アダム・スミスの公債批判論
著者 榎並 洋介
雑誌名 星薬科大学一般教育論集
号 10
ページ 61‑86
発行年 1992
URL http://id.nii.ac.jp/1240/00000184/
ア ダム・スミスの公債批判論
榎並 洋介
目 次
一 公債の必然的発生
二 公債批判の論点
一 公 債の必然的発生
アダム・スミスの主著﹃国富論﹄は︑最終編に財政論を設け︑その最終章を公債論で終わっている︒スミスが﹃国富論﹄
の完成 原稿を携えてエディンバラを出発したのが一七七三年春であり︑それがロンドンで出版されたのが一七七六年三月
であるから︑エディンバラで完成した原稿がこの四年の間にロンドンで書き直され︑初版の﹃国富論﹄が完成した︒ロン
ドソに出てきたスミスにとって︑この四年間は体制の危機の分析に費やされ︑とくにアメリカ植民地の本国に対する活発
6 な反抗や独立の気運が執筆に大いに影響したといわれる︒したがって︑この最終章にこそ植民地獲得戦争を推進する重商
62 ①
主義体 制を批判するスミスの政策的主張が鮮明に発現するのである︒
註 ① 甘ヨズ器︑卜∀ミ﹄合ミ切さ︑ぷ忌89︼冨P↑ooユo戸戸◎︒Φ9 ﹇﹀°呂゜民色o冒︼°⑰Nωωも∨N◎︒O占︒︒ω゜大内兵衛︑大内節子訳﹃ア
ダム・スミス伝﹄岩波書店︑昭和四七年︑三二六頁︑三五〇〜三五四頁参照︒水田 洋﹃アダム・スミス研究﹄未来社︑ 一九七二
年︑一五二〜一六〇頁参照︒
スミスは戦時における費用は緊急性があるので租税収入による通常経費で賄うことは不可能であるから︑戦争勃発のよ
うな非常事態が発生した場合には︑その巨額の経費は不可避的に借入金に依存せざるを得ないとして次のようにいう︒
﹁直 接の危機が迫ったその瞬間︑即座に巨額の経費が必要になるから︑新たに租税を課してその漸次的で緩慢な収入をま
っていたのではまにあわない︒つまり︑こういう非常事態のもとでは︑借入金による以外︑政府としてなんの財源もない ②
わ けである﹂︒この借入金による債務の膨張はスミスの時代のヨーロッパ諸大国に重くのしかかっており︑債務が累積する
過程は各 国共通の現象であった︒国家は最初︑私人と同様に対人信用で借金をし︑財源が続かなくなると特定の基金を引
当にしたり抵当にしたりして借金をするようになった︒
大ブリテンにおける一時借入金は︑無利子債務かまたは利子付き債務による起債で賄う︒しかし︑その債務を支払う財
源が尽 きてくると︑貨幣調達のために公共的収入のある特定部門を引当にしたり抵当にしたりする必要に迫られてくる︒
スミスによれば︑その方法は二つあり︑一つは先借りによって貨幣を調達する方法であり︑二つには永久公債への借換えに
よる貨幣の調達方法である︒この区別の基準は︑引当あるいは抵当期間を短期間とするか無期限とするかによる︒前老の
場合 は︑それを短期間に設定して︑基金としての特定の税収は定められた期間内に借入金の元金も利子も完済するのに十
分であるという想定である︒他方︑引当あるいは抵当期間が無期限の場合にはその基金は利子だけを︑つまり利子額相当
の永久年金だけを払うにたりるという想定であり︑これが後者の場合である︒ただし︑これは借り入れた元金を払い戻し
③てこの年金を償還するのは︑いつなんどきでも政府の自由であった︒
ところがこの償還は政府の自由であったことから︑公債が完全に償還されると期待するのはまったくの妄想であるとス
ミスはいう︒﹁つぎの会戦がおわるまでのうちにおそらく起債されるであろう新規公債は︑国家の経常収入からの節約分
で償還 してきた旧公債の総額に多分ほぼ匹敵するであろう︒それゆえ︑現状のような経常収入からでもできそうな節約に
④よって公債が完全に償還されるなどと期待することはまったくの妄想であろう﹂と︒スミスは国債がある程度まで累積さ
れ ると︑それが公正かつ完全に償還された実例はほとんどないという信念をもっていたが︑とくに注目すべきことは︑彼
が公共 的経費を公債借換えによって賄う慣行は国家を次第に弱体化させると厳しく批判していることである︒この小論で
はかか るスミスの公債に対する批判の論拠を考察しようとするものである︒
註 ② ﹀ユ①日g力日#亡﹄ボき喝ミこ軌ミoミo≧ミミo爲ボへ○§網切ミ忘oミWミ︑eミき篭§㌍o匹ひぺ団臼乏芦ひ①oo①目︑O夢&°︑N<巳oり︑
いo註oPおOP﹇エO°ωOO°これを妻o巴穿o噛Z騨江o易と表記する︒邦訳は大内兵衛・松川七郎訳﹃諸国民の富﹄岩波書店︑全二
論
巻本を用い︑﹃国富論﹄と略記する︒一三一二頁︒
榊 ③窪も︒°§ω㊤・・°訳↓三六頁︒
頒 ④匡;・︒︒ρ訳≡三四頁.
功ミ 先づ最初に明らかにしなければならないことは︑公債という資金調達の方法が何故発生するのであろうかということで
ス・ ある︒スミスは蓄積への道である節倹が君主政治においても共和政治においてもめずらしくなっていて︑主権者は利己的
ム拷 な快楽に経費を消費していると解釈する︒高価であるが無立巳心味な装飾品で華麗さを誇示して楽しむ虚栄心や虚飾の歓待な
どの浪費がこれである︒このため通常の経費が通常の収入を上回るような事態も発生することになる︒こうして﹁平時に
ヨ6 節倹を怠るから戦時には債務契約をむすぼざるをえなくなる︒いざ戦争ということになっても︑国庫のなかには︑平時定
員のための通常経費をまかなうのに必要な貨幣しかない︒戦時には︑この三︑四倍も経費のかかる定員が国防上必要にな
4 ︶
パリ ヨ
るから︑したがってまた平時収入の三︑四倍もの収入が必要になる﹂のである︒このような主権者の利己的な快楽という
道義的な諸原因が作用して︑商業や製造業の発達した文明社会においては︑政府が経費を賄うために借入金の必要を余儀
なくされるのである︒
ところがこのような政府の借入金を可能にするには︑貸付能力をもった人々が商業国に存在していなけれぽならない︒
スミスはそういう人々とは商人または金持ちであるという︒すなわち︑商売もせず実務にも携わらないで自分の所得だけ
で生活する私人の収入は人の手を経由する回数が一年に一回だけである︒しかし︑商人や金持ちが貨幣を貸付たり財貨を
委託したりする﹁資本や信用﹂は︑取引の上で代金回収が迅速に行なわれるため︑人の手を数回も経由するからその総額
は多額のものになる︒したがって︑﹁商人や製造業者が充満する国は︑自分さえそうしようと思えばきわめて巨額の貸幣
を政 府に貸付ける実力をつねにそなえた一群の人々で必ず充満しているものである︒商業国家の臣民が貸付能力をもって ㈲
いるのもこのためである﹂︒
借 手である政府が商人や金持ちである貸手に借入れするぽあいには︑政府に対する信頼が不可欠の前提条件である︒国
家の正義に対する信頼H信用が普遍的なものでなければ︑貸手がその財産を政府に信託することはないからである︒この
ことは公信用が前提となって初めて政府と商人や金持ちとの間に債務契約がとりむすばれることを意味する︒商人や金持
ちに貸付意志が生れるのは︑彼らが正規の司法行政を享受し︑国民が自分の財産を安心して所有でき︑契約の信頼が法律
によって維持され︑国家の権威が支払い能力のあるすべての人々に債務支払いを強制するために正しく行使されるという
政 府の正義にたいする信頼が保証されているからである︒
商人や金持ちは政府に貨幣を貸付けることによつて政府との結合を強め︑彼らの資本を増加させる︒なぜなら︑歳入不
足の政府はかれ ら貸手に有利な条件であっても積極的に借入せざるを得ないからである︒しかも﹁政府が原債権老に授与
す る債務証書は︑他のどのような債権者にも移転可能とされており︑それに国家の正義に対する信頼は普遍的であるから︑
一般にこの証書は最初の払込額以上に市場で売られる︒そこで︑商人または金持ちは政府への貨幣を貸付けることによっ ⑦
て金 もうけをし︑自分の営業資本を減少させるどころか増大させる﹂︒こうして︑商業国家における貸付性向の強まりが起
債の消化を実現するのである︒
註㈲ ≦o巴書o袖2①±ooρ署゜ωΦ心1ωΦ切゜訳二一=一頁︒
⑥ ま寧︑o・ω留゜訳一三一二〜二二=二頁︒貨幣の貸手すなわち公債の引受者は︑金融社会︵日o巳a宮甘苫ωOである︒﹁金融社会
を構成する貨幣所有者はさまざまな形態での初期ブルジョジーである﹂︒その﹁中核は金融会社と金融関係老︒中小商工業者や一般
富裕市民︑ブルジョア的志向をもつ一部貴族や下院議員等がその周辺部ないし下層部を構成する﹂︵仙田左千夫﹃十八世紀イギリス
の公債発行﹄啓文社︑一九九二年︑i頁︑2頁︶︒
⑦ 旨一α・︑や・ω8°訳二二二二頁︒﹁ここでいう臣民のなかの﹃貸付の能力ならびに性向﹄とはそれに続く説明から明らかなように製
疏 造業者や﹃商人の資本や信用﹄であり︑また必要に応じて公債を売却し得る﹃市場﹄の発展を指しているのであって︑ここでスミ
批 スは﹃公債発生の必然性﹄を金融制度の発展と関連させて解いているようにみえる︒しかし︑スミスはこの点についてこれ以上言頒 及する・となく﹂︵古川卓萬ヲダ・・スー・公債論の研究﹂﹃大分大学経済讃﹄第二+一巻第四受九頁一九七〇年︶というの 指摘がある︒
ス
ぐ︑
ス. 以上のように主権者の利己的な快楽を満たすための浪費や戦争が政府に借入を不可欠とし︑商業や製造業が発達してい
ムる商業国の政府に信用が確立していれば︑商人や製造業者などは政府に貨幣を貸付けるという関係が生れる︒かくし呉
⑱ ︑・・スはいう︒﹁政府は手がるに借金ができるのを予見するから︑したがってまた貯蓄の義務から解放されるわけである﹂°
ら6 ここに公信用に裏付けられた債務の発生する理由がある︒
66 こうして︑スミスは債務発生の必然性を分析した上で︑政府借入れの歴史的考察に入っていく︒その特徴は公債制度を租
税収入との関連において分析していることである︒まつ無基債の流動公債已昆ロ昌ユo臼△o宮による一時借入方法について
は対人信用に よる借金で︑これは﹁一部は無利子または無利子と考えられる債務で︑私人が貸借勘定にもとついて契約す
る債務に似ており︑また一部は利子付きの債務で︑私人が自分の手形または約束手形にもとついて契約する債務に似てい⑨る﹂︒スミスによれば︑前者の債務を構成するものには陸軍︑海軍および軍需部品のための特別手当の一部︑外国を味方に
つけておくための外国君主に対する特別補助金の未払金︑海員給料の未払金などであり︑後者の債務を構成するものには
海軍 手形や国庫証券である︒これは前者の債務の一部を支払うために発行されたり︑他の諸目的のために発行されるもの
で︑利子付きである︒大ブリテンではこれらの債券の価値を維持するために︑債権者が満期になれぽ利子を支払うという
協定を債務者である政府と結ぶ︒その効果は債券価値の維持と流通の促進として現われ︑ますます政府に対する信頼︑す ⑩なわち公信用が強まり︑これをバネにして政府には巨額の債務契約を締結する可能性が生れてくるという︒ここには公信
用の確立を前提とし︑額面価格を維持した債券を手段とする信用取引が︑ますます流通を促進するという公債の流通経済
面での効果を評
価 しているスミスの一面がはからずも出ている︒
しかし︑このような対人信用的な一時借入金は返済すれば財源が尽きてしまう︒財源が無くなっても︑なお政府が貨幣
を調達しなけれぽならない場合には︑如何なる方法を採用するのであろうか︒スミスは次のようにいう︒そういう場合に
は﹁公共的収入のある特定部門を債務支払のためのひきあてにしたり抵当にしたりすることが必要だということになる﹂︒
それは二つの異なる方法によって処理した︒すなわち﹁政府は︑あるときはこの譲渡または抵当を短期間に限り︑たとえ
ば一年または数年とし︑また︑あるときはそれを永久的のものにした︒前者の場合︑その基金は︑かぎられた期間内に借
入金の元利払いをす るのに十分だと想定された︒後老のぼあい︑それはその利子または利子に相当する永久年金だけを支
払うのに十分だと想定されたのであって︑政府としては借入れた元金を払いもどせぽいつこの年金を償還しても自由であ
った︒貨幣が前老の方法で調達されるばあいには︑それを先借り①昌江o■餌亘oづによって調達されるといわれ︑また後者
のぽ あいには︑それは永久公債への借換えOo日o言巴Sロロ合ロoqによって︑またはもっと簡単に︑公債借換え冷ロ昌島oぬに
ooよって調達されるといわれたのである﹂︒したがって︑ここにいう先借り①o江o■四江8とは﹁短期の租税抵当権借入れ﹂
を意味す るものであり︑後者の永久公債の借換えOo壱o巨巴輪§合ロoqとは︑租税を永久に抵当に入れること・租税の永久
⑫抵 当化を意味する︒両者は明確に区別される︒
註⑧
綱o巴仔oSZ四江oロω︑PωOΦ゜訳=一二三〜二二一四頁︒
⑨ ︻σ富こO°ωΦメ訳一三一四頁︒
⑩ 一宮ユ゜.訳二二 四〜一三一五頁︒
⑪ 目ぴ声含゜︑OO°ω㊤ベー⑬◎㊤O︒°訳一三一六百ハ︒
論 ⑫ ハーグリーヴスは次のようにいう︒﹁当時怜§ユ芦瞬という概念は︑特定租税を担保とした︑たんなる収入の先借りによらぬ起債に 事 適用されたのであって︑必ずしも債務の永久性を包含するものではない﹂といい︑﹁アダム・スミスは一定期間間接税を担保にいれ
批債 ることを﹃先借り﹄と呼び︑永久に担保にとることを∀o壱o言巴合a甘σqもしくは︑より短縮して旨昆ぎσqと叙述している﹂と述舩 べている︵・︒ト国§§⁝︑§き§・;§↑︒巳︒豆一・︒ω9Pや・フ瀬篤︑護忠雄︑西野宗雄訳﹃イギリス国債史﹄
ス 新
評 論︑一九八七年︑一三頁︶︒
ヘミ
ス 一ノ瀬氏はoo壱09巴皆ロユ芦鳴を﹁永久公債への借換え﹂と訳すのではなく︑スミスはこれを租税を永久に抵当にいれることと加 理解 しているのだから︑﹁租税の︵永久︶抵当化﹂と訳すのが適当であるという︒そして次のようにいう︒後者の貨幣調達の方法の
ダ ﹁hc⇒庄白oqにおのずから二重の意味を含ませる結果を生んでいる︒つまり﹃租税永久抵当化﹄にとどまらず﹃租税永久抵当化によっ
ア て貨幣を長期に借 り入れること﹄という少し延長された意味をも含むようになっている﹂と︒そして次のように結論づける︒﹁ファ
7 ンディングというものは︑もともと﹃租税を永久的に抵当に入れること﹄であり︑ス︑ミスの前掲の文章はそのことをよく示してい6
る︒しかし︑なぜ政府がそういうことをするのかといえば︑それは﹃借り入れる﹄ためであった︒そこからファソディングは︑お
のずから﹃租税を永久的に抵当に入れて長期に借り入れること﹄という意味を含むようになった︒したがって︑現実にはファンデ 6 イングはこの意味での﹃長期借入れ﹄というニュアンスで用いられることが多くなった︒スミスもまた︑このニュアンスで用いる
ことが少なくない﹂ニノ瀬 篤﹁﹃諸国民の富﹄等における后且ぎθqの訳語について﹂﹃愛媛経済論集︻愛媛大学︼第七巻第二号︑
一九八八年︑九一〜九二頁︶︒
スミスは両者を区別した上でとくに後者を批判していくのである︒まつ︑はじめに先借りについて次のようにいう︒
﹁大ブリテンでは︑年々の地租と麦芽税は︑これらの租税を賦課する法令にいつでも記入される借入条項のおかげで︑毎
年規則的に先借りされている﹂︒イングランド銀行は︑通例︑これらの租税が引当てにされているその金額を利子をとっ
て前 貸し︑これらの租税がしだいに収納されるにつれて返済をうける︒もし︑欠損が生じれぽ︑次年度の国費で支弁され
る︒このようなやりかたで﹁公共的収入のうちでまだ抵当にいれられずにのこっている唯一の重要な部門も︑それが収納
されるのにさきだって︑規則的に費消されてしまうことになるわけである﹂︒そして次のようにいう︒﹁不用意な浪費家は︑
さし迫った必要のために︑規則的に支払われる自分の収入を待ちきれぬものであるが︑それと同じように国家もまた︑自
分の代理商や代理人から借金し︑自分の貨幣を使いながらその利子を支払うという慣行をたえずくりかえしているのであ
⑬る﹂︒公共的収入を構成する地租および麦芽税という租税を毎年規則的に抵当にして先借りするということが慣習になっ
ていることに対して︑スミスは不用意な浪費家にたとえて国家を説明し︑重商主義国家を浪費国家として批判的に説明し
てい る︒とくに︑たとえ必要にせまられているとはいえ︑国家が毎年貨幣を代理人から借金して元金に利子をつけて支払
う慣行はいかにも将来に対して配慮が無さすぎるというニュアンスとして読み取れる︒とはいえ︑﹁もし貨幣が先借りだ ⑭けによって調達されたなら︑数年のうちに公共的収入は債務から解放されたであろう﹂と述べていることから︑彼はあく
までも公債を租税収入との関連で捉える視点を保持しているといえるのである︒
しかしながら︑スミスは︑このことよりもこの先借りの積み重ねが永久公債の借換えに拡大していき︑これが破滅的な
慣行になると批判するのである︒それは何故であろうか︒彼はこの慣行の必然的な発生過程を一般抵当または基金と呼ぽ ⑮ れ る制度の変化に求めている︒すなわち︑一六九七年から一七一七年にいたる期間において︑政府の支出予算額の大部分
は初め四 年から七年間だけに賦課される租税収入の先借りによる借入金から成っていた︒ところが︑この租税収入では定
め られた期間内に借入金の元金と利子を完済するのは不可能になった︒そのためにそこに欠損が発生した︒これを埋め合
わせ るためには借入金返済の期限を年々延長せざるを得なくなった︒そして︑この課税期間の延長と同時に︑これらの租
税収入をひ とつにまとめて一個の共同基金を設けた︒政府はこの基金に租税の欠損額を負担させた︒ところで一七=年
以前には政府はイングランド銀行や東インド会社から資金を借りていたが︑それ以後には南海会社からも借入れるように
なった︒これら三大会社の政府貸付金が巨額にのぼったために先借りの担保になっていた諸税は︑これらの会社の資本の
利払いにあてる︒そのために諸税は永久的に継続された︒この方法で政府は租税を永久的に賦課して︑それを基金にして
熾 債務の利子を支払い欠損を埋め合わせようとしたのである︒ス︑ミスは基金の原資である租税永久化を公債の累積と関連つや鰍 けているが︑とく緩府と三大会社との結A・を妻として強調する︒
砿 スミスはいう︒﹁こういうさまざまの法令のために︑以前には短期間にかぎって先借りされた租税の大部分は︑その後
治 の継続的な先借りにもとついて借入れられた貨幣の元金でなくて︑利払いだけのための基金として︑永久化されてしまっ
ス ⑯
・ たのである﹂と︒租税の永久化の必然化である︒ぬ
ア 註
⑬ 以上は綱o巴日鳥Z①江o自・︑o・︒︒Φ︒︒°訳二二一六頁︒
9 ⑭ 宮寧︑∨命8°訳二二二一頁︒﹁公債論は収入論で考察した租税の延長とみなされるべきである﹂︵斎藤 博﹁財政学と国家認識6 ース︑・・スとマルクスー﹂﹃経済論叢﹇京都大学﹈第七九巻第三号︑一九五七年︑四三頁︶︒
⑮ ﹁グレイト・ブリテンの公債の起源は議会によって認可された特定の税を担保として借りる慣行に求められる︒この慣行は一六六む7 0年移行に発展したのであるが︑ようやく一六八八年の革命後に制度化されるようになったものである︒ファンドという用語は︑
その後公債証券そのものに関して用いられるようになったが︑当初はこのように担保に入れられた税を意味していたのである﹂︵団ト・
国曽ひq苫㏄<窃§㌻≧ミざ§︑b合さやoボ§きおωPO°一゜邦訳七︶頁︒また舟場氏は次のようにいう︒﹁基金︵S口o△︶という用語ほど
多様な使われ方がなされる例も少なくない︒それゆえ基金制度にかんする確定した定義はまだ与えられていないのが現状である﹂
︵舟場正富﹃イギリス公信用史の研究﹄未来社︑一九七一年︑四二︶頁︒
⑯≦o巴日o︵Z①江8ωこ戸︽Oρ訳=二二〇頁︒
スミスが政府の借入金で一番望ましいと考えていたのは︑先借り方式である︒それも︑基金に過剰な負担をさせないた
め に︑限られた期間内に返済が可能な債務でなければならないというものである︒しかし︑ヨーロッパ各国の現実は︑い
ま述べたように最初に先借りの期限がこないうちに第二︑第三の先借りを重ね︑基金を過剰負担にしてしまったために︑
基金を 引当にした借入金の元金と利子を支払うのには不十分になり︑結局のところ利子相当を永久年金としてのみ負担す
ることになった︒こうして﹁この基金は︑それにもとついて借入れられた貨幣の元利双方を支払うのには全く不十分なもの
になったので︑それには利子または利子に相当する永久年金だけを負担させることが必要になり︑またこういう不用意な
先借 りは︑永久公債の借換えというこれにもまして破壊的な慣行を必然的に生み出したのである﹂︒とくに国家が非常事
態に遭遇した場合には︑政府はその救済のために先借りに依るよりも多額の資金を調達できる永久公債の借換え方式に転
換 していった︒しかし︑スミスが望ましいとしていた公共的収入の債務からの解放という視点からみると︑公債償還の保
証は機構的には 明確化されないまま︑この方式が多用されるに至ったのである︒ところが一八世紀に入ると市場利子率が
低下 し︑低利公債への借換えが進められた︒政府は利子率低下分だけ利払いが節約されたので︑この節約分を元にして減
債基金を設けた︒その目的についてスミスはいう︒﹁減債基金というものは︑旧債を支払うためにつくられはしたが︑新
規の起債をひじょうに促進するものである︒それは︑国家のなんらかの非常事態にさいして貨幣の調達が企図されたぽあ ⑱ い︑そのためのなにか他の不確実な基金をたすけていつでも即座に抵当となしうる補助的な基金なのである﹂と︒
減債基金が新 規の公債を促進するのは︑政策担当者が︑国民が嫌う増税は確実に税収が確保できるとは限らず︑起債の
ほ うが少しの増税で確実に税収が確保できると判断するからである︒とくに戦争が勃発すると︑経費の増大は巨額な増税
となり︑そうなると国民は戦争を忌み嫌うようになる︒これは良い方策とはいえない︒国民に戦争の負担をはっきり感じ
させないように経費を調達するには︑少しの増税と起債に限る︒しかも後者は永久公債への借換えという慣行によるおけ
であるから巨額の貨幣を調達することができる︒すなわち﹁借入金によるのなら︑あまり増税をしないでも政府は戦争を
継続す るのに十分な貨幣を年々調達することができるし︑しかも永久公債への借換えという慣行によるのなら︑政府は最 ⑲
小限度の増税で年々最大限に巨額の貨幣を調達することができる﹂のである︒
しかしながら︑平和が回復すれば国民は戦争中に課せられた租税から解放されるのであろうか︒スミスは否と答える︒
疏 なぜならば︑これらの租税は戦争遂行のために起債された公債の利子の抵当になっているからであるという︒租税の永久申鰍 化のために 国民の負担は軽減されないのである︒それでは公債を償還するための減債基金はなぜ機能しないのであろうか︒
砿 それは︑ 一つには原資が不十分であり︑二つにはそれが他の目的に流用され悪用されるからであると彼はいう︒基金がつ
スミ ねに不十分なのは﹁減債基金は︑一般に︑本来それが負担した利子または年金の支払に必要な分をこえる租税収入の余剰
ス ⑳
・ か らというよりも︑むしろその後における利子のひきさげから生じたものである﹂からである︒旧来の収入に新税を加え
ムび た額でこの公債の利払いと政府の経常費を賄い︑さらにその額が余剰収入を生むということはない︒一般的にいえば予想
されざる新税は巨額にのぼることはまずないからである︒
7 また︑新税の賦課や税種の増加は国民の不平不満ならびに反対の対象になるから︑その導入は困難である︒政府はそれよ
2 りも減債基金から借入して臨時費をまかなう方が簡単で好都合だと判断する︒ス︑ミスは減債基金を悪用して平時における7 ⑳
一切の臨時費を賄うのは危険で破滅的な方法であるという︒かくして︑永久公債への借換え手段という破滅的便法は︑公
債の累積という悪魔的な結果を生み︑とくに戦時における公債の膨大な累積が平時における公債の償還を幻想的なものに
す ると危惧するのである︒
註㈲
岩8一夢o冷Z斡江oロω︑亨軽8°訳=一ご二頁︒
⑱冒琴︑O・︽Oだ訳=二二三頁︒
⑲︼怠ユ・︑O・らO°訳一三二八頁︒
㈲ 冒︷ユ・w廿・心Oだ訳一三二九頁︒飯田氏は次のようにいう︒公債制度は実質的には公債管理制度を指すのであるが︑スミスは﹁政
府が公債をなかば永久的な財源に組み入れる方向での管理方針にたいして︑批判的に対処しようとする﹂のである︒スミスの減債
基金に関する一般的な把握は﹁公債管理の一環としての利払いの必要が︑政府によるある種の金融取引を誘導し︑公債管理の方向
を変化させていることの認識を﹂示すものとして注目する︵飯田裕康﹁スミスにおける貨幣・利子・公債﹂﹃三田学会雑誌﹄︻慶応義
塾大 学一第八三巻第四号︑一九九一年︑五一頁︶︒
⑳ 公債費累積という破滅的な大ブリテンの虚構について︑ス︑ミスは︑経費を﹁起債によって基金づけ︑その抵当としての課税とい
う転倒した解体期重商主義の財政構造と経費膨張メカニズムのもつ虚構の提示に成功した﹂︵山崎 伶﹁財政・租税思想史 第一講
アダム・スミス﹂﹃税﹄︻ぎようせい︼昭和五五年三月︑一六〇〜一六一頁︶︒また減債基金の変質については︑舟場正富﹃イギリス
公信用史研究﹄未来社︑一九七一年︑第三章︑およびb弓・↑・国曽鳴窪く霧︑§き迂§ミO合ひ↑o且oPHO︒︒ρo庁呂゜N°を参照︒
二 公債批判の論点
以上のような公債累積の主たる原因は︑度重なる戦争を遂行するための戦費調達であり︑公債の多くは軍事公債であっ
た︒戦費の調達は公債と租税にょって賄っていた︒例えば︑一七七〇年の大ブリテンの財政支出の全体の中に占める公債
費の割り合いは四〇パーセントをこえ︑軍事費は三〇パーセント余りであった︒公債費の中味は実質的には軍事費であっ
た ことを考慮すると︑両者を合せた七〇〜八〇パーセントが軍事支出で占めていた︒これを公債収入︵借金︶と関税およ ω び 消費税などの増税で賄う構造になっていた︒このような政府は完全なる軍事政府であることが指摘できるのである︒し
か もスミスは﹃国富論﹄第三版︵一七八四年︶の註において︑対アメリカ独立戦争の七年間に起債された公債は一億ボン
②
ド以上にものぼったと注意を喚起しているのである︒経常収入で公債を償還するのが望ましいと考えるスミスには︑この
状況はまさに国家の破産と映ったのである︒
重 商主義国家が商業覇権を掌握するために行なう戦争や従属国を獲得するための植民地獲得戦争には巨額の戦費を要す
る︒政府はその調達方法として公債を乱発していく︒ただ︑国債制度は既にマニュファクチュア時代に全ヨーロッパに普 ㈲
及していたし︑﹁植民制度はそれに伴なう海上貿易や商業戦争とともに国債制度としての温室として役立った﹂︒とくに一
論 七世 紀末においてイギリスでは資本の本源的蓄積の諸契機は﹁植民制度︑国債制度︑近代的租税制度︑保護貿易制度とし判 勾
批 て体 系的に総括される﹂︒しかしスミスの経済学の特質は原始的蓄積過程から資本制的蓄積過程への過渡期にその地盤が債 旬 旬砿 あ駅のであるが︑﹁公債は本源的蓄積の最も力強い横杵の一つになぶ﹂というマルクスのごとき歴史的認識と評価は薄く︑
江 む しろ︑財政的危機を創り出す前期的諸勢力の矛盾を積極的に批判していく︒すなわちスミスはこの公債問題を資本蓄積
ス
・ とかかわらせて考察し︑原蓄解体期の矛盾を危機として把握する視座を保持し続けるのである︒ぬ
ア 註 ① 拙稿﹁アダム・スミスの租税利益説について﹂﹃星薬科大学一般教育論集﹄第八輯︑一九九一年︑一五五頁参照︒
3 一八世紀イギリスにおいて消費税と関税および地租は﹁三大国庫収入源となり︑初期ブルジョア国家における資本蓄積に適合し7 た典型的な収益税として国家財政上不可欠の要素となったものである﹂︵隅田哲司﹃イギリス財政史研究﹄ミネルヴァ書房︑昭和四
六 年︑一九三頁︶︒閃゜﹀°室口ω鷺①<P>△四目o力目謬庁oo㊥已宮ざウぎ①ロ60①ロムO冨言ま已江oPぎ冒㌻さ斗ミ08へ︑意忠ミ︹oユ゜ぴ町
7 弓゜司声冨8きユ﹀・g力・o力匹目050×甘a︑6誤︑℃・NO︒︒◆および山崎怜﹁財政・租税思想史第一講アダム・スミス﹂﹃税﹄︻ぎょ
うせい﹈昭和五五年三月︑一六一頁参照︒
② アメリカ独立戦争は﹃国富論﹄初版の出た一七七六年から一七八三年まで七年間続いた︒以下の原註は一七八四年に刊行された
第三版で初めてつけられた︒﹁この戦争は従来わが国が戦った諸戦争よりも高価なものにつくことがわかり︑われわれは一億︿ポン
ド﹀以上の追加公債で首がまわらなくなってきている︒十一年の深閑とした平和のあいだに償還された公債は一千万︿ポンド﹀ちょ
っとでしかないのに︑七年間の戦争のあいだに起債された公債は一億︿ポソド﹀以上にものぼった﹂︵≦o巴日鳥Zo江8ω・︑O・命8・
訳二二三四〜一三三五頁︶︒
㈲ 呂苦曽×︑寒切§弍ミ︵民剖︼呂曽図旬ユ6ムユ合国目ぬo︼ω≦o完P目oきユNω︑ヲo︒9巳冷C﹁呂胃巴ω日已ω・↑o巳己ω日ロω9一日N民合﹁
0力国O︑08☆<︒ユP頃︑ロロOユ︷P声8Nγω゜や◎︒N°岡崎二郎訳︑大月書店全集版︑第二三巻第二分冊︑一九六五年︑九八四頁︒
ω ︼窪△・︑ω・ミO°訳九八一頁︒
⑤ ﹁スミスの立論はこうだ︒ピューリタン名誉革命は一方において自由n正義︵所有権の確立1︶を︑他方において﹁国家主義﹂的
独占政策を強化した︒そのふはいと圧制はいまや堪えられない程度に達した︒これは除き去られねばならぬと︒これスミスの原蓄
観であり︑それはスミスの資本主義的蓄積の理解に対応する﹂︵内田義彦﹃増補・経済学の生誕﹄未来社︑一九六二年︑一五七頁︶︒
なお︑原蓄期の経済諸理論の特徴については︑小林 昇﹁重商主義﹂﹃小林 昇経済学史著作集﹄1未来社︑一九七六年︑所収︑三五
三 〜三五六頁参照︒
⑥ 民・忌曽担一豆△こo力・べQ︒N°訳九八四頁︒仙田左千夫﹃イギリス公債制度発達史論﹄法律文化社︑一九七六年︑二〇一〜二〇二頁参
照︒
スミスは国家経費の調達は租税収入に依るべきであるという租税主義の保持者であった︒租税は新たなる資本蓄積を阻
止n邪魔するけれども︑現存資本の蓄積を破壊するものではないからであった︒すなわち国民が﹁租税として支払うもの
の若干 部分は︑疑いもなく資本として蓄積され︑したがってまた生産的労働を扶養するのに使用されることもありえない
わけではなかったであろうが︑その大部分は︑おそらく費消され︑したがってまた不生産的労働を扶養するのに使用され
たで あろう︒とはいえ︑公共的経費はそれがこのようにしてまかなわれるばあい︑疑いもなく新しい資本のさらにいっそ ⑦ うの蓄積を多かれすくなかれ阻止するけれども︑必ずしもそれは現存する資本を破壊するわけではない﹂からであった︒
このように彼は︑租税が資本の蓄積におよぼす効果について生産的労働論を基軸にして論じ︑公債累積を批判していくの
である︒
先づ︑重商主義者がいう公債は追加的な資本であるという見解を次のように整理していう︒﹁ある著者が主張したとこ
ろによると︑ヨーロッパのさまざまの債務国の公債︑とりわげイングランドのそれは︑その国の他の資本にさらに追加さ
れ た⁝大資本の蓄積なのであって︑そのおかげで︑他の資本だけではとうていなしえなかった程度に︑その国の商業は拡 ㈲ 大 され︑その国の製造業は増進され︑その国の土地は耕作され︑改良されている﹂と紹介する︒追加資本としての公債
の経 済効果を積極的に評価するのが重商主義経済理論の特徴である︒その見解は︑貨幣の有効需要効果がその国の経済成
長 を促進し︑結果としてそれが経済の規模を大きくしていくというものである︒しかし︑この見解の不備をスミスは次の
疏 ように指摘し自説を展開する︒﹁公共社会の最初の債権者たちが政府に貸付けた資本は︑かれらがそれを貸付けた瞬間かギ麟 巨資本としての機能をはたすものから収入としての機能をはたすものに転用された年・の生産物の是部分であるとい
砿 うこと︑いいかえれば︑それは生産的労働者を扶養するものから不生産的労働老を扶養するものへ︑しかも将来の再生産
スミ に対するかすかな望みさえなしに総じてその年のうちに費消され浪費されるものへ転用された部分だ︑ということであ
ス ⑨・ る﹂︒政府に対する貸付け資本の収入としての機能変化が資本の再生産の可能性を奪ってしまうという︒
ム ただスミスは続けて次のようにも言う︒﹁もっとも︑かれらは自分たちが貸付けた資本とひきかえに︑たいていのぽあ
いそれと等価以上の公債の形で年金を獲得した︒そしてこの年金は︑疑いもなくかれらの資本を回収するものだったし︑
ら7 またそのおかげでかれらは従来と同様またおそらくそれ以上大規模に商業や事業を営むことができた︒いいかえれぽ︑か
れ らはこの年金の信用を基礎として他の人々から新しい資本を借入れることもできたし︑またそれを売って自分たちが政 7 ⑩ 府に貸付けたのと同等またはそれ以上の自分たち自身の新しい資本を他の人々から手にいれることもできた﹂︒政府に資
本を貸付けた債権者はその投資から発生する年金︑つまり公債利子を獲得して資本を回収したり︑あるいは公債を担保に
したり売却したりして新しい資本を獲得し︑それを追加資本として活用することによって拡大再生産をおこなう︒だから︑
スミスは︑ここで公信用を基礎にして回収した貸付け資本の資本としての機能にも注目しているのである︒
しかしながら︑また彼は続けて次のようにいうのである︒﹁とはいえ︑かれがこういうふうにして他の人々から買った
り借りたりしたこの新しい資本は︑それ以前からその国に存在していたにちがいないし︑またいっさいの資本がそうであ
るように︑生産的労働を扶養するために使用されていたにちがいない︒この資本が自分たちの貨幣を政府に貸付けた人々
の手にはいったとき︑それはかれらにとってこそある点では新しい資本だったとしても︑その国にとってはそうではなく︑ oo 他の諸用途にふりむけるために一定の諸用途からひきあげられた資本にすぎなかったのである﹂︒スミスは個別資本の観
点か ら資本蓄積を考察するのではなく︑一国全体国民経済全体からみた資本蓄積を考えている︒利子付きである貸付資
本は公債所有 者が獲得し︑それは新資本として追加されるものである︒個別資本にとっては資本の蓄積になるのだが︑個
別の総和である一国全体にとっては資本蓄積にはならないという矛盾に満ちた見解になっている︒それは︑政府が調達し
た分は一国全体にとって以前から存在していて現実に生産的労働の雇用に使用されていた資本から引き上げられた部分で
あり︑その意味では現存資本を破壊することになるし︑またその利子の支払を租税に依存しなけれぽならないからである︒
こうして︑スミスは次のように結論する︒﹁もしかれらがこの資本を政府に貸付けなかったなら︑この国には︑ひとつで ⑫ はなくて二つの資本が︑つまり年々の生産物の二つの部分が︑生産的労働を扶養するのに使用されていたであろう﹂と︒
註 ⑦ ≦O③##O冷Z①江O問0りこO°︽目O°訳一一二三六頁︒
⑧ 旨定こも亨ふO㊤1桧O°訳二三二五頁︒
⑨ ︼露ユ゜スミスにおいては﹁公債が有効.需要←雇用←生産的労働の維持と創出とに対してもつべき効果は無視され﹂てしまう︵小林
昇﹃増補・国富論体系の成立﹄未来社︑一九七七年︑二四一頁︶︒
⑩ ば一ユ゜
ω 宣江こ訳二三二五〜二三三ハ頁︒﹁スミスが資本家の個人的立場に立つことなく︑国民経済的立場から︑公債の作用を認識せんと
している事は注意すべきである︒国民的立場よりすれば︑公債はその元金に相当する資本の消滅をもたらし︑したがって︑富の生
産力を︑それだけ減退せしめるのである﹂︵井手文雄﹃増訂新版・古典学派の財政論﹄創造社︑昭和三五年︑二八三頁︶︒また﹁ス ミスのいう資本蓄積の観点とは︑公債所有者たる個々の資本家の立場ではなく国民経済的立場であることがわかる︒かれは一国レ
ヴェルでの生産力の増大視点から︑したがってまたそういういみでの物質的富の増大視点から︑公債の経済的影響を論じようとし
ているのである﹂︵斉藤忠雄﹁アダム・スミスの公債思想︵上︶﹃修道商学﹄︻広島商科大学﹈第二三巻第二号︑一九八二年︑七頁︶︒
⑫ ︼σ一全゜ 訳一三一二六頁︒
論 以上のようにスミスによれぽ公債は現実の資本蓄積を破壊する︒国家収入の不足を公債に依存することは︑民間資本を判靴 国餐入に転化する.︑とであり︑それは不生産的労働に費消されてしまうからであ・た︒しかしながら︑貨幣を所有する
舩 個人が公 債へ投資するのは生産的労働を雇用することから生まれる利潤率よりも利子率が大きいからである︒だから︑ス
スミ ︑ミスはこの問題を利子付き資本である貨幣資本と現実の資本とを一体のものとして把握し︑二つの資本の機能を区別する
ス
. ことなく考察していることがわかる︒貨幣資本の国家への貸付は︑﹁不妊の貨幣に生殖力をあたえて︑これを資本に転化
ム 3さ嵩﹂ものであるが︑スースには・の認識はない︒
それでは︑彼は利子付きの貸付資本をどのように理解しているのであろうか︒﹁ほとんどすべての利子付きの貸付は︑ 7 紙幣であれ金銀であれ︑いずれにせよ貨幣で貸付けられる︒けれども借手が実際に必要とし︑また貸手が実際に借手に供
田 給するものは︑貨幣ではなく貨幣の値い︑つまりそれが購︒・貝しうる財貨なのである︒⁝⁝貸付を媒介としながら︑貸手は
借手 に︑いわぽその国の土地と労働の年々の生産物の一定部分に対する自分の権利を譲渡し︑借手が好むままにこの権利
を行使 させるわけである﹂︒したがって﹁ある国で︑利子付きで貸付けうる資財の量︑つまり︑ふつうのことばでいえぽ
利子付きで貸付けうる貸幣の量は︑紙幣であれ鋳貨であれ︑その国での貸付の用具として役だっている貨幣の価値にょっ
て規定されているのではなしに︑土地または生産的労働者の手中からでて来るや否や︑資本を回収するためばかりではな
く︑その所有者が自分では苦労してこれを使用しようとしないような資本をも回収するために予定されているところの年
々の生産物部分の価値によって規定されるのである︒このようなもろもろの資本は︑ふつう貨幣で貸出され︑貨幣で払い ⑭戻されるから︑いわゆる金融社会︵日o巳a﹂巳o﹃霧9eとよばれるものを構成する﹂︒スミスは経験的に利子付き貸付資
本を事実上貨幣資本として観念しながら︑これ以上に貸付資本の貨幣的分析をせず︑貨幣は流通の車輪であるという認識 ⑮
の下における実物経済の分析に終始している︒彼にとって貨幣はあくまでも流通の手段にすぎず︑利子付きで貸付ける貨
幣の量は土地や年々の労働生産物の価値で規定されるのである︒それは直接に消費するものであるならぽ生活必需品や便
益 品であり︑生産的労働者を雇用する資本として必要であるならば道具や材料や生活資料である︒このようにスミスが需
要 される貨幣を年生産物に還元しているのは︑彼の国富観に由来するものといえる︒それは年々の労働生産物である生活
必
需 品や便益品であったからである︒
こうした視点は公債よりも租税の方が国家経費の調達手段としては︑まだ資本蓄積を破壊しないので︑よりましである
という主張となる︒すなわち︑国家収入を租税のあがり高から調達する場合には私人達の収入の一定部分がある種の不生
産的労働の扶養から他の種のそれの扶養に転用されるだけであるから︑現存資本を破壊しない︒それは個人の収入の国家 ⑯
収入への振 り替えを意味するもので︑大部分は不生産的に費消されるものであるという認識である︒かくして︑スミスは
公債の資本破壊を強調することによって︑資本蓄積に対する租税の中立性を主張するのである︒
註03 民・﹈≦曽×︑︷σ庄こψn・べ◎︒N°訳九八四頁︒
⑭
司︒巴汗o⌒Z餌江ooむn・︼∨ωωω゜訳五五〇〜五五一頁︒﹁貨幣の機能をW−GiWに一元化するこうしたスミスの貨幣認識が︑公
債を直接現実資本の破壊と考えさせ︑その公債論からは信用制度との関連についての議論を閉ざすことになり︑公債と金融市場と
の関係にふれながらも重商主義期の公信用が信用制度の発達にあたえた意義を︑そこから脱落させることとなる﹂︵長谷川貞之﹁ア
ダム・スミスの公債論﹂﹁横浜商大論集﹄第一四巻第二号︑一九八一年︑三六頁︶︒
⑮ ﹁貨幣資本と貨幣との区別は︑資本を増殖する価値体と把握することを前提とする︒⁝⁝スミスはこの点をみず︑資本の形態に眼
をうばわれていた︒したがって︑貨幣があるときは貨幣資本であり︑あるときはたんなる貨幣であることを︑識別する根拠をもと
もともっていなかったのである﹂︵中村広治﹁スミス貨幣・信用理論の研究﹂﹃大分大学経済論集﹄第一六巻第一号︑一九六四年︑
二一頁︶︒
⑯ 租税の源泉は収入であるから︑その中には個人が不生産的労働者の維持にふりむける部分も含まれているが︑公債の源泉は現実
の活動している資本からの引き上げ部分であり︑さらにその利子支払のために増税を招いたりするので︑資本蓄積を破壊する程度
論 は租税と比較して公債の方が大きいという点をスミスは批判する︵武田隆夫︑遠藤湘吉︑大内 力﹃再訂.近代財政の理論﹄時潮判 社︑昭和三九年︑二五六頁参照︶︒麟舩 スミスの公債批判の第二の論点は︑公債の利払によっては国民は貧しくならないから︑したがって国富も減少しないと
スミ いう重商主義者の見解に対するものである︒すなわちスミスはそれを次のように紹介する︒﹁公債の利払のばあいには右手
ス・ が左手に支払う︑といわれてきた︒貨幣はその国からでて行かない︒住民中の一群の人々の収入の一部分が別の一群の人々椀 に移転・れ・だけであ・てそのために国民が;ア!ジ・グもまず・くなるわけではない・勘㌔この讃主蓼の公債
弁護論については既に﹃グラスゴウ大学講義﹄において次のように紹介・説明されている︒﹁彼等のいうところによれば︑
7 我々は現在一億ポンド以上の︻債務がある﹈が︑我々はそれを我々自身から借りているのであり︑あるいは少なくともその