﹃宇 治 拾 遺 物 語 ﹄ の 標 題 に お け る 敬 語 に つ い て
藁 谷 隆 純
『宇 治 拾 遺 物 語 』 の標 題 に お け る敬 語 につ い て
一︑はじめに
﹃宇治拾遺物語﹄(以下︑略称)の標題における敬語に付
き︑補助動詞・動詞等を中心に少しく考察して行きたい︒
( 1 )
本文は﹃新大系﹄本を用い︑標題は︑その底本たる近世書写の陽明文庫蔵本の"目録"(上下に分かれている)に依
ることとする︒﹃宇治拾遺﹄の本文敬語と標題敬語との関係︑
又︑同文的同話の他説話集等の標題・本文との比較等も︑
必要に応じて行ないたい︒不明にしてかような先行研究は
余り管見に入らぬが︑小論によってわずかでも︑﹃字治拾遺﹄
の標題敬語の実態︑説話集における標題と本文との関係︑
標題の言語的特徴等が解明されるならば幸いである︒(尚︑
引用本文の漢字は︑原則として新字体にする︒)
二︑尊敬語 先ず︑﹃宇治拾遺﹄の標題における敬語の内︑尊敬語に
付き︑問題点のあるものを中心に見て行きたい︒
1︑二重敬語﹁(サ)セ給フ﹂
ω白川院へ
( 2 )
白川院御寝時物ニヲソワレ網事(六六)これも今は昔︑白川院︑御とのこもりてのち︑物に
おそはれ劃細ける︒﹁しかるべき武具を御枕のうへ
に置くべし﹂と沙汰ありて︑義家朝臣に召されければ︑
まゆみの黒塗なるを︑一張参らせたりけるを︑御枕に
たてられてのち︑おそはれさせおはしまさざりければ︑
御感ありて︑﹁この弓は十二年の合戦の時や持たりし﹂
お ん た つ ね
と御尋ありければ︑おぼえざるよし申されけり︒上皇︑しきりに御感ありけるとか︒
( 3 )
右の標題の異同について︑﹃三本対照宇治拾遺物語﹄で( 4 )
は右の﹃新大系﹄(陽明文庫蔵本)と同文であるが︑﹃全集﹄(古活字本)では︑,白河院おそはれ給ふ事
と違っている︒即ち︑この第六六話の標題で︑白河院への
敬語は︑﹁サセ給﹂と﹁給﹂の二種が見られる(﹁御寝時﹂
の有無はともかくとして)︒しかし︑例えば﹃全集﹄(古活
字本)では︑標題は﹁白河院おそはれ給ふ事﹂としながら︑
その本文中には︑﹁白河院⁝⁝物におそはれさせ給ひける﹂︑
﹁⁝⁝おそはれさせおはしまさざりければ﹂等二重敬語が
白川院へ用いられ︑標題の普通敬語﹁給ふ﹂は使われてい
ない故︑本文と対応させる意味からも︑﹁ヲソワレサセ給﹂
の標題の方が妥当かと思われる︒
古活字本のここの標題(﹁白河院おそはれ給ふ事﹂)には︑
陽明文庫蔵本等の標題(﹁白川院御寝時物ニヲソワレサセ
給事﹂)に比して︑①﹁御寝時﹂がなく︑②﹁物二﹂もなく︑
③二重敬語﹁サセ給﹂ではなく︑普通敬語﹁給﹂になって
いる︒つまり︑古活字本のここの標題は︑簡略化されては
いるが︑やや分かりにくく︑具体性に欠けると言えようか︒
( 5 )
因みに︑本話と同話の﹃古事談﹄(四謝)本文では︑オ ハ シ マ ス
﹁圏]御坐﹂が用いられ︑﹁サセ給﹂・﹁給﹂等は見られない︒ ②宇治殿(藤原頼通)へ
宇治殿倒レ謝テ実相房僧正験者二被召事(九)
か や の ゐ ん お ん の り う ま
これも今は昔︑高陽院造らる・間︑宇治殿︑御騎馬にて︑わたら謝あひだ︑倒れ溺て︑心地たがは
翻︒心誉僧正に祈られんとて︑召につかはすほど
に︑いまだ参らざるさきに︑女房の局なる小女に︑物
つきて申ていはく︑﹁別の事にあらず︒きと目見いれ
たてまつるによりて︑かくおはしますなり︒僧正︑参
られざる先に︑護法さきだちて︑参りて︑追いはらひ
す な は ち
さぶらへば︑逃をはりぬ﹂とこそ申けれ︒則︑よくなら繭にけり︒
心誉僧正︑いみじかりけるとか︒
( 6 )
本話と同話の﹃富家語﹄燭(=六一年頃)では次の通りである︒
宇治殿⁝⁝令渡御樋殿給間︑令顛倒給テ御心地令損給
ヶルニ︑⁝⁝サハヤカニ令成給二ヶリ︑⁝⁝
又︑同話の二番目としての﹃古事談﹄(三)では次の如
くである︒
⁝⁝宇治殿⁝⁝令レ帰給之後︒令レ渡二御樋殿一給之間︒
令二顛倒給テ御心地令レ違レ例給︒⁝⁝即尋常令レ成給
一 一20一
『宇 治 拾 遺 物 語』 の 標 題 にお け る敬 語 につ い て
ニケリ︒
右の﹃富家語﹄﹃古事談﹄では︑宇治殿(頼通)へ︑﹁令
⁝⁝給﹂(⁝⁝シメ給フ)なる二重敬語が四例乃至五例使
われており︑それらは﹃宇治拾遺﹄本文中の二重敬語﹁(さ)
せ給ふ﹂と︑使われている箇所も回数もほぼ同じであるの
で︑﹃宇治拾遺﹄の本話は︑﹃富家語﹄﹃古事談﹄を典拠又
は参考にしたか︑或いはそれらは同じ祖本に依っている可
能性もあろうか︒その際︑﹃富家語﹄﹃古事談﹄の﹁令⁝⁝
給﹂(⁝⁝シメ給フ)なる漢文訓読体を︑﹃宇治拾遺﹄にて
は︑﹁⁝⁝(サ)セ給ふ﹂なる和文体に改めたものであろ
うか︒右に一部ずつ引用した本文の全体を比較するに︑﹃宇治拾遺﹄の本話は︑﹃富家語﹄にも部分的には類似する
ものの︑﹃古事談﹄の方に大変類似していると言えよう︒
因みに︑﹃新訂増補国史大系﹄(古事談)では︑本話の仮
標題を︑
心誉療頼通病事
と︑心誉・頼通いずれへも無敬語である︒
ともあれ︑﹃宇治拾遺﹄の標題において︑二重敬語とし
ては︑﹁(さ)せ給ふ﹂のみが見られ(白川院・宇治殿への
み)︑﹁(さ)せおはします﹂等は見られない(本文中には
あり)事は︑一つの特徴と言えよう︒ 2︑普通敬語﹁給ふ﹂
ω 観音(経)へ
観音経化蛇輔人給事(八七)﹃全集﹄(古活字本)標題のみは次の如くなっている︒
観音蛇に化す事
そして﹃全集﹄は︑
マ マ
諸本﹁観音経化弛捕人給事﹂と注する︒﹃全集﹄の底本たる古活字本の標題﹁観音蛇に
化す事﹂は︑﹁蛇﹂・﹁弛﹂字の違いや︑﹁観音﹂・﹁観音経﹂(諸本)の主語の違い等はともかくとして︑本文の全体像(特
に後半部)がやや不明確なタイトルと言えよう︒かつ︑観
音(経)への敬語がないのが気になる︒﹃宇治拾遺﹄には︑
観音(経)が主語で︑その述語が明記されている標題が︑
次の如く︑もう一っある︒
越前敦賀女観音助給事(一〇八)
この場合は︑古活字本(﹃全集﹄)も右に全く同じ標題で︑
観音へ敬語(﹁給ふ﹂)がある︒故に︑八七話の標題につい
ては︑古活字本は芳しくなく︑陽明文庫蔵本等の方が適切
と思われる︒(尚︑右の﹃全集﹄注の﹁捕﹂は︑﹁輔﹂の誤
植か︒)
( 7 )
因みに︑本話と極めて近い同話の﹃古本説話集﹄(下︑六四)の標題には︑次の如く︑観音経への敬語が見当たら
ない︒
観音経墾傑蜘舞轍藤聾瓢だ.ぎ,
標題に﹁給﹂字はないが︑校注者が﹁(たすけ)たまふ﹂
を補って観音経への敬意を出している訳である︒その間の
事情を︑﹃新大系﹄は次のように注す︒
⁝⁝また本文は観音経に敬語を使用し︑宇治拾遺の目
録も﹁輔レ人給事﹂と﹁給﹂があるので︑題目では訂
正し︑かつ﹁給ふ﹂を補読した︒
実際︑・﹃古本説話集﹄全編の﹁観音説話﹂の標題においては︑
観音(経)へ﹁給﹂等の敬語を使用する場合と︑無敬語の
場合と︑両様あるようである︒
②慈覚大師へ
慈覚大師入纐纈城給事(一七〇)﹃三本対照﹄も︑右の通りだが︑古活字本は︑
慈覚大師纐纈城に入り行く事
と︑慈覚大師へ無敬語である︒但し︑﹃全集﹄は︑﹁諸本﹃給
事﹄﹂と注している︒本文中でも慈覚大師へ敬語が多用さ
ヘへれているので︑古活字本の﹁(入り)行く﹂は﹁(入り)給
ふ﹂の誤写と見て︑陽明文庫蔵本等の﹁入給﹂を正しいと
したい︒ 3︑﹁御覧﹂
賀茂祭帰サ武正兼行御覧事(一八八)
右の﹁御覧﹂に︑異同はないようである︒(但し︑古活
字本の標題は︑﹁帰サ﹂が﹁帰り﹂になっている︒)この標
題には珍しくも主語(法性寺殿︑忠通)が書かれていない
のが特徴的であろう︒しかし︑述語の敬語﹁御覧﹂が︑主
語は貴人と推定させる効果を有していると言える︒例えば﹃新大系﹄は﹁ごらんずること﹂と読み︑﹃三本対照﹄は﹁ご
らんのこと﹂と読んでいる︒動詞的に読むか︑名詞的に読
むかの違いで︑いずれも可能性があろう︒(本文中には︑
当然であろうが︑動詞﹁御覧ず﹂の方のみが三例用いられ
ている︒)
三︑謙譲語
次に︑﹃宇治拾遺﹄の標題における謙譲語に付き︑問題
点のあるものを中心に見て行きたい︒
1︑謙譲の補助動詞﹁奉る﹂
ω地蔵(菩薩)へ
尼地蔵奉見事(一六)
今は昔︑丹後国に老尼ありけり︒地蔵菩薩は暁ごと
一 一22一
『宇 治拾 遺 物 語 』 の標 題 にお け る敬 語 につ い て
にありき給といふ事を︑ほのかに聞きて︑暁ごとに︑
地蔵見習んとて︑ひと世界をまどひありくに︑博打
のうちほうけてゐたるが見て︑﹁尼公は寒きに︑何わ
ざし給ぞ﹂といへば︑﹁地蔵菩薩の暁にありき給なるに︑
あひ①葦んとて・かくありく也﹂といへば・冤蔵
のありかせ給ふ道は︑我こそ知りたれ︒いざ給へ︒あ
は遡葦んLといへば・﹁あはれ・うれしき事哉・
ゐ 地蔵のありかせ給はん所へ︑我をいておはせよ﹂とい
へば︑﹁我に物をえさせ給へ︒やがていて奉らん﹂と
いひければ︑﹁此着たる衣︑奉らん﹂といへば︑﹁さは︑
いざ給へ﹂とて︑隣なる所へいて行く︒
尼︑悦て︑いそぎ行に︑そこの子に︑地蔵といふ童
有けるを︑それが親を知りたりけるによりて︑﹁地蔵は﹂
と問ひければ︑﹁遊びにいぬ︒今︑来なん﹂といへば︑
﹁くは︑こ・なり︒地蔵のおはします所は﹂といへば︑
尼︑うれしくて︑つむぎのきぬをぬぎて︑取らすれば︑
ばくちはいそぎて︑取りていぬ︒
尼は・地蔵蜜んとてゐたれば・親どもは心得
ず︑などこの童を見んと思らんと思程に︑十ばかりな
る童の来たるを︑﹁くは︑地蔵よ﹂といへば︑尼︑見
るま・に︑是非も知らず︑ふしまろびて︑拝み入て︑
土にうつぶしたり︒童︑すはへを持て︑遊びけるま・ に来たりけるに︑そのすはへして︑手すさみの様に︑
額をかけば︑額より顔のうへまでさけぬ︒さけたる中
より︑えもいはずめでたき地蔵の御顔︑見え給︒尼︑
拝み入て︑うち見上げたれば︑かくて立給へれば︑涙
を流して・拝み緬嚢て・やがて極楽へ参にけり・
ふ か く
されば︑心にだにも深念じつれば︑仏も見え給なりけると信ずべし︒
右の波線部②の﹁あはせ参らせん﹂の﹁参らせ﹂は︑尼
への敬語説も有り得ようが︑直前の尼の言葉﹁︹地蔵菩薩二︺
あひ参らせん﹂に対応する博打の言葉﹁︹地蔵菩薩二︺あ
はせ参らせん﹂と解して︑ここでは一応地蔵への敬語とし
たい︒又︑その逆に︑﹁やがていて奉らん﹂の﹁奉ら﹂(点
線部)は︑地蔵への敬語説も有り得ようが︑直前の尼の言
ヘへ葉﹁我をいておはせよ﹂を受けた博打の言葉﹁︹アナタヲ︺
やがていて奉らん﹂と解し︑尼への敬語とここでは考えた
い︒
したがって︑右の本文では︑地蔵への謙譲の補助動詞と
して︑﹁奉る﹂が一例︑﹁参らす﹂の方は四例見られる︒そ
れにもかかわらず︑標題には﹁奉る﹂の方を用いている︒
なぜであろうか︒﹃宇治拾遺﹄の本文は和文体が中心だが︑
標題の方は︑出来るだけ漢字︑漢文体(変体)にし︑努め