちの精神 の表層 に しか到達 しない もので あった。教室 内での教師 と生徒 との力学的関係 に もと づいた教育 は, その関係が及 ばない場面で は,子 どもたちが望 ましい行動 を す ることをす こしも保証 しない ものであった。 したが って,子 どもの心の よ

( 3 7 )J os e phLanc as t e r ,Z mpy 1 0 V e me nt Si nEduc at i o n,pp. 1 0 1 ‑ 1 0 3 . ( 3 8)Z b i d "p. 1 0 3 .

( 3 9)Z b i d. ,pp. 1 1 3 ‑ 1 1 4 .

( 4 0)Z b i d. ,p. 1 0 4

.

(17)

く 個人〉産出の技術 としてのモニ トリアル ・システム 29

り深 い ところに踏 み込 もうとす る, そ うい う方法へ と焦点 は移動 してい く。

ところで,賞罰 を与 えるべ きか否 か, そ して どの ような賞罰 を与 えるべ き か は教 師の判 断 に よるので はない。 とい うの も, 自己意識 ・確認 を もた らす 作業 はパー ソナルな権力,悪意的 な権力 によって左右 され る ことは避 けなけ れ ばな らなか ったか らで ある。 そのためには教 師 のパー ソナル な権威 で はな く規則 のイ ンパー ソナルな権威 が システムの コアを占めるべ きで あった。 だ か ら 「 一度精神 の支配 に到達 で きれ ば‑ そのためには公正 さ,学校 の寛大

00000000000000000

で緩 やかで はあるが,確 固 たる規則 をか たよ らず に管理 す る以外 の何物 も必 要 とはしない

(41)

」 モニ トリアル ・システムの もとで は,教師 は 「 道徳 の人格 化 され た」存在 で はな く, したが って生徒 のモデル にな る もので はなか った。

学校 はで きる限 りマ シー ン として 自己運動 す ることが望 ましか った( 4 2 ) 0

「マ ドラスス クール の生徒 は,学校 に は窓意 的 あ るい は不平等 な もの はな 000( )00DOOO

に もないばか りで な く,生徒 をそのポス トに割 り当て るの にい ささかの遅 れ もない, とい う絶 え間 ない経験 を してい るので, この原則 ( 競争 の こと

( )00000000000

‑・ ‑・ 上野) の力 は少 なか らず高 め られ てい る。明確 にさだめ られ た法 の も 0 000000000000000OOOO000

と,法 の 自然 の働 きそ してそれ 自身 の遂行 に委 ね られ,すべての競争者 は クラス内の上位 の者 の誤 りを正 す ことによって勝 ち得 た地位,席 次 を主張 す る特権 を持 つばか りで はな く,実際 にそれ を占め る特権 を持 つ

。・‑

も し生徒 が ク ラス で の 高 い地 位 や 席 次 に, あ るい は学 校 内 で 上 位 の

( 4 1 )Andr e w Be l l ,El e me nt so f Tui t i o n・ ・ ・ ・ ・ ・ ,Par tI I I ,p. 6 2.

( 42) 牧人司祭権力 とは, ( 1 ) 対象が個人であること ( 2) その対象の幸せを図ること ( 3) 献 身的であること,の三つに特徴があるのだが,これを個人の側か らみると,( 1 ) 自

らを救 うことを義務づけられてuる ( 2 ) 他者の権威 を受け入れなければならず, 演

よりももっと細か く厳密で微妙な支配 と断罪が待っている。 牧人司祭 は個人の行

動すべてを知 り,監視 しているか ら ,( 3) 自己の意志を強要 され謙虚 さを求められ

ている, ということになる ( M. フーコー 「 ぐ隆〉 と権力 」 「 現代思想」7 8 , 6 月

号,『 哲学の舞台』 朝 日出版社) 。 この牧人司祭の特徴 を考 えてみると,それは聖

職者的 「 教師」にもっともふさわしいので はなかろうか。モニ トリアル・システ

ムでの教師が このような役割を担 っていた とはいえない。ここではそのような役

(18)

30 人 文 研 究 第 8 8 輯

フォームに上が った とすれ ば,彼 にそれだ けの価値 が あ るか らであ り, え こひい きによって上位 を占めたわ けで はない。 あ るい は彼 が クラス内で失 敗 し, あ るい は学校 内で下位 のフォームへ落 ちれ ば, 自分 自身 の怠慢 ある い は能力 のな さを もっぱ ら責 め られ るべ きで あ り,気 ま ぐれ あ るい は不公 平 を嘆 くことはで きない

。(43)

競 争 試 験

この ような 日常化 され た競争試験 の起源 を探 るの に, それ ほ ど歴史的 に遡 る必要 はない。 とい うの も,かつて試験 は教育課程 の最終地点 に位置す る. も ので あった。 だが,近代 的 な学校 で は試験が学習 の過程 でた えず くりか えさ れ, その能力が くりか え し検証 され る こととなった。 そ してい まや試験 は日 常 の教育 プロセスのなか に浸透 し, その監視 の まなざ しは子 どもたちの一瞬 一瞬 を捉 えるようになった.言わず もが なの ことだが, ここで競争 を倫理 的 に断罪 しよ うとい うので はない。 日常的 な競争 そ して試験 が子 どもたち に も た らした もの こそが問題 なので あ る 。 言 いか える と, この競争試験 に もとづ

くクラス分 けの過程 でいったい生徒 の意識 ( s u b j e c t i vi t i e s ) に何が もた らさ れたのであ ろうか, とい う問いで\ ある。

すで にフー コーそ してホスキ ンにな らいなが ら試験 について触 れ たが, こ こで再度 モニ トリアル ・システム に即 して考 えてみ ることにす る 。 そ もそ も

「 規律 ・ 訓練 の行使 は‑‑・ 見 る ことを可能 にす る技術 に よって,権力 の効果が

割 を担った教師の出現,たとえば 1 8 3 0 年以降,政策上では 1 8 4 6 年の覚書に結実 する 「 教師」について触れる余裕 はない。だが少な くともモニ トリアル・システ ムの教師の役割が,たとえば対象をひ とりひとりの生徒 に絞っていたは考 えられ ない。あ くまで も対象はマスであ り,ひ とりひ とりの生徒 とふれあうことではな く,システムを監視することにおかれていたことは明 らかである。その対象の幸 せを図ることにあるならば,それは子 どもの 「内面」にまで踏み込 まなければな

らないし,メカニカルなシステムの一部 と化す ことは自らの生命 を絶つことにひ としかったはずである。 献身的であるにはモニターはその聖職者的使命 を内在化 させていた というにはほど遠かった。

( 4 3 ) An d r e wBe l l ,El e me nt so fTui t i o n‑‑ ,Pa r tI I I ,p . 4 7 .

(19)

( 個人〉産 出の技術 としてのモニ トリアル ・システム 31

生 じる装置, しか も逆 に,強制権 の諸手段 によって, それ らが適用 され る当 の人 々が はっ き り可視 的 にな る装置 を前提 とす る 。 ( 4 4 ) 」匿名 のマス としての 生徒 はその技術 のひ とつであ る「階層秩 序的な視線」にさ らされ るこ とによっ て, ひ とりひ とりが 「 個人」 として 「 可視性」 を帯 び るようになる

この過 程 は同時 に,匿名集団 としての生徒 をカテ ゴ リー化 し, そ して その向 こうに 能力 の標準 あ るい は尺度 を生 み出す過程 で もあった。 い うな らば 「それ は規 格化 の視線 で あ り,資格付与 と分類 と処罰 とを可能 にす る監視 であ る

あ る 可視性 を とお して個 々人が差異 をつ け られ, また制裁 を加 え られ るのだが, 試験 はそ うした可視性 を個々人 にたい して設定 す るので あ る。 ( 4 5 ) 」試験 は生 徒 を個人 へ と分解 ・可視化す る と同時 に,生徒 を分類評価 し,規格化 す る装 置 と化 してい る 。 一言 で言 えば 「 比較 し差異化 し階層秩 序化 し同質化 し排除 す る

(46)

」 テ クノロジーであ る。

だか ら試験 は権力 のある もの ( 教 師)か ら,権 力 のない もの ( 生徒 )へ の

「 知識 の絶 え間 ない交換」 ばか りで な く,試験 に出 され た問題 を解 くこ とに よって 「 主体」 は自らを開示 す る, とい うよ りも編 み出す, そ うい う装置 な のだ。言 い換 えれ ば 「 教師用 に確保 され る知 を生徒か ら先取す る, そ うい う 装置 なのだ

。(47)

」したが って,「 試験 は,個人 を権力 の成果 お よび客体 として, 知 の成果 お よび客体 として構成す る・ ‑‑諸 方式 の中心 に位置 してい る

(48)

」 も

ので ある。

であるな らば, 「 階層的 な視線 」 と 「 規格化 の視線 」 はモニ トリアル ・シス テ本 を刺 し貫 いてい るのだ ろうか。 モニ トリアル ・システムで は, ほ とん ど 途切 れ る ことのない競争試験 とい うハー ドルが生徒 の走 るコースには設 け ら

( 4 4)M. フーコー,田村倣訳 『 監獄の誕生一一一 監視 と処罰‑ 』新潮社 ,1 97 7 年, 1 7 5‑1 7 6 貢。

( 4 5) 同上訳書 ,1 8 8 貢。

( 4 6 ) 同上訳書 ,1 8 6 頁。

( 4 7) 同上訳書 ,1 9 0 貢。

( 4 8) 同上訳書 ,1 9 5 貢。

(20)

3 2 人 文 研 究 第 88 輯

れていた。 このハー ドル を跳 び越 えるか否か によって,隣 りのコースを走 っ てい る他 の生徒 と比較 されてい る 。 競争試験 とい うハ ー ドル を媒介 として生 徒が クラス内の席次 を絶 えず上下 し,上級 クラスへ進級 した りあるい はその 道 のプロセス をへ ることは, それ 自体名誉 と恥辱 を生徒 に与 えるものであっ た。 また競争試験 にたい して はすでにみたように, よ り具体 的な物 品 とい う 形で も褒美 は与 え られた。 い うな らば規律 の権力 た る競争試験 をパス したか 否かによって,他 の生徒 との比較 による対他的な意識 をもた らし, それ と同 時 に自己認識 ・自己規定 をもた らす はずであった。

さ らに近代 的 「 試験 は‑‑・ 個人性 を記録文書 の分野 の対象 にす る( 4 9 ) 」 もの である 。 試験 の記録資料 の累積, そ してその比較 の結果, それぞれの生徒 の 差異 はきわだち,いっそ う 「 個人」 を浮かび上が らせ るようにな る 。 ベルの システムで は,違反 は毎 日,閣魔帳 ( t h eBl a c kBo o k) に記録 され,一週間 に一度全生徒 を前 に して審査 され,1 2 人 の少年 たちか らな る陪審 員 の手 に よって刑が言 い渡 され る きま りであった

(50)0

同様 に生徒 は毎 日一種 の 「日々の課業記録簿」をつけ, なされ たレッス ン, 書 いたページ,お こなった計算, お こなった仕事等々 のそれぞれの数量 を書

き留 めてお く 。 そ うしておいて 「 生徒が前 日にお こなった もの, そ して他 の 少年がお こなった もの とそれ とを教師 は比較 す る 。 そして毎月末 にはこれ ら の数量がすべて生徒 によって加算 され,生徒が前月 にお こなった もの と, そ して他 の生徒 によってな された もの とが教 師 によって比較 され る

。(5

1 ) 」 ここ には教師 と生徒 みずか らによる累積記録 のチ ェックがあ り, あ きらか に生徒

( 49 ) 同上訳書 ,1 9 2 頁。

( 50) ただし「 完全なる教育 と学校の規則のかたよりのない運用によって,第 9 そし て 1 0 番 目 ( 閣魔帳および陪審制度‑‑上野)の規程 は死文化する。規律を維持 するには監視 と競争の全般的規則で事足 りる 」( Andr e w Be l l , El e me nt s o f Tui t i o n ‑・ ・ ・ ,Pa r tI I I ,p. 3 4 . )ので,その規程 は死文化 されていたということで ある。

( 51 )Andd r e w Be l l ,AnEx pe r i me nti nEduc a t i o n・ ・ ・ ・ ・ ・ ,1 7 9 7 ,pp. 1 6 ‑ 1 7.

(21)

く 個人〉産出の技術 としてのモニ トリアル ・システム 33

相互 の成績 を比較す る手段が ある。個々 の生徒 の記録 に とどめることは当然 の ことなが らその記録 を比較 す る ことを合意 してい る 。 比較 の結果,個々人 の差異 は明視化 され るはずである 。 ひ とりひ とりの子 どもたちの育 ちの過程 は, その時間的 な流れ にそって記録 に とどめ られ,個々人 の差異 は時間的流 れに ともな う変化 の記録 の累積, そしてその分析 を通 して浮 かび上が って く る 。

この記録 にかん して,ベル は 6 つの形態 の 「 記録簿」を挙 げている。 「 入学 簿 ( t heAdmi s s i on‑ book) 」,「 学習進度 を示す記録簿 ( t heMa r ke dBook) 」, 大規模 な学校 で入学簿 を参照す るための「アル ファベ ッ ト順 の生徒名簿」 , 「出 席簿 ( t heDai l yAt t e nda nc e‑ book) 」 そ して五番 目に 「 片側 には課業終了時

に各生徒が 占めた席次, もう片側 にはクラスの レッス ン内容が記入 され るク ラス簿 ( t heCl as s ‑ book) 」。 そ して最後 に挙 げ られてい るのは「 子 ども計 ( t he Pai dome t e r ) 」である 。

「 子 ども計 は, 3 分割 された 1 2 のコラムに,入学時か ら退学時 までの, 各月末 日に生徒が読 み方,計算,宗教 の暗唱で到達 したコースの本,貢 そ して段 階が記入 され る。二 つ折 りの紙 の一列 は各生徒 の一年間の進歩 を示 している 。‑‑ ‑

子 ども計 は物質界 での気圧計,温度計 と同様 ,知的な世界で も優 る とも 劣 らないほ どの価値 ある事実 の記録 となる。 自分 自身 の学校 の成功 そ して 普通教育 に関心 を抱 いてい るすべての人々の関心 を惹 くに価 す る。

その重要性 について は実例 を必要 とはしないであ ろう 。 すなわち, それ はそれ ぞれ の子 どもが その教育 歴 の なかで どの程度進歩 したか について の,即座 のそして消す ことので きない情報 を提供 し, マスターの奮起 を促 すのにたいへ ん適 してい るし,査察 をす る者が生徒 の進歩 をチェ ックし, 000000( ⊃00000000 矯正 し,取 り締 まることを可能 にす る。学問の世界 は新 しい科学 の基礎 と

00000000000000000 0000000000000 0 なる大量 の素材 を所有す ることとなる。やがてひ とつの基準が得 られ, そ

000000000000000000000000000000000

れ によって査察す る者 は他 の学校 と比較 してその学校 の進歩 を判 断す る こ

(22)

34 人 文 研 究 第 8 8 輯

00000 0000000000OO00O00O0000O( 〕00 とがで きる。 そ してマスターが他 の成功 によって 自分 の成功 を判 断で き,

000000000000000000 努力 を促 され る平均的基準が樹立 され る。( 5 2 ) 」

競争試験 の記録 を累積 し, その波過装置 を とおす ことによって,ひ とりひ とりの生徒 の成績 の差異 は明視化 され る 。 と同時 に, その成績 を分類 す るこ とによって,生徒 を標準か らの計量可能 な逸脱 によって個人 ( 別)化で きる ような客観 的尺度 がかたちづ くられ る。「 子 ども計」はい うな らば権力/知 の あた らしい微視的装置で あった。 ある子 どもの活動 は時間 の流れのなかで記 録 の累積が はか られ,他 の子 どもと比較 され差異化 され, そのプロセスのな かで標準値が設定 され,標準値 か らのずれ は有徴性 を帯 び, ある意味づ けが なされてい く 。 こうして対 象化 され,客観化 された ( なん らかの意味づ けさ れた)真理 にアイデ ンテ ィファイす る ことを子 どもに求 めてい く 。 これ こそ 対象化 ・ 客観化す る ことは主体化 ‑服従化 ( s u b j e c t i vi t y) の契機 になる とい うことである。子 どもたちの育 ちの過程 は, ある微細 な操作 フィル ター を と お してカテゴ リー化 した像 を結 んでい き,みずか らを同質化 しあるいは排除 す るために, それ を自己確認 のために と言 って もいいが, その像が子 どもた ちに提供 されたわ けである 。

モニ トリアル ・システムか ら離れて鳥E 敢すれ ば ,1 9 世紀 の学校教育 はひ と りひ とりの生徒 をその標 的 とし,試験 は 「 個人化」 をめざす規律 の権力 の微 視的テ クノロジー としてみずか らを構築 していったのである。 それが あたか も 「自己」 とい う 「 真理」であるかの ように, みずか らそれ に同質化す る, あるい は排除 され る,そ うい う作業が学校 とい う場 で企図 されたわ けである。

だか ら学校 は 「自己」 とい う 「 真理」 をみずか ら生 み出す 「 知 の実験室」で もあった。 この意味で規律 の権力 としての学校 は抑圧 を本質 とす るもので は な く,創造 をその本質 とす るものであった。 また子 どもにか んす る記録 の累 積 は子 どもにかんす る「 知 」 ‑科学が成立す るための一里塚で もあった と言 え

( 5 2 )And r e w Be l l ,Mut u a lTui t i o na ndMo r a lDi s c i pl i ne ・ ・ ・ ・ ・ ・ ,p p. 1 0 2 ‑ 1 0 3 .

(23)

く 個人〉産出の技術 としてのモニ トリアル ・システム 35

よう。

残念 なが ら,「 学問 の世界 は新 しい科学 の基礎 とな る大量 の素材 を所有す る こととなる。やがてひ とつの基準が得 られ, それ によって査察す る者 は他 の 学校 と比較 してその学校 の進歩 を判断す ることがで きる 。 そ してマスターが 他 の成功 によって 自分 の成功 を判 断で き,努力 を促 され る平均的基準が樹立 され る」 とい うように,モニ トリアル ・システムのなか に個々人 を即座 に位 置づ ける標準性 を生 み出す テクノロジーが備 え られてお り, そのシステムの 実際の運用のなかで機能 していたか はきわめて疑問で ある

とい うの も, ホ スキンらによれば,モニ トリアル ・システムの競争試験であれ,褒賞制度 で あれ, それ はあ くまで も ( 相対的)競争 であ り,対他的認識 に もとづ く く 相 対 的〉 自己認識 を生徒 に もた らす ものであった。他方,近代 的な試験 の指標 は「 客観的」尺度 としての点数 の導入 にあった。 したが って,モニ トリアル・

システムについて も, ホスキンは権力/知 テクノロジーの端緒 を開 くもので あることは認 めていたが, 「 規格化 をお こな う制裁」が全面化 した もので はな い とみな している

すなわち,個人 の自己価値 を測 る客観的尺度 た る点数評 価が欠 けてお り,「階層秩序的 な視線」 と 「 規格化 をお こな う制裁」とい う微 視的テ クノロジーが,末 だ完成態 には至 ってお らず,〈 個人)とい う知 を生 み だす まで には至 っていない としている。生徒 を標準 を もって個人 ( 別)化 で きるような, あるい は標準か らの計量可能 な逸脱 によって個人化で きるよう な,客観 的尺度がかたちづ くられて はいなかったので ある

(5

3 ) 0

逆 に言 えば,仮 にモニ トリアル ・システムが規律 の権力 として一応 の完成 をみていた とすれば, ここにおいて 「 個人性」や 「 内面」が成立す る条件 は じゅうぶんに満 たされていた はずである。 しか しすで にみて きたように,モ ニ トリアル ・システムの原則 は機械 的であ り,時代 の教育課題 に応 えられな い, として批判 され斥 ぞけ られていった。名誉 と恥辱 の習慣化 ‑競争 とい う

( 5 3)Ke i t hW.Ho s ki nandRi c har dHMac ve,̀ Ac c ount i nga ndt heExami nat i on

(24)

36 人 文 研 究 第 88 輯

原理 は表層的 な もので あ り,子 どもの内面 に食 い込 む ことので きない もの と して,す くな くとも 1 8 3 0 年代 の教育学 に とってかわれ られ る もので あった。

この点 はよ り精微 に展開 され るべ きだが ,1 9 世紀 の後半 になれ ば,その よう な原則 にかわ り 「 良心 」 「 内面」とい うよ うなタームが支配的 にな るので はな か ろうか。 とい うの も ,1 9 世紀 の初頭 には「 子 ども 「良心 「内面 「 全面 的 人間 」 とい うような 「 科学的」知 が規律 の権 力 によって 「 発見」 ( あ くまで も 括 弧つ きの もので あ り,正確 には編 み上 げ) されて はいなか ったのであ り,

それ らが 「 発見」 され るの は規律 の権力 が その細 かな網 の 目をよ りひ と りひ とりにかぶせ るようになる 1 9 世紀 も後半 になってか らであ る。その ような前 提 の もとで初 めて 「 子 ども」 に錘鉛 をお ろした 「 教育学」が成立す るので は

なか ろうか。

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