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大 林 弘 道

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(1)

1. 論 題

本稿は, 中小企業研究における調査とそれに基づく分析 (以下, 調査とそれに基づく分析と を両者一体のものとして考え, 調査・分析と略称) について, 基礎的諸問題に立ち戻って論じ たものである。 中小企業研究における調査それ自体の重要性あるいは調査に基づく分析の必要 性の主張については, 当然すぎる課題であって, その技術的・実務的諸問題を除いては, 改め て取上げて論議する余地のない問題であると見なされるかもしれない。 しかし, 筆者は, 行論 のうちに明らかにするように, 中小企業研究の今日的時点に立つならば, 調査・分析の基礎的 諸問題について再検討・再評価することが要請されていると考える。

それゆえ, 以下では, まず最初に, 中小企業研究の今日的意義を述べ, それを踏まえて, そ の調査・分析の現状を考察し, そこでの問題を提示する。 その上で, その問題の解決に接近す るための, 現在切り拓かれつつある研究環境の進展を確認するとともに, その研究環境の下で の期待される調査・分析の新たな地平を提示し, 最後に, その地平における中小企業研究を展 望することにしたい。 それゆえ, 考察の範囲が拡大し, 検討項目も多岐に亘り, それぞれに対 する考察は, 問題の所在を指摘するに留まらざるを得ない。 そのため, 本稿は本格的な研究方

1. 論 題

2. 中小企業研究の今日的意義と調査・分析の課題 ( ) 中小企業研究の今日的意義

( ) 中小企業研究の調査・分析の現状と問題 ( ) 中小企業研究環境の変化・進展

3. 中小企業研究における調査・分析の3つの論点 ( ) 調査論

( ) 統計調査論 ( ) 数量的分析論

4. 中小企業研究の新たな地平 ( ) 理論的研究と実証的研究の一体化 ( ) 理論的研究の重要性

( ) 実証的研究の推進 5. 展 望

大 林 弘 道

(2)

法論およびその方法論による理論的・実証的考察の準備稿としての性格を免れない。 読者の寛 容を乞う次第である。

2. 中小企業研究の今日的意義と調査・分析の課題

(1) 中小企業研究の今日的意義

現代資本主義経済, とりわけ日本経済を含む先進国経済における中小企業の位置の高まりと 役割の広がり1)から, 今日の中小企業研究は新たな段階に移行することが要請されている。 そ のように考える根拠について次のように述べることができる。 現代資本主義経済, すなわち, 第2次世界大戦後の先進国経済, ほぼ 世紀後半のそれの基本的特徴は, 大企業が主導する経 済であったということである。 そのような特徴は, 戦後の復興期においても, その後の成長経 済期においても, そうであった。 さらに, 年代における現代資本主義の 「変質」2)以降に おいても大企業が大金融機関と従来にも増して一体となって主導性を発揮してきた。 しかしな がら, 年代以降, すなわち, 世界の政治・経済体制における冷戦構造終結後における先進 国経済は, 大企業が本格的にグローバル経営に乗り出すことによって, それぞれの国民経済に おいて 「産業空洞化」3)が顕著に進行した。 そして, その過程を通じて, 大企業は, 多国籍企 業としての性格をさらに強め, それと同時に, 先進国経済に対して新興国をはじめ後続する発 展的諸国経済による追随が現実化するとともに, 大企業は各先進諸国における国民生活を維持 する能力を欠き始め, それぞれの国民経済における主導性の基盤を動揺させてきている。 だが, そうであるにもかかわらず, 先進各国の大企業は当該各国の政権への影響力と政策の実施強制 力をなお維持し, 各国政府もそのような影響と強制を受容し, かつ推進している。

このような先進国経済は, 各国それぞれの状況において改めて国民経済の再生と国民生活の 1) 現代資本主義経済における中小企業の位置と役割については, 大林弘道 [ ] を参照されたい。

2) 年代における現代資本主義の 「変質」 について, 今日においては, 正確には 年の 世界的 金融危機 以後においては, その内容の細部の相違を伴うが, 学派・立場を超えて共通認識になって きているように思われる。 本稿では, その 「変質」 について, 最も早い時期に, 最も厳格に規定した 井村喜代子 ( ) 以降の一連の著書の定義に依拠している。 すなわち, 「「金・ドル交換」 停止・

「初期 体制」 の変動相場制への移行と, 新自由主義政策の台頭」 (井村喜代子 ( ), ) に よる戦後資本主義=現代資本主義の 「変質」, すなわち, 「実体経済から独立した投機的金融活動」

(井村喜代子 ( ), ) の恒常化, 「世界的金融危機を惹起する諸連鎖」 (井村喜代子 ( ), ) の構築, 「実体経済の歪み」 (井村喜代子 ( ), ) の出現である。 ただし, 筆者は, 本論においてこの 「変質」 の過程における中小企業の役割の増大を付加している。

3) 「産業空洞化」 を, 専ら製造業の衰退, 産業構造の 「サービス産業化」 として捉え, また, それを 強調し, そのことをもって産業構造の転換と理解することは, 表面的・一面的である。 確かに, それ らは現象的に容易に把握できることではあるが, 各国国民経済の資本・企業の規模別編成においては, 製造業大企業の大多数が 「多国籍企業」 となって, 「グローバル経営」 に邁進することになったこと が, 「産業空洞化」 の本質である。

(3)

再建という課題に共通して直面する事態に至っている。 そのような事態において, 従来通りの 大企業の主導性を前提とした政策の展開では, それらの課題に対応することができず, 政策的 限界を露呈してきている。 それゆえ, 資本主義経済の漸進的改革4)の可能性とその前進を前提 とする限り, 大企業の主導性に代わって, 現代資本主義経済において新たな位置と役割を担い つつある中小企業の主導性が期待されてくるのである。

以上のような認識を踏まえるならば, 今日の中小企業研究は新たな段階に移行することを要 請されており, また移行することが必要とされていると考える。 とりわけ, 日本経済には深刻・・

な現実的・政策的課題が存在しており5), 日本における中小企業研究の従来の水準を超える固

・・・・・・・・・・・・・・・・・

有の重要性も強調されなければならない。 それゆえに, 本稿では, 以上のような中小企業研究 の今日的重要性を念頭に改めて調査・分析について考察するのである。

(2) 中小企業研究の調査・分析の現状と問題

自然科学の研究において, 何らかの 実験 が分析の前提であるように, 社会科学において は, 何らかの 調査 が分析の前提である。 社会科学における経済学・経営学・社会学・法学 等においても, そして, それらの混合的な一分野と考えられる中小企業研究についても変わる ところがない。 しかしながら, 中小企業研究においては, 調査の必要性を一般的に指摘するだ けでは済まされない事情がある。 確かに中小企業研究の実際において, 過去も現在も, 調査が とりわけ強調されてきたことは周知のことである。 中小企業研究における調査の基本的な意義 については, 以下の2点を指摘しておくことが必要であると考える。

まず第1点は, 従来中小企業研究には帰納的な方法が重視されるべきであるということが研 究者の共通感覚となっていたことである。 中小企業研究においても, 上記の社会科学の諸学に ついて通常理解されているとおり, 研究分野について理論的分野・歴史的分野・政策的分野等 を想定できる。 しかしながら, 中小企業研究史6)を一瞥することを厭わなければ容易に認識で きるように, 各国における歴史的事情, 正確には当該国における資本主義の発展の過程の相違 に関わる中小企業問題に対する解明の要請から, 各国ごとの個別的な中小企業の状況の多様性

4) 現代資本主義, とりわけ 年の 「世界的金融危機」 以降においては, 資本主義経済の将来につい て 「終焉」 論的議論が目立ってきている。 また, 逆に, そうした議論に顧慮も, 言及もせず, むしろ 資本主義の将来などという問題を問わない場合が依然として少なくない。 筆者は, 研究の視座として

「終焉」 論的議論を生み出す背景としての現代資本主義の現実を考察しながらも, 中小企業研究が伝 統的に堅持してきたというべき 「漸進的改革」 の可能性という視点を採用することが必要かつ重要と 考えている。

5) 現時点での日本経済の政策課題の核心は, 第2次安倍政権以降の経済政策, 「アベノミクス」 の

「恩恵」 が 「地方経済」, 中小企業・小規模企業に及ばないという点に存在していることである。 「ア ベノミクス」 と中小企業との関係については, 差し当たり, 大林弘道 ( ) を参照されたい。

6) たとえば, 尾城太郎丸 ( ) を参照されたい。

(4)

を考察することが重視されてきた。 それゆえ, 考察の結果が直ちに経済学等の基礎理論・一般 理論に集約され難い性格を持っており, 研究の成果も各国における中小企業の実態を反映する 多様性の摘出・提示が期待されてきたわけである。 したがって, 研究も各国ごとの多様性の究 明につながる新たな事実の発見ということに重点が置かれ, その意味で調査が重視されてきた のである。 そして, そうした調査の積み重ねの中から, より一般的な論理の発見という帰納的 な方法が採用され, その意味で研究における創造性7)が尊重されてきたと言える。

第2点は, 中小企業研究においては政策的研究という側面が強かったということである。 上 記の各国の中小企業問題に対する解明の要請ということも, 実際には各国政府の政策上の必要 からする要請という側面が強く, それに従った調査が, 過去から今日に至るまで主流を形成し てきたということである。 とはいえ, 日本においては, そのような政策から要請される調査自 体は, 戦前・戦後を通じて, 農業・農村研究等と比較してはるかに少なかった8)のである。 そ れゆえに, 中小企業における何らかの問題を解明しようとする研究にはまずは調査ということ が他の社会科学分野と比較して必要であった。 その上, そのような調査は, 多くの場合, 特定 地域や特定業種を限定していても, 多額の費用が掛かり, 個別中小企業研究者にとっては調達 できない金額であった。 それゆえ, 多くの研究者は政府・自治体や民間の調査機関の調査への 協力・参加を通じて知見を得て, 調査結果の公表後に研究者の問題意識に応じてそれを利活用 することが研究の中心的な行程となってきたのである。 したがって, そのような調査への参加 の機会の獲得可能性が研究成果の確保, 研究の質的水準を左右することとなった。

以上の中小企業研究における調査の重視という姿勢は, 一面では, 研究の実証性を担保する ものとして高く評価されるべきことであるが, 他面では, 調査そのもの, およびそれに基づく 分析に研究上の諸問題を生み, 課題を提起することになっているのである。

問題の第1点は, 戦後の高度成長期以降, 年代後半の 「二重構造論」9)の普及, また, 7) 研究方法論としての帰納的方法の創造性の意義については, 高木貞治 ( ) における次のような

見解が知られている。 すなわち, 「特殊から一般へ!それが標語である。 それは凡ての実質的なる学 問に於いて必要なる条件であらねばならない。 数学が演繹的であるいうが, それは既成数学の修業に のみ通用するのである。 自然科学に於いても一つの学説が出来てしまえば, その学説に基づいて演繹 をする。 しかし演繹は当たり前なのだから, 演繹のみから新しい物は何も出て来ないのがあたりまえ であろう。 若しも学問が演繹のみにたよるならば, その学問は小さな環の上を永遠に周期的に回転す る他ないであろう。 我々は空虚なる一般論に捉われないで, 帰納の一途に精進すべきではなかろうか。」

( )

8) 明治期以降, 改めて指摘するまでもなく, 中小企業に関する優れた調査が存在するし, なお, 未発 見・未整理の調査が存在することが推測される。 そうであっても, 農業・農村調査等と比較すれば, 中小企業調査は相対的・絶対的に少なかったと言えるであろう。 この点についての十分な検討は後日 に期したい。

9) 「二重構造論」 それ自体は, 確かに現実によって乗り越えられてしまったが, 「二重構造論」 の普及 は, 中小企業の存在を日本経済論に組み込んだ点で, また, それに伴い後述する中小企業の統計的把 握の必要が喚起され, 努力されることになった点において, 研究上の大きな貢献があった。

(5)

年代後半以降の 「革新自治体」 の拡大 ), そして, その後の金融機関・民間研究機関の調 査の展開等々を契機に, それらの消長を伴いつつ, 中小企業に焦点を当てた調査数も急速に増 大し, 調査結果の分析も膨大になってきている。 しかし, 調査は調査数自体の膨大さに関わら ず, 個々の調査の個別性が強く, 一過性の調査に終わってしまっている場合が少なくないと言 えるであろう。 したがって, 日本経済, あるいは, 産業構造等の認識を深めるという意味にお いて, そのような調査の個別性をいかに克服するかという課題が存在していたし, 今も存在し ているということである。 現実には, 中小企業研究の帰納的性格が当然視されながらも, 調査 が旺盛に実施されるほどには帰納的性格が発揮されなかったのである。

第2点は, 調査が多様な問題に対して採用されていき, そのことが一方で上述の個別性・一 時性が進行したのであるが, 他方で特定地域・特定産業・業種において獲得された統計に基づ く分析, あるいは調査に先立つ広域もしくは日本全体の統計的把握に対して, 調査対象の個別 性が軽視され, 統計数値の算出が平均値を中心とするようになった。 そのため, 調査対象の個 性が見出せず, 中小企業を対象にした場合, 平均値からは想像できない分散の範囲が大きく, 多様性も広いはずだという批判が生まれたのであった。 そのような批判は, 調査の上では, 典 型の発見という方法, 典型論の強調となっていったのである。 このような典型論は, 多くの場 合, 特定の典型がなにゆえ典型となりうるかの議論が乏しく, 典型が主観的な観点から選び出 されることが増加し, 調査自体の客観性に疑問を持たれるようになり, 事実上, 平均値批判か らする典型論はその後影を潜めることとなった。

とはいえ, このような典型論の主張は, 調査の結果の分析における平均と分散, 少数をどの ように取り扱うかの問題を提起したのである。 現在では, 多くの場合, 数量的分析を済ませた 後での事例としての提示に典型論が引き継がれているが, 典型論の問題自体はなお残されてい る。

第3点は, 中小企業研究において, 広範囲の視野を持つ数量的分析の推進ではなく計量経済 学に限った分析が, 研究者においてばかりでなく, 行政機関・民間調査部門等において急速に 拡大しており, さらに中小企業の個別経営においての適用が普及していく状況において生じて いる問題それ自体とその検討の不足ということである。 言い換えれば, 中小企業研究に計量経 済学的方法がなにゆえに必要なのかの議論が問われないまま, 方法の適用が無条件に進行して いるようにも思われる。 したがって, いま, 改めて中小企業研究における数量的研究の必要性 が検討されなければならないであろう。

) 日本経済の 「高度成長」 とともに, 中小企業近代化政策が推進され, 一方で, そうした政策の効果 や必要を積極的に証明するための調査が盛んになったが, 他方で, 各地において経済成長の 「歪み」

とされた現象が急増するに及んで, 政権与党に組みしない 「革新自治体」 が誕生していった。 その際, 経済成長を支える 経済理論 に対して 事実の提示 が有力な用具となり, 調査が増大した。

(6)

(3) 中小企業研究環境の変化・進展

以上の中小企業研究における調査と分析における3つの問題を以下改めて中小企業研究にお ける調査論, 統計調査論, 数量分析論として検討することにしよう。 なお, それらの諸論の検 討に入る前に, 今日におけるいわば中小企業研究環境の変化・進展について確認をしておきたい。

第1は, 「1. 論題」 で述べたように調査・分析の対象である中小企業そのものの位置と役 割が新たな段階に移行しているということである。 これは中小企業研究環境の変化・進展の大 前提である。

第2に, 上の変化・進展に伴い日本を含む先進各国を中心とする政府・自治体において, 中 小企業に関わる調査・分析が広がっている。 それは, 日本においては後述するように複雑な動 向として現われているが, 筆者は, 個別的な問題に関する政策課題についてばかりでなく, 日 本経済についての総体的な問題の政策課題についても, 中小企業研究の立場からの接近可能性 を高めるであろうと考えている。

第3に, 従来から指摘されていた 化の進展が, 今日さらに加速度的に進行しており, それは, 調査・分析そのものの質と量を向上させ, その結果の公開の透明性・迅速性の水準を 引上げ, 利活用の容易さを飛躍的に高める可能性がある。 このことは, 中小企業研究分野にお いて大きな恩恵をもたらすであろうと期待される。

第4に, 以上のような諸傾向は, 社会の民主主義的性格が強まるならば, 中小企業の多数性 と多様性に応じて国民の関心や共感を広め, 強め, 調査・分析の強化や拡大を可能とするであ ろうことも強調しなければならない。 もちろん, 逆は逆になる可能性もある。

第5に, 近年の調査・分析における統計ないしは統計学に関するリテラシー (以下, 統計リ テラシーと略称) の国民への普及とその水準が今後飛躍的に進むと予想されることである。 日 本の大学制度においては, 欧米のそれと異なり, 統計学部ないしは統計学科が存在しないこと の問題については従来から指摘されてきたが, 近年, 大学, 日本統計学会や総務省統計局によ って, 新たな統計学リテラシーに向けた努力が始まっている。

これらの新たな地平が, 本稿が期待する方向性にすべてプラスに働くかどうか不確実な点が 存在することは言うまでもないが, 上述してきた中小企業研究における調査・分析, ひいては 中小企業研究それ自体に対して新たな地平を切り開く可能性があると考える。 それを確かなも のにするためにも, 改めて上記の3つの論点について検討と考察を加えることにしたい。

3. 中小企業研究における調査・分析の3つの論点

(1) 調査論

( ) 一般調査論―蜷川虎三の場合

中小企業研究における調査の重要性については, 従来から強調されてきたことはすでに指摘し

(7)

たが, 中小企業調査論そのもの, さらには社会科学一般における調査論そのものの研究は現在な お乏しいと言うことができるであろう。 後者の意味での調査論の嚆矢として, 蜷川虎三 ( ) を挙げることができる。 それは, 戦時経済下におけるがゆえの問題意識の強調や研究・学問の自 由の上の諸制約はあるが, 驚くほど今日的な諸問題の存在を前提に一般的調査論そのものを論議 している。 また, それは決して長い論文ではないが, 論ずべき多くの課題, すなわち, 調査目的, 調査対象, 調査方法, 調査実施, 調査総括が個々に, そしてそれらの相互の関係の問題を提起 し, 論じている。 ここではそれらについて詳細に議論することはできないが, 上述した中小企業 研究における調査・分析の観点から若干の点について言及しておきたい。 以下, 筆者が大事と考 える諸点を箇条書きにするとともにその根拠となっている文章を引用しておくことにする。

① 「調査の客観性」 を強調するだけでなく, そのためにも, いわば調査の一般理論が必要で あることを提起している。

「調査が 「調査」 たるためには, 「調査の客観性」 が重要であり, 何人も納得しうる調査でな ければならぬ。」 )

「ところが, 調査に就いては, 少なくとも社会に関する組織的に検討言うものは全然ないと いっていいのである。 ただ 「統計調査」 に就いてはその方法の特殊のため特に統計学の於い て研究されているのと, 「社会調査」, 「経営分析」, 「市場調査」 の名の下に特別の範囲の調 査が而も主として調査の技術部面に就いて研究されているというに止まる。 併しこうした特 別調査を規定する所の調査の一般的規定を得ておくことは甚だ重要であろうと思う。 而して これがないからこそ……問題や混乱が生じるのである。」 )

「社会科学の領域に於いて, こうした分野のあること並びにそれが未開拓の分野であること を示すと共に, これに対する一応の試論として私見を述べて見たいと思う。」 )

②調査目的を設定するに際しての実践的要求の存在とその意義を確認している。

「「調査」 の目的とする所は, 一定の目的の下に客観的事態を科学的に認識把握することに在 る。 従って調査に於いては先ず実践的要求が前提されることは明らかで, 目的をもたぬ調査 などはあり得ない。 即ち, 一定の実践的要求があり, この要求を満足するためには, 社会的 経済的諸関係に於いてこれらの諸関係に働きかけねばならぬ。 而してこれが行動の規定を得 るためには現実的な諸関係の実態を明らかにしなければならぬことは述べるまでもない。」 )

) 蜷川虎三 ( ), ) 蜷川虎三 ( ), ) 蜷川虎三 ( ), ) 蜷川虎三 ( ),

(8)

③調査目的と調査対象との関係とともに調査対象の 「一般性」 「問題性」 の分析が必要であ ることを強調している。

「目的が具体的に定まれば何を調査すべきかその調査対象はこれによって一応定められる。

勿論, 一応定められるのであって調査の進行と共にその範囲領域は自ら変化せざるを得ない 場合を生ずるが, 調査担当者のもつ一般的な社会科学的な知識並びにその経験が調査目的に 対し一応の対象 (調査対象) を限定する。」 )

「これ (一般性―引用者) は社会諸科学の各分野に於いて研究され或は研究の方向が示され ているもので, 各種の文献研究資料に基き理論的歴史的に研究しうるところである。」 )

「調査対象の一般性を知り得れば, 次の問題は, これによって特定の調査対象に就き何を問 題にしなければならぬかを定めねばならぬ。 即ち調査対象の問題性の規定である。 これは問 題の理論的分析によって達せられる。」 )

「調査のためには, (一) 調査対象に就いてその一般性が把握されていること, (二) 調査対 象の問題性が理論的に分析されていること, (三) この問題性に就いて調査目的より更に重 点が定められるべきこと, 等の過程を経て, 始めて何が調査されるべきか具体的に決定し得 る。 それが即ち調査事項で調査問題或は調査項目の組織的表示である。」 )

④調査方法の科学性が調査の客観性の条件であることを指摘している。

「社会に関する調査は, 自然に関するものと異なり, 調査対象を直接押さえてこれを分析し 測定するというわけには行かない。 社会関係を人的或は物的表現に於いて捉え, 而もその社 会関係に立つ所の人間を通じてのみ知り得るのである。 従って相手方として現われる人間の 意識的乃至は無意識的なる事実の歪曲或は事実と意見との混同等より客観的なる事実並びに その関係が明確に捉え得ない場合が生ずる。 而もこの場合に於いて自然に対するが如く観測 測定の道具機械がある訳ではなく, 調査者の洞察力と社会科学的理論並びに方法の科学的な ることを唯一の頼みとする。 従って調査方法が科学的であるということが調査の客観性の条 件である。」 )

上に紹介した蜷川虎三 ( ) が一般調査論の嚆矢とすれば, 中小企業調査としての特殊調

) 蜷川虎三 ( ), ) 蜷川虎三 ( ), ) 蜷川虎三 ( ), ) 蜷川虎三 ( ), ) 蜷川虎三 ( ),

(9)

査論のそれとして小宮山啄二 ( ) を挙げることができるであろう。

( ) 特殊調査論―小宮山啄二の場合

小宮山啄二 ( ) は, 「第一編 Ⅳ 中小工業の問題点」 「付録 中小工業分析に関する覚 書の断片」 を中心に全体を通じて, 事実上, 蜷川虎三 ( ) が強調している一般調査論と区 別される特殊調査論に相当する問題に取り組んでいる。 それゆえ, 次に, ( ) と同様に, 大 事と考える点とその根拠となる文章の引用をして, 特殊調査論としての小宮山啄二 ( ) の 方法を確認しておこう。

①調査の意味とそれを通じて何を目指したがはっきりと述べられている。

「学校を出てからはとりわけ, 中央官庁に関係のあったことが, 実地調査の利便を容易にし たので, 私は屡々大都会のスラムに, 輸出港の背地に, 大工業地区の周辺に, 連なり群がる 中小工場を, 或は農村漁村の零細工場仕事場を, 何か覚める旅人のように訪ねて歩いた。 そ して自分の眼で観察したところに何等か理論的見透しを与え, 経験的事実を概念化すること・・・

に執念していた……」 )

②研究対象であり, 調査対象である中小工業問題の問題性を明確に考察している。 なお, こ の問題性については, 筆者はすでに詳細に検討している )ので, ここでは, 骨格だけ紹介して おくことにする。

「Ⅰ 中小工業問題の問題性

1 日本経済発展の不均等の現実形態として

2 日本工業の生産及び資本集中における立遅れの現実形態として 3 その立遅れの独占大工業による体系的制度的利用形態として

4 独占大工業の発展に制約されての中小工業の中小工業の地位及び機構の歴史的変動 5 3, 4は同時に独占大工業そのものの発展を規定し, 中小工業問題は日本産業構成の

問題として現われる――日本産業組織・産業統制への制約条件

6 4, 5は工業における旧来的小ブル及び近代的小ブル存立の物質的基底並びに該基底 変動を規定する――日本社会組織・政治過程への制約条件」 )

③ 「付録 研究に対する若干の具体的手続」 として事実上の調査論が述べられ, 個別調査の ) 小宮山啄二 ( ),

) 大林弘道 ( ) を参照されたい。

) 小宮山啄二 ( ),

(10)

必要な対象としての具体的生産部門や地域を列挙するとともに, それらの総体的な総括=全体 像を示している。 すなわち, 「特に個別調査の必要ありと考えられるもの」 を挙げ, ここでは その全体の骨格を示せば, 以下の通りである。

( ) 軽工業・繊維品雑品工業 ( ) 絹・人絹織物

( ) 綿織物 ( ) 毛織物 ( ) 陶磁器 ( ) 漆器 ( ) 金物 ( ) 足袋

( ) 大都市を主要地盤とする諸工業

( ) 副業・内職を主要地盤とする諸工業 (苦汗制度) ( ) 地方的特産的諸工業

( ) 金属・機械器具工業

これらの個々について, ここでは省略したが, 地名と形態規定がなされており, その上で, 下記のような全体像が示されている。

「大体論としては, 問屋制工業が主として軽工業の分野に繁栄したのと対比して, 下請工業 は金属機械器具部門の最も多く発展する技術的経済的条件を見出すようであり, 中小工業に おけるこれらの二つの存立形態はそれぞれの従属性にも拘らず, 一般的には, 日本の消費手 段部門と生産手段部門を, またもっと具体的には, 日本の輸出生産と軍需生産を規制するも のとして現われている。」 )

「日本の工業生産において重工業化が進行すればするほど, 下請工業のかたちで中小工業の 従属形態は系列化され体系化される。 このことは, 日本の輸出生産を長く主導し組織し来っ た問屋制工業の先頭に, 独占財閥の有能な触手として, 世界市場を君臨する巨大貿易資本が 見出されるのと対比して, 何よりも中小工業存立の現代的特質を付与するものである。」 )

このような小宮山啄二 ( ) における中小企業調査の意義については, 後述の検討におい てさらに強調する。

) 小宮山啄二 ( ), ) 小宮山啄二 ( ),

(11)

(2) 統計調査論

統計調査論は, 上述の蜷川虎三 ( ) が指摘しているように, 当時より今日まで継続して 調査論が展開されてきた分野であるが, 以下に検討する議論は専ら本稿の課題である中小企業 研究の調査・分析の観点からの議論であり, その議論を統計調査論の歴史的展開の上に位置づ ける余裕はないことをご容赦願いたい。

上述において, 個別地域・業種の中小企業調査が数多く実施されてきたことは指摘したが, 中小企業研究における調査・分析の観点から, 敢えて注目する統計調査論のひとつは, 植田浩 史 ( , ) において, 提起された 「訪問回収方式による全数調査」 )である。

では, 個別地域・業種の中小企業調査において 「訪問回収方式による全数調査」 がどのよう な意義を持つのであろうか。 次の2点が指摘されている。

「第1に, 郵送回収では一般に回答率が低くなる規模の小さな層の状況を広範に把握するこ とが可能になる。」 )

「第2に, 通常の調査では見過ごされてしまう低い比率であっても, 全数調査では母数が大 きいため一定の量として現われてくることになるが, この意味が産業構造の状況を把握する ことや, 今後の新しい可能性を検討していく上で重要になってくる。」 )

第1の点は, 中小企業を対象とする統計調査において, たとえ全数調査であっても, 回答率 が低くなることは, 中小企業研究上の大きな悩みであったが, 郵送回収等に代わる訪問回収に よって, 回答率の低さを克服しようとする問題提起である。 第2の点は, 今日における中小企 業研究の課題に連動する問題である。 すなわち, 産業構造上の 「新しい可能性」 の発見の問題 である。 この 「新しい可能性」 の問題を統計調査論との結合において課題を提起したことに意 義がある。

とはいえ, 全数調査については, 標本調査との対比における様々な議論があり, 全数調査の 問題の存在は確認されている。 ここでは, 全数調査対標本調査の議論に対して, 次の指摘を採 用して, 上記の 「訪問回収方式による全数調査」 の意義を再度確認しておきたい。 すなわち, 佐藤郁哉 ( ) は, 社会調査における統計調査の問題として, サンプルサイズと標本誤差と の関係について, 「母集団のサイズが十分大きい場合は, 標本データにもとづく推定値の精度 は, 母集団のサイズとサンプルサイズの相対的な割合でなく, もっぱらサンプルの絶対数によ って決まる点」 )の重要性を指摘している。 逆に言えば, 母集団のサイズが小さい場合には,

) 植田浩史 ( ), ) 植田浩史 ( ), ) 植田浩史 ( ), ) 佐藤郁哉 ( ),

(12)

母集団サイズとサンプルサイズとの相対的な割合が推定値の精度を左右するのである。 したが って, 特定地域の企業調査や産業構造調査のような場合, 全国規模の調査と比較して, 母集団 サイズは相対的に小さいのであるから, 全数調査の問題点の克服に向けた努力に傾注する方が, 調査としての成果が期待されるであろうと言える。

さらに, 佐藤郁哉 ( ) は, 母集団の事例の多様性という問題について, 「多様であれば あるほど, より大きなサンプルサイズが要求される。 極端なケースとしては, 母集団に含まれ るすべての人が互いに異なる意見を持っているような場合は, 全数調査をおこなう必要があ る。」 )と指摘している。 現在全国で進められている地域的な企業調査は, 必ずしも, 上の 「極 端なケース」 に当たらないが, 企業の多様性を検討する必要性が大きいのであるから, 全数調 査の実施の可能性の追求は不可欠のことである。 また, 「訪問回収方式」 についても, 一般的 に回答率の引上げということだけを指摘するのでなく, 「回答しなかった人々に関する情報を 取りこぼすことによってもたらされる調査結果の歪み」 )を意味する, いわゆる 「無回答バイ アス」 を減少させる効果があることは言うまでもない。

次に, 中小企業研究における調査・分析の観点から統計調査論として注目されるもうひとつ は, 中小企業を調査対象とする景況調査である。 ここでは, 筆者が年来抱いてきたひとつの論 点のみを取上げたい。 現在, 中小企業の景況調査として代表的な3例, すなわち, 中小企業庁

・中小企業基盤整備機構による調査 (以下, 中小企業庁調査と略称), 日本政策金融公庫 (前 中小企業金融公庫) による調査 (以下, 日本政策金融公庫調査と略称), 中小企業家同友会全 国協議会による調査 (以下, 中同協調査あるいは と略称) を検討してみると, 各々の調 査対象は, それぞれ 「商工会・商工会議所・中央会」 の会員企業, 日本政策金融公庫の取引先 企業, 中同協を構成する都道府県同友会の会員企業であり, それらの企業群から業種・地域・

企業規模を考慮した選定が行われている。 この意味で, それぞれの調査は, 調査対象の選定に おける無作為抽出を原則とする調査ではない。 そのことは調査の客観性にのみに立脚するなら ば調査に疑義をはさむ余地を生ずる。 そのような余地をどのように考えればよいのかという問 題である。

その際, 上記三者の調査結果の特徴を比較・検討すれば, 次のような諸点が確認される。 た とえば, 菊池進 ( ) は, 中同協調査を対象に次のように指摘している。 「変化方向の 値の推移比較 (中小企業庁調査, 日本政策金融公庫調査に比べ) から明らかになったことは, サンプル数が少なくとも, 業種の偏りが大きくなければ, 変化方向は把握できる。 波形でそれ が捉えられ, 振幅や深度で回答企業層の優劣特性が示される。」 )そして, 「中小企業庁調査の 回答数は である。 は 分の1くらいの小粒な調査である。 それでも, この 数年

) 佐藤郁哉 ( ), ) 佐藤郁哉 ( ), ) 菊池進 ( ),

(13)

間の市場の活性度の強弱 (景気の変動) をはっきりとらえられていることがわかる。 しかも, 波の振幅が大きく, メリハリの効いた回答となっている。 これは, は不変, 横ばい回答 が少なく, 好転・悪化, よい・悪い, の判断が明確に示されているからである。」 )要するに, 三者は, それぞれ特徴を持ちながら, いわば同調している。 と同時に, サンプル数の大きさの みが必ずしも調査目的を満足させる要因ではないことを示唆している。

さて, その上で, 上述の問題について, たとえば, 中小企業庁調査を対象に, 中小企業基盤 整備機構・経営支援情報センター ( ) は, 次のように指摘している。 「約 社という サンプル数に対しては, わが国で稀にみる調査規模を有するがゆえに, 細分化して精密な分析 を行うことへの好奇心が駆り立てられる。 しかし, 個々のサンプルの動きと特定のカテゴリー の母集団や全産業が, 常に同じ方向性にあるとは限らない。 標準的な統計を設計する際に用い られる標本理論の適用を避けて構成されたサンプルを細分化して分析することにより, あたか も因果関係を特定したかのような解釈を生み, 本調査への疑念を生む可能性がある。」 )

つまり, 中小企業の景況調査における調査設計における標本理論の適用の回避ということが 論点になるのである。 もちろん, この点について三者とも, そのような論点を承認しつつ, 敢 えてそれぞれにおいて調査を意義ならしめる努力を続けているのである。 それぞれの努力の内 容の詳細についてはここでは省略せざるを得ないが, 筆者は, そのような努力において中小企 業調査の本質的な課題が提起されていると考える。 すなわち, 基礎的諸問題に立ち返っての議 論が必要であるが, 中小企業団体の会員, 中小企業専門金融機関の取引先企業が調査対象にな っているということは, 決して, 調査上の便宜性だけを前提にしている措置ではないのである。

そもそも中小企業調査とは, 中小企業の客観的状況を知るだけでなく, 中小企業が自らの声を 出すことの困難があることを承認して, いわば, 中小企業の声 を知ることが必要であると 認識している調査なのである。 そして, その調査結果の公表は, 社会への伝達とともに, 自ら への伝達という二面性を他分野の調査より強く持っている。 菊池進 ( ) は, 中同協調査に ついて, 次のような役割を指摘している。 すなわち, 「会員の経営動向の把握と良い経営を目 指す運動とを結びつける」 「調査結果を整理し, 立ち位置, 計画修正などを考える材料を提供 する」 「定期調査を基礎にオプションや特別調査を試み, 政策活動に活かす」 「行政や金融活動 との協議や政策活動に使える資料を用意する」 ), あるいは, 「経営の振り返りのきっかけ」

「計画修正, 先行きを考えるきっかけ」 「自社のポジションが確認できる」 「景気を見通す力を つける」 「行政との協議でも使える資料」 )等々である。

) 菊池進 ( ),

) 中小企業基盤機構・経営支援センター ( ), ) 菊池進 ( ),

) 菊池進 ( ),

(14)

(3) 数量的分析論 ( ) 統計的研究

中小企業研究において数理経済学的分析はほとんど試みらえていないが, 統計データを利活 用した分析はそのデータの多寡を問わなければ, 逆にきわめて一般的に多いと言える。 すなわ ち, 統計データが実証資料として常に利活用されてきたことを意味している。 とはいえ, 中小 企業白書を除けば, 中小企業の全面的な統計的な分析となると現時点でも依然として少ないと 言えるだろう。 その代表作は, いまなお中小企業調査会編 ( ) であるとしなくてはならな いであろう。 同書は, 全 頁のうちに表 , 図 が掲載されている。 ほぼそれだけの統計が 利活用されている。 そして, 同書は, 自らの方法について, 次のような問題と展望を述べてい る。

「統計的に考察しうるかぎりにおいて, われわれは中小企業の質量の問題を総観し評価しよ うとした。 しかし中小企業に関する統計は。 それを目的とする調査がいくつか行われるよう になったのは戦後も最近のことであり, また中小企業については事実, 統計のとりにくい面 が多いことも手伝って, まだ十分に整備されているとはいえない。 したがって統計的分析を 試みるにしても, かなり分析がそのために限定されたものとなり, 隔靴掻痒の感をいだかし める場合が多い。 本書においても, 分析の面では, 中小企業の質量の問題について一般的傾 向のいくつかを引き出しえた程度にとどまらざるを得なかった。 むろん, ここで収集整理さ れた一般的統計のほかに, 部分的な統計調査結果をも加え, また実態調査の成果をも取り入 れれば, いっそう立ち入った分析を進めることができよう。」 )

そして, ここでいう 「問題を総観し, 評価」 する分析や 「いっそう立ち入った分析」 に向け た努力が, 中小企業基本法の制定の準備の過程, また, 初期の中小企業白書で行われていたと 考えられるが, その後は, とりわけ 「問題を総観し, 評価」 するという方向は, 中小企業研究 の中でも広がらず, 後述するように, むしろ後退し, それと切り離された形の実態調査と実証 分析という傾向が継続していったと思われる。

その背景には, 中小企業調査会編 ( ) が下記のような分析視角に立っており, それがい わば 「通説」 あるいは 「マルクス経済学的見解」 として普及され, 流布されたことによって, 適切ではない, 不当な批判の中に置かれたことも原因であった。 その結果, 「問題を総観し, 評価」 する研究の方向も, そのための地道な記述統計の収集も, それを駆使した統計的研究の 方法論も後退してしまったのである。

) 中小企業調査会編 ( ),

(15)

「本書において, われわれの意図するところは, 日本の産業における中小企業の地位と役割 を統計的に観察し, 中小企業問題を評価することにある。 中小企業問題は工業化の過程にお いて, どこの国でも起こる問題であるが, 日本の場合, それは特殊な意味をもっている。 そ れは工業化がすでに相当進んでいて, 大企業は中小企業を収奪的に利用し, 中小企業は大企 業に依存することによって存続をつづけるというふうに, 日本経済を有機的に構成する不可 分離の結合をなしているからである。 日本における中小企業の問題が, 後進国における混合 経済の問題とは異なり, 日本経済の二重構造の問題としてとらえられねばならないのは, そ のためである。」 )

つまり, 上のような 「二重構造」 論を批判するために, その一方向として中小企業の 「記述 統計」 的研究が引き合いに出され, それが 「平均値」 の過大重視だと批判され, 既述のように

「典型論」 の誤った利用が行われる方向に進んだのであった。 同時に, 中小企業統計 )の整備 という指摘も後景に退けられてしまった。

( ) 計量経済学的研究

ところで, 経済学研究はもちろん, それ以外の多くの社会科学諸分野で計量経済学的方法が 採用されるとともに, 中小企業研究分野にも近年急速に浸透し, 普及してきている。 それゆえ, 以下では, 中小企業研究を念頭に計量経済学的研究について, まず, 計量経済学の方法的基礎 を確認し, 中小企業研究における計量経済学的方法について若干検討することにしたい。

まず, 計量経済学それ自体の展開は, どのように理解されるであろうか。

計量経済学は, 最初にマクロ経済に適用され, 「マクロ計量経済モデル」 として定着したが, その予測の不十分性から 「時系列モデル」 が優勢を占めるようになり, 予測力の維持が図られ た。 前者は 「理論に裏付けられた計測」 とされ, 後者は 「理論無き計測」 とされた。

たとえば, 佐和隆光 ( ) は次のように言う。

「かつて 年代末頃には, 計量経済学は現実経済の分析や予測のための万能薬のように言 われ, かつ思われていた。 しかしながら, 年のオイルショック以降, 日本経済そして世 界経済の構造が大幅に変化したこともあって, 過去のデータの当てはめを基本とする経済計 量分析に関する懐疑の念がそこかしこで醸成され始めた。 また, 年代後半には, ケインズ 経済学の権威は失墜し, その挙句に, ……時系列モデルが, 少なくとも予測力という点にお いて, マクロ計量経済分析を凌ぐモデルとしてもてはやされるようになった。」 )

) 中小企業調査会編 ( ),

) かつて中小企業庁より 中小企業統計要覧 が編纂され, 刊行されたことがあった。

) 佐和隆光 ( ), 1

(16)

このような計量経済分析の状況に対して, その時点で佐和隆光 ( ) は次のように述べて いた。

「計量経済分析のねらいが, 単に近未来の経済動向を数量的に予測すること, のみに限られ ているわけではない。 経済理論の現実妥当性を確かめたり, 然るべき経済理論の枠組み (パ ラダイム) にそくして, 現実経済の動向に関する, 筋道だったシナリオを書くことなど, 計 量経済分析のなすべきことは多い。 もともと 「理論に裏付けられた計測」 と 「計測に裏付け られた理論」 の構築が計量経済分析のねらいであることを確認した上で, 計量経済分析の再 評価がなされてしかるべきだ, と私は考える。」 )

ここでいう, 「再評価」 の内容それ自体はその後の過程で努力されてきており, 計量経済学 の各分野への普及が進展したと, 筆者は考える。 その際, 計量経済学がマクロ経済分野でなく, マクロ経済の基礎としてのミクロ経済という考え方の普及とともにミクロ経済分野にも浸透し ていったことが, 中小企業研究へ計量経済学的方法の普及と軌を一にしていた。

ミクロ計量経済学 の普及を提唱する北村行伸 ( ) は, 「経済学の分野では, ミクロ統 計データを実証するときに用いる統計手法を一括してミクロ計量経済学と呼んでいる。」 )それ は, 「企業経済学, 労働経済学, 消費者行動などの分野でもちいられてきた。」 )つまり, ミク ロ経済学の理論的命題を統計的に検証しようというものである。 そして, このミクロ経済学の

「神髄は一般均衡理論」 )であるとされている。 それゆえに, ミクロ計量経済学は利用可能なミ クロ統計データとの適合性の課題に直面することになる。 すなわち, 北村行伸 ( ) は 「今 後はミクロ経済理論も実証研究の対象としてミクロ統計データから新たなチャレンジを受ける ようになるだろう。 また, そのようなチャレンジを行なうことがミクロ計量経済学の目的であ ると言ってもいいだろう。」 )と指摘している。

次に, 以上のような計量経済学の展開を踏まえて, 現今の標準的な基本書によって, 計量経 済学の基本的考え方を既述の記述方法で確認しておこう。

まず, グリーン, ( ) の場合を見よう。

①計量経済学は, 統計学, 経済理論, 数学の統合的な学問である。

) 佐和隆光 ( ), ) 北村行伸 ( ), ) 北村行伸 ( ), ) 北村行伸 ( ), ) 北村行伸 ( ),

(17)

「計量経済学は, 経済統計とは決して同一ではない。 また, いわゆる一般的経済理論の相当 の部分は数量的色彩をもつが, これとも同一ではない。 また計量経済学は数学の経済学への 応用と同義語と考えてはいけない。 これら三つの視点, つまり統計学, 経済理論と数学が, 一つ一つで現代の経済の数量的関係の真の理解のための必要条件ではあるが十分条件ではな いことは, 我々の経験が教えるところである。 これら三つが統合されてこそ力を発揮できる。

そして計量経済学はこの統合そのものである。」 )

②計量経済学を, 経済理論が導く理論的関係を実証的に計測しようとする経済学であると規 定する。

「計量経済学は経済理論が導く理論的関係を数理統計学や統計的推測の道具の適用で, 実証 的に計測しようとする経済学の一分野である。」 )

③経済理論が決定的な関係を与える。

「計量経済学の研究は, 経済の何等かの側面についての命題を与えることから始まる。 経済 理論は変数間の正確でそして決定的 ( ) な関係を与える。」 )

あるいは, マダラ, ( ) の場合を見てみよう。

①計量経済学の最初の課題は経済関係を定式化することである。

「計量経済学は経済データに統計的方法を適用するものである。 計量経済学者が直面する最 初の課題は経済関係の定式化である。」 )

②実証的な意味を持つ必要がある。

「計量経済学は数理経済学と異なるものである。 なぜなら, 後者は数学の適用のみであり, 導出された理論は必ずしも実証的な意味をもつ必要はないからである。」 )

) グリーン, ( ), ) グリーン, ( ), ) グリーン, ( ), ) マダラ, ( ), ) マダラ, ( ),

(18)

③経済関係の定式化はモデルを定式化することである。

「計量経済学者の最初の仕事は計量経済モデルの定式化である。 モデルとは何であろうか。

モデルは現実世界の動向の簡単表現である。」 )

④理論には非現実的な仮定がある。

「複雑な現実世界の現象を説明するのに単純化されたモデルを用いることに2つの批判があ る。 1. モデルが過度に単純化されている。 2. 仮定が非現実的である。」 )

「過度な単純化との批判に対して, 単純化されたモデルから出発して, 段階的により複雑な モデルを構築する方がよいとの反論もできる。 これは による考えである。」 )

「この批判 (「非現実的な仮定」 ―引用者) に対して, はモデルの仮定というもの はどのように記述しようとしても決して現実的ということはないと述べている。」 )

⑤経済モデルと計量経済モデルとは区別される。

「実際には, 目的のために適切であると考えるすべての変数をモデルに組み入れ, 残りの変 数は 「攪乱項」 というカゴに入れる。 ここに経済モデルと計量経済モデルの区別が生じる。

経済モデルは, 経済 (あるいは, 経済の1部門) の行動を近似的に描写する仮定の集合であ り, 計量経済モデルは次の点からなっている。」 )

「1. 経済モデルから導出される行動方程式の集合。 これらの方程式には幾つかの観測され た変数と 「攪乱項」 (これは, 予測できない事がらと同様, モデルの目的に無関係と思える すべての変数を求めて表現したもの) が含まれる。 2. 観測された変数に観測誤差があるか どうかの記述。 3. 「攪乱項」 (および測定誤差) の確率分布の特定化。 これらの特定化によ り経済モデルの実証的妥当性を検証することができ, 予測, 政策分析に利用することができ る。」 )

以上から理解される計量経済学的方法の注目すべき特徴は, 理論が重要で決定的であるとい うことである。 そして, 現在の計量経済学的研究の対象がミクロ経済の場合はもちろんのこと,

) マダラ, ( ), ) マダラ, ( ), ) マダラ, ( ), ) マダラ, ( ), ) マダラ, ( ), ) マダラ, ( ),

(19)

マクロ経済の場合においても, 一般均衡理論の枠組みやその命題の正当性をテストするように なっている現状がある。 それゆえ, 中小企業研究における計量経済学の方法の採用も, その研 究対象をそのような枠組みと命題の範囲に止めてはじめて意味を持つと理解される傾向を強め ている。 このことは, 中小企業研究における政策上の問題をはじめとする因果関係の解明の重 大性に鑑みても問題であるし, 中小企業研究の広範な問題性の存在から研究対象を制約し, 研 究の領域を矮小化させざるを得ない危惧がある。

ところで, このような計量経済学に対して, それを採用した研究の普及に伴って, 問題点が 提起されている。 たとえば, 森田果 ( ) は, 法学研究における実証分析の立場から論議し ているが, 計量経済学を取上げ, 次のように言う。 すなわち, 「計量経済学は, ……社会科学 の実証に特有な問題の克服に取り組んできているため, 法学における活用にも有用だからであ る。」 )しかしながら, 計量経済学の有力な用具である 「回帰分析で解明できるのは, 基本的に 相関関係に過ぎず, 回帰分析によって因果関係を明らかにすることはできない。」 )一方の変数 を説明変数とし, 他方の変数をそれによって説明できる被説明変数とするのは, 経済理論や

「思い込み」 )等である。

そうだとすると, 経済学をはじめ社会科学的研究において重要な因果関係の解明を別な方向 に求めることになる。 その方向性として, 森田果 ( ) が紹介するのは, 「因果効果を推定 する方法」 (以下では, 「因果推論」 と略称) )である。 それは 「大別して3つのアプローチ」 ) があり, 多数の具体的な手法が開発されている。 この 「因果推論」 は, 分析に伴なう種々の

「バイアス」 を考慮しなくてはならない。 そうした 「バイアス」 はデータそのものに関するも のから, 研究を支援するファンド等からの援助にも及ぶのである。 そして, 「因果推論」 の方 法論上の特徴は, 「因果効果の推定で使うアイデアは, 基本的に, 経済学はあまり関係なく, むしろ純粋な統計学の考え方」 )にあることである。

また, 計量経済学における因果関係の分析の弱点を克服する経済学の一方向が, 「フィール ド実験」 である。 依田高典・澤田康幸 ( ) における澤田康幸の発言によれば, 「フィール ド実験が経済学に与えたブレークスルーには, 2点」 )ある。 「一つは従来の経済学, 特に計量 経済学では明らかにすることが難しかった, 因果性にまで踏み込んだ点」 )である。 「それまで は, 単に説明変数と被説明変数の相関関係を見て」 )いたのである。 「もう1つは, 計量経済学

) 森田果 ( ), ) 森田果 ( ), ) 森田果 ( ), ) 森田果 ( ), ) 森田果 ( ), ) 森田果 ( ),

) 依田高典・澤田康幸 ( ), ) 依田高典・澤田康幸 ( ), ) 依田高典・澤田康幸 ( ),

(20)

の中で 年代に指摘された, 自己選抜バイアスの問題を避けることができるようになったこ と」 )であるとされる。 この場合, 「自己選抜バイアスとは, 観察対象である経済主体, 消費者 や企業が自ら選択を行なうという変数が説明変数側に入ってくると, 内生性の問題が引き起こ され, 推定値にバイアスを生じるという問題」 )である。

以上の 「因果推論」 も 「フィールド実験」 も, 限られた分野であるにせよ, 強い関心が寄せ られているようであるし, いずれも米国において進展を見せている。 とはいえ, それらが,

「理論なき計測の傾向」 を帯びるのか, あるいは個別分野の理論に依拠するのか, 判然として いない。 ここでは, それぞれの進展の状況や意義を辿ることはできないが, 計量経済学におけ る方法論的な問題点を指摘し, その限界を示したことにおいて意義があり, それらが期せずし て, 政策問題を共通して課題にしているという側面に注意するならば, 今後の進展を中小企業 研究の立場からも注目しておく必要があるであろう。

同時に, これまでの中小企業研究における計量経済学的分析から結論された諸論点について, 上述の方法論上の諸問題を踏まえて, 改めて再検討されてしかるべきであろうことが確認され る。

4. 中小企業研究の新たな地平

以上, 中小企業研究における調査・分析という問題について, 種々の展開を考察してきた。

では, そのような調査・分析の展開の中にどのような課題があり, それらの課題の探求によっ て, 今後, 中小企業研究にいかなる新たな地平が切り拓かれるであろうか。

(1) 理論的研究と実証的研究の一体化

本稿は中小企業研究において調査・分析といういわば実証的研究のいわば入口の問題を検討 してきたのであるが, 中小企業研究は, 既述のように, 社会科学の個別分野でありながら, 既 存の一部門の研究ではなく, いわば学際的研究である。 つまり, 筆者の見解では, 何よりも経 済学の問題であるが, それに止まらない, 経営学・社会学・法学等の知見をも必要としている 研究である。 そして, 経済学, それも単に既成の理論の応用というような方法・観点では解明 できない研究分野である。 冒頭で述べたように, 中小企業研究は中小企業の今日的な存在と意 義から要請される新展開を必要とする研究であり, 現代の経済社会の総体的解明にも貢献でき る課題である。 したがって, 今日の中小企業研究とは, 理論的研究と実証的研究とが分離でき ないのであって, 理論的研究と実証的研究の一体的努力こそ, 今日における中小企業研究を意 味あらしめる方向である。

) 依田高典・澤田康幸 ( ), ) 依田高典・澤田康幸 ( ),

(21)

(2) 理論的研究の重要性

理論的研究と実証的研究の一体的研究という見解を採用しても, これまでに述べ来ったこと から理解できるように, 中小企業研究における調査・分析の諸課題の解明に対して, 経済理論 が重要な役割を果たしうることが理解されなければならないであろう。 しかしながら, そうで あっても, 中小企業研究における研究方法の固有の特徴や性格がより強調されてよいと考える のである。 その理由は以下の通りである。 現在, 経済学の各分野共通の基礎理論とされている と判断される立場は一般均衡理論の立場に立つ新古典派経済学と呼称される経済学 (以下, 現 代主流派経済学と略称) )である。 中小企業研究においても, 一般に基礎理論とされるのは, この現代主流派経済学であるとされつつある。 中小企業研究に近年浸透しつつある経済学的認 識もそれに依拠するような傾向が強まっている。

しかし, 中小企業研究においては, なお, 研究者の多くがそのような状況を納得的に受容し ているようには見えない。 現に, 中小企業研究と現代主流派経済学との関係が, 理論的研究に おいても実証的研究でおいても真剣に問われることがほとんどない。 中小企業の計量経済学的 研究においても, 分析の枠組みにおいて理論部分に対する現代主流派経済学からする 寄 与 )について積極的に検討されることなく, 理論的設定あるいは検証対象としての仮説は, 既述したように政府等からの政策的要請による場合が多く, 方法論上の理論的検討を回避して いる場合が多いということができるだろう。 それゆえに, 既に考察したように, 計量経済学に

) 現代主流派経済学とされる経済学は, 経済学の歴史において固有名詞 (あるいは固有名詞を特定で きる人物の見解を踏襲する集団名) を冠して語られてきた経済学の名称として理解されるのではなく, 米国の大学・大学院カリキュラム上の経済学教科書における共通部分を指していると理解されている ように思われる。 いわゆるミクロ経済学, マクロ経済学と呼ばれる経済学である。 とはいえ, そのよ うな傾向がなぜ, いかに生じたかは解明すべき重大な課題であると筆者は考える。 さらに, 日本にお いてはそれらの経済学の傾向が強まっており, しかも, 経済学の学問発展の自然な流れというより, 大学における経済学の教育と研究において, いわゆる 「参照基準」 の導入が計られ, 事実上, 現代主 流派経済学が, 学生においても教員においても, 「官許」 「公認」 の立場にあると理解され, その立場 における教育・研究が主流派化というより 「独占化」 が進捗しているように見える。 しかも, そのよ うな状況が何らの疑問も問題もないかのような状況であると受け取られてしまっている事態に筆者は 危惧と驚愕を禁じ得ない。

) ここで言う 寄与 について積極的に検討することが等閑視されてきたのは, 寄与 が了解済み の問題であったからである。 たとえば, 第 回経済理論学会における吉原直毅 ( ) の発言, すな わち, 「現在の経済学の流れは, 経済システムの基礎理論としては新古典派的な一般均衡理論で 「完 成」 され, かつ, 市場経済に見出される様々な現実的諸問題は 「市場の失敗」 現象として位置づけら れ, それらへの処方箋を 「対処療法」 的に考察するという, 部分工学的傾向が強くなっており, それ はそれで意義もあり必要性もあります。」 ( ) が妥当性をもっているからであろう。 もちろん, 続けてつぎのような発言をすることを忘れていない。 「しかし, 富や分配の格差拡大や社会的排除や 経済的抑圧関係の生成とか, 「資本の集中」 などのメカニズムの理論的解明は対処療法に先立つ課題 です。 経済システムの基本認識に関する経済理論が経済学のなかで周辺化されている事に危惧を覚え ます。」 ( )

(22)

深く学んだ実証研究において, 政策問題や経営問題等を採用しながら, 森田果 ( ) に見ら れるように法学的研究や佐藤郁哉 ( ) に見られるような社会学的研究が, 現代主流派経済 学の理論的枠組みはもちろんその社会観からも脱却する実証的方法論 )への進展が見られるこ とは必然的な方向であろう。 そのことは, 決して, 経済学と法学, 社会学との学問的相違とい うことでない。 逆に, 計量経済学そのものにおける理論の役割や貢献も現代主流派経済学の理 論に依存する必要が減少しているということだと考えられる。

したがって, 中小企業研究における理論研究の課題の中心は, 中小企業研究における中核的 な課題 )は何かということと, それはいかなる理論での解明が可能であるか, そして, その理 論は, その理論のよって立つ理論体系上のその位置づけはどこであるかという問題を明らかに することに進みつつある。 言い換えれば, 中小企業研究において, 何が中核的理論であり, そ の理論はいかなる次元のものであるかが論ずべき問題である。 経済学のどのような学派的立場 からであれ, いわゆる経済原論では一般に中小企業の理論は出て来ない。 なぜなら, 企業規模 間における恒常的・安定的な相違の存在は一般に捨象されているからである。 といって, 理論 的な意味が不明確ならば, 現状から提起される問題もそれ自体が重要である場合さえ, それを 問題としてどのように分析課題とするかの基準を見失ってしまうことになる。 それゆえ, 分析 の方法論としては原理論と現状との関係や 距離 が問題になるが, それは, 理論と現状とい う二分法からでは解決せず, 資本主義経済の段階的な把握に照応する理論次元を確定すること が要請されている, と筆者は考える。 いわば, 現代資本主義経済論の一環となる理論的認識が 求められているといえよう。

(3) 実証的研究の推進

以上のように考えてきても, 中小企業研究の本命は実証的研究の推進である。 したがって, ) 森田果 ( ) は 「実証分析に向き合う際の心構え」 ( ) として, 次のように述べている。

「実証分析において重要なのは, それらの手法を利用する際の 「理論」 と 「常識」 だ。 多くの実証分 析の基本的アイデアは, 被説明変数の変化と説明変数の変化とを比較することにある。」 ( )

「社会科学においては, 実証分析によって検証できる仮説よりも, 検証できない仮説の方が圧倒的に 多い。 だから, 「データによって裏付けられない仮説 (たとえば立法論) には依拠しない」 というと 態度をとることは非現実的だ。 実証分析に過度の期待をかけることなく, 間接的な証拠として活用し たり, 理論の一部を検証に活用したり (理論全体の正しさの推測に役立てる) するなど, 現実的で有 効な活用方法を模索していくべきだ。」 ( )

) 渡辺俊三 ( ) は, 「中小企業論のコアな研究分野」 ( ) について次のように言う。 すなわ ち, 「どのようなテーマ, どのような方法で研究を進めるにせよ, 研究それ自身は, 中小企業論研究 の出発の原点である中小企業の存立条件, 存立形態, 存立分野の研究に帰結する必要がある。」 (

), あるいは, 「中小企業のコアな研究分野とは, 中小企業の存立条件, 存立形態, 存立分野に加 えて, 労働・金融等具体的な中小企業問題になるのであろう。」 ( ) このような見解に対して, 表現の細部は別として, 基本的には筆者も同意する所である。 この点についての筆者の理論的・実証 的考察は今後何らかの発表形式で報告する予定である。

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