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こぺる No.107(2002)

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25日(毎月1回25日発行)ISSN 0919-4843

2

2002

こべる刊行会

NO. 107

「人間について

一 一

人と木の物

J

長 田 弘

ひろば⑮

部落解放

人権

究所編

部落の

21

家族

を読む

石原英雄

(2)
(3)

t

弘 ︵ 詩 人 ︶ ﹁人間について﹂というのはおおきなタイトルです。 おおきすぎるタイトルですが、 a人間とは何かということ を考える、人間について考えるとき、いつもそのことと 一緒に考えてきたものは、わたしの場合、木でした。で すから、人間と人間について考えるために、今日は、人 間と木の話から始めたいと思います。 自分がどういう顔をしているかを知るには鏡が必要で すけれども、人聞が人間とは何かを知るための大切な鏡 となってきた、ある意味ではいつでも最上の鏡となって きたのは、木ではなかったかというふうに思うのです。 木について考えることは、人間について考えることで ある。そういう考え方をもっ言葉には、これまでもさま ざまな場所で、さまざまな仕方で出会うことが、しばし ばありました。そういう考え方をもった言葉のありょう をふりかえることから、いろいろ考えてみたいと思いま 最初に一冊の絵本の話から始めたいと思います。﹃人 類のはじまり﹄という絵本が三

O

年ほど前に日本で翻訳 されて出ました︵佐野健治訳、一九七一年、福音館書 店︶。とてもいい本で、文字通り人類の始まりについて 書かれた絵本です。絵本ですから絵があるわけです。人 類の始まりを描いた科学絵本になるのでしょうか。絵が 描いてありますから絵を見るわけです。人類の始まりに ついて書いている文章と共に絵がある。すべてのベ

l

ジ に、人間と一緒に登場するものの絵があります。それは 木 の 絵 で す 。 人類の始まりを描くのに最初から木がある。ここに人 聞がいる。動物もいる。ここに木がある。すべてのペー ジに、人間を描こうとすると必ず木が出てくる。

︵ 上

す 。 こぺる ﹃ 人 類 1

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のはじまり﹂という絵本はそういうふうな始まり方をし ま す 。 ワイラ

l

&エイムズという人が描いた絵本です。﹁科 学者はこの仲間、つまり人間、人類全体の歴史を研究し、 この仲間の、あるものが出てきたのは、はるか大昔、だっ たことを確かめた﹂。人類以前の話です。﹁類人猿が出て きたのはそれよりずっと後だし、人聞は最後に現れたこ とがわかった﹂。人類の始まりを描くのに、人間は一番 最後に登場した生き物であるということから始まります。 では人聞が最後に登場する前に登場していたものは何 か。それが木です。木のないところに人聞は生きたこと はない。必ず木を必要とするということです。中身は木 のことはほとんど描かれていない。木からどうやって猿 が降りてきて、地面に立つようになるかという話で木が 出てくることはあるが、絵の中ではずっと木なんです。 まず木のあるところに人聞がいる。人間の先祖が登場す る。木なしではありえないという絵本の描き方になって い ま す 。 木と共に人間の歴史は始まるわけです。もっと簡単に 言うと、人間というのは木でできている。人間をつくっ たのは木であるという考え方なのです。木のないところ に人聞は生まれなかった。人類は育たなかったと考えれ ば、木が人聞をつくったのではないかと考える。そうい う感じ方が出てくると思います。そういうことを今、言 うと唐突に聞こえるかもしれませんが、これは科学絵本 ですから、最初に人聞がそういうふうにして出てきたと いう説が一九世紀に出てきて、皆、びっくりしてしまっ たということが書いてあります。しかしそれは、わたし たちにも近しいヨーロッパの流れのなかの知識の文脈で 考えるとそうなのであって、おなじことが、たとえばア フリカのような世界で感じ考えられてきた場合はまった く 違 、 っ 。 そうしたアフリカという世界での木についての感じ方、 考え方を深く伝えるのは、アフリカを旅行した、人類学 者でもあり民族学者でもあるアメリカの作家が書いた一 冊のアフリカ紀行です。大変いい本で、非常に印象的な 本です。ピ

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・ マ シ

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センという人の書いた﹃ひと の生まれた木・わがアフリカへの旅﹄︵黒田晶子訳、一 九八

O

年、講談社︶というアフリカ旅行記です。 アフリカの人たちにとっては、人間は木なしで生きら れない存在です。アフリカは大平原の地でもあれば、高 山の地でもある。そうしてまた、砂漠の地である。砂漠

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というのは、何もない土地です。まず暮らしなど成り立 ちょうもない。しかし、どんな砂漠の中でも、人は木な しでは生きられない。ヌエ

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ル語で、その木は﹁人の生 まれた木﹂と呼ばれる。これはどういう木かというと、 変わった巨大な木です。﹁人の生まれた木﹂とヌエ

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ル 諾では呼ばれるこの木は、よく知られているサン H テ グ ジユペリの﹁星の王子さま﹄に出てくるパオパブの木で す。パオパブの木は、一番古いものになると、ほぼ二五

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年以上の樹齢をも持っている。人類の歴史、人間の 歴史に匹敵するくらい長いものがある。﹁人の生まれた 木﹂はとんでもなく大きな木なのです。 アフリカの人たちにとっては、人間の歴史というのは、 空と神というのが人間の手の届かないところに行ってし まったところから始まった。空と神が人間の手の届かな いところに行ってしまったので、非常に苦しい苦難の歴 史が始まるようになる。しかし空に届かんばかりの木と いうのは、実はもう一本ある。一つは﹁人の生まれた 木﹂というパオパブの木で、ものすごく大きいわけです が、もう一本、これも信じられないほど大きい木がある。 それは、ものすごく大きいイチジクの木です。 一本のパオパブの木で、どれだけの生き物が一緒にそ れと共に生きているか。鳥がそれと生きる。人間もそれ と共に生きる。日陰がある。そこに、ずっとあるというこ とが大事なんですね。だけども﹁一番重要なのは﹂と彼 は書いています。紀行して、いろんな人と話をして、 ﹁一番重要なのは、ものすごく大きなパオパブの木があ ると、そこは見渡す限り永遠に吹きやまぬ風になびく原 野だ。パオパブは生命の古い根のようにそそり立ってい る。そうしてそのパオパブの木に近づくと、人聞はそこ で静寂というものに気がつく。そして自分の足音を自分 で初めて耳にすることができるはずだ。そうすると、そ の木の下に立ち止まる。木の傍らに立ち止まる。そして 木に気づくことによって、自分がそこにいるんだという ことに気づく。それがパオパブの木の果たしている大き な 役 割 だ ﹂ 。 もう一本の木はどうか。作家にものすごく驚きを与え たイチジクの木。イチジクの木はアフリカの人たちにと ってとても大切な木です。﹁一本の大きなイチジクの木 は遠くから見ると大きな木立としてしか思えない。おそ らくこの平原に住んだ人類の歴史と共にあった古い木に 違いない。水平に張り出した枝は差し渡し四五メートル、 普通の木の六本分はある。チョ

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ゲンボ

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、 フ ク ロ ウ 、 3 こベる

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胸赤カッコーなどが、みな棲みついている。周囲は数キ ロ四方とも言うべきもの、木と呼べるものは一本もない。 そういうところに一本だけ立っている。烏としてもこの 木だけが頼みの綱だ。その根元のところにマサイ族のと ころにあるカマドがある。そこから手の届くところに槍 の刃を研ぐ石が置いてある。烏は木の枝に止まる。その 大きな木のところに人聞は何しに行くか。この人たちに とっては座りに行くところだ。何のために座るか。ほと んど砂漠といっていいこの大地から、これほどたくまし い幹と肉の厚い葉群を引き出してきた樹木。その下に一 週間も、それ以上ずっと座る。そうして彼らは一つのも のを見続ける。自分もそうだつた。それは何か。無を見 続ける。無の世界を見続ける。こうやってイチジクの大 きな木はアフリカの人にとって宗教的な意味を持つ。西 欧の人から見たら宗教的な意味を持つものだ。木はそれ があるだけではなく、そこで人聞が一種の自己反省に誘 われる。自分というものを取り巻いているいろんなもの について考える場所になっていく﹂。 そういうものが﹁人の生まれた木﹂にはあるのだとい うこと。そこで立ち止まる。そこで静けさを発見する。 自分の足音を聞く。自分を取り巻いているナッシングそ のものを見つめる場所として木がそこにある。これが一 つの木のイメージとして人類の記憶の中に、アフリカだ けでなく、いろんな人類の中に遺ってきているのだと思 います。そういうわたしたちの中にある木に寄せる心持 ちというか、木と共に人間について考えるということが、 実際にどういう言葉の営みをもたらしてきたかというこ とを、主として二

O

世紀に現れたいくつかの本を通して 考えてみたいと思うのです。 一つは、新しく映固化されたのでまた評判になるでし ょうが、二

O

世紀が生んだ最大のファンタジーで、

R

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− ト

l

ルキンの書いた﹃指輪物語﹄という長大な 物語です︵瀬田貞二・田中明子訳、新版一九九二年、評 論社︶。この物語が世に出た時には、大変な評判になり ました。一九六

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年代にイギリスで出たときから、ずっ と後になって﹁二

O

世紀を代表する物語小説をただ一つ 挙げろ﹂と言われれば、これになるのではないかと評さ れたくらいの三部作の大長編です。 この物語は文字通りファンタジーの物語です。主人公 は﹁小さい人間﹂なのです。小さい人聞が出てくる。何 に対して小さい人間として登場するか。ものすごく大き

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な物語の中で、大きな木に対して小さい人間として登場 するのです。いろいろな物語が詰まった物語ですが、 ﹃指輪物語﹄というとても大きな物語を成り立たせてい るのは、﹁大きな木と小さな人間﹂という対比、それが どうして壮大なファンタジーの中で一番求められる骨格 になっていくかということと考えることができます。 小さな人間である主人公が延々と旅をする。旅をする 一番の目的は﹁大きな木とどうやって対話をするか﹂と いうことです。木と対話をする旅なのです。木は何もし ゃべりません。ただそこにあるだけです。その下に沈黙 を抱え持っているだけであって、何も持っていない。人 間の話す言葉を話していない。でもそれは違うんじゃな いか。どうやって木と話をするか。対話する方法が、長 い長い物語の中で重要なテ

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マになっています。その中 で一番重要なものは、コミュニケーションです。どうや って木と対話をするか。重要なものとして挙げられてい るのは﹁触る﹂ということです。触るというコミュニ ケーションです。それはこういうふうに書かれています。 小さな人間である主人公が、﹁片手を梯子の脇の木の・ 幹にかけました。その時、彼はかつて味わったことがな いほど、不意に、そして痛いほどの激しさで木の肌の感 触と、その中を流れる命の存在を感じ取りました。彼は 木の木質とその手触りに喜びを感じました。と言っても、 それは木こりや大工の感じる喜、びではなく、生きている 木 自 身 の 持 つ 喜 び で あ り ま す ﹂ 。 触って、それを感じた時に、初めて小さい人間である 主人公は自分にとって何も語ってくれないように見える 大きな木と対話をする方法を感じ取るのです。それでこ の中に、こういうことが出てきます。全然別の人間なん ですが、自分の故郷を離れて旅をする。旅をする時に、 ある人から﹁絶対に手離してはいけない﹂と言ってもら うものが出てきます。それは何か。 ﹁木を愛するあなたに、ほんのささやかな贈り物しか 贈ることができません﹂と見送る人が言う。﹁そして小 さな、ただの灰色の木でできた箱を置きました。他には 何の飾りもない﹂。その箱の中には何が入っているか。 土が入っている。﹁この土は旅に出るあなたの身を守る こともなく、あなたの身から危険を防ぐこともありませ んが、もしあなたがこの小さな土を失わずにやがて再び 故郷を目にすることがあれば、その時おそらく、あなた はこれによって救われるでしょう﹂ o 故郷の土がたとえ 悉く不毛な荒れ地と化していてもこの土を蒔けば、そこ こベる 5

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に木を育てることができる。それを旅に行く時にお守り と し て も ら う の で す 。 それを小さな箱に入れてもらった。将来、自分が旅を’ して帰つできて、故郷に帰って不毛の故郷になっていて も、そこにその土を蒔けば木を植えることができるとい う土をもらって旅をするのです。この木と人聞の繋がり、 係わりというのはおそらく映画にできない物語の領域だ ろうと思いますが、﹃指輪物語﹄を貫くテ

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マというの はそれといってもいいので、その意味で、﹃指輪物語﹂ というファンタジーは、木と人間の物語の中心にあるコ ミュニケーション、対話をする、﹁人間と木がどうやっ て対話をするか﹂という物語でもある。 もっとも大きな人間として登場するのは、もっとも重 要な登場人物としてこの物語に出てくる大魔法使いです が、それと匹敵するくらい、重要な存在として、大きな 人間として登場するのは、木です。名前は﹁木の髭﹂、 樹木の髭として出てきます。どうしてそれが出てくるか。 さっきのアフリカの神話を思いだしながら聞いていただ きたいのですが、木は大地と空の中間に存在する。しか し、木がしていることは、そこに黙って突っ立っている だけではないのです。世界を見晴らすという仕事をして いる。そこに何百年、何億年という時代を経て、ただ木 としてそこに生えているだけですけども、木がしている こと、﹁木の髭﹂がしていることは、そこで世界を見晴 らしている。その大きな人間である木はどういうものか。 ﹁大きな手が小さな人間の肩に置かれます。それから 二本の大きな腕が小さな人聞を持ち上げます。小さな人 聞が見たのは、まことに世にも珍しい顔でした。大きな 人間のような姿をしたものでした。背の高さは少なくと も一四フィートある。体に纏うものは樹皮。その人の中 から大昔からの記憶と友情で不動の考えが一杯詰まって いるという感じが伝わってくる。丁度大きな木の外側の 葉っぱに陽の光がきらきらとあたるように、深い深い湖 のさざ波立つ面に、陽の光がきらめくよヲに、何と言っ たらいいか。丁度、地中に育っていた、眠っていたとい ってもいい、何かそれも自分のことが、根っこの先と葉 っぱの先の聞に、大地と空の間にあるものとして感じて いた何かが、突然目を覚まして、その人から自分に伝わ っ て く る よ う な 印 象 を 受 け る ﹂ 。 そう感じ取った瞬間に、対話の道が開けてくる。 ﹁何をしているのか?﹂と聞かれて、﹁木の髭﹂はこうい うふうにこたえます。﹁晴れた白になると、わしはこの

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場所で遠くを見晴らす。そして太陽のことや森の向こう の草原のことや、馬たちのことや雲のニと、そして世界 の広がりのことなどを考えるのだ。世界では何が起きて いるかを黙って突っ立ってずっと考えている。それが自 分の生きてきた仕事、存在だ﹂と。 ところが、おもじろいことに、つまりそれがこの物語 がファンタジーである所以ですが、木は動くことができ る。木が動かないと思っているのは人間だけだ。木は動 く、森は動く、シェークスピアの中にも出てくると思い ますが、パ

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ナムの森が動く。人間にとって一番大きな 変化が起きることを﹁森が動く﹂という言葉で表現しま す。木が動く。古い、動かないと思われているものが動 く。森が動くということが、人間の世界を変えてゆく合 図になる。同じように、﹃指輪物語﹄でも森は動きます。 木は動きます。どういうふうに動くか。 ﹁彼らの内には偉大な力が潜んでいて、自分を薄閣の 中にくるんでしまうことができるみたいだ。彼らが動く のを目で見ることは難しい。けれども本当に動くんだ。 それも起こったとなると、とても速く動ける。小さな人 間である君はじっと立っているとする。お天気を見なが ら。あるいはさやさやと鳴る風の音を聴きながら。する とその時、君は突如として自分が森の真ん中にいて、周 りがどこもかしこも手さぐりするように枝を張り出した 大きな木ばかりだということに気がつく。その時、その 木は実は自分たちの声を全然失っていないことにきっと 気 づ く だ ろ う ﹂ 。 自分が旅をしている時に、森が動いて、自牙たちの後 を追ってくるような感じを受けることがある。そう思う だけでなく、本当に動いているんだと。そういうことを 感じとったときに、自分は今までの世界とは違う世界を 旅をしているということを実感できるというのが、一番 大きなテ

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マになってくる。長い長い、文庫本で九冊も ある物語のお終いが近くなったとき、一緒に旅をしてき た、大きな人間である﹁木の髭﹂が、皆に別れを告げる のです。その別れの言葉には、小さい人間にとっての大 きな人間であるべき木のもつ意味が深く込められていま す 。 ﹁世の中は変わりつつあります。わしは水の中にそれ を感じますのじゃ。土の中にそれを感じますのじゃ。空 気の中にそれを感じますのじゃ。また再びお目にかかる ことがあろうとは思いませんが、それを感じるのが木と いう存在であり、それを感じて自分の中に木として表現 こぺる 7

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してわくのがわしの仕事だ﹂と。それがすなわち、人間 にとっての大きな人間である木であるという物語です。 そこに、﹁指輪物語﹄に貫かれる、いわば森の思想、森 の哲学というべきかたちがあります。 この二

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世紀になって書かれた大きな物語を書いた ト

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ルキンは、英国のオックスフォード大の先生で、こ の物語を書くきっかけになったものは、二

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世紀に経験 した最初の世界大戦である第一次世界大戦の経験でした。 わたしたちが戦争という時には、第二次世界大戦、二

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世紀の二番目の戦争の話をするのが普通ですが、それに もまして大きな戦争だったのは第一次世界大戦です。そ れは世界がそれまで経験したことのない規模の大戦争で もあったからです。その戦争がもたらしたものが何かと いうことの思いに立って、それをモチーフとして考えら れた﹃指輪物証巴の中心をなしているのは、わたしたち とちがって言葉を持っていない、しかしわたしたちより も長く生きてきたに違いない、ずっとそこにいたものの 存在、木の存在に気づいたという自覚だった。わたしは そ う 考 え る の で す 。 戦争というものを考えてみて、二

O

世紀の戦争もすべ てただ一点に尽きています。その一点は何か。﹁森を焼 き払う﹂ということです。枯れ葉作戦に至るまですべて の戦争は森というものが表している、人類よりも古い、 その中にいろんなものが龍もっている森の世界を焼き払 うという戦争を、ニ

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世紀は繰り返しました。それも一 度ならず、何回も繰り返した。二

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世紀の最後の戦争と なったのは、木のない砂漠での戦争でした。木の世界が 失われてゆく同時代に生きて、そのことを痛感しつつ、 ﹃指輪物語﹄は書かれた。でも、それは﹃指輪物語﹂の 作者だけに特有の感じ方なのではなく、パオパブの木と いう生命の木を世界に知らしめた寓話物語である﹃星の 王子さま﹂もまた、第二次世界大戦のパイロットが遺し た、戦争を見すえての寓話物語でした。 けれども、わたしたちは木を無視してきました。人間 よりもはるか前からこの世にいる木のある世界に、一番 最後に登場したのが人間なのに、いかに木を滅ぼすかと いうばかげたことをやってきたかということが、この世 に一番最後に登場した人間の歴史なのではないかという こと。そのことに思いを致すのです。 ﹃木の国への旅﹄という子どもの本があります。一九 六

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年代に登場したフランスの作家ル・クレジオが子ど

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もの本として書いた絵本で︵大岡信訳、一九八一年、文 化出版局︶、この絵本では、木は顔を持った存在として 出てきます。森に旅をする話です。小さい子どもである 主人公が森の固に入ってゆく。そうすると、突然呼ばれ る。話をする方向に行く。この場合、口笛を吹いて話を するのですが、その時、森の木に自分の本当の名前を初 めて呼ばれるわけです。﹃指輪物語﹄と同じです。少年 に向かって森の木は﹁お前、小さな人間よ﹂と呼びかけ る。そこで語りかけるのは一番大きな木、樫の木、オー クです。オークはどういう木か。 ﹁これは恐ろしく真面目な木である。深い眼差しをし ているので、見つめられるとゾクゾクッとすることもあ る。彼はいつでも次から次へと考える。夜中、飽きるこ となく星を見つめているのも、この樫の木である。彼は 星座という星座の名前を知っているし、月の満ち欠けも おごそかに見守っている。ただ黙って立っているだけで なく、考えて立っている。ものを見つめて立っている。 そうして一番口数が少ない。しかし一旦口を開くと、洞 穴を思わせる、おかしな声をしていて、二

OOO

年も昔 の 古 い 話 を す る ﹂ 。 ﹃木の国への旅﹄は、古い話をすることができる木と、 それに﹁小さな人間﹂と呼びかけられた子どもが話をす る物語です。それが旅なのだと、ル・クレジオは書いて います。この中で、小さな人間である主人公の少年が木 を前にして覚えることは、木というのはすごく大きくて、 何百年も自分の知らない年月を生きてきた。森の中に入 っていって話をすることによって少年が覚えることは、 年老いてゆくことに対する尊敬なのです。少年は、年老 いたものらに対する尊敬を学び、対話することによって 年老いてゆくことに対する尊敬を覚える。ただそれだけ の 話 で す 。 それだけの話なのですが、この話も、戦争の経験を引 きずっています。そういうことはどこにも書いてありま せんが、今、出てきたのは古い古い樫の木です。賢者と しての樫の木です。これを書いたのはフランス人の二

O

世紀後半の世代に属する作家です。しかし樫の木は第二 次世界大戦において、ナチスの象徴になった木です。ナ チスは森を非常に重要視しました。﹁森を守る﹂という ことがエコロジーとして経済のあり方、政治のあり方を 正すものとして考えられている今日ですが、二

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世紀に おいてエコロジーを政策の代表的なものに掲げて登場し てきた政府は、実はヒトラーの政府でした。 こ.,.,:_る 9

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今は忘れられがちですが、ナチス・ドイツの思想は ﹁森の思想﹂と卜して喧伝されたのです。ナチス・ドイツ の掲げた森の思想を前に、﹁木の文明とは何か。森の文 明とは何か﹂ということを考えぬかなくてはいけなくな っ た の が 二

O

世紀の時代でもあったということを考える のです。第二次世界大戦を扱ったナチス・ドイツの出て くる映画を見ればすぐにわかりますが、軍服に十字の印 の勲章が付いている。樫の葉を象徴している最高の勲章 です。﹃木の国への旅﹄の樫の木は、そのようなナチ ス・ドイツのつくった樫の木とは違う象徴を生きる存在 として語られます。若くして身を捧げるのとはまったく 正反対の、年老いてゆく存在の尊厳をもつものとしての、 樫 の 木 の 物 語 で す 。 木のあり方をめぐって、また別の、もっとずっとシン プルな、しかしちょっと忘れがたいおはなしの本があり ます。五月革命とよばれた政治の季節だった一九六

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年 代の終わりに、政治の季節のなかにあったハイティーン の息子たちのために、母親であるひとりのフランスの作 家が物語を書き、若いイラストレーターがそれを魅力的 な絵本にして、一九六八年という象徴的な年にボロ

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ヤ の ブ ッ ク フ ェ ア で 絵 本 賞 を 、 つ け た 絵 本 で 木が動くのは見えないと言いますが、そんなはずはな いとして、﹁歩く木﹂を主人公にした、ボルクマン作、 セリグ絵の﹃あるきだした小さな木﹂という絵本です ︵花輪莞爾訳、一九六九年、借成社︶。これは生えてきた ばかりの小さな木の話です。小さな木が、自分の生えて いる森の中に迷い込んできた小さな男の子を見て好きに なる。それが物語の始まりです。 ﹁ちびっこの木は、初めて来た変なものをすぐ近くで 見ま

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た。それは小さな男の子でした。道に迷っている のに歌を歌っていました。ちびっこの木は男の子の歌戸 が気に入りました。その歌声は小鳥たちのさえずりより ずっときれいだと思いました。特に一番好きなのは男の 子の目でした。空の色と同じ日をしていました﹂。 しかし子どもは、いなくなってしまう。ちっちゃな木 は思います。﹁人間たちと一緒に暮らしていけるのなら、 人間たちと一緒に暮らそう﹂と。﹁それからずっとその ことばかり考えた。一番仲良しの雀に相談すると、﹃だ って木っていうのは根っこで生えているんだよ。木は歩 けないじゃないか﹄と言われる。﹃でも本当に木は歩け ないかしら﹄。それは今まで試しに歩こうとした木がい

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っぺんもなかったからです。本当に一生懸命に歩こうと 思った木が一本もなかったからです。それから毎晩のよ うに、ちびっこの木は地面から抜け出ようと、ものすご く体を揺すりました。ママの木はで﹂の子はイライラし ているんだね﹄と困ったようにいいました﹂。 それでもとうとうある日、月のきれいな夜、ちっちゃ な木は地面から抜けだします。ちっちゃな木といっても 一

OO

本も根っこがある。ムカデさえもびっくりするよ うな足を持っている。ちっちゃな木は夢中になる。それ ですぐに出発して歩き始めます。人間の世界に向かって 森を出てゆくのです。 木は歩くと思っていないのは木だけじゃない。人間も 思っていない。そこにちっちゃな木が歩き出してきたか ら、大変です。夜が明けてみたら、今まで何もなかった ところに木が生えている。休むというのは、そこに、立 っているということだからです。そこで人間はちつちゃ な木を捕まえようとする。﹁人間って烏たちを捕まえる だけじゃないんだな。木だって捕まえる。ほらぼくらは 皆、捕まったんだよ﹂。どの家からも、塀の中にある他 の木たちが励まします。﹁きみは自由なんだから、捕ま らないようにして歩け﹂と。 でもと、ちっちゃな木は思うのです。もっともっとこ の世界で見たいものがあると思う。それで知らない顔を して人聞が近づいてくると、じっと立ち止まって、普通 の木みたいにして人間をやりすごすようになる。そして いろいろと旅をするのです、人間の世界に。人間と一緒 に暮らしたいと思って、小さな木は旅をしはじめるので すが、人間の世界のどこに行っても衝突してしまう。人 間と暮らそうと思って小さな木は旅を始めた。でも人間 は誰も木と一緒に暮らそうと思っていないことに気がつ く。木と一緒に暮らそうと人聞は思っていない。﹁交通 の邪魔だ﹂とか﹁これがあったら便利だ﹂とか﹁これが あったら家の値段が高くなる﹂とか、そんなことばかり 考えている。結局、ずっと歩いて、歩いて、ちっちゃな 木がたどりつ着いたところはどこだったか。 ﹁ちびっこの木は一人で砂漠の方へ歩いていきました。 何度も何度も振り返って、人間の町の方を眺めまじた。 それからどんどん遠く、遠く、ちびっ子の木は進んでい きました。やがて砂と空しか見えない寂しいところへ来 ました。そうしてやがてちびっこの木は深く深く、自分 の根っこを差し込みました。地面の下の何もないと思う 地面の下の水の流れに届いたのです。この流れのことは こ'""る 11

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人間は誰も知らなかったのですが、何千年も昔からそこ を流れていたのです。こうしてちぴっこの木はそこに根 を下ろしました。それから枝々に花をつけ、どんどん空 に向かって大きくなって、パパの木よりもママの木より も大きくなって、自分でもびっくりするほど大きくなっ た。するとラクダたちがやってきて、それからしばらく すると、今度は人間たちも初めてやってきた。人間たち は自分の木の下で休んで、ホッと息をすることを覚えた ようです。風がひと吹き、砂漠を渡って、ちびっこの木 の葉つばを通り抜けました。すると葉っぱが揺れて、美 しい音楽になりました。その時、ちびっこの木は初めて 気がつきます。自分はちびっこの木でなく、大きな木に なっていることに気がついたのでした﹂。 これでこの物語は終わるのです。そういうふうにまっ すぐに訴えかける木の話で、今のは、人間と一緒に暮ら したいと思った小さな木の話です。わたしが持っている のは、この本の日本語版が初めて出てからほぼ二

O

年後 の本で、その二

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年のあいだにこの絵本は四八刷になっ ています。ですから、大人たちはそんな本なんか知らな いと思うかもしれないけれども、ずいぶん読まれてきた 絵本なのです。︵以下、次号へつづく︶ ︿ 講 師 紹 介 ﹀ 第十八回部落問題全国交流会の講師、長田弘さんを紹 介 し ま す 。 一九三九年福島市に生まれ、一九六三年早稲田大学卒 業、﹃深呼吸の必要﹄をはじめとする詩集およびエッセ イ集、対談集の著書多数:::といった本の奥付を見れば わかることははぶきます。 現代日本の詩人についての乏しい知識を棚上げにして 申しますと、長田さんは人と人との関係を強く意識して いる詩人だとわたしは考えています。人間どうしが取り 結ぶ関係のいろいろなかたちが示されたうえで、そこか ら普遍化、抽象化されたことばが発せられる、長田さん の世界に見られるひとつの傾向で、長田さんが人の世を 考え、視線を送る際に、しばしばスポットライトをあて るのが人と人との関係のあり方だといってよかろうかと 思 い ま す 。 たとえば﹃われらの星からの贈物﹄には、写真家のロ パ

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ト・キヤパがイングリッド・パ

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グマンにあてた手 紙を紹介して﹁友情とは、肉親ではない、肉親をじぶん の人生に見つけることだ﹂と述べています。 おそらくこの部落問題交流会がこれまで回を重ね、ま

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た、きょうの会にわたしたちが参茄しているのも多少な りとも﹁肉親ではない、肉親﹂を求めている心情がある ような気がします。こんなふうに人間の感情に輪郭をあ たえ、それを明確なことばで描くのが詩のもつひとつの はたらきだとすれば、長田さんの作品はそうした作用を 強く示している詩人といってよいと思います。 ところで、丸谷才一さんは﹃深呼吸の必要﹂の書評で、 ﹁われわれは長田の作品によって、子どもが大人になる とはどういふことなのか、人間の原型はどういふ心で生 きてゐて、どういふものの考へ方、感じ方をするのか、 人間と社会の関係のいちばん素朴な形はどんなものなの かを知ることができる﹂としたうえで﹁長田弘はこの詩 集によってとつぜん、われわれの重要な詩人になった﹂ と述べています。 ﹁われわれの重要な詩人﹂とは﹁現代日本に生きるわ れわれにとって重要な詩人﹂の意味でしょうし、﹁重要﹂ というのは﹁現代日本に生きる人聞が直面するさまざま な問題を考えるにあたって重要﹂という意味でしょう。 本日の講演﹁人間について﹂においてもこの﹁重要﹂ が理解されるであろうと申し添えまして講師紹介といた し ま す 。 ︵ 全 国 交 流 会 に お け る 野 町 均 さ ん の 紹 介 か ら ︶ 著 者 略 歴 に は ﹁ 詩 人 。 一 九 三 九 年 福 島 市 に 生 ま れ る 。 一 九 六 三年早稲田大学第一文学部卒業。一九七一二年北米アイオ ワ 大 学 国 際 創 作 プ ロ グ ラ ム 客 員 詩 人 。 八 二 年 著 書 ﹃ 私 の 二 十 世 紀 書 店 ﹄ に よ っ て 毎 日 出 版 文 化 賞 受 賞 ﹂ と あ り 。 入 手 し や すい作品だけをあげますと、詩集に現代詩文庫﹃長田弘詩 集 ﹂ 正 ・ 続 ︵ 思 潮 社 ︶ 、 ﹁ 深 呼 吸 の 必 要 ﹄ ﹃ 食 卓 一 期 一 会 ﹂ ﹃ 心 の 中 に も っ て い る 問 題 ﹄ ﹃ 世 界 は 一 冊 の 本 ﹄ ﹃ 記 憶 の つ く り 方 ﹄ ﹁ す べ て き み に 宛 て た 手 紙 ﹄ ︵ 品 文 社 ︶ 、 ﹃ 黙 さ れ た こ と ば ﹄ ﹃ 一 日 の 終 わ り の 詩 集 ﹄ ︵ み す ず 書 房 ︶ 、 著 書 に ﹁ 対 話 の 時 間 ﹂ ︵ 品 文 社 ︶ 、 ﹁ 詩 人 で あ る こ と ﹄ ︵ 岩 波 同 時 代 ラ イ ブ ラ リ ー ︶ 、 ﹁ 読 書 の デ モ ク ラ シ ー ﹄ ﹃ 読 書 百 遍 ﹄ ︵ 岩 波 書 店 ︶ 、 ﹃ ア メ リ カ の 心 の 歌 ﹄ ︵ 岩 波 新 書 ︶ 、 ﹃ 一 人 称 で 語 る 権 利 ﹄ ︵ 平 凡 社 ラ イ ブ ラ リ ー ︶ 、 ﹃ 詩 は 友 人 を 数 え る 方 法 ﹂ ︵ 講 談 社 文 芸 文 庫 ︶ 、 ﹁ 自 分 の 時 間 へ ﹄ ﹃ 子 ど も た ち の 日 本 ﹂ ︵ 講 談 社 ︶ 、 ﹃ 見 よ 、 旅 人 よ ﹄ ﹁ 詩 人 の 紙 碑 ﹄ ︵ 朝 日 選 書 ︶ 、 ﹃ 私 の 好 き な 孤 独 ﹄ ︵ 潮 出 版 社 ︶ 、 ﹁ わ れ ら の 星 か ら の 贈 り 物 ﹄ ﹃ 本 と い う 不 思 議 ﹂ ﹃ 定 本 私 の 二 十 世 紀 書 店 ﹂ ︵ み す ず 書 房 ︶ な ど が あ り ま す 。 ﹃ ね こ に 未 来 は な い ﹄ ﹁ 猫 が ゆ く | サ ラ ダ の 日 々 ﹄ ︵ 日 間 文 社 ︶ と い う エ ッ セ ー も 。 ︵ 藤 田 敬 一 ﹁ ﹃ 同 和 は こ わ い 考 ﹂ 通 信 ﹂ 一 四 七 号 よ り ︶ こぺる 13

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ひ ろ ば ⑮ 部落解放・人権研究所編

石原英雄︵地方公務員︶ ある思い出がある。狭山闘争が高揚していた一九七四 年ごろのことだった。東京都内を行進する部落解放同盟 大阪府連のデモ隊はすごい勢いだった。延々とつづくデ モの隊列、おびただしい数の旗やのぼり。なかには、戦 闘服のような制服を身につけた部隊もあった。 日比谷公園でのことだったと思うが、大阪府連の人の ア ジ テ

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シヨンを聞いたことを覚えている。その人の姿 も、名乗った名前も記憶にある。その人は﹁純血を守 る﹂と言った。部落民どうしが結婚をして、部落の血筋 の純粋さを守る、という意味だと僕は理解した。 その人は、﹁純粋な部落民の血筋﹂を持っているのだ ろうか。その人は、相手の血統を調べて結婚するのだろ うか。そもそも﹁純粋な部落民﹂というものがありうる の だ ろ う か 。 いまにして考えれば疑問だらけなのであるが、七四年 のそのときには、すんなり受けとめることができた。な によりも、その人の燃えるような情熱の激しさにあこが れている自分がいた。青年だったその人は、いまどうし て い る の だ ろ 、 っ 。 一方には、部落民としての一体感にもとづく強固な結 束と集中力への確信があり、他方には、部落外に対する 激しい怒りと不信感にもとづく、部落外の支援者に対す る自己犠牲と献身性のやみがたい要求があり、それらが 混然となって高揚する狭山闘争を支えていたように思う。 それから四半世紀、社会は大きく変わった。それは部 落と部落民にどのような影響をおよぼしているのだろう か。そんなことを考えつづけてきた僕にとって、本書の あっかうテ

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マ は 魅 力 的 に 映 っ た 。 本書には、﹁ライフヒストリーからみる生活の変化と 課題﹂という副題がついている。﹁ライフヒストリー﹂ とは、生活史という意味で、﹁対象者自身に人生を語っ て︵あるいは書いて︶もらい、それを素材に分析を行 う﹂社会調査の方法である。そこで、大阪府のいくつか の部落から抽出された二一の家族を対象に、二または三 世代にわたる五七人から聞き取りをした記録と、それを 分析した五人の研究者の論文七篇で構成されている。共

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通の問題意識は、これまで取り組まれてきた同和教育と 同和対策事業によって長欠・不就学、非行問題は解決し たが、部落の子どもの低学力・低達成の課題は残された ままであり、その原因を部落のなかでつちかわれた生活 態度と関連して追究することにおかれているようだ。 五百頁をこえる大著である。聞き取り調査の記録とそ の分析からは、現在のハそれも大阪府内の都市︶部落に 住む人びとの生活史と生活のありさま、そして意識が浮 かび上がってきて興味はっきない。しかし、ここではあ えて僕の関心に引きつけて感想をのべたい。 聞き取り対象者からは、子どものころの思い出から始 まる部落外の人の差別的なまなざしが語られる。さらに、 同和教育で﹁差別される立場﹂から決して逃れられず、 部落外の人と接触するときに怯自分が部落民であること を﹁自己開示﹂しなければならないと教え込まれた話。 小中学校で訓練された﹁部落民宣言﹂を聞く部落外の生 徒が示す反応におびえ、闘争心をかきたてたという話。 そして﹁外の人は冷たい﹂、﹁心が許せない﹂という心情 の形成。﹁いつ向こうが差別するかわからない﹂という 危機感が人びとをおびやかしてきたことがうかがえる。 それに対して、部落内での助け合い、仲間意識、ぬく さ、思いやり、﹁みな同じだから差別されることがない 安心感﹂が語られる。なかには、現業公務員になって同 和住宅に住んでいて、﹁子どももそうなるから勉強せん でもよい﹂と言う人もいる。それらが部落を出たくない、 出られないという気持の根拠になっているという。 ﹁理由もなく部落を差別してきた非人間的な部落外﹂ に対して、﹁人を差別することなく助け合ってきた人間 的な部落﹂という図式で描かれる部落の自己像。部落の 改善、地位向上のために、部落内のみんなのために行動 すること、選択の余地なく部落解放運動を担うことが求 められる若者たち。﹁部落を誇ること﹂﹁差別に負けない こと﹂が部落外への対抗意識として求められる。部落外 との関係づくりには部落アイデンティティを維持したま まで対等を求めることが理想だと主張する分析者。 たしかに部落のまわりにある、見えない﹁壁は差別に よって作られた﹂のかもしれない。でも、壁を日々強化 し、部落を取りかこむ壁のなかに龍城しようとする人た ちの姿もうかがえる。さらには、その人たちを支持し、 応援し、指導する体制が壁を塗り固め、補強していて、 壁は崩れそうにない。僕にはそう見える。 こぺる 15

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僕の知っている部落の人が銀行に行ったときの話を思 い出す。手続きが煩雑で、その人の意志がなかなか窓口 の人に伝わらなかったとのこと。ついにその入は﹁そん なんやったらもうええわ。うちをなんと思ってん﹂と怒 って帰宅した。すぐ支店長が菓子折を持って謝りにきた。 その人は菓子折をもらったことを自慢したりは

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な か っ たが、部落の内と外とのあいだに不信と恐れがある悲し さを、僕は嘆くばかりだ。 大学を出た人はほとんど部落に残らない。また部落差 別なんて関係ないと言う十代や二十代の若い人たち。外 の友だちの方が内の友だちよりも信頼できると述懐する 人。こういう人ぴとの登場をどう解釈するか。分析者は 部落民意識の後退を危倶するのみで考察することを避け て い る 。 大学を出て大企業に就職した人を部落から逃避したと 非難がましく言う人。運動団体の役員をしながら自分の 子どもを進学塾に行かせていることを後ろめたく思って いる人。本書ではまったく触れられていないが、子ども の教育費に奨学資金をあてにしない家庭もあり、小学校 や中学校から私立に入れる親があちこちにいる。 生活が豊かになるとともに、高層の同和住宅に住む人 びとの結びつきは稀薄になったという。だからこそなの か、﹁部落民どうし﹂の結びつきを最高の美徳とし、同 じ価値観と目標を持つことが求められる。部落外の人び とに対する不信と懐疑心、ときには敵慌心が注ぎ込まれ る。本書を読み終えて、部落解放運動も同和教育も部落 の内・外の人びとの心を少しも変えることができなかっ たのではないかという疑いを僕は抱いてしまう。 部落は変わった。部落の人びとの意識も明らかに多様 化してきた。それは当然のことである。まったく新しい 感性も育ってきている。それを非難する人たちは、運動 のタテマエに呪縛されて現実を受け入れようとしていな い の で は な か ろ う か 。 ﹁井のなかの蛙になりたくない﹂という気持、部落の 外で自分の力を試し活躍したいという意志を押さえる権 利は誰にもないし、また押さえることなどできはしない。 彼らの気持と意志と選択が部落に新しい爽やかな風を吹 き込み、呼び込む可能性に、僕は期待する。 ︵ 解 放 出 版 社 、 旧 ・

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鳴 水 記 マ﹁部落解放運動が七

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年も続いて いるということは喜ぶべきことなの か、それとも哀しむべきことなの か﹂と書きつけたのは九年前、本誌 創刊号上でした。まもなく全国水平 杜創立八十周年を迎えますが、その 思 い に 変 わ り は あ り ま せ ん 。 マ ﹁ ﹃ な ぜ ﹄ と か ん が え る こ と は 、 子どものきみにはふしぎなことだっ た。あたりまえにおもえていたこと が、﹃なぜ﹂とかんがえだすと、た ちまちあたりまえのことじゃなくな ってしまうからだ。︵略︶そういう ﹃なぜ﹄がいっぱい、きみの周囲に はあった。﹃なぜ﹄には、こたえの ないことがしょっちゅうだった。そ ん な ﹃ な ぜ ﹂ を か ん が え る な ん て 、 くだらないことだったんだろうか。 誰もが言った、﹁かんがえたって無 駄さ。そうなってるんだ﹄。実際、 そうかんがえるほうが、ずっとらく だった。なにもかんがえなくてもす む か ら だ 。 し か し 、 ﹃ そ う な っ て る ﹂ だけだったら、きみのまわりにはた だのあたりまえしかのこらなくなる。 そしたら、きみはものすごく退屈し ただろうな。﹃なぜ﹂とかんがえる ほうが、きみには、はるかに謎とス リルがいっぱいだったからだ。けれ ど、ふと気がつくと、いつしかもう、 あまり﹃なぜ﹄という言葉を口にし なくなっている。/そのときだった んだ。そのとき、きみはもう一人の 子どもじゃなくて、一人のおとなに なってたんだ。﹃なぜ﹄と元気にか んがえるかわりに、﹃そうなってる んだ﹄という退屈なこたえで、どん な疑問もあっさり打ち消してしまう ようになったとき o ﹂長田弘﹃深呼 吸 の 必 要 ﹂ の 一 節 。 ﹁考える上でまず大事なのは、問 い か け で す 。 ︵ 略 ︶ ﹃ 良 い 問 ﹄ の 条 件 の第一は、それが自分自身の発した 謎だという点です。︵略︶一番大事 な の は 、 謎 を 自 分 の 心 に 銘 記 し て 、 つねになぜだろう、どうしてだろう と思い続ける。思い続けている謎を 明確化、意識化することです。その ためには、自分のなかに他者を作っ て、そのもう一人の自分に謎を突き つけて行く必要があります。﹂丸谷 才一﹃思考のレッスン﹄︵丈塞春秋 社 、

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9 ︶ の 一 節 。 マわたしは、部落解放運動のなかで 抱 い た ﹁ な ぜ 、 だ ろ う ﹂ ﹁ ど う し て だ ろう﹂という聞いをまわりの友人に ぶつけ続けたけれど、友人というの はありがたいもんですね、黙って聞 いてくれました。そのおかげで﹃同 和はこわい考﹄は生まれたというわ け で す 。 ︵ 藤 田 敬 一 ︶ ﹁ 人 間 と 差 別 ﹂ 研 究 会 の お 知 ら せ 2 月お日︵土︶午後 2 時より 中 川 ユ リ 子 さ ん ﹃ 部 落 の 幻 家 族 ﹄ に つ い て . 京 都 府 部 落 解 放 セ ン タ ー 与 、 −E 第二会議室 mO 七五1四一五|一 O 三 一 O 編集・発行者 こべる刊行会(編集責任藤田敬一) 発行所京都市上京区衣棚通上御霊前下ル上木/下町73-9 阿昨社 Tel. 075 414 8951 Fax. 075 414 8952 E-mail: [email protected] 定価300円(税込)・年間4000円郵便振替 010107 6141 第107号 2002年2月25日発行

乙て宅

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師岡佑行編

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相 、

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その意味を問

苦悩する若

ムラの青年たち。

手探りの運動から生み出された水平社創立大会以来、自ら

卑下することを厳しく戒めつつ、人間の尊厳を願求して、

激しく運動に身を投じてきた七

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その生涯に水平社運動の原点を問う

米国さんに聞く・

年譜

a − 四 六 判 ・ 二 七 O 頁・定価 ︵ 本 体 二

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七 号 二 OO 二 年二月 二 十五日発行︵毎月 一 回 二 十 五 日 発 行 ︶ 一 九九 三 年五月 二 十七日第一 一 一 種郵便物認可

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