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死者と生者との対話
−ある看護学生の英語読書記録から−
Dialogues between the dead and the living:
from an English reading diary of a nursing student
宮内 信治
1Shinji MIYAUCHI 1
キーワード:改正臓器移植法、対話、フランケンシュタイン、英語多読
Key words
:revised organ transplantation law, dialogue, Frankenstein, English extensive reading
1 大分県立看護科学大学 Oita University of Nursing and Health Sciences
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日本看護倫理学会誌
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平成22年7月17日、改正臓器移植法が施行され、
同8月9日には、本人の意思不明で家族の承諾によ る初の脳死が確定し、臓器提供がなされました。報 道によると、国内初の心臓移植がなされたのが1968 年8月、本人が事前に書面で意思表示すれば脳死か ら臓器提供できる臓器移植法が成立施行したのが 1997年で、その法律をもとに初の臓器移植がなされ たのが1999年です。一つの事例をきっかけに法整備 に30年、そこから実際に脳死判定からの臓器移植実 施に一年以上かかったのに比べ、今回の改正法施行 では、その後一ヶ月以内に本人意思の書面なしで家 族承諾によって臓器摘出がなされたことを、みなさ んはどのように受け取ったでしょうか。
末木1はその著書『仏教vs.倫理』で、近年の急 速な社会の変化にルールがついていけない現状を指 摘し、「死者の言葉を聞き取ったと思っても、それ が生者の勝手な思い込みでないとどうしていえるの であろうか。死者の言葉と称して、じつは生者の自 分勝手な欲望を語っているだけではないのか。(中 略)もしかしたら、思い込みかもしれない。その畏 れをつねに抱くからこそ、ますます虚心に死者の言 葉に耳を傾ける他ないのだ。」と述べ、科学知識や 技術、現代の合理主義では解決できない人の間の ルール、すなわち倫理を超えた「超・倫理の問題」
(p.102)1に対応する手段を考察し、他者、すなわち
死者との対話の再考を促しています。
今回の改正法施行に伴う脳死判定と臓器移植に費 やされた時間の短さは、それによって命を救われる 人の利益を考えれば称賛に値するものでしょう。し かし、臓器を提供する側、される側、双方の心情に 与える影響は、個々の状況ごとに異なり、かつ永続 的な心的負担になる可能性も示唆されており、熟考 すれば解決する問題でないにしても、一ヶ月にも満 たない期間での今回の動きに、著者は戸惑いを感じ ました。
看護職者の皆さんは、生命や健康に関連した倫理 的配慮や判断を求められる場面に遭遇する可能性が 一般の人より高いはずですが、将来そうした現場に 出る看護学生は、学生のうちはまだ、そうした場面 に直接遭遇し関与する機会は現実的には皆無でしょ う。報道を通してそうした情報に接し、大学での看 護学教育を通してその内容や背景を知識として吸収 していく看護学生に、看護系大学に勤務する英語教 員として、「英語を」教えることに加えて、「英語 で」学生が主体的に何かできるように成長を促した い。そう考えた著者の出した答えの一つが、対話の 促進です。つまり、言葉を介して感じたり考えた り、表現したりする機会を学生に与えることです。
具体例として、まず、学生は英語で読書をしま す。これは、物語を介した、物語作者と学生との対
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話です。著者の勤務する大学では、教室内に用意さ れた1000冊弱の易しい英語で書かれた物語などを学 生自身が選びとり、英和辞書を使わずにどんどん読 んでいく、という「多読」を行っています。わから ない単語や表現といった部分に拘泥せず、ストー リー全体を楽しみつつ読むことに重点を置いて大量 に英語に接していくという方法2です。加えて、も うひとつ対話の方法を取り入れました。それは、
「読書記録帳」です。これは、学生各個人が、英語 で読んだ本の題名とその内容についての簡単な感想 を記録する手帳サイズのノートです。このノートに は、読書記録とは別の機能も持たせています。それ は「先生あのね」というものです。ノートの見開き 2ページのうち、その日読んだ本の読書記録を記入 したあとの余白に、日常のことでもなんでも書いて かまわない、というものです。「最近、暑いですね」
とか、「試験ラッシュで、もう大変!」とか、果て は「講義中に眠ってました。スミマセン…」まで、
学生は自分の言葉で教員に語りかけます。著者は学 生のノートを読み、学生の読後感想についての意見 や英語多読の方法に関する助言とともに「先生あの ね」に書き込まれたコメントに手書きで応答しま す。他愛もないように見えるやり取りですが、実は 教師と学生の信頼関係構築に寄与し、結果的に学習 意欲を維持向上させるのではないか、と期待してい ます。これが、教員と学生との対話です。
こうした中で、今回冒頭にあげた脳死判定と臓器 移植の問題につながりそうな対話がありましたの で、ここに紹介します。
「フランケンシュタインの話がすごく心に残りま した。死体を集めて、人間を作り出すことは、フィ クションにしても、とても考えさせられました。科 学知識で人間を作られるのかという好奇心で、人間 を作るのは、あまりにもかわいそうです。もっと人 の命を大切にして欲しいです。博士に対しても怪物 に対してもそう思いました。」
これは、ある一年次生の学生が、『Frankenstein』3 という作品を読んで書いた感想文です。原作は1818 年に英国人女性作家メアリー・シェリーが書いたも ので、題名を聞けば、おでこに手術の傷跡を持つモ ンスターを想像する人も多いと思いますが、フラン ケンシュタインというのは、そのモンスターを作り 出し、そのモンスターによって復讐される科学博士 の姓であって、怪物の呼称ではない、というのはご 存知でしたか?では、なぜ、フランケンシュタイン
博士はモンスターに復讐されたのか?それは、連れ 添いを作ってやる、というモンスターとの約束を、
博士が守らなかったからです。人間との触れ合いを 求めたモンスターは、それをことごとく人間に拒絶 され、孤独感にさいなまれます。そこで、自分と同 じ、死体の寄せ集めでできた別の個体を仲間として 求める。その求めさえもかなわぬ時、孤独の悲しみ が怒りに転じる、という至極人間的な感情と行動を モンスターは示します。しかし、やはり人間社会は モンスターを人間としては認めない。
現代社会の抱える問題を、作者メアリー・シェ リーがおよそ200年前に見越していたかどうかは定 かではありませんが、『Frankenstein』には、今の 科学技術の進歩とその結果から生み出されるものに 対する危惧や懸念が表現されていると解釈すること ができます。今回学生が手にしたものは簡略版作品 ですが、高校を卒業して半年もたたない学生が、英 文で書かれたその内容を的確に読み取り、感想とと もに自らの意見を表明している例を見ると、英語習 得のための訓練という側面からさらに一歩進んだ読 書による対話の可能性が見えます。死からよみが えったモンスターと博士を含めた人間社会との対 話、既に亡くなって久しい作家メアリー・シェリー と、日本語を母語として今を生きる看護学生との、
英語で表現された『Frankenstein』という文学作品 を介した「死者との対話」、そして、今を生きる学 生が教員に語りかける「生者との対話」、一冊の本 をきっかけに、この学生は様々な対話を経験してい ます。現実社会の中で偶発的に発生する倫理的問題 を考えるのと同様に、仮想の世界として安定して存 在する物語を読み、その中に潜む倫理的課題につい て自らが考え、また、第三者と物語を共有してその 課題を検討し深化させていく、その可能性を考慮す る時、倫理に関する思考の動機づけという側面にお いて、読書による対話は意義深いと思います。
同じ学生が、別の日に「先生あのね」に寄せたコ メントも、著者のその時の反応とともに紹介しま す。ここにも、「死者と生者との対話」が見えま す。
先生あのね:私の祖父も上海に行って、友人(戦 友)が死んだし、狂犬病で殺されたと言っていまし た。先週の日曜は家族で、私の念願の行きたい場所 であった知覧特攻平和祈念館に行ってきました。そ の中で、29歳で2人の子どもと妻を持って戦死した 男性がいて、絶筆があったのですが「オ父サンハ、
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2人ノオウマサンニハナレマセンガ、他ノオ父サン ヲウラヤンデハイケマセンヨ。オ父サンハ、神サマ トナッテ、2人ヲ見守ッテイマス」のような内容に 思わず泣いてしまいました。当時ひらがなよりもま ずカタカナを学ばせていたらしく、早く読んでもら いたくて(2人とも幼児でした)、カタカナで書い たらしいです。父親だなあと思いました…
先生から:善、すなわち、良いことをするのが人 間の徳である、ととなえたのは、2500年前のギリ シャ哲学者たち、ソクラテスやプラトン、アリスト テレスなどです。戦死した男性にすれば、不条理な ことだとわかっていても、国のため、家族のために 戦うことが、あの時の善であり、それを実行するこ とが徳であったと言えます。でも、それはそれで本 当にいいのか?2500年間生きのびて検討される倫理 がありながら、戦争ははげしさを増す一方の人間と いうものを、どうとらえるか?そして私も、そうい う矛盾を繰り返す人間族の一員…。
ここで紹介した看護学生の読書記録帳の内容は、
倫理的観点に立った対話を書き言葉で表現すること に成功した一例です。一般化できるものではないか もしれません。しかし、物語はその中の出来事を通 して、読者に問いかけ、訴えかけてくるものです。
本を手にする学生は、それぞれの物語に込められた 作者の問いや訴えに、うなずいたり首を傾げたりし て、心の中で対話をしているはずです。「これっ
て、どうなんでしょうね?」という、法律ではっき り線引きできないような物語からの問いに接し、感 じ考えることは、倫理を意識するきっかけになりそ うです。さらに、それを第三者と語り合うことによ り醸成される自らの倫理観は、複雑怪奇な実社会に 出る前の心の準備として、そして実際の職場で倫理 的問題に直面した時に、じわりと効いてくるのでは ないかと思います。
今回は、改正臓器移植法施行という社会の事例を 発端に、「死者と生者との対話」という観点から、
倫理的課題への気づきを喚起する方法例として、あ る看護大学での英語教育の一端を紹介しました。最 後に、今回のレター作成にあたり読書記録帳の内容 を使うことを快諾してくれた学生に感謝の意を表し たいと思います。今後の成長がとても楽しみです。
I hope that all nursing students will not only be nice but also grow to be good nurses.
文献
1 . 末木文美士.仏教vs.倫理.東京:ちくま新書;
2006.
2 . 古川昭夫.英語多読法.東京:小学館101新書;
2010.
3 . Shelley, M. Frankenstein. Oxford Bookworms Library Level 3. Oxford: Oxford University Press;
2007.