田中治彦著『「援助」する前に考えよう 参加型開発 とPLAがわかる本』
著者 上條 直美
雑誌名 PRIME = プライム
号 25
ページ 155‑158
発行年 2007‑03
URL http://hdl.handle.net/10723/646
もしあなたがタイのチェンマイに旅行して、 た またまトレッキングに出かけたときに、 村の奥で この村の学校はお金がなくて困っています。 あ なたの寄付があれば、 もっと子どもたちに教材や 道具を買ってあげられます。 どうかあなたの10ド ルをこの学校のために寄付してください。 とい う看板を見たら、 あなたはどうしますか?
そのような問いかけから始まるこの教材は、 原 作者の田中治彦氏のタイでの実体験に基づいた考 察と、 援助って本当にいいことばかりなの?とい う素朴な、 しかし深い疑問を真正面から取り上げ ている。
本書には、 「参加型開発と PLA がわかる本」
と 「国際協力の募金に寄付したあなた・海外でボ
ランティアしたいあなた」 という2つの副題がつ いている。 参加型開発や PLA (参加型学習行動 法、 Participatory Learning and Action) とい う専門的な用語に関心を持つ人と同時に、 国際協 力に関心を持ち何かしてみたいと思い始めている 若者のアンテナにも届くようになっている。 開発 教育は、 もともと一般市民が国際協力や教育に関 心を持つようになることを目的とした、 国際協力 NGO 関係者から始まった教育活動なので、 両者 の橋渡し役というポジションは極めて重要である。
国際協力は援助の専門家だけが考えればよいとい うものではない。 例えば日本では、 年間一人あた り約2万円 (要確認) の税金を ODA として出し ている。 その使われ方に関心を持つのは、 市民と しての責任であるとも言えよう。 また、 個人でお 金を出して途上国の村に学校を建てたり、 子ども の奨学金支援をしたりということはしばしば聞か れる話である。
また、 スタディツアーなどではなく普通の海外 旅行でも、 いわゆる観光地だけではなく現地の人々 との交流を求めたり、 奥地まで足を延ばしたりす ることも以前よりずっと可能になってきた。 そん なときに、 もし冒頭のような場面に出くわしたな ら、 黙って通り過ぎるのか、 10ドル出すのか、 そ れとも他の選択肢があるのだろうか?
本書の構成
本書は三部構成で、 第一部は援助と国際協力を
「援助」 する前に考えよう
上 條 直 美
(国際平和研究所助手)
田中治彦著
2006年
開発教育協会
テーマにした教材、 第二部は参加型開発と参加型 学習の実践を、 PLA の手法を通して学ぶ教材、
第三部は参加型開発と開発教育についての解説と なっている。
第一部は、 冒頭の場面から始まる。 主人公は
「あなた」 である。 看板を立てたのは、 「あなた」
と同じように3年前にチェンマイを旅行したこと のある日本人のアイ子さん。 そのとき出会った村 の小学校の子どもたちと、 彼らが通う貧しい学校 のために、 アイ子さんは帰国後も募金活動を続け、
20万円あまりの寄付をしている。 タイの山村で20 万円といえば相当な金額である。 この事例に基づ いて、 グループに分かれてディスカッションを行 い、 10ドルを寄付するのか、 しないのか、 それは なぜか、 などを話し合い、 援助について自分だっ たらという等身大のレベルで考えるのがねらいで ある。 次に、 ではどのようなプロジェクトならよ いのか、 という視点から 「慈善型」 「技術移転型」
「参加型」 の3つの典型的なタイプの開発プロジェ クトを比較検討し、 現地の人々にとって自立的な 開発とは何かについて考える。 そして最後に、 日 本にもし海外からボランティアが来たら、 という 設定で、 外部からボランティアを受け入れるとい う逆の立場を疑似体験してみる。 「される側」
から見たボランティア 考である。 マリアとピー トという英語圏から来た二人の若者。 二人とも日 本文化や環境保護に関心はあるものの、 やってみ たいこと、 できることはあまり具体的ではない。
そんな二人を町民の一人である 「あなた」 はどの ように受け入れるのだろうか?あるいは受け入れ ないのだろうか?
第二部は、 日本ではまだあまり馴染みのない PLA を具体的に紹介している。 「地域マップづく り」 (地域を歩き、 地図を作り、 地域の特徴や課 題を発見する)、 「季節カレンダー」 (1年間の生 活リズムを知る)、 「社会関係図」 (社会組織や集 団との関係を確認し、 立場による社会関係の違い
を発見する)、 「地域の課題とランキング」 (取り 組むべき地域課題の優先順位を考える)、 「因果関 係図」 (特定の問題の原因と解決策を考える) な どである。
PLA は途上国の農村において、 住民が自ら自 分たちの問題を発見してその解決に向けて参加す る態度を養うためのさまざまな参加型学習の手法 である。 従来の開発の主体は政府や開発業者であっ たことに対し、 PLA では、 開発の主体は地域住 民であるというところに大きな転換があるとされ ている。
第一部で従来の援助のあり方を問う中で、 住民 主体の開発には長期的な視点と、 あくまで現地の 人々の主体性を尊重するという視点が浮かび上がっ ていく。 そこで住民主体の開発として取り組まれ ている参加型開発への理解を深めることを目的と した第二部につながっていくという構成になって いる。
共生への模索
本書の取材先となっている北タイの NGO 活動 は、 1980年代後半、 援助のあり方と現場のニーズ の食い違いにより混乱が起こり、 数々のプロジェ クトが不成功に終わるという苦い経験をした。 そ こで1989年から4ヵ年にわたり、 参加型開発の提 唱者であるロバート・チェンバースらを招き、
PRA (参加型農村調査法、 Participatory Rural Appraisal) の参加型開発の手法を学ぶ。 住民自 らが地域の問題を発見し、 その解決のために計画 をつくり、 プロジェクトを運営し、 評価する、 と いう開発のプロセス全体に住民が参加する方法を 実践していくこととなる。 PRA のプロセスその ものが、 住民の学習機会となるのである。 また、
参加型学習は、 言うまでもなく途上国において必 要とされるばかりではない。 持続可能な開発とい う概念の提起の背景には、 先進国、 途上国を問わ ず、 地球に住む皆が自分の責任として自らの社会
「援助」 する前に考えよう
のあり方、 世界全体のあり方を見直し、 途上国と 先進国の格差のある関係を是正していく責任主体 なのだ、 という主張が強く存在する。 参加型開発 はむしろ先進国の市民にとってより必要とされる べきなのではないだろうか。
バングラデシュやネパール、 インドで活動を行 う日本の NGO、 シャプラニール=市民による海 外協力の会は、 30年以上にわたりバングラデシュ の農村開発に従事してきた。 その歴史の中で、
「善意に基づいた援助」 ではなく 「市民による協 力」 という路線を打ち出し、 日本の私たちこそが 自分たちの生活や社会を変革していくべきだとと 問いかけた(1)。 一方通行的な協力ではなくて、 同 じ地球に生きるもの同士が自ら力をつけて自分た ちの社会を変えていこうとするつながり、 すなわ ち 「共生」 こそがこれからのあり方なのだ、 とい う議論を提起したのである。
相互の学びあいという関係のあり方は、 これか らの 「協力」 関係の軸となっていくであろう。
また、 子どもの 「参加」 というテーマも取り上 げ、 大人と子どもの関係のあり方を問う、 「参加 のはしご」(2)を紹介している。 参加型開発は、 先 進国と途上国の関係のあり方を問い直す契機とな るものである。 参加型開発を考える上で、 地域住 民の中でも最も参加から遠いところに置かれてい る女性、 子どもの参加を保証していくことは、 コ ミュニティ全体の主体性を強めていくことでもあ る。
相互の学びへの模索
共生、 共に学び合うということの具体的な中身 はどのようなものなのだろうか?タイと開発教育 教会は3年間にわたり、 相互学習のためのセミナー をタイにおいて開催している。 主として北タイで 環境保全に関わりながら参加型学習の手法を使い 活動をしているピン川保全協会と日本の学校教員 を中心としたグループとの交流である。 ピン川保
全協会は、 タイの主要河川であるピン川をめぐる 環境問題を市民に対してキャンペーンを通じて情 報提供し、 問題解決のための政策提言活動を行っ ている。 とりわけ青少年に対する啓発活動に重点 を置いており、 ピン川を題材にした教材作成や学 校教員の研修を行っている。 行政や学校、 地域の さまざまなアクターとの連携も持っている。 こう した事例をタイと日本の教員同士が学び合い交流 しあうことを通じて、 学びを軸とした社会づくり のあり方を模索している。
教員同士、 あるいは地域同士の直接的な相互交 流はこれからますます活発になっていくだろう。
立場の同じ者同士が交流することで、 様々な課題 や悩みの共有、 アイディアの交換がなされること によって、 「元気」 をもらい、 個人のエンパワメ ントにつながること、 そのプロセスそのものが学 びであるといえよう。
また、 田中氏も言っているように、 PLA は日 本のまちづくり、 地域づくりにもその考え方と手 法を応用することができる。 開発を考えるとき、
むしろ日本の地域社会のあり方を問い直すことに よって自らの足元の問題に目を向けていくことが、
これからの開発教育に求められることではないだ ろうか。 本書は開発教育そのもののあり方への示 唆にも富んでいる。
注
(1) 進化する国際協力 NPO 特定非営利活動 法人シャプラニール=市民による海外協力 の会編、 明石書店、 2006年3月
(2) 子どもの参画 コミュニティづくりと身 近な環境ケアへの参画のための理論と実際 ロジャー・ハート著、 IPA 日本支部訳、
萌文社、 2000年10月
参加を8段階に整理し、 第一段階を 「操 り参加」、 第二段階を 「お飾り参加」、 第三 段階を 「形式的参加」 とし、 ここまでを
「非参加」 の段階としている。 第四段階は
「役割参加」、 第五段階は 「意見参加」、 第 六段階は共同決定参加」、 そして第七段階 は 「子ども主導の参加」、 第八段階は 「大 人を巻き込む参加」 と呼ばれる。