【学位論文審査の要旨】
1 研究の目的
植物ホルモンとは植物自身が作り出し、極めて微量で作用する生理活性物質・情報伝達物 質である。動物のホルモンは一般に特定の場所で生産され、他の場所に輸送されて作用す る。植物ホルモンに関してもオーキシン(インドール-3-酢酸; IAA)の様に植物体内を方 向性を持って輸送される場合が知られており、その輸送は輸送体により行われることが分 かってきている。一方で、アブシシン酸(ABA)、ジベレリン(GA)、ジャスモノイルイソロ イシン(JA-Ile)等に関しても植物体内を輸送されることが示されているが、輸送体の有 無を含めてその制御機構はほとんど明らかになっていない。こうした中、著者らの先行研 究で、酵母two-hybrid系を用いた受容体複合体の形成を指標としたスクリーニングによる ABA輸送体の同定手法を開発した。これにより、これまで硝酸およびペプチドの輸送体と考 えられてきたシロイヌナズナ NRT1/PTR FAMIRY (NPF) に属する NPF4.1、NPF4.2、NPF4.5、
NPF4.6を、ABA輸送活性をもつタンパク質として同定し、そのうちNPF4.6が植物体内でABA 輸送体として機能することを明らかにした(Kanno et al, PNAS, 2012)。本研究では、本手 法を他の植物ホルモンでも適応可能とすることを目指すとともに、シロイヌナズナゲノム 上で確認できる53のNPF遺伝子が複数の植物ホルモンの輸送に関与する可能性を検討する ことを目的とした。
2 研究の方法と結果
本研究ではまず、シロイヌナズナに存在する53のNPF遺伝子のクローニングを進め、この うち45について全長cDNAを得た。これと並行して、ABA以外の植物ホルモンのうちオーキ シン(IAA)、ジベレリン(GAs)、ジャスモノイルイソロイシン(JA-Ile)について、それぞ れに依存的なの受容体複合体の形成を利用した酵母two-hybrid系による輸送活性の検出系 を確立に取り組んだ。IAAは受容体であるTIR1と転写抑制因子AUX/IAA、GAは受容体GID1 と情報伝達抑制因子DELLA、JA-Ileに関しては受容体のCOI1と転写抑制タンパク質JAZが、
それぞれのホルモンに特異的に結合することを利用して酵母の系を構築した。輸送体候補 遺伝子を組み込まない対照実験から IAA に関してはこの系がうまく動かないことが判明し たため、先行研究で確立したABA に加えて GA、JA-Ile の3種のホルモン(GA については 活性型のGA1, GA3, GA4の3種)について、全長cDNAが得られた45のNPF遺伝子を酵母に 導入することで輸送活性に検討を加えた。その結果、複数の NPF タンパク質が低濃度のこ れら植物ホルモン存在下において輸送活性を示した。興味深いことに、ホルモンに特異的 に働くものと複数のホルモンを輸送する活性を有するものが検出された。以上により、ABA、
GA、JA-Ileに対して輸送活性を有するNPFタンパク質を、それぞれ10、18、13種同定した。
これらのうち代表的なものについては、各ホルモンの酵母細胞内への取り込みを LC-MS/MS を用いた定量分析により直接的に確認した。
これまでに硝酸あるいはペプチドの輸送体として同定されていた NPF タンパク質の基質に
対するKm値はmMオーダーであるのに対して、今回の実験ではμMオーダーという低濃度の 植物ホルモンに対して輸送活性を示すNPFタンパク質が同定された。以上のことから、NPF タンパク質は植物ホルモン対して基質親和性が比較的高く、植物体内で高度に重複したホ ルモン輸送の制御に働いていることが予想される。加えて、ABA、GA、JA-Ileそれぞれに対 し比較的特異的な輸送活性を示す NPF が同定された一方で、これらの複数の植物ホルモン に対して輸送活性を示す NPF も多く同定されたことから、特定の植物ホルモン輸送に特化 したNPF や複数の植物ホルモンの輸送を多面的に制御するNPF の存在が予想される。本研 究により、これまで遺伝学的なアプローチによる輸送体の同定が困難であった植物ホルモ ン輸送に関する機能重複性の一端を明らかにするとともに、本研究において確立された酵 母を用いた輸送活性検出系を利用することで植物ホルモン輸送体に関する研究が大きく進 展することが期待される。
3 審査の結果
現時点で、植物ホルモンの輸送機構はオーキシンを除いては研究が遅れており、本研究で 確立された酵母での検出系は、植物ホルモンの輸送機構の解明に向けた世界的な研究に大 きく貢献すると考えられる。特に、対象とされた NRT1/PTR FAMIRY はこれまで硝酸やペプ チドの輸送に関与すると考えられてきたもので、この遺伝子ファミリーの植物における位 置づけ自体が再検討されることになるとともに、この検出系の利用により新たな輸送体の 発見につながる画期的な成果と言える。以上のことから、本研究は本学の博士の学位に十 分値するものと判断した。
4 最終試験の結果
本学の学位規定に従って、試験および試問を行った。公開の席上で論文発表を行い、生物 科学専攻の教員による質疑応答をもって試験にあてた。また、論文審査委員が本論文およ び関連分野について試問を行った。その結果、専門科目および外国語についても十分な学 力があることを認め、合格と判定した。