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算数・数学教育における活用能力・態度の育成について 平岡

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算数・数学教育における活用能力・態度の育成について

平岡 忠* 佐藤 瑛一*

は じ め に

 算数・数学教育において,児童や生徒に算数や数学は大事なもの(教科)であるから一生懸命勉強するよ うにと強調しながら指導しても,児童・生徒にはその算数や数学が重要なものであるということがなかなか 伝わらない。極端なことをいえば,なぜこんなもの(算数や数学)を学習しなければならないのかと思って いる児童や生徒もいる。そのような者の中には,算数や数学はテストや入試のために勉強しなければならな いなどと思っている者もいるほどである。したがって,そんな児童や生徒は,算数や数学に興味を感じない し算数・数学の学習も面白くない。他方,指導する教師側も,児童・生徒に算数・数学の知識や技能を指導

することには熱心であるが一このこと自体は大切であることはいうまでもない:一一・一一・それと同時に,算数や

数学をなぜ勉強するのかという面にもっと目を向けさせていくように指導していく必要があると反省させら

れる。

 こういつた面からの強調の一つとして,算数や数学で学習したことをいろいろな場面で活かして用いてい くようにさせることが大事になろう6このことは,児童・生徒に算数や数学の重要性を認識させるうえから というばかりでなく,算数や数学に関心をもたせ算数・数学め学習に意欲をもたせるという意味からも大事

なことである。

 そこで,本論では,児童・生徒に算数・数学を活用する能力や態度を育てるには,どんなことに配慮して どのように指導を進めればよいかということについて考察してみることにする。

警.算数・数学教育の霞標

 (1)算数・数学教育の目標

 算数・数学を活用する能力や態度の育成は算数・数学教育の目標ともかがわることなので,まず,算数・

数学教育の目標から述べてみたい。

 算数・数学教育の目標は,大きく教育の目的にかかわりがあり,また小学校教育の目標や中学校教育の目 標ともかかわっている。そして,これらの目的や目標には,時代を超えて変わらないものもあれは』時代の 変化に対応して強調の程度などで変わるものもある。いわゆる教育においての不易と流行というものである。

そして,算数・数学教育ということであれば,さらに,これらの算数・数学の背景になっている学問として の数学の性格や特質というものからも影響を受ける。

 算数・数学教育は,数量や図形についての学習を通して,児童・生徒の人間形成を目指しているわけであ るが その算数・数学教育の目標は次のように考えることができよう。

  e

*茨城大学教育学部

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茨城大学教育学部教育研究所紀要第23号(199エ)

   ①実用的な目標(Practical aims)

   ② 社会的な目標(Social aims)

   ③陶冶的な目標(Disciplinary aims)

   ④ 教養的な目標(C ultu ral aims)

 ここでは,このように分けて考えた粧これらの①,②,③,④は互いに密接に関連し合っている。特に,

①と②は関連が深く,①を広義に解すれば,②は①に含めて考えることもできる。

 さて,①であるが,算数・数学教育ではe人間が社会生活をしていくのに必要な数量や図形にかかわる基 礎的な知識や技能を身に付けさせるということを大切な役割としている。このことは,古くから算数が読み・

書き・算という3Rsの一つに数えられているということからもうなづけよう。実際,算数・数学の学習で

習得した数・計算・式や測定,図形などの知識や技能力㍉ 日常の買物の計算や土地の面積の求積などに役立

っていることは明らかであろう。こうした実用に加えて,これからの日常生活に電卓やコンピュータなどが ますます使用されるようになるほど,算数・数学の実用的な有用性は大きくなっていくと予想される。

 次の②についてであるが,算数・数学教育では,人問が社会生活をしていくのに必要な基礎的な知識や技 能を習得させるという意味からいえば,この②は前述の①に含めて考えることもできないわけではない。し かし,科学技術の発展とともに情報化・国際化などが進んでいくこれからの時代には,ますます思考力・判 断力・表現力などが要求されるようになるが,それらの中でも表現力と密接にかかわるコミュニケーション をスムーースに行うことがN層重要視されていく。算数・数学による表現は,数値や式や表や図eグラフなど を有効に用いて簡潔・明瞭・正確・的確・合理的・能率的に表すというよさをもっているので,このよさを これから大いに生かして活用していくことが重要になる。もちろん,こうした表現をするには,必要な場合

には,電卓やコンピュ・・一タなどを有効に用いることはいうまでもない。

 また,③については,教育はその語源から学習者の可能性を引き出していくことなので,算数・数学教育 でも人間が本来的に必要となる諸能力を引き出し,さらにはそれを伸長していく役目の一翼を担っていかな ければならない。つまり,算数・数学教育には,自然界や社会や身の周りにおける事象を数理的にとらえた ・

り,それらについて適切に推論や判断を下したりして考察処理する思考力・判断力・表現力などの能力や態 度を育成していくことになる。しかも,算数・数学はこうした能力や態度を育成するのに適した教科なので,

適切な問題解決場面などを通して,その育成に努めていくことが重要である。

 さらに,④については,算数・数学を通して,算数・数学は人類の築き上げてきた優れた文化遺産である ということや,この算数・数学がこれまでの人類の学問や文化の発展に大きな貢献をしてきているというこ とを認識させることが大事である。したがって,算数・数学には,いま述べたように種々の面に役立ち責献 している多くのよさをもっていると同時に,算数・数学自身が内部に秘めて内蔵しているよさや美しさとい うものを感得し鑑賞させるということも,人格や教養の形成に重要なことである。一例を挙げれば,人類の 長い歴史を経て考案された数の表記としての十進位取り記数法やそれに基づいた種々の計算法などが,これ までの文化の進展にどれほど貢献してきたか測り知れないものがあろう。

 (2)算数科・数学科の目標

 21世紀に生きる児童・生徒の育成を志向した教育課程の基準の改善を行うための教育課程審議会は,「21 世紀を目指し社会の変化に自ら対応できる心豊かな人間の育成を図ること」心を基本的なねらいとして答申 を行った。この答申の申の算数・数:学の改善の基本方針の中で,「基本的な概念及び原理・法則の理解と基礎 的な技能の習熟を図るとともに,その過程を通して,それを十分に活用できるようにし,事象の考察に有用

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であることが分かるようにする。」と述べていることからもわかるように,従前に増して,算数・数学教育で は,習得したことを活用できるようにすることを強調している。したがって,この基本方針を受けて,小学 校,中学校,高等学校などの学校段階においても,算数科や数学科の目標に活用を正面から謳って強調して

いる。因みに,各学校段階の目標を示してみると次のようである:

 ノ」\学校算数科の目標2):

  「数量や図形についての基礎的な知識と技能を身に付け,日常の事象について見通しをもち筋道を立て   て考える能力を育てるとともに,数理的な処理のよさが分かり,進んで生活に生かそうとする態度を育

  てる。」

 中学校数学科の目標3):

  「数量,図形などに関する基礎的な概念や原理・法則の理解を深め,数学的な表現や処理の仕方を習得   し,事象を数理的に考察する能力を高めるとともに数学的な見方や考え方のよさを知り,それらを進ん

  で活用する態度を育てる。」

 高等学校数学科の目標4):

  「数学における基本的な概念や原理・法則の理解を深め,事象を数学的に考察し処理する能力を高める   とともに数学的な見方や考え方のよさを認識し,それらを積極的に活用する態度を育てる。」

 このように,小学校,中学杭高等学検の算数・数学教育において,いずれも,基本的な概念や原理・法 則とか基礎的な技能などの活用を重視し強調しているという背景には,これまでの算数・数学教育力㍉児童・

生徒に,基本的な知識や基礎的な技能を習得させ身に付けることに汲々としていたとみられる面があり,そ のことが児童・生徒の算数や数学の学習を面白くない味気ないものにしていたという反省があるといえる。

実際,算数・数学の学習では,基礎的・基本的な知識や技能を習得することだけに意味があるのではなく,

それらの習得したことを必要な場面で適切に活用することによって価値が卜い出されることになるのである。

2。算数・数学教育における活用と活用を強調する憲義

 {1)算数・数学教育における活用

 算数・数学教育において活用というとき,そこで活用されるものは,算数・数学の矢[識・技能などの内容 であったり,見方・考え方や方法であったり色々ある。そして,それらが具体的にどんな場面でどのように 用いられるかにより,また,同じものでもそれを用いるレベルなどによっても差違が生じよう。つまり,算 数・数学の内容や方法等が社会や文化の発展に応用されて役立ったり,身の周りの生活に用いられて実用と して役立っという場合がある。特にこれからは情報化などの進歩がますます激しくなっていくので,算数・

数学教育を通して育成される論理的な思考力や表現力などカ㍉情報の理解,選択,処理,創造とかコンピュー ータの活用とか情報の大きな誤りの予防などに役立っという場面がP従前より多くなっていく。しかし,こ こでは,1、・算数・数学教育における活用ということなので,算数・数学で学習したことを身の周りの生活に生 かして用いていく活用ということを主にして述べることにする。

 児童・生徒が既習事項を生活に活用するという場合の生活という意味も狭く解釈しないようにしたい。児 童・生寝ことっては,算数・数学の学習で得たこと畑谷の周りの日常生活の買い物の代金の計算や歩いた距 離や速さや混合物の割合の計算などに用いるといったこともあろうがseこれまで学習してきたことを次の新 しい事柄についての学習に有効に用いるという場面も多いであろう。既習事項の活用というときには,この

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後者の方が多いといえよう。つまり,児童・生徒にとっての活用というときには,身の周りの日常生活とい うことだけでなく,彼らの学校を中心にした学習生活ということが大きなウェイトを占めるといえる。この 意味で,既習事項を生活に生かして用いるという場合,それらの内容や見方・考え方や方法などを,それ以 後の学習生活に有効に活用していくということが大事になる。このことは,まさに既習事項の重要なことを 基礎・基本として活用するということに他ならない。そしてこのとき,算数や数学で学習した既習事項を,

その後の算数・数学の学習に効果的に用いていくという場合が多いが,算数・数学は系統的・組織的な性格 が強いので,このことは特に重要である。しかしこの活用は,同じ教科としての算数や数学に対してばか りでなく,他の教科の学習一例えば理科の時間や重さや速さの学習,社会科や家庭科の表やグラフの学習,

技術科の投影の学習などをはじめ沢山ある一にも大いに活かして用いていくようにしたい。

 このような算数・数学の既習の知識・技能や見方・考え方や方法などを,その後の学習に積極的に活用し てその学習を能率的に進めていくような能力と態度をもった児童・生徒の育成に一層努力していかなければ ならない。実際,現実には,そのような既習の内容を活用できる能力や態度をもった児童・生徒は残念なが

ら少ないといわざるを得ない。

 このことに関連して,例えば』次の文部省達成度調査の例をみてみよう。

小学校第5学年

右の図のような四角形の土地があります。あと1か所の長さ をはかれば,この土地の面積が求められます。どこの長さをは かればよいですか。図の中に,はかる長さを示す線をかき入れ その線に○のしるしをつけなさい。(○のしるしは十

のようにつけなさい。)

 ,ら騨働、、

 tt

i

ざ偲

 Nss:

   、軌

         di

    恥働副肝岬ゆ仰σ

 この問題5)について,児童はこれまでこのようなやや一般的な形での四角形の面積の求め方は直接的には 学習していない。この問題に対して,この一般的な形の四角形の面積を対角線によって分けた2つの三角形 の面積を加えたものとして求めると考えるのが普通である。そこで,そのように,既習事項を活用して当面 する問題の解決ができることを期待しているわげである。しかし,この問題についての通過率は20%程度

(下図の④エ4.3%,②5.4%)と極めて低い。その原因の1つとして,上方の頂点から左下の頂点への対角 線によって分けられる右側の三角形の面積を求めるのに必要な下方の底辺に対する高さが想定できなかった 者が多いということが挙げられる。このように,三角形の面積の公式は知っていても,それを必要な場で活 用できなかったり,その面積を求めるのに必要な要素を幽い出せなかったりしたことが,通過率が低くなっ た理由である。与えられ

たデータからどの部分の 面積を求めるにはあとど んなデータが必要である かということを判断して

いくことが必要になる。

6 5

叉総

6

5

  鶴      8 上図のように垂線をおろしているもの

③左記のように引

 いていると思われ

 るが,直角を表す

 記号が付されてい

 ないもの。

(5)

中学校第1学年

ある学級の男生徒は27温品徒は全体の音より3人多い・この学級の全体の生騰を求めftkNo

 これについて,次の(1),②の問いに答えなさい。

(1)全体の生徒数をx人として,方程式をつくり口の中に書きなさい。

      (i) [====]

② この学級の全体の生徒数を求めて,亡}の中に書きなさい。

(2) [=====

 この問題6)は,問題文を読んで1元1次方程式を立てる力とその問題を解く力をみようとしている。これ

に対して,(1)の通過率は37.9%で,(2}の通過率は32.1%と低調である。(1)では「全体の生徒数をx人として1 と指示してあっても立式に抵撚あるようであり,「姓徒は全励÷より3移し・」ということを式で表

すことが難しいようである。そして,②の通過率掴1}の通過率より低いのは,計算の過程で問違っているわ けである。このように,方程式を立式してそれから解く問題では,問題の題意をよく把握し,数量関係を調 べて互いに等しい関係にある数量を見い出して,文字を使って方程式を作り,それを解く。このとき,文字 の使い方や,等式のきまりに基づいた式の計算の仕方などを既習の基礎・基本として十分に生かして用いる ことができるようになっている必要がある。こうした場面で特に重要なのは,演算の決定とか立式のような 判断力である。これからコンピュータを使用する場面が多くなるほど,人間が本来やらなければならない判 断したり計画を立てたりする能力や態度の育成にいっそう力を入れて進めなければいけない。

 (2}算:数・数学教育において活用を強調する意義

 算数・数学教育において,既習の知識・技能や見方・考え方や方法などの活用を強調するのには,いくつ かの意義が考えられるが,ここでは,そのような意義として次を挙げてみたい。もちろん,それらは相互に

密接に関連している。

 ① 学習意欲を喚起するのに役立つ

 算数・数学で学習した既習の内容や方法などが,身の周りのことの処理や社会の進展に役に立つ(あるい は役に立っている)大切なものであるということに気付かせることは,児童・生徒にそんないろいろな所で 役に立つ大事なものなら一生懸命勉強しなければならないという気を起こさせ,算数・数学への学習意欲を

高めるのに助けとなる。

 この意味からは,既習の内容や方法が,それ以後の新たな事柄の学習に基礎や基本となる大切なものであ るという意識を一層強調しながら指導を進めることは極めて意義深いことである。実際,既習事項を活用す ることによって,その後の学習が少しでも円滑に行うことができ,算数・数学に関心をもって学習するよう になることを期待したい。

 ② 学習内容のよりよい理解に役に立つ

 学習は既習の事柄を生かして,新しい事柄を獲得していく経験である。そして,それは,継続的かっ発展 的であることが望まれる。

 学習卿には概念・原理・法則などを理解するという場面が数多くあり,この広義の理解という段階もそ れをさらに細かく考えればいくつかに分けて考えることができよう。それは,まず,闘いたり見たりして単

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にその事柄を知ったという段階から,次に,その事柄を他との関連でとらえたりその事柄を全体の中に適当 に位置づけてとらえるような段階があろう。普逸ある事柄を理解するというのはこの段階をいうことが多 い。さらによくわかるというのは,その事柄のよさがわかり,それを必要な場面で上手に活用することがで きる段階である。このように活用できるところまでいけば,これは,その事柄について本当によくわかった といえる段階になる。このような意味から,既習事項の活用を強調することにより,学習したことがよく分 かって身に付くようにしたいと願っているわけである。

 ③ 算数・数学の重要性を認識させよさを感得させるのに役立つ

 算数・数学の内容や方法などが身の周りことの処理や社会・文化の発展に多くの局面で活用されていると いうことを気付かせることは,児童・生徒に算数・数学の重要性を認識させる有力な手段である。また,算 数・数学は数多くのよさをもっているが,実用や応用というのはこのよさを適切に用いていることであるか

ら,実用や応用という有用性もよさの一つの姿と考えることができる。このように,算数や数学が多くの場 面で活用されているということを気付かせ,算数・数学の重要性やよさを感得させることは,算数・数学教 育からみて児童・生徒の人間形成という意味でも大切なことである。

 実際,児童や生徒は,算数や数学が身の周りの極めて近いところでたくさんのことに役に立っているにも 拘わらず,それが算数や数学のせいであるということに気付いていないこともたくさんある。

 ④ 主体性や創造性の育成に役立つ

 教育は児童・生徒の主体性や創造性を育成することに大きな役割を荷っている。したがって,児童・生徒 が学習した知識や技能などをただ暗記して憶えているだけでは十分でない。学習したことをただ辞書のよう によく知っていても,それが必要な場面で使えないのでは宝の持ちぐされに等しく,これからの変化の激し い時代に生きていくのに必要とされる能動的・積極的な主体的・創造的な人間とはいえない。児童・生徒も,

既習事項を単に利用するというだけでなく,それらの既習事項を絶えず活用しようとしたり,また活用する にしてもできるだけ上手に用いようとしたり,さらには,そうした既習事項を活用してよりょく理解するぽ かりでなくそれらを活用することによって新たな性質や処理の仕方などを見い出したり案出したりするとい うように,主体的・創造的な学習活動をすることが望ましい。このような意味から,既習事項の活用を強調 して指導することは,児童・生徒の主体性や創造性の育成に大きな刺激や助けとなる。

3.算数・数学教育における活用能力・態度の育成

 算数・数学において,児童・生徒が既習の知識・技能や見方・考え方や方法などを学習生活や身の周りの 生活に生かして用いる能力や態度を育てるには,これらのことに関連している基礎的・基本的な事柄を身に 付けていることが必要なことはいうまでもないカ㍉さらに,それらを積極的に用いていこうとする意欲・主 体性や態度といったものもなければならない。したがって,日常の算数e数学の指導を通して,絶えず,こ の活用ということに目を向けさせていくようしつしとして強調していくことが大事になる。つまり,ある時 だけ活用の重要性を力説しても,平生の授業ではそのようなことに意識や関心を向けさせていないようでは,

なかなか身に付くものではない。

 そこで,以下で,算数・数学教育において,既習事項を活用する能力や態度を育てる指導はどのようにし たらよいだろうかということについて,二,三の視点を挙げて考察してみたい。

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 ① 問題解決に既習事項を活用して手際よく進めるようにする

 既習事項や既習の経験を駆使して,・新しい事柄の獲得に挑戦していく真の意味での学習過程は,その大部 分が問題解決の形式をとっているといっても過言ではない。児童・生徒が課題を真に自ら解決しなければな らない問題として受け止め,その解決に向かって対処していく精神機能が思考ということである。つまり,

真の意味での問題解決は思考ということと同様に解される。デュ・一イ(」。Dewey)は望ましい思考の仕方を 反省的思考(reflective thinking)7)という語を用いて表している。この問題解決ということについてのプ ロセスは大まかに分けるか細かく分けるかによって異なるが,ポリア(Ge P 01ya)は,問題を理解すること,

計画を立てること,計画を実行すること,振り返ってみること,という4つの段階に分けている8)問題解決 としてはこれらのどの段階も重要であるが,宿題を把握し理解した後の解決の計画を工夫して進める第2の 段階が人間の働きとして特に大事であるといえる。この段階では,当面している問題と似た問題を以前に解 いたことはないか,この問題の解決に使える既習の事柄としてどんな事柄があるか想起してみるとか,問題 中の場面や数値を簡単化して特殊化してみるととか,問題の関係を図解や表に表して考えるなどのタクティ

ックスもいろいろあろう。しかし,指導に際して,現在取り組んでいる問題解決的学習をより能

率的に進めるために,既習の関連する事柄を絶えず振り返えらせるようにして活用を図らせることは大切な

ことである。

 ② 算数・数学の有用性としてのよさを強調する

 算数・数学は,その内容や処理の仕方などに関連して,簡潔・明瞭・的確・正確・合理的・能率的・系統 的などといったことからくる多くのよさをもっている。これらのよさを生かして当面している対象について の考察や処理が目的に照らして好都合に進められるように算数・・数学を活用していく有用牲は,それ自身が またよさの1つの姿になっているといえる。算数や数学がいろいろな場面で活用されていても,それが算数 や数学が活用されているお陰だという意識がない場合が多い。それは,例えば,私達は空気がないと生きて いけないのに,空気は大切な有難いものだなどといちいち感じないのと同様であろう。そのような意昧から 児童・生徒に算数・数学の学習への意欲や関心をもたせるためにも,その有用性をもっと強調するように指 導していきたい。かつて,著名な文豪が,(旧制の)中学校で因数分解などの難い・数学を沢山習ったが,卒 業して社会に出たら何も役に立たなかった。役に立つたのはただ1つ,道を行くのに角を曲って行くより斜 めに行った方が近い(三角形の2辺の和は他の1辺りよ大である)ということだけだったと皮肉っておられ

るQ

 ③ 絶えずよりよい考察や処理を志向していくようにする

 物事の考察や処理は結果が出ればよいというものではない。つまり,考察や処理をするのにも,もっとう まぐ進められる方法はないか,また,結果を得てからももっと手際のよいやり方はなかったかと,絶えず,

よりよいものを求めていく姿勢が大切である。前の②で述べた算数・数学のよさが発現できるように既習事 項を有効に用いることによって,整った美しいものを得るようにしたい。このようにして得られた美しいも のはまたそれ以外のものに活用されたりそれ以上のものに発展させられたりする。まさに,ポァンカレ(H。

Poincar・e)がいっているように「優美の感を起こさしめるものこそ産出力を大ならしめるものである」9)わ

けである。

 ④結果はかりでなく,プロセスにも目を向けさせる

 算数・数学の抽象性・形式性・論理性といった性格から導かれてくる②で例示したような種々の特性は,

それらが好意的に解釈されると多くのよさとして目に止まることになる。このとき,算数・数学の有用性な どのよさは,洗練されでき上ってしまったものはあたりまえのように思われ,その重要性や有難味はなかな

(8)

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か感じられない。そのため,有用性などのよさに気付かせ感得させるには,それらが未発達で素朴だった段 階から次第に洗練され発展させられていく途中のプロセスにも目を向けさせることが大事である。例えば,

前述の十進位取り記数法も,人類の発展の歴史からみれは,古くはあるしるしを繰返して用いていたり適当 な記号を用いたりしていたなどの不便を克服して現在の記数法が考案されることになったので,この優れた 記数法も発展の途中の不便だった記数法と対比してみることによって,その真の優秀性とか卓越性というも のが気付きやすく浮き彫りにされることになる。羽仁進氏も「産業革命以来,科学の成果力㍉そのままで実 用になる,という信念があまりに強くなりすぎた。その結果,科学が成果を得るための過程で展開する仮説

とその検証の面白さが忘れられた。」といっている。10)

 ⑤ 既習事項を活用することを習憤化するように努めさせる

 いかに立派な大事なものも,それを活用するか否かは人によるので,うまく使いこなせる者にとっては有 力な武器になるが,使えない者にとっては死蔵に等しい。このように,あることを自分の目的達成に向けて 上手に使うか使わないかはまさに人によるといえる。高木貞治氏も「用は,物にあるのでなくて人にあるの だということをいつも僕は考えている。ある物を適当に,或は自分の目的にうまく役立つように使いこなす ことが出来れば,それが即ち用です。自分で使えないものは,自分にとっては無用です。」といっておられるぎ)

折角,学習によって習得した知識や技能などを,以後の学習にできるだけ活用するようにして,学習を少し でも効果的にするようにしたい。そして,そのように活用する態度や姿勢を習慣化していきたい。

お わ り に

 以上,算数・数学教育において既習事項を活用する能力や態度の育成ということについて述べたが,この 既習を活用し算数・数学の有用性を認識させるということは,結局,児童・生徒に算数や数学がいろいろな ところで用いられている大切なものであることを認識させると同時に,毎日の学習に算数・数学の既習の内 容や方法を積極的に活用して学習をより効果的に進めるようにし,算数・数学の学習にいっそう意欲をもた せるとともにこれからの変化の激しい社会に主体的に対応していける児童・生徒を育成していきたいという

願いからである。

参 考 文 献

1)教育課程審議会r幼稚園・小学校・中学校及び高等学校の教育課程の基準の改善について(答申)戯文部省(1987)

 Pe 2

2)文部省『小学校学習指導要領灘 文部省(1989)p.38 3)文部省r中学校学習指導要領』 文部省(1989)p.37 4)文部省r高等学校学習指導要領』 文部省(1989)p.52

5)文部省ll教育課程実施状況に関する総合的調査研究調査報告書一小学校一算数誤 文部省(1984)p.93 6)文部省r教育課程実施状況に関する総合的調査研究調査報告書一中学校一数学』 文部省(1985)Pe 86 7)J。デュ 一イ植田  清訳r思考の方法還春秋社(1950)p.3

8)G。ポリア 柿内 賢信訳rいかにして問題をとくか』丸善株式会社(1955)袋紙裏 9)H.ボアンカレ 吉田 洋一訳il科学と方法過岩波書店(1957)Pe 32

10)羽仁  進「学問の使い方」r学遊』(1990)9月号 p.28

11)高木 貞治「数学の実用性」r数学の自由性』考え方研究社(1949)PP.106〜107

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