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国際文化から見た文化の未来 ――

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国際文化から見た文化の未来

― ―グローバリゼーションのなかで文化の多様性をどう守るか― ― 平 野 健一郎

 平野です。佐久間先生、丁重なご紹介をありが とうございました。戦後一貫して日本の社会学の 研究と教育をリードしてこられました立教大学 が、このたび現代文化学科という新しい学科を創 設され、社会学の最先端をさらに切り開いていこ うとなさっていることに、あらためて敬意と祝意 を表させていただきます。私はいま早稲田大学で 教えております。立教大学と「池袋−高田馬場枢 軸」を作ろうとしている大学のメンバーとしても このことをたいへんうれしく思います。国際関係 論という社会学の隣接分野で研究教育をしている 者として、また、その分野ではやや例外的なので すが、文化を考えてきた者としても、たいへんう れしく思います。学科の今後のご発展を心から期 待しております。

 私のタイトルは「国際文化から見た文化の未 来」ですが、グローバリゼーションのなかで文化 の多様性をどう守るかという問題を考えながら、

話を進めていきたいと思います。

1.文化・国際文化

 基本的なことですけれども、定義を申し上げま す。まず文化と国際文化について、私は長い間、

国際関係論の観点から文化をどうとらえたらいい のかということを模索いたしました。そして、文 化を人間が環境のなかで「生きるための工夫」の 集合であるととらえるのがよいという結論に至り ました。これは、クライド・クラックホーンとい うアメリカの文化人類学者の 1950 年代の定義で

す。英語では「デザインズ・フォー・リビング」

です。これを「生きるための工夫」と訳したいと 思います。

 人間は環境のなかで生きるために文化を必要と するわけです。その環境とは本来は自然環境であ りました。火の使用という文化から始まって、さ まざまな文化を積み重ねてきたことによって、人 間はいま生きていくことができるわけです。しか し、人類が増えるとともに、その環境は自然環境 だけでなく、社会環境というべきものをも含むよ うになりました。われわれはいまむしろ社会環境 のなかで生きているといった方がよいところがあ ります。それはたとえば国際環境であり、あるい は、日常的には自分とは異なる他者との関係とい うことになります。

 また、人間は地球上全体を生活空間にするわけ ではありません。ごく限られた時間と空間のなか で生きるわけです。その空間と時間は、風土や歴 史と言い換えることもできますが、一人ひとり異 なっています。ある程度の人間が集まった集団ご とに異なる文化ができ上がり、われわれが生まれ たときにはすでにそれが十分に発展しているとい う状況であります。そういう意味で文化には、人 間すべてに当てはまるという普遍的な側面と、時 間と空間によって異なる個別的な側面とがあると 思います。

 文化とは人々の生活であるということですか ら、したがって、地方文化が非常に大事だという ことが基本だと思います。しかし、同時に、私は

「国際文化」ということをタイトルにも掲げまし

〈シンポジウム 現代文化の葛藤と人間の未来 ― ― エスニシティ、都市、環境の視点から ―― 講演1〉

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た。 「国際文化とは何か」という疑問があると思 います。通常言われる「国際文化」は、何となく 洒落た国際的な文化を連想させます。世界中の 人々が同時に身につけているファッションや一緒 に聴いている音楽、そういったものを国際文化と 総称すると思いますが、私の場合には、 「国際関 係のなかの文化」という意味です。その文化と は、先ほど申し上げたように、人々がそれぞれの 時間と空間のなかで生きる生き方です。言い換え れば地方文化というものを国際関係のなかで考え ております。地方文化と地方文化の間の関係がど ういうことになっているのかを考えるのが「国際 文化論」だと思っています。

 次に、これも最初の定義から出てくることです が、環境の変化と文化の変化の間には、いつも恒 常的にフィードバックの関係があります。人間が 文化を創った途端に環境を変えることになりまし た。環境が変わると、その新しい環境のなかで生 き抜くためにまた文化を変えていかなければいけ ないという、そういう営みの繰り返しで文化が変 わってきているというように考えます。

 文化の変化は、いわゆる内発的な変化と外発的 な変化の二つに分けることができます。文化の変 化に多少ともご関心のある方のなかには、たとえ ば国際社会のなかでの日本文化の変化ということ を問題意識を持って考えると、内発的な変化を貴 重なものである、あるいは外発的な変化に比べて 内発的変化のほうがより高度であると考えられる 方も多いと思います。しかし、私は国際関係のな かで文化を考えますので、実は、外発的な文化の 変化を主に取り上げてきました。

 実際、内発的な変化だけで独自の文化を創って きているという人々はいないのです。日本は、国 際環境からの影響を受けた文化、どこかの外国か ら借用したり模倣したりした文化を持っていると 考えがちですが、実は、どこの人々の文化も外発 的な変化のほうが多いのです。正確な計算をする わけにはいきませんが、どの文化をとっても―わ れわれが日本の文化に比べてより純粋だと思って

いるような文化も―、 9 割方は外から持ってきた 要素で成り立っている。印象論的な話ですが、す べての人々が実は 9 割ぐらいはほかの人が創った 文化で生きているのだといわれています。

 しかし、その外から入ってきた文化をそのまま 自分たちの文化として使うわけにはいきません。

地方ごとに風土・歴史が違うわけですから、借り たものを自分たちの生き方に合うように変えてい くということが必ず起こります。私はそれを「文 化触変」と呼んでいます。ほかの文化との接触に よって自分たちの文化を創っていくのですが、そ のときにはほかから来た文化を変えているという 意味です。

 文化触変は単なる外発的な変化ではありませ ん。文化が外からやって来て、文化を変化させる ことになりますので、当然、今までの生き方を変 えなければいけません。外からの文化による変化 には抵抗が起こるのが道理です。そして、外から 入ってきた文化要素を自分たちに合うように再解 釈し、従来の文化と合うように再構成するという 営みが文化触変ですので、単なる外発的な変化で はありません。

2.グローバリゼーション

 さて、現代の問題ですが、外からやって来る文 化ということでわれわれの生き方を考えるとなり ますと、今はグローバリゼーションといわれる現 象を抜きにしては考えられません。そこで、少し のあいだ、グローバリゼーションをいま申し上げ たような観点で見直してみたいと思います。

 いまグローバリゼーション論が非常に盛んです が、私のにわか勉強ですと、まず経済がグローバ ル化しているということをグローバリゼーション といいます。それから、経済だけではなく、文化

―映画や音楽を含めあらゆるもの―が、だいたい

すべてアメリカ発であり、しかもアメリカはそれ

を国際政治のなかの自国の覇権を打ち立てるため

の手段として使っている、意図的にやっていると

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いうような考え方まで含めて、グローバリゼー ションとは実はアメリカニゼーションの別名なの だというとらえ方もあります。

 また、そうではなくて、国際環境から文化を受 けて自分たちの文化を変えるということは、グ ローバリゼーションがうんぬんされるよりももっ と前からずっとあるではないか。たとえば日本を 含む非西洋の世界では、 19 世紀からヨーロッパ、

アメリカの影響を受けてどんどん文化を変えてき た、生き方を変えてきたではないか。それを「近 代化」と呼んできたわけですから、実は近代化と はグローバリゼーションだったのだと考えて、今 日のグローバリゼーションは近代化の続きである とする見方も可能です。

 以上三つのとらえ方とすこし違った考え方で、

ローランド・ロバートソンというグローバリゼー ション論の代表的な論客の 1 人が述べている考え 方があります。現代の世界を見渡すと、あっとい う間に世界の端から世界の端まで行けるわけです し、情報はリアルタイムでどんどん動くというこ とで、時間と空間がかつてないほど圧縮されてい ます。ロバートソンはこれこそがグローバリゼー ションなのだという定義を下しています。彼はそ れに加えて、時間と空間が圧縮される結果、世界 中の人々一人ひとりが、自分の行為が世界とつな がっている、あるいは世界を変えることもあると いうように意識を変えること、それもまたグロー バリゼーションなのだといっています。私として は、以後グローバリゼーションを考えるには、こ のロバートソンの考え方も参考にしながら、や はり近代化の続きであるというその性質を重点的 にとらえていきたいと思います。

 定義はともかく、グローバリゼーションがいま 急激に進んでいます。それはどうしてなのだろう かということを考えなければなりません。考える ときの視点としては、市場と国家と社会の三角関 係で考える、問題をとらえるということを、まず 基本にしたいと思います。 「社会」は「人々」と、

もっと身近な言い方で言い換えてもよいと思いま

す。図 1 のように、上に市場と国家、下に社会

(人々)という三角形を描いて、それを枠組とし て考えたいと思います。

 たとえば、私は早稲田大学で教えています。ゼ ミの学生が、父親がリストラにあって授業料納入 で問題を抱えているとか、残念なことにお父さん が亡くなるという学生がいます。本当に意外なほ ど多いのです。まだ 20 歳前後の学生ですから、そ のお父さんたちは 50 代の働き盛りの人だと思い ます。そういう人たちが突然亡くなるという事件 が、私のゼミでも毎年 1 人ぐらいずつあります。

こうした事態は、実は、市場と国家と社会(人々)

の三角関係の構造に上からグローバリゼーション が押し寄せてきているということに他ならないと 思います。従来ですと、国家は国民を守ってくれ るものだったはずです。それが今ではそうではな くて、国家は規制緩和をどんどん進める、やや過 激な言葉ですが、国家と市場が結託して、グロー バリゼーションがどんどん進んでいくという状況 です。図 2 のように、グローバリゼーションの影 響が上からもろにわれわれに被さってくるという 構図を考えてもよいと思います。

 そういう点で振り返ってみますと、近代の国民 国家と市場とは、もともと同一の起源を持ってい たということができます。近代の国民国家は自由 競争によってそれぞれ競争し、自国を強化するこ とをやってきました。他方、市場はまさに自由競

図1

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争の場そのものです。しかし、近代においては、

国内市場と世界市場を国家が切り離す、間に障壁 を設けるようにしてきたはずなのですが、それが 今はそうではなくなっているということだと思い ます。近代国家が変質していると思います。

 近代国家の変質ということを少し考えてみま す。そのために人の国際移動ということを例にと りたいと思います。人の国際移動のグローバル 化、あるいは地球規模化は 1970 年代に始まった といわれています。もちろん 1970 年代以前にも、

人は国境を越えてあちこちへ移動しました。それ は主に「移民」であったわけですが、 1970 年代以 降の動き方は、むしろ国際「移動」といったほう がよいのではないかと思います。とにかく人の国 際移動が 1970 年代から盛んになりました。それ に関して私が少し気になっている見解が二つあり ます。それを検討してみたいと思います。

 一つは、ここにお集まりのほとんどの方々、社 会学者の方々の見方です。とりわけ日本の社会学 で人の国際移動を取り上げられる方々は、どちら かといえばヨーロッパをフィールドにしていらっ しゃる方が多く、たとえばドイツにガストアルバ イターとして働きにいったトルコの人たちがその ままドイツに定住してしまうというような、移民 労働者の定住化問題を早くから研究してこられま した。佐久間孝正先生が最近お訳しになった『イ ギリスの中のパキスタン』 (ムハンマド・アンワ

ル著、明石書店、 2002 年)という本によりますと、

バーミンガム市のスモール・ヒース区の 37.2 パー セントがパキスタン人だそうです( 1991 年) 。そ ういう状況から一つの結論として、社会学の方々 は近代国家が異質の集団を抱えるようになるとい う新しい状況を重視する見解を出しておられま す。国際関係論をやっております私にも非常にた めになる結論です。

 それに対して、私は、 1970 年代以降、移動し続 ける人々が国際社会に大量に現れているという現 象のほうに目を引かれます。国際関係論という学 問をやってきた関係かもしれません。それにアジ アをフィールドにしているという条件も加わるか らかもしれません。移動し続けるということは、

1 ヵ所に留まらないわけです。日本人だけれども、

日本国にそれほど帰属しない人々、あるいは、日 本に来ている外国の人たちも非常に多く、しか も、またどこかへ行ってしまうという状況になっ ています。どこの国に帰属しているのだろうかと 思われるような人たちが多くなっているという現 象です。

 言い換えると、 1970 年代ぐらいまでは、世界中 の人が二重国籍はいけないと思っていました。し かし、 1970 年代以降、二重国籍、三重国籍の人が どんどん増えてくるというような状況になりま す。これはどうしてかというと、従来は国境が越 えにくかったものだったのに、容易に越えられる ようになってしまった。最近、欧米の研究者の間 でも「穴の開いた国境」( porous borders )という 言い方がしきりにされるようになっています。国 境に穴が開いてしまったということは、近代の国 家からなる国際関係を見てきた私にとっては大変 な変化になります。

 どちらも正しい見方ではないかと思います。い ずれにしましても、近代国民国家が大きく変質し ているということで、しかもその変質の一つに国 家が世界市場と結託したということがあるのでは ないかということです。

図2

(5)

3.1970 年代からの変化

 そうした変化はどんな変化だったのか、改めて 整理してみます。 1970 年代に国際社会に重要な 変化が続出しました。一つは、宇宙衛星の月面着 陸に象徴されたように、また石油危機が実際に起 こったように、閉じた地球であるという認識を一 瞬にして世界中の人が持つようになったというこ とです。資源は無限にあると思っていたのです が、石油危機で痛い思いをして有限であることに 気づかされました。環境も無限ではないというこ とです。 1972 年に国連の環境会議が開かれてい ます。

 それから、国際関係の主体の変化も 1970 年代 からの大きな変化だと思います。国家の変化とい うことは申し上げました。従来は国家が国民を守 る、そして国境はしっかりしているということで した。その結果、国際関係は国家と国家の間の関 係だけだったのが近代です。しかし、 1970 年代以 降、国家がそういう地位を独占することはもうで きません。国際関係論のほうでは主体の多様化と いいますが、具体的には NGO が活発に国際的に 活動するようになったことに表れています。国際 化と一般にいわれるような変化も、 1970 年代か らだと思います。とりわけ人や情報の国際移動が 非常に活発になったということがあります。

 文化の変化も 1970 年代からです。もちろん文 化は日々変わるのですが、文化の基本的なあり方 が 1970 年代から変わったという意味での本質的 な文化の変化です。 1968 年にパリの 5 月がありま した。 1968 年、 69 年には日本でも大学紛争、大 学闘争が燃え盛りました。中国ではそのころ文化 大革命で紅衛兵が暴れまわりました。若者文化の 時代が始まったのです。それまではお祖父さん、

お祖母さん、お父さん、お母さんが文化の権力を 握っていたのですが、今ではむしろ若者のほうが 文化を支配しているとさえ思えます。典型的なの はコンピュータ文化です。私はいまこうしてコン ピュータをいちおう操作できますが、これは大学

院生に教えてもらってようやくできるようになっ ているわけです。

 ジェンダーの見方も 1970 年代からだったと改 めて気づかされます。ウーマンリブの活動が活発 になり、それがやがてジェンダーという概念に変 わっていくのも 1970 年代だったと思います。一 人ひとりの人々の意識も大きく変化しました。す でに申し上げたように、帰属意識が国籍は一つで なければならないというようなことではなくなり ました。たとえば日本人だったら日本国民であっ て、日本国にのみ帰属するということが当たり前 ではなくなるということになっています。以上の ような変化の組み合わせのなかから、今日のシン ポジウムの重点の一つであるエスニシティが再登 場するということも起こりました。

 そういうものを総称していうと、 1970 年代か ら国際関係は「インターナショナルな関係」から

「トランスナショナルな関係」へと変化しました。

これは私にとっては本当に大きな変化です。皆さ んにとってもそうだと思います。どうしてかとい うと、たとえば国境が低くなったり穴が開いてし まったりするという変化と大きな関係がある変化 だからです。

  1 9 8 9 年にベルリンの壁が壊され、冷戦が終 わって、ジャーナリズムなどでは 1989 年に世界 が大きく変わったといわれますが、私はそうでは なくて 1970 年代から変化が始まっていて、人が 動いたり情報が駆け巡ったりする状況になってい た、その結果として、ベルリンの壁が倒れ、ソ連、

東欧の共産主義体制がなくなったのだと考えたほ うがよいと思っています。そして、国際関係がそ ういうトランスナショナルな関係になったなか で、 1990 年代からグローバリゼーションという 現象が世界中に圧倒的に被さるようになったと考 えます。

4.グローバリゼーションと文化

 最後に、グローバリゼーションと文化の関係で

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す。すでに申し上げたことで、繰り返す必要はな いと思いますが、グローバリゼーションは、現代 の文化の変化と言い直すことができます。文化の 急激な流入が日常的に起こっているわけです。そ れは、最初に申し上げたように、外発的な変化で あります。急激に、圧倒的な外発的変化が進み、

内発的な変化や、先ほど私が申し上げた文化触変 をやっている時間の余裕がないという状況にさ え、なっているわけです。その結果、従来から 持っている文化や価値観に全く対立するような新 しい文化や価値観がどんどん入ってきて、乱立状 態です。

 そこで、今日のシンポジウムのもう一つのテー マであります「文化の葛藤」が起こります。私は これを 1970 年代ごろから「文化摩擦」という術 語で呼んできました。今日のシンポジウムでは

「葛藤」という言葉が使われていますが、同じこ となのだろうと考えたいと思います。

 文化摩擦は、たとえば現代の日本の社会で親子 の間がわかり合えないというような、世代間の摩 擦としても現れますが、われわれの心のなか、頭 のなかで対立する価値が渦巻くというような状況 にもなっています。われわれ、なかなか決断を下 すことができなくなっています。それはやはりわ れわれのなかに対立する文化の葛藤があるからだ と考えざるを得ないと思います。

 そういう状況ですから、グローバリゼーション という名前の現代の文化変化に何とか抵抗したい と私は思います。どうしたら抵抗できるだろう か。昔のように鎖国をしたり攘夷をしたりするこ とができるだろうか。それはもはやできないで しょうね。自分たちが従来から慣れ親しんできた 価値の体系を固守する、死んでもそれを守るとい う原理主義の生き方も考えられると思いますが、

それが可能かどうかという問題です。佐久間先生 が最初にご紹介になった「文明の衝突」という考 え方がありますが、私は文明の衝突は何とか避け たいと思います。最後にグローバリゼーションへ の抵抗について少し考えたいと思います。

 その前にもう一つだけ指摘しておきたい点があ ります。グローバリゼーションで圧倒的に外から 文化が変えられていくという状況ですが、文化の 変化を別の観点で分類すると、望ましい変化と望 ましくない変化とに分けることができます。単純 な分け方ですが、グローバリゼーションによって 強制される文化の変化がすべて望ましくない変化 だといえるかどうか、これも考えてみなければな りません。たとえば人権の考え方、ジェンダーの 観点、民主化といったものも、やはりグローバリ ゼーションのなかの文化の変化として世界に広 がっているところがあります。それさえも自分た ちの従来の文化とは違うものだといってはねつけ るかどうか。そういう問題があると思います。

結論―社会の文化変容による文化の多様性 の維持

 そのような問題を並べたうえで、結論として、

グローバリゼーションのなかで、われわれの慣れ 親しんでいる広い意味での地方文化をどうやって 守っていくかという問題を考えなければなりませ ん。これはいいかえると、文化の多様性の維持の 問題です。人類の未来は、生物多様性にかかって いるといわれるのと同じぐらいに、文化の多様性

(カルチュラル・ダイバーシティ)にかかってい ると私は思います。かりにグローバリゼーション がこのままどんどん吹き荒れて、世界中の文化が どんどん似ていったときにどうなるかと考えます と、その文化がどこかまずいことになったときに は、もう代わりがない。やや誇大妄想の考えかも しれませんが、そのとき人類は死滅せざるを得な いと思います。

 欧米のグローバリゼーション論の論者たちは、

グローバリゼーションが文化を急激に変化させて

いることで、グローバルな文化と地元の文化のあ

いだで文化の雑種化が起こりつつあるということ

を、最近盛んにいうようになりました。 「文化の

雑種性」 (カルチュラル・ハイブリディティ)と

(7)

いうのが最近の流行り言葉です。あらゆる文化が 雑種化していくと、究極的には文化が画一化する であろうということになります。文化の多様性は 失われることになります。それでよいのかどうか ということです。それと反対に、文化の急激な変 化に対抗するために外からの文化の流入を拒否し て、自らに閉じ籠もるという自閉症的な対応も考 えられます。

 私は、いま申し上げた二つのどちらにも魅力を 感じます。文化が自分たちにとって掛け替えのな いものであるということからすると、外の文化を 拒否したいという考え方に魅力を感じます。が、

それはもはや不可能になっているとすれば、グ ローバリゼーションという文化の変化に対して、

三つ目の対応を考えなければなりません。受け手 の側が積極的に、主体的に対応していくというや り方です。すでにお話ししたように、グローバリ ゼーションによってわれわれ地方で生きている者 は文化をどんどん変えさせられている。文化はど んどん変化しています。しかし、それに受け身で 対応するのではなくて、能動的に、主体的に組み 換えていく。受け手の側が主体的に文化変容を起 こしていくということです。

  10 年ぐらい前から、ユネスコが「ソーシャル・

トランスフォーメーション」という概念を提示し ています。これを、グローバリゼーションのな か、世界中の隅々までの人々の文化や生活の防衛 のためのアクティブな概念にしたいということ で、いま国際的な連携研究を推進しています。私 はこの活動とも少し関係してきましたけれども、

独自に、しばらく前から社会・文化変容を受け手 が主体的に行うという方法を考えてきました。

「ソーシャル・トランスフォーメーション」も直 訳すれば「社会変容」ですが、私の考えでは「社 会・文化変容」の方が適訳ということになりま す。

 社会・文化変容の方法によるならば文化の多様 性は維持できると思います。世界各地の人々がグ ローバリゼーションに抗して、それぞれ主体的、

能動的に社会・文化変容を企てていくことにか かっています。それを図 3 に表わしてみました。

そして、そのうえで、人々が交流をして行く必要 もあると考えます。グローバリゼーションが国家 と市場の結託によってどこからか社会に押し被 さってくるという状況は大変な圧力なので、人々 の側もそれに対応していかなければならないで しょう。その方法としては、それぞれの地方での 文化の独自性、個別性の維持に貢献できるような 国際文化交流をする必要があります。文化の独自 性と国際文化交流とは矛盾するようですが、望ま しい変化は何かということをお互いに考え合っ て、必要な知恵や知識を交換するという形の国際 文化交流を積極的にやっていく必要があるのでは ないかと思います。

 最後に、今日の私の話のテーマソングを流させ ていただきます。

       あめりか通り

作詞:ビセ・カツ 作曲:知名定男

歌 :ネーネーズ(旧)

いろんな国の言葉たちが 街にあふれてる

アコークロー昼と夜のはざま パーンショップのにぎわい

図3

(8)

オーディオ店のネオン インド人の洋服屋 異国の街のように 横文字が踊っている

 あめりか通りのたそがれは  ロックに島唄ラップにレゲエ  我っ達島やコザの街

 チャンポンチャンプルー  チャンポンチャンプルー  あめりか通り

      (CD ネーネーズ「コザ〜ネーネーズ・

ベスト・コレクション」から)

万国津梁の詩

作詞/作曲:永井龍雲     歌 :ネーネーズ(新)

花にもいろいろあるように お国もいろいろ違ってる それぞれ事情があることを わかってあげてね

 心と心に橋を架け  世界を繋ぐ  あぁ 万国の

 あぁ 万国の津梁の詩 戦を好まぬ琉球に 戦の歴史が刻まれた 尊い命が奪われた 無駄にしないでね

 過去から未来へ語り継ぐ  平和の願い

 あぁ 万国の

 あぁ 万国の津梁の詩 周囲を取り巻く海原は 誰かのものでもありません 自由に千舟が行き交って 豊かになってね

 笑顔と笑顔の交流は  幸せ運ぶ

 あぁ 万国の

 あぁ 万国の津梁の詩

ちゅ

  (CD ネーネーズ「美らうた」から)

 ご清聴、ありがとうございました。ネーネーズ

とともにお礼を申し上げます。

参照

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