奈良教育大学学術リポジトリNEAR
「幼児のラジオ聽取と保育」
著者 太田 静樹
雑誌名 奈良学芸大学紀要
巻 6
号 1
ページ 65‑84
発行年 1957‑01‑31
URL http://hdl.handle.net/10105/4953
l ̄幼児の ラ ジ オ蕊取 と 保育」
太 田 静 樹
1.は じ め に
壌近、学校放達が盛んになるとともに幼稚観に於ても各地で組轍的に放送教育が叔上げら れるようになったが、学校敬遠がすでに20年の蕗史を持っており、戦後は杢画的な組轍も作 られ研究も相当に進められてお手のに対し幼稚圏の方は戦前多少利用もされていたが、何分 幼稚園の数が少なく戦後の幼稚園教育の発達とともに、ようやく今日、幼児の敬遠の聞準が 全国的に起ってきた状態である。それは叉戦後の着るしいマス・コミュニケ㌧−シヨンの発達、
殊に載前なかった民間放遠の普及やテレビわ登場とともにその影響は大人の生括のみならず 子供の生活にまで浸透しできであり、これを除いた生活は大人でも子供でも考えられない程 になってきた為でもある。稗には書籍があふれおり豪はラジオの音で布たされている。艮き につけ悪しきにつけ、子供が現にラジオの畢饗を毎日のように受けている時、それに対して いかに対勉すべきかということは豪産においてのみならず幼准尚に於ても大きな間馬と言わ ざるをえない。殊に商業放送の刺準が目立つのでこれから子供を遠ざけよう、成るべくきか せまいとする傾向もあるが、むしろ蓮でそのノような揮い影響力があるものなら教育的に利用 すべきなのであって:これは恰、も映画の場合に於て同様であったのである。今日学校教育の為 に利用する放送の研究は確かに盛んであるが更に家庭教育の問題としてもこれを取上げるこ とが必要であると患われる。教育における学校と豪産との関係はラジオについでも同様であ るが殊に幼児の場合に於でそうである。故に幼稚園における敏速も保育そのものにいかに効 果的に利用するかということも必要であるが、それとともに家庭生活における放遠というも のまで考えていかなければならないのではないか。そこで本稿は主に豪産に怠ける幼兄はい かにラジオをきいているか、親はそれに対してどう考え、どうしてコハるかを調査し、それに よって幼児のラジオをき1方、、或はきかし方はその発達段階からどうあるべきかを保育との 関連に於て考えたものである。従ってラジオについての′他の研究分野である内容やその遽る 方法についての分析検討については目的ではないのである。
故に本稿は幼児のラジオについての実態調査の結果を中心にのペられるが、従来もこのよ うなラジオの社会的影響を研究したもの膿みられるのであるが、小学校以上の子供や豪産一 般を対象としたものが多く、幼推園の幼妃のみを対象としたものは殆んどなかった。叉今まで の調査が概括的であったのむもつと細部にわたつで調べてみる必要を感じ、それを果そうと
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したものである。叉幼稚周で特に放途教育をやっているということによって他のそうでない 幼稚廟と此校して何らかの差異があるか香かを調べでみるのも一つの冒的であった。・叫絞℃
放題教育をやればすぐその効果について問題にし勝で、厳密にその効果を穿明することはな かなか難しく短期には出されないものであるが、こ」では調香の方津が質問紙を通じて父兄 の大体の憬向を知るということしか出来なかったから無理なことであったけれども、出来る だけ多方面からそれが浮び上るかどうかを試みでみた。
突魔した調査は予備調香と木調蚕の二回で昭和31年4月、7月にいずれも鼠兄の父兄に対 して質問紙を配付して園児のラジオ密取の実態を調べたものである。
2.予備洞査について
−、訴 奄 方 法
昭和31年4月に幼稚園におけるカリキュラム構成の資料として国見の家庭及び地域におけ る発達、活動状況とそれに対する親の関心、要求の程度を調べる調査を行ったのであるが、
その中の一部としてラジオ譜取に関する項目を設けた。それがこ1でいう予備鵡蚕に当るも のである。他の質問項目が多岐多数に亙った為にラジオについての質問は3項目にすぎなか ったがその後の調茶を進めるのに有効であった。
調香幼稚園及び調査人数は攻の表の通りである。
第1哀 訴奄幼稚厨及びその人数
園 苧・桓査人魂 狼 男掲「酎摘
奈良学芸大学附属幼堆園
(A)
年長組 42 年少組 29
施京市立晩成幼稚園
(B)
T 1 284
年長組 94 年少組 119
q U I a A V 3 1 1 1 1
254 189.4
(Tは全体)
この調雇は園児がラジオをきいている実態の大体を把む為のものであって、それを都市と 町或は年長組と年少組との比較に於で見るべく上記の2園を選んだ。A園は奈良市、B園は 旧八木町立であり、共に敬遠教育は特にやっておらない。訳奄方法は質問紙法により親に無 記名でその回答を求めた。回答率は89.4%で良好であったが、A園に於ては実数が少なかっ た為にB固ほど願老な傾向はみられなかった。調査内容は蘭兄が豪産でどの程度にラジオを きいているか、どんな番組をきいているか、親はそれに対してどのよう.灯思っているか、で ある。
二、調 杢 内 容
(1)この調査七はラジオの有無は濁ぺなかった。それは未提出著、無智者がある眠り正確
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虹調べにくいと思ったからであるか、幼稚園の話では殆んどの豪が捧っているとのことであ った。では衝兄はどの程度にきいているか。質問「お子さんはラジオを好んできいています
(註1)
か(或は、きかせられますか)」の結果は第2束の通りである。
第2衷 ラジオをきいている割合(%)
このような質問は余り主観にすぎるのでる・が大体の傾向としては、約8割の者が多かれ少 なかれラジオに親しんでいるし、約1割の濱はそうでないことが分る。これによってはA、
B南画の差はみられず、叉年長と年少組との比校に於ても両蘭に共通した傾向がみられない0 普通に牲年令的な発達に従って聴故率・も高くなると考えらるが、A画では反対になっているp
ラジオをきくことと年令とについてはあとでふれることにする。
1(2)きいている番組については、A、B両囲共同じ傾向を示している。よくきかれる番組は 童話、音楽関係のもの、次に軌ものである。豪族と一緒にきくものでは「三つの歌.」と「ぉ 人よし」とが秀れてよくきかれているc これは今までの児童のラジオ調査に於でも示されて
・おり、園児にも人気あることが分る。
欄 親達はラジオに対してどのような評価をして1ハるだろうか。質問「 ̄ラジオはどんな点 でお手ささんによlハ或は東いと思われますか」に対する結果は、A園で61.9%、B園で37.6
%の回答で甚だ少なかったが、それらの意見をまとめてみると、
よい点については音楽、知識、言集、話し方、能力、興味、娯楽等各般に亙って広くあげ られているのに対して悪い点lこついては小範囲に限定され、しかもそれが悪いまねをすると いうことに要約されるものであった。これによってみればラジオは豪産に於で頻楽的である と共に罪分教育的であると考えられている。
三、以上のような質問の調査は既に多くの研究者によってもなされてきたものであるが、
ラジオの調査をやる時にはその前接として必要なものであり、今度の調査でも大体の見当は 持っていたがそれを確めるととができ夏にあとの調査の参考となった。
即ち寵児も充分にラジオをきいている状態にあり、親もラジオに対して多くよい評価をし ていることが分ったのであるが、更に詳しく固兄がどんなにしてきいているか、どのような 影響を受けているか、叉新の実際の態度はどんなであるか、それらの中にどんな問題がある
かを調べる必要があり、それを攻の本調査で明らかにしようとしたのである。
3.本調査について 一、諏 蚕 力 泳
との調蚕の削勺は固兄の豪産に怠けるラジオ聴取の状態を吏匿詳しく、分析して調べるこ とと親がそれにどの程度関与しているかである。又それを幼稚園で放蓬教育をやっている場 合とやっていない場合とで毒がでてくるか、え都市と田舎の町の幼稚園とでどんな差異があ
るかを調べることである。(夏に農村の幼稚園をも含めるべきであったが今回はそれが出来 なかった。)
調査幼稚園及び人数は次の衣の通りである。
席3衷 調香幼稚園及びその人数 園 名 桓査人数l 回答数 昏美幼鮭園tC)
飛鳥幼稚園(D)
田原本幼樫園イEI
T
%
3 4 0
− h U 9
︼ 5 1 6 と U 7 バ V 6 0 0 0 9 4 4 5 6 0 l り 一 や り り り 4 3 4 9 n l V
男女男女男女男女
′ 1 1
.
︳
︑ l 1 1 一 t
︳ 1
−
−
′ l 1
3 3 q U I 0 5 8 6 2 0
人数はできるたけ多くとりたかったが、年令を同じにしておいた方が問題が腹雑にならな いので今回は1年保育のみを対象とした。(それは予備調香の結果から考えてのことであり、
叉奈良市立の幼准蘭では今年度は2年保育を募集しなかった為でもある。)調査幼恕園も多い 穣よいのであるが、いろいろの都合で上記の3闇に止まった。奈良市内で特に放蓮教育を取 り上げてやって1ハるのほC園のみでこれを選んだ。D園は時には放蓮を利用することもある が、E団では杢烈やっていない。D園は市内の幼稚梶(奈良市立)として、E園は市内と些 鮫する意味で田舎町の幼稚園(田原本町立)として選んだ。
調香日は昭和31年7月10日で前回同様質問紙を父兄に配付した。質聞項削ま24項目設け無 記名で回答を求めたが珂収率は重体で66.5%で前回に此して慈かった。これは夏休みの前で あり園によってはいろいろの行事や町の祭などあった為とも思われる。
象の政業別経第4衆の通りである。
笛4表 職 業 別(%)
D
l l.2 5 6.0 15 18.0 31 37.4 14 16.8 9 10.8 8 9.9 83
E
7 10.1
6 8.9
22 31.8
16 23.2
5 8.9
4 5.9
8 11.2
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各園ともその家庭は天体商業、住宅得にあり王、2位は商業、会社員が占め、しかもそれ で過半数になっている0寛3位が工業、自由業、公務員、顔業産逮ってく程度である。故に 3y園の職箋別に於では大した地域差は認められないが各園から直接きいで話から察して分国
.はC蘭より象雇的に青まれたものが多く、E園は真相的あると言える。
、 二、園児のラジオに対する場合
(1)きく時間について
始めに、国見が家塵でラジオをどの程度にきいでいるかについても、それだけでは観のみ 希5衷 時間軸こよるきく人数(%)
無答1ノ 11.3
希丘表 一日にきく時間の人数(%)
寛8表 一日のき1方′(努)
かたによってまちまちであり、叉季節により、鞍密には眼目により叉休暇、番準等によって 異なるから正確には言えないのであるが7月初め現車を中心iこして時間的に調べてみた・。質 問「お子さんは大体I日にどれ位(何分位叉は何時贈位)きいでいますか。」匹対する答は 第5、6、7表の通りである。伸し年後の時間は番組の関係上正午から午後7時までとし、
衣は午後7時以後である。
r)・各般的に言って朝のラジオは起乾して登園するまでで、きける時間は2時間位のも のであるが各園共約42〜56%の者がきいであり、その時間柱平均して9.6分である。C園が一 番多くて11.8分でありC、D、E、の順になっている。午後はきけるL時間の貴も多い時であ るが又園児の遊ぶ時間でもあり、闘兄のきく時間は5、6時頃に集中されている。番組からい っても5、6時唄は子供のゴールデン′・アワーといってよい。譜取率も53〜66%と高くなる。衣 は夕食後就寝までとなるが髭教卒は午後の部同様に或いはそれ以上に高くきかれている。こ れは注目すべきことで夕方の場合と異なって衣はすべて大人の番組であるのにこのように多
くきかれているのである。どんな番組がきかれているかはあとで説明する。
p) D、E園は聴取率が朝、牛後、夜と順次高くなっているのに、C蘭のみは午後の部
′.′
が夜より高くなっていること(時間的にも永くきいている)は番組から小って夜の大人のも のよりも夕方の子供のものをより多くきいていることであり、傾向として望ましいものであ ると言える。
ハ) 一日の聴取率からいうとD園が長も高く攻にC園、E園となる。これはあとでもふ れることであるが、ラジオをいつ頃からき1始めるかという点についても同様の結果が出て あり、D既は早くから多くの薯がきいてあることになりE団は劣っていることを示している。
ユ) 一一日にきく時間の平均は52.6分で約ユ時間きいていることになる。国別にはC園が 63.2分、D園が55.0分、E園が41.6分となる。(もっとも各国の分布状態をみて平均だけの 此校は疑問になるが、中間数に於ても、C園56.0、D固45.0、E園36.5となり3園の優劣に 誤はないようである。)とのきく時間、及び都市と田舎との差について鱈他の調蚕報昔でも
同様に示されている。C園とE園とで約22分の差のあることは毎首のことだけに大きいと言
(註望)
わねばならない。
ホ) 面白いことに、第8表からも分るようにその一日のき1方をみて杢般的には朝、牛 馬、夜ときいている者が一番多く(33%)次いで夜だけの薯、朝と夜だけの者が多いことにな っているが、園別にみると安々特色があることである。即ち3園とも朝、午後、夜ときく者 が一一番多いが、攻にはC園では年後と夜が多く、n園は朝と夜であり、E園では夜だけが多 V、ことになっている。,これはC園では午後でも(といっても夕方であるが)よく気をつけて ラジオ(子供の時間)をきいているということであり、E園では夜、豪族と一緒にきくこと が多くその他の 時間には余り気にかけないということであり、D蘭では朝でも気をつけてき いているということ1考えてそのラジオに対する熱心さの葺がそのきく量と共に表れている
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ようである。
ホ) 以上によって(i〕C園はきく時間に於て秀れD園はきく率に放て最も高く、(il)
E園はきく時間、きく率からいっても劣っていることが明らかになった。よって前に述べた ように更に3園を他の項目に於ても此瞑することによってどのような傾向が示されてくるか。
果してC園は敬遠教育をやっているが故にラジオの譜.取がすべてに於て零れているのか、えい っでもE園は他の2園に.比して劣っているか、それは何によるか、等を考えてみたい。
(2)きく番組について
どんな番組をきいでいるかについては従来からもよく調査されたことでありF、この予備調 蚕に於ても、あらまし按分ったのあるが、これらはいずれも子供のよくきく番坤が表れて いるだけなので、更に詳しく時間的にどのようにき1わけているかについ調べてみた。質問
「お子さんはこの頃どんな番組をきいていますか、(豪放と一緒にきいているものもかいて 下さい。土曜、日曜その他の日によってきくものがちがうと思いますが、できるだけかいで 下さいe叉その放送局もかいて下さい。)この回答によると、
イ) 朝で早い者では6時牛のラジオ体操とともにラジオとの生活が始まっている0そし て7時前後の童謡、音楽ものに非常な集中がみられることである。(これをきいている者は男 よりも女が多いことも目立っている。)時間的に言えば食事前後であり、儲これからの仕事 や勤めの準備に忙い時であるから、そのき1方は恐らく食事をしながちとか、他の尋をしな がらとかでラジ、オの前で落ちついてきくことは子供でも少ないのではなやかと思われる0ラ ジオにこのようなき」方のあること、揉その→つの特徴であると言えよう。(「歌のおばさ ん」も割合多くきかれているのであるが、これは時間的に言って登園後ではないかと思われ るのであかしいが、とにかくとの番組が入園前の幼児によく親しまれていることは事実であ る。)
ロ) 午後の部では5、6時頃が殆んど各放遽局とも子供の時間としている関係もあり、この 時間にきいている番組は実に豊富である。殆んどの番組がきかれているといってよい。内容 は削ものが主であるが歌もの、クイズものもある。そしてこれを他の謁茶に解してみるに小 学坐もよくこの番組をきいであり、このことはとの時間按、兄弟一緒によくきかれているこ
(註3)
とを示すものである。兄弟といつでもその年令的な蓮から、そのき1方には喜があると患わ れる。叉子供向の番組といっても園児を対象とするものでなくして恐らく小学生、中学生あ
たりを対象にしたものであろうから、それだけに園兄にとっては程度が高く、分りにくいと いうことになるが、それにもかかわらず、よくきいているということはラジオの内容が幅広 いものであり叉輿味付けの強いものであることを示すものであろう。
ハ) 夜の部紘専ら大人用の番組であって子供向のものは(まして園児向のものは)ないの にかからず(もっとも家族的なものはあるけれども)前の表でみたようにその人数、時間か
ら言っても夕方に劣らずよくきいているのである。きいている番組の腫顎も多いが、その円
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訳をみると予備恥と同様にNHKの「三つの鋸と「お人好し」が非常に㌣ことが目立 ち、これは聴取番組詞茶にハハつも出てくるものであるが園児もその仲間であ省ことを示して いる。その他にきかれている番粗服、万才、諸藩的なもの、歌論曲もの、敬遠卿ものが多く、
これらはいずれも大人、青年の釈芸物であって決して子供向とは言えないのであるが、園鬼 かよくきいているということばくたとい自らきくのでなくて聞えてくるものであってもラジ オの刺激の弾きから考え宅その影響は少なくないであろう。園児によっては夜だけでもユ時 間以上きいている者が1割以上もあるのである。
こ) 全般的にみて3国共同じうな傾向を.示して差はない。貴もよくきかれているもの鰭、
真読、お人よし」三つの歌、童話、射等であっで性別にも余り叢はない。 (女は男より多少 歌を好む程度)。これを他の調香と比較すると、同年令では同じょうな傾向が表れであり、
(註4)
叉小学4−6年生では劇物、クイズ、スポーツ、万才、落語等が多く好かれているのと比べ ると央醸りそこに発達の差をみることができる。
ホ) 以上からみてきく番組には種々あって園児向のもの、小、中学生向のものから、大 人向のものに至るまで内容、程度の広いものであるが、これらの聞見向でない多くのものを どんなにき1入れているか、叉きいていることによってどんな影響をうけてくるか、叉、内 容をいかに評価するかということは放送をうけ、きかしている立場にある者の考えなければ
ならない問題である。
(3)やつ頃からきくかについて
子供がいつ頃からラジオをきくようになるかはその家庭の状況や親の考等によって異なる ことであるが一応まとめてみると、質問「お子さんが自分からラジオをきくようになったの はいつ頃ですか」については第9寂の通りである。
第9衣 ラジオをよくきくようになった年令の割合(%)
イ)各園によって多少の異なりはあるが天体成長につれてき1始める率は高まり入園前ま でに42〜50%即ち約半数の者がラジオに親しんでいることになる。しかもD園は入園前でも 矢張り高いが、C蘭とE園は殆んんど変りない。といっても実哩にきいていた率や時間につ いてはこれから按分らないが恐らく他の項目から察して可成り差があるのではないかと患わ れる。蔓れに関して面白いことは攻の入園後の変化についてである。
P)満苧才に革て3園を比較するの紅C園が貴も前年より増加しておりE園がこれにつ
7宰
いでいる。亡のことは攻の質問「幼稚園に行くようになってからヲ汐オをよくきくようにな ったとい革ととありますか。(a)きくようになった。(b)よくきくようになづ転。(e)別時 変りない」の回答によってもはっきり示されている。(第10衆)埠にC園に於てよくきくよう
第10衣 入国後のラジオ聴二晩(%)
C I D I E I T
になった者が他に比して非常 に多いのは注目されることで、
その原田を入国後のことに求 めるとすれば、それは幼稚園 の指導の有無ということであ り、夏にそれによって家庭の 指導がなされておれば、それも賓要なことである。叉、子供の能力が秀れておれば、それに よっても盛んになってきたということも考えられるが、これらのことについては吏匿究明し なければならない。
(4)きく習慣について
上にみたように早い者では既に滞2才からラジオをききめているのであるから自然とラジ オによる習慣が出来上る!。これはラジオのまねをするというようなことよりも探い影響があ る0ラジオに関してどんなことを身につけているか、質問「お子さんにラジオをきく上での 何か習慣ができていますか、(a)その時間がくるとラジオをかける、㈲テーマ膏楽をきくとき まってきく、(C)ラジオの番組で時間を知っている、(d)きくのが楽しみの一つになっている0
(e)き1のがすと餞念がる0(f)ラジオをき1ながらぬるくせがある。(g憤尋の時いつもラジオ かけておく。(h)その他(・第11表)
第11衆 ラジオきく習慣(%) イ) ラジオをきくのが楽し みになっており、き1のがす と鍔念がる者が夫々約3−4 割あるということ放ラジオが 閲見の娯楽としても充分なも のであることを示している。
園児はまだ小学生のように本 をよむ楽しみけないが、それ だけに、みたり、きいたりす る楽しみが大きいわけである。
みること(例えば絵本や紙芝居や放両など)けそれ程自由にならない(費用もかしる )が、
ラジオをきくことに於て貯割合解放れさているといってよい。故にどんな番組があるか字は よめなくても今までの経験から、き1たいものけその時間がくればラジオをかけるとか、テ pマ音楽でそれを知ることが出来る0このこと建蓮にテーマ音楽やその番組で時刻を知ると
いうことにな畠(約3知ある)(例えば朝の苦楽をきいで出かける時間を承知しているが如き である)このようにラジオが時間的なものとしてもその生活に喰入っていることば大人の場 合も同様であるが、ラジオが国見にまで浸透している証拠である。
(笈5)
P) 食事の時にはいつもラジオをかけているのけ5割前後ある;これは子供のき1方と いうより象のき1方であるが、口から食事をとると同じように耳から何か刺戟を入れないと 物足りない状態になりかねない。嬢ながらきくくせのあることにも表れてい′る。このような ラジオは伴奏音のようなもので必すLも意識的にきい ているのでもなかろうが、しかしラジ オの過剰刺激の影響も考えねばならない問題である。例えばよい苦楽的な環境を樺成すd為 にラジオを利用することも考えられるが上のように脳膏的な環境構成物になっては、子供は 環境から影響されること大きいだけに重大であるぐ
各固共楽しみにしている点でも、時間的な点に於ても余り変りないが、C園では楽しみに している者が稽多く乗れているのは、子供の時間などよくきいている精であろうか。叉時間 的にはC、D園ではテー・マ膏楽をきいてというより、時間を知ってからラジオときくことが 多く、E園でげその尿対になっているのは、ラジオをきく穫極的、拘趣的な態度の差と言え
ようが、命このことについて打攻でのべることにする。
(5)きく感度、動作について
国見がラジオをきいてコハる時にどんな態度、動作をとることが多いか。勿諭これば番組に よって具ることであるが(きく番組を参照しながら)一般的な傾向をみてみるのに、質問「お 子さんけラジオをきいている時にどんなにしますか、(a蘭かにきいている。(耕面白がってき いている。(cト緒に歌っている、(d)何か話している。(e)何か他ゐことをしている。(f悸足を 動かしている、(g)分りにくそうにししている。(h)質問し挺りする。(i)途中でいやになる。(j)
途中でやめてしまう。(k)その他」(箪12衣)
稀12衷 ラジオをきく態変、動作(%) イ) これによってみれば
74
多いものは、一緒に歌ってい る、面白がってきいている。
質問したりする、静かにきい ている、手足を動かしている 等であって、これは園兄の特 性をよく示している。即ち元 気で気特さえよけれぼじっと
しておれず知っている歌やリ ズムであればすぐ歌つり踊り たくなるし、ノ分らぬことばす
ぐ質問したくなる園児の行動
的、知的、想像的活動の盛んなことであるbこれに披3園とも鶉通で葺けないが、唯C園で は、静かにきいている、とか、質問することが他より多いのはタジオに熱心であると言えよ
う。
P) しかも上のような傾向はラジオをきいたなあとでも特続するので、あって、 ラジオを きいたあと園児はどんなことが多いか調べてみるのに、質問「お子さんはラジオをきいたあ とどうしますか、(a)きいたことを他の者に託する。(b)分らぬことをきく、(c)何も言わない、
(d)すぐ遊びに行く、(e)思示出して面白がったり恐ろしがったりする。(f)あとで託するこがあ る、(g)その他「(第13衷)
質13衣 ラジオをきいをあと(%)
C i D I E
この中で多いものは分らぬ ことをきく、あとで話するこ とがある、きいたことを他の 者に話する、等である。ラジ オが子供にとって興味探いも のである程その感銘好鍔って いて、例えば、この攻にはど うなるのかとか、可哀想だっ たねとか、いろいろ人に話し たくなる。自由に話合うことによって興味は一一層増してくる。こ1にラジオは子供にとって 一・人できいていて満足するものであるよりかけ、他の者と−一緒にきいて自分の卑求を−一層満 足さしてくれることを望んでいるようである。このことはラジオをきいている噂のことから いってもそうであって(筍12表参照)園児には親なり兄姉が一一緒にきいてうまく指導してい
くことが必要である。
国別には葺はないが、唯D園に於て多少不活発に見える位である。
ハ) 以上、イ)とP)をまとめると園児はラジオをきく時でも、その後でもよく質問し たがるということであり、叉きいていてもじっとしているよりも・−一緒に歌ったり、動作した り、あとではそれについて話したりすること∈ある。lこのような子供の要求に最もよく応え てやれる老け親であるが、翠はこれに対してどうしているであろうか問題になる。叉このこ とは子供のきく態度、動作にも影響してくるのであるから重電である。
(6)余りきかない理由
今恵ではラジオを環極的にきく場合について考えてきたが・.反対に余りきかないとか、時 々きく程度の君をみてみるのに、寛5表の無答者11%の中にそれが含まれておるわけである し、又1日15分までの老9%を加えれば約20%に近い者がそれに入る。(無答者の中にはラ ジオの無い者も含まれて鱈いるが)、これらの者のラジオに対して滑極的な理由酎可か、そ れをどのように考えているか脆ついてみるのに、質問「お子さんがラジオを余りきかれない
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ならヰ・れ好何故かと思われますか.㈲きいでも分らない、分り ̄こくい、(b)興味がない、面白 くない。回遊びの方が面白い、(d)じっとしておれない、(e)自分でようかけない、(f快人がい つもかける、(g)他の者にじゃまされる、(h)番組を知らない、(i)テレビの方が面白い、川その 他」(帯14表)
碍14表・あまりきかない理由(%、)
C I D 】 E 】 T
イ) こわ解答者が55%も あることは子供がもつとラジ オをきいたらよいという親の 熱意を示しているものといっ てよい。解答者がC園iこ少な
 ̄く、E蘭に多いのも子供の余 りきかないものがC園よりE 園に放て多いからである。子 供がラジオをきくのはそれが 面白いからであって他に面白 いことがあるか或はラジオが 面白くない、分りにくいものならきかないのが当然であって、稀14表によって、遊びの方が 面白い、分りにくい、の理由が最も多く3園とも殆んど同じである。叉テレビの方が面白い というのがC、E園に於て割合多いが、これは勿諭、その者が潜テレビを持っているのでな
く、(奄調養老申テレビの所有け6人であった)よそへ見に行くのであろうが、テレビのある 象ではヲジオは殆んどきかないという載骨もされている。
ロ):以上のような子供自身の理由の他に多いのは、自分でようかけないい、大人がいつ もかける、番組を知らない、等のことがある。これには親の音任もあるのであって、親が多 少注意をし、教えてやるようにすれば直されてい一くことであるご殊にD、E園に於てはその 例が多いだけに買電である、もっとも子供にしてやりたくても仕軍に忙しいとか或は番組の 選択についてよく・分らないということもあろうから、それには今度は、幼稚園からの指導が 必要と考えるのである。現に親達からそのような−要求をのペていることでもあり、そ釘Lをど のようにして取上げ、いかFC具体化していくかが間瀬となろう。
(7)ま と− め
以上園児のラジオについて、きく時間、きく番組、いつ頓からきhくか、きく習慣、態度、
動作、きかない理由等に忙ついて3園を此拝しながらみたのであるが、まとめてみると、
イ) きく率から措各国共8割の薯が多かれ少なかれきいており、中でもD蘭紆草も多く C、E園の順虹なっている。時間的には朝、午局、夜に従って多くなっているが、C園のみ は・午后の部が最も多くなっている。一日にきく時間は平均で52.6分であるが貴も多いのけC 園で攻にD、E園になっている。
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p) きく番組も朝は童話、音楽、午后は子供の時間の劇もの、夜は・大人の簿雲ものが多 くその程度、範囲は様々であるが、最も好まれているものは童話、劇、童話等であって各蘭 共同じである0
ハ) いつ頃からきくかについてげ各蘭共に滞2才項から始まり入園前までに42〜50%の 者がラジオをき1柏めている。その中ではD園が梢秀れておりC、E園は余り変らないのだ が入園後になってくると上にのべたような喜が出来てあることに注目し入園後の指導に影響
があるのではないかと考えた。
ニ) きく習慣についてはラジオをきく楽しみをつけている譜が30〜40%位あるが中でも C園は多い。各園共約30%の老けラジオで時間を知る程であるが、C、Dでけ時間をみてラ ジオをきくという積極的態度も多い。
ホ) きく態度、動作については一般に歌ったり、踊ったり、質問したりする懐向が謳い のけ・国見の活動的な知的な特性をよく表しており、これけきいたあとでも同様である。中で
もC園は熱心な様子である。
へ.) 会りきかない三理由としてぼ各囲共、遊びの方が面白い、分りにくいということが主 なものになっている。その他に自分でようかけないヽ大人がかける、番組を知らなレ・等のこ とで親の不注意によることもあげられるが、そオLが比較的D、E園に多く表れている。
以上のことから放送教育をやってコハる、従って可成りラジオの指導がなされているC園に 於てげ豪産に於てもきく率、きく時間が秀れておりラジオに対する親しみも深くその括動も 清瀬である。反対にきく量の少ないE閲ではその他の点に於ても不活渡である。これはラジ オをきく量的差異が質的な差異ともなって表れていることである。これらのことについては 幼稚園の指導の有無ということよることでもあるが又一面、親の関心、指導の程度にもよる ことは前にあげた会りラジオをきかない理由からも寮せれたのであり、この点について史に 詳しく、親の関心、態度はギんなものであるか、叉果して上のような子供における毒異が親 の場合にどのように表れてくるかを攻に考えでみた。
三、親のラジオに対する場合
(1)態度について
子供のラジオに対して親がどんな態度をとっているかを、尭づ調べてみた。質問「お子さ んがラジオをきくのを、できるだけす」められますか、或け好きなように任しておられ壊す
第王5表 親 の 態 度(%) か、或はきかせたくないと思 われますか」(第三5秦)
これによってみればラジオ をきかせたないというのはな かったが、碑極的にす1める 老け18%になっている。C薗
とE園とは殆んど同じでD閲が劣って放任的であるが、他の放つかの調賽(後述)と比較し てみると必ずしもそうでなくて矢張りC園が長も積極的でE園融最も放任的でありD開け、
その中間と考えるのが 妥当のようである。以下更に具体的にみていくと、例えば質問「あな たはお子1さんとラジオを一緒にきくのがよいと思われますが、或はそんな必要ないと思われ ますか。それば何故ですか。」(第16表)
希16衰 子供と・一緒にきくことの可否(%) これによると−潤がよいと する者は卒均して61%ある。
これを簡14表のす1める者が 少ないのと此証しておかしい ようだが、放任的な者の内訳 をみると、その86%は一一緒にきくのがよいとしている、これは放任しているといっても無理 にす1めないだけであって子供がきいておれば親もできるだけきくのがよい、き1たいとす る者が多いことを示すものである。こ1で3園を比較するとE園の親は放任的になっている。
攻にその親の意見をきいでみるのに、一緒がよいとする理由は、(i)子供の為には質問に答 えられたり、話合いができるということであり叉(ii)家庭的な楽しい雰囲気になり(iii)親 にとく)ても子供のことがよく分り叉親の勉捗にもなるというのである。これはラジオの良さ を知り子供の要求、括動にもよく応じようとするものである。反対に放任的な理由が(i)そ の必要を感じないC,(ii)仕事が忙しい、時間が窓い、(iii)子供に分りにくい、等が主なも
?である0これらの意見は殊にE園の親に多いのであるが、仕事に忙しいの酌ヒむを得ない としてもその必要を感ないのが多いり貯まだ自覚が十分でないといえよう。これをいかに打 開していくかけ家庭と幼稚園とで共通の間藤として考えていきたい。
(2)きく実際について、
イ)始めノに親は子供向の番組をどれ位きいでいるだろうか0軍閥「あなたは子供向の番 組を何かきいておられますか。」(第17表)
箱17衷 子供向番組をきく (%) これによって3園の喜好益 々明瞭なものとなってくる。
C園の親は実際に於ても関与 が深くE園げその反対である。
もっともE園の親にしても無 自覚と許り苛められないのであっで第14、15表でみたように願望はあっても仕事の顕係でで きないことも考えなければならない0(E園に於で忙しい、時間が温いというのが多いがそ れば職葉別にみて必ずしも農業の為ということ㌢こけなっていない。)
P) 親滑子供がラジオをきいている時、どうしてコハることが多いか。質問「お子さんが ラジオをきいでlハる時、あなたけどうなされていますか。(aト緒にきいている、(b)子供に話
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かけたりする、回一緒に歌う、桓ト堵砿動作する、(e腰間に答える、(f)そこに居ない、−(g)層 でもほっでおく ′(h)その他」(第18衷)
第ユ8衣 寮 の 動 作(%) 一緒にきいている者が箱16 表と上ヒ較して多いのけこの場 合子供向の番組ケこ限らないか らである。その他に、一緒に 歌う、質問に答える、話しか ける等が多いのけ、前にみた 子供のラジオ括動(第12、13 表参照)に自然に応じている ものであって各園とも同輝の 懐向にあるが、中でもC園は それが盛んにみえる。これは子供が清澄であるから親もそうなのであるか、親がそうセある から子供がそうなってくるのか、恐らく相互作用払よるものであろうが、このようにラジオ を囲んで規子が共に楽しむことが出来るのは有意義なことである。子供けラジオを一人でき いで秦しむということより親、兄弟と一緒にきいていることからラジオの内容からのみ影響 をうけるのでなくして豪族ときいていることそのことからも影響されること大きいのであっ て、親げそのきくもの、.せ1方紅ついて無馳心ではすまされないわけである。
(3)ラジオの評価について
ラジオに対する評価は予備調査に基づき更に詳いし結果をうることが出来た。
イ) 質問「ラジオはお子さんがきいて教育上どう思われますか、(a快変よい、(bはい、
回患い、(d)患いこともある、(e)影響ない、佃分らない」(簾19真)
等19衷 ラジオの評価(プ )
いが多いC園は楽観的軋讃的といえようし、E函好影響ない、
ラジオが子供によいとする のけ72%あるが一方に於て、
貴いこともあるとする譜が25
%あることは注意すべき手放 しの楽観論よりもこの方が自 覚的で好ましいといえるので
あるから、その点からいって D園は自覚的であり、大変よ 分らないが稽多く無糖心的と いえよう。前に第15表の説明でE園の親好放任的であるといったが、ラジオの評価に於ても
それが表れている。
ロ)具体的な評価についても非常に広範囲に亘る意見がえられたが、これはラジオが多
彩な作用をもつものであることを示している。卸ち、1苦楽的(情操的)・なこと、′2知的な こと(言葉、話し方、知識を含む)3能力、4態度、5興味、6教育性、7娯楽性、8簡易性、
等があげられ、これらけ要するにラジオは子供にとって教育的、娯楽的であると共に、親に とってもそうであり東に便利なものであることである。但しこれば主に子供向の番組につい てであり、しかも親が一一一蘭にきいている場合に−一骨そうなのである。この場合、ラジオのマ ス・コミュニケーション/としでのこの機能抑えぼ報通性、即時性、同時性などけ子供にとっ ては左程問題にならない。親にとって問題になることは、惑い影響としてあげられているこ とであって、それば主に大人の番組をきく場合に於てであるが、低俗な歌、膏楽、言葉、動 作をまねることである。しかしそれも、兄弟や友達からの直接の影響もあることを考慮して あかねばならない。これはラジオの間接的な影接といえよう。以上によってみればラジオの マス・.コミとしての本来の機能は子供に対しては婁聾でなくで専ら楽しい音楽や歌、請や劇 などを譲り出すものとして他の子供文化財よりも手軽でしかも教育的であることが観迎され であり、一方に放てば望ましなくい影響も与えるが、それ以上にラジオは信頼されているこ とが分る0しかし鄭重されている子供向番組でもすべてが楽観的に有益硯されてよいか拝聞 蝕であっ−⊂そこには充分に親の指導が必要であると思われる。
(4)以上ラジオに関する親の態度、きく実際、評価等についてみたのであるが大体に 於て攻のようにまとめられる,
イ) 態変ではC園は頓魅的にす1める方であり、その理由に於可も充分ラジオの良さが 認められている、E画に於では治療朗であり放任的に見える、もっとも仕事に忙しいという
ような事もあるけれども。
ロ) きく実際についても、子供の番組をきくことJこ於でははっきりとC菌が多くd)、E 園の順となっているし、その時の動作に於てもー子供の場合と同様に、歌ったり質問に答えた りすることが多く親子柑応じていることが分るが、中でもC蘭ではそれが盛んなようである。
ハ) ヲジオの評価に於でC閏では軋讃する者が多く、E園では無関心が楕多く寂れてい る。具体的な評価に於ではラジオの簡易な教育性、娯楽性が観迎されであり多少惑い影響は 忽められてもその期待け大きいことが分る。
結局、親の場合に於でも子供の場合と同様に、C園に於て好、D園もこれに準するがラジ オは観迎され穣極的に利用されており、E園はそれに劣っているといえる。一
四、ま と め
以上、現と子のラジオ活動について更に考えてえると結局、C園は、D園もこれに準じて、
親子ともにラジオの利用が環極的であり、E園はそれ程でないということで、そこに密接な ラジオ諸活動の連関と共に親子に於ても相応じていること、そして幼稚園の差異にはその指 導が問題になると考えた。
今まで多くC国とE園を対照的にみてもきたが、それは両者が調査の結果から比較的明僚
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な特徴を示していたからであるが、、無条件に比較できないことは言うまでもない。−C、D園 について言えば、両者は同じ市内にありながら、D園の方が家庭的にはよく、・きく率も高い のにも拘らず、きく時間、その他の点に於ではC園が秀れており、しかも入国後そのように
なってきたことも考え合せて、C園の放途教育及びそれに基づく家庭の指導を有力な要因と みるのである。(もっとも入園後四ケ月位の指導であるから過大評価してはならないと思う が、)そこでC園に実際の状況をきいてみるのに、園児は放蓬指導によって非常に清瀬にな ってきラジオを大いに楽しむようになったとのことであるが、家庭に対しては敏速聴取のこ とについて何ら指導したこともなく、中には幼稚園で放途指導をやっていることを知らない 父兄もあるのではないかということであった。とするとC園の子供は幼稚園でよくき1指導 されているが故に、豪に帰ってもよくき1活動するということであり、それが叉親をも刺戟 してその括動を盛んにしていると考えられるである。現に父兄の中にもそのような意見をの べている者もあるのである。しかしその他にも子供の能力や家庭の教養の程度蛸係あろう が幼稚園の指導が子供を通じて親に及ぶということは興味深いことである。
E園については市内の幼稚園と同一に考えることは出来ないのであって今までふれなかっ たが当然地域的な善について問題となる。ラジオをきくことに於て一一臥乞都市と農村とでは 差異のあるこは認められている。知能と環境とにりいて例えば知能指数や学業成績は鼻村は 都市より劣っていることが研究せられている。ラジオをきくことと知能とは客接な餉係りあ
(証6)
ることからいって環境がラジオの聴取に影響あることは明らかである。し3園共まだ知能検 査をやつ一⊂いなかったのでその実態を知ることができなかった。)前にみたようにE園地域 は田舎町で農村的であることは矢張り都市の子供の生活と比べて異なってくる9それがどの 程度に能力や生活に寂れているかは調査してみなければ分らないが、叉ここでE園が田舎町 の代表というわけでもないが、その地域ということについて考慮さねばならないことである0
以上、色々問題になることをあげ宅きたが、結局は、象庭に於て聴取指導をいかにすべき かということになり、これはえ幼稚園の指導の問題ともなってくるので、これを取上げて結 論とした∨、。
4.聴取指導の問題 ′
一、園鬼のラジオ
・先づ始めに事実として園児が既に4、さい時から可成りラジオをきいであり、入園前に於で 約5割、入園後に於では8割の者が多かれ少なかれきいている、ということを前琴として考 えねばならない。このことは無視して園鬼のラジオの問題について考えることはできない。
入園前に於ても彼らの2−3割の者は自分でラジオを擦ることが出来、相当ラジオが生活の 各面で身にみこんできていることば既に見た通りである。このようにきかれるラジオは子供
にとっては実に面白いものであって、きくことは楽しみの一つなのである。少々分らなくて もきかれる程の魅力をラジオはもっている。
大体、マス・コミとしでのラジオは本来、報道性を特色としていたものが近来マス・コミ 一般の傾向でもあるが娯楽化してきた。民間放遠の発達が一骨それを助長した観がある。一一 般映画は子供を対象として作られることはないのにラジオは大人と同様に子供をもよき顧客
として子供向の番組を弾力に送り出してコハる。ラジオの娯楽性は大人から子供にまで浸透し ている。父兄の意見によればラジオは大いに教育的であって欠点は少ないようである。しか し親等的に刺戦の強い放送が常時、子供の生活を取囲んでいることは、子供.て自覚が乏しい だけに影響も大きい。善悪かまわす、まねするのが子供である。子供は唯楽しんでおればよ いのでなくしてそれが健全であり、教育的であることを親としては望まざるをえないである。
それには親は充分にラジオを検討し指導する能力のあることが必要でるが今まで誰もこの点 について指導助言する着がなかった0幸い最近幼稚園に放遽教育が盛ん隼なったことはこの 盲点を切開いていくべきものと言えよう。その点、幼稚稚園における子供のラジオ活動が豪 に於でも叉その父兄にも影響しているとみられることは注目すべきである。まだ幼稚園から は何ら父兄に働きかけていないのに子供を通じて影響しており、父兄からは幼稚園に対して ラジオについての強い要望も出されているのである。これは幼稚園としてはその指導の好被 を与えられたものであり、それを生かすべきである。
二、幼稚園の放送教育
′
こ1で幼稚園における放途疲青のあり方について考えてみるのに、幼稚園で教法を利用す るのは家庭におけるように娯楽の為でなくして先づ教育の為である。即ち保育に利用する為 であるが、小学校における学校放蓮の如きものでなくして多分に楽しみ的なものである。園 児の生活がまだ遊び的であることから考えても、まだ為にきく、自覚的にきくことには至ら ないのであるから教育効果を第一養的に狙いな如らも楽しみのものでもなくてはならないこ それを教育効果ということに、こだわって放j会を保育の為の神助として、弾く限定してしま
うことは却って充分なな成果を靭待することは出来きないであろう。何故ならラジオは園兄 が既に相当き1なれて身につけてきており幼稚園で断片的にきく位では到底その指導のでき
るものではないからである。むしろ広く保育の一部としてラジオ独得の機能を生かして子供 の生活内容を豊かにしその意欲、活動を盛んにするように使いたい。これは象で子供が親と 共に楽しい雰囲気の中に共通の話題と興奮とで以てよき教育的場を作り出しているやり方に 適するものであって、これはラジオの生活的な用い方とも言えるが、園児の要求、活動にも 適したものである。唯、幼稚園ではより教育的、計画的であり、豪産では娯楽的、自然的で ある。それだけに家庭では放任堕落し易い恐れがある。そこに教育性を考える要望も出てく るのであって、こ1で先の調査に求めた父兄の幼稚園へのラジオに関する要撃をきいでみるノ のに
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(1)幼稚園でラジオをきかせでほしいということ。(園見向の傲速は午前中であり子供は き1たがってあり、叉、豪では子供と一緒にき1にくいから、或はよう指導してやれないか らきかせてほしい等である。)
(2)どんな番組をきかしたらよいか指導してほしい。叉きいでよい番組をす1めてほしい。
又き1方を指導してほしい等である。・
敬遠は朝早くから凌あそくまで、のべつまなしに流されているがその中で子供向のものを 取上げても果してその中どれが子供の為によいものかは中々剣断の難しいことであって、こ のような要求が出るのはむしろ当然であり、さし当りこれをどのように取上げていくか幼稚 園は考えねばならない。
三、指導の方法
(1)前に幼稚園における放送教育が子供を通じて親にまで及んでいることを述べたが、勿 論その逆に親から子に及ぶ作用も描くむしろ早くから梶本に働いているのであるから、幼程 園は親に対しても直接に、いかにきくべきかの指導をなすべきである。例えばきく態度、動 作について、調査によれば子供は一人できくよりかは兄弟や親と一緒にきこうとしており、
共に話し歌い、楽しみたい、というそのような知的にも情的にも活動に富む時靭なのでああ るから、この要求を充分に満たしてやることが子供の発達を助長する所以である0ラ.ジオは そのような刺戟に富んだものである。親は子供のき1友達として一緒に居てやることが一層 その雰囲気をよくし子供の喜びを大きくする。既に実行している親からはそのような感想も のべられている。問題はそのようにしていない場合であって、調蚕で放任になってコハる理由 をみても豪業等の為にやむむえないこともあるが、他面、親の無自覚によるととも多いのご あるから、その点は充分に幼稚園としても啓蒙していく必婆があろう。
(2)番組について知らないといってもそれを親の無音任と一概に言い切ることは出来なレ。
内容の艮香の判断は中々容易ではないからである。故にその為には幼稚圏も番組内容につい てよく研究し、親と共託し合い検討することが必要である。親の感想、意見をそのま1家庭 に埋めてあかないで外に捧ち出し皆の共通の話題として展開するうちに内容判断の公正な見 解がえられてくるのである。その中から望ましいもの、望ましくないものを取捨選択して子 供に与えることが出来、叉そのような意見を集団のもとして放送著に造り返すようになれば 内容改善の為の有力な方法ともなるのである。叉その必要が現在痛感せられ一⊂いるのである。
(3)親にき1方を指導し、内容を検討する為にも個々の具体的な問題については幼稚園は 自ら改造教育を実施することが必要である。それによって各内容についての各子供の反応の 特徴を知ることが出来、親もその実際を見学することによって指導に確信をもつことが出来
る。これによってよいことは親自身のよい勉強になるということ以外に同じ放遠を通じて幼 稚園と親とが教育について批判討論する共直の場をもつことになりその効果はラジオ指導た
けに止まらないということである。硯に小学校に於て教師と父兄とが放送を通じて話合の会
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をもち成功した例もあるのであって幼稚軌こ於てもー一層必要なことであろうと思われる3ラ ジオは家庭だけ、教皇だけのものとして閉ぢ込めておかないでそれこそマス・ミディアとし て規と子と教師を相互作用的に結びつけるものとして活用したいのである0
あ と が き
1.この調査はC、D、E園のi年俸青鬼のみを対象としたが、これで以て放去教育をやっているもの といないもの、或は都市と田舎との比較になることは斬晃できなV、のであってあくまで最密には調 査範囲に止まるわけであるが、一般的にする鳥には更に討登の対象を縦にも横に も廣げていかなけ
ればならない。
2.紙数の関係で統計表を省略したま1説明して不明の点のあ′ったことをお託し、最後にこの調査に路与 力して下さった各幼稚園の先生方に感謝の意を表します。
註1.国に日本放蓬協会の調査によれば昭和31年7月未現在で奈良県のラジオの普及度は84.4%であ
る。
象 2.日本放蔑教育学会、放遺教育研究集線11955.p.66 註 3.長島貞夫、鬼蓋社会心理学1956.p.340..
社 4.前掲署
註 5.岩波講座 教育 俸2巷1952.p.244.
ジゴルダン、白根諸 教育心理学 上1952.p.85.
日轟教職組合調 日本の教育1953 p.399.
参 考 文 献
1.波多野完治、心理学と教育】956.
2.日本放蔑教育学全 教送教育研究集録I1955.
3.William Levens餌1,TeachingthmughRadiol947.
4.Mckownand Roberts,Audio−VisualAidstoInstructionl9朋.
5.James.S.Kinder,Audio・VisualMatherialsand Technique31960.
6.EdgarDale,Audio・VisualMethodsin Teaching.1954.