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雅 美

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288

リッケルトの広義の歴史哲学︵これは﹁普遍史﹂の構成と﹁歴史

の意味﹂の問題︑およびこれらの前提条件としての﹁超歴史的不変

的形式的価値体系﹂の設定の問題などを取り扱う狭義の歴史哲学と︑

歴史科学方法論の二つを含む︶の基本的立場は︑相反する二つのものl﹁方法論的自然主義﹂日の音量︒四門富z画三画房目のと﹁歴

︵1︶史主義﹂lへの批判によって特徴づけられる︒人はしばしば自然と精神︑自然科学と精神科学とを対立させた上

で︑自然の名のもとに物体的なものを︑精神の名のもとに心的生を

理解する︒その場合の心的生とは︑個々の人間において経過し︑各

人によって︑内的知覚を通じて確認されるレァールな存在のことで ㈲リッヶルトの歴史哲学の基本的立場 この論文はリッヶルトの歴史哲学

思想を批判するために書かれたもの

であり︑筆者の批判的見解は︑三︑

四︑六︑八節に示されているq

リッケルトの歴史哲学︵関雅美︶ 1ノツ

ケルトの歴史哲学

11批判的考察I

ある︒だがこのような心的生は︑外的知覚の対象としての物体的な

ものの経過と結合しているし︑﹁知覚可能なもの﹂でもあるから︑物

体的なものと同一視されうる︒だから心的生を広義の﹁自然﹂とみ

ることは不可能でない︒そのため︑心的生はレァールな他のすべての対象と同様な仕方でlつまり自然科学的にl探究さるべきで

あり︑自然科学の方法こそが科学の普遍的方法であって︑歴史科

学もまたこれによってのみ︑真の科学になりうるという主張が出て

来ることになった︒これが方法論的自然主義であり︑コントやミルによって代表され︑マルキストやシュ・ヘングラーのような国○一○胴重や心理主義者達においても追随者を持ってい︵秘︒

方法論的自然主義に毒されている﹁われわれの時代の思惟は︑歴

史的生の研究への生き生きとした関心がある所でさえ︑非歴史的であり︑歴史科学を哲学的に全く見誤ってい茄巨と考えるリッヶルト

は︑自然科学と歴史科学が全く異なった固有の方法を持つこと︑自

然科学の方法には限界があることを明らかにし︑自然科学の独裁と︑

泊燕科学のみの上に世界観を立てようとする試みを打倒しようとした︒これが歴史科学方法論の狙いである︒

雅美

(2)
(3)

286

が行なわれている・言葉に含まれている一般的な意味内容によって︑

多様な現実を一律に言開門言gすることも︑プリミティブな形で

はあっても︑単純化による把握である︒科学の目的は︑このような選

択︑単純化︑変形による把握を確乎とした方法にもたらし︑学問的に厳密に定義された概念という思惟形象へと︑多様な現実を移し換

えることである︒自然科学と歴史科学の間には︑この点では少しの

違いもない︒ただどんな性格の概念によって現実をどのように変形

し単純化するかに関して︑両者は決定的に対立する︒それは概念形

成を規定する学問の認識目的の形式的特性が︑全く違っているため

︵1︶である︒

リヅヶルトによれば︑﹁一般化的﹂需月3房肘吊目と﹁価値からの自由﹂言の舜坤①﹄の一弓が︑自然科学の方法の基本的特性で迩呪︒

われわれはある対象が他のものと共通なものを持っていることに

よって︑それに関心を持つことがある︒実際はそれらはみな個別的

で︑互いに異なっているにもかかわらず︑共通の部分だけに注意が

向けられるのである︒だからこの場合︑対象の個別性はどうでもよ

いものとして無視され︑対象は共通の類概念の実例同篇目巨胃とみ

られる︒これが一般化的方法である︒自然科学は個別的なもの︑唯

一的なものを除外し︑共通のものだけを学問の中に取り入れるとい

う仕方で︑未知のものを既知のものの実例として把握する︒だから

ここでは︑共通の部分がそのまま本質的な部分とされて記述の対象

となるのであり︑本質的なものと非本質的なものとの区別を立てる

ために︑﹁価値への関係づけ﹂雪国号の凰呂目胴を必要としない︒何

かある特定の価値に対して理論的に特に重要な係わりのあるもの

リヅヶルトの歴史哲学︵関雅美︶

が︑本質的なものとして選び出されるといったことはない︒またこ

こでは共通の部分以外は︑非本質的なものとして捨象されてしまうので︑同じ普遍的概念にその実例として属す事象はl他の点でど

んなに違ったものであるにせよl互いに全く同一のものとみなさ

れ︑自由に置き換えることができるものとなる︒だからそれらのも

のの間には︑価値的な区別は何ら存在しないことになる︒この意味

で︑一般化的方法は価値から自由だと言われる︒ただそうは言って

も︑この方法による共通的なものの把握が学問の理論的目標として

目指される限り︑それは価値あるものとみられているわけで︑その

意味では﹁価値関係的﹂である︒だがこれは学問の目標の理論的価

値づけであって︑叙述対象の価値関係的選定でない︒学問の目標の

価値づけは︑あらゆる学問の共通の前提であるが︑叙述対象を価値

の観点からでなく︑共通性の観点から選定することは︑自然科学に

固有のことである︒

だが誤解を避けるためには︑もっと精密な規定が必要だろう︒わ

れわれは無限の事象をすべて観察の直接的対象とすることはできな

いので︑ある限られた数の事象︑あるいは場合によっては︑ただ一

つの事象に基づいて概念を形成しなければならない︒だから一部が

全部を開示しうること︑全体の認識に役立つような概念を︑部分に

基づいて作ることができることを前提せざるをえない︒限られた量

の材料の観察によって︑対象世界の見通し難い全体を克服しなけれ

ばならぬとすれば︑その中に無限の数の事象が含まれるような概念

を作ることができなければならぬ︒直接に観察された対象に共通な

点を単純に総括してえられるような︑経験的普遍性という特徴しか

持たない概念では︑役に立たないのである︒自然科学が本当に求め

一一一

(4)

羽 5

るのは︑無制約的に妥当する概念である︒

このような意味での一般化的方法の窮極の課題は︑経験的現実の異質的多様を︑同質的な数学的量の多様に還元することであろう︒

つまり︑物体はあらゆる点で単純な非直観的事物︵アトム︶に還元

されなければならない︒アトムの数は無限であるが︑しかし全く同

質的なので︑その数をどこまで数えたとしても︑原理的に新しいも

のに出合うことはない︒またアトム相互の関係やその変化において

も︑やはり質的相違は問題にならない︒アトムの相互関係の変化は︑

量的に規定可能な運動であって︑数学的に定式化されうる運動法則

の体系によって理解される︒物体界のあらゆる事象がこのようなア

トムから成るとみられる限り︑すべて同質的であり︑数学的に完全

に理解できる︒無限の多様はこうして完全に見通し可能なものとな

る︒一般化的方法がこのような方向を志向するものだとすれば︑こ

こでは対象相互の価値的区別など全く問題にならな刷比睦恥明白であろう︒その意味で自然科学は言①耳芽凰であると言われる︒

︵注1︶すべての自然科学的研究が︑現実の多様から︑数学的に定式化されう

る普遍的法則の把握へと︑速かに移って行く傾向しか持っていないわ

けではない︒自然科学も個別的なものの厳密な観察︑分析を重視する︒

だがそれは決して終局目的でなく︑普遍的概念形成の手段にすぎない︒

もっともこれに対して︑個別的なものの﹁記述﹂漂闇言四宮信もや

はり自然科学であり︑それは普遍的法則による個別的なものの﹁説明﹂

岡島展日長とは別な意味や目的を持っているので︑前者を後者の単な

る手段とみることはできないという反論もありうる︒これについては

次のように考えられる︒まず﹁記述﹂には二種類ある︒一つは所与の外

延的多様の完全な分類を目指すもの︑もう一つは個々の出来事の内包 リッヶルトの歴史哲学︵関雅美︶

︵注2︶﹁価値からの自由﹂一︶|価値からの自由﹂という自然科学の特徴づけは︑問題を含んでいる

ように思われる︒多様な事象が含む共通の部分が本質的とゑなされて︑

叙述の対象になると言うが︑共通部分もまた多様でありうる︒多様な共

通部分がすべて叙述の対象になるわけではないとすれば︑特定の部分

だけを選定しなければならず︑その時には﹁共通性﹂はもはや基準にな

りえない︒研究領域や理論的関心の違いなどによって︑多様な共通性の

間に生ずる理論的価値の違いが︑この場合の基準であろう︒その意味で

は︑自然科学を価値から自由と言えるかどうか疑問である︒リッケルト

は前述のように︑葛①壁国とは学問の目標についてでなく︑研究対象に

ついて言うのだと断っているが︑後者も上述の意味では言①登邑では

ない・後に述べるように︑歴史叙述の対象は価値への関係づけなしには

成立せず︑しかもその価値は多種多様な文化価値であるのに反して︑自

然科学で問題なのは理論的価値だけであるから︑歴史の場合のように

取り立てて問題にするまでもないのかも知れない︒事実リッケルトもそういう意味のことを︑ある所で言って咋馳︒しかしこれは単に程度の差

︵5︶であって︑質的な差とは言えないであろう︒もっとも︑自然科学は多様 的多様の観察と分析︑つまり事実の単なる確認を目指すものである︒

前者について言えば︑分類に使われる概念もやはり多様なものの単

純化という︑自然科学的概念本来の目的を実際に果している︒記述科学

と説明科学が使う概念は︑普遍性の程度に非常な違いがあるだけで︑原

理的な違いはない︒分類もまた一般化である︒

後者について言えば︑科学は決してこの種の記述に終るものではな

い︒これは説明や分類の準備にすぎない︒それにこれは結果的には︑種

概念や類概念のメルクマールを与えることになるので︑普遍的概念の形成を目指しているとゑることができ腿︒

(5)

羽 4

ところで︑自然科学の方法が個別的なもの︑唯一的なものの除去

による一般化を目指すものだとすれば︑それがそのままその限界と

なる︒自然科学は事象の一回性個別性を捉ええない︒これを捉える

ためには全く別な方法と概念を必要とする︒それが歴史科学的方法

と概念であることは断るまでもない︒もっとも︑ここで言う個別性

とか個別的なもの︵個体︶とは︑特に人間的個体だけを意味するの

ではない︒それは個体の一つの種にすぎない︒特定の時間空間にお

いて唯一度だけ現われ︑他のすべてのものと違っていて︑決して繰

り返されることがない限り︑物体的であると精神的であるとを問わ

ず︑個体と呼ぶことができる︒またここで言う個体概念は︑量的規定性邑画言言葺の雰輿言三富罫の概念と違うことが注意されな

ければならない︒個体が属す場所と時間は量的に規定されうるし︑

この規定性が個体の個別性の中に含まれていることは確かである︒

しかし個別的場所と時間が精密に規定されたとしても︑それで個体

の個別性がすべて規定しつくされるわけではない︒ショー・ヘンハゥ

エルは時間空間のみに個別化の原理を認めた︒だが︑唯一度しか現われない︑唯一つの現実の個別性について語る時にわれわれが考え

ているものは︑時間空間の個別性だけではない︒このことを忘れる

時にのみ︑人は自然科学的な普遍的概念の体系によって︑経験的現実の個別性の自然科学的計算ができると思ったりするのであぶ︒ なものを全く同一︒の実例として普遍的概念のもとに総括し︑価値的区別が入り込む余地をなくする傾向を本質的に持っているという意味では︑尋①鼻時凰でありうる︒

リッケルトの歴史哲学︵関雅美︶ リッヶルトによれば︑﹁個別化的﹂﹄且ヨ号農号﹃①aと1﹃価値への関係づけ﹂の二つが︑歴史科学の方法の本質的特徴である︒

対象はそれだけに固有なもの︑それを他のものから区別するもの

によって︑考察の対象となることがある︒この場合われわれの関心

は︑対象の一回性と個別性に向けられている︒だから対象は自然科

学の場合のように︑①異言口甥目目のでなく固需邑目目①で呼ばれる

ことになる︒これが個別化的方法である︒﹁科学はすべて直観性と個

別性において直接に経験された現実から出発し︑現実から本質的な

ものを選び出し︑従って現実をその直接性においては放棄する︒そ

れで方法の違いは概念がこの現実に関して作るものにおいて求めら

れねばならず︑その際問題は︑概念が普遍的なもの⁝⁝を求めるか︑個別的なものを求めるかということであ駒﹄︒だから﹁歴史的概念構

成の操作は︑見通し難い多様を単純化する点では︑自然科学的概念構 日歴史科学の方法の本質的特徴と価値判断排除の問題 ︵で上︶⑦﹃のご画のP望I屋興曽煕酵弔吋◎豆のgp画霞︾鶴︾四霞.了堂.竪顛・と鴎・一

因の言且o彦詞旨穴①再︾宍昌冨弓急閉のョ開彦画津巨pQz画冒国冨筋①ご開彦画津︾

ぐ耐風の巨呂蜀言津①諺昌匿隠︾臼威.︵なお以下本書は単に顔昌冨弓房︲

のg閂富津と略記︶

︵2︶⑦愚ご儲P豊I匡興届漂いご輿︑認露・−勺3豆①gの︾四罠.︾詮︾認爵宍昌

庁巨﹃己冨のの①ロののぎ画︷戸︽画玲戸

︵3︶の局の口個のPこい山匡

︵4︶P伊○.︾四四割.

︵5︶ぐ巴.四P○・・m電球.

︵6︶四画.○.︾旨鈩易雫乞式琶輿巴戸匿醇宍昌冨国量膀①ロ関毒画津︾﹄霊威.

(6)

躯 3

成と完全に目巴晨であるが︑内容的結果の点ではそれと対立する︒

後者は多くの個別的形態に共通なものを含承︑個別的形態にしか属

さないものは排除されているが︑前者は種々の個体の相違点である

ものを含み︑共通のものは排除されるか︑あるいはそれが個性の叙述に不可欠である限りにおいてのゑ取り上げら血魂﹂︒このように自

然科学の方法と歴史科学の方法は激しく対立するが︑いわゆる自然

と歴史の対立もこの方法の対立に基づくのであって︑素材の違いに

よるのではない︒つまり唯一の経験的現実があるのゑで︑それが一

般化的方法によってみられれば﹁自然﹂となり︑個別化的方法によってみられれば﹁歴史﹂となる︒︲

これに対して次のような反論があるかも知れない︒従来歴史記述

は︑特定の個人の政治的活動に余りにも多くの価値を置く傾向があ

った︒この種のものなら︑なるほど個別化と言えるかも知れない︒

だが歴史叙述の新しい傾向は︑皮相な叙述に止まらぬために︑個人

の活動よりもむしろ大衆の運動に係わることによって︑文化の発展

の本質に迫ろうとする︒このようないわば﹁集団化﹂的方法は︑個

別化でなくて一般化ではないかと言うわけである︒しかし︑歴史に

おいて問題なのは大衆運動であって個人でないという考え方は︑例

えばカーラィルのように︑歴史の決定的な契機を常に個人に求め︑

歴史を偉人の伝記の総合とふる立場と同じく︑極端で誤っている︒

だがそれはともかくとして︑ここで言う﹁個別化﹂的方法は英雄崇拝と関係がないし︑.般化﹂的方法は﹁集団化﹂的方法と関係がな

い︒なぜなら集団化的に振舞う歴史叙述も︑大衆運動を自然科学の

一般化的方法のように︑類似の運動の単なる実例とみたりはせず︑

やはり個別化的に︑その一回性を捉えようとするからである︒一七 リッヶルトの歴史哲学︵関雅美︶

来事も︑もしそれがその個別性によって︑政治的美的ないしその他

の一般的価値に係わっていないとすれば︑誰もそれを問題にしたり

はしない︒〃本質的″〃興味深い〃〃重要な〃〃有意味な〃といった︑

人が歴史的なことに対して使う言葉は︑何らかの価値を前提にしな

︵6︶ければ無意味なものである﹂︒だから歴史科学が﹁個別化的﹂である

と言っても︑それは例えばランヶが言ったように︑単に﹁対象がい 波の間や︑風に舞うさまざまな木の葉の間の違いのように︑どうでもよいものである粥昏︒﹁ルネサンスとかロマン派といった一回的出 八九年に始まるフランス革命の歴史的叙述は︑それがどんなに集団化的に振舞っても︑依然として個別化的であろう︒もしそれが一般化的に処理されるなら︑それは﹁革命﹂という類概念の単なる実例となってしき兇︒

ところで︑﹁科学は現実をその直接性においては放棄する﹂と言わ

れたように︑歴史科学の求める個別的なものは︑対象の個別的内容

全体の模与ではなくて選択︑変形である︒われわれは︑﹁その内容が現実性に等しく︑それを全部知ることは不可能でもあり︑また知る

必要もない﹂ような個別性と︑﹁特定の要素の承から成り︑われわれ

にとって有意味な個別性を区別しなければならない﹂︒歴史家は後者

の個別性を捉えるために︑本質的な個別的要素だけを選び出す︒だ

が一般化的概念構成の場合のように︑多くの対象に﹁共通なもの﹂

について語りえない時︑何を基準にして本質的なものを判定するの

か︒それは価値に対する有意味性である︒価値に関係づけ︑価値に

対して無記なるものと︑意味あるものとに分けることは︑歴史科学的

考察から切り離しえない操作である︒﹁価値への関係づけ﹂なしには︑

﹁いろいろな人間の歴史的生の個別的相違は︑海に立つさまざまの 一ハ

(7)

282

かにあったか﹂をlそれが﹁本当にあった通りに﹂l語るのではないし︑ヴィンデルバンドが言うように︑﹁個性記述

的﹂三○喝壱三のgに振舞うことに限られるのでもない︒それは本質

的な個別性を非本質的なそれから区別するという課題を持つの通勤

ゐが︶そしてそのためには︑指導的観点としての価値がなければなら

ない︒

ところで︑対象が関係づけられる価値は111後に第四節で詳しく

論じられるように11土日遍的なものでなければならない︒だがこの ︵注︶ヴィンデル︾ハンドは﹃歴史と自然科学﹄において︑経験科学を﹁法則科

学﹂⑦ののの蔚のの言蕗gの︒富津と﹁事件科学﹂厚の侭昌の菖膀g門富津に分

け︑前者は不変の形式を捉えるものだから﹁法則定立的﹂ロ○日○号①房呂

であるのに対して︑歴史科学のような事件科学は一回的内容を捉える

︵8︶ものだから﹁個性記述的﹂だと規定した︒リッヶルトが歴史科学の特徴

として︑個別化的の他に︑特に価値関係的という点を指摘するのは︑

ヴィンデル︑ハンドへの批判を含んでのことでもある︒

またディルタイは︑歴史科学において︑﹁了解﹂とか﹁心的生の追体験﹂

を問題にしたが︑リッヶルトによれば︑個別的な心的生の追体験は必ず

しも歴史的理解ではない︒歴史において問題なのは︑他人の心的生をそ︑︑︑︑︑︑の個別性においてありのままに了解することではなく︑それが何らか

の価値に対していかに個別的に係わっているかを明らかにすること︑

つまり個別的価値︵意味︶形象の理解である︒ディルタィが価値関係的と

いう観点を導入せずに了解や追体験を言う限り︑肝腎な点が暖昧なま

まになっているとリッケルトは考えるわけで︑その点︑ディルタィに対

︵9︶しても批判的である︒

リッケルトの歴史哲学︵関雅美︶ ことは︑歴史科学の方法が個別化的だということと矛盾しない︒ここでの普遍性は自然科学で問題になる普遍のように︑﹁すべてのものに共通﹂という意味ではなく︑﹁すべての者に有意味﹂ということであって︑全く別物である︒また普遍的価値に本質的関係があると判断されたものは︑﹁すべての者に﹂とって普遍的な意味を持つことになるが︑これによってその対象自身がある普遍的なものになるわけではない︒対象は普遍的価値に対して︑他のものと違った個性的な係わりを持つほど︑普遍的意味を持つ︒だから﹁ある対象の普遍的意味は︑その対象と他の対象との間の相違が大きくなるほど増大す

歴史科学は個別化的なものとして︑叙述の対象をI一人の人間

であると一連の出来事であるとを問わずl個体として取り扱う

が︑歴史科学が問題にする個体概念は価値との関係なしにはありえ

ない︒人格が個体をなすということも︑ある価値観点からの本質的

要素の選択とその結合の結果であって︑ディルタィの言うような﹁心

的構造連関の体験された統一﹂が︑そのまま人格の歴史科学的統一

になるのではない︒だから価値観点が変れば︑個体の実質的内容も

変って来ることが考えられる︒ある人間が政治史において政治的価 る⁝⁝歴史的個体はそれが他のものと違っている点において︑すべ

︵︑︶○ての人にとって有意味なのである﹂

値観点からみられた時と︑宗教史において宗教的価値観点からみられた時とでは︑描き出される人物像に違いが出て来るはずで血刷・

このように歴史的個体の統一が価値への関係に依存する限り︑それ

は目的論的統一であるから︑歴史的個体を目的論的個体と呼ぶこともできる︒また歴史的概念構成も目的論的概念構成と呼ばれ弘秘︒

もっとも︑個別化的に働く歴史科学は︑対象についての具体的で

a

(8)
(9)

280

心雛定のために利用しているだけなのかを︑問題にしなければなら

ない︒だが歴史科学はなぜ価値判断を避けなければならないのか︒それ

は学問の客観性を守るためである︒﹁経験科学には事物の価値や非価

値について︑普遍桜当的な仕方で語り︑それを非難したり賞讃したりする可能性はない﹂︒価値判断は主観的でしかないからである︒人

は実践的生活においてなら︑一人の意欲する人間として︑ただ彼だ

けに妥当する基準に従って︑主観的価値判断をすることができる︒

しかし歴史家は科学者として︑客観性を目指さなければならない︒

理論的価値以外の価値を科学の中に導入しながら︑しかもなお学の

客観性を守ろうとすれば︑実践的価値判断と︑価値への理論的関係

雷つけとを峻別しなければならないのである︒歴史家は普遍妥当的な

価値を選択原理とし︑それへの理論的関係づけによって︑すべての︵Ⅳ︶ゞ人に妥当する叙述を目指さなければならない︒こうして﹁価値関係﹂

の問題は︑歴史叙述の客観性普遍性の問題に導く︒

だが客観性の問題に移る前に︑価値判断の問題についてもっと立

ち入っておかなければならない︒歴史叙述の客観性を守るために︑

価値判断を控えなければならぬとリッヶルトが考えていることは疑

う余地がない︒そしてこれが周知のように︑M・ゥエーゞハーに引き継

がれて行くのである︒だが﹃自然科学的概念構成の限界﹄でリッヶ

ルトは︑歴史家は価値判断を差し控えることを﹁学問的義務とする︑︑︑︑︑︑︑︑ことがもきな窪言っているが︑そうしなければならぬとまでは言っ

ていない︒また﹃歴史哲学の問題﹄でも︑理論的研究は歴史家が﹁価

値判断的態度を取ることを禁止するように望むことなど決してでき

ないし︑対象の肯定的否定的価値判断から完全に自由な歴史叙述は︑

リッケルトの歴史哲学︵関雅美︶ .︵四︶多分ないだろう﹂と言っている︒﹃文化科学と自然科学﹄でも︑誰も歴史家に﹁価値判断的態度を取ることを禁じようとは思わないだろう﹂と言ってい獺︒価値判断は歴史的概念構成にとって不必要なばかりでなく︑それから客観性を奪って恐意的にすると力説するリッ︑︑︑︑︑ケルトが︑価値判断に断固とした禁止的態度を取っていないことは注意してよい︒﹃自然科学的概念構成の限界﹄で彼は︑﹁価値判断を慎しむことが歴史家にとって一般に可能か︑また望ましいことかに与える︒リッヶルト流の形式的方法論の枠内では︑価値判断の排除が簡単に結論づけられるように思われるからである︒価値判断の断固たる排除を彼にためらわせるような理論的根拠を︑彼の方法論の中に見出すことはできない︒彼はある所で︑科学の論理学は科学の現実から出発すると書いている︒それは歴史の方法を個別化的趾泳る彼の立場が︑歴史家の現実と一致しているという意味なのだが︑

︑︑・

リッケルトに価値判断禁止をためらわせたのも︑歴史家の現実なのであろうか︒歴史叙述と価値判断の関係の問題は︑われわれは何のために歴史

を学ぶのかという問題と深く係わっている︒歴史への関心は根本に ついて︑人は争うことができる︒だがこの問題は︑理論的研究の領

︵皿︶域には属さない﹂︵傍点筆者︶と書いているが︑これは奇異な印象を

おいて︑主体の現在における実践につながるものであり︑だからこそ歴史は急激な変革の時代に最も多く省みら払秘︒トレルチは︑現

電鍵蕊施嬢雌蕊蝋蕊纈栽灘際灘淫雄

去を考察評価しなければならぬということと︑過去の考察評価は︑

未来の形成を目指す主体の実践的関心に依存するという︑二つのこ

(10)
(11)

278

︑︑︑︑叙述主体へ視点を向けることの重要性に気づかなかった︒それが前

述の洞察を不可能にしたのである︒

︵Tl︶⑦﹃の邑圃のご︾四目.馬食・︾雪印露.︾画縄・ぎつI曾切︾臼の球・︾箇霞・︾窃冥勺吋○豆①日の︾

函黒・︾銘・認1s︾宅1塁︾雪陣夙三目︻急勝の①口の︒壷画津︾臼球・﹀雪浄宕威.

︵2︶⑦︻①国圃のP旨↑

︵3︶PPO.︾いい︽

︵4︶勺︻○ず庁ヨ曰ゆ回画一齢︾骨一画︷.

︵5︶PPO.︾四穿切鱒のH①己圃①P画画の

︵6︶⑦﹃の邑画のP忠勇.

︵7︶画.砂○.︾忠騨尻昌冒弓﹃扇の①邑胃彦國津・謡

︵8︶ご蚕一ロの言圏呈ご言・のぎ四コ9勺︻陛匡島のP國具目︾﹄︽回

︵9︶⑦吊口園のP認屋.

︵叩︶画.四.○.︾窟﹄面圏一勺g豆①日①﹀自

︵u︶︻昌冒弓弓勝器ご胃弓画津︾﹄&

︵皿︶⑦吊口月旦窒守曽興窃壁.

︵昭︶四・四.○・.詮叩置鱒宍昌目﹃言防の①ロのo毒四津︾認︷.

︵M︶⑦門①ご国①国︾曽の︾箇露・︾箇霞・一〆昌冨吋言﹈のの①ロのo壷四津﹄三顧

︵妬︶勺g亘①目ゆの甑.

︵略︶PPO・︾き

︵Ⅳ︶画.︑.○・︾認廟・一の問の回国①国︾望顕.

︵蛆︶⑦扇ロ月旦忠一

︵的︶℃8臣の目⑪霊

︵別︶屍三目弓冨閉①ご門彦四津迫s

︵別︶⑦3国開口ゞ切露

︵〃︶屍昌自国員の①のロのo彦画津︾窪︾孟哺・︾淫

リッヶルトの歴史哲学︵関雅美︶ 歴史は科学として客観的でなければならないが︑歴史科学の客観性とは何であろうか︒認識を現実の再現でなく変形と考えるリッヶルトにとっては︑素朴なリアリズムによってこの問いに答えることはできない︒またヘーゲル流の歴史哲学のように︑現実の歴史を形而上学的絶対的存在の展開過程とみ︑認識の客観的基準をこの絶対的存在に求めようとする﹁形而上学的リァリズ學止︶によっても︑経験科学としての歴史の問題に答えることはできない︒

それなら︑問題の客観性は何によって示されるか︒リッヶルトは

まず︑叙述に主観性恋意性が含まれていないことを示すことによっ

て︑それが可能だと考えたようである︒これは一つには価値判断の

問題が影響しているのであって︑価値判断は常に主観的であるから︑

これを除去しなければ︑叙述の客観性はえられないと考えたのであ

る︒だが叙述が価値判断的でないというだけでは︑それが主観的で

ないことの十分な保証にはなりえない︒そこで彼は叙述が主観的で

ないためのそれ以上の条件を問い︑それを叙述基準価値の妥当性に

求める︒

それなら︑この場合の価値の妥当性とは何であろうか︒私には︑

それは︑この対象の本質や有意味性をこの価値に基づいて決定する ︵羽︶堀米庸三氏﹃歴史をみる眼﹄一五︑二四頁

︵別︶両吋︒2月3の︸蕨o彦電己①﹃国一のg﹃一の己呂の匡邑・の①言の勺﹃o之の日の︾屍四℃・目︾一一

房四℃目

︵妬︶堀米庸三氏前掲書六五頁

御歴史科学の客観性と選択基準としての価値の問題

一一

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0

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区別は消えてしまう﹂ことになる︒だから歴史科学にとみて問題になる価値は︑規範的に普遍妥当的な価値に限られることに恥馥零そ は︑自然的衝動に係わる価値であるが︑これはその実現が単に個としての人間の営みに止まっているうちは︑歴史の問題にはならない︒そ︑︑︑︑︑れが社会の全成員の︑社会の次元での︑共通の関心事となって︑さまざまの﹁社会機構﹂︵結婚・家族・法律・経済組織など︶による実現が問題になった時にはじめて︑その価値は﹁社会の全成員にとっての要求として現われる﹂ので︑﹁それと規範的に妥当的な価値との

してこれは︑叙述の対象が属している過去の特定の社会︑特定の文

化圏において妥当性を持っていたものであればよく︑現在それが既

に妥当性を失ってしまっていても構わない︒もっともこのことは︑

後で述べるように︑方法論上の重大な問題を引き起こすであろうが︑

それは今の問題でない︒対象はそれが属す過去の社会から取られた

価値によって見られるということは︑歴史が﹁過去の人間の生を︑

それ自身から理解しなければならない﹂ところから出て来ざるをえ

ないものである︒だから経験科学としての歴史学は︑歴史哲学のよ

うに無制約的に普遍的な価値を必要とせず︑過去の経験から取られ

た経験的妥当性を持つもので十分である︒叙述はこのような価値に

従う限り︑経験科学にとって﹁達成可能な最高の客観性﹂をうるこ

とができる︒そしてこのような価値は︑内容から言えば︑文化価値l現実の国家とか宗教とか芸術とかにおいて具体化される価

値lである︒﹁文化は民族の生における共通の関心事であり︑個人

がすべての人間によって承認さるべき歴史的意味を持つようになる

のは︑文化価値に関してである︒規範的普遍的文化価値こそ︑歴史

的に重要なものの選択に関して︑歴史叙述や概念形成を導くもので

リッケルトの歴史哲学︵関雅美︶ ある﹂︒﹁文化価値のみが科学としての歴史を可能にし﹂︑自然科学と対立する﹁歴史科学の概念を最終的に完結させる﹂︒だから文化と歴史は相互に制約し合い︑二重に関連する︒つまり文化価値のみが科学と上吹の歴史を可能にし︑歴史的発展のみがレァールな文化財を実現する︒

以上要するに︑歴史叙述のl人々への妥当という意味でのl

客観性は︑選択基準価値の妥当性に基づき︑価値が妥当的であるた ︵注︶前述のようにリッヶルトは︑現実的普遍妥当性と規範的普遍妥当性と

を区別し︑歴史科学で問題なのは後者だと言っている︒だがある価値が

彼の言う規範的に普遍妥当性なものでありうるためには︑そのことが

多くの人々によって現実に承認されていなければならないだろう︒唯

一人の人間があるものを〃すべての人が承認すべきもの〃だと主張した

だけで︑それが規範的普遍妥当性を持つわけではないだろう︒その意味

では︑規範的普遍はある程度現実的普遍に支えられているとも言える︒

普遍性に二つを区別することは︑この意味では問題だろう︒ただ価値の

中には︑自然的衝動に係わるので︑すべての人がその拘束を感じている価

値と︑自然的衝動の克服によって可能なので︑すべての人がその拘束を

︑感じているわけではないが︑しかし価値であることは認めているもの

との区別はあろう︒リッヶルトが本当に言いたかったのはこれではな

いか︒もっとも彼はある所で︑〃すべての人への要請″であれば︑要請する人が﹁一人の文化人﹂でも︑規範的普遍性があるように言って咋泓︒

だが批判的にみれば︑そうは行かないだろう︒後に述べるように︑彼は

絶対的無時間的に妥当する価値の存在を確信しているので︑この種の

問題については︑かなり無造作なところがある︒

一一一一

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だろう︒ここでの意見と前段での意見とは︑明らかに矛盾するのでは

なかろうか︒

だがそうみえるのは︑実はみかけだけのことにすぎない︒なぜな

らリッヶルトは︑次の二つのことを前提にしてものを言っているか

らである︒一つは︑絶対的無時間的に妥当する価値体系が存在すること︑もう一つは︑現実に確認できる規範的に普遍的な価値lこ

れは限定された普遍性しか持たない価値である111が︑絶対的価値に支えられていることである︒これについてリッヶルトは︑例えば

︵吃︶現実の価値は絶対的価値と﹁窓意的でない関係に立つ﹂とか︑それ

︵週︶に﹁多少とも近づいている﹂といった言い方をする︒この表現はひ

どく暖昧である︒二つの価値は正確にはどんな関係に立つのかI

これはこれで︑例えばM・シェーラーが正面から取り上げたような︑価値論上の重大な問題を引き起こすであふ兜︒だがリッケルトはこ

の点について甚だいい加減である︒彼は肝腎な点を全く暖昧にした

ままで︑ともかく二つの価値が密接な関係にあることを前提する︒もしこの前提が許されるなら︑現在と過去の間の橋渡しは︑絶対的

価値の媒介によって︑容易なものとなる︒その場合歴史家は︑自分と疎遠な文化価値の中に身を置くことができるだろうし︑その可能

性が方法論上の重大な問題になることもない︒また価値観は文化圏

によって異なるので︑﹁価値関係的叙述の客観性は歴史的に局限され

た客観性﹂であるなどと言っても︑前述のような前提がある限り︑

これもさして重大な問題とはならないであろう︒リッヶルトはある

所で︑価値観点の選択はそれを認める人々の同意があるだけでよく︑

そのような価値による叙述は︑経験的立場からみて可能な最高の客

観性を達成している︒これは無制約的に普遍的な妥当への要求とい

リッヶルトの歴史哲学︵関雅美︶ う点では問題は残るが︑このような要求は︑首尾一貫した経験主義者には無意味なものだ︑といった趣旨のことを述べてい蕊︒だが彼は︑経験的客観性は実はその底において︑絶対的価値体系に基づく絶対的客観性とでも言うべきものに支えられていることを前提しているのである︒﹁歴史の客観性の問題:⁝・は︑われわれを事実的評価という経験的に与えられたものの外に連れ出す﹂と言われている所以で血馳︒前に言ったようにリッケルトは︑価値妥当の問題を︑叙述対象と価値との適合関係として捉えず︑焦点をずらして一般化し︑妥当的価値の一般的性格の問題として捉えていたが︑これも今の問題と関係があるのではなかろうか︒つまり適合関係の具体的議論は形式的方法論の枠を越えるので︑議論をその方向に持って行かなかったというだけでなく︑ある種の性格を持った価値は︑絶対的価値に支えられた客観性を持つことになるという考えが︑リッヶルトの頭にあったためでもあると推察される︒

ともかくリッヶルトにとって︑歴史科学の客観性とは︑叙述価値

を妥当と認める一定範囲の人々にとっての経験的客観性ではなく︑

実はあらゆる人々の承認を絶対的に要求しうる絶対的価値に支えら

れた客観性なのである︒これは本節の始めで言われた﹁形而上学的

リアリズム﹂で考えられるような﹁形而上学的客観性﹂にも比せら

れるべきものであろう︒ただ︑絶対的価値体系を正面から論ずるの

は︑歴史哲学の仕事であって歴史科学の問題ではないので︑この意味での客観性が前面に出されていないだけのことである︒だがこれ

が前提されていることは︑絶対的価値の問題を取り扱う﹁歴史哲学

︵Ⅳ︶のない歴史科学は存在しない﹂という言明からみて明らかである︒こ

のような前提に立つ限り︑学の客観性の問題や︑価値の可変性が歴

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客観性の問題は以上で終えて︑以下もっと別の問題を検討しよう︒

いったい文化価値による対象の本質的要素の選択は︑詳しくはどの

ように行なわれるのか・リッヶルトはある所で︑選択一般の原理︵価値︶と︑特殊で具体的な意味形象盟目鴨二号を峻別しなければな

らないと言っている︒後者は例えば現実の国家や芸術作品や宗教な

どに現われていて︑それを有意味にしているものである︒歴史を個

別的な叙述にかり立てるのは︑この具体的個別的意味形象であって︑ 史科学方法論に及ぼす難点は︑かなり無造作に解決されることになろう︒今迄のリッヶルトの議論がノンキなものだったのはそのためである︒だがその代り︑その前提そのものの妥当性が大きな問題にならざるをえない︒問題はただ向うへ押しやられてい︐るにすぎ聡帳︒

︵注︶方法論でひどく暖昧な形で前提ないし示唆された︑現実の限定的に普

遍的な価値と絶対的価値との関係は︑歴史哲学でも立ち入って論じら

れておらず︑結局放置されたままである・後に七節と八節で述べるよう

に︑絶対的価値とは内容のない純然たる﹁形式﹂なので︑二つの価値の

関係は︑形式と内容の関係に等しいようにもゑえる︒だが前述のように

一方の価値は他のものと﹁窓意的でない関係に立つ﹂とか︑それに﹁多

少とも近づいている﹂などと言われているので︑形式と内容の関係をそ

こにみて取るのが正しいかどうかは判然としない︒だから客観性の問

題は︑最後の所で全く訳の判らぬことになってしまっている︒リッケル

トの思想は精密なようでいて︑意外にいい加減な所が多い︒暖昧なくせ

に日くありげな言い回しをすることによって︑何かを哲学的に論じた

ことになると思っているのであろうか︒ リッヶルトの歴史哲学︵関雅美︶

一般にこういうものが対象に現われていないことには︑個別的価値

関係づけとしての歴史はありえない︒これに反して選択原理の方は︑

一般的抽象的価値である︒歴史が抽象的価値の形成ではなく︑個別的

なものの叙述を使命とする限り︑﹁抽象的普遍的なものと個別的なも

のとの区別を︑はっきり立てて置かなければならない﹂︒だがリッケ

ルトはその一方で︑歴史家は現実の国家や芸術作品や宗教などにお

いて実現されている価値に︑叙述の対象を関係づけねばならぬとか︑

そのような一般的価値に関係づけられてはじめて︑意味形象は個別

的意味形象として捉えられることになるといった意味のことを述べ

ている︒だから︑価値への理論的関係づけによる本質的なものの選

定の手続きは︑まず現実の国家や芸術作品などに即して︑何らかの

仕方で具体的意味形象をI漠然とでも11捉え︑更にそれを手掛

りにして︑これに直接関係する抽象的価値を捉える︒そして今度は

逆にその価値を選択原理として︑現実の国家などを構成する多様の

中から本質的要素を選定し︑対象の歴史的個性を最終的に把握する︑

という順序になるのであろう︒この辺のリッヶルトの議論は例に

よって甚だ抽象的で明確さを欠いているが︑およそこのような手順と解して大過ないと考えら札馳o

だがここはかなりの問題がある︒まず指摘されるのは循環論であ

ろう︒価値に照して構成される対象の歴史的個性は︑具体的個別的

意味形象と別のものではない︒だから例えばある具体的国家に現わ

れている特定の具体的意味形象に即して︑一般的抽象的価値︵国家価

値︶を捉え︑次にこれを手掛りとして︑この国家の意味形象ないし

はその本質的個別性を捉えることになるわけで︑これは循環論のよ

うにみえる︒これは単に形式論理的な批判のように思われるかも知 一一ハ

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れないが︑実は重大な問題を示唆している︒だがそれなら︑選択基準としての価値は純然たる形式でなく︑あ

﹁レアールな対象において見出される具体的意味形象は︑歴史のる種の内容を含むと考えれば︑それで問題が片づくであろうか︒問選択原理と同様に︑価値の領域にあ死﹂と言われている︒してみれ題の価値をこう考えることは︑前述のリッヶルトの考えと矛盾する

ば前者は具体的内容を含んだ価値だということになるし︑リッヶルけれども︑﹁歴史家は歴史的文化的生そのものから取られ上必︶内容的卜自身もある所ではっきりそう言ってい︵瓢︶︒だからそれと峻別するに規定された価値に導かれる﹂と言っている箇所もあるので︑これ

必要があるとされた選択原理としての価値は︑単に一般的抽象的でを彼の真意と解してみよう︒この場合に出て来るのは︑その内容は

あるのみならず︑何よりもまず形式的でなければならない︒それなら︑どうしてえられるのかという問題である︒それは例えば︑多くの国

具体的内容から形式を引き出し︑その形式によって逆に具体的内容家の共通の内容を抽出することによってであろうか︒だがそれならを照明すれば︑以前には知られなかったその個別性が明らかになる価値は自然科学的意味での﹁普遍﹂となる︒価値は﹁多くのものに

︑︑︑︑︑のであろうか︒もし明らかになるとすれば︑この手続きは形式的には共通﹂な普遍性でなく︑﹁多くのものに有意味﹂な普遍性を持つものともかく︑実質的には循環論でないかも知れない︒だが具体的内容かであった︒それなら︑多くの国家ないしある特定の国家の内容から︑

ら︑内容を含まぬ純然たる形式が果して抽出されうるか︒もし仮に有意味なもの︑本質的なものだけを抽出する方法を取るのか︒しか

それが可能だとしても︑抽出された純然たる形式が果して価値の名しそれだと︑有意味で本質的なものとそうでないものとの判定基準

に価し︑期待された機能を果しうるか︒リッケルトはある所で︑﹁内が予め与えられていなければならないことになるが︑まさにこの基

容に満された価値﹂としての﹁イレアールな価値形象﹂ないし﹁意準が今の問題なのである︒もっとも前述のように︑リッヶルトはあ

味形象﹂の一例としてgののo9口①ゞ合の三四冑のをあげ︑それ邪対応る所で︑絶対的無時間的価値体系の存在を主張し︑これが歴史叙述する形式としての価値を浮き弓鼻雪筈吾妥と呼んでいるが︑純で問題になる経験的に普遍的な価値の前提条件だと言っているの

然たる形式としての価値とは︑実は抽象名詞にすぎないのではないで︑これを今問題になった判定基準とみる方法もないわけではない︒

︵羽︶か︒抽象名詞としての﹁美﹂や﹁真﹂あるいは﹁国家﹂は︑具体的だが実は無時間的価値体系は形式的なものとされているので︑この文化財を照明して︑それが含む多様の中から本質的要素を選択する方法はうまく行かない・形式が判定基準として機能しえないことは︑︑︑︑︑︑基準として機能しうるであろうか︒そんなことは不可能である︒選既に前に述べた通りである︒だがそれなら︑ある特定の国家の内容

択基準として機能しうるものは︑具体的内容を持たなければならなを︑格別の基準なしに整理してlこのことの可能性は問わないこい︒ある具体的内容を持った国家概念丙容を含んだ国家価値︶のとにしようlそれをそのまま価値の内容にするのだろうか.l

光りに照された時にはじめて︑現実の種々の国家形態の特徴︑個別ケルトは前述のように︑価値は叙述の素材から汲み取られなければ︑

性︑本質的要素などが浮び上って来るのである︒客観的でないと言っていたので︑こう考えることも可能なょえにみ

リッヶルトの歴史哲学︵関雅美︶

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える︒だがそれなら︑こうしてえられた価値による︑この特定の国

家の個別性の規定なるものは︑無意味な循環にすぎないことになろ

う︒もっとも︑こうしてえられた価値によって︑当の国家以外の国

家の個別性を規定するのなら︑循環でない︒だがその代りに︑価値は素材そのものから取らるくしとするリッヶルトの考えと違って

来る︒しかし﹁素材﹂という言葉をそれほど厳密にとるに及ばないということも考えられるので︑このことは別に問わぬとしよう︒だ

がそれでもまた別の問題が出て来る︒それは︑判定基準が極めて偶然的相対的なものになることである︒いったいなぜこの国家の内容

が判定基準になりうるのか︒もしこれを立証しようとすれば︑それ

︲はそれでまた別の判定基準を必要とするだろう︒この問題について

の立ち入った論究なしには︑手掛りとしてどの国家を選ぶかは全く偶然的なことになる︒そしてどの国家を手掛りにするかによって︑

価値の内容がそのつど異なり︑それを基準にして選定される個別性

や本質的要素の内容も︑それにつれて変化する︒これで果して叙述

の一貫性や普遍妥当性が保証されるであろうか︒以上要するに︑もし価値が純然たる形式なら︑それは選択基準と

して機能しえない︒逆にそれが内容を含むとすれば︑その内容がい

かにしてえられるかについて︑更に立ち入った究明を必要とする︒

そうでなければ︑その内容やそれに基づく歴史叙述は一貫性や普遍

性を欠き︑科学的なものになりえない︒リッヶルトはこのような重要な点について︑つきつめた思索を少しもしていない︒この問題は

前にわれわれが︑﹁価値と対象との適合関係﹂という言葉で指摘して置いた問題と関係があるのだが︑彼がそれを形式的方法論の枠外に

あるとみて放置した結果が︑今このように重大な形で表面化してい リッヶルトの歴史哲学︵関雅美︶

が︑実によく現われている︒︒リッヶルトの議論は余りにも形式的で

空虚である︒だから歴史科学の方法の形式的特徴について︑示唆的

な指摘がいろいろとあるにしても︑肝腎な点については︑実質的に

何も言っていないに等しい︒ともあれ﹁価値関係的﹂認識について

のリッヶルトの議論をこのように批判的にみて来ると︑哲学的には

リッヶルトの上に立っていると言われるM・ウエー︾ハーが︑社会科

学的認識の方法論的手段として︑﹁理念型﹂概念なるものを構想せざ

るをえなかった必然性が理解できるように思われる︒以上の批判的

考察から理念型概念の構想までは︑ほんの一歩の歩みでしかない︒ 叙述に必要靴指導的価値観点の内容規定に自由を与えうるのだと言っているが︑ここには今の問題についての彼の思索のいい加減さ るのである︒彼はある所で︑価値は形式的で空虚だからこそ︑歴史

︵11︶の﹃①邑噴①P印﹃函lmmgmの﹄

︵2︶宍昌冨﹃言涜の①己闇ご津︾届煕.一⑦﹃の冒圃のご︾認罠.一の望輿①日︾画こ

︵句o︶切望の骨のHご︾函﹄⑲

︵4︶⑦﹃のロ園のP︽の霞.ゞの一﹃

︵5︶凹凹○.︾画一霞.

︵6︶四・四.○.︾画易・切三1日﹄︾函易︾︑白球・︾詔鱒勺﹃◎豆のヨの︾臼︷.︑君臨.一の望の扇日・

巴霞儲庚昌冒ご冨服の口門彦画津亨屋黛.﹄誤威.

︵7︶宍昌冒国量躬のご思琶画津︾畠

︵8︶ぐ唾.⑦H①ご雨①P画霊︾詔函

︵9︶宍昌冨弓冨閉①ご開彦画津︾忌つ

︵皿︶同意ごQ画

︵皿︶四四○.︾﹄雪

︵岨︶⑦扇ご開PmS

(19)

270

歴史科学の方法が個別化的であるということは︑対象を他のもの

から切り離して孤立させることではない︒対象は常に他のものとの

連関において捉えられねばならず︑この点では歴史科学も自然科学

も同じことである︒ただ歴史科学は﹁連関﹂をもやはり個別化的に捉

えなければならない︒歴史の個別化的な連関形成の問題に立ち入る

ことによって︑歴史科学の方法の特徴が一層明らかになるであろう︒

歴史的連関は個々の対象よりは包括的であるが︑しかしそれ自身やはり個別的なものである心だから個々の対象を連関の中に排列す

るのは︑単に一つの個体をもっと包括的で全体的な個体へ一分肢と

して排列することであって︑自然科学の場合のように︑対象を一つ

︵昭︶画..画.○.︾雪兵ぐ巴.宍三日﹃言耐の①ロ開彦画津︸温霞.

︵M︶拙稿﹁価値の絶対性と相対性﹂︵2︶︵﹃金沢大学教養部論集﹄十巻所収︶

第五節参照

︵妬︶の届ご月旦認罵.

︵略︶ぐ巴.PPO・︾認浄②s

︵Ⅳ︶尻三目弓冨脇①ご胃彦画舜︾岳熈.

︵肥︶ぐ巴.やg亘g局&民.︾宅威・一の厨房日もご

︵的︶勺8豆g届︾弓

︵別︶の冨扁日迫邑

︵皿︶因すのご旦画

︵〃︶の吊口用員の畠

︵別︶画.P○・︾臼兵宅冒匡の日p巨野の房5日︾堕認

︵別︶の8口月艮臼一

岡歴史的連関と発展

リッヶルトの歴史哲学︵関雅美︶ の﹁実例﹂として普遍概念に包摂するのではない︒歴史的連関は個々の対象と比べると普遍的であるが︑自然科学的普遍とは全く別物である︒歴史の係わる普遍的全体は︑部分概念よりも内容が豊かであるが︑自然科学のそれは︑従属する実例よりも内容に乏しい︒類概念の内容はその外延が拡がるほど乏しくなるが︑歴史的普遍の内容は︑多くの部分を包括するほど豊かになる︒部分概念がその内容を

︵1︶伴なってつけ加わるからである︒ところで︑連関づけられた個々のものは︑互いに原因結果の関係

において捉えられていなければならない︒歴史的連関とは個別的因

果連関であって︑因果性なしには成立しない︒自然科学と同様に︑

歴史科学も因果連関に係わるのであり︑因果連関そのものは︑方法

の相違に対して﹁無記﹂であって︑すべての経験的現実がそうであ

るようにm一般化的に捉えることも︑個別化的に捉えることもでき

る︒だから因果性を目的性と対立させ︑現実の世界を︑因果性の領域

︵自然︶と目的性の領域︵歴史︶に区別することはできない︒唯一

の経験的現実があるのみであり︑そしてそれが自然科学と歴史科学

の素材なのである︒また自然と歴史の論理的対立を︑因果必然性と

自由の対立とみることも誤りである︒二つの種類の対立は互いに全

く無関係であって︑歴史は無原因性という意味での自由を前提することはできない︒対象が個別性の側から考察される場合と︑共通性

の側からみられる場合とで︑因果的制約性が少くなったり︑多くなっ

たりするわけではない︒だから﹁因果性﹂と﹁自然法則﹂は厳密に

区別さるべきである︒﹁生起したものはすべて原因を持つ﹂という因

果性の概念は︑自然法則の定立を可能にする前提ではあっても︑そ

れ自身が自然法則なのではない︒だから因果性I自然法則という誤

I

参照

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