能性 : 大学生の物語理解の視点から
著者 是澤 優子
雑誌名 東京家政大学教員養成教育推進室年報
巻 5
号 1
ページ 3‑10
発行年 2018‑02‑28
出版者 東京家政大学教員養成教育推進室
URL http://id.nii.ac.jp/1653/00010153/
幼児の言葉を豊かにする教材としての昔話絵本の可能性 :大学生の物語理解の視点から
Possibilities of Folktale Picture Books on Language Growth in Infancy
:From the Viewpoint of Narrative Comprehension by University Students
児童学科 是澤 優子 KORESAWA Yuko
はじめに
乳幼児は、まず音として言葉に出合い、身近な人の発する声(言葉)を聞きながら言葉を習得していく。
平成29年に告示された新しい幼稚園教育要領には、領域「言葉」のねらいに、「日常生活に必要な言葉が 分かるようになるとともに、絵本や物語などに親しみ、言葉に対する感覚を豊かにし、先生や友達と心を 通わせる。」ことが示された。さらに、内容の取扱いには、「幼児が生活の中で、言葉の響きやリズム、新 しい言葉や表現などに触れ、これらを使う楽しさを味わえるようにすること。その際、絵本や物語に親し んだり、言葉遊びなどをしたりすることを通して、言葉が豊かになるようにすること。」という項目が新 たに加えられた1)。これは、絵本や物語、言葉遊びなどが幼児の言葉を豊かにするものであり、幼児の言 語獲得や言葉の感覚の育むために、児童文化財や文化的環境が重要であることを明示しているといえよ う。
子どもたちは、身近な大人を通して絵本や物語、言葉遊びなどの児童文化財に出合う。保育者は乳幼児 に文化を手渡す役割があり、保育者がどのような価値観で絵本や物語を選ぶかで、幼児が出合う絵本や物 語にも違いが出てくる。その意味で、保育者自身がそのような文化財に関する知識と深い理解を持ってい るか、言葉に対する感覚をとらえる身体性を備えているか否かが問われているのである。
幼児と昔話絵本に関する先行研究の中で、薮中征代(2012)は、視覚的情報(絵)の違いが幼児の物語 理解と作話に及ぼす影響を調査した結果、写実的で詳細な絵の方が、線や形中心の抽象的な絵に比べて5 才児の発話と想像力を促すことを報告している2)。また、昔話の絵本化に関して小山祥子(2015)は、保 育現場で昔話を語る際に絵本使用が増えていることから、同タイトルの昔話絵本の再話と描画を比較検討 し、昔話絵本が子どもに対して視覚的伝承効果があることを明らかにしたうえで、昔話絵本の必要性と絵 本の選択者としての保育者の役割の重要性に言及している3)。
本研究は、幼児が親しむ物語として、また、「言葉に対する感覚を豊かに」する物語教材として昔話の 現代的価値を明らかにすることを目指している。口承文芸と称される昔話は、聞いて楽しむ物語の代表で ある。しかし、現在では伝承媒体の変化にともない絵本や紙芝居、映像を通して知ることが増えている。
そこには、耳から聞いて想像する体験とは異なる、見ながら聞くことで強く印象付けられる物語理解が生 じている。定評のある昔話絵本を大学生に紹介しても、「色が暗い」「絵がこわい」などと言われることも ある。長年読み継がれてきたという実績だけでは、学生自身が幼児に読みたい物語にはなり得ないようで ある。
そこで本稿では、まず昔話絵本に対する大学生の着眼点を探り、幼児に伝える物語として大学生が昔話 に感じる疑問を明らかにすることで、幼児の言葉を豊かにする教材としての昔話絵本の可能性を探る一助 としたい。
1.絵本『三びきのやぎのがらがらどん』の受容
(1)「三びきのやぎ」について
今回対象とした絵本はノルウェーの昔話『三びきのやぎのがらがらどん』(“THE THREE BILLY GOATS GRUFF”、1957 年)である。昔話「三匹のやぎ」の話は、P.C. アスビョルンセン(1812-85)と ヨルゲン・モー(1813-82)がグリムの昔話集に刺激され、農民たちから聞き集めた話をまとめた『ノル ウェー民話集』に収められている。「口伝えの面白さをよく生かし」伝承に忠実な民話集は、世界的な仕 事として評価されている4)。『ガイドブック世界の民話』には、「青くておいしそうな草を食べに出かける 三匹のやぎと、その途中の関門でやぎたちを待ちうける敵との知恵や力による戦いの話」は「北欧を中心 に語られたようで、それ以外の地域では数えるほどの類話しか記録されていない」と紹介されている5)。 マーシャ・ブラウン(Marcia Broun,1918-2015)の絵による『三びきのやぎのがらがらどん』は、日 本では1965年に瀬田貞二(1916-1979)の翻訳で福音館書店から出版された。2017年の時点で累計発行部 数が262万部の「ミリオンぶっく」である6)。翻訳者である瀬田は、『三びきのやぎのがらがらどん』は「ノ ルウェーの土地と人情をまざまざとあらわしている珠玉編7)」と言い、この話の簡潔で無駄のない物語の 運び(発端・発展・クライマックス・結末)と描写を、高く評価している。
(2)調査方法
筆者が学生に『三びきのやぎのがらがらどん』を読み聞かせた後、以下の質問項目について用紙に記入 して提出を求めた。調査日は 2017 年 12 月 12 日、対象は保育者養成課程に在籍する大学1年生(女子)
119名である。
【質問項目】
1.この絵本の印象について
(1)子どものころ(読んだ記憶のある人のみ答えてください)
(2)今読んでどのような印象を持ったか 2.あなたはこの絵本を幼児に読みたいですか
(1)読みたい(〇)・読みたくない(×)・どちらともいえない(△)、の中から選んでください (2)理由
回答者119名のうち、質問1-(1)に該当する人数は63名。質問2-(1)の回答は、表1のとおり である。
「読みたい」と答えた割合は、子どものころにこの絵本を読んだ学生のうちの33.3%、読んだ記憶のな い学生では 26.7%であった。また、「どちらともいえない」という回答が全体の半数以上を占めている。
したがって、約7割の学生は幼児にこの絵本を読みたいと言い切れない気持ちを抱いている。学生たち は、この物語絵本のどこに引っ掛かりを感じているのだろうか。
表1.『三びきのやぎのがらがらどん』を幼児に読みたいか
子どものころの読書体験 読みたい(=A群) 読みたくない(=B群) どちらともいえない 読んだことがある(63人) 21(33.3%) 11(17.4%) 31(49.2%)
読んだ記憶がない(56人) 15(26.7%) 8(14.2%) 33(58.9%)
2.幼児に読みたい絵本か
本稿では、『三びきのやぎのがらがらどん』(以下、『がらがらどん』)を幼児に「読みたい」か「読みた
握を主眼にするため、数量的分析は控え、記述内容から検討をすすめていく。
まずは、質問2-(2)について、「読みたい(36名)」(以下、A群)と「読みたくない(19名)」(以下、
B群)の記述内容を分析する。記述された文章には、絵本について、トロルとヤギについて、子どもへの 影響に関する記述などが混在しているため、記述内容の類型化を試みた。その結果が表2である。
表2.記述内容の類型化
類型 記述内容 読みたい回答(A群=36)
の中の記述数 読みたくない回答(B群=19)
の中の記述数
絵本の感想 絵に対する記述 4 6
言葉に関する記述 3 8
内容に対する記述 12 9
登場人物 やぎたちについて 4 3
トロルについて 4 5
幼児への影響 幼児に与える影響 9 7
自分の体験 子どものころの記憶 9 1
絵本体験 幅広い絵本体験の大切さ 14 0
(1)読みたい学生の着眼点
①絵・言葉・内容の印象
A群の学生たちは、絵や言葉、内容について、以下のような意見を持っていた。絵については、「独特 で面白い」「迫力があり、トロルの顔は特に怖さがあるが、絵を見るだけでも内容が伝わってくる」。また、
「擬音が面白い」「擬音などが使われているので子どもがひきつけられる」といった、耳に響く言葉の面白 さを指摘している。内容については、「トロルは恐ろしいけれど話は面白いし、スリルが味わえる」「続き が気になってワクワクする」「食べられてしまうか、ドキドキしながら楽しめる」「展開が面白い」という ように、「面白さ」を感じている。
内容に対して、「三びきのやぎか協力していてよい話」「自己犠牲の話」「知恵と力で乗り切る」「勇気が もらえる」「本当に困ったとき、みんなと協力することも大切」「三びきがトロルに立ち向かって勝つとこ ろが好き」というように、肯定的に理解している。
②登場人物について
やぎたちについては、「一番大きいやぎが勇敢でかっこいい」という大きいやぎへの憧れ、「1番目と2 番目のやぎがずるいと思ったが、最後まで読んで作戦だったのかと思った」いうように、書かれた(描か れた)ことから想像を広げた解釈があり、これは前項①と同様に〈知恵と力・勇気・協力〉を物語から読 み取っていることがわかる。トロルに関する4件の記述には、「怖い」という指摘が3件あり、その中に は「トロルは恐ろしいけれど話は面白いし、スリルを味わえる」という受け止めもあった。残りの1件は
「かわいそう」であった。
③幼児への影響
A 群の学生は、この物語を幼児に読むことに積極的な意味を見出している。「弱者を助けてあげるス トーリーを見て何かを学び取ってほしい」「怖いトロルをやぎが乗り越えるストーリーから学び取るもの があると思う」「仲間と協力する利点を学べる話」「正義感を子どもたちに伝えられる作品」「困ったら大 人に頼ってよいと思わせることができる」というように、「怖さを乗り越える」「協力」「正義感」「信頼」
を学べる話だという。
また、トロルの怖さに関して、「トロルがこっぱみじんになることで、トロルを怖がる子どもに安心感
を与えている」「少しグロテスクな描写もよい刺激になると思う」「トロルを八つ裂きにしてしまう場面は 子どもからしたら少し残酷かもしれないと思ったが、生きていくうえで力に強いものが弱いものを守って いくということを学んでもらえると考えた」というように、子どもに怖い存在があるということを知らせ ることは悪いことではないという考え方である。「表現に怖いところがあるので少し大きくなってから読 むのがいい」という指摘も2件あった。
④自分の体験
A群には、自分の絵本体験を「読みたい理由」に挙げる記述が9件あった。「自分が小さいころよく読 んでもらって思い出がたくさんある」「自分も子どもの時に読んでもらっていたから」「自分が子どものこ ろ好きな本だから(トロルがとても怖くて、がらがらどんがヒーローみたいな印象だった)」「トロルが怖 かったけれど、大きいやぎがたくましくてあこがれていた」「ちょきん、ぱちん、すとんがすきだった」「一 番大きなやぎに頼れば何でもやってくれるという安心感があった」「読む人の声や調子が変わるので楽し かった」「自分が小さいころ親しんだ本だから(トロルがとても恐ろしい、3びきとも橋を渡れてよかっ たという気持ちになった)」「小さいころ自分もこの絵本が好きだったから」というように、読書体験の思 い出から対象の絵本の好ましさと読んでもらう面白さを述べている。
⑤子どもの絵本体験として
幼児がいろいろな絵本に出合える大切さを理由に挙げて、この絵本を支持する記述が見受けられる。例 えば、「幼児にも絵の面白さ楽しさを伝えられそう」「ユーモアのある表現や迫りくるように感じるストー リーが、子どもたちを絵本の世界に引き込んでくれる」「わくわくする物語なので冒険の気持ちで子ども たちに読んでほしい」「有名な本に触れさせてあげたい」「戦いなども見せていいと思った」「残酷だと私 は感じたが、幼児がそうとらえるとは限らず、絵本として受け継がれているので大丈夫だと思った」「い ろいろな絵本を知ったほうがいい」「パソコンで描かれたような絵本が多く出版されている中で、手書き のような絵本を見てほしい」というような内容である。
また、「読み方によって、とっても面白くなる絵本だと感じた」「声や表情(ヤギたちのセリフや音を立 てる橋など)にも気持ちを込めやすい作品で、子どもたちの感情に訴えることができる」「声の高さ大き さを変えることで、登場人物の違いがはっきりわかり、幼児はその声を聞くだけで、だれが話しているか 理解しやすい。トロルを少し怖い声にすると楽しんで聞けると思った。」「声の調子をここまで変えて読む 本があまりないので、読んであげたい。」「絵本ではどのようなときに読むかで印象や解釈が変わってくる ので、幼児でも多くの絵本に出合わせたい」「子どもたちがこのお話をどうとらえるのかが気になるので 読みたい」というように、読み方で印象の変わるこの話の特徴を理解し、幼児はこの話をどう受け止める かという関心が、『がらがらどん』を幼児に読みたい気持ちにつながっているようである。
⑥A群の結果
以上のような記述内容から、A群の学生の多くがこの絵本を「面白い」と評し、「知恵と力・勇気・協力」
の話であると理解していることがわかった。怖い存在を知り、それを乗り越える物語を肯定的にとらえて いる。さらに、『がらがらどん』を支持する理由に、絵本の読み方と読んでもらうことでわかる面白さを 含めて判断している。
(2)読みたくない学生の着眼点
①絵・言葉・内容の印象
B群の記述からは、「絵が怖い」「色づかいが怖い」「表現が怖い」「言葉遣いが悪い(「きえうせろ」など)」
「目を突き刺す表現が怖い」「殺され方が怖かった」などのように、絵や内容の「怖さ」と乱暴な言葉に対 する抵抗感が読み取れる。内容については、「最後がよく分からない」「何を伝えたいのかはっきりしない」
②登場人物について
狡猾なやぎとかわいそうなトロル、という印象を持っていることが記述内容から伺える。トロルは怖い 存在ではあるが、「脅しただけで手を出していない(実際には何もしていない)のに、こっぱみじんにさ れてかわいそう」という見方をしている。やぎたちに対しては、「自分を守るために他のやぎを売る小・
中のやぎがひどい」「他のやぎを犠牲にしている」「後から大きいやぎが来る、と仲間を裏切っている感じ がする」というように、「仲間を売って自分が助かろうとする」やぎの行為に否定的であるとともに、ト ロルを倒した大きいやぎについて、「トロルをこっぱみじんにしなくてもいいと思う」「トロルをギタギタ にするところが納得できない」という。
③幼児への影響
絵の怖さや乱暴な言葉遣いが、幼児によい影響を与えないと感じている。記述内容には、「表現がグロ テスクで子どもに読むには刺激的」「言葉遣いなど子どもにあまりいい影響を及ぼさない(幼児が真似し てしまいそう)」「この本からは、恐怖だけが伝わってしまうような気がする」「絵が結構残酷でよい影響 を与えない気がする」「表現がグロテスクで、子どもに良い影響を与えると思えない」「倒す部分の絵や言 葉が少し乱暴で子どもにあまりいい印象を与えないし、子どもがそのような言葉を使いだしてしまいそ う」「自分のために他の人を売る行為がよくないし、残酷な表現が子どもに恐怖を与えそう」「こういう行 為があることを幼児が知って真似しないようにしてほしい」という意見が書かれている。「何が正義か分 からない」と記述した学生も居り、正義か否かを単純に分けられないこの昔話に対する戸惑いが伺える。
④自分の体験
B群19名のうち11名が、幼少期に『がらがらどん』に出合っている。しかし、自分の体験を読みたく ない理由に挙げた学生は1名である(「自分が読んでもらうのが怖かったから」)。他の10名は、絵の怖さ、
トロルの怖さ、残酷な表現、言葉が乱暴、仲間に依存するやぎたちの行いを理由に挙げている。興味深い のは、「見たことがあるが内容は忘れた」「読んではいたが覚えていない」という記述である。『がらがら どん』の絵と文章はくり返し見る(読んでもらう)機会があれば、印象に残りやすい絵本だと思われる。
なぜ忘れたのか、覚えていないのか。そのことは、子どもが絵本にどのように出合い誰と共に読みあった かなどの絵本体験と関連しているのではないだろうか。
⑤B群の結果
以上のような記述内容から、この絵本を幼児に読みたくない理由は、「怖い絵」「乱暴な言葉」「残酷で グロテスクな表現」「自分が助かるために仲間を売るやぎの態度」に疑問を感じているためであることが 明らかになった。
3. 物語理解の相違点
以上の分析結果の要点を表3に示した。A群の学生がトロルに恐ろしさを感じながらも全体としてこの 絵本と物語の「面白さ」を述べているのに対して、B群では絵や言葉、内容に「怖さ」「残酷さ」を感じ ている。
特に違いが見られるのは、主人公である小さいやぎと中くらいのやぎの行動についての読み取り方であ る。A群では、三匹のやぎの「知恵」「勇気」「協力」に着目し、3匹が知恵を働かせて協力し合いながら トロルに立ち向かったと解釈している。しかし、B群にはこのような解釈はなく、「他のやぎを犠牲にする」
「仲間を裏切る」という、自分だけ助かろうとする身勝手なやぎたちと捉えている。
幼児への影響について、A群の学生が「怖さを乗り越える」「協力」「正義感」「信頼」を学べる話と評 価しているのに対して、B群の学生は「残酷」「グロテスク」「乱暴な言葉」「他のやぎを売る行為」が幼 児によくない影響を与えると言う。この背景には、物語理解の違いがある。小さいやぎと中くらいのやぎ の言動をどう解釈したかが、この話を幼児に読みたいか否かを分けている。
AB群とも、トロルが怖い存在であることは共通している。そのトロルを大きいやぎが倒すことについ て、B群では何も手出しをしていないトロルが「こっぱみじん」に倒されることをかわいそうとする意見 がみられるが、A群にはこのような記述がない。したがって、B群では大きいやぎの仕打ちに疑問が投げ かけられ、A群では仲間と協力して怖いトロルを倒した勇気ある大きいやぎへの憧れが語られている。
やぎたちとトロルを、「正義」と「悪」に置き換えて物語を理解するか、「正義」と「悪」という関係で はなく、厳しい自然を生き抜く両者の命をかけた姿と捉えるかが、結末の印象を左右しているのではない だろうか。
表3.記述内容の比較
類型 記述内容 A群(読みたい回答) B群(読みたくない回答)
絵本の感想
絵に対する記述 独特で迫力のある絵 怖い絵 言葉に関する記述 擬音の面白さ 乱暴な言葉
内容に対する記述 面白い展開 残酷でグロテスクな表現 登場人物 やぎたちについて 大きいやぎへの憧れ 狡猾なやぎ
トロルについて 怖い かわいそうなトロル
幼児への影響 幼児に与える影響
怖さを乗り越える、知恵、協 力、正義感、信頼を学べる 怖い存在を知ることや怖さを 乗り越えることは大切
絵の怖さや乱暴な言葉遣い、
自分のために他者を売る行為 や残酷な描写などが、よい影 響を与えない
自分の体験 子どものころの記憶 怖さと面白さ 怖さ
絵本体験 幅広い絵本体験の大切さ 幅広い絵本との出合いが大切 (該当記述なし)
4.『三びきのやぎのがらがらどん』に関する保育者などの評価
ミリオンセラーかつロングセラセラーの『がらがらどん』は、どのような点が評価されているのだろう か。『ガイドブック世界の民話』(1988)には、「ストーリーは単純ですが、登場する三匹のやぎがしだい に大きくなり、それにともない迫力を増しながら山場に向かう三度の繰り返しがあり、しかも弱者が強者 を知恵や技で打ち負かす、そんなところにこの話の魅力があるようです」8)と書かれている。昔話の骨格、
弱者であるやぎが「知恵と技」で強者のトロルに勝つところが、子どもをひきつけると言う。
2013年4月号「母の友」の特集「絵本生活入門」では、『がらがらどん』は子どもたちが大好きな絵本 と紹介されている。そして、「子どもたちをとらえる最大の理由は、“トロルが本当に怖い”」ことで、「そ の怖さは大人が想像する以上で、一度読んでもらったあと、表紙を見ただけで泣き出してしまう子がいる ほど」だが、それは「主人公のヤギたちに心を重ねた子どもたちにとってトロルが怖いのは、主人公自体 を呑み込まんとするから」であるという。だからこそ、トロルを一瞬にして倒す「一番大きく力強いがら がらどんは、子どもにとってあこがれであり、そこに自分の未来の姿を見る」のだと説明している9)。 それでは、保育経験者であり絵本への造詣も深い専門家は、この絵本をどうみているのだろう。保育士 の経験を持つ絵本作家の長谷川節子は、『絵本が目をさますとき』(2010)で、『がらがらどん』の絵本を「弱 肉強食の世界をいかに生きるか、ただそれだけがテーマ」10)と言う。そして、「怖い絵本」「強さへの憧れ」
という視点でエピソードを交えながら講評している。保育園でこの絵本を読んだときに、普段落ち着きが なく走り回っている3歳の男児(Hくん)が、足を止めて最後まで絵本に見入っている「奇跡のような事 実」について、「Hくんをとらえた力も、この本にみなぎる野生の命のエネルギー」ではないかと分析し ている。また、2歳を過ぎた自身の長男にこの絵本を読んだらひどくおびえて泣き出し、表紙を見ただけ で恐怖の表情を浮かべるので、見えないところに絵本を隠したが、その半年後には「目を皿のようにして
する耐性ができたのか、子どもの成長の不思議さを思わないではいられません」と記している11)。絵本(物 語)といつどのように出合い受容するかは、年齢や生活体験と関連しているのである。
中村柾子は、『がらがらどん』を「子どもたちへの応援歌」と表現している。保育者として幼児と絵本 を読み合う生活のなかで、この本は2歳児にとって「やぎが橋をゆらす音に、身をおどらすほどこの本が 好きなのですが、橋の下に住む気味の悪いトロルの形相には、やはりびくっとする」こと。怖いトロルに 怯え、この本を開きたがらないTちゃんが、同じ2歳児のM君がトロルの絵をたたいているのを見て真 似をするようになり、「びくびくせずに本を楽しむように」なったことを報告している。トロルが怖く描 かれているからこそ、子どもは本を隠そうとするのであり、「子どもがこわいものや、おそろしいものに出 会い、それに打ち勝っていくことは、成長上とても大事なこと」と言う。だからこそこの絵本は、怖いこと があってもきっと切り開いていけることを示した「子どもたちへの応援歌」になるのだと説いている12)。 また、『幼稚園教育要領ハンドブック 2017年告示版』(2017)には、「絵本や物語に親しみ、言葉の豊か さを味わう〔内容の取り扱い(3)(4)などに対応〕」例として、「3びきのやぎ」ごっこ(3~4歳児)
が示されている。「保育者に絵本やお話を読んでもらって、物語の世界をたっぷり楽しむと、子供たちは 登場人物になって遊びたくなります13)」と解説されているように、『がらがらどん』は幼児保育の現場で、
子どもが想像力を発揮して遊べる代表的な物語である。
怖さを知り、強さへの憧れを抱く。恐ろしいトロルを恐ろしいままに、且つ、「知恵と技」で怖さに打 ち勝つやぎたちの姿を丁寧に表現しているからこそ、子どもが怖さを乗り越えて『がらがらどん』の物語 世界にひき込まれるのである。
おわりに
本稿では、幼児の言葉を豊かにする教材としての昔話絵本の可能性を探るために、絵本『三びきのやぎ のがらがらどん』に対する大学生の着眼点を分析し、幼児に伝える物語としての評価を考察した。ある絵 本を見て(読んで)どう感じるか。それは一人ひとり違って当然であり、大学生たちの物語理解は一様で はなかった。同じ昔話絵本を読んでも、それぞれが自分の感想を持つ。多様な感じ方ができることが、こ のような物語を体験する面白さである。
幼児にこの絵本を読みたい大学生(A群)と読みたくない大学生(B群)の記述からそれぞれの理由を 分析した結果、この絵本についてA群では怖さ以上に「面白さ」を感じており、「怖さを乗り越える」「協 力」「正義感」「信頼」が学べる話と評価していた。B群では「怖さ」「残酷さ」を感じており、「残酷」「グ ロテスク」「乱暴な言葉」「他のやぎを売る行為」が幼児によくない影響を与えると考えていた。
このような物語理解の違いを生むポイントは、やぎたちの言動に対する解釈であった。A群では、三匹 が知恵を働かせて協力し合いながらトロルに立ち向かったと解釈し、三匹のやぎの「知恵」「勇気」「協力」
に着目している。B群は、「他のやぎを犠牲にする」「仲間を裏切る」狡猾なやぎたちと捉えていた。
以上のことから、大学生が『がらがらどん』を幼児に読みたいか否かを分けているポイントは、主人公 であるやぎたちを肯定的に見るか否定的に捉えるかの違いによることが明らかになった。
昔話を語れる大人が少ない現在、子どもは昔話絵本を通して昔話に出合うことが多い。昔話絵本は、絵 によって状況が具体的にわかることや絵を手掛かりに想像をふくらませる利点と、自分の想像を超えた描 写に抵抗感を感じる場合があることがわかった。
保育者養成課程の学生は、保育者に比べて日常的に幼児と絵本を読み合うことが難しい。それだけに、
自分の好みで絵本の評価を下しがちである。幼児にむけて安心して読めるのは、かわいい絵、乱暴な言葉 や残酷な描写のない絵本などと言う学生たちの声も聞く。新幼稚園教育要領の領域「言葉」の内容(9)
にあるように、幼児が「絵本や物語に親しみ、興味を持って聞き、想像する楽しさを味わう」14)ためには、
保育者が絵本や物語に造詣が深いことが必須である。そのためには保育者養成課程で、大学生が様々な絵
本や物語に出合い、共に読み合い、意見を交換する。さらに、先行事例を検討し、子どもに読む経験をで きるだけ積むなど、実感を伴った絵本や物語理解の体験が必要である。
『三びきのやぎのがらがらどん』について疑問視されていた残酷な描写や乱暴な言葉、登場人物像など について、本稿では昔話の本質と照らし合わせた論及ができなかった。これは今後の課題としたい。
注
1)文部科学省(2017)「幼稚園教育要領」
http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro.../05/.../1384661_3_2.pdf (閲覧日2018年1月16日)
2)薮中征代(2012)「昔話絵本の絵が幼児の理解および作話に及ぼす影響」聖徳大学研究紀要 第23号・聖徳大学短期大学部代45号、pp.1-8
3)小山祥子(2015)「昔話絵本の再話と描画に関する比較研究-「かちかちやま」の場合-
駒沢女子短期大学研究紀要第48号、pp.9-18
4)瀬田貞二(1985)『絵本論-瀬田貞二子どもの本評論集』福音館書店、p.173 5)日本民話の会編(1988)『ガイドブック世界の民話』講談社、pp.39-40 6)トーハン発行「ミリオンぶっく2017」2017年
ミリオンブックとは「累計で 100 万分以上発行された絵本」のこと。同社発行の「ミリオンぶっく 2015年版」では、『三びきのやぎのがらがらどん』は252万部の累計発行部数。また、2016年には福 音館書店から同書の大型絵本が発行されている。
7)前掲書4)に同じ、p.174 8)前掲書5)に同じ、p.40
9)「絵本生活入門」(2013)〔「母の友」2013年4月号所収〕、福音館書店、p.22 10)長谷川節子(2010)『絵本が目をさますとき』福音館書店、p.77
11)同上書、p.74
12)中村柾子(1997)『絵本はともだち』福音館書店、pp.84-90
13)無藤隆監修(2017)『幼稚園教育要領ハンドブック 2017年告示版』学研、p.133 14)前掲HP1)に同じ
参考文献
・赤津純子(2008)「昔話を子どもに伝えることの教育的意義」埼玉学園大学紀要・人間学部篇 pp.151-161
・小澤俊夫(2009)『改訂昔話とは何か』小澤昔ばなし研究所
・稲田浩二編集代表(2004)『世界昔話ハンドブック』三省堂
・稲田浩二他編(1977)『日本昔話事典』弘文堂
・アスビョルンセン編、佐藤俊彦訳(2005)『太陽の東月の西』岩波書店