5 月 3 日 の 藻 器 堀 川 周 辺 の 水 害 に つ い て
藻器堀川は熊本市東部の小山山、神園山に 流れを発し、約7Km流れて上江津湖に達して いる。流域面積は狭く分水嶺は常に藻器堀川 からIKm以内にあり、託麻台地の上のゆるや かな細長い窪地のなかを白川と平行に流れて いる。(位置については田村のⅡ図参照)藻 器堀川の上流の長嶺町を通る熊本空港道路の 両側には水田用の溜池があり水量調節に役立 っ て い る も の と 思 え る 。 そ の 下 流 に は 八 反 田 までの1.5Kmの間には十年ほど前まで水田が 続 い て い た が 、 ブ ル ー ス カ イ 長 嶺 団 地 、 R K K住宅団地、県営八反田団地が80年代に入っ てから、川沿いにあった水田跡地に次々と作 られた。藻器堀川に沿って遊水池が残されて はいるがあまりにも小さい。託麻西小学校の 南 に あ っ た 溜 池 は 埋 め ら れ て 運 動 公 園 に な っ ている。川筋だけでなく、藻器堀川の流域内 には熊本インターチェンジ、東バイパス、旧 空港道路があり、都市化は最近の五年間に急 速に進んでいる。竹林、水田、畑、樫山等の
、保水力のある土地が次々と住宅や商店、駐車 場、公園に替えられ、雨水の排水を増加させ 氾濫の原因となっている。熊本市では1972 年から洪水時に働く白川への保田窪放水路の 計画があり、工事は1981年から始まり1990 年 に 完 成 さ れ る 予 定 で あ る 。 こ れ が 完 成 す れ ば下流の水害はかなり軽減されるものと予想 され、完成が待たれる。藻器堀川は保田窪本 町 で 東 バ イ パ ス を く ぐ っ た 後 水 前 寺 三 丁 目 の 渡瀬にかけては護岸工事、河川改修が進んで おらず、川幅が狭く、よく蛇行している。渡 瀬から水前寺駅南方まで直線的に流れた後90 度南へ向きをかえた後も水前寺公園ちかくま で直線的である。これは昭和初期の河川改修 によるそうである。しかしこの改修の時、水
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大 津 高 校 岩 尾 佳 郎
前寺鳥居前は改修に取り残されたようで、問 題点を残している。(旧)市立水前寺体育館 から下流は川幅を広げる河川改修が進められ ているが右岸が未完成である。
5月3日の昼ごろから降り始めた雨は夕方 には豪雨になり、水害は午後6時頃から道路 側溝から水が噴き出すことで始まり、藻器堀 川の氾濫により9時に水位が最高に達し10時 には減水に移っている。川沿いの様子をいく つか報告したい。
八王寺通りと藻器堀川が交差する県立図書 館前では、1953(昭28)年の6.26熊本水 害よりも時間は短かったが水位は高く、床上 浸水や自動車が水につかる被害が出ている。
八王寺通りと出水小学校通りが交わる出水三 丁目は東西方向に細長いわずかな窪地になっ ており水深lmにも達し床上浸水の被害を出
している。
電車通りは味噌天神ガード下、水前寺サン リプ前、市立体育館前が低くなっており、か なりの水がきたが床下浸水程度の商店が多いく 水前寺サンリブ前では盛土をして地上げがな
されているために電車通りが低く残り、藻器 堀川の水が水前寺鳥居前から流入して、120
程の水位があった。はけ口が少なく長時間 の交通マヒが続いた。藻器堀川からの氾濫と 吐けきらない雨水とが複合して水位を高くし ている。市立水前寺体育館では水洗便所から 汚水の噴き出しがあったが、川の氾濫はなく 雨水が下水道のマンホールから噴き出し体育 館の入口をひたひたに洗ったが床は大丈夫で
あった。
水前寺公園烏居前では交差点と商店街の下 を藻器堀川はくぐっており、河川改修のネッ クとなっている。ここで橋の上にあふれ出た
水はいきおいよく烏居を通り水前寺公園の池 に流れ込んだ。水位は公園の築山の中腹まで 達し、鯉の半分を江津湖に持ち去っている。
公園前の商店街では店のシャッターが水圧に よって壊され、店の陳列棚を持ち去ろうとし た。今となっては藻器堀川の上にまたがった 商店の移転は不可能との事である。
水前寺公園郵便局(旧東郵便局)から水前 寺三丁目の渡瀬までの間は河川改修が昭和初 期に行われたが川幅は狭く垂直な石垣の堀の 状態であり、氾濫が繰り返されてきた。この 付近には洪水対策として床‑ドを駐車場にした ビルや住宅が多くみられる。藻器堀川の石垣 に接する位置で地上げをして洪水を広げてい るビルもある。被害を受けているのは古い住 宅と地上げがやり難い商店や小工場である。
商大通り、熊高等周辺一帯の雨水を集める 支流が豊肥線をくぐる所で流水が停滞し水前 寺駅西側の変電所周辺で床下浸水を起こして いる。藻器堀川の水位があがり、支流からの 流出を妨げたことによる。この状態は最近五 年間ひどくなっている。合流点に近い支流沿 いの道路では通りかかった自動車が流れに押 し流される場面もあった。
水前寺三丁目渡瀬から保田窪本町の間は蛇 行がひどく流れの傾斜も強い、川幅も狭いと ころがあり、未改修の部分が残っている。氾 濫の水位も変化が激しく床上lmの所もあり あふれる直前にとどまった所もある。このと きの水害で水深が最高になった所では二階に 居る人に消防署の人がポートで避難を勧める 場面もあった。
保田窪本町の東バイパスから500m川上に 溜池の堤がある。平常時は全く貯水してなく 洪水時のみ一時的に水を溜めて遊水地の働き をしている。この堤からの出水口は最近の洪 水時の水量に比べ小さく、この時も堤を越え た水が堤の下の住宅に床下浸水の被害を与え ている。この被害も最近五年間にひどくなり 東部の宅地開発と符合する。この堤より上流
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では新興住宅地が多く水害はなかったらしい辱 上江津湖の水位は堤防の上から1mの高さ まで上がり、加勢川の水はけが悪いため水位 は2,3日の間なかなか下がらなかった。水 が引いた後には2,3センチの泥の堆積が沿 岸歩道にあり、湖がこの水.害でさらに浅くな ったことが解る。上江津湖の堤防西側の江津 一丁目では江津湖への排水ポンプが新しいも のと取り替え中で3日の夜は働かず、床上浸 水の被害がかなり広くの範囲に及んでいる。
江津二丁目の江津団地は6.26の水害の後、
江津湖の湖底の泥の捨て場として盛土した後 に建てられたもので周朋より高くなっており‐
浸水はなかった。
下江津湖の西方、画図町の水田地帯は一面 水におおわれ、裏作の大麦は穂が出た後だが 完全に水没し実の入りが悪く、等外品ばかり
になるだろうと予想されている。下無田では 床下浸水の被害があり6.26と同じ程度の水 位であったが、引くのは早かったとの事であ る。ここより ド流の河川改修が6.26の頃か らすればかなり進んでいるからであろう。
最近五年間と何回か書いてしまったが、五 年前の上流の水田から団地・宅地への転換は 広い遊水地を失い、排水をする裸の地面に替 わった事になり、治水にとっては二重の痛手 であったろうと思える。スカイブルー長嶺団 地の上流には水田跡地が残っているので、保 田窪放水路の完成まではこのままであって欲
しいと思う。
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鱗議 鍵
鍵騒
綴 灘
鰯 蕊
霧
脅鰯灘溌
写真−1藻器堀川(電車通から̲上流を見る)
(田村実撮影)