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Japan Marketing Academy 取材レポート マーケティング エクセレンスを求めて 108 ガス空調業界における創造的コラボレーション 東京ガス株式会社, 大阪ガス株式会社, 東邦ガス株式会社 早稲田大学商学学術院助手大平進 早稲田大学商学学術院教授恩藏直人 業務用空調には, ガスを

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ガス空調業界における

創造的コラボレーション

東京ガス株式会社,大阪ガス株式会社,東邦ガス株式会社

早稲田大学 商学学術院 助手

大平 進

早稲田大学 商学学術院 教授

恩藏 直人

業務用空調には,ガスをエネルギー源として稼働しているものがある

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Ⅰ. はじめに

 我々が日々研究を行っている場所は,エレ ベータが4基設置された地下2階,地上14階建 ての最新の研究棟である。多くの研究室や教室 で構成された建物であるが,冷暖房はもちろん, 無線 LAN や最新のプロジェクター機器が完備 され,四季を通じて快適に研究教育活動をおこ なうことができる。  ある日,ガス会社に勤める知人が共同研究室 を訪れた際,ガス空調に関する話題になった。 「この建物もガス空調なんですね」という知人 の言葉に,ガス空調に関する研究をはじめて間 もない我々は,毎日なにげなく過ごしている快 適な空間がガス空調によって提供されている事 実に驚いた。普段意識することの少ない業務用 空調の世界であるが,ガス空調は我々の身近に 存在しており,この数年間,市場シェアを着実 に伸ばしているのだ。  順調に販売台数を伸ばしているガス空調であ るが,エネルギー環境の変化を受けて,需要 が低迷し続けた苦しい期間があった。2000 年 の 50,000 台をピークに出荷台数は下がり続け, 2010 年には 20,000 台を切り,6 割以上の需要減 少を経験したのである。そうした苦しい時代か ら抜け出すために,ガス空調業界では,競合他 社とのコラボレーションや,ステークホルダー を巻き込んだプロモーション活動など,様々な 取り組みがおこなわれた。東日本大震災後の電 力危機という環境変化による追い風を見落とす ことはできないが,優れたコラボレーションが 需要回復の背景に存在している。  今回の事例では,東京ガス株式会社,大阪ガ ス株式会社,東邦ガス株式会社といった,大手 ガス会社が,エネルギー産業という保守的な業 界にありながら,ガス空調販売のV字回復をめ ざし,製品開発からコミュニケーション活動, 産学連携による研究活動に至るまで共同で取り 組むことにより,大きなシナジーを生み出して いるエクセレンスについて見ていこう。  

Ⅱ. ガス空調市場の動向

(1)業務用空調の概要  エアコンという呼称で親しまれている空調設 備のエネルギー源は,電気であると我々は思い がちである。家庭用エアコンの大半は電気をエ ネルギー源としているからだ。だが,病院や学 校,商業施設などで利用されている業務用空調 設備においては,電気だけではなく,都市ガス や LP ガスが重要なエネルギー源として位置づ けられている。本稿では都市ガスを用いたガス 空調に焦点を当てている。  業務用空調設備は,建物の規模や利用面積に よって「個別分散方式」か「セントラル方式」 のいずれかに分類される。一般的に,中小規模 の店舗やオフィス・ビルでは個別分散方式のシ ステムが多く,大規模のオフィス・ビルや商業 施設になるとセントラル方式が主流となる(大 阪ガス株式会社,スマートジャパン 2013)。個 別分散方式で用いられるガス空調は,冷媒をコ ンプレッサーで圧縮し,連続的に蒸発と凝縮の 繰り返しによって冷房を行うことから,ガスエ ンジン・ヒートポンプ・エアコン(以降,GHP と表記)と呼ばれる。一方のセントラル方式で 用いられるガス空調は,水の気化熱を利用して 冷水をつくり,冷風の送り出しによって冷房を

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行うことから,ガス吸収冷温水機と呼ばれる1)  ガス空調の歴史は古く,大規模建物を対象と したガス吸収冷温水機は 1969 年に大阪塗料会 館で初めて導入された。中小規模建物を対象 とした個別分散方式の GHP は 1987 年に全国で 発売が開始されている。その後,ガス空調は 着実に浸透し,2012 年の時点において,建築 統計年報の延床面積(住宅用を除く)から算出 した想定値をもとに計算された市場シェアは約 24%となっている2)   (2)ガス空調の出荷台数推移とその要因  図表−1は GHP の出荷台数の推移を表したグ ラフである。1990 年代後半は順調に増加して いたが,2000 年にピークを迎えた後,減少に 転じている。その後,2010 年を境に V 字回復 を実現している。このような推移をたどった背 景にはどのような要因があったのだろうか。時 系列にまとめてみた。  1990 年代後半に出荷台数を伸ばした要因と して主に次の2つが考えられる。第一の要因は, ガス空調の電力負荷平準化への貢献が認識され たことである。省エネの推進や石油代替エネル ギー導入などのエネルギー政策促進に向けて, 政府によってガス空調導入を後押しする各種優 遇制度が実施された。これらの制度を利用して, ガス空調を導入する企業や団体が増えた。  第二の要因は,経営効率化やコスト低減のた めに夏場のガス需要を増やしたいというガス事 業者の事情である。当時,ガス需要は季節間の 変動が激しく,夏場の使用量が低いという問題 を抱えていた。とりわけ,一般家庭におけるガ スの使用量が冬場の需要期に偏っていたことが 全体のガス需要の変動に影響を及ぼしていた。 季節を通じて需要を平準化できれば,設備稼働 率の向上が可能となり,経営効率化やコストの 低減化に寄与するはずである。そこでガス事業 者は,戦略的に割安な空調用ガス料金を設定し, 図 表—— 1 GHPの国内出荷台数 出典:一般財団法人冷凍空調工業会

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出荷台数を伸ばすことに成功した。図表−2は 東京ガス販売エリアにおける月別販売量の変動 を示したものであるが,ガス需要の季節間変動 は年を追うごとに少なくなっていることが分か る。例えば,8 月の数値を見てみると,1980 年 の時点では,1 月を 100 とした場合,その半分 にも及ばないが,90 年には 55 となり,2000 年 には 60 を超えている。さらに 2010 年には 70 を 上回る数値となっている。東京地区以外でも同 様の傾向が見られる。  同期間に,ガス吸収冷温水機の需要も増加し ている。環境保全への貢献が認められ,ガス空 調への期待が高まったためだ。当時,空調機器 に広く用いられていた冷媒のフロンガスは,オ ゾン層破壊の原因であり問題視されていた。こ のため,フロンガスを使用しないタイプのガス 空調,すなわちガス吸収冷温水機に注目が集ま り,とりわけ官公庁施設で導入が促進された。  1990 年代後半に順調に出荷台数を伸ばして いたGHPは,2000年をピークに減少し始める。 減少した最大の理由は,人々の目がCO2排出量 に向けられたためである。それは,日本の電源 構成比率の違いによって説明がつく。2001 年 から震災前の 2010 年に至るまで,日本で発電 される電力の約30%近くは原子力発電でまかな われていた 。というのも,発電の過程で CO2 を排出しない原子力が,数あるエネルギー源の 中でも環境負荷の低いものとして考えられてい たためである。地球温暖化対策の切り札として 原子力の普及が進んだことで,「環境負荷の低 い」電力を用いた電気空調が見直された。電気 空調に押されてガス空調の出荷台数は減少した が,特に落ち込みが激しかったのは,LP ガス を用いるタイプのガス空調である。2000 年代 におけるエネルギー価格の高騰において,天然 ガス以上に LP ガスの高騰が激しかったからで ある。  上述の理由によってガス空調の出荷台数は約 10 年間にわたり減少し続けてきたが,2011 年 に発生した東日本大震災を機に再び脚光を浴び るようになる。原子力発電所の事故をきっかけ に,日本の電源は構成比率の約9割近くを火力 図 表—— 2 ガス需要の平準化 出典:東京ガス株式会社提供

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発電所に頼ることとなった3)。将来の電力価格 高騰に対する危機感や,節電を増進させる運動 の高まりから,電気を用いた空調を再考しよう とする動きが見られた。  一方のガス空調には,二つの追い風があった。 一つは,シェールガス革命によって,エネルギー 源としての天然ガスの将来性に対する期待が高 まったことである。シェールガス革命とは,技 術革新によってそれまで採掘困難とされていた シェール層とよばれる堅い地層から天然ガスを 取り出すことが可能となり,採掘可能年数が大 幅に増加したことで,世界のエネルギー事情を 一変させた出来事である(恩藏,芳賀,安藤, 外川 2013)。もう一つの追い風は,ガス空調の 持つピークカット効果が,節電対策の切り札と して有望視された点である。ピークカット効果 については後述する。こうしてガス空調は,再 び注目を浴びるようになった。  

Ⅲ. ガス空調の製品概要

(1)ガス空調のメリット  一般的にガス空調は,低いランニングコスト がメリットであるとして広く認識されている。 GHP は,冷媒を圧縮するコンプレッサーを動 かすのに電気ではなく,比較的安価な天然ガス をエネルギーとして用いるため,ランニングコ ストを低く抑えることができる。電力費用が高 騰しているここ数年においては,ガス空調の持 つランニング上の経済性が最大のメリットと なっている。  ガス空調はまた,電力のピークカット効果を 有することが認識されている。ガス空調は,シ ステムの稼働にわずかながら電力を使用する。 しかしながら,大阪ガス株式会社の試算による と,ガス空調の消費電力は,20 馬力相当の標 準的なシステムで約100Wとごくわずかであり, 同程度の電気空調と比較して 100 分の 1 程度で 済む4)。すなわち,電気空調をガス空調へ変更 するだけで,大幅な節電が実現できるのだ。こ の性質は,ガス空調が持つ電力のピークカット 効果として,震災以降の節電に対する意識の高 まりから注目を浴びている。空調に必要なエネ ルギー源を電気からガスへ変更することはま た,我が国のエネルギー多様性に結び付く。最 新の機種では,自ら発電が可能な「電源自立型 空調 GHP」も開発されており,停電時におけ る事業継続に貢献できるといったメリットも備 えている。このため,ガス空調はエネルギー・ セキュリティ向上に大きく貢献する製品として 捉えられている。  環境性能についてもメリットが認められてい る。ガス吸収冷温水機は,冷媒に水を使用する ため,温室効果ガスとして問題となっているフ ロンを用いる必要がない。また,水の気化熱 を利用する冷却塔で放熱がおこなわれるため, ヒートアイランドへの影響が少なく,環境にや さしいシステムといえる5)  さらにガス空調には性能上の優位性も存在す る。例えば,大規模施設でもいち早く快適な温 度にする立ち上がりの早さについて高い評価を 得ている。株式会社ルネサンス,施設開発部の 責任者は「ガスのパワフルさ,スピードに慣れ てしまうと当たり前に感じてしまうのですが, 電気と比べてその差は圧倒的です」(東京ガス 株式会社 , 大阪ガス株式会社 , 東邦ガス株式会 社 2012, p.4)と感想を述べている。

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(2)ガス空調のデメリット  電気空調と比べてガス空調にデメリットがな いわけではない。設置上のフレキシビリティの 低さと初期投資の大きさが挙げられる(大平 , 恩藏 2014)。いくらガス空調を選択としたいと 希望しても,都市ガス・インフラ(パイプライ ン)が整備された地域でなければ利用すること ができない(LPガスを用いれば利用できるが, 若干の燃料コスト増となる)。ガス空調はまた, 電気空調で一般的なモーターではなく,ガスエ ンジンを用いてコンプレッサーを動かすため, 設備がやや大がかりで重くなり,足場の強度が 必要とされる。そのため,条件によっては,電 気空調からガス空調へ変更しようとしても断念 せざるを得ない状況が発生するのである。大が かりな設備はまた,導入時のコストにも影響を 及ぼす。電気空調と比べて初期コストがかさむ といった点が,デメリットとして顧客に認識さ れているのだ(大平, 恩藏 2014)。  これらのデメリットのうち,初期コストにつ いては低いランニングコストによって相殺され る。上で述べたとおり,安価な天然ガスを燃料 として用いることでランニングコストを低く 抑えられるため,3 ~ 5 年程度で初期投資を回 収できるといわれている6)。また,改善努力に よって小型化,軽量化が進み,やや大がかりな 設備というデメリットも克服しつつある。以前 は故障頻度が高いという問題も抱えていたが, この点は大幅に改善され,電気空調と比較して 遜色のないレベルにまで達している。東京ガス (2014)によると,1992 年の製品と比べて故障 率は90%近く低減されているという。  外部環境の変化に大きく左右されながら,出 荷台数の増減を繰り返したガス空調であるが, ここ数年の需要回復は,外部環境の変化だけに よるものではない。環境の変化を上手く利用し ながら,ガス空調の普及に努めたガス会社の積 極的な取り組みが功を奏したのである。次章以 降では,それらの取り組みについて見ていこう。  

Ⅳ. 共同製品開発

 2000年以降,CO2排出量削減に対する意識の 高まりとエネルギー価格の高騰といった影響が あった。この期間に,競合する電気空調の効率 化は進み,相対的に GHP の製品力は低下して いた。図表−1に示すとおり,出荷台数も減少 の一途をたどっており,製品力を底上げするこ とは,ガス空調陣営が事態を打開するための喫 緊の課題となっていた。  業務用空調設備という製品は,購入後もエネ ルギーを消費する。そのため,エネルギー効率 が空調機器の最も重要な基本性能のひとつとし て位置づけられており,エネルギー効率の向上 は競争優位を獲得するうえで無視することので きない重要な目標となる。  目標達成のためにガス会社が最初にできるこ とは,燃料であるガスを低価格で供給し,支出 面でのエネルギー効率を低下させることであ る。しかしながら,天然資源に乏しい日本で は,天然ガスの大半を輸入に依存しており,輸 入価格をベースとして供給価格を決めざるを得 ない。このため,ガス会社が価格を低く抑える にも限界がある。次にできることは,空調機器 の燃費を良くすることである。この場合,ガス 会社単独で目標を実現することは難しく,GHP メーカーとの協力が必要不可欠となる。  GHP を製造するメーカーは国内に複数存在

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する。代表的な企業に,アイシン精機株式会社, ヤンマーエネルギーシステム株式会社,パナソ ニック株式会社などが挙げられる。通常の製品 開発では,これらの大手メーカーはそれぞれ独 自に開発を進め,効率化の目標値や発売時期も 個別に設定していた。2008 年当時,通常の開 発プロセスをとっていたのでは,出荷台数が ピーク時の約半分まで落ち込んでいた危機的な 状況に対処できないと判断し,ガス会社3社は, GHPの「超」効率化をめざした共同製品開発を, 上記3メーカー7)と同時に行うことを決めた。  実は,このような競合関係を超えた結束は初 めてではない。1981年,ガス会社3社はメーカー 12 社とともに「小型ガス冷房技術研究組合」 を 設立させ8),政府のサポートを得てガス空調 の小型・高効率化に向けた研究を開始し,GHP の製品化に結び付いたという経緯がある9)。す なわち,業界全体のコラボレーションに対する 抵抗感が低く,「結束する文化」のような下地 がもともと存在していたと考えられる。  実際の開発においては,ガス会社が目標仕様 を決定し,メーカー 3社が仕様の詳細検討,設 計,プロトタイプ製造,性能試験や耐久試験を 行うという手法がとられた。目標の設定にあ たっては,当時ヒートポンプエアコンの中で最 も高いエネルギー効率(APF 値で 5.6 相当)が 目標として掲げられた。APF 値とは,年間の 使用状況を踏まえた通年エネルギー消費効率 を示す数値であり,値が高いほど効率が良い ことを意味する10)。効率化技術の見極め,メン テナンス性の検証,施工性の検証等はガス会社 とメーカーが共同でおこなった。試行錯誤の結 果,「小型エンジンの採用」「冷媒回路の高効率 化」「室内機の高効率化」など,様々な技術の 組み合わせによって,最大でAPF値5.7相当を 実現し,電気空調をはるかに超える効率性を持 つ製品を完成させることができた(坂倉, 村上 2011)。  共同開発した製品は,「GHP と Air を合わせ ること(掛け算のX)によって,お客様により よい『空調』と『環境』を提供する」次世代空 調機という意味を込めて「GHP XAIR(GHP エグゼア)」というブランド名がつけられた10) ガス会社3社による共通のブランド使用は異例 のことであった。ガス会社3社は,2010年秋に 開催された各社の展示会からプロモーションを 開始し,マス広告や説明会の実施,販売ツール などの整備といった準備期間を経て,2011年4 月より販売を開始した10)  製品開発におけるガス会社3社の取り組みは, プロモーションの有り方も変えた。次項では, GHP XAIR(GHPエグゼア)を軸とした新し いプロモーション手法について紹介しよう。  

Ⅴ. 共同コミュニケーション

 ガス会社3社とGHPメーカー 3社が共同で取 り組んだGHPエグゼアの開発は,逆境を打開す るための策であったが,業界の結束力をこれま で以上に強めるという副次的な効果をもたらし た。一体感のあるプロモーション活動が展開さ れるきっかけを作り出したからだ。具体的には, 節電ポスターの共同制作,WEB サイトの共同 開設,展示会への共同出展などが挙げられる。   (1)施設利用者へ向けた「節電ポスター」の共 同制作  かつて,ガス空調の存在を知っている人は少

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なかった。さらに踏み込んで,ガス空調が節電 につながるということを理解している人に至っ ては,ごく一部に限定されていた。しかし,東 日本大震災に伴う電力危機を契機として,節電 に対する意識の高い人々の間で,ガス空調が節 電に結び付くことが理解されるようになってき た。そして,その人数も年々増えてきている。 このような認知度の向上には,ガス会社が宣伝 活動としておこなっている「節電ポスター」が 大きく貢献している。  2011 年,電力危機が生じ,人々の間で節電 に対する意識が高まった。ガス会社3社は共同 でポスターを制作し,「ガス空調」が「節電」 につながるということを広く知ってもらうため の情報提供活動を始めた。節電ポスターには, 二つの狙いがあった。一つ目の狙いは,ガス空 調を導入した建物を利用する一般の人々へ,「ガ ス空調は節電につながるのだ」ということの啓 蒙である。もう一つの狙いは,事業者が「ガス 空調を通じて節電に貢献している」ということ の告知である。制作したポスターは,日本ガス 協会を通じて全国のガス事業者に配布され,最 終的に施設利用者へメッセージが伝えられた。  2011 年から始まったポスターの発行は 2014 年で4度目となり,毎年デザインが更新されて いる(図表−3参照)。 (2)WEBサイトの共同開設  ガス会社3社は,さらなる認知度向上と市場 拡大をめざし,2013 年 9 月に共同で WEB サイ ト「ガス冷暖房推進室」を開設した(図表− 4 参照)。主にターゲットとしたのは,ガス冷暖 房を知らない潜在顧客であった。同推進室に配 属されたという設定で,各ガス会社の営業パー ソンが登場して解説を行う内容となっている。 実際にガス冷暖房を導入した顧客の声,導入ま でのプロセス,導入することで得られるメリッ トが素人でも分かるように図や写真付きで詳し く説明されている。  また,新製品のリリース情報,ガス空調に関 連した法改正,ガス空調に対する優遇制度など の情報も提供されており,ガス冷暖房の購入を 検討するために必要な情報がコンパクトにまと められたサイトに仕上げられている。このため, 実際の営業パーソンも,プロモーション・ツー ルとして「ガス冷暖房推進室」を現場で活用し ている。現場の声を反映させて,コンテンツを 変更することもあった。例えば,かつてガス冷 暖房の導入事例は大手企業によるものが多かっ た。そのため現場では,「メリットがあるのは 大規模な施設だけで,うちみたいな中小企業で はあまり効果がないのでは」という声が多く聞 かれた。そこで,中小企業の事例を充実させ, そのような顧客にとっても身近に感じられる内 容を盛り込んだサイトにしている。  ガス会社3社は,エネルギー問題に関心の高 い経営者層やマス・メディアなど,いわゆる玄 人をターゲットとしたサイト「スマートエネル ギー情報局」を2013年7月に開設している( 表−5参照)。主要なビジネスサイトから天然ガ スに限らず,エネルギーをテーマとした記事で あれば何でも掲載する。補助金の情報や統計 データなども扱い,実際に空調設備の購入を検 討する上で役立つ情報ポータルサイトとなって いる。このサイトには,ガス会社の「エネル ギー事業者として社会に貢献したい」という想 いが込められている。開設後間もない2014年3 月末に大阪ガスが行ったサイト分析によると,

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(ダブりなしの累計で)約70万人がアクセスし ており,アクセスページ数は累計178万ページ に達している。また,読者アンケートから示さ れた閲覧者属性は,男性が約97%と多く,全体 の約21%が経営者層であった。空調システムの 導入に関与する人の割合も約46%と高く,ター ゲット層に対して効率的な情報提供が実現され ている。 図 表—— 4 WEBサイト「ガス冷暖房推進室」 出典:東京ガス株式会社,大阪ガス株式会社,東邦ガス株式会社「ガス冷暖房推進室」    http://www.gasdecool.jp/(2014年8月13日閲覧) 図 表——3 節電ポスター 2011年度版(左)と2014年度版(右) 出典:東京ガス株式会社提供

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(3)展示会への共同出展  震災後約 1 年が経過した 2012 年,HVAC & R JAPAN 2012(ヒーバック&アール ジャパ ン 冷凍・空調・暖房展)が東京ビッグサイト で開催された。ガス会社3社は,日本ガス協会 とガス冷暖房メーカー 9社とともにブースを出 展した。展示会への出展経験は各社それぞれ長 い歴史を有していたが,ガス会社 3 社共同で, しかも複数のメーカーを巻き込んで,大規模 なブースを出展させたのは初めてのことであっ た。4日間で7,200名もの来場者が展示ブースを 訪れ,「ガス空調による節電効果」と「エネルギー セキュリティーに対する都市ガスの信頼性」に ついて,広くアピールすることが出来た。  2年後となる2014年1月,同展示会に対して, ガス空調陣営として前回の405m2から450m2 ブース面積を拡大して再び共同出展することと なった。「ガスが支えるエネルギーの未来へ」 をテーマに,人々の暮らしをよりよい未来へと 『動かす』最新のガス機器・システムやソリュー ションを提案する内容となっている11)  メインステージには大型のモニターが設置さ れ,ガス冷暖房システムを導入した顧客へのイ ンタビューを交え,ガス冷暖房による節電効果 やエネルギー・セキュリティ向上のメリットを 紹介する映像が流された。震災以降の電力危機 により,事業継続計画(BCP)に対する意識の 高まりを受けて,コジェネレーションシステム や電源自立型 GHP システムなど,普及拡大が 進む最新のガス空調機器が実機で展示された。 効果的な映像と最新機種の展示によって,1 社 だけでは実現できないような迫力のある展示内 容となった。  展示物もさることながら,展示の手法にも 工夫が凝らされている。図表−6が示すとおり, 立体的構造と照明が効果的に用いられている。 図 表—— 5 WEBサイト「スマートエネルギー情報局」 出典:東京ガス株式会社,大阪ガス株式会社,東邦ガス株式会社「スマートエネルギー情報局」    http://smartenergy.ismedia.jp/(2014年8月13日閲覧)

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共同出展社のロゴや製品も随所に配置され,来 場者に業界全体がまとまって活動している印象 を与え,一体感のあるストーリーでプロモー ション活動をおこなうことができた。展示会の 来場者は主催者発表で33,158人を数えるが,共 同ブースへの来場者は 4 日間で 11,000 人以上と なり,来場者全体の 3 人に 1 人以上は立ち寄っ た計算になる。  これまで述べてきたプロモーション活動に加 え,足で稼ぐ営業パーソンの地道な活動などの 努力も無視することはできない。前述のとお り,2010 年以降の V 字回復を実現し,その後 も業績は順調に伸び続けている。顧客タイプ別 に直近の需要変化を見てみると,既存顧客の買 換え需要の伸びが 2010 年からの 3 年間で約 5.6 万kW増加したのに対し,新規顧客は約11.2万 kWと増加幅が大きいことが分かる12)。これは, 電気空調からガス空調への買換え需要が増えた ことを示している。また,流通チャネルにも変 化が芽生えはじめている。これまで電気空調し か扱わない再販業者が,ガス空調の取り扱いを 検討しはじめているからだ。  

Ⅵ. 産学連携

 ガス空調業界は,保守的な資源エネルギー業 界のなかにあって,自分たちの力で様々な新し いテーマに取り組んできた。例えば,東京ガス 株式会社は1986年に都市生活研究所を設立し, 「社会の変化や都市に暮らす生活者についての 多面的な調査・分析をもとに,将来のライフス タイルやニーズを予測し,生活者が豊かな暮ら しを創造するための情報を提供すると共に様々 な提言」13)をおこなっている。同様の取り組み は,大阪ガス株式会社エネルギー・文化研究所 においてもなされている。しかし,ガス会社 3 社は現状に満足せず,さらなる知見を求めて, 新たな可能性を模索し始めている。その一つが 産学連携によるマーケティング研究である。  ガス会社3社は2013年,大学と共同で,ガス

図 表——6 HVAC & R JAPAN 2014 共同展示ブースの風景

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空調と社会的意義のマーケティングに関する研 究活動をスタートさせている。具体的には,ガ ス会社3社と大学が毎月研究会を開いて,ガス 空調普及による社会的意義についてディスカッ ションを行い,顧客への訴求ポイントを明確に することを試みている。ガス会社3社と大学は, ガス空調を利用する顧客企業の購買担当者,あ るいは意思決定に責任を有する者を招き,ヒヤ リング調査を半年かけて行った。ヒヤリングか ら購買意思決定要因と購買メカニズムに関する 仮説を導き出し,それを検証するための質問票 調査を実施している。調査を通じて明らかと なった事実を活用して,実際の営業ツールや社 員教育に応用する試みが現在検討されている。  さらに,様々なステークホルダーとのコラボ レーションによる価値創造のあり方について, マーケティング視点からの考察が試みられてい る。その一環として,研究者とともに 2013 年 11 月に GHP メーカーの製造現場へ現地調査を 行ったり,スマートエネルギーネットワークに おいて先進的な取り組みを行うイオンモール大 阪ドームシティの視察を行ったりするなど,新 しいかたちのコラボレーションを模索する様々 な活動がなされている。  

Ⅶ. 結びにかえて

 これまで述べてきたガス会社3社の取り組み は,二つの重要な創造的コラボレーションの視 点から読み解くことができる。一つは,需要減 少という逆境を打開するために,ガス会社3社 が協力して取り組んだ「同業他社とのコラボ レーション」という視点である。もう一つは, ガス会社が様々なステークホルダーを巻き込ん で取り組んだ「ガス空調陣営としてのコラボ レーション」という視点である。  ビジネスの世界で同業他社はコンペティター であり,しのぎを削って戦い,競い合うような 存在である。本来ならば,同業他社どうしが協 力して何かをおこなうことは難しい。エリアで 区切られた市場をベースとして競争していると いう特徴があるにせよ,ガス会社3社は,2000 年以降の空調事業の厳しい状況を受けて,あえ て手を組むという英断をおこなった。それまで は個別に分析・利用されていた顧客ニーズに関 する情報や,プロモーションのためのリソース が,3 社の協力によって効率的に利用されたば かりではない。ガス会社3社が有するそれぞれ の強みが,シナジーとなって製品開発,営業, マーケティング活動に表れたのである。  ガス空調を取り巻くビジネス環境を検討する 際,創造的コラボレーションとは異なる構図が 存在する。電気空調とガス空調との競争である。 ガス会社どうしだけの取り組みでは,今回のよ うな成功には結びつかなかったかもしれない。 ガス会社3社が中心となって,共同製品開発や 共同プロモーションといった,ステークホル ダーの理解と協力を取り付けて,ガス空調陣営 として一体感のある活動に取り組んだことで, 結果として電気空調を選択していた顧客から受 注することができたのだ。たとえガス空調陣営 の中に強いリーダーシップを持つ企業が存在し たとしても,複数の GHP メーカーやガス事業 者どうしをまとめるのは至難の業である。ガス 空調業界に根付いている「協力する文化」が, コラボレーションをスムーズにさせたことをこ こで再度確認しておく必要がある。  これまで見てきた取り組みはV字回復に大き

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く貢献したが,震災による電力危機がガス空調 への追い風となったとことは事実である。しか し逆に,震災による電力危機だけで,これほど までの V 字回復に結び付いたとは考えにくい。 環境の変化を追い風として,優れた取り組みが タイミングよく展開されてはじめて大きな成果 へと結びついたといえる。  大成功と呼べるような過去のマーケティング 事例を振り返ってみると,環境変化とマーケ ティング上の優れた取り組みが呼応しているこ とが多い(Abell 1978)。環境変化の中には 18 歳人口の減少のような予測可能なものと震災の ような予測不可能なものがあるが,もちろん企 業にとっては追い風になることも逆風になるこ ともある。逆風であればそれを逆手にとったり, 可能な限りダメージを軽減できるようにしたり しておく必要がある。追い風を過度に期待する ことなく,企業は常に優れたマーケティング努 力を実行し続けることが求められるのかもしれ ない。   謝辞  本稿の作成にあたっては,東京ガス株式会社 エネルギーソリューション本部,都市エネル ギー事業部,都市エネルギー企画部の吉田範行 氏,同事業部,空調・業務用機器部の名取義朗 氏に多大なるご協力を頂いた。また,両名を通 じて大阪ガス株式会社,東邦ガス株式会社から 情報をご提供頂いた。ここに記して,心より感 謝申し上げたい。   1)日本ガス協会 「ガス冷房のしくみ」http://www.gas. or.jp/gasaircon/contents/01_2.html(2014 年 8 月 8 日閲覧). 2)日本ガス協会「ガス冷房シェア」http://www.gas. or.jp/gasaircon/contents/04_1.html(2014 年 8 月 8 日閲覧). 3)電気事業連合会「2012 年度の電源別発電電力量構成 比」(2013 年 5 月 17 日発表)http://www.fepc.or. jp/about_us/pr/sonota/1227416_1511.html(2014 年 8 月 8 日閲覧). 4)大阪ガス株式会社,「ガスヒーポン(GHP)とは? ─ガスヒーポンの特徴─」http://ene.osakagas. co.jp/product/conditioning/about-ghp/features. html(2014 年 8 月 8 日閲覧). 5) 日 本 ガ ス 協 会,「 ガ ス 冷 房 の 特 徴 と メ リ ッ ト 」 http://www.gas.or.jp/gasaircon/contents/02_1. html#03(2014 年 8 月 8 日閲覧). 6)東京ガス株式会社,大阪ガス株式会社,東邦ガス株 式会社提供「ガス空調の社会的意義『電力ピークカッ ト効果』訴求について」による。延床面積 3,500m2 2013 年 7 月当時の料金体系をもとに試算されている 7)開発当時の社名は,アイシン精機株式会社,ヤンマー エネルギーシステム株式会社,三洋電機株式会社(現 パナソニック株式会社)である。 8)大阪ガス㈱エネルギー・文化研究所「連載コラム: 不思議の国のガス」http://www.osakagas.co.jp/ c o m p a n y / e f f o r t s / c e l / c o l u m n / l i f e s t y l e / 1198043_1649.html (2014 年 8 月 13 日閲覧). 9)公益社団法人日本冷凍空調学会「用語集:GHP(ガ スヒートポンプエアコン)」 http://www.jsrae. or.jp/annai/yougo/43.html(2014 年 8 月 13 日閲覧). 10)東京ガス株式会社,大阪ガス株式会社,東邦ガス株 式会社(2010),「ビル用マルチエアコンで最高の省 エネを達成した超高効率ガスエンジンヒートポンプ 『GHP XAIR(GHP エグゼア)』を開発(東京ガス 株式会社,大阪ガス株式会社,東邦ガス株式会社プ レスリリース)」,2010 年 10 月 13 日発行. 11)東京ガス株式会社,大阪ガス株式会社,東邦ガス株

式会社「HVAC&R JAPAN 2014(ヒーバック & アー ル ジャパン)に出展!(2014 年 1 月 28 日~ 31 日)」, 『 ガ ス 冷 暖 房 推 進 室 』(2013 年 11 月 29 日 更 新 ) http://www.gasdecool.jp/news/2013/698/(2014 年 8 月 8 日閲覧). 12)東京ガス株式会社提供のデータを基に計算した。新 規顧客には,(1)新築施設への天然ガス空調新設導入, (2)既築設備への天然ガス空調新設導入,(3)電気空 調から天然ガス空調へ燃料転換が含まれる。尚,需要 量は冷房規模がベースとなっており,2010 年を基準 として2014 年時点との比較で計算されている。 13)東京ガス株式会社,都市生活研究所「都市生活研究

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所とは」http://www.toshiken.com/profile/(2014 年 8 月 13 日閲覧).

参考文献

Abell, Derek F. (1978), “Strategic Windows,” Journal of

Marketing, 42(3), 21–26. 坂 倉 淳, 村 上 高(2011)「 ビ ル 用 マ ル チ エ ア コ ン で NO.1の高効率 !『GHP XAIR( エグゼア )』の商品 化について」, 『Live Energy』, 東京ガス株式会社 , 95 号 , 30-31. 大阪ガス株式会社,スマートジャパン(2013)『ガス冷 暖房 解説資料』,アイティメディア株式会社発行 (初出:スマートジャパン 2013 年7月1日).大平 進,恩藏直人 (2014)「ネットワーク型取引関係に おける長期的価値と短期的価値のトレードオフ」, 『早稲田商学』,第 440 号,189-216. 恩藏直人,芳賀康浩,安藤和代,外川拓(2013)『エネ ルギー問題のマーケティング的解決』,朝日新聞出 版. 東京ガス株式会社,大阪ガス株式会社,東邦ガス株式 会社(2012)「明日のためにいま天然ガスにできる こと―東京ガス×大阪ガス×東邦ガス 3 社合同プ ロジェクト―」,東京ガス株式会社,大阪ガス株式 会社,東邦ガス株式会社発行.       大平 進(おおひら すすむ)  早稲田大学人間科学部卒業。ペンシルベニア大学大 学院環境学修士課程修了。ワブコジャパン株式会社 勤 務 中 に 早 稲 田 大 学 大 学 院 商 学 研 究 科 修 士 課 程 (MBA) を修了し,同研究科博士後期課程に在籍中 (マーケティング戦略専攻)。現在,同大学商学学術 院助手。   恩藏 直人(おんぞう なおと)  早稲田大学商学部卒業。同大学大学院商学研究科を 経て,現在,早稲田大学商学学術院教授。専攻はマー ケティング戦略。

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