• 検索結果がありません。

モンテッソーリ教員養成に関する一研究

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "モンテッソーリ教員養成に関する一研究"

Copied!
16
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

奈良教育大学学術リポジトリNEAR

モンテッソーリ教員養成に関する一研究

著者 林 信二郎

雑誌名 奈良教育大学紀要. 人文・社会科学

巻 23

号 1

ページ 153‑167

発行年 1974‑11‑15

その他のタイトル A STUDY OF MONTESSORI TEACHER TRAINING

URL http://hdl.handle.net/10105/2694

(2)

蝣蝣Rnhff'二H"S! T,ごlyilさ LR1M \t・汁会1 11'H49'T Bu】】. Nara Univ. Educ, Vol. 23̀ No. 1, (cult. & 8oc.) 1974

モンテッソーリ教員養成に関する一研究

林  信  二  郎 (教育学教室) (昭和49年4月30日受理)

モンテッソ‑リ(M.Montessori,1870‑1952)がローマのスラム街で最初に開設した「子ど もの家」(CasadeiBambini1906)に端を発し、その後理論と実践形態を構築していった教育 の基本原理は、個々の子どもの潜在的可能性を準備された環境の中で自己発達‑向けて解放する ということにある。このようなとらえ方は、決してモンテッソーリのみのかかげる教育理念では なく、むしろ近代的な児童観、発達観に支えられたものではあるが、モンテッソ‑リにおいて特 に強調されているものである。その方法としては、特別に考案された教具(1)およびその実践の体 系としてとらえられており、しかもそれは子どもの発達と教育についての総合的アプローチの中 の一次元を占めるにすぎないものとはいえ、モンテッソJ)教育において非常に重要な位置を占 めるものである。

モンテッソ‑リは、その教育の理論と方法の独自性にもとづき、モンテッソーリ・スクールに おいて幼児教育にたずさわる者に対して、国際的に承認されているモンテッソーリ教育のディプ ロマを要求している。これは、モンテッソ‑リ・スクールの職員の資質として全国的、全他界的 に共通の普遍的一般的単一性が必要条件として存在しているとの前提に立つものであり、その教 育の成果を決定するものは最終的にはその数員の質の如何にかかっているとの認識にもとづき、

その教員の養成に大きなカを入れ、その成果に期待をかけている‑つの姿であるoしかも、この ようなモンテッソ‑リの教員養成は、モンテッソーリ教育を実践する教員を養成するという役割 をになっているにすぎないものではなく、これこそがモンテッソ‑7)教育そのものを具体化した 一つの活動展開としてとらえなければならないものをもっている.つまり、これはモンテッソー リ教育の全般的活動における一つの領域を形成しているものにとどまらず、モンテッソーリ教育 における重要な機能をになった機能概念として位置しているものである。

我国においても初等・中等教員養成の問題に真剣にとりくまれるようになってからもうかなり 久しいOたしかに教員養成一般の問題として存在しているものも決して少なくはないが、横須賀 氏が、「教員養成教育を問題として考察するにあたっては、教員養成教育一般を問題としてはな らない」(2)とまで断定して、小学校教員養成の問題に限定し、そこでの問題点を明確にしようと している。氏がここで小学校教員養成課程を特にとり出して論じている趣旨は、教員養成大学・

学部の施設・設備が劣悪であることは常に指摘されてきたところであるが、そのような劣悪な条 件を相対的に強くかぶるのは小学校教員養成課程の学生であるのが普通であるとの理由による。

このような論法から幼稚園教員養成課程の現状を考えてみればどのようなものであろうか。小 学校教員養成課程の学生以上に恵まれない条件におかれているといわなければならない。この問 題についてはすでに久保氏がそれをカリキュラムの問題としてとりあげている(3)

。私は、モンテ

ッソ‑リ教員養成というさらに限定的な問題にとりくむことによって、現在の保育者養成カリキ 153

(3)

154 林 信 二 郎

ユラムに何らかの示唆するものが得られるのではないかとの考えから本稿にとりくんだ。さらに、

本稿にとりくんだいま一つの意図は、我国においてもモンテッソーリ教員養成コースが東京と京 都の2ヶ所に開設されるようになるにおよんで、(4)そのコ‑スの内容を充実させるための基礎資 料ともしたいとの考えによる。

方法としては、先ずモンテッソーリの諸著作からそのえがくところの教師像、教師に対する期 待を明らかにする。次いで、アメリカにおける教員養成コース、センターに依頼して、教員養成 プログラムおよび関連資料の送付を受け、それを分析整理することをもって現在のアメリカにお けるモンテッソーリ教員養成の実態を明らかにする。

I モンテッソーリにおける教師像

モンテッソーリの幼児教育は、その基本原理においても、また、具体的方法においても、フレ ーベル(F.W.A. Froebel, 1782‑1852)の流れをくむ一般の幼稚園教育とはその性質を異にする 面を多くもっている。このことは、モンテッソーリ教育独自の理論と方法に通じた教師を必要と するものである。モンテッソーリ自身もその原理と方法を開発したのち、世界を舞台にその普及 活動に入るが、そのプロセスの中で、この方法を本当に生かし定着させるものは結局は指導にあ たる人の問題であることを痛感するにいたり、教員の養成にも漸次カを入れていく。では、モン テッソーリは、その求める教師像としてどのようなものをえがいていたのであろうか。それをそ の諸著作を手がかりとしながら本節では明らかにする。

モンテッソーリ教師たらんとする者がとりくまなければならない帯1の課題は、 「自分白身を 準備すること」(5)である。この準備することの意味するものは,先ず、自分に関する知識と道徳 的成長を含めた精神的準備(spiritual preparation)である。内観にもとづきながら自己理解を 深め、欠点の矯正という努力を含めながら自己受容ができることが、自由な子どもの研究と指導 にとって不可欠のごとである。それば、偏見、先入見にとらわれることなく、精神を自由に保ち、

想像力が生き生きと働かせる条件でもあるo このような精神的準備を必要とする理由を説明して、

「伝統的学校においては教師は眼前の子どもに常に気をつけていなければならないこと、および 何を教えなければならないかを知っていて子どもの直接的行動をとらえるものであるが、モンテ ッソ‑リ教師は常に眼前にいない子どもをとらえていなければならない」(8)としているO このよ うな能力を教師に要求する背景にはその発達観が色濃く存在しているものであるが、それを端的 に表現するならば、 「子どもというものはある活動にとりくむことによって初めて本当の自分を 明らかにする」(T)ということであり、教師はそれが信じられなければならないO

眼前にいない子どもが見え、活動にとりくんでいる姿の中にその子どもの本態が見えるという 想像力と信念を必要とするのは、現にいる子どもとその到達されている発達段階を対象としてそ れに働きかけることをもって教師の仕事が果されるのではなく、現代心理学の用語を使うなら最 適の課題にとりくませることにより、あるいは最近接債域の活動にとりくませることによって、

はじめて子どもの真の姿が現われてくるとする。そしてここにもまたモンテッソーリ独自の発達 観があるが、それは、正常化した(normalized)子どもというものは、みずから自分の成長発達 に資する活動を選択するものであり、内からつきあげてくる衝動としてそのような活動にとりく みたいという要求をもつものである。それ故に、教師の大切な資質の一つとして要求されている ものは、そのような子どもの諸要求を敏感に感じとれる感受性であり、それは「子どもから学ぶ」

(4)

モンテッソーリ教員養成に関する一研究 155

ことを通して、つまり観察をとおして修得していかなければならないものである。このような教 師の役割を「子どもの諸要求の認知者」 (perceiver of the child's needs)'としてあげているO ここでいう感受性は、本をとおして学べるものではなく、 「子どもの行動の観察は教師の本であ り、すぐれた教育者になるために読んだり研究したり出来、かつしなければならない唯一の本で あるoJC9)とまで極論して、その観察から学べるものの大切さを強調している。

次にモンテッソーリの教師として要求されるものは、 「子どもの環境の準備者.」 (preparer of his environment)としての役割であるO モンテッソーリの教育学上の原理を二つに要約するな

らば、自己発展の助成と環境の構成であるとされている。その後者にあたり、かつそれを支える ものであるが、 「一家の家政をあずかる主婦がその全注意を夫にむけるのではなく家庭を快適で 平和で豊かな変化ある興味あるもの、つまり魅力的なものにすることにむけるように、教師もま た、すべての教具および設備を非常に注意深く整頓し、美しくかがやくどとく、まさに完全な状 態に保つようにしておかなければならないO」′19)と表現しているo環境の構成は適切なもの、自己 発展を助成するようなものでなければならない。そのためには、敏感な感受性にもとづいて子ど

もが必要としているもの、子どもの要求に合致するよう環境を構成しなければならない。ところ がここで忘れてはならないことは、教師もまた環境の重要な一部を占めているということである。

教師自身も子どもの環境の中に一緒にいるということ、しかも子どもの年令が低ければ低いほど、

教師ま子どもの環境の中心的存在となる可能性が大きい。教師の姿は、子どもの信用と尊敬を獲 得する第1歩である。教師は自分の振舞い方(movement)を研究して、それができるだけおだ やかで優雅なようにしなければならない。このことについては、これは理想ではあるがとことわ りつつ、 「教師はその環境の一部として、望むらくは若くて美しく、人をひきつけるような服装 をし清潔な感じの香水などもつけて、楽しそうでやさしく、品位をもち魅力的でなければならな

い。」cmそこには教育的な人間鴇係の成立と、その成果に対する期待があるO

次に求められているものは、 「教具と練習の計画者」 (programmer with the materials and lessons)としてのそれである。すでにかんたんにふれておいたように、その用意されている教 具はモンテッソーリ教育を特徴ずけるものであり、教師は教具の基本原理とその使用法について 習熟していなければならない。モンテッソーリの考案したそれぞれの教具はそれぞれの意図、目 的をもつものであり、その日的にそって正しく使われてはじめて、その教具が有効に機能し得る ものである。モンテッソ‑リ教育のもっている強みの一つがここに存在している.それは、教育 理念だけ、または教育理論だけによって構築されているものではなく、一方にはかなり確固とし た医学的素養(12)を背景にしながらの理論をもちつつ、常に具体的方法と具体的教具をもっている ということである。このことのもつ決定的強みとは、子どもさえそこに存在すれば、いつでもそ れを実際に試みてみることができ、そこでの反応と効果をいつでもフィ‑ド・バックすることが できるということであり、さらには,教員を養成するにあたっては、理論と実践を平行させなが

ら行なえるということである。

いずれにせよ、それが可能であるためには、先ず何よりも教師みずからが教具をマスターする こと、そしてその実践計画を適切に立てられることが必要とされる。ある個所では、教師を教具 と子どもとの問の主たる連結鎖(connecting link)ci3:として表現し、媒介者としての役割の重要 さを指摘している。

次に要求されるものは、 「子どもの学習権の擁護者」 (protectress of the child's right to learn)としてのそれである。ここには二つの意味が含まれている。その一つは積極的な意味と

(5)

156 sHffi 挙 部

してのそれであり、いま一つは消極的な意味としてのものであるo前者の意味としてこれをとら える場合、子どもは本来成長しようという内的力と方向性をもっているのだという前提にもとづ いて、たとえその対象とする子どもたちが現在日的なく、さまよえる精神をもっているとしても、

それは誤れるこれまでの教育の結果であって、新しい環境の中で正しい扱い方をうけて正常化さ れさえすれば、そしてこれまで形成されてきたゆがみが除去されさえすれば、成長へ向けての歩 みを再び始めるものであり、それを保障することが大切であるとする。この成長への本来的方向 性を実現するものは子どもの基本的権.利として存在しているものであり、その実現の保障が教師

の大切な役割となる。

いま一つの消極的側面のそれとは、学習活動の妨害から子どもを守ることである。モンテッソ

‑リ教育においては、それが無制限のものではないが大きな自由が子どもに保障されていること が特色の一つとなっているO それは、モンテッソ‑リ法を定義づけるにあたって、構成された環 境における自由の保障であるとさえされるものである。ところが、その自由が他者の自由と抵触 することが現実の保育の場で十分おこり得ることである。ある子どもが自分の内的要求に合致し た教具に集中してとりくんでいるのに対して妨害的働きかけをする子どもがでてくることがある。

そのようなときには、教師は毅然とした態度のもとに、その集中現象の中で自分の内的生命の充 実を経験している子どもをその妨害者から守ってやらなければならないO モンテッソーリ も、

「子どもの自由は限界としてその所属する集団の利害をもつO」(10として、保障されている自由の 限界性を明らかにしている。

これら両者の意味を含めつつ、学習権の擁護者としての教師の役割がある。ただ、むつかしい 問題としては、積極的意味においてはまさに、教育の可能性に関する全開的援助形態の確立とい う難問題と同質のものであり、後者の問題に関しても、どこまでの妨害に対してその行動を中断 させるのか、それはどのような方法によることが望ましいのかなどの問題がある。子どもの学習 篠の擁護者としての基本的姿勢とは、子どもが集中して活動にとりくめるような条件をととのえ ることであり、さらには、その集中が持続するよう保障することであるO 子どもが何らかの教具 に興味を示し始めたとき、 「教師はそれに干渉してはならない。なぜなら、興味は自然の法則に 適合し、新しい活動の循環の全体を開くから」(is)である。そのような時こそ教師はいちばん注意 深くなければならないときである。 「干渉しないということはどのようにも干渉しないというこ とである。」 (Not to interfere means not to interfere in any way)16:と強調しているように、

子どもが活動への集中に入りかけたとき、教師は何よりもその干渉に慎重であらねばならない。

たとえ教師が通りがかりに子どもに「よくできていますね」と声をかけることさえ、その妨害に なることが十分考えられる。なぜなら、その子どもははめてもらうためにその活動にとりくんで いるのではなく、そこにあるものはむしろ困難にとりくみ、それを克服したいという既望だから であるO このような場面での教師の態度を示唆してモンテッソーリは、教師に成功をもたらす大 原理は、集中が始まるやいなや、子どもがそこにいないかの如く振舞えばよいとしている。

最後に、モンテッソーリ教師に要求されるものは、 「子どもにとっての生き生きとしたモデル の提供者」 (provider of a superb example a living model for the child to observe)と してのそれである。子どもは他者の行動を模倣し、とり入れつつ成長発達していくことは、ここ で改めて述べるまでもないことである。これはもち論、モンテッソーリ教育においても例外であ るはずがない。すでに述べたように、モンテッソ‑リ教育において強調される環境の概念は、そ の中に人的要素としての教師の存在を重要なファクターとしてある.その教師の存在が子どもに

(6)

モンテッソーリ教員養成に関する一研究 157

とって一つのあこがれの存在としてうつり、自分の行動基準を形成するに際してのモデルとして 機能することが望ましいとされている。

以上見てきたように、モンテッソーリ教員に期待される役割と求められる資質は、そのいずれ も、モンテッソ‑T)教育の基本的原理の理解を基礎的学習としつつ、子どもにふれ、教具を扱う プロセスの中ではじめて形成されてい(性質のものである。それはまさに、モンテッソ‑リ教具 との子どものとりくみが、試行錯誤と自己修正の機会が豊富に用意されているように、その養成 課程の中での具体的とりくみの中で育成されていくものである。では、アメリカにおけるモンテ ッソーリ教員養成プログラムにはどのようなものが用意されているかを次節で見ることにする.

Ⅱ アメリカにおけるモンテッソーリ教具養成プログラム

アメリカにおける教員養成には大きく分けて二つの流れがある。その一つはオランダに本部を もつ国際モンテッソ‑リ協会(AssociationMontessori Internationale,以下AM Iと略記)と密 接な連携をもち、その認可にもとづいて教員養成を行ない、 AMIのデュプロマを授与している いくつかのコースである。いまひとつのものは、 1960年に設立されたアメリカモンテッソーl)協 会(American Montessori Society,以下AMSと略記)自体およびこれと密接な連携をもち、

その認可にもとづいて教員養成を行なっているいくつかのコースで、その修了者に対してはAM Sの資格証明が授与されている。この両者は多くの共通点と若干の相違点をもっているが、相対 的にこれをみるならば,全世界普遍的、単一的条件を強く打ち出しているAMI系統の方がAM

Sよりもそのプログラム、カリキュラムおよび資格認定試験において幾分厳しいようである。こ こではそれらの代表的なものをとりあげながら、アメリカにおけるモンテッソーリ教員養成コー スはどのようなプログラムで行なわれているかを見ることにする。

先ず両系統に共通的に見られるものを大まかに概観してみるならば、その養成コース受講資格 条件として原則的には学士(bachelor's degree)を必要条件としていることである。このことの 意味しているものは、養成コースにおいて受け入れる対象は基本的にはすでに大学教育を終え、

大学レベルでの一般教育と専門教育、およびその中の多くの者が教職教養をも履習して、一般の 教員免許状を取得しているということであるOつまり、これらの教員養成コースは基礎資格の上 に、さらにモンテッソーリ教育の理論と方法を学び身につけたいと希望する者に対して教育の機 会を提供しているものであって、 、現職教育的ニュアンスとインタ‑ン(大学院)的ニュアンスと を合せもつものであるということができる。

さらに、それがAMIからであれ、 AMSからであれ、認可されたモンテッソーリ・スクール において、資格認定されている教師から直接的な指導監督を受け、インターンとして特別な養成 プログラムと実習の両者を修了することが要求されている。このような現実の条件下での学習に 重点をおいているのは、子どもの諸要求に敏感で、それに波長が合う(tuned in)ような教師、

母親の代理ではなく、子どもにとって信頼のできる専門家の育成を目ざしていることによる。共 通的に見られる主たる目標としては、教師がひとりひとりの子どもの諸要求に気付くこと、そし てまさにその子どもの自信と成長のために適切な時に教材と諸観念を導入できるような能力を育 てることにある。以下、 AMI系統とAMS系統のうちの代表的教員養成プログラムをいくつか の角度から概観することにする。

書成目的 AMIの養成コースであるワシントン・モンテッソーリ研究所(Washington

(7)

13S 綿l,i"二 郎

Montessori Institute)(18)の養成目的としてほ、 「ひとりひとりの人間的可能性を最大限に発揮さ せるよう子どもを援助できるような大入を養成するところにある。」とし、その学生はこの究極 的目的を追究するのに役立つ研究の方法、観察および実験の習慣を身につけるよう導かれるとし ている。

また、ニュージャーシーのモンテッソ‑リセンター(Monressori Center of New Jersey)c においては、 (これもAMI認定のコースであるが) 「あらゆる教育の目的は、個人として、また、

社会のメンバ‑として、その子どもの潜在的可能性を開花させることにある。モンテッソーリ教 員養成は教育実習生(student teacher)に子どもについての理解および教育的媒介物(教具)に ついての理解、これらの両者ととりくむに際しての専門的技術・知識および断えざる発見と進歩 へと導くような観察、研究、創造的実験を常に行なうよう導く」として、そのいずれも子どもの 潜在的可能性の信頼とその実現への援助を有効ならしめる方法の修得を目指している。

中西部モンテッソーリ教員養成センター(Midwest Montessori Teacher Training Center)' では、次のように個条書きにして6項目の養成目的とその期待される成果とを明らかにしている。

●すべての子どもは学びたいという願望をもって生まれてくるということを知り、この願望をど のように育てるか、もし失なわれているならばどのようにしてそれをとり戻させるかを発見する ことO  ●モンテッソーリ教具と、子どもに対するモンテッソーリのアプローチに習熟するこ と。  ●適切な「準備された環境」の特性に通じ、同程度のものを構成できるようになること。

●すべての子ともたちがなぜかけがえのない存在であり、個性化の必要がるあのかについての理 解を得ること。  ●子どもの発達にとっての妨害物は何であり、その可能性を実現させるもの は何であるかを知ること。  ●特にモンテッソーリの方針にしたがいながら効果的クラス環境 を作ること。 以上のものがその日的とするものとしてかかげられている。

養成プログラム このような目的にもとづいて設立されている教員養成プログラムをアメリカ 南東部唯一のAMIコースであるアトランタ・モンテッソーリ研究所(Montessori Institute of Atlanta)'を例にとってみると、 9月から翌6月までの1年間のコースの第1学期は、講義とし ては、養成所所長およびAMIの有資格スタッフによる、モンテッソーリ教育理論、児童心理学、

出生以来の子どもの発達、アメリカ文化における日常生活訓練、運動と身体的発達、および感覚 教具に璃するものが行なわれる。また、助手による実技指導として、教具相互間の関係およびそ の使用に関する話し合いがもたれる。さらに、モンテッソーリ教育において特に重視されている 観察に関しては、アトランタ地域でのモンテッソー]) スクールにおける観察と、その観察のレ ポートの提出が毎日義務づけられている。この第1学期の講義は広範囲にわたっており、モンテ ッソーリの教育理念、児童心理、実践について広く行なわれている。そこではさらにモンテッソ ーリ教育を現代アメリカ教育の実践および多様な問題との関連での補足的講義も行なわれ、実技 と観察では、教具を使いながらの実技指導と観察力の育成とがめざされている。

第2学期の講義を担当するのは、教員養成所所長と実技担当教師でその講義題目は、モンテッ ソーリ・クラスのテクニック、算数、言語の発達、美術、音楽、地理、歴史、生物学、科学等の 多岐にわたり、これらの講義がねらいとするものは、わが国の保育者養成カリキュラムからすれ ば保育内容の研究にあたるものである。さらに後期では実技が重視され、指導監督下での教材の 制作、およびアトランタ地域以外のモンテッソーリ・スクールの観察、伝統的就学前教育施設の 訪問などがくみこまれている。

これらのコースの成功的に終えた者に対しては、 AMI認定のデュプロマが与えられることに

(8)

モンテッソ〜 I)教員養成に関する一研究 159

なるが、その資格認定試験を行なう者は、その養成所のメンバーではなく、 AMIから派遣され た試験官であり、講義、観察、実技、実習の出席、教具のサンプルと実例を含んだアルバム(22)の 作成、理論に餌するペーパーテスト、実技および実習の試験と口答試問について及第点が与えら れた者に限られる。筆記試験か口答試験のいずれかに失敗した者は、次年度それだけを再履習す ればよい。

このプログラムを一見して気がつくことは、観察を含めて実技、実習、教具への習熟が重視さ れていることであり、基礎的理論をマスターさえすれば、それをほんとうに生かすものは実践に 直接的につながった理解と技能であるとの考え方による。ここで意図されていることは、実践に 少こしでも多くふれることにより、理論を補う十分な機会を訓練生(trainee)に用意することに よって、教育上の理論と実践のギャップをちぢめようと試みていることである。このことが、モ

ンテッソ‑リ教育はその理論だけを学んだのではその本質にふれることがむづかしく、実際にコ ースに学んで実技指導を受け、指導監督(supervise)されながら実習の経験を豊富につんで初め てそれが生きて理解されると言われるゆえんである。

このコースの受講条件と入会手続きおよび授業料を見ると、受講条件としては民族、信条、国 籍、性別を問わないが、専攻領域にかかわらず学士の学位又はそれに相当するものを必要として いる。受講手続きは、大学での成績証明、手数料25ドル、個人面接を必要とし、授業料は年間に 1500ドル(その内訳は、予約金100ドル1、学期650ドル、 2学期750ドル)でかなりの高額のも

のである。しかもこの他に教材の制作、アルバムの作成等教材費が相当かかる。これは受講者の 経済的層をある程度限定するものであると言わなければならない。

こんどはAMSの代表的存在である中西部モンテッソーリ教員養成センター(Midwest Montessori Teacher TrainingCenter,以下MMTTCと略記)のプログラムを見てみよう。こ れはアメリカにおけるモンテッソ‑リ教員養成のうちの最大のものの一つである。このセンター では、子どもの発達および初期学習に関する現代の諸研究の成果に通暁している経験豊富なモン テッソーリ教師と大学職員とが大きなチームとなって、モンテッソーリの洞察、教具および実践 の背後に存在している理論的根拠を伝えるところに強調点をおき、それをとおしての効果的モン テッソ‑リ教員の養成を意図している。

プログラムの内容として、大きく8つの柱が立てられている。それらは、 ①子どもの自己イメ

‑ジを発達させること‑日常生活上の諸技術の獲得によって肯定的な自己像(positive self image)を発達させるO ①感覚教具をとおして知覚の鋭敏さを発達させること‑大きさ、形、

重さ、色、音等の類似と相違に気付かせるようモンテッソ‑リによって考案された計画的教具は、

子どもがいかにしてその観察技術をみがいていくかを実例をもって証明している。 ⑧伝達技術 を発達させること‑モンテッソーリ教具は現在、読み書きの準備性の面で再検討されているO モンテッソーリの言語教材のすべては経験豊富なモンテッソーリの流れをくむ人たちによって実 証されており、訓練生たちは指導監督を受けながらその提示を実践する機会を与えられている。

④子どもを有意義な数学へと導くこと‑モンテッソーリの数学上の教具のすべて、数棒から 金色のビーズにいたるまで説明され実際に示される。現代数学の諸概念と、それらのものがどの ようにモンテッソーリに結びつくかということについては、その分野の専門家によって紹介され る。 ⑤自然科学および社会科学へと子どもを導くこと‑自然の学習、科学教具、地理教具、

時代の流れ(歴史の時代関係を視覚に訴えるようにしたもの)などを通して、子どもの中に好奇 心がどのように芽生えるのかを訓練生は示されるO ⑥子ども用の美術と音楽‑子どもの音感

(9)

nsii: 林 信 二 郎

をするどくする教具、総員、粘土、その他の美術教具の使い方が実際に示される。 ⑦最新の児 童心理学‑モンテッソ‑リの諸原理を現代の児童発達に関する諸理論の主たるものと開運づけ る.さらに、モンテッソ‑リの洞察と方法論が現代の研究成果にてらして吟味されるO ⑧初期 学習実験室‑そのコースの代表的な専門家のチームが訓練生に教具の作り方、提示の仕方、モ ンテッソーリ学習環境の分析の仕方、クラスでの子どもの観察の仕方、文化的に恵まれていない 子どもたちにとりくむ際の分析の仕方、親への報告書の作り方などについての経験が豊富に用意

される。

MMTTCでは、プログラムの内容として以上のものをあげているが、これらのプログラムを 教授する方法としては、講義、演示、教具の実際の提示、スライド、フィルム、質疑応答、訪問 観察、実験室での実技、バズ・グループなど多様な方法がとられている。これは、モンテッソー リの教育自体がその理念の斬新さとともに、その方法に重きをおいていることと関連してとら えなければならないものである.そしてその教育体系の中で重要な位置を占める教員養成が、

やはり多様で具体的方法を用意し、ちょうどモンテッソーリ教育の中心概念の一つに集中現象 (phenomena of concentration)C23Jがあるように、その教員養成においてもプログラムに没頭集 中することによって、自分の可能性の実現へ結びつけようとしている.

MMTTCはいくつかの特色あるコースを用意しており、例えば6.5週の夏期講習は興味をも つ人すべてに開放しており、男女を問わず教師、母親、大学卒業生が主たる対象となっている。

また、年長児を対象とする教員のためのプログラム(Advanced Montessori Teacher Training Program)、親やヘッドスタート(Head Start)に関係している職員などでモンテッソーリの基 本を知りたいと思う人を対象とした啓蒙的な短期間のプログラム(Short Montessori Training Program)などその期間の長短を含めた多様なコースが用意されている。これらのものは主とし て夏期休暇中に行なわれるものである。

1日のスケジュール

ユ0:30 ll:00

12:00 1:00 2:45 3:00

モンテッソーリの理論と実践の講義及教具の実技討議 叉は

経験豊富な教師の指導監督下でのモンテッソーリクラス観察 coffee break (養成スタッフとのふれ合い、相談)

過のうちの3日:初期学習、児童発達もしくほ現代の研究にてらしてのモンテッソーリ原理の再 吟味についての講義

その他の 目:9:00‑10:30と同じような理論と実践の講義、実技とそれに続く討議 昼 食

実験室研究:指導監督下での教具の実験室的実践と教具の作成

coffee break

次の4つのうちのいずれかを行なう

1.モンテッソーリの児童努達への洞察に関するディスカッションを伴った講義 2.教具の考案と作成の実習

3.問題点の討議 4.提示の実技

上の表はMMTTCの夏の典型的な一日のスケジュールを例にとったものであるO このスケジ ュールの中には教育実習が時期的関係から入っていないが、実習が始まれば午前中の多くの時間 がそれにあてられることとなる。

(10)

モンテッソーリ教員養成に関する一研究 161

大学院での養成 アメリカにおけるモンテッソーリ教員養成コ‑スの中で特徴的な位置を占め ているのがザビア大学モンテッソーリ教育プログラム(Xavier University Montessori Educa tion Program)*‑ である。このプログラムはモンテッソーリ教育に力を入れて教育学修士を出し ており、ここではモンテッソ‑))の教員養成がはっきりとマスタ‑レベルで行なわれていること がわかる。その他のコースではすでに見てきたように、その受講条件として学士又はそれに相当 するものを要求している点から、学部教育の上に位置するものであることは明白ではあったが、

それらの期間は1年間かそれより短く、さらにその修了者に対してAMI又はAMSの資格認定 書の交付があったとは言え、学位の授与はなかった。ところが、ザビア大学においてはモンテッ

ソ‑リ教員養成を大学院レベルで集中的に制度化しているO それをやや詳細に見て大学院レベル での養成の参考にしたい。

まず、その設置目的を見ると、このコースに主たるかかわりをもつ教育学部と心理学部は、次 のような三つの日的をかかげている。 1.モンテッソーリのクラスを将来経営したいと望んでい る学生の訓練を行なうこと。 2.小学校の教師でモンテッソーリの心理学的基礎と技術を学び、

自分の教育に通用したいと望んでいる教師に学ぶ機会を提供すること. 3.モンテッソーリ教育 をその研究と評価とともに大学教育の中に位置づけること.

これらの目的にもとづいて本大学はモンテッソー))教育の専攻生に対して次の5つのコース(

15単位)を必須コ‑スとして定めている。 ①哲学的アプローチ(3単位) ‑これはゼミ形式 で行なわれるもので、原理、歴史的発展、現代の批判、現代の方法論、教室の観察の意義などに 強調をおく。多くの資料が用意され、利用され、学生の参加が期待されている。 ⑧心理学的基 礎(3単位) ‑幼児教育に直接間接に関係のある心理学の研究成果を主としてとりあげる。そ の内容としては、幼児期の豊富な環境、学習の臨界期(critical periods for learning)、(25)学習動 機の役割等の重要さというモンテッソーリ教育の三つの原則を詳細にとりあげる。さらに、遊び の理論、美、創造性、自己評価の発達などについての最近の実験的結果を概観し、関連づけるo

⑧発達的側面(3単位) ‑就学前期の発達的諸側面、幼児発達文献の中での現代の理論と研究 がモンテッソ‑リの子どもの概念に関連づけられる。 ④モンテッソーリ法と教具 感覚レベル (3単位)‑日常生活活動、準備された環境、敏感期、創造的教具、感覚レベルでの学習の導入 などについて指導される。 ⑤モンテッソーリ法と教具(抽象的レベル、 3単位) ‑自然科学、

社会的学習、算数、文学、音楽、劇的活動、美術などの学習における具体から抽象‑の移行が行 なわれる。また、観察と評価の技術もここで指導される。

以上のような必須コースに加えて、有資格のモンテッソーリ教員になるためには9ケ月間にわ たる(毎日半日ずつ)実習を終えなければならない。これは、ザビア大学で単位を修得して教育 学修士をとる以外に、 AMSの支部の学校で有資格モンテッソーリ教師の指導監督の下で行なわ れなければならないものであって、その実習校配当その他は大学が行なう。しかし、実習生を責 任をもって受け入れるだけの十分な条件を備えた学校が必ずしも多くないために、その機会をめ ぐって試験が行なわれる。その受け入れを決定する者は実習の指導監督官であり、試験と個人的 面接にもとづいて行なわれる。しかも、このような実習を選択希望する学生は、大学での指導監 督官(supervisor)から実習を行なうのに通していると認められた学生に限られている。このコ

ースの下で教育学修士プログラムを修了するには30単位を必要とされるが、実習6単位のうちの 3単位がふりかえることができる。このプログラムを修了すれば、その学生は教育学修士とモン テッソーリ教員資格とを同時に授与されることとなる.

(11)

162 軸 f言  二iir>

実習指導者養成 以上見てきたように、ザビア大学におけるモンテッソーリ教員養成は実技指 導と実習に大きなカを注いでいることがわかるが、そのことはそのまま内容の充実した指導が行 なわれているということであるにとどまらず、指導にあたる者と指導の場が用意されなければで きないことでもある。ザビア大学の例でもわかるように、受け入れ校には限界があり、実習の経 験は誰れにでも開放されているわけではない.また、その質の保障も常に配慮しなければならな

いものである。そのことに関してMMTTCでは、観察、実習にあたっての実習指導者を養成す るためのコースをもうけているO そして、このような周到な配慮のIFに実習指導員に対して以下 のような内容をもった現職教育を行なっている。

1.モンテッソーリ教育の特質についての概論、 2.初期学習における現代の傾向と発達の概 論、 3.児童発達に掬する現代諸理論の概論、 4.日常生活における基本的練習の提示と、同じ く基本的設備と教具に関する領域と分類の概観、 5.集団活動の役割、 6.自由と集団の規律、

7.学習環境を適切な雰囲気に保持する指導についての概観、 8.親とスタッフとの関係、 9.イ ンターン、教師、実習指導員の役割の分析、 10.子ども、訓練生、実習指導員、親、社会一般 との関係における教師の役割、 ll.教材作成の実験室経験。 これらの領域に関して研修の場 を用意することにより、実習指導員の数と質の確保をはかろうとしている。

これを我国の教員養成制度との関係から考えてみるならば、観察参加および実習はその期間の 長さという点からも、またその質という点からもモンテッソーリのそれに比べるべくもないが、

参考にし得るものがあると考えられる。つまり、教育実習を例にとるならば、多くの場合実習は 主として教育学関係の担当教官が学内においてオリエンテーションを行ない、附属を代表とする 受け入れ佼(園)の教諭が具体的に実習生の指導にあたっている。教育実習生を受け入れて指導 にあたる指導者は、指導監督者(supervisor)としての研修の場が用意されなくても良いもので あろうか。実地指導する者がやはり実地指導される必要があるし、そのような機会が用意されな ければならないと考えられる。

教育実習はすでに述べたように厳しい条件に合致した者のみに機会が開かれているとは言え、

実習生には指導監督下での長期にわたる教育実習の場が用意されているとともに、多くの教員養 成コースは観察のための場をも用意しているO それは、親、教師、教育学部学生、専門家および その他の訪問者のために観察センターとしての役割を果しているものであるQ たとえば、ザビア 大学のモンテッソーリ・スクールは教員養成プログラムの実験学校として存在しており、また、

バックス・カウンティの「子どもの家」 (Children's Houseof Bucks County)は、いくつかの モンテッソーリ教員養成センターと常に密接な関係を保ちながら、それらの観察センターとして の機能を果している等である。

Ⅲ 実践カリキュラム

モンテッソ‑リ教員養成プログラムを特徴づけている特質の一つは、教育の実践において、つ まり教室で使われるようになる教具およびその活用に関してその全体に徹底的に習熟するよう期 待されていることである。ここではその実技関係のカリキュラムの目的とするものとの関連で明 らかにする。これを大きく二つに分けると、日常生活練習(practical・life exercise)と、感覚教 具の練習(sensonal materials exercise)とであるO

日常生活練習 日常生活練習とは、 「私たちは、社会生活の諸形式に適応するよう子どもを準

(12)

モンテッソ‑リ教員養成に関する一研究 163

備することに手がけ、やがて子どもの注意をこれらの形式に引きつけなければならないO」(26)と述 べているように、社会生活における健全な生活形式を身につけさせることを大きな目的としてい

るものである。そこにおいては、清潔、整頓、応答と身体のバランスが重視される。清潔、整頓 等に関しては、 「子どもの家」の創設がスラム街の中で行なわれたように、そして、そのような 不衛生の中から子どもたちを守ることに力点がおかれていたこともあって、特に重視されている

ものである。 「私たちは、手、爪、首、耳、顔、歯を調べ、髪の毛の手入れにも注意を払う。衣 服が破けていたり汚れていたり、ほころびていたら、またボタンがとれていたり靴がよどれてい たりしたら、私たちは子どもに注意する。このようにして子どもたちは自分自身を観察するよう になり、自分の身なりに関心をもつようになるo」(27)として、手の洗い方から歯のみがき方にいた るまでの指導の配慮がなされている。さらに、子ども用の掃除の道具を用意して部屋の掃除がで きるようにしておくとともに、礼儀正しい会話、正しい姿勢をとることによる身体の平衡とバラ ンスをはからせる指導も大切な指導目標となっている。これらの日常生活練習を重視する背景に は、規律ある自由な人間とは「自分自身の支配者であって生活のとるべき規則を守れる」′28)者で あり、それは何よりも日常生活の中で自分自身および環境をコントロールできるという自律感か ら出てくるものであるとする。さらに、この日常生活練習の中には次に見る感覚訓練的意味も同 時に含まれている。

日常生活練習として課される内容を、ヴィスタ・スクール(Vista School)での教員養成コー スのカリキュラムを一つの実例としてとりあげてみるなら、 I.身のまわりのこと(Care of the Person)として、着衣枠、(29)手を洗うこと、コ‑卜かけ、靴みがき、髪すき、衣服のしみ洗い、

着衣、鼻かみ、衣服のブラシかけ、靴のひもとおし、弁当を残さず食べること、ナプキンの使用。

Ⅱ.環境への配慮(Care of the Environment)としてスポンジしぼり、皿洗い、テーブル洗 い、テ‑ブルをととのえること、テーブルクロスをたたむこと、布や衣服の洗たく、洗たくバサ ミの使用、アイロンかけ、床掃き、床ふき、はたきかけ、真ちゅう・銀みかき、生花、ナプキン たたみ、穀粒や水を移すこと、椅子はこび、戸の開閉、敷物の巻きあげ、裁縫、かなづち・くぎ

・のこ・サンドペーパーの使用、かんぬき・ボルト・かぎの開閉、戸・ひき出しの開閉、植物の 水やり、動物の飼育、パンやクラッカーにバターをぬること、ノヾンやリンゴを切ること、おろし 金、かきまぜ器の使用.これらのものが、そのおかれている環境としてそれをマスターするため に身につけていなければならないとされており、モンテッソ‑リ教員養成課程にある者は、これ らについての正しい指導の仕方を学ばなければならない。 Ⅲ.優雅さと礼儀(Grace and Courtesy)として、電話の応答、人‑の挨拶、紹介されるときは起立すること、休息時の行儀

(全員に配られるまで待つ、もてなし後に=どうぞ'"ありがとう日を言う、全員が終るまで待 つ、人に物をさし出すこと、人のうしろを歩く、物を手わたす)。これらのものが日常生活の優 雅さと礼儀を支えるものとして考えられており、訓練生(trainee)は実技指導でこれらの項目の 実際とその指導法に習熟しなければならない。 Ⅳ.運動のコントロール(Control of Movement)

として、静粛ゲ‑ム(silence game)と線歩きがあげられている。静粛ゲ‑ムとは、教室の中で 音を一切たてないよう行動することで、それは大きな自制力を必要とするとともに、精神の集中 化と聴覚の鋭敏化とも関係をもつものであるo また、線歩きとは、今では一般の幼稚園でもよく とり入れられているが、床の上に細い線を引き、その上をふみはずさないよう歩く練習のことで あるo この両者の活動は、精神面と身体運動面でのバランスおよびコントロ‑ルのための練習と いえる。

(13)

164 什i,T :那

感覚教具の練習 感覚の訓練と精神の秩序化をめざして開発されたこの感覚教具は、それが公 表されて以来、常に注目され論議の対象とされてきたものであり、モンテッソーリ教育に独自的 性格を付与している主要なものの一つである。それは、 「反復される練習によって、刺激の差異 的知覚を洗練する」30)ことを目的として、個々の感覚を孤立させ、その個々の感覚のために一つ あるいはそれ以上の教具をその活用の仕方を同時に考慮して作成したものである。訓練生は、そ の背後にある原理の理解と併せて各感覚教具の具体的提示法を実践をとおして学ばなければなら ないわけであるが、その内容をヴィスタ・スクール(Vista School)における教員養成コースで のカリキュラムから各感覚別に見ることにする。  I.視覚の教育(education of the sense of vision)、視覚はいちばん広範囲にわたり、それに関する教具も多様である。それをいくつかの 次元において分けるならば、 ①大きさについての弁別視知覚に関するもの‑つまみつき立体の 差し込み円柱、ピンク・タワー、広い板、長い棒、 ⑧形についての弁別視知覚と視・触・筋感覚 的知覚に関するもの‑平面幾何学的木製のはめこみ形、 ⑧色彩の弁別視知覚に関するもの‑

色彩板。 Ⅱ.触覚の教育(education of the tactile)、触覚は、温度感覚、圧覚と密接な関係 をもつ。触覚の練習に入るにあたって、まず両手を温湯にひたすことにより触覚を鋭くするとと

もに、手を清潔にしてから物にふれるという習慣を養う。物にふれている問は両眼を閉じ続ける ことにより視覚の助けなしに手ざわりでの変化を識別するように導かれる。教具としては、 ①触 覚に関するもの‑触板、 ⑧温度感覚に関するもの‑温度ビン、 ⑧圧力感覚に関するもの‑

圧力板、 ④触・運動感覚に関するもの‑これは、触覚と筋肉感覚の同時的な助けによって事物 の認知にいたらしめるもので、触れとりあげる感覚からそのものの性質をよみとろうとする。

Ⅲ.味覚と唄覚の教育(education of the sense of taste and smell)、感覚教育の中でこの方 面のものがもっとも難しいとモンテッソーリ自身もなげいており、まだ何ら満足に足りるほどの 教具を見つけていないと告白している。(31) ①味覚に関しては‑味ビン、 ①嘆覚に関しては‑

唄いビン、があるが、これらのものは時間とともに変化したりうすれてゆくため、適切な教具を 用意すること、それを適切に提示することはむつかしい。 Ⅳ.音の識別のための練習(exercise for the discrimination of sounds)、これを行なうためには日常生活練習のところでふれておい た静粛ゲームが大切なものとなる。なぜなら微妙な音の聞き分けは静かな中ではじめて可能だか らである。ここで用いられる教具として、 ①音楽的感覚に関するもの‑音感ベル、 @雑音の識 別に関するもの‑騒音筒がある。

以上見てきた感覚教具はすべて、子どもの自己活動を誘発し、促進することをねらいとしたも ので、常に「やり直し」ができなければならず、しかもそれ自身が「自己訂正力」をもっていな ければならない。これらの教具がその目的に合致するよう正しく提示され活用されるためには、

そのそれぞれの教具のねらいとするもの、性質に習熟するとともに、その提示の仕方、適切な提 示の時期が教師によって把捉されていなければならない。そのために、感覚教具についての理論 的背景とその活用に関する実技がモンテッソーリ教員養成コースにおいて重要な位置を占めるの である.なお、モンテッソーリの実践カリキュラムの中には、読み、書き、算数に関する多様な 教具があり、そのねらい、指導方法についても実践の中で詳細に指導されるものであるが、ここ

ではとりあげず又の機会に残したい。

む す ぴ

モンテッソーリ教員養成は、モンテッソーリ教育の理論と実践の体系にもとづき、独自な教員

(14)

モンテッソーリ教員養成に関する一研究 lGo

養成プログラムをもっている。モンテッソーリ教員養成と一般の幼・保の教員養成とを分つ最も 基本的な特徴は、その前者がほとんど後者の条件充足を前提としている点である。その意味では モンテッソーリ教員養成は大学院レベル又はそれに準ずる形で行なわれているものであって、従 来の幼児教育の理念と方法にあきたりないものを感じ、あるいは自ら模索して新しい途を求めよ うとしている保育者候補生および保育実践者に対して開かれているものであるということができ る。次に、その対象の限定性から出てくるものであると同時にモンテッソーリ教育の方法体系の 特色からも出てくるものであるが、モンテッソーリ教員養成においては、理論に関してはモンテ ッソーリの教育理論およびそれと直接的関係をもつ現代的諸研究成果に限って集中的にとりあげ られ、それと併せて観察、実技、実習が非常に大きな位置を占めている。そこには、実際の保育 の場と常に密接な開孫を保とうとし、理論と実践とのギャップをうめようとの努力が見られる。

それは別の表現をするならば、理論と実践を密接な関係におくことによって、相互影響的に自己 修正の場を用意しているということでもある。そのような観察、実技、実習の指導にあたる人と それを行なう場を用意するために、一方では指導監督者(supervisor)の養成を行なうとともに、

観察センターと有楓的関係を確保する努力を続けている.このような教員養成プログラムの実態 と、カリキュラムの内容は、我国におけるモンテッソーリ教員養成コースの内容を充実させてい くためにも、また、現在の保育者養成のあり方を考えるに際しても示唆するものが多いと考えら れる。

最後に、資料の送付依頼に快く応じてくれたアメリカにおけるAMI系列およびAMS系列の 教員養成コース、センターの協力を感謝したい。

(1)モンテッソーリが開発し、モンテッソーl)教具とよばれているもので、その教育を特色づけるものの一 つであるO

(2)横須賀薫 「教員養成教育の教育課樫について」教育学研究 第40巻第2号 p.96 (3)久保いと 「保育者養成のカリキュラム問題」教育学研究 第35巻第3号 pp.218‑231

(4)東京では上智大学内に上智モンテッソーリ教員養成コースが、また、京都では桂幼児教育研究所に京都 モンチッソ‑I)教貞養成コ‑スが開設されている。

(5) M. Montessori, The Absorbent Mind, 1967. p. 276

(6) ibid (7) ibid

(8) R.C. Orem, Montessori Today, 1971, p. 107

(9) M. Montessori, The Discovery of the Child, 1967, p. 56 M. Montessori, The Absorbent Mind, 1967, p. 277

(ll) M.Montessori, Education for the New World, 1946, p. 87拙訳「モンテッソ‑リの教育」 0才か ら6才まで p.146

u功 M. Montessoriはイタリアにおける最初の女性医学博士である0 0討 M. Montessori, The Discovery of the Child, 1967. p. 165 (14) ibid p.51

M. Montessori, The Absorbent Mind, 1967, p. 279 ibid

(17)特例としてほ、その教員養成委員会がそれと同等と認めれば入学を許可するコ‑スもいくつかあるQ

(15)

166 林 信 二 郎

Washington Montessori Institute, 2119日S" Street, N.W. Washington, D.C. 20008

(19) Montessori Center of New Jersey, 175 Glenridge Avenue Montclair, New Jevsey 07042 糾 Midwest Montessori Teacher Training Center, 1010 West Chicago Avenue Chicago, Illinois

60622このセンターはAMSの認定にもとづいて設立されている。

但1) Montessoti Institute of Atlanta, p.O. Box 12054 Atlanta, Georgia 30305

脚 モンテッソ‑リの理論と方法論を図解し、特有の教具の構成を図解した手造りの冊子のことO養成コー スにおいては各人が制作することを義務づけられているo

e3)子どもは最適の課題にとらくんだとき深い精神的集中現象を示すものであり、それが子どもの精神的安 定と成長のための重要なfactorであるとするd

Xavier University Montessori Program, Victory Parkway Cincinnati, Ohio 45207

位5)モンテッソ‑I)の概念の中には敏感期(sensitive period)というのがあり、これは、ある学習にはそ れに最適の時期があり、その時期をすぎてしまうと効果的な学習は達成されないとするo

価 M. Montessori, The Montessori Method, 1967, p. 121

127) ibid p. 122

M. Montessori, The Discovery of the Child, 1967. p. 50

ra ボタンのはめはずし、ひもを結んだりほどいたりが練習できるようになっているもの。手先の感覚訓練 的意味も含んでいる。

M. Montessori, The Montessori Method, 1967 p. 173

ibid p.190

(16)

167

A STUDY OF MONTESSORI TEACHER TRAINING Shinjiro Hayashi

Department of Education, Nara University of Education, Nara, Japan.

(Received April 30, 1974)

The basic aim of the Montessori method is to free the indivdual child's potential for self-development in a prepared environment. The role of the teacher is to provide an at- tractive and responsive environment to be acted upon directly by the child and to ensure that this setting is properly maintained.

Montessori requires the man who works in a Montessori school the internationally recognized diploma because of it's original educational theory and practice. I asked Montessori teacher training courses in U.S.A. to send me some data about their programs.

In this paper I intend to examine them from several points of view.

In addition to the requirement of a bachelor's degree, the training of a Montessori teacher requires the completion both of a special Montessori training program and exper- ience as a working intern at a qualified Montessori school under direct supervision of a qualified teacher. The emphasis on learning under actual conditions is intended to pro- duce a teacher sensitive to the needs of young children. A prime goal is the recognition of individual needs by the teacher and the ability to introduce materials and ideas at the right moment.

参照

関連したドキュメント

Keywords and Phrases: moduli of vector bundles on curves, modular compactification, general linear

She reviews the status of a number of interrelated problems on diameters of graphs, including: (i) degree/diameter problem, (ii) order/degree problem, (iii) given n, D, D 0 ,

In light of his work extending Watson’s proof [85] of Ramanujan’s fifth order mock theta function identities [4] [5] [6], George eventually considered q- Appell series... I found

We show that a discrete fixed point theorem of Eilenberg is equivalent to the restriction of the contraction principle to the class of non-Archimedean bounded metric spaces.. We

Reynolds, “Sharp conditions for boundedness in linear discrete Volterra equations,” Journal of Difference Equations and Applications, vol.. Kolmanovskii, “Asymptotic properties of

modular proof of soundness using U-simulations.. & RIMS, Kyoto U.). Equivalence

It turns out that the symbol which is defined in a probabilistic way coincides with the analytic (in the sense of pseudo-differential operators) symbol for the class of Feller

We give a Dehn–Nielsen type theorem for the homology cobordism group of homol- ogy cylinders by considering its action on the acyclic closure, which was defined by Levine in [12]