香 川 大 学 経 済 論 叢
第 7 5 巻 第 2 り 2 0 0 2 ・ 9 月 173‑224
顧客満足概念の再考
〜サービス消費を中心として〜
藤 村 和 宏
I . は じ め に
これまで,サービス消費を中心として,顧客の満足/不満足形成過程および その後の行動について研究を行なってきたが,満足/イ濯満足は多様な側面を
持った評価あるいは心理的状態であるために,その•側面に焦、[灯を ,11 てて理論
的・実証的に者察したにすぎない。例えば,顧客の満足/不満足形成には,保 有 す る 評 価 悲 準 と 提 供 さ れ た も の を 比 較 す る と い う 認 知 的 評 価 過 程 だ け で な く,感情あるいば情動も関わっているが,これまでは認知的側面を中心に考察 したにすぎない。また,満足/不満足は時間とともに変化する可能性.があるに もかかわらず,ある廿寺、 , I 閑の評価としてのみ扱ってきた。
そこで本稿では,これまでの著者自身の研究だけでなく,従来の顧客満足研 究においても無視されてきた,あるいは重要な地位が与えられていなかった概 念や問題に焦点を消て,杓十の者察を行ないたい。具体的には,満足/不満足 形成における感情/情動の役割,時間的次尤,および社会的次元について考察 を行なうが,これらの間題は,今後の顧客満足/不満足研究において重要な検 討課題となるであろうものである。
尚,顧客満足は,外部顧客である消費者の満足と内部顧客である従業貝の職 務満足の両方を含む概念であるが,本稿では消費者満足を顧客満足として,こ の概念の再考を行ないたい。消 I f 者満足ではなく,顧客満足という用語を用い るのは,ここで検討することの多くのことは従業員の職務満足にも適用できる
と考えられるからである。
‑174‑ 香川大学経済論叢 370
I I . 満足/不満足形成過程における感情/情動の役割
顧客満足研究の大部分においては確認/不確認パラダイムが採用されてお り,そこでは,消費によって知覚された製品パフォーマンスと顧客が事前に保 有していた評価基準(期待,衡平性, ノルムなど)とが比較され,その結果と
して,満足あるいは不満足が形成されると仮定されている。つまり,知覚され た製品パフォーマンスが評価基準以上の場合には満足が形成され,基準を―卜加 l
る場合には不満足が形成されると仮定されている。
しかし,顧客の満足/不満足形成過程は,そのような比較が行われるだけの 単 純 な 認 知 的 過 程 で は な く , 情 動 を 伴 う 準 認 知 的 過 程 で あ る ( H u n t ,1 9 7 7 ; C z e p i e l a n d R o s e n b e r g , 1 9 7 7 ; Westbrook a n d C o t e , 1 9 7 9 ) 。さらに, Hunt ( 1 9 9 3 ) が,感情は顧客満足/不満足における決定的な要素である,と指摘しているよ うに,感情は認知的評価と同等あるいはそれ以t~. に満足/不満足形成において 重要な役割を果たす可能性がある。
例えば, Westbrook ( 1 9 8 7 ) による初期の研究では,自動車の所有者とケー ブル・テレビの加入者に対するフィールド調在によって,ポジティブ(後で紹 介する I z a r d 体系における興味および喜び)あるいはネガティブ(怒り,嫌悪,
および軽蔑という敵意)な感情 ( a f f e c t ) が独吃の次}じとして存在し,それら は顧客の満足評価や不満行動,[]コミ行動などと直接的に関係していることが 発見されている。この結果は,満足はその内容において純粋に認知的でもなく,
純粋に感情的でもないという可能性を開いたために,満足研究において重要な 発見であった。また Westbrook a n d O l i v e r ( 1 9 9 1 ) は,自動車の所有者を調査 対象者とすることで,敵意,よい驚き,および興味の感情次元は多様な満足測 度と有意に関連しており,統計的に独立な影響を及ぼしていることを発見して いる。 P r a k a s h ( 1 9 8 5 ) も,気分に関する文献を詳細に調べることで,気分状 態と顧客満足との相互関係に関する概念的なフレームワークを提不している。
(1) 本章は,平成 1 3年 度 古 田 秀 雄 記 念 事 業 財 団 研 究 助 成 金 を 受 け て 行 っ た 研 究 成 呆 の ・
部である 0
3 7 1 顧 客 満 足 概 念 の 再 考 ‑175‑
また, F o l k e sなど ( F o l k e s ,1984; F o l k e s , K o l e t s k y , a n d Graham, 1 9 8 7 ) は,怒 り,感謝,罪のような識別可能な原因帰属依存的な情動を,モノおよびサービ スに対する反応の文脈で確認している。
東急総合研究所がビジネスホテルの利用客を対象に調在を実施する際に著者
( 2 )
も 参 加 さ せ て も ら っ た が , そ の 分 析 結 果 で も , 感 情 は 顧 客 の 満 足 / 不 満 足 形 成,さらには再利用、意向や推薦意向にも菫大な影響を及ぼしていた。表 l と表 2 はその分析結果の噌〖であるが,正の感情喚起は全体的満足度評価/再利用
表 1: 感 情 喚 起 と 全 体 的 満 足 度 の 関 係
【感情喚起と全体的満足度 l との関係 l
不 満 ややイ噸満 どちらとも
や や 満 足 し \ え な し \
対 象 者 仝 体 2 1 6 3 1 200 ( 0 . 4 ) ( 3 . 6 ) ( 6 . 9 ) ( 4 4 . 4 )
感 正 の 感 情 の み を l 3 1 4 1 2 7 伯 喚 起 し た 層 ( 0 . 3 ) ( l . 0 ) ( 4 . 5 ) ( 4 0 . 4 ) 喚 正及び負の 1 山 j 感 l 7 6 3 6 起 情 を 喚 起 し た 層 ( l . 5 ) ( 1 0 . 3 ) ( 8 . 8 ) ( 5 2 . 9 ) の 負 の 感 情 の み を
゜ 3 2 3
有 喚 起 し た 層 (‑) ( 3 0 . 0 ) ( 2 0 . 0 ) ( 3 0 . 0 )
" 佃 " 感 情 を 喚 起 し な
゜ 3 , 3 4
別 かった層 ( ‑ ‑ ) ( 5 . 2 ) ( 1 5 . 5 ) ( 5 8 . 6 ) P e a r s o n のカイ..乗値: 7 3 . 686 * * * *
【感伯喚起と令 1 本的満足度 2 との関係】
期待以ド や や どちらとも やや 期 待 以 F いえない 期待以 L
対 象 者 全 体 3 2 6 1 4 6 1 7 9 ( 0 . 7 ) ( 5 . 8 ) ( 3 2 . 3 ) ( 3 9 . 6 )
r 、 ' 成 "
ヽ 正 の 感 情 の み を
゜ 6 9 0 1 3 8
情 喚起した!曽 (‑) ( 1 . 9 ) ( 2 8 . 5 ) ( 4 3 . 7 ) 喚 正 及 び 負 の I 鮒 j 感 2 , 2 3 25 起 情 を 喚 起 し た 層 ( 2 . 9 ) ( 1 3 . 2 ) ( 3 3 . 8 ) ( 3 6 . 8 )
の 負 の 感 情 の み を 1 5 2 1
有 喚 起 し た 層 ( 1 0 . O ) ( 5 0 . 0 ) ( 2 0 . 0 ) ( l O . 0 )
皿 ' " 感 情 を 喚 起 し な
゜ 6 3 1 1 5
別 かった層 (‑) ( 1 0 . 3 ) ( 5 3 . 4 ) ( 2 5 . 9 ) P e a r s o n のカイ月.乗値: 9 7 . 242* * * *
満 足 ヘ 計 [ コ 2 0 1 450 ( 4 4 . 7 ) ( 1 0 0 . 0 )
1 6 9 3 1 4 ( 5 3 . 8 ) ( 1 0 0 . 0 )
1 8 68 ( 2 6 . 5 ) ( 1 0 0 . 0 )
2 1 0 ( 2 0 . 0 ) ( 1 0 0 . 0 )
1 2 5 8 ( 2 0 . 7 ) ( 1 0 0 . 0 )
期 待 以 l
令→合 計 9 8 452 ( 2 1 . 7 ) ( 1 0 0 . 0 )
8 2 316 ( 2 5 . 9 ) ( 1 0 0 . 0 )
, 68 ( 1 3 . 2 ) ( 1 0 0 . 0 )
l 1 0 ( 1 0 . 0 ) ( 1 0 0 . 0 )
6 5 8
( 1 0 . 3 ) ( 1 0 0 . O )
‑176‑ 香 川 大 学 経 済 論 叢 372
意向/推薦意向を高める方向に,負の感情喚起はそれらを低める方向に作用し ている。表 1 では,全体的満足度を 2 つの尺度,すなわち 1 =「不満足である」
5= 「満足である]の 5 点尺度と, l= 「期待以下である J 5 = 1 期 待 以 l こ
である」の 5 点尺度で聴取しているが, どちらの尺度においても,正の感情の
表 2: 感情喚起と再利用意向/推薦意向の関係
(感情喚起と再利用意血との関係】
利用した やや利 H J どちらとも やや利 J t l
くない したくなし し ヽ え な し \ したし、
対 象 者 全 体 6 7 43 135 ( 1 . 3 ) ( 1 . 5 ) ( 9 . 5 ) ( 2 9 . 8 ) 正の感情のみを 2 2 20 88 感 喚起した悩 ( 0 . 6 ) ( 0 . 6 ) ( 6 . 3 ) ( 2 7 . 8 ) 情 喚 正及び負の両感 4 l 1 3 22 起 惰を喚起した層 ( 5 . 8 ) ( 1 . 4 ) ( 1 8 . 8 ) ( 3 1 . 9 ) の 負の感情のみを
゜ 1 2 , 1
イ i 喚起した層 (‑) ( 1 0 . 0 ) ( 2 0 . 0 ) ( 4 0 . 0 ) 無 感情を喚起しな
゜ 3 8 21
別 かった層 (‑) ( 5 . 2 ) ( 1 3 . 8 ) ( 3 6 . 2 ) P e a r s o n のカイ‑.乗値: 4 5 . 848 * * * *
[感情喚起と推薦な向との関係】
勧めた< やや勧め どちらとも やや勧め な し たくなし、 し ヽ え な し \ た し 対 象 者 令 休 I ( 0 . 1 9 ) ( 1 . 8 8 ) ( 1 3 63 . 9 ) ( 3 1 7 7 . 1 8 )
正の感梢のみを l 3 31 120
I 、 ' 成 ‑ " ' 喚起した層 ( 0 . 3 ) ( 1 . 0 ) ( 9 . 8 ) ( 3 8 . 1 ) 情 正及び負の両感
喚 3 3 1 3 23
起 伯を喚起した 1 廿 ( 4 . 3 ) ( 4 . 3 ) ( 1 8 . 8 ) ( 3 3 . 3 ) の 負 の 感 r ' l りのみを
゜ 1 3 ` r )
イ i 喚起した)怜 (‑) ( 1 0 . 0 ) ( 3 0 . 0 ) ( 5 0 . 0 ) 無 感情を喚起しな 0 1 1 6 23 け j l かった層 (~) ( l . 7 ) ( 2 7 . 6 ) ( 3 9 . 7 )
利川したい 合 ・ I J
262 453 ( 5 7 . 8 ) ( 1 0 0 . 0 )
204 316 ( 6 4 . 6 ) ( 1 0 0 . 0 )
29 69 ( 4 2 . 0 ) ( 1 0 0 . 0 )
3 10 ( 3 0 . 0 ) ( 1 0 0 . 0 )
26 58 ( 4 4 . 8 ) ( 1 0 0 . 0 )
勧めたい 合 i l l
206 452 ( 4 5 . 6 ) ( 1 0 0 . 0 )
160 315 ( 5 0 . 8 ) ( 1 0 0 . 0 )
27 69 ( 3 9 . 1 ) ( 1 0 0 . 0 )
1 1 0 ( 1 0 . 0 ) ( 1 0 0 . 0 )
18 58 ( 3 1 . 0 ) ( 1 0 0 . 0 ) P e a r s o nのカイ^.乗値:42.087**** * * * * * : 0.1 %水準で 1 r 紅
(2) 調介への参加と分析結果の使川に叶叫を 1 、さった,束急インチ上ーン(現,東忍ホテ ルズ)および東急総合研究所,特に討野行助 u 砂 J f 究 n に,この場を借りてお礼を叶 I し
L ・ . げたい。尚,調任は 2001 年 1 月から 2月の期間に,束忍インチ L ーンの 7つのホテ
ルの 1 行泊客を対象に実施した u
3 7 3 顧客満足概念の再考→ ‑/77‑
みを喚起した対象層において最も満足度評価(「やや満足 J +「満足」,「やや 期待以上」+「期待以 t 」)が高く,逆に,負の感情のみを喚起した対象者層 において最も評価が低くなっている。同様な傾向は再利用意向と推鷹意向にも 見られる。
このような結果から,消費したものに対する満足/不満足形成やその後の行 動意向に対して感情は重要な役割を果たしてることが推測されるが,従来の顧 客満足研究では認知的側面が強調され,感情が無視あるいは重要視されていな い。比較を過度に強調することで,満足は客観的で冷た<,そして意味を欠い た現象として描写されている。尚,これまでの調在においては,感情が満足/
不満足形成に関わっていることはポされているが,感情がどのように満足と関 係しているのか,についてはボされていない ( O l i v e r ,1 9 9 6 ) 。
1 • 感情概念
感情は,東洋では老化西洋ではソクラテスの時代以前から,東西哲学の熱 い関心の的であったが,感情の本質に対する現代的で科学的探究の端緒をつけ たのは, 1 8 7 2 年に出版された,動物と人間の感情表現に関する Darwin の著翡 であると考えられている ( C o r n e l i u s ,1 9 9 6 ) 。 こ の 後 , 感 情 は , 多 く の 心 理 学 者によって科学的に探求されているが,複雑で多面的な現象であるために,様々
な方法で定義されている。この研究者間での定義のイ<^致が,マーケティング や消費者行動研究において感情に重要な地位が与えられていない•要因となっ ている,と考えられる。
例えば谷 L ] ( 1 9 9 7 ) は,感情 ( a f f e c t ) を気分 (mood) や情動 ( e m o t i o n ) を
含む最も包括的な概念として捉え,情動は明確な対象によって喚起される一時
的な感情状態で,急激な状態の変化がはっきりと [ ' J 詑されるもの,と定義して
いる。怒り,恐怖,憎悪などのように, 机般的に強い生理的喚起と表情反!心を
伴うものであるが,持続時間は比較的短いことが多いものである。 今方,気分
はそれを喚起した対象が不明確で,比較的穏やかに,ある程度の時間持続する
感情の状態と定義している。憂うつ,もの悲しい,ほのぽのしている,など
‑178‑ 香川大学経済論叢 3 7 4 のように,良いとか悪いといった漠然としたものであり,自分がどのような気 分にあるか,また,いつからその気分になったのかを自覚していないことが多 いものである。
岸 ( 2 0 0 0 ) は,情緒 ( a f f e c t )を情動 ( e m o t i o n ), 感情 ( f e e l i n g ), 気分 (mood) を総合する概念として捉え,情動は感情よりも寛醒水準の高い一過性の反応で あり,神経• 生理学的側面,行動・表出的側面,および主観的側面を含むもの である,と定義している。また,気分はある長さをもった感情であり,刺激を 特定しにくいものもある,と捉えている。
また, O l i v e r ( 1 9 9 6 ) は,感情 ( a f f e c t ) は,認知領域を開発する思考に対し て,意識のフィーリング側を指しているものと捉え,フィーリングには,喜び と不快,愉快と悲しみ,好きと嫌いが含まれ,そして,エクスタシーのような 神経ホルモンの身休システムによって引き起こされる心理的で本能的な感覚で ある,と定義している。また,情動 ( e m o t i o n ) は認知的に感情より複雑なも のであり,覚醒,感情の様々な形,および感情に対する認知的解釈を含むもの,
として捉えられている。気分は,その持続時間に基づいて識別可能なものであ り,楽しいあるいは不快な傾向の一時的な状態, として捉えられている。
このように感情はその関連概念とともに様々に定義されていることが,マー ケティングや消費者行動の研究において感情に重要な位置が与えられていない ー要因となっていると衿えられる。したがって,「感情とは何か」について考 察を行うことが必要とされるが,本稿の H 的と紙幅の関係上,この考察につい ては機会を改めて行うことにしたい。但し,マーケティングや消費者行動研究 の文脈においては,気分ではなく,情動に焦点を当てるべきである,というこ とは言えるであろう。それは,前述の谷口の定義のように,感情を気分と情動 を 含 む も の と し て 捉 え た 場 合 で も , あ る い は 岸 や O l i v e r のように,感情より
も複雑なものが情動であり,それは気分とは異なると捉えた場合でも,製造企 業あるいはサービス組織がその提供する価値物を通じて引き出す消費経験や,
その他のマーケティング・ミックスによって直接的に影響を及ぼすことが可能
であるのば情動であるからである ( O l i v e r ,1 9 9 6 ) 。マーケティングが直接的に
3 7 5 顧客満足概念の再考 ‑179‑
影響を及ぽすことが可能であり, しかもマーケティング成果に関連しているの ば情動であり,消費経験前に存在するような気分の場合,マーケティング・ミッ クスはそれに影響を及ぼすことは可能であるかもしれないが,その影響が消費 経験やそれに対する満足形成にポジティブな効果をもたらし,マーケティング 成呆に貞献するということは期待し難いであろう。確かに,顧客満足(例えば,
W e s t b r o o k , 1 9 8 0 ; M o o r a d i a n a n d O l v e r , 1 9 9 4 ) や心理学(例えば, S c h w a r za n d C l o r e , 1 9 8 3 ; S e i d l i t z a n d D i e n e r , 1 9 9 3 ; W r i g h t a n d B o w e r , 1 9 9 2 ) の研究では,
ポジティブおよびネガティブな感情的傾向(気分)は後にあらゆることに対す る感情的判断(情動)に影響を与えることが示されている。しかし,気分は日 常生活の中の様々な要因に影響されるために,顧客に向けられるマーケティン グ・ミックスはその中のほんの一部分の影響囚にすぎない。さらに,マーケティ ング・ミックスが気分に影響を及ぼすことが可能であるとしても,その影響が 提供している価値物が消費される直前にタイミング良く及ぶ確率は低いであろ う。このようなことから,マーケティングによって実質的に影響を及ぼすこと が可能なのは情動であり,気分はそれが不可能に近いために,マーケティング や消費者行動の研究においては,気分ではなく,情動に焦点を合わせるべきで あると考えられる。
そ こ で は 以 F では,情動を中心に,それの顧客満足/不満足形成における役 割について考察を行いたい。尚,岸や O l i v e r の 定 義 に 見 ら れ る よ う に , 情 動 は感情よりも複雑なもの,例えば,認知的解釈あるいは評価を含むものとして 捉えることで,情動概念と感情概念を区別して用いることにする。
2 . 情動研究における 5 つの視点
ここでば情動を中心に考察を行うことにするが,「では,情動とは何か」と いう間いかけに対する答えも,間いかける相手によって異なっている。情動の 定義に関して,大多数の心理学者の中です没しているのは, r じ観的体験」,微
笑,しかめ面,歯を食いしばることといった「表情反応」,心拍数の増加や涙
が浮かぶなどの「牛理反J 心」,走る,母親の慰めを求める,両手をこするなど
‑/80‑ 香 川 大 学 経 済 論 叢 376
の「行動」,他人により不当に内を受けたと思うことのような様々な種類の「認 知」が,情動と考えられる領域を形成しているという点だけであり,これらの 要素のいずれがもっとも重要で,どれを使っで走義をまとめるべきかという点 では愈見が異なっている ( C o r n e l i u s , 1 9 9 6 ) 。また,情動は, 1E か負かという 二つの異なる快楽状態を通してやってくるものであり,中立的なものはあり得
ない (Johnston, 1 9 9 9 ) , という点で^致しているくらいである。
このように情動に関する定義が多様であるのは,定義には,その研究者特有 の関心ばかりか,その方法論的,理論的予測,研究がよりどころとしている理 論的系列と解釈上のパラダイムが反映されているからである。さらに,情動の 定義は,間いを発する時代によって,その時点でたまたま支配的である心理学 の 「 動 向 」 の 影 響 が 反 映 さ れ て い る か ら で あ る ( C o r n e l i u s , 1 9 9 6 ) 。 Cornelius
( 1 9 9 6 ) の情動研究に関する詳細なレビューを参考に,心理学および関連分野 における現代の情動研究を調べてみると,情動の定義,研究,説明のやり方に 関して, 5 つの一般的な視点を見いだすことができる。それは「ダーウィン説 J
「ジェームズ説」[訟知説」「社会的構築 t 義説」「神経学説」の 5 つであり(表 3 参照),以下ではこれらの説の要点だけを簡単にまとめておきたい。
表 3: 心 理 学 に お け る 情 動 研 究 の 5 つ の 視 点
系 ダ L J 主 な 衿 え j j 占典的研究 現 代 の 研 究 者 ダーウィン説 情 動 は 適 応 機 能 を 持 ち , 普 遍 Darwin
Ekman e t a l . ( 1 9 8 7 ) 的である (1872/1965)
ジェームズ説 情 動 = 身 休 的 反 I 心 J a m e s L e v e n s o n e t a l . ( 1 9 9 0 ) ( 1 8 8 4 )
認 知 説 情動は評価に晶づく A r n o l d
S m i t h a n d L a z a r u s ( 1 9 9 3 ) ( 1 9 6 0 )
社 会 的 構 築 情 動 は 社 会 的 H 的 に 寄 り す る A v e r i l l
S m i t h a n d K l e i n m a n ( 1 9 8 9 ) 主 義 " 兌 社 会 的 構 築 休 で あ る ( 1 9 8 0 a )
神 経 学 説 神 経 牛 理 学 と 神 紆 解 剖 学 の 研 D a v i d s o n ( 1 9 9 3 ) 究を活用 LeDoux ( 1 9 8 9 )
(出所) C o r n e l i u s , R.R. ( 1 9 9 6 ) , The S c i e n c e o f Emotion: R e s e a r c h and T r a d i t i o n i n t h e
P s y c h o l o g y ( ) f E m o t i o n s , P r e n t i c e ‑ H a l l . p . 1 2 . ・ 部加喰。
3 7 7 顧客満足概念の再考 ‑1 8 1
( a ) ダーウィン説
ダーウィン説の視点では,情動の機能は主に自然洵汰による進化の文脈の中 で捉えられている。 Darwin 0872/1965) によると,情動表出が進化したのは 情動を表現するためではなく,別の目的のためである。すなわち,情動表出は,
かつてその牛物にとって直接の H 的を果たしていた行為の名残である。ある動 物が,敵を威嚇するために,歯を剥き出して顔をしかめるのは,もともとはほ かの動物を実際に噛む行為の音似だったのである。人間が嫌悪感を表すときに 作る頻の表情は,もともとは実際にまずい食べ物や[]に合わない物質を吐き出 す行動と関連し,今では単に象徴的に嫌悪感を起こさせるものにも関連するよ うになったのである ( R o z i n & F a l l o n , 1 9 8 7 ) 。Darwin 0872/1965) は,我々 のこのような様々な情動表出のもとになる行動を「有用な連合性習慣」と呼ん でいる。
ダーウィン派の系列における情動研究は, Ekmanと I z a r d に引き継がれてい る 。 Ekmanも I z a r dも理論 t の違いはあるが, Darwinの情動観を擁護する方向 で,長年にわたる研究の関心を異文化間における顔面の情動表出の酋・遍性の実 証に向けている。頻面の情動表出が普遍的であるという見解は,情動とそれに 伴う表現は進化現象であるという仮説から直接的に引き出されるものである。
すなわち,情動表出が自然淘汰による進化の対象となるのならば,圃じ種の一→
員は伺じ情動表出を見せなければならないということである。現代の研究者が Darwinとは違った表出の定義をしているとしても,彼らの集めたデータは,
部の情動表出は普遍的であるという考えを支持している。また,文化によっ で情動表出に違いが見られることがあるが,このことは,文化によって社会化 されるときに,その文化に特有の「表示規則」を学習するためである,と説明 されている。この表ポ規則という概念は, Ekmanand F r i e s e n 0971) が,学習 によって晋遍的な情動の頻面表出を隠すことのできる方法を説明するために導 入したものであり,これにより文化における類似性と同様に,"[変性も説明で
きるようになっている。
また,ダーウィン派の系列に属する研究者は, 「•次的」あるいは「基本的」
‑]82‑ 香川大学経済論叢 3 7 8 情動の存在を支持している。それは,普遍的に識別される情動表出があり,そ の表出に関連しだ情動を基本的と考えるようになっているためである。尚,こ の「基本的」という用語には実際に:つの意味が含まれている。その一つは,
「基本的 J 情動が,我々の生存に必要であったために,進化によって残されて きた世界に対する反応パターンを代表するものである, ということである。も う一つは,我々が休験しうる,または表現しうる他のすべての情動は,これら 少数の単純な情動から何らかのかたちで派生したものである,ということであ る( C o r n e l i u s ,1 9 9 6 ) 。この―・̲つの意味ともを強調しながら, Ekman( 1 9 8 4 , 1 9 9 2 ) は,普遍的に認識されることが確認されている 6 つの情動(ヤ福感,悲しみ,
恐れ,嫌悪,怒り,驚き:現在では, 7 番目のものとして軽蔑を加えようとし ている)が基本的情動を構成し,これらの個々の情動が,個体と種の両方の生 存に特定の機能を果たしていること,そして他のすべての情動は多かれ少なか れ,この基本的情動の複合あるいは修正である,と主張している。 I z a r d( 1 9 7 7 ) も,基本的情動として 1 0 種類のもの,すなわち「興味・興奮」「侶び」「驚き J
「苦悩・不安」「怒り」「嫌悪 J 「軽蔑 l 「恐れ―│「恥」「罪悪感」が識別できる,
と主張している。
この基本的情動の問題に対して, P l u t c h i k ( 1 9 8 4 ) は,少し異なったアプロ ーチを行っている。彼は,情動表出は,異なる種の間では多少異なった形態を とるにしても,こうした異なる表出形態にはある種の共通の要素,あるいは原 咆パターンを識別することができる,とじ張し, 8 つの原朋情動を[恐れ J 「 怒 り」「喜び」「悲しみ」「受容 J 「嫌悪」「期待 J 「驚き」と識別している。さらに,
これらの情動は,例えば喜び対悲しみのように,両極的な対照をなす対として 考えるべきである,と t 張している。
大部分の情動研究者は,世界中の人間の間で普遍的に作られ,認識される少 数の韻面表情が存在することを容認しているが,ダーウィン派の研究,特に頻 面表情の普遍性に関する研究には批判がないわけではない。例えば, F r i d l u n d
( 1 9 9 2 , 1 9 9 4 ) は,表情研究者は,人間と動物の表現的表ボの,根本的に社会
的な性質を十分に評価していない,と批罪 l している。 F r i d l u n d ( 1 9 9 2 ) は,人
379 顧客満足概念の再考 ‑183‑
間と動物の表 l B ぱ必ずコミュニケーション的性質を持ち,それを発したのが動 物であれ,人間であれ,表情表出は最上級と考えられる社会的道具である,と 主張している。そして,情動の顔面表出を,情動を表現する H 的のためだけに 存在しているとか,表情と情動の間には一対ーの対応が常に存在すると考える のは誤りである,と論じている。
( b ) ジェームズ説
情動体験は t に身体的変化の体験であるという James の t 張を,何らかのか たちで反映している系列である。我々ば情動を誘発する刺激をまず知覚し,情 動を経験し,次いでそれを何らかのかたちで「表現する」のではなく,情動を 経験するには,まず情動を誘発する刺激の知北によって直接開始された,身体 変化を経験しなければならない,というものである。こうした「変化」は,環 境のなかで我々にとって何か凧要なことの知貨に対する,我々の身体の自律的
な反応である (James, 1 8 8 4 ) 。
James ( 1 8 8 4 ) の説における身体的変化には,表出行動,道具的行為,生理 的変化の 3 種類があり,走ったり,すくんだり, ―急発殴ったりするといった H
に見える行動の後に情動経験が生じるだけでなく,我々の身体の, ^般に見る ことのできない生理反応も情動経験のきわめて重要な決定要囚であると, 主張
している。 James は,特に心臓と循環系については及しているが,ほとんどす べての生理反応を情動と関連した身体変化のリストに含めている。現代におけ
(3) J a m e s の伯動理論はしばしば,情動の「ジェームズーランゲ砂 i 」として紹介されるが,
それは J a m e s が 日 成 を 発 表 し た 直 後 に , 非 常 に よ く 似 た 坪 論 が デ ン マ ー ク の 心 理 学 者 Lange により発人されたためである。 Lange は ま ず , す べ て の 情 動 は 何 ら か の 身 体 変 化 を伴うと糸伽倫づけてから,こうした身休変化すべてに共通するのか,血管を収致させる 筋肉活動の変化(いわゆる l f l l 1 脊連動の変化)による血液循環の変化であり,この変化は 情動の表現 1 f r i と行動 r f l f を泌間するだけでなく,情動の経験も,;兒明する,と述べている。
シ 丁.ームズ況とランゲ況はほとんど全般にわたってガ文しており, J a m e s ば情動の生 坪学的即解に Lange か貞献したことを認めてしヽるが, Lange の I f l l . 竹 運 動 説 の 叶 細 に つ い ては異議を唱ていた。彼は, Lange ( 1 8 9 0 , 1 8 9 4 ) が 現 象 を 多 少 , 単 純 化 , 杵 遍 化 し す ぎてし\ることや,議論のなかで , t u . 狩連動の要素を強調し過ぎてし、ることを i ・:張している
( C o r n e l i u ふ 1 9 9 6 ) 。
‑184‑ 香川大学経済論叢 3 8 0 る James の解釈の大部分は,身体的変化を「内臓 J 変化,つまり交感神経系の 活動の増大と,そうした活動が心臓と胃,その他の器官に及ぽす影評,または 表 示 行 動 つ ま り 姿 勢 や 顔 面 表 情 の 変 化 の い ず れ か を 意 味 す る も の と 考 え て い る 。
また, Jamesも Darwinと 詞 様 に , 身 体 変 化 が 情 動 を 伴 う の は , 特 定 の 進 化 上の坪由,すなわち牛存の可能性を高めることにあると考えていた。 James に とって,情動にかかわる身体反応は,特定の状況において環境に反[もする傾向 であり,こうした傾向は,あらゆる動物の進化の遺産の一部である。
このジェームズ説に属するものに, S c h a c h t e r の情動の 2 要因説がある。こ の 2 要因説は,情動は 2 つの要素,すなわち「生理的龍醒」と「状況適合認知」
結果として生じる,とするものである。生理的覚醒とは,内臓あるいはその他 の身体源からの自律神経系によるフィードバックであり,状況適合認知とは,
覚醒を特定の情動として経験することである。したがって,このシャクター説 では,ある情動の状態は,生坪的詑醒の状態とその覚醒状態に適合した認知の 相関関係であると若えられており,覚醒+認知=情動ということになる。
S c h a c h t e r ( 1 9 6 4 ) は , Jamesと同様に,ある種の身体変化ば情動経験にとっ て必要不可欠であると信じていたが,ジェームズ説に対する批判である「特定 の情動経験は,内臓あるいはその他の身体源からのフィードバックによって,
完全に決定されない」ということを事実として認め,それを補うものとして認 知を導人している。 S c h a c h t e r に よ れ ば , 人 が 何 ら か の か た ち で , そ の 人 の 思 衿やまわりの状況によってまだ説明されていない牛理的覚醒状態にあるとき,
ある種の評価の必要性が詑醒される。自分の身体状態を説明する必要性から,
人は自分の詑醒に適合した説U J Jを捜すようになる。そして,ひとたび説明が見 つかれば,その人ば此醒をある特定の情動あるいはその他の身体状態(例えば,
喉腹など)として経験するのである。
このようにシャクター説はジェームズ説に驚くはど似ているが,ジェームズ
説では「牛坪的過程」がそのラベル自休と共に牛じるのに対し,シャクター話も
ではそのラベルは,情動を誘発する状況についての認知というかたちでりえら
3 8 1 顧客満足概念の再考 ‑]85‑
れなければならない,という大きな相違がある。 S c h a c h t e r ( 1 9 6 4 ) は , James が情動経験に身体変化が必要だと主張したのは正しいものの,身体変化だけが 情動経験を引き起こすと者えたのは間違いだったことをボ唆したのであった。
身体変化からのフィードバックを特定の情動経験に変化させるものは,そうし た身体変化に付けられるラベルであり,こうしたラベルは,周囲の状況に対す る人の知宜の結果である,としている。
この S c h a c h t e r によるジェームズ説の再定義は,当初きわめて有望と思われ,
その結果,膨大な量の研究が牛み出された。しかし皮肉なことに,その研究の 大部分は,シャクター説の裏付けとはなっていない。シャクターの研究に啓発 された研究を広範に論評した C o t t o n ( 1 9 8 1 ) や R e i s e n z e i n ( 1 9 8 3 ) は,この説 が,少なくとも S c h a c h t e r が初めに提ボしたかたちでは,完全に支持されると はいえない,と結論づけている。シャクター説は,情動の牛成における認知的 要因の役割を強調した点では適切であったが,すべての情動には差異のない覚 醒が伴い,また伴わなければならないとした彼の仮定は支持されるものではな かった。
( c ) 認知説
認知説の視点は,情動の発生における思考の役割を強調し,環境のなかでの 出来事に対する個人の評価からいかに情動が生じるかという、点に焦点を当てて いる。評価とは,出来事の善悪に対して個人的な意味を判断する過程を意味し ている。また,認知論的アプローチの研究では,ある出来事の評価方法を変え ることで,その出来事に対する情動的な反応の仕方を変えることができる,と 考えられている。
認 知 説 に お け る 先 駆 的 な 研 究 は A r n o l d ( 1 9 6 0 ) に よ る も の で あ り , そ こ で
は評価の優位性が説かれている。彼女は評価のことを「価値判断」と呼んでお
り,それは直接的,即時的な,店福か不幸かの意味判断という特殊な判断であ
る。すべての情動は個人が置かれた状況に対するその個人の評価によって始ま
るために,評価がなければ,情動はあり得ないということになる。 A r n o l dに
‑/86‑ 香川大学経済論叢 3 8 2 よると,情動の経験に至るまでの出来事の正しい順番は,知覚ー評価ー情動で ある。尚, A r n o l d ( 1 9 6 0 ) は,評価は直接的,即時的で,思慮の余地のない,
知的でない,自動的な性質のものであることを強調している。評価とは,我々 の環境における特定の対象や出来事と我々の関係についての判断であり,対象 や出来事を,思慮を働かせて知るということに関連した広範囲な認知的処理を 伴わないものである。
くラザルスの「認知・動機づけ• 関係」説>
認知説を代表する説として, Lazarus の「認知・動機づけ• 関係 J 説 ( c o g n i t i v e
‑ m o t i v a t i o n a l ‑ r e l a t i o n a l t h e o r y ) がある。 L a z a r u s( L a z a r u s , A v e r i l l , a n d O p t o n , 1 9 7 0 ; L a z a r u s a n d A v e r i l l , 1 9 7 2 ; S m i t h & L a z a r u s , 1 9 9 3 ; L a z a r u s , 1 9 9 1 ) は,特定の 情動には特定の評価パターンが先行すると苔えている。 L a z a r u sにとって,情 動は,知覚する環境に対し,我々が有寅あるいは有益と評価したことを適切に 処理するための,覚悟と準備をさせる反応である ( S m i t h & L a z a r u s , 1 9 9 3 ; L a z a r u s , 1 9 9 1 ) 。 L a z a r u s の評価とは,彼が「関係の、意味」と呼んだ,人が直面
している状況のなかにみる「個人的なヤ福のための特定の意味」 ( S m i t h &
L a z a r u s , 1 9 9 3 , p . 2 3 6 ) を具現化している概念である。この関係の意味は,良い ことにせよ悪いことにせよ,ある状況がその人にもたらすものと,その人が自 分の目標と意図にもとづいてその状況にもたらすものとの両方の関数である。
L a z a r u s によれば,人がある状況に対してどのように反応するのかを知るには,
状況に対するその人の予想と [ i 標を知らなければならないということである。
Lazarus が自説を動機づけ• 関係説と呼んだのは,このように,人が自分の知 識や顧望に関係した状況に対してもつ個人的な,意味から,特定の情動が牛まれ
ると説明しているからである。
このような認知説に対して, Z a j o n c( 1 9 8 0 )は徹底した反論を展開している。
Z a j o n c は,対象は認知されなければ,ー価できない,という概念に反対し,多
くの情動反応は,何の認知活動も牛じていないこと,あるいはいかなる認知活
動も生じる時間がないうちに発牛していることを証明できる,とじ張してい
3 8 3 顧客満足概念の再考 ‑]87‑
る 。 Z a j o n c の基本的な立場は,認知と情動は独立した体系であり,いかなる認 知的過程の関与がなくとも,情動を生み出すことはできるという主張であり,
認知ぱ情動の必要かつ十分条件であるとする L a z a r u s の主張とは対立するもの であった。
くマンドラーの情動説>
Mandler は,認知現象に対しで情報処理的アプローチを活用した最初の感情 理論学者のー^人である。 Mandler の情動説は,情動の生成と経験において,自 律神経系の覚醒が重要かつ本質的な役割を果たしている,と仮定している点 で,シャクター説に多少類似している。また彼の説は,その覚醒と覚醒を誘発 した環境における出来事の「認知的解釈」の役割も強調しており,情動の発生 と経験における認知の役割を十分に検討しているという点では,シャクター説 と異なり,より「認知論的 J となっている。
Mandler ( 1 9 7 5 ) によると,情動生成の開始点は自律神経系,特に交感神経 系の活動と定義される覚醒であり,党醒の知覚である。 Mandler は , S c h a c h t e r
と l r 1 J 様に,覚醒は比較的差異化されておらず,その強度だけが異なると衿えて いる。交感神経系の覚醒は,我々の生存にかかわる価値のある多くの環境内の 出来事により生じるが,このような出来事の中で最も重要なもののつが進行 中の計画や行動への妨害である。 Mandler は,妨害を適応上の特別な意味を持 つ出来事であると捉え,妨害に特別の地位を与えている。その理由は,ある人 の計画や行動への妨害は, しばしば環境における重要な変化を指し,生活,適 応,生存の状況の変化に結びつくことが多いためである。交感神経系の覚醒の 原因として非常に重要であるため, Mandler は,妨害がこうした覚醒の発生の 十分にして,おそらく必要な条件である,と主張している。
Mandler ( 1 9 7 5 ) によると,交感神経系活動の覚醒には 2 つの機能がある。
その一つは,その活動を誘発した環境内の出来事に対応するために,生体を生
理的に準備させるという単純な機能である。もう‑・ つの機能は,意識に対して
注意,警戒,環境の精在という,解釈と分析を要する活動のための信号を出す
ー 188‑ 香川大学経済論叢 3 8 4 という機能である。この信号が出ると,人の感党および認知システムは,自律 神経系の覚醒源とその人の環境に関する情報を探し始める。交感神経系活動を 始動させるものが何であれ,それが活動しはじめると,活動原因の探索も始動 させることになり,この探索には意識の新しい方向づけが伴う。ここに,最も 重要な情動の機能があると Mandler は考えている。つまり,環境内で,我々に
とって適応じの意味を持つ可能 ' I 生のある出来I j ̲ i に対する注意を呼び起こすとい う機能である。情動は,意識に対して注意や計圃・活動に対する新しい方向づ けなどが必要である, という信りなのである。 Mandler にとって,情動の経験 とそれに伴う行動は,交感神経系の詑醒と,こうした詑醒の認、知的解釈の相斤 作用的な結果なのである。こうした認知的解釈には,槌醒の原因として若えら れるものを周囲から探すことと同 I I かに, L a z a r u s がコーピング(対処)と呼ぶ,
状況への対処能力の評価が含まれている。そして, 覚醒が生じたときの認知的 活動の最終結果が,情動の経験となる。
( d ) 社会的構築主義説
社会的構築主義説の視点では,ダーウィン説やジェームズ説の情動理論モデ ルは暗黙にあるいは明確に否定されている。とりわけ,情動が t として生物学 的現象であるという仮定を認めていない。
例 え ば A v e r i l l ( 1 9 8 0 a ) は,伝統的な情動の定義をあらゆる点で劇的に切り 捨て,恰動をある特殊な社会的役割として捉えている。彼の情動の定義は,個
人の状況に対する評価で,行動というよりはパッション(受動,情感)として 解釈される一時的な社会的役割(社会的に構築されたシンドローム)である ( A v e r i l l , 1 9 8 0 a , p . 312) 。シンドロームとは,体系的に同時に発生する〗連の 出来事のことであり,病気と同じように情動にも,同時に発生しがちで,識別 しやすい様々な要素がある,とじ張している。これらの要素には「じ観的経験 J
[表ホ反)心:」「牛理的反応パターン」「対処反応」があり,「じ観的経験」ば情
動と関連した特定の感詑の質,「表ぷ反応 J は特定の情動に伴うことのある頷
面表情と身体姿勢,「生理的反応」は•部の情動に伴う自律神経系およびその
385 顧客満足概念の再衿 ‑/89‑
他の身体変化,「対処反応」は人が情動的になっているときに始める行動であ る ( A v e r i l l ,1 9 8 0 b ) 。
しかしながら, A v e r i l lによると,ひとつひとつの情動が,すべての要素に 関連しているとは限らない。すべての要素と関連する情動もあれば,また 1 , 2 の要素と関連する情動もあったり,あるいはどの要索とも結びつかない情動が あったりする。さらに,同じ情動であっても,あらゆる場合に I C i J じ要素が含ま れるとは限らない。彼の考えでは,情動の要素の中には,他の情動よりもある 情動により密接に関連したものがあるにしても,ある情動シンドロームに不可 欠な単ー^の反応,あるいは反応群は存在しない ( A v e r i l l ,1 9 8 0 b ) 。つまり,特 定のじ観的経験,牛理的反応,表ぷ反応,対処行動がある特定の情動事例を定 義するのに十分である場合があるとしても,どれも絶対に必要であるというわ けではない,ということであるつある人が生理的に覚醒していたり,典刑的な 恐れの表情をしていなくても,その人が恐れているとげうことが道理にかなっ ている場合がある,ということである。
また, A v e r i l l ( 1 9 8 0 a ) の言う役割とは,ある状況において人がとるとされ る杜会的に定められたー舟連の反応である。情動の多様な要素が,特定の情動の 役割に関連する,社会的に決定された規則により結合するのである。社会的役 割としての情動は,状況を評価したり,評価に対して行動したり,評価に対す る自分の身体反応を解釈するための適切な方法を指ぷする^連の規則に,人が
従っているとみなすことのできる,定められた反応を,その人が•時的に演じ
ていることを表している。尚,この情動の規則は学晋されるものである。社会 的構築 t 義は,我々がある特定の文化に社会化されていく過程で学ぶことのな かで不 N F 欠なものが,我々の情動行動を暗黙のうちに決定している規則群であ る,と t 張している ( A r m o n ‑ J o n e s ,1 9 8 6 a , 1 9 8 6 b ; A v e r i l l , 1 9 8 4 ; C o r n e l i u s , 1 9 8 4 ) 。
認知説と u 会的構築説には密接な類似性があり,多くの点で,杜会的構築主
義は 1 9 7 0 年代の認知革命の当然の所産だと言・える ( H a r r e ,1 9 9 4 ) 。認知説にとっ
て重要なのは,情動は,人から環境へのつながりを生じさせ,その人の環境に
対する情動反応の恙異化の役割を果たす特定の価値づけを伴う五忍知,つまり評
‑]90‑ 香川大学経済論叢 3 8 6 価に左右されるという仮説である。社会的構築主義者は,この仮説に同意しな がらさらに—•歩路み出して,人が環境を評価する力社;は文化によって決められ る,と 1 張している。社会的構築主義者は,文化的価値,つまりある文化で正 しいとされること,誤りとされること,良いとされること,悪いとされること を,情動評価の重要な決定要素とみなしている。ある構築ー主義者は,情動の大 多数は,世界における出来事に対する[道徳的判断」であり,道徳的価値は個 人によっても文化によっても大きく変化するので,それにもとづく情動も同様 である, と t 張している。したがって.情動は杜会的構築的であると言うため には,特定の文化に社会化した個人の学習した,文化的に決定される価値体系 と情動の関係から論じることが凧疫となっている。
また,社会的構築主義説の視点では,桔本的情動は強調したい情動の側面に よって異なったものとなる, と衿えられている。ダーウィン派の情動研究者の 多くは,比較的少数のいわゆる桔本的情動の存在を仮定している。基本的情動 の数については意見が分れるものの, Ekman, I z a r d , P l u t c h i kなどの研究者は,
廿 t 界のどこの人間でも,生まれながらに悲本的情動あるいは環境への対処に必 要な基本的情動を発逹させる能力を備えていると t 張している。これに対し て,杜会的構築:じ義者は,ある情動を他のものより基本的だと見なす必然的な 理由はない,と衿えている。情動によって,生体システムに関与する度合いや 牛存に関する度合いが異なるのは事実であるが,だからといって,度合いの強 い情動が他の情動よりもより「焙本的 J であるということではない。どの情動 を選択して基本的情動と呼ぶかは,その人がとくに強調したい情動の側面によ
り決まるのである。
( e ) 神経学説
この学説は,神経解剖学の視点から実際に人間の脳を調べることによって提
唱されているものである。そして,扁桃体が,刺激の情動的意味の解釈と,情
動の表現および経験の統制に重要な役割を果たしていることが明らかにされて
いる。 LeDoux ( 1 9 8 7 ) によれば,扁桃休は外部および内部からの入力の意味
387 顧客満足概念の再考 ‑]91‑
(それぞれ身体外部と内部からの感覚人力)を評価し,それに応じた行動反応 と内臓反応を開始させる,一般的なホメオスタシス機能を果たしている。扁桃 体は恐れの神経回路に不可欠な要素である。扁桃体のいろいろな部分に損傷を 与 え る と , 嫌 悪 刺 激 を 避 け る こ と が 学 習 で き な く な り , 恐 れ と 関 連 し た ANS
(自律神経系)反応が様々に変化してしまう (LeDoux,1 9 9 5 ) 。
海馬は新しい記憶の構築に主な役割を果たしていることが分かっているが,
情動経験と表現の統御への関与については,まだ完全には明らかにされていな い 。 LeDoux,( 1 9 8 7 ) は,海馬が認知機能に果たしている明白な役割と,情動刺 激に対する怠味の付りに果たしている可能性のある役割を考え,おそらく海馬 は認知情報を扁桃体に伝えることにより,情動処理に関与している,と主張し ている。
ま た , 情 動 に 対 す る 扁 桃 体 や そ の 他 の 大 脳 辺 縁 系 組 織 の 役 割 に 関 す る 研 究 は,情動反応は刺激の認知的分析に先行するという Z a j o n c の t 張に対して,
神経解剖学的裏付けを提供している。圃様に,すべての情動反応は評価に基づ いているとする L a z a r u sの主張も裏づけている。 LeDouxな ど は , 視 床 か ら の
感詑突起が 2 カ所で終端していることの証拠を見いだしており,―•つは高次の
認知機能が収められていると考えられ, したがって,そこで評価が発生してい るものと考えられる皮質であり,もう—•つは,皮質からの入力がなくても情動
反 J 心 が 開 始 さ れ う る 扁 桃 体 と 海 馬 で あ る (LeDoux,1986; LeDoux, 1 9 8 7 ) 。し たがって,情動に関係する感詑情報は,刺激の大部分の認知分析が行われる以 前に皮質ドレベルに作用しているのである。 LeDouxな ど が 確 認 し た 「2 重 伝 導路」のもっとも興味深い点は,伝導路が皮質ドレベルで再収束するという点 である。すなわち,皮質に感覚情報を伝える伝導路は,その情報を大脳辺縁系 組織に戻すということである。しかし,視床から辺縁系への伝導路は,視床か ら皮質を経由して辺縁系に 1 況る経路よりもずっと短く,これは扁桃体などに到 達するインプットが先行し,より細かく分析された祈皮質からのインプットを 受ける卜準備をしている可能性があることを意味している。また,情動反応は,
刺激の情動的な忍味についての多少粗いが,より速い分析にもとづいて行われ
ー