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英国哲学者の経済論

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英国哲学者の経済論

その他のタイトル The Economic Writings of English Philosophers

著者 正井 敬次

雑誌名 關西大學經済論集

巻 6

号 1

ページ 1‑23

発行年 1956‑04‑20

URL http://hdl.handle.net/10112/15728

(2)

ベンサムの四人の哲学者を指してのことである︒これら学者の思想が経済学に深い関係をもつており︑且つ彼等

にも経済に関する多くの論述があったこと︑

に紹介しようとするのであるが︑

ることにする︒

ザを経てカント︑

英 國 哲 学 者

ベンサムの三者の経済論について述べ

一般に知られる通りである︒そこでこれら学者の経済論の一端を絃

ヒュームについては既に本学﹁経済論集﹂︵昭和三0年二月︶に﹁デビッド・ヒ

ュームの経済論﹂と題する拙稿を寄せたので︑弦ではホップス︑

経験主義の英国哲学は十七世紀初頭のベーコンに創まるのであるが︑

クによって十八世紀にはヒュームとベンサムによって保持せられてきた︒欧洲犬陸にはデカルトに創まりスビノ

ヘーゲルに至った大陸哲学があったが︑

的・実体論的のものであるに反して︑英国哲学の特質は経験主義的・帰納的・実証的・認識論的である点にあっ

た︒経験論の英国哲学は実体論に関係せなかったので︑人を塵外の殿堂に導き入れると云った観念の学に背を向

( I E

井 ︶

この大陸哲学の性格が理想主義的・演釈的・形而上学 英国哲学者というのは弦では英国経験主義哲学者のことであり︑

の 経 済 論

個別的にはホップス︑

この学統が十七世紀にはホップスとロッ

(3)

けて︑常人にも理解し得る経験的の分析理論によって︑人をして街頭における自己を知らしめようとした︒この

ように実際的の人間科学であったが故に︑英国哲学の経済学に対する関係は大陸哲学よりも密接であったのであ

り︑而してまた︑英国哲学者によって経済理論そのものが説かれるのでもあった︒

では右に述べた英国経験主義哲学者の思想から経済学が何を受入れたかについて一言すると︑先ずホップスの

自然主義思想から経済学は欲望の充足を追うて行動する経済人という個人主義の思想を受取ったのであり︑次に

経済学での自由主義は︑英国での最も偉大な自由主義哲学者ジョン・ロックの学問にその根ざしをもったものと

云わねばならぬ︒次にヒュームからも経済学は自由主義の指導を受けたが︑ヒュームについて特筆すべきことは

妓用

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思想の創見である︒奴用の原理がヒュームよりベンサムに伝へられて功利主義原則を生みそれが一

般社会科学における一種の指導原理となったのであるが︑経済学でのジェヴォンスの限界炊用理論に直接の影響

を与えたものはベンサムの放用の原理であった︒しかしいま筆者はこれら学者の経済学に影響した思想について

叙述することを本稿の目的とするのでなく︑ただこれら哲学者の経済に関する言説を記述しようとするに過ぎな

いので︑如土諸学者の思想の問題について多くを説くことはこれを差しひかえる︒

右のように本稿ではホップス︑ロック︑ペンサムの三者の経済論を僅かな頁数のうちに叙述したので︑その内容は甚だ簡

単なもので︑本誌の紙面をけがすに値せない租度のものである︒なおジェームス・ポナアー氏の﹁哲学と経済学﹂(J.Bonar,

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はよく知Tられた奪ユ物であり︑それには上流一の諸学者についても可なり多くの叙述

がなされているが︑筆者は本稿については右の書物に拠るところはなかった︒

(4)

ホップスにおける人間性分析の根本原則は物理的の運動の法則である︒これが人間の幸福とか欲望の説明にも

適用せられている︒即ち日く︑幸福は︑満たされた心で休息するという状態でなく︑

動きのうちに︑

それが存在する︒そこで人間の一般的性向は生ある限り止まぬところの力

( Po w e r)

から力ヘの休

第一篇︶のうちで説かれている︒ いる︒経済のことについては︑

一の願望から他の願望への トーマス・ホップス

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の代表的の著述は

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である6レビアサンと

は旧約聖書に出ている動物のことであるが︑ホップスは国家という無上の力をもったものをレビアサンに象徴せ しめたのであって︑従つて右の書名の意味は﹁国家論﹂ということになるのである︒この書物の内容は人間論・

国家論・キリスト教国家論・暗黒の王国の四篇に分たれそれらの中に哲学・宗教・社会・政治の問題が説かれて

国家論︵レビアサン第二篇︶のうちに﹁国の栄養と繁殖﹂と題する一章があるが︑

これがホップスにおける唯一の経済論である︒しかしその他に︑欲望とか︑価値などの問題が人間論︵レピアサン

ホップスは国家の起源を翫明する場合に次のように述ぺている︒各人が自己の権利を一個の人または一の集団に委膿することによって一の共同の権力を設定する場合︑それによって一の

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大なるレビアサンの︑またはこれを尊んで云えば﹁人間神﹂

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の発生である︒而してこの﹁人間神﹂が﹁久遠

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家を擬人的に万能の力をもつ互人または神人と見て︑これをレピアサンと称したのである︒ ︒即ちホップスは国)

(5)

られるかの価格である︑

みなき欲求である︑と言うことができる︑

対象が悪である︑

と ︒

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その中で公正

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の徳が問題とせら 即ちそれが︑その人の力に対し何程のものが与え

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而して力とは何であるかについて彼は次の

如くにこれを説明する︒即ち︑ある人の力とはその人に或る将来の善を獲得せしめる現在の方便である︑と︒次

に善とは何であるかと云へば︑善とは人に快楽を感ぜしめる目的物︵嗜好と欲望の︶であり︑反対に苦痛を与える

と︒しかし善・悪は対象自体の性質に存するのでなく︑主体の立場で主観的に判断せられるの

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ホッブスには未だ経済学を意識しての価値と価格の説はなかった︒しかし価値と価格の関係が一般の物に対す ると同様に人についても適用せられるとして次の如くに言う︒即ち日く︑ある人の価値

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が︑他のすべて

の物におけると同様に︑

それがその人の価格

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而してその大さは絶対的のものでなく︑

である︑而してまた他の物と同様に人間の場合にも︑

それは他人の必要と判断によって定まるもの

その価格を定める者は売手でなくして買手である︑

交換的公正と分配的公正

﹁人間論﹂︵レピアサン第一編︶において自然法の道徳法則が説かれ︑

と ︒ れているが︑公正には交換的

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と分配的

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との二種のものがあるとして︑それが次の如

くに説明せられる︒交換的公正は算術的価値のもので例えば売買・貸借などで交換せられる物の価値を等しくす

ることであり︑分配的公正は幾何学的価値のもので例えば人の能カ・功績に応じて報酬と尊重とを人に支払うこ

と ︒

(6)

と︒蓋し経済学では右の分配的公正の原則が所得の奴用とか租税負担の問題に適用せられるが︑

ホップスはアリ一ぐトテレスの哲学を一般的に排げきしたが︑しかしアリストテレスが用いた心理的若くは物理的の諒明方 法については学ぷところがあったので︑右の交換的︑分配的の公正の問題の如きも︑アリストテレスの

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の叙述に拠ったものである︒

個人経済と国家経済

ホッブスの自然法理論によると︑人間は自然の状態では相互争闘の戦争状態に在る︑

するために人間は一の共同の権力を設定し︑これを人々の代表者と見てこれに服従するという一の政治社会を結 成することになる︑これが即ち国家である︒かくてホッブスでは国家は目的ではなくして手段である︒そこで国 家が形成せられる場合にも︑個人に向つては売買・契約・職業・教育・居住その他多くのことについての自由が

認められる︒かくて個人の経済は全く自由であって国家がこれに干渉を行うべきではない︒即ち日う︑

く治める配慮と国を治めるそれとは同じ性質のものであるが︑

故に政府の顕官が他人の家のことを構う場合よりも只の農夫が自分の家のことを始末する場合の方が︑

にそれが行われ得る﹂と︒

( Ch a

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にホッブスによって述べられていた︒しかし他面ホップスは国家の統制経済を重要とするので︑

れを否とするが土地の分配を国家が公正に行うこと︑外国貿易について国家の許可を必要とすること︑などを説

英 国 哲 学 者 の 経 済 論

︵ 正 井

ブスはこれを道徳法則として説いたのである︒

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そこで平和と自由を確保

しかし両者での仕事は異った性質のものである︑

より満足

右のように後世の自由主義経済学者によって言われたと同様の言莱が既

土地の国有はこ

(7)

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と題する論述がある︒国の栄養というのが国民経済のことであり︑繁殖とは植民地による国の拡大を意味するの

物資の分量は自然によって制限せられているが︑それは神が陸と海と︵人類共同の母の胸である︶から︑人間に或

は自由に或は労仇に換えて与える物によって成立している︒そこで物贅が豊富であるか否かは︑神の恩恵に次い

では人間の労佑と勤勉の如何にかかつている︒この物資が商品と云われているが︑一国全体の生活の維持と活動

に必要なすべての物資を生産し得る国は︵よほど大なる領域の国でない限り︶殆ど存在せないが故に︑これ等の国で

は或は交換により或は労仇によって︑物資を外国から輸入せなければならぬ︒蓋し人間の労仇は他の物と同様に

生活の便益品に向つて交換し得る一種の商品である︒領土が狭小で余裕の土地をもたない国がよく国力の維持と

増強を行った例が稀でないが︑それは一には各国間に商業を行うこと即ち商業労仇を外国に売ることによって︑

他には外国よりの輸入原料による製造品を売ることによって︑

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れずに将来の栄養に向つて保留せられる総ての商品を︑同じ価値の而して人がこれを所持するに便なる或る物に

変化せしめ︑ それが実現したのである︒

それが国の栄養のために必要のことである︒

その物をもつて人が至る所で栄養を獲得し得ることにする︑という方法である︒右の目的に適う物

は金銀及び貨幣に他ならぬ︒金・銀は世界のすべての国で高き価値をもつが故に国際間で他物の価値の標準とし

て用いられる︒而して一国の貨幣はその国の国民の間における他物の価値標準である︒この標準物は国内におい である︒以下にその要点を示すことにする︒ レビアサン第二篇﹁国家論﹂第二十四章に︑

直ちに消費せら

(8)

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は一六九0年に出版せられ︑

の国は母国と云われるが︑

て人から人へと渡つてゆく︑而してかく循環することによって︑それが触れるところのものに栄養を与える︒右

の如くに﹁流通﹂は恰かも国の血液の如きものである︑自然の血液が土地の産物を栄養として造られ︑而して循

環によって身体の各部の機関を養うと同様に︑国の血液もこれと同一の作用を行うものである︒

金・銀はその物自体に価値をもつが故に︑その価値を一国または少数国の力によって変化せしめることはでき

ない︒しかし悪質の貨幣は容易にその数量を増加せしめ得るが故に︑その価値を低くすることができる︒このよ

うな貨幣は空気の変化に堪え得ないのであって︑それはその国でのみ有妓のものである︒

自体が一の国となって︑ 一国からの植民または植民地はこれを国の繁殖と称してよいであろう︒植民地には二種類がある︒

元の主権者への服従関係を絶つものであって︵古代諸国に見られたように︶︑その場合︑元

母国は独立の植民地に対しては尊敬と友誼との外には何ものをも要求せないのであ

る︒他の種類の植民地はローマの移民がそうであったように︑母国に結合して存在するのであって︑その場合植

民地は本国の一州または部分である︒右によって見ると︑植民地が如何なる種類のものとして存在するに至るや

は︑初め本国の主権者が植民を許す際に植民者に与える特権の性質によるものと云わねばならぬ︒

ジョン・ロック

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1 l は多くの著述があるが︑

英国哲学者の経済論.︵正井︶

また同年に﹁政府論﹂ 主著﹁人間悟性論﹂

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が公刊されている︒ (A

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(9)

次に述べる﹁欲望の理論﹂と﹁善の欲求﹂とは右二つの著述の前者の中で説かれたものであり︑

は後者の中の論文である︒次に一六九一年には利子と物価に関する著述ふ^

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関するロックの思想はこれを右の著述によってうかがうことにした︒

欲望︵行為の動因︶の理論

ロックが﹁人間悟性論﹂の中で説いた欲望の理論は次に述べる﹁善の欲求﹂と共に︑経済学の根本思想に関す

るもので︑経済学者によって注意せられなければならぬ叙述であると考える︒次に大体ロックの言葉のままでこ

れを記述する︒

ある行為に向つての意思を決定せしめるものが行為の動因であるが︑この動因は︑人が現在に置かれている或

種の﹁不安﹂

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がそれである︒不安とはある不存在︵未来︶の善に向つての心の動きであってそれが欲

望の原因である︒不安はまた苦痛を意味するが︑それらの大さと欲望の強さとがその程度において同一である︒

意思を決定するものは未来のより大なる善であると一般に考えられているが︑しかしより大なる善は︑それの 鋏除のための不安の程度がそれに向つての欲望の夭さと同一である場合でないと︑意思の決定に作用すると云い

得ない︒例えば或る人が富に対する欲望をもつているにしても︑その人が貧の状態に左程の苦痛と不安とを感じ

ていないとすれば︑彼は必ずしもその状態を脱するための行為を決意するに至らないのである︒

﹁不安﹂が意思決定の動因であると云うには二つの理由がある︒第一に︑人は行為に向つての意思決定を一時

に唯だ︱つだけ行い得るのであるが︑幸福に向つて何よりも必要のことは幸福を妨げる苦痛と不安とを除去する

(10)

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ことである︑故に現在の不安を除くことが行為の動因となる︒第二には︑意思を支配するものは心に現に存在し

ているものでなければならぬが︑現存するものは未来の善ではなくして現在の﹁不安﹂である︑故に意思に作用

するものはその前者でなくして後者である︑

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§31 

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善と幸福とは主観的のものである︑故に人は幸福のために如何なる善をでも欲求するのではなく︑現在の自己

の幸福の一部分と考えられる善を欲求するのであって︑それ以外にいかに大なる善があるにしてもそれを欲求す

るものでない︒智識は善であり飲食の享楽もまた善であるが︑智識を幸福とする学者は飲食の善を欲求せないで

あろうし︑享楽家は智識の善を欲求することなしに幸福を感じ得る︒

人は目前に大なる善が見えているにしても︑必ずしもそれに対して欲望を起さないのであるが︑

苦痛でもが現存する場合には︑それを除去することに努力する︒何となれば現在の苦痛は現在の不幸の一部分に

違いないが︑総ての不存在の善が現在の幸福となり得るものでないのであり︑さればとて︑未来の善が得られな

いことが必ずしも現在の不幸ではないからである︒若しそれが不幸であるならば吾々は常に無限の不幸の中に居

なければならぬ︑何となれば世には吾々に得られない善が無限に存在するからである︒'人生には限りなき不安と

無数の得られざる善がある︑

の幸福のためにその欲求が適当であり可能であると考える善の欲求に限られる︒

と云わねばならぬ︒

しかし少しの

しかしそれらの中で行為の動因としての不安及び欲望となり得るものは主体が自己

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§ 4 1

5 4 )

(11)

労仇と占有によって所有が発生することを認めるが︑ ロックは

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同時に所有権に対して制限を加えてい つて供与せられた状態からその物を動かすときは︑彼はそれに労仇を加えたのであり︑ある何ものかを混入せしめたのである︒右の理由によって彼はその物を自己の所有物とする︒

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で所有

権について論じている︒絃ではこの論文を﹁私有財産論﹂と称することにし︑その内容を筆考の任意の方法で区

命維持に必要な食物その他自然が人間に供与する物に対する権利をもつている︒

原始的には土地と地上の物は総ての人に共有であるが︑各人は自己の身体については権利をもつので彼の労仇

は彼自身のものであって︑これに対し何人もがいかなる権利をももつていない︒そこで彼が何物をでも自然によ

その物に彼自身のもので

右の場合他人の承認を得ていないが故に彼に所有の権利がないと云い得るであろうか︒蓋し共有物とは自然の

ままに存在する物のことであり︑私有とは共有物のある部分を自然の状態から動かしてこれを取得することであ

る︒この場合すべての共有者の承認というが如きことは問題ではない︒そこで私の馬の喰った草が︑而してまた

私が共有︵自然︶のいかなる場所からでも掘り取った破石が︑何人の承認をも要せないで私の私有物となる︒

の労仇がそれらの物を共有の状態から動かすことによって︑それらに私有権を設定するのである︒

自然の理法は︑

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分して︑その大要を示すことにする︒

人はいやしくも生れた以上は自己保存の権利をもつている︑

10

 

従って生

(12)

11 

値が与えられている︒ 土地の所有についても右の法則が適用せられるのであって︑各人は自分の労佑をもつて耕作し得る限りの而して自分の生活に必要な限りの土地について︑所有権をもつことができる︒となしに今日の世界にも適用せられると考える︒蓋し世界には住民を倍加してもなお余りある程の土地が存在す

然るに貨幣が生れそれに価値を認めるという人々の承認が︑土地のより多くの所有を発生せしめそれに権利を

認めることになった︒それは果していかなる理由によるものであろうか︒

人間生活に真に必要な物は︑

たは廃滅に帰するものである︒ 一般に耐久性の小なる種類のものでそれが消費せられない場合には自然に消耗ま

一方︑金・銀・ダイヤモンドなどは耐久性のものであるが︑それらは実質的な利

用性をもたず従って人間生活の維持に必要な物ではない︑

さて労佑と所有権との関係について︑人は自分の生活に利用し得るだけの物を労佑によって正当に所有物とな

し得ると前に述べたが︑そこで例えば樫の実とリンゴの百プシエルを採取した者はその大量

るが故に︑土地について争が起る筈がないからである︒ の分け前ではなくして他人のものである︒

﹁神は吾々にすべての物を豊富に与えた﹂とは一般的に言う場合のことであって︑実際的には︑神は

吾々にわれわれがそれを享楽し得る限りの物を与えた︑と見なければならぬ︒そこで人は何物をでも︑それが彼

の生活の便益に利用せられ得る程度に︑労仇を加えてこれを私有物となし得るのであって︑それ以上のものは彼

この所有権の法則が何人をも害するこ

しかしそれらの物にも人々の一般的の承認によって価

(13)

︵三︶貨幣及び利子の理論

の果実について所有権をもつことになる︒

用していることが必要である︑

き︑それによって彼はその物を利用したことになる︒また彼が一週間で腐る果実を一年間を通して食料に供し得

る胡桃に交換したとすれば︑これによって彼は共有の物質を無駄にしたことにならず︑また他人の分前の物を廃

滅せしめたことにもならぬ︒また彼が胡桃を一片の金属に︑或は羊をダイヤモンドに交換して︑それらの物を一

生の間所有しているとしても︑彼はそれによって他人の権利を害したことにならぬ︒彼はこれらの耐久的の物を

欲するだけ多量に蓄積して差支がないのである︒そこで所有の正当の限界を超えるということは︑所有の大なる

ことでなく物を利用せずに廃滅せしめることを意味するのである︒

右の如くにして︑ しかし右の場合︑

しかし右の場合彼はそれを腐廃せしめることなく︑

でなければ彼は必要以上のものを取得したのであって︑他人の分前を侵したこと

もし彼が占有物を自分の所有の下で腐廃せしめることなく︑ その前にそれを利

その一部分を他人に与えると

ここに貨幣の使用が始まる︒即ち人がそれを廃滅せしめることなしに貯え得る耐久的の物︑

而して人々の承認によって真に有用であるがしかし消滅的である生活必要品に交換し得る物︑このような物とし

ての貨幣の使用が始まるのである︒而して︑人間社会が貨幣使用の経済時代に入るに及んで︑私有財産の不均等

な分配が発生することになったが︑それは人々が金銀に価値を認め貨幣の使用を承認するに至った結果である︒

ロックは一六九一年に^^

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o n"   (前出︶と題する長篇の論文を書いた︒これは議会の某議員に宛てた意見書

の形で書かれたもので︑論文の要旨は次の点にあった︒当時︑標準利子を四グんに引下げてこれを法定利子とし物価︵特に土

(14)

13 

うことを承知しておかねばならぬ︒ 地価格︶を騰貴せしめようとする議論が有力でその実際運動も行われていたが︑ロックはこれに反対してその院の誤りであることを世に訓へようとするものであった︒いま本稿では右論文の各部分での貨幣と利子に関する叙述のうちで最も重要と

貨幣は︑それが商業の各種の車輪を動かして流通する場合︑それが流通する限り︵或る部分は水溜りの中に吸い込

者と︑製造品を需要者に分配する商人と︑商品の消費者との間に︑

に必要とせられるが︑それは貨幣が計算者及び保証物としての役目を果すからである︒即ち貨幣は計算者として の作用を︑その刻印と表面価値によって行い︑保証物たる作用を金銀の分量で表わされるそれの内部価値によっ てこれを行う︒この内部価値が交換に役立つのであるが︑内部価値は人が授受する金属の分量そのものに他なら ぬ︒商業に一定割合の貨幣が必要であるという場合︑無くてはならぬものは計算者たる貨幣ではない︑計算は記

帳によってこれを行うことができる︑

貨幣の価値と商品価値

先ず貨幣の価値は︑購買に用いられる貨幣の数量と貨幣の﹁流通性﹂

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との二者の大さに依存する︑とい

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貨幣について右に言ったことは商品についても同様に言われなければならぬことである︒さて商品価格の決定

その原料に加工を行う労仇

それが配分せられる︒貨幣はこれらの人の間

そこで必要のものは保証物としての貨幣である︒ それは土地からの原料を供給する土地耕作者と︑

(15)

て︑利子引下がその原因となることはない︒

は︑上述のようにして決定された貨幣の価値と商品の価値との比率によるものであるが︑

てはその価値の決定について実際上﹁流通性﹂は問題ではない︑

︵一年間の地代百ポンドに対して︶︑年買の数 しかし先ず貨幣につい

それは貨幣に対する欲求と需要は常に何程でも

存在するが故に貨幣の﹁流通性﹂には変化がないと云い得るからである︒そこで実際上は︑貨幣の側では数量の

変化だけが商品の側では数量と﹁流通性﹂の二者の変化が価格決定の要因となる︑云つてよいのである︒

いま利子引下によって商品価格を引上げようとする説の当否について一言すると︑商品価格の一般的変動は必

ずしも商品の品質の変化を原因とせないように︑貨幣については貨幣の質の低下がその価値を低下せしめて商品

価格騰貴の原因を作るとは言い得ない︑いま利子引下は貨幣の質を低下せしめるものと云い得るのであるが︑し

かしそれが直接に貨幣の数量増加を結果せないとすれば︑貨幣価値低下と商品価格騰貴を招くことがない︒商品

価格の変動は︑商品側の事情に変化なしとすれば貨幣側では一に貨幣の数量の変化がその原因となるのであっ

貨幣利子と土地価格との間には︑地代収益と利子歩合との関係で土地価格が定められるという関係が存するも

のと古くから考えられている︒例えば一定の土地が年百ポンドの地代を持続的にもたらすものとし︑

子歩合が五彩であれば︑ その際の利

土地価格は後者をもつて前者を除した商の二千ボンドであり︑利子歩合を四形とすれば

土地価格は二千五百ボンドである︑と︒而して右の価格で土地を売買するものと見て︑二千ポンドの場合を二十

年買と称し.二千五百ポンドならば二十五年買と称するものであるが︑

が大なるときは土地価格が高いのであり︑而して地代を一定とすれば利子歩合が低きに従って年買の数は大とな

(16)

15 

︵一︶概

更が一般的に土地価格変動の原因となり得るものでない︒ り土地価格は高くなる筈である︒これが一般に信ぜられている利子と土地価格との関係である︒

然るに実際はどうであったかと云うに︑

地の価格は決して低落していなかった︒和蘭では利子歩合が下落する際に土地価格も共に低落するという状態が

続いた︒またわが国において︑同一の利子歩合の下で地方によって土地価格が或は低落し或は騰貴するという現

象が見られた︒

と云った土地売手は稀である︒次に土地の買手が少いのであるが︑

金の保持が選ばれるがためである︒

エリザベス時代及びジェームス一世時代には︑利子は高かかったが土

土地価格の変動は一般的には土地の供給と需要との関係によるもので︑利子を原因とするものでない︒今日の

わが国で土地価格が安いのは土地の売手が多いからである︒特に農業地方でそうであるが︑それは次の事情によ

るものである︒政治・宗教・教育の頬廃が地主階級を遊惰と奢俊の生活に慣れしめ︑土地抵当の借入金増加のた

め土地の処分売を余儀なくせしめられるという土地の売手が増加し︑土地売却資金をもつて他の事業に投資する

それは第一には一般に貯蓄が行われず余裕資

金の所有者が少いこと︑第二には産業界の不安定が原因であって︑安全のためには固定的の投資が見合わされ資

右の如くに土地価格は各種の経済情勢による土地の供給と需要によって支配されるのであって︑利子歩合の変

(17)

二十八歳の時に書かれたものであるが︑この書物の中で︑ 力者はジェームス・ミルであったのである︒ ム六十歳の時より二十年間程も続いたが︑ ジェレミー・ベンサム

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は ︑ ら彼と同時代の人であったのであり︑勿論﹁国富論﹂を知つていたのである︒そこでホップスとロックの経済論 が経済学成立の遥か以前のものであったに対しベンサムの経済論はそれ以後のものであった点で︑両者は趣を異

にするのであるが︑ベンサムの場合政治・法律の学者であった彼の立場で︑経済について何が説かれたかが吾々

の参考に値するものと考える︒

ベンサムと︑ミルとの関係は一八0八年ベンサ

先ず英国経験主義哲学でのベンサムの地位について言うと︑ベンサムにおいて功利主義またはベンサム主義が

一の学派を構成することになったが︑このように一の学者の思想が行動的な一の学派になったことは英国で未だ

存在せなかったことである︒ベンサム主義はベーコン以来の経験主義哲学者の遺産を実用的に整理せるものに過

ぎないので︑哲学者としてのまたは一の人格としてのベンサムがホップス︑

たとは云い得ないのであるが︑社会・政治の思想の上で実践的の指導原理を求めという時代の傾向が︑ベンサム

主義に一の学派たる地位を附与することになったものと思われる︒なおベンサム主義成功の褒にはジェームス・

ミルの如き有力なる協力者がその宣布に努力した事実が存在する︒

ヒュームよりも偉大であっ

一八二三年ウエストミンスタ︶・レュー誌創刊の頃︵ベンサム七十五オ︶

がベンサムが社会的に最も得意の時期であったと云われ︑その頃までにベンサム主義のためにつくした最大の協 次にベンサムの著述について一言すると︑最初の著述

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は一七七六年ベンサム

ヒュームの﹁人性論﹂第三巻﹁道徳論﹂で説かれた アダム・スミスに二十五年後れて生れたのであるか

(18)

17 

れたものと信ぜられている︒ i t

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の語を用いるが適当であると述べたが︑

これはベンサムが一七八七年ロシアに滞在中に書

一 七 に載せられているが︑

その理由は炊用の語は快楽と苦痛の観念に直結するところ

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の原理によって啓発されるところが大であったことを述べ︑

となっており︑ ヒュームのその説明を読んだとき

全く眼がさめたような気がしたとベンサムは述べている︒次に主著である

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は一七八0年に書き上げられ︑印刷はしたが公刊はせられなかった︒それが出版せ

られたのは一七八九年のフランス革命の際であった︒この書は第一章が﹁奴用の原理﹂

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﹁自然は人間を苦痛と快楽との二の専制主の支配下においた﹂という書き出しで︑苦痛と快楽と

の従つてまた妓用の数量的測定をこの最初の章で問題とするのであった︒ゼボンスが自分の限界奴用理論に対す

る指導原理となったとなったと称したのは︑右に云うベンサムの炊用原則である︒

は右の書物に新しき註を入れて︑

スの書き物にも現われているが︑ ﹁炊用の原則﹂の換りに﹁最大幸福の原則﹂

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がないから︑というのであったも﹁最大多数の最大幸福﹂の語は既に一七五0年の前後にハチスン︑

ベンサムがこれを何人から取入れたかについては︑彼が学問の上で尊重してい

たベッカリア︵﹁犯罪と処罰の理論﹂一七六四年︶から右の言葉そのものと︑

に﹁高利辮護論﹂

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と称する論文があるが︑

しかし一八二二年にベンサム

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快楽・苦痛の量的測定の思想とを受入

次にベンサムの経済に関する著述に

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がある︒それは一八四三年に出版され

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れはベンサムが一七九0年以後に書いたものを編さん者がその形にまとめたものであると云われている︒その他

(19)

経済は一の科学であると同時に一の技術であると述べて︑而してベンサムはこの技術の目的は社会の最大幸福

を富の生産と人口の維持によって達成するに在る︑とする︒経済の目的達成の上から見て︑

由な活動を可とする種類のことをg

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行ってならぬことを

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と言うのであるが︑ ベンサムは個人の自

政府の政策を必要とするものを

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しかし

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の部分は極狭少であって一般的に云つて

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`といらことが要求せられる︑とベンサムは不干渉主義を高調する︒その根拠はアダム

・スミスと更にはホップスと同一であって︑汝の利益を最もよく知る者は汝であり︑各人は自分の家のことを政

府が構うよりもより有妓に行い得る︑という点にあった︒産業の保護についても︑産業が要望するすぺては安全

と自由とであって︑政府に向つては︑ディオゲニスがアレキサンダーに言った﹁私の日当りを妨げないで退いて

くれ﹂という言葉を投げかけたいのである︑

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近時の経済学者によって問題とせられている強制貯蓄

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約の名称で説かれていたのであるが︑それは次の如き言葉によってであった︒ ベンサムによって既に強制節

租税によって政府が資金を調達する場合︵その租税は個人が生活必需品の愛用のうちから支出するものであるが︶︑政

府はその資金を富の増加をはかるために利用することがきる︒しかしこの資金を資本として国民の福利を増進し ︵二︶経済学提要

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P o l i t i c a l   Economy)

の所説 いたものである︒

参照

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