- 18 -
厚生労働科学研究費補助金(障害者対策総合研究事業)
(総合)分担研究報告書
筋ジストロフィー患者の尿中プロスタグランジン D2 代謝物の定量分析
研究分担者 竹内 敦子 神戸薬科大学 准教授
【研究要旨】
Duchenne 型筋ジストロフィー(Duchennne muscular dystrophy :DMD)は進行性の筋 萎縮を呈し,患者はほぼ 20 歳代に死亡する極めて重篤な遺伝性疾患である。本疾患は,
原因遺伝子であるジストロ フィン遺伝子の変異により,筋の細胞膜形成に関与するジス トロフィンタンパク質が欠損し,筋細胞が壊れるため発症する。近年,DMD 患者の壊れ かけた筋肉では炎症やアレルギーなどに関与するプロスタグランジン D
2(PGD
2)合成酵 素の発現が亢進していることが明らかとなった。そこで,PGD
2の尿中代謝物 である tetranor-PGDM (PGDM)の濃度を DMD 患者および健常者について、 API3000 LC/MS/MS system を用いる測定法を確立した。
DMD 患者、BMD 患者および健常者について尿中 PGDM 濃度を測定したところ、DMD の病状診断に有効であると考えられた。そこで、他の筋疾患患者の尿中 PGDM を測定し たところ、疾患により差が認められた。次に、代表的な炎症マーカーのプロスタグランジ ン E (PGE
2 2) も DMD に関与しているかを検討するため、 DMD 患者の尿中 PGDM と PGEM を測定し、DMD の診断に有効であるかを考察した。DMD 患者と健常者では DMD 患者の 方がともに数値が高かったことから、DMD 患者では筋繊維の壊死に伴って PGD
2を介し た炎症が起こり、数値も上昇すると考えられた。尿中 PGDM 濃度は症状との関係が認め られたが、尿中 PGEM 濃度に関係が認められなかった。これらの結果から PGD
2の代謝 産物である PGDM の測定は DMD の診断に有効であると判断された。しかしながら、 PGE
2の代謝産物である PGEM は結果からは DMD の診断に必ずしも有効であるとは言えないと 考える。
A.研究目的
Duchenne 型 筋 ジ ス ト ロ フ ィ ー(Duchennne muscular dystrophy : DMD)は進行性の筋萎縮を呈 し,極めて重篤な遺伝性疾患である。本疾患は,
原因遺伝子であるジストロフィン遺伝子のエクソ ン欠失および重複等の変異により,筋の細胞膜形 成に関与するジストロフィンタンパク質が欠損す
る遺伝性筋疾患である。人種に関係なく出生男子 約3500人に1人の割合で発症する(図1)。 DMD患者は4〜5歳時に筋力低下を認め,年齢 と共に筋委縮が進行し,10〜12歳時には歩行能を 失う。そして心筋あるいは呼吸筋の障害が出現し,
心不全あるいは呼吸不全により,多くは20歳代で 死に至る。
19
図1 ジストロフィンタンパク質の合成過程
近年,DMD 患者の壊れかけた筋肉では,炎症や アレルギーなどに関与するプロスタグランジンD2
合成酵素(PGD2 synthase : PGDS)の発現が亢進 していることが明らかとなった。したがって、DMD の 病 状 診 断 に PGD2 の 尿 中 代 謝 物 で あ る tetranor-PGDM(PGDM)濃度の定量が有効である との考えに至った。
図2にPGD2およびPGE2の生合成・代謝経路を 示す。
図2 PGD2およびPGE2の生合成・代謝経路
現在のところPGDMの測定には、液体クロマト グラフィーと接続した liquid chromatography(LC) -tandem mass spectrometry(LC-MS/MS)法が最 も適している。MS(mass spectrometry)は、まず 化合物を適切な方法でイオン化し、生成したイオ ンをm/zで分離して、各々のm/zのイオン量を測 定することで定性・定量分析を行う分析法である。
本法は感度がよいことから、ngあるいはそれ以下 程度の極微量試料に対して大いに威力を発揮する。
本実験では、数ある質量分析法のイオン化、質量 分析部の中から、イオン化法としてエレクトロス プレーイオン化(electrospray ionization:ESI)を、
質量分析部として四重極質量分析を用いた。ESI は、イオンを溶液から気相へ移すソフトなイオン 化法であり、比較的大きな分子量をもち、PGDM の イ オ ン 化 に は 適 し て い る 。tandem mass spectrometry(MS/MS)は、第 1 段階(MS1)に おいて質量選択されたプリカーサーイオンが、活 性化された中性種との衝突により衝突誘起解離
(CID)を起こし、生じたプロダクトイオンが第2 段階(MS2)で選択されることで観測する手法で あ る 。 こ の 測 定 モ ー ド が selected reaction monitoring(SRM)であり、LC-MS/MS は2 段階 のMS分析すなわちSRMを行うことで、高感度か
つ高い選択性で化合物の測定を行うことが可能と なる。
また、PGDMはnegative ionモードでのイオン 化効率が高い。したがってPGDM(MW: 328)は、
MS1でプリカーサーイオン [M-H]- の m/z 327.1、
MS2でプロダクトイオンのm/z 143.1によって定 量することにした。内標準として、PGDM-d6を用 いたので、プリカーサーイオン [M-H]- は m/z 333.2、MS2でプロダクトイオンはm/z 149.2とな る(図3)。
図3 PGDMのSelected reaction monitoring (SRM)法
24〜25年度は、本法を用いてDMD患者および 健常者について尿中 PGDM 濃度を測定し,DMD の病状診断に有効であるかどうかを検討した。
DMDはまだ治療法が確立していない難病で現在 は病気の進行を遅らせる様々な試みがされている。
このDMDの病態進行にPGD2を介した炎症が関係 していることが明らかになり、26 年度は代表的な 炎症マーカーのプロスタグランジンE2(PGE2)も DMD に関与しているかを考察した。そこで DMD 患者の尿中のPGDMとPGEMを測定し、DMDの 診断に有効であるかを検討した。
B.研究方法
[24年度]
1) 対象
4〜23歳のDMD患者 46名および健常者35名 を対象とした。
2) 測定用試料の調製
DMD患者および健常者の尿0.4mlに純水 0.5ml を加え、さらに内標準物質(tetranor-PGDM-d6)を加 えて混和したのち,1N HClでpH3程度に調整した。
あらかじめエタノールと純水で洗浄した固相抽出 カラムSep-Pak Vacに全量をアプライした。5%ア セトニトリル 6mlに続いてヘキサン6mlで洗浄し たのち、酢酸エチル 3ml で溶出した。この抽出液 を窒素ガスで濃縮乾固したのち、10%アセトニト
リル 100µl で再溶解して測定用試料とした。検量
線作成のために内標準物質を加えた各濃度の標準 試料についても同様に作成した。
20 図4にPGDM測定用試料の定量法のフローチャ ートを示す。
図4 PGDM測定用試料の定量法のフローチャー ト
3) LC-MS/MSによる測定
標準試料・測定用試料を API3000 LC-MS/MS
systemに適用し,最適条件におけるプリカーサー
およびプロダクトイオンを検討した後,SRM法で 測定した。PGDM と内標準物質とのピーク面積比 を用いて定量値を算出した。
図5 に LC-MS/MS 測定に用いた HPLC 並びに MS条件を示す。
また,比色定量により尿中クレアチニンを定量 し,その定量値を補正に用いた。
図5 LC-MS/MS条件
[25年度]
1) 対象
2〜55 歳の患者1,003検体および2〜14歳の健 常者116検体、健常成人86検体を対象とした。
各種筋疾患患者の内訳は、DMD、BMD、γ-サル コグリカノパチー、ラミノパチー、先天性ミオパ チー、B-ジストログリカン異常などである。
また、尿中PGDM濃度の日内変動を調べたとこ ろ、概して早朝に低く、日中に高い傾向が見られ たことから、早朝一番尿を採取した。
2) 測定用試料の調製および LC-MS/MS による定 量
患者および健常者の尿0.4mlに純水0.5mlを加え、
さらに内標準物質(tetranor-PGDM-d6)を加えて混 和したのち,1N HClでpH3程度に調整した。次に 固相抽出カラムSep-Pak Vacを用いて抽出した。
この抽出液を窒素ガスで濃縮乾固したのち、10%
アセトニトリル 100µl で再溶解して測定用試料と した。検量線作成のために内標準物質を加えた各 濃度の標準試料についても同様に作成した。標準 試料・測定用試料をAPI3000 LC-MS/MS systemに 適用し,最適条件におけるプリカーサーおよびプ ロダクトイオンを検討した後,SRM(Selected Reaction Monitoring)法で測定した。PGDM と内 標準物質とのピーク面積比を用いて定量値を算出 した。また,比色定量によりクレアチニンを定量 し,補正した。
[26年度]
1) 対象
前年度の尿中PGDM濃度の測定使用した2〜55 歳の患者(DMDおよびBMD)1,003検体および2
〜14 歳の健常者116検体、健常成人 86検体を対 象とした。
尿中PGDM濃度の場合、早朝に低く、日中に高 い傾向が見られたことから、尿中PGEM濃度の測 定の場合も早朝一番尿を採取した。
2) 測定用試料の調製および LC-MS/MS による定 量
患者および健常者の尿0.4mlに純水0.5mlを加え、
さ ら に 内 標 準 物 質(tetranor-PGDM-d6 お よ び tetranor-PGEM-d6)を加えて混和したのち,1N HCl で pH3 程度に調整した。次に固相抽出カラム
Sep-Pak Vac を用いて抽出した。この抽出液を窒
素ガスで濃縮乾固したのち、10%アセトニトリル
100µlで再溶解して測定用試料とした。検量線作成
のために内標準物質を加えた各濃度の標準試料に ついても同様に作成した。
標準試料・測定用試料を API3000 LC-MS/MS
systemに適用し,最適条件におけるプリカーサー
お よ び プ ロ ダ ク ト イ オ ン を 検 討 し た 後 ,SRM
(Selected Reaction Monitoring)法で測定した。
PGDM と内標準物質とのピーク面積比を用いて定 量値を算出した。また,比色定量によりクレアチ ニンを定量し,補正した。
《HPLC測定条件》
装置:Shimadzu 10ADvp[Shimadzu]
カラム:Inertsil ODS-3 column
(150×2.1 mm i.d.) [GL Sciences]
移動相:
A;0.01%(v/v) acetic acid, B;acetonitrile
B:0-2min 10%,,24min 30%, 24min 70%, 28min
21 100%
流速:250μl/min
C.研究結果
[24年度]
LC-MS/MS で高い選択性を有するプリカーサー
およびプロダクトイオンを用いることにより,
PGDM は単一のピークとして認められ,微量定量 が可能であった(図6)。
図6 LC-MS/MSクロマトグラム
検量線も良好な直線性を示し,信頼性の高い定 量ができたと判断した(図7)。
図7 検量線
尿中 PGDM 濃度の日内変動を調べたところ、
概して早朝に低く、日中に高い傾向が見られた(図 8)。この結果から、早朝尿を測定対象とすること にした。
図8 尿中PGDM濃度の日内変動 クレアチニン濃度で補正した尿中PGDM濃度を DMD 患者と健常者で比較したところ,DMD 患者 の方が高かった(図9)。
図9 健常群、DMD群の尿中PGDM濃度の分布
[25年度]
2〜55 歳の患者から採取した早朝一番尿 1,003 検体中のPGDMを測定したところ、健常者の尿に 比べ、高かった。
各種筋疾患患者のうち、DMDとBMDを比較し たところ、尿中PGDMはDMDの方が有意に高か った。
DMD、BMD、γ-サルコグリカノパチー、ラミノ
パチー、先天性ミオパチー、B-ジストログリカン 異常など他の筋疾患の尿中PGDMを測定したとこ ろ、疾患により差が認められた。著しく高値を示 す疾患があったが、検体数が少ないため今後の課 題とし、検体数を増やして検討する必要がある。
[26年度]
2〜55 歳の患者から採取した早朝一番尿 1,003 検体中の尿中PGDMおよびPGEMを測定したとこ ろ、それぞれのピークは分離し、単一ピークとし て検出され、分離定量が可能であった。
図10 に示すように、尿中PGDM 濃度および尿 中PGEM濃度を DMD患者と健常者で比較したと
22 き DMD 患者の方がともに数値が高かった。DMD とBMDを比較したところ、尿中PGDM濃度およ び尿中PGEM濃度はDMDの方が有意に高かった。
図10 健常群、DMD群, BMD群のの尿中PGDM およびPGEM濃度の比較
症状から分類した年齢郡に分けて尿中PGDM濃 度と尿中PGEM濃度の関係と検討したところ、い ずれの年齢群においても相関が認められた。
年齢別に検討したところ、尿中PGDM濃度は症 状との関係が認められたが、尿中PGEM濃度に関 係が認められなかった。
D.考察
MS/MSによる最適なプロダクトイオン,プリカ
ーサーイオンを用いてSRM法を行った結果,高い 選択性により,PGDM は単一のピークとして認め られた。また,IS とのピーク面積比を用いて算出 した定量値も,検量線が良好な直線性を示したこ とから,信頼性の高い微量定量ができたと考えら れた。
クレアチニン補正を行って算出した尿中 PGDM 濃度において,DMD患者と健常者で比較したとこ ろ,DMD患者の方が有意に高値であった。
PGDM 濃度は,早朝尿で評価すると随時尿より も安定した結果が得られると考えられた。
DMD患者および健常者について測定したところ、
DMDの病状診断に有効である可能性が示唆された。
また、他の筋疾患患者の尿中PGDMを測定したと ころ、疾患により差が認められた。以上の結果よ り、治療効果の判定に応用可能であると考えられ た。
DMD患者では、筋繊維の壊死に伴ってPGD2を 介した炎症が起こり、PGDM の数値も上昇すると 考えられる。これまで行ってきたDMD患者および 健常者中の尿中PGDM濃度測定の結果から、PGD2
の代謝産物である尿中PGDM濃度はDMDの病状 診断に有効であると判断された。
また、PGE2の代謝産物である PGEM 濃度は結 果からは、必ずしもDMDの診断に有効であるとは 言えず、今後も検討していく必要があると考えら れた。
図11 健常群、DMD群におけるPGDM生成 E.結論
API3000 LC/MS/MS systemを用いるPGD2の代 謝物である尿中PGDM濃度の測定法を確立した。
尿中 PGDM濃度は、健常者<BMD患者<DMD 患者の順に高かったことから、DMDの病状診断に 有効であることが明らかとなった。
尿中PGDMはDMD濃度の病状診断に有効であ るが、PGE2の代謝産物である PGEM 濃度は、必 ずしも DMD の診断に有効であるとは言えないこ とが明らかとなった。
F.研究発表 1.論文発表
Nakagawa T, Takeuchi A, Kakiuchi R, Lee T, Yagi M, Awano H, Iijima K, Takeshima Y, Urad e Y, Matsuo M.
“A prostaglandin D2 metabolite is elevated in th e urine of Duchenne muscular dystrophy patien ts and increases further from 8years old.”
Clin. Chim. Acta. 2013 423(23) 10-14.
2.学会発表
1) 垣内 涼平,成田 哲也,竹内 敦子,裏出 良 博,鎌内 慎也,松尾 雅文
「筋ジストロフィー患者の尿中プロスタグランジ ンD2代謝物の定量」
日本薬学会第132年会 (2012.03.30 札幌).
2) Taku Nakagawa, Atsuko Takeuchi, Ryohei
DMD vs BMD: p<0.05
DMD vs Control , BMD vs Control: p<0.001
DMD vs BMD: p<0.005
DMD vs Control, BMD vs Control: p<0.001
23 Kakiuchi, Tomoko Lee, Mariko Yagi, Hiroy
uki Awano, Kazumoto Iijima, Yasuhiro Takeshima, Yoshihiro Urade, Masafumi Matsuo
“A prostaglandin D2 metabolite is elevated in the urine samples of patients with Duchenne muscular dystrophy”
18th International WMS Congress(2013. 10.1-5 Asilomar, California, USA)
3) 松尾 雅文,裏出 良博,竹内 敦子
「デュシェンヌ型筋ジストロフィーの尿中プロス タグランジン代謝産物解析」
第40回BMSコンファレンス(2013.7.9 宮崎)
4) 竹内 敦子,裏出 良博,松尾 雅文
「LC-MS/MSによるDuchenne型筋ジストロフィー 患者の尿中プロスタグランジンD2代謝物の定量」
第40回BMSコンファレンス(2013.7.9 宮崎)
5) 柳下 沙絢,竹内 敦子,中川 卓,竹島 泰 弘,裏出 良博,松尾 雅文
「デュシェンヌ型筋ジストロフィー患者尿中プロ スタグランジンD2代謝物濃度」
第61回質量分析総合討論会(2013.9.10 つくば)
5) Atsuko Takeuchi
“LC-MS/MS quantification of a prostaglandin D2
metabolite in the urine of Duchenne muscular dystrophy patients”
Japan-Vietnam joint research meeting on Duchenne muscular dystrophy(2014.2.26 Hanoi, Vietnam)
6)竹内敦子
「疾患の診断・治療をめざす質量分析の応用研究」
第 67 回日本臨床化学会近畿支部例会(2014.6.14 神戸)
7) 藤井 菜摘,竹内 敦子,裏出 良博,松尾 雅文
「筋ジストロフィー患者の尿中プロスタグランジ ン代謝物(tetranor-PGDMおよびtetranor-PGEM)
の定量」
日本薬学会第135年会(2015.3.26 神戸)
G.知的財産権の出願・登録状況 特になし