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(1)

福岡大学博士学位論文

一過性の運動が認知機能に及ぼす影響

―血糖と脳への酸素供給からの検討―

福岡大学大学院 スポーツ健康科学研究科 学籍番号

GD150502

氏 名 小見山高明

(2)

目次

第一章 研究の背景

1)-1 認知機能とは

1)-2 一過性運動と認知機能の関係

1)-3 一過性運動により認知機能が変化する要因 1)-4 運動中の脳におけるエネルギー代謝

1)-5 研究目的

第二章 朝食摂取の有無が運動中の認知機能に及ぼす影響

2)-1 緒言 2)-2 目的 2)-3 方法 2)-3-1 対象者

2)-3-2 実験プロトコル

2)-3-3 血中グルコース濃度,血中乳酸濃度

2)-3-4 心拍数,主観的運動強度,呼気ガス

2)-3-5 認知機能 2)-3-6 統計処理

2)-4 結果

2)-4-1 血中グルコース濃度

2)-4-2 心拍数,血中乳酸濃度,主観的運動強度,呼気ガス

2)-4-3 認知機能 2)-5 考察

2)-5-1 朝食摂取の有無による安静時の認知機能への影響

(3)

2)-5-2 朝食摂取の有無と運動が与える認知機能への相互作用 2)-5-3 研究の限界

2)-6 結論

第三章 低酸素環境下での運動が認知機能に及ぼす影響

3)-1 緒言 3)-2 目的

3)-3 方法 (研究2-1)

3)-3-1 対象者

3)-3-2 実験プロトコル

3)-3-3 心拍数,運動負荷,主観的運動強度,血中乳酸濃度

3)-3-4 動脈血酸素飽和度,脳組織酸素飽和度

3)-3-5 認知機能 3)-3-6 統計処理

3)-4 結果 (研究2-1)

3)-4-1 心拍数,運動負荷,主観的運動強度,血中乳酸濃度

3)-4-2 動脈血酸素飽和度,脳組織酸素飽和度

3)-4-3 認知機能 3)-5 方法 (研究2-2)

3)-5-1 対象者

3)-5-2 実験プロトコル 3)-5-3 認知機能

3)-5-4 心拍数,主観的運動強度,血圧,呼気ガス,血中乳酸濃度,血中グルコース濃度

3)-5-5 動脈血酸素飽和度,脳組織酸素飽和度,中大脳動脈血流速度

(4)

3)-5-6 統計処理 3)-6 結果 (研究2-2)

3)-6-1 酸素摂取量及び運動負荷

3)-6-2 認知機能

3)-6-3 心拍数,主観的運動強度,血圧,呼気ガス,血中乳酸濃度,血中グルコース濃度

3)-6-4 動脈血酸素飽和度,脳組織酸素飽和度,中大脳動脈血流速度

3)-6-5 低酸素環境における認知機能と酸素供給指標の変化との関係性

3)-7 考察

3)-7-1 低酸素環境による安静時の認知機能への影響

3)-7-2 低酸素環境による運動中の認知機能への影響

3)-7-3 研究の限界 3)-8 結論

第四章 高強度運動時の脳への酸素供給の変化が認知機能に与える影響

4)-1 緒言 4)-2 目的 4)-3 方法 4)-3-1 対象者

4)-3-2 実験プロトコル 4)-3-3 認知機能

4)-3-4 脳組織酸素飽和度,中大脳動脈血流速度

4)-3-5 心拍数,主観的運動強度,呼気ガス,血中乳酸濃度,血中グルコース濃度

4)-3-6 統計処理 4)-4 結果

(5)

4)-4-1 認知機能

4)-4-2 脳組織酸素飽和度,中大脳動脈血流速度

4)-4-3 心拍数,主観的運動強度,呼気ガス,血中乳酸濃度,血中グルコース濃度

4)-5 考察

4)-5-1 高強度運動による認知機能低下の要因

4)-5-2 研究の限界 4)-6 結論

第五章 結論

第六章 今後の研究課題

第七章 図表

第八章 引用文献

第九章 謝辞

(6)

◇略語

V̇O2max:maximal oxygen uptake(最高酸素摂取量)

PET:positron emission tomography(陽電子放射断層撮影)

GI:glycemic index(グリセミックインデックス)

BMI:body mass index(体格指数)

HRmax:maximal heart rate(最大心拍数)

RPE:ratings of perceived exertion(主観的運動強度)

V

E:minute expired ventilation(分時換気量)

V

O2:oxygen uptake(酸素摂取量)

RER:respiratory exchange ratio(呼吸交換比)

DR task:spatial delayed response task(視空間遅延反応課題)

PaO2:arterial oxygen partial pressure(動脈血酸素分圧)

SaO2:arterial oxygen saturation(動脈血酸素飽和度)

FIO2:fraction of inspired oxygen(吸入酸素濃度)

SpO2:peripheral oxygen saturation(動脈血酸素飽和度)

NIRS:near-infrared spectroscopy(近赤外線分光法)

Oxy-Hb:oxygenated hemoglobin(酸素化ヘモグロビン)

Deoxy-Hb:deoxygenated hemoglobin(脱酸素化ヘモグロビン)

Total-Hb:total hemoglobin(総ヘモグロビン)

rpm:round per minute(毎分回転数)

V

O2peak:peak oxygen uptake(最高酸素摂取量)

(7)

SBP:systolic blood pressure(収縮期血圧)

DBP:diastolic blood pressure(拡張期血圧)

PETCO2:end-tidal partial pressure of carbon dioxide(呼気終末二酸化炭素分圧)

FETCO2:fraction of end-tidal partial pressure of carbon dioxide(呼気終末二酸化炭素濃度)

MCA Vmean:middle cerebral artery mean velocity(中大脳動脈平均血流速度)

CaO2:arterial oxygen content(動脈血酸素含有量)

TCD:transcranial doppler(経頭蓋超音波ドプラ法)

(8)

1

第一章

研究の背景

(9)

2 1)-1 認知機能とは

認知機能とは,注意や集中力といった基本的な知的能力から,判断・計画・実行などの高

度な知的能力の総称である.認知機能はわれわれの日常生活下の活動だけでなく,スポーツ

場面においても重要な役割を果たしている.例えば,サッカーやバスケットボールなどの球

技種目においては,周囲の状況が変化していく中であっても,状況を正確に把握し,素早く

適切な判断をすることが求められる.認知機能は,このようなスポーツ場面における状況判

断を担っていると考えられる.従って,状況判断を担う認知機能をスポーツ場面でいかに働

かせるかがパフォーマンスを左右する一つの要因となる.しかしながら,これまでの運動と

認知機能に関する研究では,運動前後の静的な状態で認知機能を評価している研究がほと

んどである.スポーツ場面では身体を動かしながら状況判断を行うことが多く,このような

二つのことを同時に行う二重課題を行っている.つまり,スポーツ場面を想定した場合,二

重課題となる運動中の認知機能を評価することが,より実際のスポーツ場面に近い状態を

反映できると考えられる.このような認知機能が運動中にはどのように変化し,さらに認知

機能を変化させる要因を明らかにすることは,スポーツパフォーマンスを高めるトレーニ

ング方法や方略を考案する上で非常に意義がある.

(10)

3

1)-2 一過性運動と認知機能の関係

これまでの先行研究からも一過性の運動が認知機能に影響を与えることは明らかである

(Brisswalter et al., 2002; Chang et al., 2012; Lambourne and Tomporowski 2010; McMorris and Hale

2012; McMorris et al., 2011; Tomporowski 2003).しかしながら,一過性運動による認知機能へ

の影響は必ずしも一致していない.その要因としては研究間での運動強度,運動時間,また

は認知機能を測定するタイミングの違いが関係しているとメタアナリシスやレビューを行

った研究によって示されている(Brisswalter et al., 2002; Chang et al., 2012; Lambourne and

Tomporowski 2010; McMorris and Hale 2012; McMorris et al., 2011; Tomporowski 2003).運動強

度に着目すると,運動強度が低強度から中強度の運動では認知機能は高まり,認知機能の向

上は特に中強度で顕著となることが示唆されている(Chang et al., 2012).しかしながら運動

強度がさらに高くなると認知機能の向上が認められなくなる,あるいは認知機能が低下し

てしまうようである(Del Giorno et al., 2010; Labelle et al., 2013).これらのように,運動強度

と認知機能の関係性は逆 U 字の関係にあると考えられている(Brisswalter et al., 2002;

McMorris and Hale 2012; McMorris et al., 2011).運動時間についても運動強度と同様に,認知

機能が高まる至適な運動時間があるようである.認知機能への運動時間の影響を検討した

(11)

4

メタアナリシスでは,運動時間が20分で認知機能が最も高まり,さらに長時間の運動にな

ると認知機能が低下してしまうことが報告されている(Brisswalter et al., 2002; Chang et al.,

2012; Lambourne and Tomporowski 2010).

運動による認知機能への影響を検証する際に,認知機能を測定するタイミングとしては,

運動後(運動直後や運動終了の数分後)と運動中がある.この認知機能を測定するタイミン

グについて検討しているメタアナリシスでは,運動後と運動中では認知機能への影響に違

いはないと報告されている一方で(McMorris and Hale 2012),別のメタアナリシスでは,一過

性運動による認知機能の効果量はポジティブであるものの,運動後と比べて運動中の方が

効果量は少ないことが報告されている(Lambourne and Tomporowski 2010).このように運動

後と運動中で運動による認知機能への効果に影響する要因として,運動の実施と認知機能

を働かせることを同時に行う,いわゆる二重課題下であることが考えられる.Dietrich (2003)

によると,運動を持続するためには一次運動野,二次運動野,大脳基底核,小脳などのほと

んどの神経組織で活性化が起こる.さらに,運動中に認知活動を行うなどの二重課題下では,

さらに脳全体に渡って広く脳の活性化が起こると言われている(Dietrich 2003).つまり,運

動の実施と認知機能を働かせる二重課題下では,脳全体としての代謝需要がより高まるこ

(12)

5

とが考えられ,運動中の認知機能にとって脳での代謝的な変化はより密接に関わっている

可能性がある.

1)-3 一過性運動により認知機能が変化する要因

運動によって認知機能が変化する要因は現段階ではまだ明らかとなっていない.しかし

ながら,ひとつの要因として,運動による神経伝達物質の変化や神経伝達物質を介した脳の

覚醒水準の増加が関与していることが示唆されている(Brisswalter et al., 2002; Dietrich and

Audiffren 2011; Lambourne and Tomporowski 2010; McMorris and Hale 2012; McMorris et al., 2011).

運動強度と認知機能は逆 U 字の関係にあると示唆されているが(Brisswalter et al., 2002;

McMorris and Hale 2012; McMorris et al., 2011),この逆U字の関係性を説明する要因として

脳の覚醒水準がある(Brisswalter et al., 2002; Diamond 2005; McMorris and Hale 2012; McMorris

et al., 2011; Yerkes and Dodson 1908).脳の覚醒水準が低いと脳のパフォーマンスは低く,覚

醒水準が最適であると脳のパフォーマンスは最も高くなり,さらに覚醒水準がさらに高ま

ると反対に脳のパフォーマンスが低下すると言われている(Diamond 2005; Yerkes and Dodson

1908).つまり,覚醒水準と脳のパフォーマンスに関しても運動と認知機能の関係と同様に

(13)

6

U 字の関係にある.この覚醒水準にはノルアドレナリンやドーパミンといった神経伝達

物質の関与が示唆されている(McMorris and Hale 2012; McMorris et al., 2011).これらの覚醒

水準に関わる神経伝達物質は運動によって増加する(McMorris and Hale 2015).つまり,運動

によって神経伝達物質が増加することによって,覚醒水準の増加をもたらしている可能性

がある.これらのことから,中強度の運動によって,覚醒水準が最適なレベルまで高まり,

その結果として認知機能が向上していることが考えられる(Brisswalter et al., 2002; McMorris

and Hale 2012).また,運動時間によって運動による認知機能への影響は異なり,その要因に

ついても,運動による神経伝達物質の変化によって説明できる可能性がある.運動による認

知機能の向上は,運動時間が少なくとも 20 分以上のときに顕著であると報告されている

(Brisswalter et al., 2002; Chang et al., 2012; Lambourne and Tomporowski 2010).さらに一過性運

動によるアドレナリンなどの神経伝達物質の変化は,動物実験やヒトの研究において運動

時間に伴って増加することが報告されている(Grego et al., 2004; Hasegawa et al., 2008).つま

り,運動時間が短い場合,神経伝達物質の増加が覚醒水準を高めるのに十分ではないため認

知機能は高まらず,運動時間が20分前後になると覚醒水準を最適なレベルとするような神

経伝達物質の増加が起こるため認知機能は高まり,さらに運動時間が長くなると神経伝達

(14)

7

物質が過剰に増加することで覚醒水準も過剰に高まるため認知機能が低下してしまうと考

えられる.これらのように,運動は脳での神経活動に関わる神経伝達物質が変化することに

よって認知機能を向上させている可能性がある.しかしながら,運動によって脳での代謝や

酸素供給は大きく変化し(Ide and Secher 2000; Nybo and Rasmussen 2007; Ogoh et al., 2005;

Rasmussen et al., 2011),脳でのエネルギー需要は大きくなる.また,認知機能を運動と同時

に働かせる場合さらに代謝需要が大きくなるため(Dietrich 2003),脳の神経細胞の活動にお

けるエネルギー源が運動中の認知機能を働かせる上で重要であるとすると,神経伝達物質

だけでなく,脳の代謝的変化や脳への供給酸素は運動中の認知機能を左右する要因となり

得る可能性がある.

1)-4 運動中の脳におけるエネルギー代謝

脳は神経伝達系を介して神経活動が起こると,その神経細胞での代謝需要が起こり,神経

細胞周辺の血管を拡張させることで血流量を増加させてエネルギー源となるグルコースや

酸素を供給している.この一連の作用を神経血管カップリングといい,神経活動での代謝需

要に応じた酸素やグルコースが供給されている.また,脳のエネルギー基質は主にグルコー

(15)

8

スであるが,乳酸(van Hall et al., 2009)や絶食時にはグルコースに代わりケトン体(Owen et al.,

1967)がエネルギー基質となる.しかしながら,安静時の脳の代謝に占める割合はグルコー

スが53%であり(Rasmussen et al., 2011),脳での代謝の約半分を占めていることからグルコー

スは脳のエネルギー源として大きな役割があると考えられている.

一過性の運動は脳の代謝や酸素供給の変化をもたらす(Dalsgaard et al., 2004; Ide and Secher

2000; Querido and Sheel 2007; Quistorff et al., 2008; Rasmussen et al., 2011; van Hall et al., 2009).

例えば,運動によって脳ではグルコースや乳酸の取り込みが変化するなどの代謝的な変化

が起こる.Ide et al.(1999)は,低強度と中強度の運動中に血中グルコースの動静脈較差を

調査したところ,血中グルコース動静脈較差は最大酸素摂取量(maximal oxygen uptake:

V̇O2max)の30%に相当する低強度運動では減少し,反対に中強度運動(60%V̇O2max)では安

静時よりも増加したことを報告している(Ide et al., 1999).つまり,中強度の運動中には脳で

のグルコースの利用が亢進していることを示唆している(Ide et al., 1999).一方で,陽電子放

射断層撮影(Positron emission tomography:PET)によって測定した脳の糖取り込みは,運動

強度がV̇O2max 55%に相当する強度と比較して 75% V̇O2maxに相当する強度では減少する

ことが報告されている(Kemppainen et al., 2005).これらのことから,運動強度の上昇に伴っ

(16)

9

て脳での代謝需要は高まるものの,中強度以上の運動になると脳のエネルギー源となるグ

ルコースの利用は低下するようである.この中強度以上の運動時にグルコースの代わりに

脳のエネルギー源となるのが乳酸であると言われている(Quistorff et al., 2008; van Hall et al.,

2009).Kemppaonen et al.(2005)は,運動強度が高くなるにつれて脳のグルコースの取り込

みが減少し,脳のグルコースの取り込みと血中乳酸濃度の増加に相関関係を認めたことか

ら,運動強度がより高くなるとグルコースの代わりに乳酸が脳で利用されていること示唆

している(Kemppainen et al., 2005).このように運動によって脳でのエネルギー基質として乳

酸が利用されることは,脳では運動によって骨格筋などで生成された乳酸を利用している

ためであると考えられている(Smith et al., 2003).また,Ide et al.(1999)によると,運動強

度が 30%V̇O2max の低強度のときには脳における乳酸の動静脈較差 は変わらないが,

60%V̇O2maxの中強度では脳における乳酸の動静脈較差が増加することを報告している(Ide et

al., 1999).つまり,運動強度が中強度となると脳での乳酸の利用が亢進することを示唆して

いる.さらに,これらのような脳の代謝的な変化がひとつの要因となり,脳への酸素供給を

反映する脳血流の変化が起こる(Ide and Secher 2000; Ogoh and Ainslie 2009; Querido and Sheel

2007).脳への血流を担う中大脳動脈血流速度は,運動強度が 30%V̇O2max の低強度のとき

(17)

10

増加し,さらに 60%V̇O2max の中強度では顕著に増大することが報告されている(Ide et al.,

1999).しかしながら,運動強度がより高い強度になると脳血流量は安静レベルまで減少し

てしまう(Ide et al., 1998).つまり,脳血流は運動強度に依存して変化し,中強度運動では脳

での代謝需要に見合った脳への酸素供給が行われているが,高強度運動では脳での代謝需

要に見合った酸素供給が不十分となっていることが考えられる.これらのように,運動中に

は脳での代謝は大きく変化し,グルコースの利用の変化や脳への酸素供給の変化が起きて

いる.運動中の認知活動がさらに脳の代謝亢進をもたらすとすると,これらの運動中の脳に

おける代謝的な変化やそれに関連する脳への酸素供給は,運動中の認知機能に密接に関与

していると考えられるが,これらの関係性については明らかとなっていない.

1)-5 研究目的

本研究では,運動中の認知機能の変化は,脳での神経活動を支えるエネルギー代謝に関

わる要因となる糖や酸素供給の変化が関与しているという仮説を立て検証を行った.従っ

て本研究では,(1)朝食摂取の有無,(2)低酸素環境,(3)高強度運動のそれぞれの点から

実験的に脳でのエネルギー代謝に関わる糖や酸素供給を変化させることで,運動中の認知

(18)

11

機能を変化させる要因を明らかにすることを目的とした.

(19)

12

第二章

朝食摂取の有無が運動中の

認知機能に及ぼす影響

(20)

13 2)-1 緒言

血中グルコースは安静時において脳の主要なエネルギー源である(Gold 1995).血中グルコ

ー ス 濃 度 は , 夜 間 の 絶 食 後 の 朝 食 摂 取 に よ っ て 増 加 す る が(Borer et al., 2009;

Chryssanthopoulos et al., 1994; Koivisto et al., 1981),朝食を摂取しない場合低いままである

(Cooper et al., 2011).このことは,朝食を摂取しない場合,脳のエネルギー源が減少してい

る可能性があることを意味しており,脳機能の低下をもたらし得る.実際に,いくつかの先

行研究では,作業記憶(Benton and Parker 1998; Cooper et al., 2011)や実行機能(Cooper et al.,

2011)のような認知機能が朝食欠食時よりも朝食摂取時の方が良いということが報告されて

いる(Benton and Parker 1998; Cooper et al., 2011; Dye et al., 2000; Hoyland et al., 2009).さらに,

低グリセミックインデックス値(Glycamic index:GI)の朝食の方が高GIの朝食よりも認知

機能はより高まることが示唆されており(Benton et al., 2003; Cooper et al., 2012; 2015; Nilsson

et al., 2009),このことは神経細胞への安定的なグルコースの供給や神経伝達物質またはホル

モンの有益な調節によるものであると思われる(Philippou and Constantinou 2014).つまり,朝

食摂取は脳のエネルギー源となるグルコースを増加させることで認知機能に有益な影響を

与えているが,反対に朝食を欠食することで脳でのエネルギー源が不足しており,認知機能

(21)

14

は朝食摂取時と比較すると低下してしまうと考えられる.

朝食欠食による認知機能への影響とは反対に,一過性の運動は認知機能を向上させるこ

とが示されている(Brisswalter et al., 2002; Chang et al., 2012; Lambourne and Tomporowski 2010;

McMorris et al., 2011).一過性の運動が認知機能に及ぼす有益な影響は,特に中強度の運動で

強くもたらされるようである(Chang et al., 2012).いくつかの研究では,朝食摂取と運動が認

知機能に及ぼす影響について検証を行っている(Cooper et al., 2015; Paul et al., 1996; Veasey et

al., 2013).運動による認知機能の向上にとって糖が重要であるとすると,朝食摂取の有無は

その後の運動による認知機能の向上に影響する可能性がある.しかしながら朝食摂取の有

無が運動中の認知機能に及ぼす影響については未だよく分かっていない.

朝食摂取は脳にとって主要な代謝燃料(例えばグルコース)をもたらす.十分な血中グル

コース濃度を維持することは,認知機能を正常に保ち(Nilsson et al., 2009),グルコースの利

用を高めることは認知機能を高めることにとって必要であることが示唆されている(Dye et

al., 2000).しかしながら,グルコースだけでなく乳酸もエネルギー源として脳内に取り込ま

れる(Quistorff et al., 2008; van Hall 2010).これらの脳でのエネルギー源となるグルコースや

乳酸の動静脈較差で測定した脳への取り込みは,低強度運動中にはほとんど変化しないも

(22)

15

のの,中強度運動ではどちらも増加することが明らかとなっている(Ide et al., 1999).また,

運動による脳への乳酸の取り込みは,グルコースの取り込みが減るにつれて増加すること

から,運動中のグルコースの取り込みの減少の代償として乳酸の取り込みが増加すること

が示唆されている(Rasmussen et al., 2011).つまり,運動中の脳へのエネルギー源はグルコー

スと乳酸のバランスによって調整されていると考えられるが,中強度運動においても脳へ

のグルコースの取り込みは増加していることからも(Ide et al., 1999),中強度での運動中にお

いても脳でのエネルギー代謝にとってグルコースは重要であると考えられる.しかしなが

ら,朝食摂取によって脳のエネルギー源としてのグルコースが増加したときに,中強度での

運動中の認知機能にどのように影響するかは明らかでない.

2)-2 目的

本研究の目的は,朝食摂取の有無が中強度での運動中の認知機能に及ぼす影響を明らか

にすることとした.また,それぞれの認知課題直後に血中グルコース濃度の測定を行い,安

静時と運動中の血中グルコース濃度と認知機能の関係性を検証した.

(23)

16 2)-3 方法

2)-3-1 対象者

本研究では,健常男性10名(平均値±標準偏差,年齢;22.3±2.1歳,身長;1.70±

0.06 m,体重;70.4±8.5 kg,BMI;24.4±2.0)が本実験に参加した.被験者は,身体的

に活発であり(例えば中程度の身体活動を少なくとも2~3日は従事している),高い身体

活動には従事していなかった.全ての被験者は心血管疾患,脳血管疾患,呼吸循環器疾

患,学習困難,視覚障害の既往歴はなかった.また,すべての被験者は,本研究の目的及

び内容,安全性に関する十分なインフォームドコンセントを行った上で,書面にて実験参

加の同意を得た.本研究は,福岡大学倫理委員会の承認を得た後に実施し(承認番号13-

06-01),ヘルシンキ宣言に従って行われた.被験者は少なくともそれぞれの実験参加前の

48時間は高強度の運動は避けるように指示された.

2)-3-2実験プロトコル

実験はそれぞれ3日に分け,実験の間隔は少なくとも1日空けて実施した.被験者の最

初の訪問時に,被験者は認知課題の説明を受け馴化を行うための認知課題の練習を行っ

(24)

17

た.認知課題の練習は,安静状態及び自転車エルゴメータによる運動中にそれぞれ実施

し,認知課題の正解率が90%以上となり認知課題の反応時間が定常するまで実施した.残

りの2日間に,被験者は朝食摂取または朝食欠食の条件下で,安静時及び運動中に認知課

題を実施した(図1).2つの条件は順序効果をなくすために,ランダマイズドクロスオー

バー法を用いて実施された.両条件下において,被験者は実験日の前日の夜7時に夕食を

摂取し終わるように指示された.また,夕食摂取からは食事は禁止とし,水のみ摂取可能

とした.前日の夕食の食事内容は条件間で同じになるように,被験者は最初の実験と同じ

ものを次の実験のときにも摂取するように指示された.実験当日に,被験者は朝7~8

の間に実験室に到着後,朝食摂取の条件では朝食を摂取した.朝食の内容は,おにぎり2

個(エネルギー;350 kcal,糖質;74.1 g,タンパク質;9.8 g,脂質;1.5 g)と水とした.

白米は,糖質の含有率が高く血中グルコース濃度を比較的速やかに上昇させるという観点

から,本実験では朝食としておにぎりを用いた.朝食欠食の条件では,食事の提供は行わ

ず,水のみを摂取可能とした.朝食摂取後,被験者は120分間座位安静を保った.120

間の座位安静終了後,被験者は自転車エルゴメータに座り安静状態で認知課題(Rest)を

実施した.認知課題終了から1分後,被験者は自転車エルゴメータによる運動を開始し

(25)

18

た.運動開始時には,被験者の心拍数が140拍/分に到達するまで,運動負荷を最初の5

間は1分間に30-32 wattsずつ,その後は1分間に20~21 wattsずつ漸増的に増加させた.

心拍数は自転車エルゴメータのイヤーセンサーを用いて測定を行った.心拍数が140拍/分

に到達した後,心拍数を140拍/分に維持した状態で,30分間運動を実施した.心拍数が

140拍/分に維持されるように,運動負荷を自転車エルゴメータのイヤーセンサーから得ら

れた心拍数によって自動制御で調整した(75XLⅡ,COMBI Wellness,Tokyo,Japan).本

研究で用いた運動のプロトコルにおいて設定した140拍/分は,本研究に参加した被験者の

年齢から推定される70%HRmaxに相当し,運動強度としては中強度である.心拍数が140

拍/分に到達した後の30分間の運動開始から5分後(Ex1)及び23分後(Ex2)にそれぞ

れ認知課題を実施した.

2)-3-3 血中グルコース濃度,血中乳酸濃度

血中グルコール濃度及び血中乳酸濃度は,安静時及び運動中の認知課題直後にそれぞれ

測定を行った.右の耳朶をランセット(BD safety lancet,21G gauge 1.8mm depth,Becton

Dickinson and Company,New Jersey,USA)で微小な傷をつけ,2µLの血液をセンサーの

(26)

19

中に採取した.血中グルコース濃度は,グルコースモニター(Gultest Ace,Sanwa

Kagaku,Nagoya,Japan)を用いてグルコースオキシダーゼ法により測定された.血中乳

酸濃度は,乳酸自動分析器(Lactate pro,Arkray,Kyoto,Japan)を用いて乳酸オキシダー

ゼ法により測定された.

2)-3-4 心拍数,主観的運動強度,呼気ガス

実験中に心電図を連続的に記録し,心電図におけるR波のRR間隔から心拍数の解析を

行った.それぞれの認知課題直後には運動の主観的なきつさの尺度が6~20の数値で表さ

れたBorg Scaleによる主観的運動強度(ratings of perceived exertion:RPE)の測定を行った

(Borg 1976).呼吸循環器の指標として,被験者にガスマスクを装着し呼気ガスを採取し,

採取した呼気ガスから生体ガス分析用質量分析装置(ARCO-2000,ARCO System,Chiba,

Japan)を用いて換気量(minute expired ventilation:V̇E),酸素摂取量(oxygen uptake:

V̇O2,呼吸交換比(respiratory exchange ratio:RER)を実験中連続的に測定した.

(27)

20 2)-3-5 認知機能

本研究では,認知課題には作業記憶が要求される視空間遅延反応課題(spatial delayed

response課題;DR課題)と抑制や実行制御が要求されるGo/No-Go課題を組み合わせた課

題を用いて,認知機能における実行機能の評価を行った(Harada et al., 2004).認知課題は,

ラップトップコンピュータを用いて認知課題の視覚刺激の提示とデータの記録を行った

(Let’s note CF-R4,Panasonic,Osaka,Japan).被験者は自転車エルゴメータに座った状

態で約80 cmの距離に設置したコンピュータディスプレイに対面した.ポータブルテンキ

ーとコンピュータのシフトキーを,自転車エルゴメータのハンドルバーの両側の上に水平

になるように設置した.被験者は右手の示指でテンキーを押してDR課題を行い,左手の

示指でキーボードのシフトキーを押してGo/No-Go課題を行った.被験者は最初にDR

題を行った.DR課題では,テンキーを押すと中心にある注視点以外の8ヶ所の内1か所

に図形が提示され,提示された図形の位置を記憶することが求められた.被験者は次に

Go/No-Go課題を行った.Go/No-Go課題ではシフトキーを押した状態を維持すると刺激が

提示され,提示された刺激に応じて反応を変えることが求められた.提示される図形は,

2組の図形の内どちらか一方の図形が提示される(例:○か◇のどちらか1つが提示され

(28)

21

る).提示された図形に応じて, 片方の図形に対して(例:○が提示されたとき)被験

者はシフトキーを出来る限り早く離すことが求められ(Go試行),もう一方の図形に対し

て(例:◇が提示されたとき)被験者はシフトキーを押した状態を維持することが求めら

れた(No-Go試行).最初の試行では,提示された図形に対する反応の正誤が音によりフ

ィードバックされ,そのフィードバックから被験者は図形に対する正しい動作を認識する

ことが求められた(例:○に対しシフトキーを離したときに正解音が鳴れば,◇が提示さ

れたときはシフトキーを押した状態を維持すると認識し,一方で○に対しシフトキーを離

したときに不正解音が鳴れば,◇が提示されたときはシフトキーを離すと認識する).

Go/No-Go課題後,視覚刺激が8ヶ所すべての位置に提示され,被験者は記憶した位置に

対応するポータブルテンキーのボタンを押すことが求められた(図2).この流れを1

ットとし,被験者は1回の認知課題で30セットの試行を行った.Go/No-Go課題での試行

5問連続正解したとき,次の試行では図形に対する正しい動作(シフトキーを押した状

態を維持する,または離す)と図形との間の関係性が入れ替えられた(例:○が提示され

たときにシフトキーを押した状態を維持し,◇が提示されたときにシフトキーを離す).

さらに,連続正解すると,新たな図形の組み合わせが提示された(例:△と□).課題の

(29)

22

図形の組み合わせは,図形と図形に対する動作の入れ替わりを含めて6パターン設定し

た.DR課題における図形が提示される場所やGo/No-Go課題における図形と図形に対する

動作,Go試行とNo-Go試行の提示される順番はランダムになるように設定した.全ての

試行それぞれの正誤は音によりフィードバックされた.

DR課題では,図形が提示された場所を選択できた際の試行を正解とした.また,

Go/No-Go課題では,Go試行またはNo-Go試行時に正しく反応できた際の試行を正解とし

た.DR課題またはGo/No-Go課題の正解した試行数を全試行数で割ることによって正解率

を算出し評価した.またGo/No-Go課題におけるGo試行時の図形が提示されてからシフ

トキーを離すまでの時間を算出し,反応時間の評価を行った.Go/No-Go課題では,新し

い図形の組み合わせが提示されたときや,図形と図形に対する反応の関係性が入れ替わっ

たときの試行は正解率や反応時間の解析から除外した.

2)-3-6 統計処理

全てのデータは平均値±標準偏差で示した.それぞれの測定項目において被験者内の時

間経過(Rest,Ex1,Ex2)と条件(朝食摂取と朝食欠食)の影響を比較するため,繰り返

(30)

23

しのある二元配置分散分析を用いて比較を行った(SPSS ver20,SPSS Inc).交互作用が認

められた場合,単純主効果の検定を行った.また,主効果が認められた場合,事後検定と

してBonfferoniによる多重比較を行った.条件間の比較には,対応のあるT検定を用い

た.全ての検定の有意水準は5%未満とした.

2)-4 結果

2)-4-1血中グルコース濃度

3に血中グルコース濃度の結果を示す.安静時の血中グルコース濃度は,朝食欠食時

と比較して,朝食摂取時に有意に高値を示した(p < 0.01).朝食摂取時において,血中グ

ルコース濃度は安静時と比較して運動中にそれぞれ有意な減少が認められた(Ex1:p <

0.001,Ex2:p < 0.001).また,朝食欠食時においても,血中グルコース濃度は安静時と比

較して運動中にそれぞれ有意な減少が認められた(Ex1:p < 0.01,Ex2:p < 0.05).さら

に,運動中の血中グルコース濃度は,朝食欠食時と比較して,朝食摂取時において有意に

低値を示した(Ex1:p < 0.05,Ex2:p < 0.01)

(31)

24

2)-4-2心拍数,血中乳酸濃度,主観的運動強度,呼気ガス

目標としていた運動中の心電図のRR間隔から解析した心拍数は,朝食摂取時で140.3±

0.2拍/分,朝食欠食時で140.4±0.8拍/分であった.つまり,これらの結果から本研究での

運動中の目標としていた心拍数は両条件下でコントロールできていたことが確認された.

1に血中乳酸濃度,RPE,V̇E,V̇O2,RERの結果を示す.血中乳酸濃度,RPE,V̇E,

V̇O2は,安静時と比較して,運動中のEx1,Ex2においてそれぞれ有意な増加が認められ

た(all p < 0.01).また,血中乳酸濃度,V̇EV̇O2は運動中のEx1と比較してEx2におい

て有意な減少が認められたが(all p < 0.01),RPEは運動中のEx1Ex2で差は認められな

かった(p = 0.10).また,血中乳酸濃度,RPE,V̇EV̇O2は朝食摂取時と欠食時の条件間

で有意な差はみられなかった(all p > 0.06).安静時のRERは朝食欠食時と比較して,朝

食摂取時において有意に高値を示した(p < 0.05).また,両条件下においてRERは安静時

と比較して運動中に有意な増加が認められた(朝食摂取時:Ex1,p < 0.001,Ex2,p <

0.05,朝食欠食時:Ex1,p < 0.001,Ex2,p < 0.001).しかしながら,運動中のRERにお

いて条件間の違いは認められなかった(Ex1:p = 0.14,Ex2:p = 0.16)

(32)

25 2)-4-3 認知機能

認知課題におけるDR課題とGo/No-Go課題それぞれの正解率を図4に示す.DR課題は

両条件下において安静時及び運動中ともに正解率は高かった.DR課題の正解率に,交互

作用や主効果は認められなかった(all p > 0.16).Go/No-Go課題におけるGo試行時の正解

率は,朝食摂取時と比較して,朝食欠食時に有意な低下が認められた(p < 0.05).さら

に,朝食欠食時におけるGo試行時の正解率は安静時と比較して,運動中に有意な向上が

認められた(Ex2:p < 0.05).一方Go/No-Go課題におけるNo-Go試行時の正解率は,朝食

摂取時と比較して,朝食欠食時に有意な低下が認められた(p < 0.05).しかしながら,No-

Go試行時の正解率は,安静時と比較して運動中に変化はみられなかった(Ex1:p = 1.00,

Ex2:p = 0.48)

Go/No-Go課題におけるGo試行時の反応時間を図5に示す.朝食摂取時と欠食時の両条

件下において,安静時の反応時間と比較して,運動中(Ex2)に有意な短縮が認められた

(p < 0.05).また,運動中の反応時間は,Ex1と比較してEx2の反応時間において有意な

短縮が認められた(p < 0.05).安静時及び運動中のGo試行時の反応時間は,朝食摂取時

と朝食欠食時で有意な差はみられなかった(all p > 0.11)

(33)

26 2)-5 考察

本研究では,朝食摂取の有無によって,安静時及び運動中の認知機能に及ぼす影響につい

て検証を行った.本研究の主な知見としては,(1)朝食欠食によって安静時のGo/No-Go

題における正解率は低下すること,(2)朝食欠食時において中強度運動よりGo/No-Go課題

の正解率が向上すること,(3)朝食摂取の有無に関わらず,中強度運動によって反応時間が

短縮すること,(4)朝食欠食は,DR課題の正解率に影響しないことであった.これらの結

果は,朝食欠食は認知機能を低下させるが,中強度運動は朝食欠食時であっても朝食摂取時

と同様に認知機能を向上させることを示唆している.

2)-5-1 朝食摂取の有無による安静時の認知機能への影響

朝食欠食は認知機能にネガティブな影響を与えることが多くの先行研究によって示唆

されている(Benton and Parker 1998; Cooper et al., 2011; Dye et al., 2000; Hoyland et al., 2009).

本研究では,朝食欠食時に実行機能は低下し,朝食を欠食することによる実行機能へのネガ

ティブな影響を示している先行研究と一致する結果となった(Benton and Parker 1998; Cooper

et al., 2011; Dye et al., 2000; Hoyland et al., 2009).また,血中グルコース濃度は朝食摂取時と

(34)

27

比較して,朝食欠食時の安静時において低値を示した.認知機能にとって,血中グルコース

濃度を十分に維持すること(Nilsson et al., 2009)やグルコースの利用を促進すること(Dye et al.,

2000)が重要であるとすると,低い血中グルコース濃度とそれに伴う脳での神経活動におけ

るエネルギー源の減少は,朝食欠食時の実行機能の低下の少なくとも一つの原因である可

能性がある.しかしながら,本研究では,血中グルコース濃度は朝食欠食時において正常の

範囲内であった(朝食欠食時の安静時の血中グルコース濃度:75.8 ±5.3mg/dL).つまり,

高い血中グルコース濃度が直接的に認知機能を向上させると結論付けることはできない.

先行研究のレビューでは,朝食摂取時の認知機能が向上する要因となるメカニズムには,グ

ルコースの直接的な影響よりむしろ,血中グルコースの増加によって変化するアセチルコ

リン,インスリン,セロトニン,グルタミン,コルチゾールなどの認知機能に関わる要因が

関与している可能性を示唆している(Hoyland et al., 2009).さらに,低GIの朝食は高GIの朝

食と比較して認知機能に有益な影響があることが示唆されている(Benton et al., 2003; Cooper

et al., 2012; 2015; Nilsson et al., 2009).一つの解釈として,低GIの朝食摂取は神経細胞に安

定的なグルコースの供給を行うことや,ホルモン(インスリンやコルチゾールなど)調節に

有益な影響をもたらしていることが考えられている(Philippou and Constantinou 2014).この

(35)

28

ことは,認知機能は多くの要因によって左右されていることを意味している.一方で,認知

パフォーマンスには覚醒水準の変化が関与していることが先行研究では示唆されている

(Brisswalter et al., 2002; Dietrich and Audiffren 2011).つまり,朝食摂取時と欠食時の認知パフ

ォーマンスの違いは,覚醒水準の変化が原因である可能性がある.朝食摂取によって例えば

代謝的な変化や咀嚼などにより覚醒水準が増加し,結果として朝食欠食時と比較して認知

パフォーマンスが向上したのかもしれない.しかしながら,朝食摂取の有無による認知機能

の変化を決定する詳細な機序については明らかとなっていない.今後の研究では,朝食摂取

による血中グルコース濃度の上昇が認知機能を高める因子となっているのか,また朝食摂

取による認知機能の変化を決定する詳細な機序を明らかにしていく必要がある.

本研究では,朝食欠食時に実行機能が低下したにも関わらず,作業記憶に低下は認めら

れなかった.これらの結果は,本実験の実験条件では,実行機能と作業記憶との間に違いが

あることを意味している.先行研究では,朝食摂取または欠食による影響は,評価した認知

機能や課題の難易度に依存していることが報告されている(Cooper et al., 2011).本研究にお

けるDR課題は,視空間的な記憶力が要求される(Harada et al., 2004).しかしながら,DR

題は提示される視覚刺激の位置を単に記憶することのみが被験者に要求されるために,

(36)

29

Go/No-Go課題と比較して比較的難易度が低いことが考えられる.つまり,本研究の課題で

の作業記憶の難易度がかなり低いために,朝食欠食による影響が認められなかった可能性

がある.

2)-5-2 朝食摂取の有無と運動が与える認知機能への相互作用

本研究では,一過性の中強度運動が朝食欠食時の認知機能にどのような影響を与えるか

を明らかにすることを目的とした.朝食摂取時と比較して欠食時には脳のエネルギー源が

少ないのであるならば,朝食摂取時よりも欠食時での一過性の中強度運動の有益な効果は

弱められるのではないかと仮説を立てた.しかしながら,この仮説に反して,朝食摂取時と

同様に朝食欠食時においても運動による反応時間の短縮が認められた.さらに,朝食欠食時

においてGo/No-Go課題の正解率は運動によって向上した.これらの結果は,朝食摂取の有

無に関わらず中強度運動は認知機能を向上させることを示している.

本研究では,血中グルコース濃度は,朝食摂取時と欠食時において運動によって減少して

いた.運動による血中グルコース濃度の減少の程度は,朝食欠食時と比較して,朝食摂取時

において顕著であった.これらの結果は,グルコース摂取後の運動による血中グルコース濃

(37)

30

度の著しい低下を報告している先行研究と一致する(Chryssanthopoulos et al., 1994; Coyle et al.,

1985; Sasaki et al., 2014).運動前のグルコース摂取がインスリンの放出を刺激するのであれ

ば(Borer et al., 2009; Koivisto et al., 1981),朝食摂取時の運動による血中グルコース濃度の著

しい減少は,インスリン濃度またはインスリン感受性の上昇による組織(主に骨格筋)での

糖取り込みが亢進した結果であると思われる.糖質を摂取した後の運動中の脳での糖取り

込みについては明らかではないが,朝食摂取時と欠食時での反応時間は運動によって同様

に短縮した.これらの結果は,運動による血中グルコース濃度の変化は,運動による認知機

能の向上とは直接的に関与していない可能性を示している.

一つの可能性として,朝食欠食時の低い血中グルコース濃度は,運動による他のエネルギ

ー基質によって補われていることが考えられる.まず,脂質代謝は運動によって変化する.

先行研究では,RER は食事を摂取した条件と比較して,絶食した条件では低いことを示し

ている(Coyle et al., 1985; Dohm et al., 1986)が,他の研究では,絶食と食事を摂取した条件で

は,運動中のRERに差はないことを報告している(Chryssanthopoulos et al., 1994; Sasaki et al.,

2014).これらの運動による応答の違いは,運動強度や時間,絶食期間による違いのためで

ある可能性がある.本研究では,安静時のRERは,朝食欠食時よりも朝食摂取時において

(38)

31

有意に高値を示した.しかしながら,運動中のRERは条件間で差はみられなかった.条件

間でのRERに差がみられないということは,運動時の骨格筋の代謝応答に差はないことを

示している.本研究における欠食は朝食の一食のみであったことから,骨格筋や肝臓のグリ

コーゲンの減少が運動時の代謝応答に影響する程ではなかった可能性がある.また,血中乳

酸は脳内に取り込まれ,脳のエネルギー源として供給される(Quistorff et al., 2008; van Hall

2010).本研究では,血中乳酸濃度は朝食摂取時と欠食時で同様に変化した.これらの結果

は,運動時の乳酸の利用は,朝食摂取と欠食との間では大きな差はないことを示している.

しかしながら,それぞれの条件での運動中の脳内への乳酸の取り込みは明らかではない.ま

た,脳でのエネルギー源として,グルコースや乳酸が大きな割合をしめているものの,絶食

時にはグルコースの代わりにケトン体も脳でのエネルギー源となることや(Owen et al.,

1967),脳にはグリコーゲンが貯蔵されており,断眠時や低血糖時にはグリコーゲンが分解

され乳酸となることから(Herzog et al., 2008; Kong et al., 2002),脳のグリコーゲンは脳での神

経活動を維持するためにエネルギーを貯蔵しているという役割を担っていると考えられる.

このように,脳では神経活動を維持するためにエネルギー不足を補うような様々なエネル

ギー供給機構があると思われる.今後の研究では,朝食欠食時に運動時の神経活動を亢進さ

(39)

32

せるために脳へのさまざまなエネルギー供給機構がどのように働いているかを明らかにす

る必要がある.

Go/No-Go 課題におけるGo試行の正解率は朝食欠食時の運動中に向上した.この認知機

能の向上は,注意力の向上,情報処理速度の効率化,至適な覚醒水準が関与している可能性

がある(Chang et al., 2015).特に,運動による覚醒水準の増加は,本研究でみられたGo/No-

Go課題の正解率の向上の要因のひとつであると考えられる.しかしながら,反応の正確性

を向上させる要因となる生理学的なメカニズムは明らかではなく,この点については今後

明らかにしていく必要がある.一方で,朝食摂取時におけるGo/No-Go課題の正解率は運動

による向上はみられなかった.その理由としては,朝食摂取時において安静時のGo/No-Go

課題の正解率は高く,天井効果がみられたためであると考えられる.

本研究では,朝食摂取時と欠食時において反応速度の向上は同様に認められた.つまり,

反応速度の向上の要因となる生理学的なメカニズムは,条件間で同じであることが考えら

れる.興味深いことに,両条件において反応速度の向上は,運動開始5分後よりも運動開始

23 分後の方が顕著であり,先行研究において,条件間で同等の心拍数を維持して運動した

ときの反応速度の向上と一致した結果であった(Komiyama et al., 2015).運動時間は,一過性

(40)

33

の運動による認知機能への影響を左右する要因の一つである(Chang et al., 2012).先行研究

では,中強度での20分の運動によって認知パフォーマンスが向上した一方で,運動時間が

10分と45分のときには認知パフォーマンスは向上しなかったことを報告している(Chang et

al., 2015).従って,運動による認知機能への有益な効果を最大限に引き出すための至適な運

動時間がある可能性がある.一過性の運動は,一部の脳循環に関わる神経伝達物質に影響す

ることから(Dietrich and Audiffren 2011; McMorris et al., 2011; Nybo and Secher 2004),神経伝達

物質の増加は運動時間に依存して神経活動を調節している可能性がある.

2)-5-3 研究の限界

本研究では,条件間で心拍数を同一に維持した状態で運動を実施した.被験者の年齢か

らすると,心拍数が140拍/分の運動はほとんどの被験者で中強度の運動強度に相当する.

しかしながら,被験者間において運動強度が同一となっていない可能性がある.今後の研究

では,被験者間でも相対的に運動負荷を同一となる方法(例えば酸素摂取量の 50%に相当

する強度)を用いる必要がある.次に,朝食摂取の習慣を本研究では考慮していない.本研

究に参加した被験者の内,10名中7名は朝食摂取の習慣があったが,それ以外の3名は朝

(41)

34

食摂取の習慣がなかった.先行研究では,朝食摂取の影響は,一過性の朝食摂取による応答

に影響する可能性が示唆されている(Ells et al., 2008; Halsey et al., 2012; Pereira et al., 2011).

従って,朝食摂取または欠食による認知機能への影響は,朝食摂取の習慣によって変わる可

能性がある.さらに,本研究では,朝食の内容は一種類のみ(おにぎり)を被験者に提供し

た.朝食の内容は認知機能に影響する交絡因子である可能性がある.今後の研究では,様々

な朝食の内容(例えば糖質の有無)での検証が必要である.

2)-6 結論

朝食欠食によって安静時の認知機能は低下するが,朝食摂取の有無に関わらず中強度で

の運動中には認知機能は高まることが明らかとなった.

(42)

35

第三章

低酸素環境下での運動が

認知機能に及ぼす影響

(43)

36 3)-1 緒言

一過性の運動によって認知機能が高まることは,多くの研究からも明らかである

(Brisswalter et al., 2002; Chang et al., 2012).運動による認知機能の向上は,特に中強度の運動

で顕著に認められている(Chang et al., 2012).運動によって認知機能が向上する生理的なメ

カニズムは明確には分かっていないが,運動によるドーパミンやノルアドレナリンなどの

神経伝達物質の変化を介した覚醒水準の最適化が,認知機能の向上に関与していると考え

られている(Brisswalter et al., 2002; Dietrich and Audiffren 2011).一方で,認知機能を働かせる,

つまり脳での神経活動が起こると,神経血管カップリングが行われることで脳の活動部位

に酸素を供給している.このように脳では酸素供給を介して代謝を行うことでエネルギー

源を得る必要があるが, 酸素供給が制限されるような場合では認知機能に影響する可能性

がある.

低酸素環境では動脈血酸素分圧(arterial oxygen partial pressure:PaO2)や動脈血酸素飽和

度(arterial oxygen saturation:SaO2)が減少する(Kolb et al., 2004; Peltonen et al., 2007).その

ため低酸素環境では,安静時において脳への酸素供給を維持するため脳血流量が増加する

ことが報告されている(Ainslie et al., 2014; Smith et al., 2014).それにも関わらず,低酸素環境

(44)

37

では中枢神経系(Amann and Kayser 2009; Neubauer and Sunderram 2004)や脳機能(Hornbein

2001)の働きが低下することや,認知機能が低下することが示唆されている(de Aquino Lemos

et al., 2012; Virues-Ortega et al., 2004; Virues-Ortega et al., 2006).また,低酸素環境での酸素濃

度が低くなる程,認知機能の低下はより顕著になる(Virues-Ortega et al., 2004; Virues-Ortega et

al., 2006; Yan 2014).このような低酸素環境における認知機能の低下は,脳内の酸素レベル

の低下によって惹き起こされることが示唆されている(de Aquino Lemos et al., 2012; Virues-

Ortega et al., 2004; Virues-Ortega et al., 2006).また,近年のメタアナリシスでは,動脈血酸素

分圧(PaO2)が低酸素環境での安静時の認知機能の低下の重要な予測因子となり得ることが

示唆されている(McMorris et al., 2017). これらのことから,低酸素環境では脳への酸素供給

が低下することにより認知機能は低下してしまうと思われる.

さらに,低酸素環境下での運動は脳における酸素供給をさらに低下させてしまう.先行研

究では,低酸素環境の酸素濃度が低くなる程,動脈血酸素飽和度や脳組織酸素飽和度は低下

するが,低酸素環境での運動は動脈血酸素飽和度や脳組織酸素飽和度をさらに低下させる

ことが示されており(Subudhi et al., 2007; Subudhi et al., 2009),このことは,低酸素環境での

運動中には脳における酸素の利用が制限されることを示唆している.つまり,運動中におい

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