低次元の双曲多様体と離散群
Low-dimensional hyperbolic manifolds and discrete groups
数学専攻 江崎 美生
ESAKI Mio
0 はじめに
この論文の主題は, 2次元と3次元の双曲幾何学のモデルとそのタイル貼りを考え,それに付随する離散部分群 による商空間としての双曲多様体を構成することである. 第1章では2次元双曲多様体を考えるベースとなる双 曲平面のタイル貼りと,それを実現する合同変換群の離散部分群を紹介する. 第2章では実際に作られる双曲多様 体の例を見て, 離散部分群の生成元の型によってどのような形になるかを観察する. 第3章では1つ次元を上げ て, 2次元のときの考察を足がかりに幾何学モデルと合同変換群の離散部分群を見る. 最後に第4章では,第2章 と同様の構成で得られる3次元双曲多様体の具体的な例を見て,変換群の計算結果を出している.
1 フックス群
1.1
フックス群P SL(2;C)の部分群Gが Cˆ の領域W で不連続な群であるとは,Gの各元がW を保ち,W の各点z に対し, G軌道G(z)が W 内のいかなる点にも収束する部分列を持たないこととする. 上半平面H2 (あるいは単位円板 U)で不連続なP SL(2;R) (あるいはP SU(1,1))の部分群をフックス群と呼ぶ.
定義 P SL(2;C)の部分群Gが離散群であるとは,Gの各元g(z) = azcz+d+b (ad−bc= 1) から得られる2つの 係数ベクトル±(a, b, c, d)の一方を固定するとき,それら全体の集合が,C4の点に集積しない(収束する部分列を 含まない)ことであるとする.
定理 P SL(2;R) (あるいはP SU(1,1))の部分群が離散群であることは,上半平面H2(あるいは単位円板U)で 不連続な群であることと同値である.
定義 フックス群Gと,Gの恒等変換以外の元では固定されない1点a∈H2 が与えられたとき,Gのaを中心 とするディリクレ基本領域Pa(G)とは,Gの各元gから定まる閉半平面Ha(g) ={z∈H2|λ(z, a)≤λ(g(z), a)}
の共通部分
g∈G
Ha(g)
である(特に,Ha(id) =H2 となる).
定理 任意のフックス群Gに対し,Gが有限生成であることとGの恒等変換以外の任意の元で固定されない任 意の点を中心とするディリクレ基本領域が常に有限辺であることとは同値である.
1
1.2
ポアンカレの貼り合わせ定理X をn次元の球面幾何学,ユークリッド幾何学, あるいは双曲幾何学とする.
∆ をX の凸多面体とし,∂j∆を ∆ の境界のn−1 次元面に順番 j= 1,· · ·, mをつけたもの, Rj を∂j∆を含 む超平面を固定するX の鏡映変換としたとき, Γは Γ =R1,· · ·, Rmで定められる鏡映変換群とする.
定理(ポアンカレ)∆ の任意の余次元2の面での面角がπを整数で割った数であるとき,
γ∈Γ
γ∆
は X のタイル貼りを定める. 軌道空間Γ\X は ∆と自然に同一視でき,とくにΓは不連続群である.
定理(ポアンカレ)有限個の生成元の集合 {σ1,· · ·, σm}と, 0または正の整数nij, i, j = 1,· · ·, mの組(ただし nii= 1)を用いてσ1,· · ·, σm|(σiσj)nij =e, i, j= 1,· · ·, mと表示される群をCoxeter群という.
∂j∆, j= 1,· · ·, mを面角がある整数nij によりπ/nij で表されるとする. このとき,余次元2の面では交わらな い i=j についてはnij = 0, nii= 1 とおくと, ∆が生成する鏡映変換群Γは
Γ =R1,· · ·, Rm|(RiRj)nij =e, i, j= 1,· · ·, m と表示されるCoxeter群である.
2 2 次元双曲多様体
双曲平面を敷き詰めた双曲タイルを考えたとき, そこにはタイルの辺を移していく貼り合わせ変換群が存在す る. そこで対応する辺を同一視すると,その変換が楕円型変換の場合はツノが(楕円型の位数がnのとき位数nの ツノ図形という),放物型変換の場合は尖点が,双曲型変換の場合は穴ができる. また, 2つの双曲型変換の軸が交 わっているとき,その部分は把手になる.
図形M が2次元のツノを許す双曲多様体であるとは,M の各点pに対し,その近傍Up と双曲平面H2 または 適当な位数np のツノ図形Mnp の中への同相写像fp :Up −→Xp (⊂H2 または Mnp) がとれて, その取り替え fp◦(fq)−1 が(定義されているところで)長さも角度も変えない変換になっているもののことをいう.
定理 任意のフックス群G(⊂P SL(2;R))の軌道空間M =G\H2 は, 2次元のツノを許す双曲多様体である.
3 双曲空間とクライン群
3.1 3
次元双曲幾何学モデル3次元双曲幾何学モデルとしては単位球モデルB3={(x, y, t)|x2+y2+t2<1} が挙げられる. 双曲計量は
dλ2B3 = 4(dx2+dy2+dt2) (1−x2−y2−t2)2 となる. また3次元の立体射影 ˆΠを
ˆΠ(x, y, t) =
2x
x2+y2+ (t−1)2, 2y
x2+y2+ (t−1)2,1−(x2+y2+t2) x2+y2+ (t−1)2
2
と定義すると,上半空間モデル H3 ={(ξ, η, θ)|θ >0}= ˆΠ(B3)が得られ,その計量は
dλ2H3= dξ2+dη2+dθ2 θ2
である. 双曲空間H3 の向きを保つ合同変換群はP SL(2;C)と一致する.
3.2
クライン群P SL(2;C)の離散部分群をクライン群という.
クライン群Gに対しても,恒等変換以外のGの元では固定されないH3の点a∈H3を1つ取り,aを中心とする ディリクレ基本多面体Pa(G)を, Gの各元g から定まる閉半空間Ha(g) ={z∈H3|λH3(z, a)≤λH3(g(z), a)}
の共通部分
g∈G
Ha(g)
で定義する.
Pa(G)をGの元で移していくと,双曲空間のタイル貼りができる. 2次元のときと同様に Gの元で対応する点を すべて同一視することによって, 3次元の(ツノを許す)双曲多様体を考えることができる.
4 3 次元双曲多様体の具体例
4.1
理想正四面体の貼り合わせ図のような貼り合わせを行って, 理想正四面体を2つ貼り合わせた多面体によるタイル貼りに付随する貼り合 わせ変換群と,そこから得られる3次元双曲多様体の様相を求める. この理想正四面体はすべての側面の成す角度 が π/3になっている.
図1: 理想正四面体の貼り合わせの例
まずC と C を貼り合わせると, 残りの頂点の位置は一意的に定まる. ただこのまま空間の中で変換を考えるこ とは難しいので, ˆCに対応させて考える(ポアンカレ拡張という).
メビウス変換は3点の行き先が決まると一意的に決まるので,それぞれの頂点の対応を計算すれば変換が出る.
ここではAをA に貼る変換f とB をB に貼る変換gで Dを D に貼る変換hが決まるので, 2元生成であ る. また,頂点 ABC を∞に,頂点ABD を−1 に,頂点BCD を0にうつす. このとき頂点ACD,ABD は
3
それぞれω, ω+ 1 にうつり,計算結果は以下のようになる(ただし,ω は1の3乗根である).
f =
1 1
0 1
, g=
1 0
−ω 1
, h=
1−ω −ω
ω2 0
さらにh= [g−1, f]を満たし,この貼り合わせ変換群はf, g|fh=hgと表わされる2元生成クライン群である ことがわかる. また変形の様子から,この3次元双曲多様体はS3 の8の字結び目の補空間になっている.
4.2
理想四角錐の貼り合わせ底面で2つ貼り合わせたとき,すべての側面の成す角度がπ/2の理想正八面体になるような理想四角錐ついて, 理想正四面体のときと同様に考える.
図2: 理想四角錐の貼り合わせの例
頂点ABCDを∞に,頂点BCEを0 に,頂点CDEを iに,頂点ADE を−1 +iに,頂点ABE は−iに,そ して頂点ABCD を −1+i2 に対応させて計算すると,A をA に貼る変換 f,B を B に貼る変換 g, C を C に貼る変換h, Dを D に貼る変換uは以下のようになる.
f =
1 1−i
−1 i
, g=
1 0
−i 1
, h=
1 −1−i
−i i
, u=
i 2
−i −2−i
また変形の様子から,これによって得られる3次元双曲多様体はS3 のホワイトヘッドリンクの補空間になってい ることがわかる.
参考文献
[1] 谷口雅彦・奥村善英,双曲幾何学への招待,培風館, 1996.
[2] 谷口雅彦・松崎克彦,双曲多様体とクライン群,日本評論社, 1993.
[3] 小島定吉,多角形の現代幾何学 増補版,牧野書店, 1999.
[4] 小島定吉, 3次元の幾何学, 朝倉書店, 2002.
[5] W.P.サーストン(小島定吉 監訳), 3次元幾何学とトポロジー,培風館, 1999.
[6] G.K.フランシス(笠原皓司 監訳),トポロジーの絵本,シュプリンガー・フェアラーク東京, 1991.
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