著作と学会発表の数のみを データ として一人の研究 者が辿ってきた道のりを振り返ることにも,一条の光が 見いだされると敢えて考えた。躊躇した結果,甘んじて 批判を受け入れようと観念し,最初で最後の独善的な内 容に恥じ入りつつ,以下に短いノートの筆を進めること とする。 2 .著作数の経年変化 研究者,科学者にとって,学術研究の業績の「質」が 評価の尺度となることは論を俟たない。その一方,「量」 もまた,ある意味では形として残された別の側面を表し ていると思われる。ワードプロセッサという便利な表記 手段が未だ夢のような時代にあって,特に和文原稿の自 らの文章が活字になることは,正に一大異変の出来事で あった。学位論文の執筆に始まる英文原稿では,1960年 代に開発された電動タイプライターに専ら助けられた。 自著が初めて学会誌に掲載された1970年 (25歳) 以降の 研究業績一覧については,本号に別途記載があるのでそ ちらに譲るとし (山中,2016),ここでは著作を著書,論 1 .緒言 定年退職を機に一文を寄稿してはどうか,との有難い 言葉を学科の研究紀要編集委員から頂戴した。厚意に感 謝し執筆を引き受ける旨を返答したものの,原稿の提出 期限が近づくにつれ逡巡の念が増幅し,投稿する無謀な 企てを悩みに悩んだ。事の発端は筆者の文字どおり勝手 な思い込みにあり,依頼の趣旨が回顧録,あるいは随想 録の類を記す機会と捉えてしまったことにある。 しかしながら,学術性を是とする『研究紀要』に私的 な雑文を投稿することが許されるであろうか。編集委員 の意図にはより高邁な所懐が込められており,専門とす る水文学界の最新の論評,あるいは自身の研究の集大成 とも言える新規論文をもって本号を飾ることが期待され ているのではないか,との思いが断ち切れず,煩悶した。 今さら言うまでもなく,地球科学の諸分野の研究成果 が公になる過程では,フィールド調査で得られる観測値 と室内実験の結果に基づく分析値,およびそれらの精度 が,独自性を問う上で重要な基礎資料となる。翻って,
森 和 紀
In the present short note, a chronology of the author as a hydrologist is described by means of the number of papers and presentations at a learned body. His scientific field includes limnology, potamology and geohydrology. From 1990 onward, his academic concern has been directed toward the changes in hydrological environment in central Europe atten-dant upon political reform. The product of these investigations is consistently compiled with a course of action as a region-al hydrology. The author is much indebted to region-all for their visible and invisible support, and still wishes continuity and fur-ther development of research in the future.
Keywords: literary work, presentation, achievement, chronology, hydrology
足を濡らして半世紀:
一水文学徒の軌跡
Half a Century since Getting Feet Wet: The Trace of a Certain Hydrologist
Kazuki MORI
(Accepted November 11, 2015)
Senior Research Fellow, Institute of Natural Sciences, Nihon University, 3-25-40, Sakurajosui, Setagaya-ku, Tokyo 156-8550, Japan.
日本大学文理学部自然科学研究所上席研究員: 〒156-8550 東京都世田谷区桜上水3-25-40
文・総説等,報告・雑録に分け,著した篇数を年次別に 集計して表1 に纏めた。記録の悉皆調査ができたかと言 えば若干の疑問を拭いきれないが,合わせて表2 には, 10年単位でみた 1 年当たりの平均著作数,および年ごと の累積著作数を整理し示した。 投稿論文が受理に至るまでのレフェリー制度,peer review の重要性を無視した極めて乱暴な見方ではある 点を承知の上で,表1 と表 2 の数値に基づき,単に著作 の数のみをグラフ化したものが図1 である。恩師である 山本荘毅先生から授かった教えの一つに「論文の量は質 に転化する」との言葉があり (山本,1985),今もって重 く受け止めているが,駄文を重ねるばかりで一向に質が 伴わず,内容の不十分さばかりが目につく。84歳で逝 去された山本先生は生涯に約980篇を著されており (榧 根,1999),驚異的という他に言葉が見つからない。付 言すれば,恩師の師に当たる吉村信吉先生には,39歳 5ヶ月の若さをもって諏訪湖の氷上で殉職される20年足 らずの学究活動の間に,大作『湖沼学』,英文40篇以上 を含む350篇を超える著作があり (森・佐藤,2015),畏 敬の念を通り越した想像を絶する感情に駆られる。 改めて図1 に戻ろう。ハイエイタス (hiatus) は今や 21世紀の地球温暖化を解析する際の重要なキーワード であるが,学内外の委員会活動等に忙殺された60歳代 前半の3 年間ほどを除き,40数年の研究歴に大きな中断 や休止が挟まれなかったのは幸いであった。このこと は,職場を始めとする周囲の支えがあったからこその賜 であり,深い感謝の念が去来する。 ここで,年齢を10歳ごとに区切り,1 年当たりの平均 著作数を追ってみると,30歳代から60歳代に至るま で,ある単純な傾向が読み取れることに気づいた。一目 瞭然,齢を重ねるにつれ執筆数がしだいに減少していく ことが分かる。専門分野の違いによって,執筆数の年齢 別推移にある種の傾向が認められることは時おり話題に なるが,元より,教育・研究環境が著しく異なる個々の 研究者にとって,著作数の平均値などあり得るはずがな く,また検討する意味もないであろう。言わば,これら の数値は主体の為す極みであり,自身の境涯に照らして みれば,首都圏の職場に移る (移りたい) という人生目 標に向かい,30代と40代に精力を傾注した結果の現れ とみなすことができる。 表1 西暦年・年齢別著作数(共著を含む。空欄はゼロを示す。) 西暦年 年齢 著 書 論文・総説等 報告雑録 計 西暦年 年齢 著 書 論文・総説等 報告雑録 計 和文 英文 小計 和文 英文 小計 和文 英文 小計 和文 英文 小計 1970 25 2 2 2 1993 48 5 1 6 3 9 ’71 26 ’94 49 1 1 8 1 9 2 12 ’72 27 3 3 1 4 ’95 50 4 1 5 5 ’73 28 1 1 3 3 4 ’96 51 1 1 2 2 4 7 ’74 29 2 2 1 3 ’97 52 4 4 3 7 ’75 30 1 1 2 7 7 1 10 ’98 53 2 1 3 3 6 ’76 31 3 1 4 2 6 ’99 54 8 1 9 3 12 ’77 32 1 3 4 3 7 2000 55 1 1 3 1 4 5 ’78 33 1 1 6 2 8 1 10 ’01 56 2 2 1 3 ’79 34 5 1 6 1 7 ’02 57 1 4 5 5 ’80 35 16 4 20 2 22 ’03 58 4 2 6 6 ’81 36 1 1 6 6 3 10 ’04 59 1 1 4 4 2 7 ’82 37 2 2 2 1 3 1 6 ’05 60 4 1 5 1 6 ’83 38 1 1 2 2 4 ’06 61 2 2 2 3 5 1 8 ’84 39 3 3 6 9 ’07 62 1 1 4 1 5 6 ’85 40 3 3 6 6 1 10 ’08 63 ’86 41 1 1 2 1 3 1 5 ’09 64 1 1 1 ’87 42 4 4 4 ’10 65 1 1 ’88 43 1 1 4 4 5 ’11 66 1 1 2 2 1 3 5 ’89 44 1 1 5 5 2 8 ’12 67 2 2 1 1 1 4 ’90 45 1 1 5 5 2 8 ’13 68 1 1 2 1 3 1 5 ’91 46 1 1 5 5 3 9 ’14 69 2 1 3 3 ’92 47 7 4 11 1 12 ’15 70 1 1 2 2 2 5 総計 ― 24 4 28 165 38 203 62 293
表2 10年単位でみた 1 年当たり平均著作数と累積著作数 西暦年 年齢 平均著作数(篇 /年) 累積数 (篇) 西暦年 年齢 平均著作数 (篇/年) 累積数 (篇) 1970 25∼29 (2.6) 2 1995 50∼59 6.3 191 ’71 2 ’96 198 ’72 6 ’97 205 ’73 10 ’98 211 ’74 13 ’99 223 ’75 30∼39 9.1 23 2000 228 ’76 29 ’01 231 ’77 36 ’02 236 ’78 46 ’03 242 ’79 53 ’04 249 ’80 75 ’05 60∼69 3.9 255 ’81 85 ’06 263 ’82 91 ’07 269 ’83 95 ’08 269 ’84 104 ’09 270 ’85 40∼49 8.2 114 ’10 271 ’86 119 ’11 276 ’87 123 ’12 280 ’88 128 ’13 285 ’89 136 ’14 288 ’90 144 ’15 70 ― 293 ’91 153 ’92 165 ’93 174 ’94 186
300
250
200
150
100
50
0
30
0
0
0
970 ’75
’80
’85
’90
’95 2000 ’05
’10
‘15
(年齢)
(30)
(40)
(50) (60) (70)
1 年当たり平均著作数
図1 各年の著作数と累積値定の分野を狭く深く探究する姿勢に対し,高い学問業績 が期待されないかの節が無きにしも非ずではあるが,そ れぞれに長短があって一概には言えず,総論に立った各 論の必要性を体現できたというのが実感である。 4 .結語 行き詰った時に脳裡を蘇るのは,「成果は費やした時 間の関数である」との恩師の教えであった。自身の細や かな研究活動をとおし意識してきた点の一つに,国際的 な視野と舞台の重要性があり,もとより実力が伴わない ものの,微力ながら海外学術調査への参画,国際学会に おける委員会活動,国外での高等教育にも携わる機会に 多く恵まれ,広い見方と考え方を学びながら感性を培え たのは幸いであった。 常に学生の皆さんの若い息吹に触れることができ,若 手スタッフを始めとする多くの方々から有形無形の多大 な支えを賜った。曲がりなりにも,駆け出しの頃から何 とかここまで行き着くことができたのは,恩師のご指 導,先輩や同僚の助言,若い方々による助けがあったか らこそである。引き続き研究の継続と発展を目指し,人 を育て遺すことに少しでも微力を注ぎたいと願い,家族 への感謝と共に筆を擱く。 3 .学会発表数の経年変化 次に,学会・研究会における年次別の発表件数とその 累積値を,国内集会と国際集会に分け表3 に示した。こ れらの数値に基づきグラフ化した結果が図2 であり,年 次ごとの発表件数の推移に一定の傾向は認め難いもの の,本学への着任と機を一にする50代後半以降,国際 集会における発表件数の比率が高くなることが読み取れ る。2000年以後の回想についてはすでに簡略に述べた ので繰り返さないが (森,2015),研究発表を行うための 外国出張ファンドの裏付けが学部から毎年与えられたこ とは有難く,これら研究助成の基盤によって国際学会で の役員活動が可能となった点は間違いのない事実である。 以上述べてきた著作と学会発表の数には現れない研究 対象・テーマについて,少々補足する。水文学の一分科 としての湖沼学は,筆者が研究の嚆矢から一貫して取り 組んだ関心テーマである。加えて,当初の赴任地に近い 北勢地域の自然特性を活かし,地域と密着した地下水が 重要な課題として研究対象となった。さらに1990年以 降は,中欧の市場経済化に伴う水文環境の変貌に関心事 が移行し,ポーランドを調査で訪れた回数は10回を上 回った。ややもすると,研究領域を広げる生き方は,特 表3 年次別学会・研究会発表数(共同発表を含む。空欄はゼロを示す。) 西暦年 年齢 国内 国際 小計 累積数 西暦年 年齢 国内 国際 小計 累積数 1969 24 1 1 1 1993 48 4 2 6 82 ’70 25 1 ’94 49 3 1 4 86 ’71 26 1 ’95 50 3 3 89 ’72 27 6 6 7 ’96 51 2 2 91 ’73 28 6 6 13 ’97 52 4 1 5 96 ’74 29 3 3 16 ’98 53 4 2 6 102 ’75 30 2 1 3 19 ’99 54 2 1 3 105 ’76 31 1 1 20 2000 55 3 3 108 ’77 32 4 4 24 ’01 56 4 1 5 113 ’78 33 5 1 6 30 ’02 57 1 1 2 115 ’79 34 5 5 35 ’03 58 2 3 5 120 ’80 35 4 1 5 40 ’04 59 1 1 121 ’81 36 4 4 44 ’05 60 6 3 9 130 ’82 37 2 2 46 ’06 61 2 1 3 133 ’83 38 1 1 47 ’07 62 2 1 3 136 ’84 39 7 2 9 56 ’08 63 2 2 4 140 ’85 40 3 3 59 ’09 64 5 5 145 ’86 41 1 1 2 61 ’10 65 1 1 2 147 ’87 42 3 3 64 ’11 66 4 4 151 ’88 43 2 2 66 ’12 67 1 2 3 154 ’89 44 1 1 67 ’13 68 1 1 155 ’90 45 2 2 4 71 ’14 69 2 2 4 159 ’91 46 1 1 72 ’15 70 1 1 2 161 ’92 47 3 1 4 76 総計 ― 115 46 161 ―
謝辞 拙稿を纏める機会を与えていただいた地球システム科学科 の高橋正樹教授に厚くお礼申し上げます。本稿中の図の作成 榧根 勇(1999):山本荘毅先生を偲んで,地理学評論,Ser. A,72 (8),pp.487-488. 森 和紀(2015):地球システム科学科との15年―回想と展 望―,「日本大学文理学部応用地学科・地球システム科 学科50年史」,pp.45-46. 森 和紀・佐藤芳徳(2015):「図説 日本の湖」,朝倉書店, 参考文献 164p. 山中 勝(2016):森和紀先生の経歴と業績,日本大学文理 学部自然科学研究所研究紀要,51,pp.63-76. 山本荘毅(1985):ある水文学者のクロノロジー,立正大学 文学部論叢,81,pp.19-58. に際しては,学科の大八木英夫博士に教示を願った。日頃か らの言い尽くせぬ力添えと合わせ,ここに感謝いたします。