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中国文学史研究的新功向

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中国文学史研究 にお ける新 しい動 向

石 川三佐 男 ・超

Ne w Di r ec t i onsi nt heSt udyofChi ne s eLi t e r at ur eHi s t or y

MisaolsHIKAWAandZHAONing

lnthelate1980'sadrasticchangeoccurredinthestudyofChineseLiteratureHistory.Atatimewhen researchinthefieldwasstiffandconservative,Withhttletheoreticalinnovation,Changesweresuggestedby wayofatrilogyofworksbyOoChooryuu,Professor,SosyuuUniversity:1.中国中古詩歌史(Historyof ChineseOldpoetry);2.中国文化心理研究(PsychologicalStudiesoftheChineseEarlyCulture);3.文学史新方 法論(New ResearchMethodologyofLiteratureHistory).

nthispaper,theauthorsintroduceanddiscussthetheoreticalframeworkdevelopedbythispioneering scholar,OoChooryoo,andexplainhisin飢lenCeamongacademiccirclesthrough considerationofhisposition inthehistoryofChineseLiteratureHistory.

中国文学史研究的新功向

八 十 年 代 末 期 ,赤 州 大 学 主 神 陵教 授 以 《中 国 中 古 詩 歌 史 》 、 《中 国 前 期 文 化 一心 理 研 究 》 、

《文 学 史 新 方 法 稔 》 三 部 大 作 在 曽被 不 少 人i^カ 保 守 層 化 ,理 袷 改 革 JL乎 元 翌 的 中 国 文 学 史 研 究 界 引 起 7 巨 大 的 震 功 0本 文 在 回廟 文 学 史 研 究 的 房 程 的 同 吋 ,特 介 錯 井 砲 述 文 学 史 研 究 新 吋 代 的 旗 手 ‑ 王 紳 陵 教 授 的 理 冷 体 系 及 其 力 学 界 苛 束 的 深 遠 影 鴫 O

1910年,林伝 甲は京師大学堂 の講義用 として 『中国文 学 史』 を編纂 した。 日本早稲 田大学の 中国文学 史教材 を モデルに したこの書物 は中国初 の文学史の著作 であ り, その出現は中国文学 史の研究が一つの学問分野 として出 発 した ことを意味す る。

一世紀近 くの歳 月が流れ た今,前進が鈍 くともすれば 保守的で,変革が不可能 ではないか とい う疑 問 さえ持 た れたこの分野 であったが,新 風が吹 き始め た。1980年代 の半 ばか ら思惟方法 ・学術的見地 ・批評的立場 な ど,先 学 とはか な り異 なる新世代 の研究者 たちは,一連 の創造 性 に富んだ理論 を提 出 し, それに基づ いた新 しい研究成 果 を次々 と発表 した。 その影響 は古代文学 史 を超 え,現 代 ・当代文学の研 究に も及んでい る。莫大 な内容 を抱 え, 数千年 も延々 と受 け継がれて きた文化的伝統が場合 に よ

ってか え って一種 の重荷 に な りかね ない文 学 史研 究 に は,新鮮 な血液が注がれ, これ までにない活力の溢れ た

もの となった。

大著 『中国中古詩歌史』 (1988年,70万字 以下 『 歌史』と略称)

,

『中質前期文化一心理研究』 (1991年,60

』 (1993年,34万字 以下 『方法論』 と略称)で国内 外 の注 目を浴 びた蘇州大学 の王鐘陵教授 は, この新思潮 の旗手であ り,彼の この三部作 に対 し学界は惜 しまぬ賞 賛 を送 った。 『詩歌 史』 は,卓越 した見解 と雄大 なスケ ール と精巧 な構想 を持つ著作 であ る。 その迫力ある議論 と哲学思想, それか ら詩的 な筆致は面 目一新 の感 じを抱 かせ,中国文学史研 究の分野 で輝か しい一里塚 となった

建 国以来,視野が狭 く文筆 が平坦,方式が硬直化 し た文 学 史著作 の状 態 は王 氏の著作 に よって破 られ た。

‑‑‑もともと歴 史に存在す るが, 人々に気付かれなか っ た多 くの こ とを発見 し,文化一心理 の世 界 を築 いた」②。

「中国文学 史の研究 は躍進 を期待 してい る。近年来,古 い研 究 方法 は次 第 に様 々な面 で その 限界 を露呈 して き た。一方,新 しい文学観 念 ・価値観 .視点 な どは文学史 の多 くの研 究課題 に著 しい進展 をもた らし,開拓精神が

‑ 9 ‑

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溢 れ た文 学史著作 は この機 運 に応 じて生 れ た。若手学 者 王鐘 陵の 『中国 中古詩歌 史』 は この よ うな,斬新 な理 論 構 造 を備 え,文学 史研 究 に対 して重大 で画期 的 な意味 を 持 つ著作 であ る」③。 『文化 一心理研 究』は,「これ までの 哲学 史 ・思想史 ・文化 史 ・心理学 史等 と全 く違 う, 民族 ・ 歴 史の文化 ・心理 を研 究す る新 しい道 を開 いて くれ た」④。

「原始意識か ら中華思想 ・文化 の根源 と分 流 を探 り, そ の独特 な道程 を描 くのは本書 の主 旨であ る。 この全 く新 しい方式 は構 想が新鮮 で,理論 の面 で も前 人未踏 の境地 に達 した。 この研 究方法 を確 立 した こ とで,王鐘 陵教 授 は再 び苦 難 に満 ちた学術 の最先端 に立 った」⑤。『方法論 は,「=‑・上記の二大作 の創作実践 の もとで文学 史新 方法 論 に関 して,綿密 で しか も極 め て整合性 と創造性 に満 ち た論述 を行 なった。 ‑‑ この新 しい方法論体 系 の 出現 は 一 つ の新 しい学科‑ 文学 史学 が確 立 され, その理論 形 態 も次 第 に成 熟 して きた こ とを示 してい る。 同時 に, i 氏の著作 の出版 は,文学 史のニ ュー ウェー ブが既 に深 く て透徹 した理論上 の総括 を得 た こ とを意味す るばか りで な く, これか らの文学 史研 究様式 の転換 に与 え る影響 も 日増 しに大 き くな るだ ろ う」⑥。「これ は開拓精神 が溢 れ, なお 内容 が綿密 で深 い著作 であ る。=‑・光 緒30年 の林伝 甲の 『中国文学 史』 を始め,様 々 な中国文 学 史著作 はす でに数百種 余 りに も達 した。 どの著作 も必ず あ る種 の研 究方法 を用 い るが,専 ら方法論 を論 じる ものは まだなか った」⑦。 「王鐘 陵教 授 の三部作 が学 界 で次々 とセ ンセー シ ョンを起 こ した こ とは,文 学 史研 究が既 に新 しい歴 史 段 階 に入 ったこ とを意味す る。 ‑‑文学 史の研 究方法 を 更新 し,新 しい批評様式 を構築 した王鐘 陵教授 の開拓 的 な功績 は, 氏の三部作 と共 に学術研 究の歴史 に名 を残 す だ ろ う」⑧。

以上 の引用 は, 王氏の三部作 に関す る書評 の ご く一部 に過 ぎない。慎重 で古 い伝統 を大切 に し,年功序列重視 で名 が知 られ た中国文学 史の学 界が,全 国的影響 力 を持 つ 出版物

(

『中国社会科学

』 ,

社会科 学戦線

』 ,

文芸研 究』

等) に, また多 くの著名 な研 究者 が一斉 に,一 人の学者 の著作 を高 く評価 したのは未曾有 の こ とであ る。更 に 『 学遺産

,

江海学刊』 は文学 史理論 に関す るコラム まで 設 け

,

河北 師範大学学報』は文 学 史研究 の方 向転換 に関 す る論文 を毎 回載せ るほ どの盛況 であ る。 これ らはすべ て文 学 史研 究が,紛 れ もな く新 時代 に入 った こ とを示 唆

して い る。

この新 しい動 向 を紹介論述す る前 に, まず これ までの 中国文学 史研 究 の道程 をふ りか え る必要 が あ ろ う

著名 な学者 ・黒龍 江大学 の陶爾夫教授 は, 中国文学 史

の研 究 を,創 業期(1910‑1949)成 型期(1949‑1978) 変換期 (1978‑1988)突破期 (1988‑)の四段 階 に分 け

第一段 階,創業期 の初 め 頃,林伝 甲 ・黄 人 らの文学 史 の著作 は原文 の引用 のみ で,著者本 人の論 述が ほ とん ど 見 られ なか った。 「五 凶運動」前後,胡適 が 『中国文学 史

『白話文学 史』 で,初 め て 「歴史の進化 」,変遷進歩」,

革命」等 の原則 を提 出 した。小 説 の発展変化 に対す る 魯迅 の分析 もそれ までにない ものだ とされ た。胡通 ・魯 迅 ・聞‑ 多 らに続 いて, 次の三 人が い る。 それ まで見過 されて きた変文 .戯文 ・諸富調 ・民歌等 を も大 いに評価 し,文 学 史の視 野 を広 げた鄭振鐸 は 『挿 図本 中国文学 史』

を著 した。初 め て社会 学 の批判様 式や文学観 念 を部分 的 に取 り入れ,政 治経済 ・社会生活 ・学術 思想が作家作 品 に与 えた影響 を詳 し く分析 した劉大傑 は 『中国文学発展 史』 を書 いた。上 古 ・中古 ・近古 とい う時代 区分 を放棄 ,啓蒙時代」,黄金 時代 」,「白銀 時代 」,暗黒時代」

とい う理 論 の枠組 を独 創 的 に し,建安風骨」,盛 唐気 象」,少年精神 」 な ど高度 に概 括 され た概 念 を提 出 した 林床 は 『中国文学 史』 を出 した。 それ ぞれ高 い学術 的価 値 を備 え, 後 の研 究 に 多大 な影響 を与 え, その時代 の代 表作 となった。全体 か ら見れば, この時期 は まだ模 索の 段 階 で,理論 的枠組が まだ確 立 され ていないが,社会 ・ 政 治か らの干渉 はほ とん どな く,学 問の 自由 も比較 的 に 保 たれ て きた。 多面 的 な研 究 もあれば,深層 の規則的 な ものに対す る探求 もあ り,百花斉放 の局面 を呈 していた。

第二段 階,成 型期 の初期 は, ソ連 の研 究様 式 をその ま ま取 り入れ た。文学 史 は, イデ オロギー に属 し, イデ オ ロギー が社会 の経済基盤 に よって決 め られ る とい う考 え か ら,文学 史の発展変化 が政 治闘争, 階級 闘争 と結 び付 け られ た。文学 の経 済や政 治 に よる影響 が極 め て大 きい が, その側 面 のみ強調 され るの で,文 学 自身の規 則性 が 無視 されが ちであった。芸術性 に関 して ロマ ン主義 に も 言及す るが, リア リズムが正統 派 とされ たのは この時期 の特徴 であ った。 それ故,文 学が人民大衆 的 であ るか否 か, リア リズム であ るか否か は, 古代 の作 家作 品 を測 る 唯一 の基準 とな った。

しか し, この よ うな極 め て困難 な状 況 に あ って も,大 学 の共通教 材 に指定 され た科 学院文学研 究所 の 『中国文 学 史』 (1962)と瀞 国恩 主編 の 『中国文学 史』(1963) 出版 され た。この二大作 の出現 は,文学史 の研 究 と編纂 は,科学,体 系,文体 の面 です でに一定 の形式 に なった こ とを示 し, その実用 的価値 も高 い。 その後 に出版 され た多 くの文学 史著作 は この二作 の基本様式 を超 えて いな い」⑲。 しか しマル クス主義 の歴 史唯物主義 と唯物弁証 主 義 を指 導思想 とした この二作 は, 限界の あ る もの であっ た。

一 10‑

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文化大革命 の開始後,社会 的政治的介入は一層広 まっ た。文学史研究は 「儒法闘争」 を原則 とせ ねぼな らず, 低俗的社会学に陥 って,完全 に政治権 力闘争 の道具 と化 して しまった。劉大傑が 『中国文学発展 史』 を書 き直 し たのは,その時期 の典 型的 な出来事 であった。「低俗社会 学の氾濫 に於 て,我々は ソビエ トよ りもっ と行 き過 ぎ, 大勢の文学史学家の学術 の青春 を無駄 に して しまった。

この30年 間,本 当の意味 での個 人,単独 で完成 した文学 史著作 は一冊 も出版 で きなか ったのであ る」⑪。

第三段 階の転換期 は,80年代 前半の思想解放運動 と共 に始 まった。西側 の様 々な文学思潮 ・観念が新大陸の よ うに中国の学者 たちの前に現れ,新批評主義,構造主義, 解構主義,心理分析,記号学,現象学,解釈苧, 原型批 刺,読者反応批判, ポス トモダニ ズム,新歴史主義 な ど の諸理論 の影響が とりわけ大 きか った。 その上,社会全 般 に空前の 「美学 ブー ム」,「カルチ ャー ブー ム」 を巻 き 起 し,学界に与 えた衝撃 は想像 を絶す るほ ど大 きい もの であった。人々は低俗社会学の毒 を一掃 し,古 い思惟方 式や遅 れた理論 の枠組 を破 ろ うと試みた。大学が各 自の 文学史教材 を編集 し,学術上 の個性 を存分 に発揮 した個 人の著作 も出回った。文学史の研究 と編纂 は多次元の状 態 を呈 し,新 たな百花斉放 の盛況 を迎 えた。

しか し同時に,有効 で整 った理論構造 と批評様 式が ま だで きていないため,文学史研 究の更新 は表面的,局部 的,個 人的 な実験 に止 まった。 それ故, 中国文学 史の歴 史や 内容 の実際 と必ず しも完全 に適応す る とい う訳で も ない西側 の文学理論 を, うま く消化す るこ とがで きず, 立 ち遅れた考 え方や研究方法 を取 り除 くのではな く, た だ新 しい用語 の羅列が 目立 った。 「方法論」ブー ム を引 き 起 こ したこの時期 に,伝統的 な研究方法 に対 して虚無的 な態度 で完全 に廃棄 しようとい う主張 もあ り,浮 わつ い たムー ドが全体 に広が っていた。一方,全般 的 な西洋化 に対す る反動か ら,新 しい方式 を一切排 除 し, あ くまで

「国学伝統」 に従 う傾 向 も台頭 した。

中国文学史の内容 ・性質 に合致 し, その文化的伝統 と 現実か ら抽 出 した新 しい文学 史理論が待 ち望 まれ るこの 時期 に,王鐘 陵氏の著作が誕生 したのであ る

我が古代文学史の研究 と教育 を大 き く突 き破 らなけ

の一文句でスター トしたのであ る。そのため であろ うか, 王氏の理論 で幕 をあげた新 しい時代 に対 して陶氏は 「 破期」 と名付 けた。

1988年,王鐘 陵氏の 『中国中古詩 史』の出版が突破 期 の到 来 を意味 して い る。王 氏 の著 作 は これ までの体 系 .構造 ・方法 を面 目一新 したO ・.‑・その後, 引 き続 き 出版 され た 『中国前期文化一心理研 究』

,

文学史新方法 論』 は前作 で挙 げた成果 を一層拡大強化 し,最終的 にこ

れ までの文学史著作 と全 く異 なる文化一心理 の批評様式 を確 立 した。 この点につ いて,王氏の三部作 を貫 く整合 した理論体 系,斬新 な論理構造,概念範噂 と命題 との内 在 関係,突 っ込 んだ論述,及び実際の運用操作 を見れば, 一 目瞭然 であ る」⑲。

その他 に も,程千帆 ・呉新富 の 『両采文学史』(1991), 蓑行 需 ・孟二冬 ・丁故 の 『中国詩学通論』(1995),章培 恒 ・賂主 明編集の 『中国文学史』が, それぞれ違 う側面 で新 しい理論観念 を提 出 し,突破期 の研 究 を促進 したの であ る。

この百年近 くの文学史研 究が辿 って来 た道 をふ りか え って見 る と,肝余 曲折 してい るが発展進歩 も大 きい。 し か し全体 か ら見れば,80年代 の半 ば頃 までの文学史研究 は,作家作 品,或 いは流派に達す る ぐらいの ものが一般 的 で,理論形態 を持つ大作 はほ とん どなか った。正 に王 鐘 陵氏に指摘 された通 りに,今 日に至 って中国古代文学 史は まだ科学以前の状 態 にある。 その重要 な標識の一つ は即 ち, 中国古代文学史が まだ民族の審美活動 の発展 を 反映す る科学的概念 ・範噂 ・命題 の,有機的かつ整合 さ れたシステム を形成 していないこ とであ る」⑮。

科学以前の状態 とは,具体 的に観念 と研究方法の立 ち 遅 れ を指す。

観念の立 ち遅 れは,新 しい理論体系の樹立 どころか, 新 しい概 念 ・範時 ・命題 の提 出 もめ ったに見 られない と

ころに現れ る。西洋か ら搬入 した新 しい言葉 を羅列 し, 文学理論 を機械 的に当て俵めて も,研究 は軽薄に流れて しまうだけで,民族文化 ・心理 の深層 まで及ぶ ものでは なか った。

研究方法の立 ち遅 れにつ いて,王氏は以下 の五点に ま とめた。一,理論 の内在 的連繋が欠け,形式的で創造性 のない編集 と叙述。二,個別 の例 で全体 を概括 しようと す る傾 向。三,政治思想 の分析 で芸術分析 に代 る硬直 し た手法。 四,反動的 または価値が ない と判断 された作家 作 品及びその ような時代 に対す る抹殺。五,煩項 で微視 的 な研究視 野⑲。

この よ うな状態 をどう打開す るか,学界全体 はその糸 口を探 った。

様 々な主張が あ る中で, まずほぼ共通 の認識 を得 たの は,西洋 の理論体系 をその まま中国の文学史研究 に取 り 入れ るのは得 策 ではない とい うこ とであった。 国に よっ て歴史伝承 も違 えば,現実 の社会政治環境 も違 う。 それ 故 に,理論 の需要 もその展開 も同様 ではない。事実 も誠 にその通 りで,今世紀 中国 と西側 の文学理論 の発展過程 はか な り相違す るものであった。

‑ ilil‑

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今世 紀 の初 め 頃,西洋 の文 学 史研 究 は ロシア形 式主 義 ・新批判が盛 んであった。西側 が形式批判 を重視 し, 歴 史分 析 の代 わ りに文 学分析 が主 流 であ った この時期 に, 中国の文学理論 は社会 ・政治 との関連 を見 出す こと に励 んでいた。百 日維新 の時か ら既 に小説 を政治改良の 宣伝道具 として利用 しよ うとしていた。「五 四運動」前後, 胡適が 『文学革命論 』 を発表 し,貴族文学 の打倒 と庶 民 文学の樹立 を呼 びかけ,進化論方式や社会学方式の発端

となった。

西側 は構造主義 ・解構主義 な どを経 てポス トモダニ ズ ムへ と移行す る50年代以後,作 品 自身の重要性 が益 々強 調 され,文学 は外部 との関係 があ ま り言及 され なか った。

一方, 中国の文学史研究 は数 多 くの政治運動 に巻 き込 ま れた結果,低俗 な社会学 の氾濫 を招 いて しまった。

70年代 の末か ら,西側 では解釈学 ・新歴史主義 ・女権 主義 な どが勃興 し,文学 に関す る学者 らの興味は,修辞 学 の内部研究か ら歴史 ・心理学 または社会背景 の中での 位 置付 けに転換 した。一 方, ち ょうど同 じ時期,文革が 終結 した中国の文学史研究界 も大 きな転換期 を迎 えた。

しか し西側 と正反対 で,研究の中心 は文学の内面か ら外 部 との関連へ と移 るのではな く,長期 間に亘 って文学研 究が政治 に奉仕す る とい う原則か ら生れた 「陰謀文学」

か らの脱却,低俗社会学か らの脱却 に努 めていた。研究 者たちは 「芸術 に潜 んでい る様 々 な美学 の要素 に 目を向 け,本 当の内在的な規則 を発見 しようとしたO この よう な 目標 を目指 しているため,彼 らは外部か ら加 え られ た 非文学的な束縛 を廃棄 し, これ まで 慣れていた一方通行 の思考様式に満 足で きな くなった」⑫。それ故 に,西側 の 新歴史主義 ・女権主義批判 の よ うな強烈 な用語 は,か え って中国の学者 に とっては共感が少 な く, む しろ殆 ど使 用 しな くなった階級闘争時代 の言葉 の余韻 を思 い出 させ て しまう。

当然, この よ うな社会政治環境 の要素 のほか,理論形 態の相違 は東西の文化伝統 とも深 い関連があ る。河北大 学 出版社副編集長の彰繁明氏は解構 主義 を例 として分析 す る時,次の ように述べ てい る。「西洋文化 は理性が発達 してお り,非論理化 は彼等 に とって一種 の矯正 と補充 で ある。一方 中国は昔か ら直覚思惟が優 れているが,模糊 性 は我々が克服 しなければな らない欠点であ る」⑲。

中国文学史研 究は独特 な発展の道 をた ど り,独 自の理 論構造 を必要 としてい る。 そのため,学界全体 は方法論 の更新 に注 目した。王鐘 陵氏 も方法論 の更新 を大 いに提 唱す る一人である。王氏は 『方法論』の 「序言」 で次の ように述べ てい る。

中国文学史の新 天地 を開 くには,歴史哲学 と方法 論 を工夫 しなければな らない。科学 に欠けてな らな い重要 な特徴 の一つ は,反省の メカニズムであ る。

科学研究の有効性 とい う前提 と研究成果の科学基準 を示すのは, その 目的 であ る。 この ような 目的 を実 現す るために,最 も適切 な形式 は,方法論 に対す る 探求 だ と言 えよ う。 しか も歴史が対象 であ る学 問に とっては,研究 をよ り効 果的 な ものにす るために, その探求 を歴史哲学の視 点 まで高め なければな らな いのであ る。

80年代 か ら始 まった文学 史上 の新 潮 流 の最 も重 要 な特徴 は方法論 に対す る探求 である。筆者 はある 若手学者の著作 の序 に こ う書 いた。「学者のそれぞれ 異な る趣 は,往々に して違 う方法論 に よって現れて 来 る。手法が新 しい ものか否か,高水準 で成熟 した ものか否か は, その方法 論 で見分 け るこ とが で き る」。いわゆ る方法論 とは即 ち文学史学 であ り,つ ま りいか に文 学 史 を科 学 にす るか とい う学 問 で あ る⑲。

これで 「文学史学」 とい う概 念は初めて王氏に よって 提 出 された。 それに関 して王氏は具体 的に次の ように述 べ てい る。

‑・‑徹底的に文学研究の独立 した品格 を樹立す る こ とを期待す るO文学史研究 は, イデオロギー の外 の分野 ・部類 ・分岐か らの独立性 を持つべ きであ り, いつ も他 の学科 に依 存 し,他 の学科 に奉仕 してい る

うちに 自らの存在 を葬 ってはな らない。 自らの学科 理論‑ 文学史学 を創立 し,哲学 と文学 との結合 か ら文学史学の中核 で もあ る文学史方法論 を構築すべ きである。作家作 品の研究は文学史研究の堅実 な基盤 及 び主 な内容 であ るが,文学史学家の視線 は作家作 品 を越 えて,思想の光 で歴 史の流れ を照 らさなけれ ばな らない。 それ故 に,文学史の研究 は作家作 品の 後 を追 う食客 の よ うな身分 か ら脱却 して, ただ政 治 的理念 を重複す る個性 のない下僕意識 と,芸術分析 をただ幾つか の平凡かつ軽薄な概念の充項 に用 いる 状 態 を変 えなければ な らない。文学史は,民族 の精 神 と審美の歴 史が無秩序 の混沌か ら仲介 と動力構造 を経 由 して至 った確定 と不確定 を一 身に融合 したロ ジックの展開でなければ な らない⑳。

王氏に よって提 出 され, しか も学界 で広範 な支持 を受 けた文学史方法論革新 の中核 の一つ は,「史の研究 は即 ち 理論 の創造」 とい う原則 であ る。

史の研究は即 ち理論 の創造」 とい う説の理論 的基盤 は,歴史真実 の二重存在 とい う原則 である。 この原則は 文学史観 に関す る論争か ら生 まれたのであ る。1988年鏡 泊湖 で開かれた「文学史観 と文学史」の討論会 で も,1990

‑ 12

(5)

年桂林 で開かれ た現代 ・当代文 学研 究者 を中心 とした「 国 中青年学者文 学 史討論会」 で も,一体 文学史が主観 的 な ものか それ とも客観 的存在 か とい う,昔 か らず っ と明 白な結論 が得 られ なか った問題 が, またホ ッ トな話題 と な った。 前者 は文学 史の客観 性 を強調 し,反対 に後者 は その主観性 を主張す る。 この 間題 は正 に文学 史研 究 の理 論基盤 とも言 え るだ ろ う。

歴 史が一体 どの よ うに存在 してい るか, この基本 的 な 歴 史観 の問題 を解 決 しなけれ ば,文 学 史研 究の躍進 は望 め ない。歴 史重視 派, ロジ ック重視 派,歴 史 とロジ ック の統一 を 目指 す虚実兼重派等 々, 学者 らは様 々 な試み を して きたが, いずれ も二 元対 立か折衷 した二元対 立 の枠 を越 えていなか った。 この よ うな状 況 の 中で,完全 に二 元対立 をな くした歴 史の二重 存在 とい う原則 の提 出は, 当然学 界 で大 きなセ ンセ イ ン ョンを巻 き起 こ した。

悠久 な史官 の文化 的伝統 を有 す る中国 では, 自然 に大 多数 の人は歴 史の客観 的存在 に執 着す る。乾隆 ・嘉慶 時 代 の 『四庫全 書』 の よ うな純 客観論 の学風 は, 言 うまで もな く後世 の文学 史研 究者 に深遠 な影 響 を与 えた。 だが 一 方,実用主義 者胡適 の 目には, 歴史 は 「大 人が 自由気 ままに飾 ってあげ る小娘」 で あ り, つ ま り主観 的 な面 目 しか持 たないの であ る。実 は 中国は昔か ら研 究客体 が完 全 に 中心 とな る 「我 注六経」 と, 完全 に研 究主体 を中心 とす る 「六経 注我」 とい う二つ の研 究法 が あ るが, いず れ も歴 史 を一重 の存在 として認識 して きた。 前者 は狭 く て保守 的 な見解 を導 きや す いの に対 し, 後者 は研 究対 象 を歪 曲 し軽 薄 な学 風 を避 け難 い と,王 鐘 陵 氏 は批 判 し た㊧。

王氏 は 自らの三部作 を通 じて

,

史記

文心 離龍

『四 庫全 書』等 中国の伝統 的な研究 方法 だけ では な く, 魯迅, 聞‑ 多, それか らイタ リアの哲学 者 カロジェ ロ, 美学者 ブ ィカ, フランスの人類学者マー ク ・カプ リヨ, ア メ リ カの人類学者‑‑ ヴ イラン, イギ ))スの哲学者 カー ル ・ ボブ らの論 説 を も分析 比較 した。最 も貴重 なのは, これ まで中国 では タブー視 され て きた経典 的 な哲学思想‑

モー ルゲ ン,‑ ンゲル, マル クス, エ ンゲル スの歴 史観 と論理学 に於 け る偏執 と時代 に よる局 限性 に もメス を入 れ た こ とであ る。 この よ うに前 人の精 髄 を吸収 ,不 足 を 補填 した上,1988年 の 『詩歌 史』で王氏理論 の 出発点 と

もな る歴 史真 実 の二重存在 原則 が提 出 され た。

私 か ら見れ ば,歴 史の存在 は二重 とな ってい る。

歴 史 は まず過去 の時 間 と空 間 に存在す る。 これ は歴 史の第‑ の存在状 態 であ り,客観 的 で原始 的 な状 態 であ る。 この よ うな過去 の時空 に於 け る存在 はす で に歴 史の積 み重 ね に埋 没 されて い く。 しか し書籍や 文物, 及 び我 々の生 活や思惟様 式 には依 然 として そ の痕 跡が残 って い る。歴 史 の真実 は その痕 跡 を復 元

させ て得 た もの であ る。 それ に よって歴 史は第二 の 存在状 態 を備 え る。即 ち歴 史は人々の理解 に存在す る。保 有 され たすべ ての歴 史遺産 は, それ を産 出 し た環境背景 を離 れ る と,往 々 に して複合 的 でなお見 込 みの ない,密 封 され た意 味 の絵合体 と化 して しま うため,解釈学 に広 い天地 を残 して くれ た。 i‑‑前 人に対す る解釈 の 中で, 必然的 に後世 の人の様 々 な 理解 を帯 び る。思想文 化 史は正 に後世 の人が祖先 の 遺産 に対 す る創造性 に富む発掘 の 中で前進す るので あ る。㊧

歴 史 は それ ぞれの時代 の角度 か ら認識 され るため, い つ も異な る容 貌 を持 って現 れ る。 それ故, どの時代 も独 自の歴 史観 を樹 立す るこ とが で きる。つ ま り真実 の歴 史 は存在 す るが,歴 史の容 貌 が変動 す るの であ る。しか し, 歴 史の この第二 の存在状 態 に関 しては, 王 氏は極 め で 慎 重 であ った。時代 に よって歴 史 に対す る人々の理解 は大 きな差 が あ り,甚 だ しい時 には正 反対 の場合 もあ る。 そ れ で も, 歴 史の真実 は歴史 に対す る理解 にあ る と単純 に 断言 しては な らない と注意 した。

‑‑歴 史に対 す る異 な る理解 の原 因は,歴史遺産 の異 な る側 面が違 う人々 に よって反映 され た こ とに よる もの もあれば, 反映者 自身の主観 的観 念の染色 に よる もの もあ る。歴 史上 多 くの人 は当時 の利益 ( 歩的 もし くは反動 的 な もの) の ため に,歴 史 を歪曲 した こ とが あ る。康有為 はかつ て変法 の宣伝 の ため に,儒 家 の古文学 の経書 が劉款 の偽 造 だ と攻撃 した。

しか し時が経 ち状 況 が変 わ る と,歴 史の真実 はや は り真実 であ り,歴 史は人の歪 曲 を突 き破 る強 い性格 を持 ってい るのであ る㊧。

客観性 に対 す る要 求が, すべ ての科 学 の第一 の原則 で あ る。王 氏 も歴 史の第一 の存在 を研 究 の基本 に した。

今 日我 々の歴 史遺産 に対す る研 究 は まず,昔 の人 が周 囲の世 界 をど う見 て いたのか,特定分 野 の特定 現象 を どう見 て いたのか とい う問題 を基本 に し, そ こか ら昔 の人の理 論が どの よ うな社 会歴 史条件 の も とで, どの よ うな思想 の影響 を受 け て形成 したのか を説明 してい く。 こ うして初め て客観 的 に前人の理 論 を理解 し, その精髄 を取 り残 淫 を捨 て るこ とが で

きるの であ る㊧

歴 史の第一 の存在状 態の ため, どの時代 もまた完全 に 前代 の研 究成果 を否定 で きず, 多かれ少 なかれ前代 の恩 恵 を受 け,伝承 していか なければ な らないのであ る。 そ れ故,王 氏 は伝 統 の批判的伝承 につ いて非常 に重要 な位 置付 け を してい る。「乾隆嘉慶 の伝統 を受 け継 いでいか な けれ ばな らな いO しっか りと乾隆嘉 慶 の基本 を身につ け ない と, 本 当の意味 で古典,特 に先 秦の文 献 を理解 す る こ とが で きない。 もし先秦 の文献 に対 して確 実 な解読,

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認識が なければ,文化思想の研 究 ない し文学の研究は し っか りとした土台 を築 くこ とが で きないのであ る⑳。

王 氏の理 論 は 自らの実 践か ら概 括 した もの と言 え よ う。例 えば,詩歌 の時代 区分 につ いて,清の朱庭珍 は『 園詩話』 で 「古今大家,至曹子建始。 ‑‑・自建安作者, 始有以詩伝世之志」 と述べ た。未庭珍 が挙 げた八大家 は 曹柏 か ら始め蘇東城 で終 わ り,南采以後の詩 人は一 人 も 入 っていない。聞‑ 多 も 「東漢献帝建安 元年か ら唐玄宗 大宝十四載 (196‑755)の559年 間は中国詩歌の黄金時 代」と見て,「・‑‑詩 の発展 は北末に至 る と,事実上 は既 に終 わ って しまい,南末 の詞 は強努 の末 に過 ぎなか っ た」, 更に明活以後の 多 くの詩歌運動 を 「無駄な もが き

㊧とした。内容 は朱庭珍 とほぼ同 じで,つ ま り両方 とも建 安文学 を文 の 自覚 の時代 として とらえた。 ただ後者の視 野 は よ り広 くて時代 区分 とい う近代科 学 の概 念 を用 い た。 この よ うな見方 を受 け継 ぎ, また明清学者の 「詩至 於采,性情漸隠,声色大開,詩違一転関也」 とい う見解 を参考 に して,独創的に,建安 か ら唐の間の晋采 に於 い て更に境界線 を引いた。

文学 史研究の突破期 の始 ま りは,文学史の単純 な編集 と記述の時代 がす でに終 わった こ とを も意味す る。「文学 史新 時代 の旗 印 には ̀理 論'とい う二文 字 が描 か れ て い ㊨と宣言 した。この新 しい時代 の ロジックの出発点で あ る歴 史真実の在 り方 とい う問題が解決 された後,必然 的に 「史の研 究は即 ち理論 の創造」 とい う説 を引 き出 し た。

劉脇 の 『文心離龍』,鐘 峠の 『詩 品』の よ うな理論性 の 高 い著作 もあ るが,詩話 ・詞話 ・曲話等の ような古典文 学体裁 は芸術 的感受性 の叙述 を重視す るため, その内容 と文体 自体 が理論 を重視 しない散漫性 を有 してい る。王 氏はそれ を 「中国式局 限性」 と名付 けた。直感 で芸術 を 把握す る能 力は非常 に大切 であ るが,理論性 に欠け,芸 術的感受性 のみでは中国特有 の局 限性 を破 るこ とがで き ないo この点に以前か ら気がつ いた学者 もい る。王国経 はかつ て,我が国人の特質 は,現実的で通俗 的であ る。

西洋人の特質 は思弁 的 であ る。‑・抽象 と分芙削ま国人の 不得意 な ところで, しか も我が学術 界で も未だにそれ を

自覚 していないのである㊧。

理論性 の欠如 は, これ までの文学史著作が往 々に して 作家論 の無機 的 な集合 に過 ぎない ところに表 われ て い るO「個 々の作家論 は一個一個 の ジャガイモの ように,蘇 袋 にいっぱい詰め る と文学史にな る」⑳。文学 史著作の形 式は,作家 ・流派 (または団体) であろ うと文学現象 で あろ うと,(丑時代背景,(卦作者の生涯,(卦思想 内容,④

芸術 の特色 とい うような ̀四段式'であ る と,耶稔す る人 が 多い。具体 的 な状況 を分析 し, その合理性 も認め なけ ればな らないが,少 な くとも我々の文学 史学家 は創造性 が乏 し く,著作 は堅実 な論理構造 に欠け,単調 で生気が ない証 明であろ う⑳。

中国の学界は歴史 とロジ ックの統一 につ いて も語 って きたが,深切 な討論 を行 わなか った。王氏は初めて歴史 とロジックの統一 を二つの形態に分 け た。歴 史 を出発点 とす る統一 とロジックを出発点 とす る統一 とに。 しか も 歴 史の縦の流れ を意味す る 「適時性」 と横 の展開 を意味 す る 「共時性」が ロジ ックとの関係 において

,

方法論』

に よ りその極めて繁雑 で困難 な立証 を完成 した。 この理 論 の提 出に よって,先在性 ・目的性 ・絶対性及び外部か ら押 しつ け られ た規範性 ・抑圧性が排 除 され,随意性 ・ 偶 然性や個 人の役割 を もロジックの枠組 に編入 した。 そ れで歴史運動 の軌道 は, 多 くの枠組の矛盾が交 わ り,局 縁 と中心が絶間な く変換す る種 々の発展方向 を持つ立体 的 な もの となった。

この ようなロジックをた どって行 くこ とに よ り, これ まで見過 ごされて きた文学発展の要 因の内在的脈絡 も浮 上 し, その歴史に於け る重要 な役割 も究明 され るこ とが で きた。

例 えば,劉宋時代 に於 け る謝霊運 ・顔延之 ・飽照の三 派の文学思潮 の闘争 に関す る王 氏の分析㊨は, よ くこの 理論 の特徴 を反映 してい るo主流 ・支流の複雑 な移 り変 わ りか ら,斉 ・梁時代 の新 たな文学思潮論争 の幕開け‑

と論理 的に論述 し, しか も初 めて主流 であった 「新変」

と異な る 「通変派」とい う支流 を発掘 した。 「人々は後者 が一つの流派に構成 で きるか否か異議 を持つ こ とがで き るが, で も当時は風潮矯正 の意味 を持つ新 しい動 向が 出 現 したこ とは確か であった。 この点につ いてはこれ まで の人々が気付かず,王氏に よる新 しい発見 と言 えるだろ ㊧。

この よ うな,歴史の多次元の運動軌道 を視野 に入れ, 厳密 で論理 的な論述 は終始王氏の研 究 に貫かれてい る。

それか ら,学 界に大 きな衝撃 を与 えた もう一つの見解 は, これ まで さほ ど重視 されなか った東浜 の王充の 「真 美」

観 を中古詩歌 史の論理上 の出発点 としたこ とである⑳。

王氏は まず 「真美」観が生れ る社会 的思想的根源 を詳 細 に分析 した後, さらにそれに潜む二つの内面性 を発 見 した。即 ち識緯思想的 「虚妄 の美」の審美観 と戟 い, あ りの ままに事物 を見 るように要求す る外 向 きの面 と,独 自の個性 を発揮 し, あ りの ままに作者 自身の思想感情 を 表現 しよ うと要求す る内向 きの面 とで あ った。 それ は

真」 に統一 された主体 と客体 であ るが,矛盾 ・対立 も してい る。

主体 の内在感情が強過 ぎる と,客体 はただ主体情

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感の媒体 だけにな りが ちで,単独 に観察 され る地位 を獲得 し難 い。一方,客体 に対す る精密 な描写 は主 体感情の比較的な稀釈 を求め る。真実 の美 を求め る 理性 と個性が次第に 目覚 めて きたのは,漢末 ・貌晋 の動乱 の時代 であった。 それ故,生や死,物事 の移 り変 わ りに由来す る重苦 しい感傷的 なムー ドは社会 全体 に広が り,上述 した主客体 間の矛盾が大 いに強 め られた。感傷 の思潮が あれば 自然 に感傷 を解消す る努 力が現れ る。前者は情感,後者 は理性 で, また 一組 の矛盾 を構成 したO これ らの要 因で, 自然の美 に対す る認識 と鑑賞が文化 の主流になるのは不可能 であった。矛盾の展開は まず必然的に主体 内部 の情 感 と理性 の推移か ら始 ま り, それか ら主体 か ら客体

‑ と進むのであ る。 それ故‑‑ 「真実 の美」 とい う 論理 の出発点の中で三つ の要素 が育 まれている と認 識 で きる。一つ は情感 と個性豊かな気骨の要素, そ れは物事 の移 り変 わ りに対す る感慨 に由来 した悲 し み と深 く関連す る。 もう一つ は感傷 の思 い を解消す る理性 の要素,三つ 目はあ りの ままなる外物描写 に よる言語 の精赦 さを追求す る要素 であ る。 この三要素 の間の矛盾展開に関す る分析 を通 して,文 人化 ・玄言化 ・通俗化 ・南北詩歌 の融合 とい う魂か ら情 までの四つの段 階 をま とめ, 中古文学全体 の特徴 と発展 の規則 を呈示 して くれ たのである。

方法論』 の第七章 「文学史運動 の内在的 メカニ ズム と外部形式」 と第八章の 「錯綜混乱の文壇 の栄枯盛衰」

では,作家 ・作 品が歴史の縦 の 「原生態式」運動 に於け る当世 での広 が りと後世‑ の伝達,文学史運動 に於 け る 偶 然的要素 の役割,解読 されてい く過程 に於 け る変異, 文壇 の栄枯盛衰 の内在的 メカニ ズム等, これ までの研究 が見過 ごした り配慮 しなか った りした問題 につ いて も, 膨大 な史料 に基づ いて論理 的に分析 し,独創的 な見解 を 示 した。

この ような論理構造 に対 して,学界は大 いに評価 した。

「‑‑適 当な論理構造 で歴史の弁証法的運動 を反映す る とい う問題 は, これ まであ ま り重視 され なか った。 この ようなチャ レンジをな した古代文学史の著作 は未だかつ てなか った。論理構造の問題 を中国文学史の著作法 に取 り入れたの は王鐘 陵の独創 だ と,客観 的に認め なければ な らない⑮。

「史の研 究は即 ち理論 の創造」 とい う原則 と並 んで, 王氏理論 の もう一つの柱 は整合性 の原則 である。

両者 は相 関連す る ものであ る。 なぜ な ら,理論 の 創造 は必然的 に史料 に対 す る全 面 的 な把握 を求 め

横か ら見れば, 人類生活の各方面 は もともと一つ の大 きな有機 的 なシステムに属 し,文学 は最初か ら 全体 の文化活動 の重要 な一部分 であ る。縦か ら見れ ば,文学の発展は また内在的なロジックを持つ有機 的 な過程 であ る。注意すべ きなのはいか なる歴史段 階 で も,現実 の発展過程 に於 て随意性 と偶然性が存 在 し,歴史の必然性が正 に様 々な随意性 と偶然性 の 要 因 を通 じて 自らの発展 の道 を開拓 しているのであ る。しか し,随意性 と偶然性 の要素 の積 み重ねは往 々 に して歴史の具体 的 な行 方 に強烈 を影響 を与 えるこ とが ある。理論的に言 えば,歴 史の どの段階 で も異 なる展開 となる可能性が幾つ も存在す る。 しか し,

「もしも」のない社会生活の どの部分 も互 いに因果 関係 を以て進化 してい る。一旦歴史が過去の時空に 形成, また消滅 してい くと, 固定 して逆転不可能 な 存在 となって しまうのである。

上述の如 く,横 と縦の展開の両方が原因で,文学 の道程 を把握す る時,整合性 を強調 しなければ なら ないのである。

陶爾夫氏は整合性 の原則に関 して次の ように簡潔 に ま とめ た。

いわゆ る整合性 とは過 激,無知,一面的にならな い こ とである。全体性 に富む研究 とは,即 ちまず研 究対象 をば らば らに してか ら考察 し, それか らまた 各部分 をま とめて一つの整合体 にす る とい うような や り方 ではな く,初 めか ら全体 に着 目し,高所 に立 って統一 的な企画 を立て るこ とであ る。整合性の性 質や役割 は,各部分 が互 いに関連 し,互 いに作用 し 合 う運動 の中に存在す るため,単独 の各部分 にはな い効能 を備 えてい る。文学史の発展 は有機的かつ整 った過程 であ り,個 々の時代 と個 々の作家の組み合 わせ ではない。 それ故,整合性 の原則 は,史料 を総 合 的 に把握 した うえで,文学史が他 の 多 くの社会的 文化 的要素 との共生関係, 因果関係,相互の影響 ・ 融合等の関係 に対 して明 白で突 っ込 んだ認識 を持つ こ とを,研 究者 に求め る㊨。

これ までの研 究は,単純 に精髄 と淳 に分 けて, 当時の 歴 史現実か ら遊離 して しまうこ とが 多い。結果 として,

文学史著作 は著者 の人生観 ・世 界観 の拡大 に過 ぎず, 当然 なが ら優 れ た ものの陳列 となって しま う。 これは中 国古代 の詩 と教育 を同次元 で とらえる伝統 と一脈通 じる ものであ り,実 は ̀絶対理 念'で文化研究 を先験化,道徳 化す る歴 史の負の遺産 である」⑳。

王氏は 自ら提 出 した整合性 の原則に基づ いて明 らかに 弱点や不足のあ る文学現象に対 して も改めて考察 し,上 述 したよ うな欠陥 を避 け るこ とがで きたo

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(8)

例 えば, 東晋 の玄言詩 に関 して, かつ て劉思凱 鐘 山栄の 時代 か らず っ と 「理 を もって詩 に代 え」 て, 大 きな失敗 だ と批判 し, 玄言詩 が流行 していた百年近 くの文学 史的 意義 を抹殺 して きた。 しか し, 王氏 は 『詩歌 史』 の下巻 で全一 編 を費 して,東晋 玄言詩 の盛衰 の根 源,風格 情緒, 及 び 山水景 物 の描写 に表 われ る特殊 な文化思想 な どにつ いて詳細 な論述 を行 な った。詩 の趣 の開拓,感傷 的情調 の弱体化,後 の 山水文学‑ の大 きな影響 等々, 玄言詩 の 効能 を評価 した。詩 に理 念 を導入す るこ とに よって,文 学 の風潮 に大 きな転換 を もた らした と, 玄言詩 を位 置づ け た⑲。「もし歴 史の関連 を全体 的 に見 なければ,玄言詩 の価値 は恐 ら くその限 られ た芸術性 に よって永遠 に埋 没 され, 人々に理解 され ないだ ろ う⑲。

玄言詩 の他, 歴代 の評論家 に 「恥 の淵」 として排 斥 さ れて きた梁 陳時代 の宮体 詩 に関 して,近年 来 その価値 の 再 認識 を呼 び掛 け る人 もい るが, 道徳 の枠組 み を越 えて いない。 しか し, 王氏 は 『詩歌 史』 で二章 を費 して宮体 詩 を分析 した上,芸術 ‑ の頼廃 的 な探求 の 中に歪め られ た前進 の歩みが あ り,宋斉 の永明体 に次 いで詩歌 の新 た な大 きな変革 だ とい う結論 を出 し,詩歌 が唐 の初期‑ と 展 開す る上 で欠 くこ とので きない重要 な一環 であ る とし

て位 置づ け たのであ る

整合性 の原則 に基づ いて,各時代 の有名 な作者 のみ な らず, これ まで人々に注 目されず,殆 ど忘 れ られ た作者 を も視 野 に入れ,彼 らの文学 史に於 け る地位 及 び功績 を 人々 に示 して くれ た。 それか ら 『方法論』 の第九章 「 学 史運動 の仲 介 と動 力構造」 で, これ までず っ と重視 さ れ なか った全 集 が詩歌 の発展 に果 た した役割 を大 いに評 価 した。 また詩話 ・詞話 ・小 説の編集 Ir評 点」か ら影響 を受 け た一 時代 の風潮, それ に よって次第 に確 立 して き た美学 的伝統, 及 び文学 の流派 と文学 史的概 念 の形成, 文学 の解読様 式の確 立 な どの問題 につ いて も, それ ぞれ 莫大 を史料 を引用 しなが ら全 面的 な論述 を行 な った。 こ れ までの作家 ・作 品のみ を注 目しが ちの研 究 と異 な り, 創作 ・評論 ・編集 (古代 書籍 の発掘 を も含め) とい う互 いに平行 ,浸透 しあ う三つ の分 野 を同時 に把握 してい る。

これ に よって文学 史研 究 を大 幅 に広 げ るこ とが で きた。

詩歌 史』 のサ ブ タイ トル 「四百年民族心理 の展示」

とその次 の大作 『文化 一心理研 究』 とい うタイ トルか ら も分 か るよ うに, 王氏 は民族 の文化 ・心理構造 に対す る 探求 を文学 史研 究 の 中心 的 な課題 として い る。

論理構造 の確 立が概 念 ・範噂 ・命題 の提 出や解釈 と切 り離 し得 ないのは明 らか であ る。 しか し概 念 ・ 範噂 ・命題 の提 出や解釈 もまた民族 の文化 ・心理構

造 に対す る理解 と関連 が あ る問題 であ る。文 学 の進 展 はいつ も民族心理 ・思惟 の発展過程 と一致す る も のであ る。 ‑‑・それ故, 民族心理 ・思惟 の角 度か ら 文学 の進展 を把握 しなければ, その最 も深 い鑑蓄 を 知 るこ とが で きないのであ る。

史の研 究 は即 ち理論 の創造」及 び整合 性 の原則 を土 台に して, これ までの文学 史著作 と性質 を全 く異 にす る 文化 ・心理構造 の批評様 式が, 王 氏に よって初 め て確 立

され た。

民族 の心理 ・美意識の メカニ ズムの解 明 とい う命題 は, 文学作 品及 び文学史 の変遷 の根源 を捉 えただけでな く, その研 究 を深化 したo即 ち高 い次元 で文学 と哲学 ・歴史 学 ・美学 ・社会学 ・論理 学 ・心理学 ・民族学 な ど他 の分 野 との関連 を幅広 く開拓 したの であ る。

文化一心理研 究』 の研 究方法 は存在 主義 ・構造主義 な ど他 の流派 との相違 につ いて それ ぞれ説明が あ る。 ま た,文化 人類学派 ・精神分析学 派 との違 いは次 の よ うに 紹介 され た。

王鐘 陵教授 自身の説明に よれば,文化 人類学派が 注 目す るのは,道具 の運用,生産 の状況,行 為 の方 式,風俗 習慣 等 を稔合 した文化 の発展 であ るが, 彼 が関心 を持つ の は文化 の発展 と関連 す る人類深層 の 精神構造 の形成 と変化 であ る。精神分析学派が注 目 す るのは潜在 意識 の究 明 と夢 の解析 であ るが,彼が 関心 を持 つ のは時空概 念, 生死観,宗教観, 悲劇感 の よ うな深層心理 及 び それ らの相 互関連 であ る。 そ れか ら,精神分 析学派が注意 を払 うのはいわゆ る人 類意識 であ る。例 えば「マザー コンプ レ クス「フ ァ ザ‑ コンプ レ クス」 の よ うな意識 は国のみ でな く時 代 を も超 える ものであ るが,彼 の研 究 は横 と縦 の歴 史の展 開の統一 に対 して よ り興 味 を持 つ。 時空観 念 も人類共有 の ものであ るが,特 に力 を入れ るのはそ の普遍性 と特殊性 との結合 で, 更 に この角度か ら特 定 の民族性 を認識す るこ とであ る㊨。

王 氏が提 唱 した この哲 学 の色合 い を帯 び る研 究 目標 は,研 究 の 中心が作 家 ・作 品か ら民族文化 ・心理 の深層

‑ と進展す るこ とを意味す る。即 ち「文学 史は古典 ̀文苑 伝 'の現代版 でな くな り,幾 人かの作 家 の生涯 の記録 でな くな る。 それ は一種 の文化,一種 の文 明の展 開軌道 に沿 って歴 史の羅苔 を探 り, その発展変化 を規定す る歴 史の 様 々 な内在 的動 力 を発見す る ものであ る。 これ はほん と うの意味 での整合性 と言 え よ う。 ‑‑長 い時間帯へ の探 険は もともと古代文 学研 究が先天的 に現代文学 ・当代文 学 よ り勝 れ た ところであ るが,残念 なが ら我 々は長 い間 それ に気 がつ か なか った」⑬。 民族文化 ・心理構造 に対す る解 明 と開拓 は今 後 の研 究方 向の主流 とな るだ ろ う。

副題 通 りに 『詩歌 史』 も, 民族 の心理 ・美意識 の メカ

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