特集◎義和団百年と現在
義 和 団 へ の 視 座
愛国か排外か日本︑中国︑アメリカの専門研究者が︑義和団運動発生の原因となった西欧文明とキリスト教の問題︑一九世紀末各国に勢力範囲を分割され滅亡の危機を迎えた中国における帝国主義の問題︑さらに義和団運動発展の背景になった清末の中国の政治状況︑義和団の源流にも関係する白蓮教との関係︑そして義和団のスローガンである﹁扶清滅洋﹂について論じる︒
佐藤公彦︿東京外国語大学外国語学部教授﹀×路遙︿鍛馨灘学﹀×ポール・A・コーエン︿勢劉黙鍔移麹ク﹀司会馬場毅く麟鱗翠
馬場本日は山東大学で行なわれた﹁義
和団運動一百周年国際討論会﹂の二日目
が終わったところですが︑義和団研究の
各国の専門家の方々に我々の座談会に参
加いただきまして︑どうもありがとうご
ざいます︒すでにご連絡しましたように
各国の義和団研究を踏まえて義和団につ
いてのいくつかのテーマについて︑これ
から座談会を開きたいと思いますが︑
コーエン教授から所用のため︑少し早め
に退席しなければならないというお申し 出がありましたことをご承知下さい︒
キリスト教を代表とする
西欧文明と義和団
最初のテーマは︑キリスト教を代表と
する西欧文明と義和団です︒コーエン教
授が︑以前︑このテーマをもう少し具体
的に説明して欲しいという意見を私に寄
せられていますが︑たとえば山東省冠県
梨園屯での義和団の前身である梅花拳の
キリスト教徒への闘争︑山東省西南部で の大刀会の宣教師への闘争などの具体的
な事例を通して︑このテーマを議論して
いただきたいと思います︒それでは路遙
教授最初にお願いします︒
路私はもともと佐藤公彦︑ポール・A・
コーエンのお二人の教授の話をお聞きし
てから発言しようと思っていたのです
が︑というのは最近︑お二人は義和団に
ついての専門書(佐藤公彦﹃義和団の起
源とその運動中国民衆ナショナリズ
ムの誕生1﹄研文出版︑一九九九年︑
義和 団への視座
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P a u l A . C o h e n , H is to r y in T h r e e K e y s : T h e
B o x e r s a s E v e n t , E x p e r ie n c e , a n d M y th ,
C o lu m b i a U n iv e r s it y P r e s s , 1 9 9 7 ) を 発 表
さ れ て い ま す か ら ︒ そ れ ら は 義 和 団 の 起
源 お よ び 運 動 を 系 統 的 に 総 括 さ れ て い ま
す ︒ と り わ け コ ー エ ン 教 授 の ﹃ 三 つ の 様
式 の 歴 史 I l 事 件 ︑ 経 験 ︑ 神 話 と し て の
義和団f﹄というこの本の影響は大き
いです︒もうすぐ中国訳(桐文著︑杜継
東訳﹃歴史三調lI作為事件︑経歴和神
話的義和団﹄江蘇人民出版社︑二〇〇〇
年)が出版される予定です︒出版前です
が過去の研究方法を総括したこの本は︑
多くの中国の学者に知られています︒こ
の本は中国の学者の過去の研究方法につ
いて総括するには︑どのようにすべきで
あり︑どの方向に向かうべきかを指し示
しています︒この本は義和団研究の方法
論の上で︑中国の学者を相当啓発してい
ます︒なぜならば︑中国の学者は長い間
義和団の研究をしているので︑各種各様
の意見があり︑大変複雑です︒これらの
意見をどのように分類し︑解決しなけれ
ばならない問題がどのように存在してい るかということは︑比較的複雑で︑解決
しにくい問題だからです︒
義和団運動の反キリスト教の問題につ
いて述べるならば︑つまるところ義和団
運動とキリスト教との関係に言及しなけ
ればなりません︒たぶんこの問題につい
ては︑皆さんは異なる見方をされるだろ
うと思います︒この問題については︑そ
れの普遍的な原因と特殊な原因がありま
す︒普遍的な原因とは︑コーエン教授が
たびたび指摘されている宗教信仰︑宗教
信念の矛盾衝突です︒だが宗教信仰︑宗
教信念の矛盾衝突のその由来は久しいも ので︑義和団運動期間に限りませんし︑
義和団運動以前からすでにこの問題が存
在します︒民衆とキリスト教徒の矛盾︑
思想信仰による衝突の矛盾は︑長期に存
在したものであり︑なぜ義和団運動期間
に爆発したのでしょうか︒長期にわたっ
て中国の学者は特殊な矛盾ということ
で︑この問題を解決できるということを
強調してきました︒この時期における特
殊な歴史的条件下で︑特殊な社会環境下
で︑それの爆発の特殊な事柄を刺激した
と考えたのです︒この面では︑エシェリッ
クの本(JosephW.Esherick,TheOrigins 6
oftheBoxerUprising,Universityof
CaliforniaPress,1987︑周錫瑞著︑張俊
義・王棟訳﹃義和団運動的起源﹄江蘇人
民出版社︑一九九四年)は中国大陸の学
者の観点から見て︑社会構造︑山東各地
区の分析について啓発するところがあり
ます︒したがってさらに深く義和団を研
究するには︑各地域の分析をしなければ
なりませんし︑義和団と西洋のカトリッ
ク︑プロテスタントとの矛盾の問題を解
決するにも︑地域の考察をしなければな
りません︒地域の考察をしなければ︑そ
の特殊性︑具体性を探し出すことは難し
いとみなが感じています︒
次に義和団および山東省西南の大刀会
の闘争ですが︑山東省冠県梨園屯につい
ては︑我々は一九八九年から九〇年にか
けて比較的詳細な調査を行ないました︒
山東省西南地区については︑深い調査を
していませんが︑ティーダーマン教授の
論文(R.G.Tiedemann,"RuralUnrestin
NorthChina1868‑1900:WithParticular
ReferencetoSouthShandong,"Ph.D.
dissertation,UniversityofLondon,1991) がこれについてふれています︒この論文
の第七章の出来が大変良いと私は感じて
います︒この地区は義和団運動が最も早
く懐胎したところで︑一八九六年︑すな
わち甲午戦争(日清戦争)後にそれは始
まったと言うことができます︒この地区
で現れた宗教的衝突︑宗教的矛盾の真の
本質の様相がどうであるかについて︑こ
の文章は問題を引き出して提出していま
す︒それで私はこの座談会でもこの文章
の観点を評論したいと思います︒私は地
域の分析をする必要を感じていましたの
で︑林華国先生が書いた﹃義和団史事考﹄(北京大学出版社︑一九九三年)の序文に
いくつかの地域の分析を書きました︒現
在その序文を見ると不十分だと感じま
す︒とりわけ最も重要な地域が抜けてい
ます︒
総じて言えば地域ごとに社会構造の分
析をして︑時期ごとに︑長期に普遍的に
存在した宗教信仰の矛盾の過程の中でそ
の特殊なポイントは何か︑特殊な歴史は
何か︑を考察すれば︑義和団運動の主要
な原因を有効に説明できると感じていま す︒コーエン私は第一のテーマに回答する
のは最も困難だと思っています︒具体的
状況を探し出して話すのは︑困難だと
思っています︒もちろん比較的広範囲な︑
一般的なことは話すことはできますので
それでいいでしょうか︒
義和団のカトリックとプロテスタント
に対する態度は︑重要な背景︑すなわち
反キリスト教の伝統の反映です︒これは
中国では一六世紀から始まり︑一九世紀
中頃に再び出現しました︒この思想面に
おける反キリスト教の伝統は︑義和団の
キリスト教への態度にかなり重要な影響
を与えました︒だが義和団のキリスト教
への態度は︑単にキリスト教の思想内容
によってのみもたらされたのではなく︑
その他にキリスト教徒の行為︑宣教師達
の行為が妥当でなかったことも︑義和団
のみならず︑一般の中国人にも反映した
ものです︒当時の官僚︑紳士を含んでみ
なが︑宣教師︑とりわけカトリックの宣
教師達が常々︑中国の政治︑地方の政治
に関与するのは妥当でないと思っていた
義和 団への視座
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と︑私は考えています︒アメリカで義和
団とキリスト教の関係を具体的に研究し
ているのは︑エシェリックの本であり︑
この本が︑最も具体的に︑最も深くこの
問題を研究していますが︑具体的な例と
して︑特に山東省では︑一九世紀の九〇
年代のドイツのカトリックの神言会宣教
師の西南部での影響が大きいことも︑中
国の強烈な反応を引き起こしました︒か
つ彼の分析によれば︑ドイッの宣教師達
の宗教的内容ではなく︑彼らの行為が中
国の大きな反応を引き起こしたと言い得
ると私は思っています︒これが物事の一
側面です︒無論キリスト教徒の義和団へ
の態度も問題です︒彼らは義和団を悪魔
の化身とし︑劣悪な社会的現象と考え︑
いささかも義和団に同情しない態度をと
りましたし︑義和団発生の来源について
もあまり理解しませんでした︒彼らは義
和団は悪い社会的現象であり︑絶対に反
対しなければならないと考えていまし
た︒このような態度は西洋のキリスト教
徒が持していたものですが︑その他の西
洋人も同様な態度を持していましたが︑ 必ずしも義和団運動を悪魔の化身である
と考えてはいませんでした︒この点は宣
教師の特別な︑独特な態度です︒
佐藤まずキリスト教について述べます
と︑キリスト教を代表とする欧米文明と
中国との関係の背景には︑普遍的な原因
と一九世紀になってからの特殊な原因が
あります︒わたくしたちが普遍的な原因
を考える時には︑普遍的な文明と普遍的
な文明の対立という特徴的な面が︑上っ
てくると理解できるでしょう︒したがっ
てそれは宗教戦争だとも言い得ましょ
う︒
一六世紀のことを述べますと︑たとえ
ばマテオ・リッチのような西欧から来た
宣教師が布教した時には︑義和団のよう
な大衆闘争は起こりませんでした︒その
理由は︑彼らの布教の対象が社会上層の
士大夫でしたが︑一九世紀以後中国の宣
教師の布教の対象は民衆でした︒した
がって一六世紀の状況と一九世紀の状況
は異なります︒一九世紀になると︑西欧︑
日本︑アメリカではすでに国民国家が勃
興しましたが︑一六世紀には国民国家は まだ存在しませんでした︒一九世紀の条
約体制下で︑各国家はそれぞれの国に属
する宣教師を保護しました︒暴動闘争の
発生の原因はこの国家による保護の問題
です︒したがって私の見方によれば︑義
和団発生の原因は社会問題です︒山東西
部︑南部に来たドイツ人宣教師は︑彼ら
の中国人の教徒を保護し︑ドイツ国家は
その宣教師と教徒を保護したから︑社会
上の問題は尖鋭な問題となりました︒社
会問題が主要な問題であるというのが︑
私の意見です︒
馬場三名の方が発言されたのですが︑
他の方の意見をお聞きになって異なるご
意見をお持ちの教授はどうぞ御発言下さ
い︒
路中国の学者から見れば︑義和団運動
と外国との間の衝突︑義和団の反キリス
ト教は︑宗教的矛盾の衝突を表している
という︑この観点は過去にありました︒
問題は両者の矛盾の衝突という時の主要
な責任はどちらにあるのかという点であ
り︑この点について問題があるのであり︑
それ自身に宗教的矛盾︑宗教的衝突がな 8