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―その主題―

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William Faulkner : Absalom Absalom! 23

William Faulkner : Absalom Absalom! 

―その主題―

藤 井

 1936年,Faulknerは,7 舵So%%4醜4地6 F%7ツ,〃8勿勿・4%9%∫渉に続いて,彼の最 大傑作の一つと云われ,また,最も難解な作品の一つでもある・4∂sα10〃z,・4∂sα10〃z!を書き上 げたのである。年代が近い為に,前記の作品とは,技巧の上でも似通っている点が多いことは 云うまでもないが,更に一層こみ入って,複雑になっている。

 三入の語り手によって,明らかにされて行くのは,主人公Satpenの生涯であり,彼及びそ の家族の者の運命である。Satpen Hundred(1)と言われる広大な屋敷が,どのようにして築か れ,どのように崩れ去ることになったのか,その消長の一部始終が,南部の土地と歴史を背景 に,色濃く写し出されて行く。

 この作品は,第一一章から第五章までを第一部,第六章から第九章までを第二部として,大き く二つに分けることが出来る。第一章及び第五章は,65才の老婆Rosa Coldfieldが,大学生 のQuentin Cornpsonを相手に,彼女が「直接知っているSatpen」〔2)及びその家族について 物語る話である。第二章から第四章にわたっては,Mr. Compsonが.その父から聞いたこと を中心に,世間に伝えられた噂をも合せて,その子Quentinに話して聞かせる物語である。

従って第一部を構成しているものは,Satpen及びその一族について,直接間接に知られてい る過去の事実であるが,それ等は矛盾と撞着とを含んだまxに,混沌とした世界を現出して いる。第二部は,その矛盾と謎に満ちた話を,Q1ユentin CompsonがShrevlin(Shreve)

      まMacCannonを相手に,色々な解釈を附け加えながら,筋道の通った物語にして行くものなの

である。

 第一部における最初の話し手Rosaは,主入公Satpenを,全く理不尽な,我武者羅な入物 として登場させる。それは,彼女が何度も繰返えす demon (3)の言葉に相応しく,実に奇怪 な人物である。目的の為には手段も選ばず,他人の不幸など意にも止めない人非人である。

 1833年,どこからともなく,Jeffersonの町に姿を見せたSatpenは,人4の冷い余所者 扱いなど物ともせず,我武者羅に未開の土地百平方哩を切り開き,黒入を使い,フランスの建 築家を雇い,その地方きっての邸宅を造り上げ,棉畑も確保した。意外にも,町中で最も宗教

(1)WiUiam Faulkner:Absalom Absalom! p. g

(2)Olga Vickery:The Novel of Wil!iam Faulkner p・86

(3)William Faulkner:o1瓦cit.      P.13,15,__

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William Faulkner:・4∂5αZo吻,.4う3σZo吻!

心厚く,清廉iな入と言われたMr. Coldfieldの娘と,略奪同様の強引さで,結婚することに 成功し,やがて息子Henryと娘のJudithも生まれた。このように,次第にその地歩を固め ながら,自分の野心を次第に達成して行った。

 RosaはEllenの妹であり,両親が中年を過ぎてから生れた。母は彼女を生むと間もなぐ 死んだ。彼女は,母の命と引替えに生を受けた。独身の叔母に育てられた彼女は,生れながら に愛情に恵まれてはいなかった。むしろ危介者とさえ考えられた。このような環境において,

いつも「ドアの陰で」(4),大人の会話に聞き耳を立て,足音をしのばせて歩くのであった。そ のような彼女が,陰気で,穿さく好きな人柄に育って行ったことは当然であるし,その行動は 勿論,考え方も極めて狭く,頑くなで,非妥協的な性格になって行ったのもうなずける。彼女 の父,Mr. Coldfieldを,道徳的にも信仰の上でも,志操堅固で立派な人であると信じる一方,

Satpenを,それとは正反対に,彼女の父の,姉の,ひいては,一族の運命を狂わせ犠牲にし た悪魔と思い込んでしまう。老婆になった今,Rosaは,黒づくめの衣裳を身につけ,やせて小 さく,椅子に坐ると,足が床につかぬ程である。身じろぎもしないで,しゃがれた声で話しつ づけた物語は,彼女の姿とは対照的な,異常にはげしい憎しみに満ち,極端にゆがめられたも のであった。その憎しみの強烈さが,この入故に一層,話に不気味さを与えている。Rosaは,

まるでSatpenの荒々しい姿が目の前に見えるかのように,紙面一ぽいに立ちはだかる異様な 入物として,毒灯しく物語って見せるのである。至近距離から,ただ一面的に眺めた「グロテ

スクな姿」(5)としてである。

 第二章から第四章にわたるQu.en.tinの父, Mr. Compsonの話は, Quentinの祖父の話を 主として,その一部に,町の人々の噂話をも附け加えたものである。時間的にも,対人関係に おいても,Satpenを,より広い視野において捕え,同じ南部の男性としての共感をも混じ えながら,伝えられたものである。Rosaの伝えるSatpenが憎しみと云う拡大鏡を通しての 姿であるとするならば,Mr. Compsonのそれは,時間と距離のレンズを通して見たものであ り,社会と時間の中におけるSatpenであり,その一家の運命である。

 藤の花の香りに加えて,葉巻の煙と共に語られて行くSatpenの話は,彼が, Jeffersonの 町にはじめて現われた日から始まる。読者を,巧みに過去の時間の中に誘導し,いつの間に か,町の人々と同じように,観客の一員として了うのである。Rosaが,自分と同じ立場に,

極めて特種な主観の世界に,読者を強引に引き込んで行くのとは対照的である。

  Aman with a big frame bu.t gaunt now alrnost to emaciation, with a short  reddish beard which resembled a disguise and above which his pale eyes had a

 quality at once visionary and alert, ruthless aエ1d reposed in a face whose flesh  had the appearance of pottery, of having been colored by that oven s fever either

(4)William Faulkner:op. cit. p.60

(5)01ga Vickery  :op. cit. P.88

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William Faulkner:渤3α10〃2,勘sα10吻! 25

 of soul or environrnent, deeper than sun alone beneath a dead irnpervious surface

 as of glazed clay.(6}

ど紹介されるSatpenは, Rosaのそれとは違って冷静に客観的に写されている。語り手は,

祖父及び町の人々の後に隠れて,個性をなくしてしまっている。平和な日曜日の朝,教会の鐘 が明るく鳴りわたる Jeffersonの町に, Satpenが突如として現われた時,町の人々が不し た驚きと,好奇心と嫌悪と軽蔑の表情から判断すれば,どこの誰ともわからない新参者が,そ の町に入り込む余地はないようであった。Satpen.には,このような世の中の思惑など考える 余裕もなく,遮二無二働く間に,五年の月日が流れて行った。町の人々は,その間に,徐々に ではあったが,少しづっその態度を変えて行った。時たまにではあったが,Satpen H/ln.dred を訪れる者すら出て来るようになった。しかし,彼がこの社会に抵抗なしに受け入れられるに は,まだまだ努力と時間とを必要とした。

 Ellenとの強引な結婚については,期待した程に,町の人達は暖い感情を示してくれなかっ た。やがて彼の結婚生活も十年を過ぎ,HenryとJudithも大きくなり,財力も出来る頃には,

いつの間にか,町の人灯も彼を受け入れるようになっていた。Jeffersonの町と, Satpenの 関係が面白く,しかも客観的に物語られて行く。一応,彼の思い通りの道が開けようとしてい る時,「彼の運命が狂い始めた」(7)のである。Henryの大学における親友Charles Bonが,

突然姿を現わし,彼の行く手に一つの大きな波紋を投げたのである。調査によって,Bonが 彼自身の子であることを知った。Satpenは,幼少の頃, poor whiteであるが為に受けた侮辱 が忘れられず,志をたてHaitiに渡り,成功し土地の有力者の娘と結婚,一子を設けた。しか し黒人との混血の事実を知り,失敗に気付いた彼は,母子に全財産を与え,いさぎよくその地 を去った。Bonは,彼がその昔捨てた子供であった。 Bonには,すでに混血の妻子があるこ とも合せて知った。Henryは何も知らずに,最愛の妹JudithにBonを近付けようとして父 と対立し,はげしいやりとりの末,ついにBonの出生の秘密を知った。 BonとH:enryは,

逃避の手段として,進んで南北戦争に参加した。Satpenもまた,南軍の将として出征する。

しかし,四年の長い月日も,この難問を無事に解決することは出来なかった。ついに,Henry は,妹の名誉の為,一家の名を守るために,Bonを射殺する。

 Compsonの話は, Satpenが新しく家を興してから滅びるまでの歴史を,人力の限界と運 命と云う視野に立って,客観的に写し出して行く。話が熱を帯び,Mr. Compson自身が,客 観的な冷静を欠きそうになると,そのたびに, エny father said と説明の後に附け加える。

つまり,自分の感情を抑え,平静を保つと共に,読者をも傍観者の立場から逸脱させないよう に努めているのである。その他 rny mother said, とか, Satpen said とか,各所に捜入 的説明の部分があって,彼の話に,「冷静さと客観性」〔8}を与える役割りを果し,リズムを形

⑥Willianl Faulkner:oP. cit. P.32

(7)William Faulkner:op. cit. P.73

(8) 01ga Vickery   :oP. cit.  P.102

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William Faulkner:.4∂sαJo彫,.4δ3βJo窺!

作っている。

 第五章は,再びRosaの話に戻るのであるが,これはイタリソクで記され,現在形で物語ら れる。Ellenが死んで二年後のことである。花嫁衣裳を用意しながら, HenryとBonの帰 りを待っているJudithのところに, Bonの死体が運び込まれた日の事である。 Bonは,

Judith以外の誰にも見られることなく埋葬されてしまう。 Bonの死後, Rosaは, Judithや Clytieと共にSatpenの留守宅を守る。やがて戦地から帰ったSatpenは,休む暇も惜しん で,我が家の再興に没頭するのであった。男子の跡継を切望し,ついにRosaに求婚したが,

これはたyBosaを怒らせる結果に終ってしまった。第一章と同じく,自分の野心達成のため にすべてを賭け,自己中心で性急なSatpenの姿である。年老いてなお,遮二無二生きようと するSatpenが,イタリックの文字の上にグロテスクに浮び上って見える。

 第二部は,QuentinとShreveによって話が進められる。時は,1910年の一月,凍てつく ように寒いBostonの冬の夜である。場所は,格別の飾りもない:Harvard大学の寄宿舎の一 室である。Shreveは,南部とはほど遠いカナダ出身であり,想像力と感受窪に富み,Quentin の親友である。Quentinの父から, Rosaの死を知らせる手紙が届いたのを機に,若い二入は 改めてこxにSatpen家の問題を取り上げる。

 彼等は,既に第一部で取り上げられたことに再びふれて行くが,その中に含まれている数々・

の矛盾と謎を,真面目な意味付けによって,原因と結果の論理性を備えた全体としてまとめ上 げている。この点,The Sound and the:Furyを、思わせるところが多分にある。

 先づ第一は,SatpenがJeffersonに現われる以前の彼の過去である。彼は,狂気じみて 見える程,Satpen Hundredの建設に没頭した。その異常な努力と精進の動機を説明するも

のとして,また荒廃した我が家の再建のためなら,すべてを犠牲にしても悔いないような,そ の恐るべき執念を理由付けるものとしての彼の過去である。

 その過去の一部は,すでに前半で明らかにされているところである。丘陸地帯に住むpoor whiteの子として,教育も受けず,獣同様に育った。しかし,大農家の下僕から受けた侮辱

は,いつまでも深い傷跡を彼の心に残した。生来の怜倒さと強い意志力と野心とに支えられて いた彼は,一念発揮して:Haitiに渡った。しかし,志に反し結婚が失敗であったことを悟った 彼は,すべてを捨て本土に帰えり,再出発をはかった。問題になるのはその過去である。すな わち,先づ明らかにされるのは,彼が捨て去ったと思っていたその過去と,更にその過去を生 むに至った動機となる過去,言いかえれば,それ以前にさかのぼった過去である。少年Satpen が心に受けた悲しみと憤りとが,読む者に深い感動を呼び起こす。それは,カナダ生れの Shreveにも,充分感得咄来る悲しみであり,この人間的な苦しみと憤りが,万人に通じるも のとして我々に迫るのである。そして後年,Satpenが示した狂気じみた努力と執念をなる程 と思わせる力を持っている。

 第二に明らかにされるのは,Satpenが自分自身の父であり,Judithが異母妹であることを 承知していながら,Charles Bonが死をかけて,あえてJudithに近付こうとした非常識な

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Willia1n Faulkner:!窺δsα!o〃2,五∂εσ10甥!

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行為の動機である。Bonは,ふとしたことから, HenryがSatpenの息子であることを知 り,彼と親しむことにより,Satpenに近付くことを考えついた。 Satpenに,我が子と認め させたかったのである。すでに,自分で出来るだけの償をしたと信じていたSatpenは,頑と してBonを拒んだ。 Bonは最後の手段をとった。 Judithとの結婚の意志をほのめかすこと によって,否応なしにSatpenの子として自分を認めさせようとした。しかし,それは空しい 努力であった。Henryは, incest自体の罪よりも,その家系に黒い血の混じることを恐れ,

Bonを殺してしまったのである。

 第三は,年60にして,荒廃した我が家に辿りつき,休息も忘れ,狂気のように,その再建の ため身を粉にして働いたSatpenが,何故Rosaに求婚して失敗したか,:なぜpoor white の雇人Wash Jonesに殺されたか,これ等に対する理由である。彼を狂奔させたのは,何であ ったのであろうか。それは,男子の後継者を得たいと言う異常に思われる程の執念であった。

最後の望として,Millyに生ませた子は女であった。自分の力の限界を知り,将来への希望 を失った淋しいSatpenを待ち受けていたもの,それは娘を犠牲にされて怒りに燃えていた Washであった。 Washが打ち下ろした一撃は, Satpenの夢を永久に葬り去って了つたの

である。

 最後に,Satpenの死後43年もたった1910年現在の次元において, Satpen Hundredが どのように変ったのかy明らかにされる。人が住むとも思われぬ廃屋に残る者は,死に場所を 求めて,人目につかず帰りついて,今は年老いて寝たま玉のHenryと,これを看護する老婆 のClytie,それにChar!es Bonの息子V. Bonの長子で白痴のJim Bondであった。

Quentinを伴って訪れたRosaは, Henryの病気の重さに驚き,病院に入れようとする。

Clytieはこれを,殺人の罪によりHenryを捕えに来たものと誤解し,今はこれまでと屋敷 に火を放つた。あれほど栄えたSatpen HundredもSatpen一代のはかない夢として消滅

し,残るのは白痴のJim Bondだけとなったのである。

 以上四点が明らかにされたところで,全体を眺めると,第一部では,突如として躍り出て来 た奇怪な野獣のようなSatpenも,南部建設と云う歴史的展望の中で考える時,南部人の一典 型に過ぎないことを示しているように考えられる。第二部では,それぞれが,一個の入間とし てSatpen及びその家族の者達が扱われている。こxに登場する人物はすべて,人間として の悲しみ,苦しみ,憤り,欲望,満されぬ淋しさを,それぞれに背負っている者として,普遍 的な生命力を持ち始めている。この点において,今少しく第二部に検討を加えてみたいと思

う。

 Faulknefは,1954年,私共が出席した長野におけるセミナーの席上,彼の創作について,

「木の影を描くことによって,木の現実の様子を,読者に想像し,創作してもらう」⑨のだと 言ったけれど,RosaとCompsonによって示されたその影の部分や謎の部分が, Quentinと

19) Robert Jeriff:Faulkner at Nagano P・72

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William Faulkner:肋εα10吻,.4∂ε010%¢!

Shreveによって見事に想像され,創作されていると言ってもよいのではないであろうか。

Caoshであった全体は.巾と厚みとを加え,原因と結果の論理によって整理され,一貫性を持っ たまとまりあるものとなっている。

 第一部では,単なる聞き手に過ぎなかったQuentinが,第二部では,自ら語り手となり,

時にはSatpen自身の化身となり, Bonの分身にさえなって,積極的に語りかける。これを 聞くShreveも,話の矛盾をつきこれを修正させる。かと思えば,自分もまたSatpenとな り,Bon.に変り,劇的で迫力ある話を展開して行く。このようにして, Qu.ntinとShreveと の間に作り上げられたSatpen.は,もはや,冷酷無情な男ではない。自分の息子Bonに,何 とかして肉親相姦の罪を犯させまいと,ひそかに苦しみ悩む一入の人間であり父である。また 野心達成の為に,すべてを犠牲にした彼であったのに,男子の後継を得たいと言う最後の望み

も空しく夢破れ,絶望の内にWashに殺される淋しい運命の人として描かれている。心の苦 しみも,悩みも,入前に出す事も出来ず,自分一人にすべてを背負って消えて行く悲劇の主入

公にな:っている。

 Bonもまた,故郷に混血の妻子を持ちながら,平気でJudithに求婚する乱破廉恥な男で はない。また,「影のように」(1ω自己を持たない青年でもない。たyひたすらに,父から「我 が子」⑳として認めて貰うことを願い,その為には,あえてどんなことでもしょうとするひた むきな若者となっている。頑なに拒絶するSatpenに対し絶望し,夢破られた彼は,自ら進ん でHenryに殺されようとする悲劇の青年なのである。

 Fau.lknerの小説は,過去の伝統と現在の反伝統の世界との間の葛藤をめぐって打ち立てら れると言われているが,Quentinは,正にそのような場におかれる主入信に,最も相応しい入 物ではないのであろうか。その葛藤の苦しみに,自分をさいなむ可能性と感受性を十分に持

ち含せた若者である。南部の名門の出であり,過去の伝統の重さを身をもって体験して未てい る。Shreveは,現在の反伝統の世界を代表するものと考えてよいであろう。彼は, Harvard の大学で真理を学ぶ学徒である。しかも,彼はカナダの出身である。南部の伝統は彼が与り知 らぬところである。それ故にこそ,彼はBonの立場に最も深い関心を示し,子としての認知 を迫るBonの心を最も正当に理解し,人間として当然な事として支持しないではいられない のである。この意味においてShreveは,南部の伝統と殻の中でゆがめられ,その目を曇ら されているQ1ユentinに,真の人間の姿に目を向けさせる役割を果している。南部の考え方に 染らないで,何のこだわりも持たないShreveと論議し,話し合い,訂正し合って行く過程 において,Quentinは,自分の中にあるChaosのように混乱しているSatpen像からまこと の姿に到達する力を獲得して行くのである。

 確かに南部の土地が,個入の上に影響する力は大きいのであろう。しかし,この作品を単

(1①William Faulkner oP. cit. P.124

(11) Ibid.      P.327

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William Faulkner=勘sαJo窺,.A6sαJo甥! 29

に,南部を象徴するSatpenの物語として受取るだけでは満足出来ない。 Quentinの故郷に 関係のある代表的入物の生涯について,現在残されている数々のfactsと伝説から・truthを 求めようとして努力することの重要さを無視することは出来ない。では,この物語における tru.thとは何であろうか。      ・

 第二部は,悲劇の原因の糺明を中心としている。Bonは,もはや,こxでは曖昧な捕えど ころのない破廉i恥な男ではない。時期を静かに待つだけの自制心と,忍耐力と,意志力を持っ て,悲願を達成させようとする男として登場する。しかし,たとえincestの罪を犯しても,

悲願を達成させようとする異常なまでの執着は,どこから生じたのであろうか。それ程まで に,Satpenからの「我が子よ」と云う言葉を切望したi理由は,何であったのであろうか。な る程彼は極めて自由であり,物質的にも精神的にも,彼を抗晒するものは何もなかった。少く とも現在に関する限り,彼は自由に思い通りに如何なるところにも出没する事が出来た。しか し彼にとって,その自由は自分に存在を自覚させる自由でなく,自己の非存在性を感じさせる 種類の自由であった。自分がよって立つべき地盤を持たない時に抱く心細さを味っていた。彼 は,現在に「自分を定着」(12)させる為に,過去を必要とした。彼は,自分の出生の源を確認す ることによって,現在における存在の理由を見付けたいと思った。現在における自分の位置を 知るために過去を必要とした。彼にとって,過去は現在を本当に生きるために,なくてはなら ないものであった。彼を悲劇に陥入れた原因は,隠された過去にばかり拘泥して,現在に生き る意味を見失ったところにあった。

 Satpenは過去を捨てた。少くとも自分ではそう思っていた。語るに足りる過去であり歴史 であるとは思っていなかった。自分の力を頼み,社会の伝統,習慣など無視した。自分の野心 達成の為に,思うま瓦実行し,現在と未来を見つめて生きて来た。見方によってはそれは,既 成社会に対する反逆行為とも解釈出来るであろう。しかし彼の場合,その既成社会を,あるい は,その社会における基本的な考え方を,否定することにはならなかった。彼の,一見反逆的に 見えるその行動は,計画通りにその既成社会において,地位と財力を得るための手段であり,

その社会の一員としての資格を得るための努力であった。その社会に受け入れて貰えるように なるために,踏まねばならぬ過程であった。彼はその社会の考え方を自分の考え方とした。黒 入に対する考え方にも,疑問を持ったことはなかったし,そこに誤りがあろうなど考えてみた こともなかった。むしろ当然のことxして受け取っていた。従ってBon母子について,自分 の過ちを認めてはいたが,その処置については何の呵責も感じなかった。過去は完全に断ち切 られたものと信じて疑わなかった。Bonがあれ程切望したにもかxわらず, Satpenの口か ら,父としての言葉は一言も出なかった。唯一言がすべてを解決し,悲劇を喜劇に変えたであ ろうのに,Satpenには出来なかった。 Bonの「人間的価値」α3)を認めることを知らなかった

(12)Irving Malin Wi1]iam Faulkmer p.11

(13) Ibid      p.24

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William Faulkner:.4∂solo駕,.46sσ♂o彫!

のである。そこに彼の蹟きがあった。入間性についての認識の不足である。逃れることの出来 ない過去から脱出出来たと信じていたところに,彼の誤算があったのである。

 Henryは,幼少の頃から浸入を遊び相手に育って来た。従って,彼等に対して差別意識を 持つ筈はなかったと言ってよい。にもかかわらず,彼が愛するBonを自分で殺さねばならな かったのは,彼の心に奥深く潜んでいた南部の宿命的な考え方によるものであった。黒白の雑 婚に関する南部における倫理観の力であった。雑婚は,「社会の基盤を破壊する」卿ものと考 えられていたのであった。黒い血が,彼の家系に混ざることを本能的に恐れたのである。彼は,

父Satpenのように過去を恐れなかった。その未来を守るために,現在の彼の家の血を守りた いと思ったのである。しかしその事は,彼が過去と絶縁していたとか,無縁な者であったこと を不すことにはならない。むしろ逆である。たとえ,Bonが望んだことであったとしても,決 定を迫られた最後の瞬間に,彼に引き金を引かせたものは南部の掟であった。その社会に堆積

されて来た考え方の総計であった。自分で意識はしていなかったけれど,南部の過去の力が,

彼を殺入の罪に追いやったのである。それは,「黒人の人間性を否定するもの」㈲であったの

である。

 Satpenが, Bonの心を読み取ることが出来ず,人間性の認識力に欠けていたのは,その社 会の倫理観に,無意識の内に染っていたからである。また,Henryが,殺人の罪を犯してし

まったのも,抗することの出来ないその大きな力に支配されていたからである。そしてBon は,触れてはならない過去をあばこうとして,その道徳観に刃向い,ついに力つきて倒れてし まったのである。一人の男の無知から起ったこの悲劇の根底には,南部の風土の持つ「魔力」

が働いていたのである。これがこの物語の持つtruthなのである。

 では,このtr1ユthは, Quentinにとって,どんな意味を持つのであろうか。 Quentinと Shreveは,この物語に人間的な意味を発見した。入の子としてのBonの苦しみは,二人の間 で,まるで自分達の苦しみであるかのように感受される。遠く離れた一地方に残された過去の 事実に過ぎないSatpenの生涯とその家族の問題が, QuentinとShreveによって,『我』

の陽題として現在に生き始めるのである。言いかえるならば,限られた一一地方に過ぎない南部 の過去の世界が,Quentin.を接点として,現在において普遍的な意味と深みを持って,他の 世界に繋がるのである。RosaとMf. Compsonから受け継いだ精神的所産は,南部だけに理 解される数々の矛盾と謎に満ち,その地域にだけ通用する価値しか持っていなかった。ところ が,Shreveと云う勝れた協力者を得て,「入間性を中心とした普遍的価値と論理性を備えた より大きな所産」u6)に変えられたのである。南部と云う一地域だけに生きていたSatpen及び その家族の物語は,もっと大きな世界においても,なお深く考えさせるところのある精神的所 産として,大きく成長したのである。

(1の Olga Vickery :op. cit.    p.97

㈲William O/connor:The Tangled Fire of William Faulkner p.98

(1励 Olga Vickery :oP. cit.    P.91

(9)

William Faulkner:鋤3α10彫,孟δsα10〃7!

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 第一・部において,RosaとMr. Compsonから話を聞くQuentinは,話し手が語るがま瓦 に自由にその世界に立ち入り,まるで自分自身が直接体験をしたかのような強烈な印象を受け

るのであるが,それは「あくまでも過去の世界」働であった。時に,藤の花の香りや葉巻の煙 によって,現在の世界に呼び戻されるが,それは単に,その話の世界があくまでも,過去の次 元であることを再確認させる意味を持っているに過ぎない。しかしながら,Shreveの出現に

よってQuentinは,過去を包含する現在の次元の中で,大きく行動する力を与えられる。彼 は過去の世界ばかりでなく,現在の世界を自由に動き回る。過去と現在の見透しの上に立っ て,南とか北とかの枠をはなれ,もっと広い視野の中で,Satpenの生涯を眺めることが出来 るようになる。過去と現在,一南部と普遍の世界,その中心に,自己の占めるべき地点を発 見したのである。その接点において,QuentinとShreveは,相対して繋がるのである。

ShreveによってQuentinは,南部の世界を脱することなく,他の外部の世界に接する地点を 発見することが出来たのである。また,同時に,その地点こそ,自分のよるべき場所であるこ とを悟るのである。自分こそは,認識の中心点であり,普遍の世界に通じる掛替のない一点で あり,それと同時に,意志の如何にかXわらず,南部の枠の外に出ることも,また離れること も出来ない位置にあることに気付くのである。すなわち,彼自身の南部人としての宿命をさと るのである。そして自分自身の中にも,南部が大きな力を持っていることを,深く感じとるの

である。だからこそ彼は,南部を憎むことが出来ないのである。 Idon t hate it. he said,

 Idon.ノt hate it he thou.ght, panting in the cold air, the iron new England dark;王

 don t I don t!Idon t hate it! (18)と言いながらQuentinは身をふるわせるのである。

それでこそこのQuentinの言葉が物語の最後を結んでいる意味が明らかになってくる。にく むには余りに強く結ばれている。その矛盾も謎も,すべて自分自身の中に包含され,息づいて いることを彼は改めて認識するのであった。かくしてQuentinは長い長い話の末に,漸く核 心に触れる思いをするのだと私は考える。すなわち,Quentinの『我』の認識である。 「我』

と『我』の中にある「南部』の認識である。

 第二部において,QllentinとShreveの二三が第一一部の話を,再び取り上げると云う複雑 な形がとられているのは,偶然ではないし,また,たy作品を複雑にし,奇を衝って読者を困 惑させる為のものでもない。その主題の性格が,こうした複雑な形式を必要としたのである。

0 Connerも指摘しているように,〔1窃Satpenは,自分の人生について,本当の意味を把握する ことなく死んで行ったのである。従って,Satpenの物語と言うよりは,むしろ, Quentinを 主体として考え読むべきものと考えたい。

(m Olga Vickery   :oP. cit.  P.90 q鋤William Fau玉kner:op. cit. p.378

(19William O/Conner:oP. cit. P.99

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<1) (2)

‑(3)

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(6)

(7)

(8) (9)

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Ql)

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(13)

(1al

       William Faulkner: Absalom Absalom!

      '

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       Com, 1964

Longley, John L. The Tragic Mask, Chapel Hill, The University of North Carolina,       1963

参照

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