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回族 の 親族 カテ ゴ リー をめ ぐる覚 書

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回族 の 親族 カテ ゴ リー をめ ぐる覚 書 43

回族 の 親 族 カ テ ゴ リー を め ぐる覚 書

一 寧夏回族 自治区銀川市の事例か ら 一

澤 井 充 生

1は じ め に 問題提起

本 稿 は 中 国西 北 部 に くらす 回族 の親 族 カ テ ゴ リー に関 す る調 査報 告 で あ る。 親 '族 カテ ゴ リー を研 究 テ ー マ に と りあ げ る と、 「時 代 錯 誤 」 の 印 象 を読者 に あ た え るか も しれ な い。 た しか に親族 研 究 が 人類 学 にお い て 「主 流 」 の研 究 領 域 と はい えな くな って い る現 在 、親 族 そ れ 自体 に関 す る研 究 論 文 や調 査 報 告 は 「時 代 錯誤 」 とみ な され て も仕 方 が ない 。 しか しなが ら、 そ こ に生 活 す る 人 々 の親 族 研 究 が ほ とん どな され な か っ た地 域 が 現 在 もあ き らか に存 在 し、 基礎 的 な 民族 誌 的資 料 が 欠 如 して い る現 実 をふ ま え る と、親 族 研 究 が 現 在 の 人 類 学 に とっ て建 設 的 な もの で は な い とす ぐ さ ま判 断 す る こ とに も問題 が あ る。

例 え ば 、 中 国 の よ う に、 建 国 後 、一 連 の暴 力 的 な政 治 運 動 に よっ て ア カデ ミズ ムが 否定 され た結 果 、1980年 代 に は入 って か ら ようや く人文 ・社 会科 学 が 復 活 し、

人 類 学 的 な フ ィー ル ドワ ー クが 本格 的 に 実施 で きる よ う に な った 国 もあ る。 中国 で は 「周縁 」 に位 置 づ け られ て きた少 数民 族 の なか に は基 礎 的 な 民族 誌 的 資料 す ら現 在 も十 分 に は収 集 され て い ない 民 族 が い る。 こ う した 問 題 は 筆 者 が2000年 頃 に中 国 西 北部 で フ ィ ー ル ドワー ク をは じめ て実 施 した と き に深刻 な 問題 で あ る

と痛 感 したが 、 現在 も未 解 決 の ままで あ る。

も ちろ ん 中 国の 少 数 民族 に関 す る研 究 で は 、1980年 代 以 降 、少 数 民 族 地域 で人 類 学 的 な フ ィー ル ドワ ー ク を実 施 した研 究者 が増 加 してお り、 と くに 少 数民 族 出 身の 研 究 者 に よる 「自文 化 研 究 」 には 目覚 ま しい ものが あ る。 しか し、近 年 の研 究 動 向 を一 瞥 す る と、近 現 代 史上 の 出 来事 、例 え ば、 中華 民 国 期 の ナ シ ョナ リズ ムの 勃興 、中 華 人民 共 和 国期 の 「民 族識 別工 作 」 と 「民 族 」(而 醍の の創 出 とい っ た諸 問 題 が注 目 され る一 方 、 家族 ・親 族 ・婚 姻 ・コ ミ立 ニ テ ィ とい っ た オー ソ ドッ

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44 回族 の 親族 カテ ゴ リー をめ ぐる覚 書

ク ス な諸 問 題 を正 面 か ら検 討 す る論 考 が 非 常 に少 な い。 少 数 民 族 の研 究 に はエ ス ノ ・ナ シ ョナ リズ ム や ア イデ ンテ ィテ ィ とい っ た広 義 の 「政 治 」(権 力 関 係)に 密 接 にか か わ る問題 ば か りが 注 目を集 め るが 、 日常 生 活 に 関す る基礎 的 な民 族 誌 的 資料 を十 分 に収 集す る必 要 が あ る こ とは い う まで もな い。 この こ とは 、経 済 自 由化 政 策 に よっ て少 数民 族 社 会 が お お き く変容 しつ つ あ る現 在 の 中 国 に お い て も 初 歩 的 な作 業 で あ る こ とに は変 わ りは ない 。

と こ ろで 、 中 国社 会 に 関 す る 人 類 学 的研 究 で は、 漢 族 研 究 を 中 心 と して、 家 族 ・親 族 に関 す る豊 富 な民 族 誌 的 資 料 が 収 集 さ れ て き た。 戦 前 ・戦 中 期 は 農 村 慣 行 を調 査 した 日本 人調 査 団、 欧 米 に留 学 した 中 国 人 人類 学 者 が 登 場 し、戦 後 は フ リー ドマ ン[1958]や ワ トソ ン[1975]な どの 欧 米 人 研 究 者 を は じめ と して、

末 成[1983]、 中生[1991]、 轟 莉 莉[1992]、 韓 敏[2001]、 渡 邊[2002]}溢 宏 立[2002]、 瀬 川[2004]、 秦 兆 雄[2005]な どの 人類 学 者 が 、家 族 形態 、出 自観 念 、 婚姻 規 制 、 婚姻 形態 、祖 先 祭 祀 な ど に関 す る緻 密 な議 論 をお こ な って きた。 少 数 民族 の研 究 に関 して い え ば 、 モ ンゴ ル族 、 朝 鮮 族 、満 族 、 ヤ オ族 な どの 親族 に 関 す る調 査 報 告 が あ るが 、全 体 と して み た 場 合 、 漢族 研 究 の よ う に理 論研 究 お よび 事 例 分 析 が 現 在 も精緻 化 され て い る と はい え ない 。 そ の代 表 例 が 中国 ム ス リム の 研 究 で、 と くに回族 研 究 で は ご く最 近 まで イス ラー ム 史 、民 族 形 成 史、清 朝 期 の 回 民 蜂 起 とい っ た テ ー マ が 主 流 で あ り、 親 族 研 究 は ほ と ん どな され て い な い1)。

これ は、 回族 研 究者 の大 多 数 が 回族 で あ り、 回 族 出 身 の研 究 者 らが 回 族 をひ とつ の 「民 族 」(minzu)と して 正 当化 す る た め の論 証 に専 念 す る あ ま り、 家族 や親 族

とい った 人類 学 に とっ て基 本 的 な諸 問題 に関 心 を払 わ ない こ とに よ る。

筆 者 は、 お もに2000年 か ら2001年 ・2002年 にか けて 寧 夏 回 族 自治 区で 、2003 年 か ら2009年 に か け て 内 モ ン ゴ ル 自治 区 で 回族 の 清 真 寺(モ ス ク)に 関 す る イ ンテ ンシ ブ な フ ィー ル ドワ ー ク を継 続 的 にお こな っ て きた。 時 代 差 や 地域 差 は あ る が、 回族 の 人 々は清 真 寺 を 中心 と して 独 自の コ ミュ ニ テ ィを形 成 す る伝 統 が あ り、筆 者 は調 査 地 に あ る清 真 寺 で フ ィー ル ドワー ク を 実施 す る際 、 まず 、清 真 寺 の周 囲 に集住 す る回 族 の社 会 カテ ゴ リー を調 査 す る こ と に して い る。い わ ゆ る 〈血 縁 〉 が 重 要 な組織 原理 とな る 中 国社 会 で は、 数 多 くの社 会 カ テ ゴ リー の なか で無 視 で きない もの が 親族 カ テ ゴ リーで あ る。 漢 語 を母語 とす る諸 民 族 にい え る こ と で あ るが 、 漢 語 の親 族 名 称 ・呼 称 の 体 系 は 日本 の そ れ よ り も複 雑 で あ り、親 族 用

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回族 の親 族 カテ ゴ リー をめ ぐる覚 書 45

語 の 意 味 を把 握 しな い と、 調 査 地 に く らす 人 々 の会 話 内容 を理 解 で きな い し、 意 思 疎 通 を試 み る こ と も困難 で あ る。

こ う した現 状 をふ ま え、 本 稿 で は 回 族 の親 族 カ テ ゴ リー を と りあ げ る こ とに し た6本 稿 の構成 で あ るが 、は じめ に調査 地 概 況 を簡単 に整 理 し、そ れ に ひ きつ づ き、

回族 の 親 族 カ テ ゴ リー を網 羅 的 に記 述 す る 。 そ の後 、調 査 地 の 寧 夏 の銀 川 市 で 収 集 した 事 例 を紹 介 しなが ら回族 の 親 族 カテ ゴ リー の特 徴 を具 体 的 に把握 す る。 本 稿 で は、 回 族 が漢 語 を母 語 と し、 漢 族 との 通婚 に よ っ て形 成 され た歴 史 的経 緯 を ふ ま え、 漢 族研 究 の成 果 、 つ ま り、 漢族 の親 族 カ テ ゴ リ ー に関 す る 文献 資料 を参 照 し、 回 族 と漢族 の事 例 を対 照 させ て 事 実 関係 を確 認 す る こ と にす る。本 稿 の 目 的 は、 中 国 社 会 に 関す る人 類 学 的 研 究 にお け る 資料 収 集 の側 面 に貢 献 す る こ とに

あ る。

皿 調 査 地 概 況

調 査 地 は中 国 西北 部 に位 置 す る寧 夏 回 族 自治 区 銀 川市 に あ る。 まず 、寧 夏 は 中 国全 土 で 回 族 の 人 口 が最 も多 い省 レベ ル の 自治 区 で あ る。 寧 夏 は省 レベ ル の行 政 区 と して は 非常 に小 さ な地 域 で あ るが 、 中央 部 に は黄 河 が 流 れ 、平 原 が 広 が り、

豊 富 な水 資源 を利 用 した 灌 概 農 業 が 盛 ん で あ る(一 部 南 部 を の ぞ く)。 た だ し全 国的 にみ る と現 時 点 で も発 展 途 上 地域 の ひ とつ で あ る。

調 査 時 点 で、 寧 夏 は行 政 区分上 、(1)銀 川市 、(2)石 階 山市(平 羅 県 、陶 楽 県 、 恵 農 県)、(3)銀 南 地 区(呉 忠 市 、青 銅 峡市 、 霊 武 市 、 同 心 県 、塩 池 県 、 中衛 県 、 中 寧 県)、(4)固 原 地 区(固 原 県 、 海 原 県 、 西 吉 県 、 隆 徳 県 、 浬 源 県 、 彰 陽 県) に分 類 され る。!990年 代 半 ば の 時 点 で寧 夏 の 総 人 口 は543万 人 、 そ の う ち 回族 の人 口が182万 人(寧 夏 総 人 口の34%)で あ る。 回族 の 人 口が 多 い 地域 は 、浬 源 県(全 県 の96%)、 海 原 県(全 県 の69%)、 同心 県(全 県 の78%)、 霊 武 市(全 市 の46%)、 固 原 県(全 県 の41%)で 、寧 夏 の 中南 部 に 回 族 が 集 中 して い る(統 計 資料 の 数値 は概 算)。

首 府 の銀 川市2)は寧 夏 平 原 に位 置 し、 同市 東 部 を黄 河 が流 れ 、水 資源 が 豊 富 で 農 業 用 水 路 が多 い 。 お もな農 作 物 は小 麦 、米 、トウモ ロ コシ、リ ンゴや ス イカ な ど。

ま た、 内 モ ン ゴル 自治 区 と甘 粛 省 を むす ぶ 鉄 道 が 敷 設 され て お り、 西 北 部 の交 通

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46 回 族 の親 族 カテ ゴ リー をめ ぐる覚 書

の 要 衝地 の ひ とつ で あ る 。 寧 夏 で は 経 済 条 件 の よ い 都 市 部 で あ る が 、 全 国 レベ ル で み る と発 展 途 上 の 段 階 に あ る 地 域 で あ る 。

銀 川 市 は 行 政 区 分 上 、(1)銀 川 市 区(「 城 区 」、「郊 区 」、「新 城 区 」)、(2)永 寧 県 、 (3)賀 蘭 県3)か ら構 成 され て い る 。 銀 川 市 の 総 人 口 は89万 人 で 、 こ の う ち 回 族 は 10万 人(市 全 体 の18%)。 銀 川 市 区 の 人 口 は 市 区 全 体 の 総 人 口 が54万 人 で 、 こ の う ち 回 族 の 人 口 は9万 人(銀 川 市 区 全 体 の 総 人 口 の18%)。 お も な 調 査 地 と した 銀 川 市 区 内 の 内 訳 は 、 城 区 の 総 人 口 が23万 人 で 、 回 族 の 人 口 が3万 人(城 区 全 体 の 総 人 口 の15%)で あ る[銀 川 市 志 編 纂 委 員 会(編)1999]。e

こ こ で 、 中 国 イ ス ラ ー ム の 概 況 を み て お こ う。 イ ス ラ ー ム の 宗 派 は ス ン ナ 派 で ハ ナ フ ィ ー 法 学 派 に 分 類 さ れ る が 、 回 族 の イ ス ラ ー ム は 分 派 して お り 、 伝 播 時 期 の 古 い も の か ら 、 カ デ ィ ー ム 派 、 ス ー フ ィ ー 教 団(フ フ ィ ー ヤ 派 、 ジ ャ フ リ ー ヤ 派 、 カ ー デ ィ リー ヤ 派 、ク ブ ラ ヴ ィ ー ヤ 派)、 イ ス ラ ー ム 改 革 諸 派(イ フ ワ ー ン 派 、 サ ラ フ ィ ー ヤ 派)な ど の 「教 派 」(iiaopai)が あ る 。 「教 派 」 と は 中 国 独 自 の 概 念 で あ り、 回 族 内 部 の 力 関 係 を 理 解 す る う え で は 無 視 で き な い 。 調 査 地 で は 、 都 市 部 に イ フ ワ ー ン 派 、農 村 部 に カ デ ィ ー ム 派 が 多 い 。 清 真 寺 や ゴ ンベ イ(お も に ス ー フ ィ ー 教 団 の 聖 者 廟)は 行 政 機 関(宗 教 事 務 局)に よ っ て 一 括 管 理 さ れ て い る。

調 査 地 の 清 真 寺 の 概 況 を 整 理 す る と 、2005年 の 統 計 資 料 に よ れ ば 、 寧 夏 回 族 自 治 区 全 体 に は 清 真 寺 が3,500箇 所 あ り 、 清 真 寺 に 勤 務 す る 宗 教 指 導 者 が5,328人 寄 宿 学 生 が8,000人 い る[中 国 伊 斯 蘭 教 協 会(編)2005:384]。2000年 に 筆 者 が イ ン タ ビ ュ ー 調 査 を お こ な っ た 政 府 機 関 関 係 者 の 話 に よ る と 、 銀 川 市 に は 清 真 寺 が155箇 所 、 ゴ ン ベ イ(お も に ス ー フ ィ ー 教 団 の 聖 者 廟)が1箇 所 あ っ た 。 そ の 内 訳 は 、 城 区 に3箇 所 、 新 城 区 に5箇 所 、 郊 区 に54箇 所 、 永 寧 県 に27箇 所 、 賀 蘭 県 に66箇 所 と な っ て い た 。 単 純 計 算 で は あ る が 、 清 真 寺 や ゴ ン ベ イ に 勤 務 す る 宗 教 指 導 者 は156人 い る こ と に な る 。 銀 川 市 区 の な か で 清 真 寺 が 最 も多 い 地 域 は 郊 外 の 農 村 部 で あ る 。 筆 者 が 調 査 対 象 と し た 清 真 寺 は 銀 川 市 の 城 区 お よ び そ れ に 隣 接 す る 郊 外 に あ る 北 関 寺 、中 寺 、西 関 寺 、南 関 寺 、南 関 東 寺(民 楽 寺)、 新 華 寺 、 東 関 寺 、 満 春 寺 の 合 計8箇 所 で あ る 。

こ こ で 、 本 稿 で お も に 紹 介 す るA清 真 寺 の 周 囲 に 集 住 す る 回 族 住 民 の 世 帯 (household)4)の 概 況 を整 理 し て お こ う 。A清 真 寺 は17世 紀 後 半 に 建 設 さ れ 、 調 査 地 で は 歴 史 の 古 い 清 真 寺 の ひ と つ で あ る 。A清 真 寺 の 周 囲 に は 回 族 の 住 民 が 集

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回族 の 親族 カ テ ゴ リー を め ぐる覚書 47

住 し、独 自の コ ミュ ニ テ ィ を形 成 してい る。A清 真 寺 を管 轄 す る 「居 民 委 員 会」(行 政 主 導 で 形 成 され た 住 民 組 織)の 統 計 資料 に よ る と、 「居 民 委 員 会 」 の管 轄 下 に あ る住 民 世 帯 の総 数 が259世 帯 で 、総 人 口が781人 。世 帯 主 の 「民 族 戸 籍 」 を も とに統 計 資料 を整 理 す る と、 回 族 の世 帯 が155世 帯 で住 民 数 が500人 、 漢 族 の世 帯 が79世 帯 で 住 民 数が272人 、転 入 居 な どに よ る詳 細 の不 明 な世 帯 が25世 帯(9 人)で あ っ た。 この 統 計 資料 を み る と、A清 真 寺 の 周 囲 に く らす 住 民 の う ち回 族 が 全体 の 約64%を 占め る こ とが わか る。

A清 真 寺 の周 囲 に集住 す る 回族 の世 帯 主 の 「姓 」.(xing)を 調 査 した とこ ろ、世 帯 数 の多 い もの は馬 姓 、王 姓 、濤 姓 、納 姓 、侃 姓 で あ っ た。 銀 川市 で は馬 姓 、爲姓 、 納 姓 、幌 姓 の 住 民 は圧 倒 的大 多 数 が 回族 で あ る。A清 真 寺 に 通 う老 人 た ち(お も に60代 か ら70代 まで 男 性)の 話 に よ る と、1949年 に 中華 人 民 共和 国が 成 立 す る 以 前 は 、A清 真 寺 の 周 囲 に も と も と暮 ら して い た 回族 に は、 馬 姓 、 王 姓 、 李 姓 、 馬姓 、納 姓 、悦 姓 、恰 姓 、 陳 姓 な どが 多 く、200世 帯 ほ どあ り、 当 時 は 漢 族 の 住 民 は い な か っ た5)。 とこ ろが 、1950年 代 後半 以 降 の一 連 の社 会 主 義 運 動 に よっ て 漢 族 の住 民 が 他 地 域 か ら次 第 に転 入 し始 め、 経 済 自由 化 政 策 の導 入 後 、 回 族 と漢 族 の混 住 化 が 加 速 化 され た。A清 真 寺 が 建 設 され た 地域 は も と も と農 村 部 だ っ た が 、1980年 代 以 降 に 「人民 公社 」 の解 体 と と もに都 市 化 が進 み 、伝 統 的 な民 家(平 屋)が 壊 さ れ、 近 代 的 な集 合住 宅 が建 設 され た。 現 在 、住 民 の戸 籍 はす べ て 「城 市 戸 口」(都 市 戸 籍)で あ る。

皿 回 族 の 親 族 カ テ ゴ リー

1親 族 名 称 ・呼 称

は じ め に 基 本 的 な 親 族 用 語 を 紹 介 す る 。 調 査 地 で は 広 義 の 親 族 は 「親 属 」 (qinsha)、 「親 族 」(qinzu)な どの 語 彙 で 表 現 さ れ る が 、ど ち らか と い え ば 前 者 の 「親 属 」(qinshu)が 一 般 的 で あ る 。 両 者 と も に 現 在 で は 法 律 用 語 で も あ る が 、 生 活 言 語 と し て は 親 族(kin)・ 姻 族(athne)を ふ くむ 概 念 と し て 使 用 さ れ る。 一 般 に 漢 族 社 会 で は 民 俗 語 彙 と して の 「親 族 」(qinzu)は 父 系 親 族 だ け を 指 す が 、 調 査 地 の 回 族 に は そ う し た 厳 格 な 区 分 は み ら れ な い 。

ひ き つ づ き、 回 族 のi親族 名 称 ・呼 称 の 分 類 方 法 を み よ う 。 図 ① に は 名 称 ・呼 称

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48 回 族 の親 族 カテ ゴ リー をめ ぐる覚 書

の 詳 細 も記 載 し て い る の で 確 認 して い た だ き た い 。 まず 、祖 父 母 の 名 称 で あ る が 、 父 方 祖 父 が 「家 爺 々 」(iiayeye)、 父 方 祖 母 が 「家 妨 々 」(iianainai)、 母 方 祖 父 が 爺 」(waiye)、 母 方 祖 母 が 「外 妨 々 」(wainainai)で あ る 。 呼 称 の 場 合 、 父 方 ・母 方 の 区 別 な く 、 「爺 々 」(yeye)、 「妨 々 」(nainai)が 使 用 さ れ る 。 父 母 の 名 称 と し て は 父 親 に は 「父 親 」(fuqin)、 母 親 に は 「母 親 」(muqin)と い う漢 字 が 使 用 さ れ る 。 呼 称 の 場 合 は 父 親 に 「参 」@の 、 母 親 に 「嬌 」@α)が 使 用 さ れ る 。

父 母 の 兄 弟 姉 妹 に あ た る オ ジ ・オ バ の 名 称 ・呼 称 に は 父 方 ・母 方 の 差 異 と性 別 の 差 異 が あ る 点 は 漢 族 と類 似 す る が 、 若 干 差 異 が み ら れ る 。 例 え ば 、 か り に 父 方 オ ジ が4名 い てegoの 父 親 が3番 目 だ と し た 場 合 、 父 親 よ り年 上 の 者 は 「大 参 」 (dadie)、 「二 参 」(erdie)、 年 下 の 者 は 「小 釜 」(xiaoba)と な る 。 そ れ ぞ れ の 妻 は

「大 嬌 」(dama)、 「二 婿 」(erma)、 「旛 」(shen)と 呼 ば れ る 。 一 方 、 父 方 オ バ が4 名 い てegoの 父 親 が3番 目 だ と し た 場 合 、父 よ り年 上 の 者 は 「大 姑 嬌 」(daguma)、

「二 姑 嬬 」(erguma)、 年 下 の 者 は 「三 姑 女馬」(sanguma)と な る 。 そ れ ぞ れ の 夫 は 「大 姑 父 」(dagufu)、 「二 姑 父 」(ergufu)、 「三 姑 父 」(sangufu)と 呼 ば れ る 。

こ れ に 対 し て 、 母 方 の オ ジ ・オ バ の 名 称 ・呼 称 は 簡 略 化 さ れ る 。 母 方 オ ジ は 「舅 父 」Q'iufu)、母 方 オ バ は 「嬢 嬌 」(yima)と な る 。 か り にegOに オ ジ が 複 数 い る 場 合 、 年 齢 の 大 きい 者 か ら 「大 舅 」(dajiu)、 「二 舅 」(erjiu)と な り 、 オ バ が 複 数 い る場 合 は 「大 嬢 嬌 」(dayima)、 「二 嬢 嬌 」(eryima)と 区 別 さ れ る 。 そ れ ぞ れ の 配 偶 者 は 「大 舅 娚 」(dOjiuma)、 「二 舅 嬌 」(幻 伽1の 、「大 嬢 参 」(dayidie)、 「二 嬢 参 」(θび娩 θ)

と な る 。 詳 細 は と も か く、 母 方 の オ ジ ・オ バ の 名 称 ・呼 称 が 母 親 と の 年 齢 差 に よ っ て 使 用 さ れ る 漢 字 が 変 わ ら な い 点 を 考 慮 す る と 、 漢 族 の 場 合 と 同 様 、 父 系 親 族 が egoの 親 族 ・姻 戚 の な か で 重 要 と さ れ る こ と が わ か る6)。

実 際 の 日常 生 活 で は 、 父 方 ・母 方 の 区 別 な く、 オ ジ や オ バ と の つ き あ い が な さ れ る が 、 ど ち ら か と い え ば 、 父 方 の オ ジ や オ バ と の 社 会 的 距 離 が 近 い と考 え られ て い る 。 父 系 親 族 と の 関 係 は 、egoの 親 族 集 団 内 の 権 利 ・義 務 と 密 接 に む す び つ くた め 、 社 会 的 距 離 が 近 く な る と 、 状 況 に よ っ て は 非 常 に 窮 屈 な 関 係 に な りか ね な い 。 そ れ と は 対 照 的 に 、母 方 の オ ジ や オバ と の 関 係 は 社 会 的 距 離 が 遠 い の で 「冗 談 関 係 」 に 近 い もの と な る 。

従 兄 弟 姉 妹(イ ト コ)の 名 称 ・呼 称 に 目 を む け る と 、 父 方 平 行 イ トコ に は 「堂 」

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回族 の 親族 カ テ ゴ リー を め ぐる覚 書 49

(tang)、 父 方 交 差 イ ト コ お よ び 母 方 平 行 ・交 差 イ ト コ に は 「表 」(biao)と い う 漢 字 が 「兄 弟 姉 妹 」 の 漢 字 に つ け ら れ る 。 イ トコ に 対 す る 呼 称 の 場 合 、 長 幼 の 順 序 に お う じて 、egOか ら み て 年 上 の 者 は 「兄 」(xiong)か 「姐 」(ノie)、年 下 の 者 に は 「弟 」

(di)か 「妹 」(mei)の 漢 字 が 使 わ れ る 。 日常 生 活 で は 父 方 ・母 方 の 区 別 な く、 イ ト コ は 「兄 弟 姉 妹 」(キ ョ ウ ダ イ)の よ う に つ き あ う こ と に な る が 、 ど ち ら か と い え ば 、 父 方 平 行 イ ト コ と の 社 会 的 距 離 が 近 く な る 。 あ く ま で も理 念 上 で は あ る が 、 父 方 平 行 イ トコ 、 父 方 交 差 イ トコ 、 母 方 交 差 イ ト コ 、 母 方 平 行 イ トコ の 順 に 社 会 的 距 離 が 疎 遠 と な り、 必 然 的 に 権 利 ・義 務 を と も な う 社 会 規 範 も弱 く な る 。

父 方 親 族 と母 方 親 族 の そ れ ぞ れ に 対 す る 距 離 感 の 差 異 を 示 唆 す る 漢 語 の 諺 が あ る 。 そ れ は 「有 一 千 年 的 家 族 、 没 有 百 年 的 親 戚 」(Youyiqianniande/'iazu,meiyou bainiandeqinqi,一 族 は 千 年 続 くが 、 親 戚 は 百 年 も続 か な い)と い う 表 現 で あ る 。

こ こ で い う 「家 族 」(iiazu)と は 父 系 親 族 を 、「親 戚 」(ginqi)と は 非 父 系 親 族(母 系 親 族 や 姻 族 もふ く む)を 指 し て い る 。 つ ま り、 こ の 言 葉 は 、 あ く ま で も 理 念 上 で は あ る が 、 父 系 親 族 の む す び つ きが 強 調 さ れ る こ と を 示 唆 す る 。 お そ ら く類 似 の 表 現 は 漢 族 も使 う だ ろ う が 、 父 系 出 自 の 系 譜 関 係 を 強 調 す る 表 現 が 回 族 の 人 々 の あ い だ で も伝 承 さ れ て 共 有 さ れ て い る こ と は 興 味 深 い 。

こ こ ま で の 記 述 か ら 、 調 査 地 に お け る 回 族 の 親 族 名 称 ・呼 称 の 分 類 区 分 の 方 法 が 漢 族 研 究 で こ れ ま で 報 告 さ れ た も の と類 似 し て い る こ と が わ か る 。 つ ま り、 親 族 名 称 ・呼 称 の 体 系 に お い て も 父 系 出 自 の 原 則 が 如 実 に 反 映 し て い る 。 詳 細 は 後 述 す る が 、調 査 地 で は 、漢 族 の 「宗 族 」(zongzu)の よ う な 父 系 出 自集 団 を 回 族 の 人 々 は 形 成 し て い な い が 、 回 族 の 人 々 の あ い だ で も 「姓 」 に も と つ く父 系 親 族 集 団 へ の 帰 属 、 父 系 親 族 間 の 世 代 ラ ン ク の 認 識 、 「同 姓 不 婚 」(tongxingbuhun)の 原 則 な ど が あ り 、 父 系 出 自 の 観 念 が 共 有 さ れ て い る こ と は 間 違 い な い 。 華 北 の 漢 族 が 華 南 の 漢 族 の よ う に 「宗 族 」 を 必 ず し も組 織 化 し て い な い こ と は 中 生[1990]が 摘 し て い る が 、西 北 部 の 回 族 の 場 合 、清 朝 末 期 の 戦 乱(例 え ば19世 紀 の 回 民 蜂 起) と そ の 後 の 強 制 移 住 、 漢 族 社 会 に お け る 社 会 経 済 的 条 件 の 不 利 な ど が お も な 要 因 と な り、 「宗 族 」 の よ う な 父 系 出 自 集 団 を 組 織 す る 諸 条 件 が 整 わ な か っ た と 考 え ら れ る7)。

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50 回族 の親 族 カテ ゴ リー をめ ぐる覚 書

▲=

? 祖太太爺々 祖太太爺々

▲=

? 祖太爺 祖太爺

o

? 老太太妬老太太妨

o

? 老太妨々 老太妨々

▲=○

高祖父 高祖母

祖爺々 祖妨々

且爺々 且妨々

y e

▲=o

曽祖父 曾祖母

太爺々 太妨々

太爺々 太妨々

●y=△

二姑母 姑夫 二姑婿 姑夫 二姑婿 姑夫

O 表姉妹

姉or妹

●e=△ ▲e=

大姑母 大姑夫 伯父 大姑嬌 大姑夫 大参 大姑嬌 大姑夫 大参

表 兄弟

兄 。r弟

親族名称の表記:

上段が標準語の親族名称 中段が銀川市方言の親族名称 下段が銀川市方言の親族呼称

△︒=[

父系親族 非父系親族 婚姻関係親子関係 キョウダイ関係

堂 姉 妹

"

姉 。r妹

婿0

▲=

祖父爺々 爺々

婿0

=y

堂 兄 弟

兄。r弟

O

△=0

外曽祖 外曾祖母

太爺 々 太嫡 々 太爺 々 太妬 々

O婿

egO o

△=o 児子 個 人名

▲=O 孫児子 個人名

▲=O 曾孫 個人名

婿O

表 兄 弟

"

兄。r弟

△=o

外祖父 外祖母

外爺 外妨

外爺 外妨

O 表姉妹 姉。r妹

O=△

獲 譲 嘩

o 表姉妹

"

姉。r妹

表 兄 弟

兄 。r弟

▲=o 玄孫 個人名

図① 寧夏銀川市 の回族の親族 名称 ・呼称

(9)

回族 の親 族 カテ ゴ リー をめ ぐる覚 書 51

2「i家 」(ノia)

と ころ で 、 中 国 の漢 族 社 会 が 父系 出 自 を原 則 とす る社 会 で あ る こ とは こ れ まで の 漢 族研 究 に よ っ て よ く指 摘 され て きた。 例 え ば、 子 ど もが 父 親 の 「姓 」 を継 承 す る こ と、親 族 集 団の 成 員 権 が 父親 か ら子 ど もへ と継 承 され る こ と、財 産が 均 等 に男 子 に 分 配 され る こ と、 親 族 名 称 ・呼 称 体 系 が 父 系 親 族 ・母 系 親 族 ・姻 戚 を明 確 に 区 別 す る こ とな どが 漢 族 の 父 系社 会 の諸 特 徴 と して報 告 され て い る[末 成 1983;瀬 川2004:95]。

調 査 地 の 回族 の場 合 も基 本 的 に は父 系 出 自の原 則 が重 視 され る。子 ど もの 「姓 」 の 継承 、親 族 集 団の 成 員 権 、財 産相 続 の方 法 、 親 族 名 称 ・呼称 の分 類 方 法 な ど は 父系 出 自の原 則 に規 定 され て い る こ とは あ き らか で あ る。 例 え ば 、 中華 人 民 共和 国 憲 法 の婚 姻 法 で は、 子 ど もは 父親 ・母 親 の 「姓 」 の どち らか を選 択 す る こ とが で きる が、 漢 族 の 場 合 と同様 、 回族 の場 合 も子 ど もは 父 親 の 「姓 」 に したが う こ とが一 般 的 で あ る。 か りに夫 婦 が 離 婚 した場 合 で も子 ど もの 「姓 」 は 父親 の 「姓 」 の ま まで あ り、母 親 の 「姓 」 を継 承 す る こ とは きわ め て稀 で あ る8)。

こ う した父 系 的 色彩 の濃 厚 な社 会 の なか で 父 親 ・母 親 ・子 ど もは どの よ うな生 活 居 住 集 団 を形 成 す る の だ ろ うか。 こ こで 注 目 した い の が 「家 」(加)で あ る。

元 来 、漢 字 の 「家 」(加)は 外 部 か ら隔 離 され た 住 居 の ため の建 造 物 を指 して い たが 、そ の後 、住 居 に生 活す る人 々の集 ま りを指 す よ うに な った。 現 在 、「家 」(加)

とい え ば、 家 屋 ・家庭 ・世 帯 ・家 族 な ど を意 味 す る 。 こ の 点 だ け をみ る と、 日本 の 〈家 〉(イ エ)と 大 差 は な い。 しか し、 あ くまで も理 念 上 の話 で あ る が 、 日本 の イエ が 子 ど もの1人(原 則 、 長 男)が 家 督 とな る 直系 家 族 を理 想 的 なモ デ ル と す る の に対 して 、 中 国 の 「家」(御)は 複 数 の 子 ど もが 親 と同 居 す るか た ち の傍 系 拡 大 家 族 を理想 とす る。 「家 」(加)で は女 子 は 婚 出 す る が 、男 子 は婚 後 も嫁 と と もに実 家 に と ど ま り、親 と同 居 す る こ とが 期 待 され る。 兄 弟 は対 等 な 関係 に あ り、 例 え ば そ れ ぞ れ が結 婚 後 も ひ とつ の 家 屋 に 同居 す る場 合 、住 居 空 間(居 室) が 均 等 に分 配 され る。 「家 」(加)の 財 産 相 続 にお い て も均 分相 続 が 原 則 で あ る。

この 点 は家督(長 男)が 本 家(ホ ンケ)と して イエ を継 承 し、 そ の他 の 次男 や 三 男 が 分家(ブ ンケ)と して 分 出 す る 日本9)とは対 照 的 で あ る。

調査 地 で は、漢 族 と同様 、回族 も 「家」(ノia)と い う民 俗 語 彙10)を使 用 す る。「家」

(加)の 理 想 的 なモ デル は傍系 拡 大 家 族 で あ り、 漢 族 の 「家 」(吻)の 場 合 とほぼ

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52 回 族 の親 族 カテ ゴ リー をめ ぐる覚 書

同 じで あ る 。 漢 族 の 「家 」(11a)に は 日 本 の イ エ の よ う に 家 督 や ホ ン ケ の 観 念 は な く、 長 男 筋 や 次 男 筋 と い っ た 発 想 も な い11)。 あ る 「家 」(加)の 子 ど も た ち(男 子)が 結 婚 を 機 に 親 と 別 居 し独 立 す る 場 合 、 そ れ ぞ れ の 男 子 の 夫 婦 家 族 に は 序 列 関 係 は み ら れ な い 。 つ ま り、 父 親 か らみ れ ば 、 ど の 息 子 も 同 じ 〈血 筋 〉 を 継 承 し 、 父 系 の 系 譜 関 係 を 永 続 させ 、 「家 」(ノ∫ を 拡 大 さ せ る 人 材 で あ る 。 中 国 の 財 産 相 続 が 均 分 相 続 と な っ て い る こ とか ら も わ か る よ う に 、 「家 」(加)を 構 成 す る 男 子 は 対 等 な 関 係 に あ る(た だ し、 女 子 は 男 子 と 同 じ父 系 親 族 で あ る が 、 結 婚 を 契 機

と して 最 終 的 に は 他 家 に 所 属 す る こ と に な る 両 義 的 な 存 在 で あ る)。

も ち ろ ん 「家 」(iia)は 英 語 のfamilyや 日本 語 の 家 族 と大 き く異 な り 、 そ の 詳 細 に つ い て は こ れ ま で の 漢 族 研 究 で す で に 指 摘 さ れ て き た[末 成1983;瀬 2004;中 生1990;渡 邊2001]。 つ ま り、 漢 語 の 「家 」(fia)は 重 層 的 で 入 れ 子 式 の 構 造 を も ち 、 状 況 に よ っ て は 核 家 族 や 直 系 家 族 や 傍 系 拡 大 家 族 な ど の 家 族 を 指 す こ と も あ れ ば 、 「宗 族 」 の よ う な 父 系 出 自 集 団 を 指 す こ と も あ る 。 こ う した 伸 縮 自在 の 融 通 性 は 回 族 の 「家 」(加)に も あ て は ま る 。

例 え ば 、A清 真 寺 の 周 囲 に 集 住 す る 回 族 に は 馬 姓 の 回 族 が 最 も多 か っ た が 、 彼 (女)ら は 自分 た ち の 所 属 す る 親 族 集 団 を 表 現 す る 際 、 「我 椚 是 馬 家 的 」(wo〃zen shimOjiade,私 た ち は 馬 家 の 者 だ)と 言 う。 こ の 場 合 の 「馬 家 」 と い う 民 俗 語 彙 は 、 状 況 に よ っ て は 、 核 家 族 に 相 当 す る 小 規 模 な 生 活 居 住 集 団12)を指 す こ と も あ れ ば 、

「宗 族 」 の よ う な 中 ・大 規 模 の 父 系 出 自 集 団 を指 す こ と も あ る 。 つ ま り、「家 」(加) が ど の よ う な 集 団 を指 す の か は 状 況 依 存 的 で 一 義 的 に は 定 義 しづ ら い 。

と こ ろ で 、 調 査 地 で は 、 回 族 が 自 分 た ち の 「家 」(加)と 他 人 の 「家 」(加)を 区 別 す る 場 合 、 前 者 を 「本 家 」(beηjia)、 後 者 を 「外 家 」@α 伽)と 表 現 す る 慣 行 が あ る 。 例 え ば 、 「我 是 本 家 的 」(woshibenjiade,私 は こ の 家 の 者 だ)、 「他 是 外 家 的 」 伽5h帥o伽48,彼 は よ そ の 家 の 者 だ)と い う よ う に使 い わ け る 。 こ の 場 合 の 「家 」(加)と は 、 文 脈 に よ っ て も 変 わ る が 、 一 般 に は 世 帯 よ り も む し ろ そ れ よ り も 大 き な 父 系 出 自 集 団 を 指 す こ とが 多 い 。 こ こ で い う 「本 家 」(加 彫 の や 「 家 」@o伽)も 「家 」@o)と 同 様 、 状 況 に お う じて 様 々 な 形 態 の 生 活 居 住 集 団 や 父 系 出 自集 団 を 意 味 す る 。 な お 、 調 査 地 で は 、 「宗 」(zong)や 「祖 」(zu)な の 漢 族 の 「宗 族 」 を連 想 さ せ る語 彙 を 回 族 の 人 々 が 使 用 す る こ と は な い13)。

こ こ で 、 「家 」(加)へ の 帰 属 を 考 え る に あ た り、 女 性 の 地 位 に 注 目 し て み た い 。

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回 族 の親 族 カテ ゴ リー をめ ぐる 覚書 53

一 般 に、 女 性 は結 婚 を きっか け と して 「家」(加)を 出 るが 、 婚 後 も 自分 の 「姓 」 を変 え る こ とな く、生 家 の 、つ ま り自分 の父 親 の 「姓 」 を使 用 しつづ け る。 た だ し、

「姓 」 の 継 承 とい う側 面 だ け を み る と、既 婚 女 性 は 自分 の 夫 と は異 な る父 系 出 自 集 団 に所 属 しつ づ け る よ うに み え るが 、 婚 後 は夫 の 「家 」(加)の 活 動 に参 加 す る こ と に な る の で、 夫 方 の 「家 」 伽)の 成 員 とみ な され る こ とが 多 い。 こ れが 女 性 が両 義 的 な存 在 とされ る所 以 であ る。

しか し、 「家 」(加)が 父 系 出 自 を主 要 な組 織 原理 とす る とい って も、 注意 す べ き点 が あ る。 調 査 地 で 回 族 の 死者 儀 礼 を観 察 して い た と き に、 父系 出 自 の原 則 を 手 が か り とす る だ けで は十 分 に は理 解 で きな い場 面 が あ った 。例 え ば 、既 婚 女 性 の土 葬 を例 に あ げ る と、死 後 、彼 女 の遺 体 は婚 家 の所 属 す る清 真 寺 の 回 民墓 地(ム ス リム専 用 墓 地)に 土 葬 され 、後 日、 彼 女 の 子 ど もや 孫 た ち が墓 参 す る こ と に な る。 こ れ は 、既 婚 女 性 が 死 後 、 婚 家(彼 女 か らみ れ ば 「外 家 」(wα伽)で あ る) の成 員 とみ な され る こ と を暗 示 してい よ う。 た だ し、 あ くま で も伝 統 モ デ ル の話 であ るが 、回 族 の場 合 、漢 族 の よ うに父 系 出 自集 団 ご と に埋 葬 され る慣 習 は な く、

墓 は個 人 墓 で あ り、墓 地 の あ い て い る場 所 に 個 人単 位 で土 葬 され る。 回 族 の死 者 儀 礼 で は 、漢族 の よ う な祖先 祭 祀 が お こな わ れず 、祭 祀 集 団 も形 成 され な い ため 、 儀 礼 に参 加 す る親 族 の権 利 ・義 務 も明確 化 され て お らず 、 父 系 出 自の 原則 が徹 底 され る こ とはな い 。

この ほ か 、死 者 儀 礼 で は、既 婚女 性 の死 者 はお もに夫 方 親 族 が 実 施 す る一 連 の 死者 儀 礼 に よっ て単 な る死者 か ら遺 族(夫 方親 族)に と って特 別 な意 味 を もつ 〈祖 先>14)へ転 換 さ れ る。 この場 合 、既 婚女 性(死 者)の 婚 家 の 親族 は、 死 者 が 父系 親 族 で あ ろ う となか ろ う と、 同 じ父系 親 族 と同 じよ う に死 者 儀 礼 を実 施 す る。 死 者 儀 礼 に は、 死 者(婚 入 女性)の 婚 家 の親 族 だ けで な く、 夫 方 親 族 の姻 族(例 えば 夫 の妹 の配 偶 者)な ど も積 極 的 に参 加 す る。 儀 礼 の 参 加 資格 に注 目す る と、 死者 儀 礼 の 参 加 者 が 死 者 と親族 関係 の あ る者 に限 定 され る こ とは む しろ稀 で、 同 じ回 族(ム ス リム)で あ る な らば誰 もが 参 加 で き る し、 また 、 そ うす る こ とが ム ス リ

ムの 美 徳 で あ るか の よ うに理 想 と され てい る。

い ず れ に して も、調 査 地 の 回族 の 人 々が 漢 族 の事 例 と同様 、 日常 生 活 の様 々 な 場 面 にで 「家 」(加)と い う民 俗 語 彙 を 使 用 す る こ と に よ り、 父 系 の 〈血 筋 〉 を お も な組 織 原 理 と して 人 々 を統 合 しう る こ と は 間違 い な い。 回族 の場 合 も 「家 」

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54 回 族 の親 族 カテ ゴ リー をめ ぐる覚 書

(11a)を 持 続 させ る た め の父 系 出 自の系 譜 関 係 を共 有 す る親 族 が 必 要 で あ り・ そ の 成 員 に は 「家 」 伽)の 「姓 」 を継 承 す る こ とが 義 務 づ け られ る・ た だ し・ 繰 り返 しに な るが 、 回 族 の 人 々が 「家 」(加)の 観 念 を 唯 一 の根 拠 と して 排 他 的 で 持 続 的 な 団体 を組 織 す るか ど うか は 未確 認 で あ る。 少 な くと も調査 地 で は、 漢 族 の 「宗 族 」 の よ う な父 系 出 自集 団 が 回族 の 人 々 に よ っ て形 成 され 、具 体 的 な 団体 活 動 を実 施 す る事 例 を見 聞 き した こ とが な い15)。

3「 親 戚 」(qinqi)

さ き ほ ど 紹 介 し た 「家 」(iia)の ほ か 、親 族 に 関 す る 民 俗 語 彙 と して 「親 戚 」(qinqi) と い う 概 念 が あ る 。 漢 族 研 究 で は 一 般 に 、 漢 語 の 「親 戚 」(qinqi)が 「父 系 親 族 以 外 の 親 族 関 係 者 」 を 指 す 語 彙 と し て 理 解 さ れ る が[中 生1991:182;植 2000:144]、 回 族 の 「親 戚 」(qinqi)は 父 系 親 族 を も ふ く む 広 範 囲 のi親族 ・姻 戚 を 指 す 概 念 で あ る 。 簡 単 に い え ば 、 英 語 の キ ン ド レ ッ ド(kindred)の 概 念 に ほ ぼ 相 当 す る 。

例 え ば 、 調 査 地 に 住 む 回 族 の 人 々 が 「親 戚 」(qinqi)と い う 民 俗 語 彙 で 表 現 す る 人 々 は 、 父 方 親 族 お よ び 母 方 親 族 、 そ し て そ れ ら の 姻 族 を 指 す 。 親 族 の 世 代 に つ い て は 上 位 ・下 位 と も と く に 指 定 さ れ ず 、 父 方 ・母 方 両 方 の 親 族 ・姻 族 関 係 が ほ ぼ 無 限 に 双 方 的 に 拡 大 す る こ と に な る 。 漢 族 研 究 に よ る と、 「父 系 親 族 以 外 の 親 族 関 係 者 」 を 指 す 漢 族 の 「親 戚 」(qinqi)の 概 念 は 、 「親 戚 」(qinqi)の 「親 戚 」 (ginqi)、つ ま り、「聯 親 」(lianqin)と 呼 ば れ る 範 疇(姻 戚 の 姻 戚)の 人 々 は 「親 戚 」 で は な い と さ れ る が[中 生1991:!85]、 回 族 の 「親 戚 」(qinqi)は 漢 族 の 「聯 親 」 (liangin)を も包 括 す る 概 念 で 、 非 常 に 遠 い 関 係 に あ る 双 方 的 な 関 係 に あ る 親 族 ・ 姻 戚 を ふ くむ 包 括 性 を 備 え て い る 。

さ ら に 、 調 査 地 で は 、 回 族 の 「親 戚 」(qinqi)の 下 位 概 念 と し て 、 近 い 「親 戚 」 (qinqi)と 遠 い 「親 戚 」(qinqi)を 区 別 す る た め 、「近 親 」(iinqin)と 「遠 親 」(yuanqin) と い う 民 俗 語 彙 が 使 用 さ れ て い る 。 一 般 に 、 「近 親 」(iinqin)はegOか ら み て 上 位2世 代 お よ び 下 位2世 代 以 内 の 親 族 お よ び 姻 戚 を指 し、「遠 親 」(yuanqin)は 「近 親 」(iinqin)以 外 の 親 族 ・姻 戚 を 指 す 。 た だ し 、 こ れ ら の 「親 戚 」(qinqi)の 位 概 念 は 世 代 が 近 い か ど う か を基 準 と し て 親 族 ・姻 族 を 分 類 す る カ テ ゴ リ ー で あ る が 、 原 則 上 は 「近 親 」(fingin)の 範 囲 内 に ふ く ま れ る 姻 族(例 え ば 父 方 オ ジ の

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回族 の親 族 カテ ゴ リー をめ ぐる覚 書 55

妻 や 母 方 オ バ の 夫)が 「遠 親 」(yuanqin)に 分 類 さ れ る こ と も あ る の で 、状 況 に よ っ て は 世 代 関 係 の 格 差 が 絶 対 的 な 基 準 と な る と は か ぎ ら な い 。

ま た 、 回 族 の 「親 戚 」(qinqi)と い う 概 念 は 双 方 的 に 伸 縮 自 在 で あ る た め 、 非 常 に 広 範 囲 な 関 係 に あ る 親 族 ・姻 戚 を 包 括 す る こ と に な る 。 例 え ば 、 調 査 地 で 回 族 の 「親 戚 」(qinqi)に つ い て 回 族 の 人 々 に 話 を 聴 い て み た と こ ろ 、 「回 回 親 転 来 転 去 一 家 人 」(Huihuiqinzhuanlaizhuanquyi'iaren)と い う諺 が 引 き あ い に 出 さ れ る こ と が 非 常 に 多 か っ た 。 こ の 言 葉 は 、 「回 族 は 回 族 と の 結 婚 を 繰 り返 して き た め で 、 全 員 が 親 戚 関 係 に あ り、 同 じ 一 族 で あ る 」 と い う 意 味 で あ る 。 ア メ リ カ の 文 化 人 類 学 者 グ ラ ドニ ー は 北 京 市 で の 回 族 の 調 査 に も とづ き、 回 族 の 「民 族 内 婚 」 の 婚 姻 規 制 を 指 摘 し た 。 そ れ に よ れ ば 、 回 族 の 人 々 は 身 近 に 同 じ回 族 の 結 婚 相 手 が い な い 場 合 、 遠 方 に く ら す 回 族 と 結 婚 し よ う と す る[GLADNEYl991:

229‑259]。 調 査 地 で も、回 族 の 人 々 が 「民 族 内 婚 」 を 契 機 と し て 形 成 す る 親 戚 ネ ッ ト ワ ー ク は 非 常 に 複 雑 で あ り、 回 族 の 人 々 は 自分 た ち の 生 活 実 感 に も とづ き、 前 述 の 諺 を よ く使 っ て い た16)。例 え ば 、 図 ② はA清 真 寺 関 係 者 の 親 戚 関 係 を示 した も の で あ る 。 詳 細 な 分 析 は 別 稿 に ゆ ず る が 、 図 ② か ら 清 真 寺 の 周 囲 に 集 住 し て き た 回 族 の 人 々 の 親 戚 関 係 に み られ る 特 徴 の 一 端 が う か が え る 。

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回 族 の親 族 カテ ゴ リー をめ ぐる覚 書 56

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A清 真寺 関係 者の親戚関係 図②

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回族 の 親族 カ テ ゴ リー をめ ぐる 覚書 57

lV民 俗 生殖 理 論 と婚 姻 規 制

1民 俗 生 殖 理 論

こ こ で、 民 俗 生 殖理 論 に注 目 し、 回族 の 親 族 カテ ゴ リー に対 す る理 解 を深 め よ う。 民 俗 生 殖 理 論 とは 、 あ る社 会 の なか で 子 ど もが どの よ うに形 成 され るの か に つ い て の民 俗 知 識 で あ り、 そ こ に は、 特 定 の 社 会 の な か で 人 間 関係 と して 最初 に 形 成 され る 〈生 物 学 的 〉 な親 子 関係 が どの よ う に認 識 され て い る の かが あ らわ れ る 。 以下 、 漢 族研 究 の 成果 を念 頭 にお き、 回 族 の事 例 に み られ る特 徴 を指摘 して み よう。

漢族 研 究 で は風 水 理 論 と漢族 の民 俗 生 殖 理 論 との 密接 な結 びつ きが 指 摘 され て きた 。 簡 単 に 整 理 す る と、 漢 族 社 会 で は親 族 関係 を示 す 言 葉 と して 「父 骨 母 血 」 ifugumuxue)、 「父 骨 母 肉」(fugu〃zurou)な どの 民 俗 語 彙 が 使 用 され る。 こ れ は、

子 ど もの 身体 が 父 親 の 「骨 」 と母 親 の 「肉」 に よ って つ くられ る とい う民 俗 生 殖 理論 であ る[中 生1992:74‑75;渡 邊2002:85‑86]。 人 間 の 身体 は 、父 の 「精 液」

と母 の 「血 」 との2つ の気 が感 応 しあ い 、「精 液 」 が 「骨 」 をつ く り、「血」 が 「肉 体 」 をつ くる。 そ こ に霊 魂 が 宿 っ て は じめ て 生 を得 る。 生 き て い る 人 間 は 「気 」 の 集合 した存在 で あ り、 なか で も 「骨 」 に 「気 」が 集 中す る 。死 後 、 人 間の 「骨 」 は 「気 」 が 集 ま る所 に埋 葬 され る。 死 ん だ人 間 は特 定 の 子 孫 か ら祭 祀 され る こ と

に よっ て 、祖 先 と な って 子孫 の 繁 栄 を保 障す る。 具 体 的 には 、 良 い 「気 」 が 集 ま る土 地 に埋 葬 さ れ た祖 先 の 「骨 」 と子 孫 のそ れ は 「同 気 」 で あ る が ゆ え に、 祖 先 か ら子孫 へ 生 気 が 伝 達 され る と考 え られ て い るか らで あ る。 この よ うに墓 地 風 水 の 理念 は、人 体 の な か で も父 親 か らの遺 伝 子 で あ る 「骨 」 に 「気 」 が 凝結 し、「骨」

の 「気 」 が 地 気 と感 応 す る こ とに よっ て地 気 を人 体 に吸 収 す る とい う民俗 生 殖 理 論 と民 俗 生 物 学 的理 論 を前提 と した もの で あ る[渡 邊2002:87‑94]。

そ れ で は 、漢 族 の民 俗 生 殖 理論 に類 似 した観 念 は 回族 の 人 々 に理 念 と して共 有 され て い る の だ ろ うか 。 も し回 族 の 人 々が 共 有 す る とす れ ば 、 どの よ うな民 俗 生 殖 理 論 を活用 す る の だ ろ うか 。 以 下 、調 査 地 の清 真 寺 関 係 者 の 説 明 を 参考 に して 回 族 の民 俗 生物 学 的理 論 を紹 介 してみ た い。

まず 、 回族 の民 俗 生 殖 理 論 は イス ラー ム の 人 間観 と密 接 な関 わ りが あ る。 イ ス ラー ム の 人 間観 に よ る と、 創 造 主 で あ る ア ッラ ーが 泥 土 か ら人 間 をつ くっ た。 つ

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58 回族 の 親 族 カ テ ゴ リー を め ぐる覚 書

ま り、 ア ッ ラ ー が 泥 土(お よ び そ こ か らで き あ が っ た 一 滴 の 精 液)を 使 っ て 「血 」 の か た ま り を つ く り、 そ の 「血 」 の か た ま りか ら 「肉 」 の か た ま り を つ く っ た 。 そ の 後 、 ア ッ ラ ー が 「肉 」 の か た ま りか ら 「骨 」 を つ く り、 「骨 」 を 「肉 」 で お お い 、 人 間 の 姿 に し た 。 ア ッ ラ ー は 最 初 に 男 性 を つ く り、 男 性 の 「あ ば ら骨 」 か ら女 性 を つ く っ た 。 ア ッ ラ ー が 最 後 に 霊 魂 を 肉 体 に 吹 き 込 む こ と に よ っ て 人 間 が 誕 生 した と い わ れ て い る 。 こ の よ う な イ ス ラ ー ム の 人 間 観 が 調 査 地 の 清 真 寺 関 係 者 に よ っ て 語 ら れ る こ と が 多 か っ た17)。

と こ ろ が 、 調 査 地 で は 、 回 族 の 民 俗 生 殖 理 論 に つ い て は 、 漢 族 の 民 俗 生 殖 理 論 の よ う な ま と ま っ た 話 を 耳 に す る 機 会 が ほ と ん ど な か っ た 。 た だ し、 清 真 寺 に い た 宗 教 指 導 者 や 学 生 ら が 「父 精 母 血 」(fUl'ingmuxue)、 「男 精 女 血 」(nanjingnuxue) と い う 民 俗 語 彙 を 使 用 し、 回 族 の 民 俗 生 殖 理 論 に つ い て 説 明 し て く れ る 機 会 が あ っ た18)。 こ れ ら の 民 俗 語 彙 は 一 見 す る と 、 漢 族 の 「父 骨 母 血 」 や 「男 骨 女 血 」 な ど の 観 念 と 類 似 し て い る が 、 民 俗 語 彙 に付 与 さ れ た 意 味 は 根 本 的 に 異 な る よ う で あ る 。 以 下 、 清 真 寺 の 宗 教 エ リ ー トの 説 明 を整 理 して み よ う。

清 真 寺 の 学 生 ら の 見 解 は 次 の よ う な も の で あ る 。 回 族 の 人 々 が 使 用 す る 「父 精 母 血 」や 「男 精 女 血 」とい う 言 葉 は 、人 間 の 肉 体 が ア ッ ラ ー の 被 造 物 と して の 「泥 土 」 か ら構 成 さ れ る と い う イ ス ラ ー ム の 人 間 観 を前 提 と して い る 。 つ ま り、そ れ は 「精 液 」 が 父 親 か ら 、 「血 」 が 母 親 か ら 祖 先 代 々 伝 達 さ れ て 子 ど も の 身 体 が 形 成 さ れ る と い う考 え 方 で あ る 。 実 際 、 回 族 の 死 者 儀 礼 に は 漢 族 の 祖 先 祭 祀 と明 ら か に 異 な る 点 が あ る 。 漢 族 の 祖 先 祭 祀 で は 、 父 系 出 自 の 原 則 で 継 承 さ れ る 「骨 」 が 重 視 さ れ る が 、 回 族 の 死 者 儀 礼 に は み られ な い 。 漢 族 の 祖 先 祭 祀 で は 死 者 の 「骨 」 を そ の 子 孫 が 風 水 的 に 良 い 土 地 へ 土 葬 し、 死 者 を 特 定 の 祖 先 と し て 祀 り、 迎 福 撰 災 を 実 現 す る 。 こ れ に 対 し て 、 回 族 の 死 生 観 で は 、 死 後 人 間 は 復 活 し、 ア ッ ラ ー の 審 判 に 備 え る 必 要 が あ り、 死 後 も 死 者 は 「骨 」 と 「肉 体 」 を 兼 ね 備 え る 必 要 が あ る 。 し た が っ て 、回 族 の 人 々 は 死 後 の 火 葬 を 忌 避 し 、土 葬 を 遵 守 す る 。 回 族 の 場 合 、 漢 族 と 異 な り、 父 系 出 自 の 原 則 に よ っ て 特 定 の 祖 先 か ら子 孫 に 伝 わ る 「骨 」 だ け で な く、 母 系 の ラ イ ン で 伝 わ る 「肉 体 」 も 同 じ よ う に 重 要 で あ る19>と認 識 され て い る 。 こ う した 考 え を ふ ま え る と 、回 族 の 人 々 か らみ れ ば 、漢 族 の 洗 骨 の 慣 習(父 系 の 「骨 」 か ら不 浄 な 母 系 の 「肉 」 を 除 去 す る 行 為)は あ り え な い こ と に な る 。

こ こ ま で み た よ う に 、 回 族 の 民 俗 生 殖 理 論 は 、 そ の 情 報 提 供 者 の 多 くが 清 真 寺

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回族 の 親 族 カ テ ゴ リー を め ぐる覚書 59

の宗 教 指 導者 や学 生 だ っ た こ とか ら、宗 教 エ リー トが クル ア ー ンや ハ デ ィース(預 言 者 ムハ ンマ ドの伝 承 録)な どの宗 教 書 に依 拠 して 活 用 す る理 念 上 の 説 明 様 式 で あ る。 つ ま り、 清真 寺 の宗 教 エ リー トは イス ラー ム の 知識 を体 系 的 に修 得 して お り、 回族 の 民 俗 生 殖理 論 を イ ス ラ ー ムの 人 間 観 と巧妙 に 関 連づ け、 理 路 整 然 と説 明 す る こ とが で き る。 これ に対 して、 そ の 他 の 一 般 信徒 らの大 多 数 は イス ラー ム の知 識 を学 ん だ経験 が 乏 しい。 したが って 、 前 述 した よ うな 回族 の民 俗 生 殖 理論 が民 衆 の知 識 と して どの程 度 ひ ろ く共 有 され て い る の か に つ い て は今 後 あ らた め て調 査 す る必 要 が あ る こ とは い うまで もない 。 た だ し、 そ の よ う な課 題 が あ る と は い え、 風 水 思 想 に も とつ く 「気 」 と 「骨 」 の 理論 が 回族 の 人 々 に は共 有 され て い ない こ とは あ きらか で あ る。

2「 同 姓 不 婚 」(tongxingbuhun)の 原 則

漢 族 の 親 族 研 究 で は伝 統 的 な 婚 姻 規 制 の ひ とつ と し て 「同 姓 不 婚 」(tongxinghuhun) の 原 則 が よ く指 摘 され る 。 漢 族 の 「同 姓 不 婚 」 の 原 則 に よれ ば 、 同 じ父 系 出 自 集 団 に 所 属 す る 成 員 は 同 じ 「骨 」 を共 有 す る と 考 え られ て い る。 し た が っ て 、 同 じ父 系 出 自集 団 の 男 女 が 結 婚 す る と、 「骨 肉 倒 流 」(guroudaoliu)、 つ ま り、 「精 子 」 と 「血 」 が 子 孫 に 逆 流 して し ま う。 こ の 結 果 、 父 系 出 自 の 原 則 で 伝 わ る 「骨 」 が 同 じ父 系 出 自集 団 の 成 員 が 共 有 す る 「血 」 と結 合 して し まい 、「骨 」 と 「血 」 の 循 環 が 損 な わ れ 、 理 想 的 な 「気 」 の流 れ が 遮 断 され る こ と に な る 。 こ の 論 理 に も とづ き、漢 族 社 会 で は 、 父 方 平 行 イ トコ 婚 は い う まで も な く、 父 方 交 差 イ トコ婚 も忌 避 さ れ る[植 野2000:

96;中 生1992:74‑75]。 こ の よ う に 、 風 水 の 「気 」 の 理 論 に も とつ く 「同 姓 不 婚 」 の 原 則 は 、 少 な くと も中 華 民 国 期 ま で 漢 族 の あ い だ で 法 的 に も規 定 さ れ て い た ら しい が 、 当 時 の 「同 姓 不 婚 」 の 対 象 範 囲 は 現 在 の 「五 服 内 」(WVtfunei)よ り も広 い 範 囲 を 指 して い た よ うで あ る。

そ れ で は 、回 族 の 人 々 は 「同 姓 不 婚 」の 原 則 を ど の 程 度 共 有 し て い る の だ ろ う か 。 調 査 地 で は 、 回 族 の 人 々 は 、 漢 族 と ほ ぼ 同 じ よ う に 「同 姓 不 婚 」(tongxinghuhun) の 原 則 を 遵 守 し よ う とす る 傾 向 が あ っ た 。 た し か に 調 査 地 で は 、 同 じ 「姓 」 の 回 族 の 人 々 、 例 え ば 同 じ馬 姓 の 回 族 同 士 が 「同 性 婚 」 を お こ な う 事 例 が 多 い が 、 そ れ は 同 じ 「姓 」 で あ っ て も同 一 の 父 系 出 自 集 団 に は 所 属 し て い な い と い う 認 識 が 当 事 者 に 共 有 さ れ て い る か らで あ る 。 中 生[1990]に よ る 華 北 地 方 の 漢 族 に 関 す

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60 回族 の 親 族 カ テ ゴ リー を め ぐる覚書

る調 査報 告 で も同 じよう な指 摘 が な され て い るが 、回族 の場 合 も、た とえ 同 じ 「姓 」 を もつ 人 々 で あ っ て も、 同 一 の 父 系 出 自集 団 に 所 属 しな い か ぎ り、 「同 姓 婚 」 (tongxinghun)は 許 容 され る。 また 、 か りに 同 じ父 系 出 自集 団 の成 員 で あ って も、

漢 族 の 「五服 内」@吻 ηθ')の範 囲 に ほぼ 相 当 す る範 囲 に含 ま れ ない よ うで あれ ば 、

「同姓 婚 」 とはみ な されず に許 容 され る傾 向 が あ る。 た だ し、調 査 地 の 回 族 の 人 々 は父 方平 行 イ トコ婚 をで き るか ぎ り回避 す る傾 向 が あ り、 これ は 同 じ父系 の 〈血 筋 〉 を共 有 す る親 族 との 内婚 を忌 避 す るか らで あ ろ う。 た だ し、興 味深 い こ とに 、 漢族 が 忌 避 す る父 方 交 差 イ トコ婚 は許容 され て い る20)。

とこ ろが 、1980年 代 に入 り、行 政 当局 が 婚 姻 法 の施 行 を積 極 的 に宣 伝 し始 め る と、回族 の 人 々 の婚 姻 規 制 に も少 なか らず 変 化 が み られ る よ うに な っ た。例 え ば、

現 行 の婚 姻 法 に よれ ば、 父 方 ・母 方 にか か わ らず 、egoか らみ て 上 ・下3世 代 以 内の 親 族 との結 婚 は 「近 親 婚 」(伽卿 加 η)と して 厳 禁 され る。 つ ま り、そ れ は、シ ャ リー ア(イ ス ラ ー ム法)が 許 容 す る父 系 親 族 との結 婚 や漢 族 社 会 で も許 容 され て きた母 方 親族 との結 婚 な どが 法 制 度 上 は 実 施 で きな くな っ た こ と を意 味 す る。 こ の よ うな社 会 主義 的 な法 的 措 置 は 、行 政 当 局 に よ る人 口管 理 や 計 画 出 産 と密 接 に か か わ って い る 。

ここ で、 回 族 の 「近 親 婚 」 につ い て補 足 して お きた い。 調 査 地 で は 、1980年 代 以 前 は 、都 市 部 で も農 村 部 で も、 回族 が 同 じ回族 の結 婚相 手 を なか なか み つ け ら れ な か っ た場 合 、 同 じ回族 の親 戚(お も に母 方 親 族)と の結 婚 を選 好 す る こ とが 多 か った と聞 い た こ とが あ る。 実 際 、現在 で も、回族 の 「民 族 内 婚」を重 視 す る人 々 は 、漢 族(非 ム ス リム)と の通 婚 を 回避 す るた め に 「近 親 婚 」 を選 択 す る こ とが あ る21)。た だ し、1990年 代 以 降 は、 お もに都 市 部 の 回族 の 人 々 は、 漢 族 と同 様 、 父 方 ・母 方 を 問 わず 、 「親 戚 」 との 結 婚 を 回避 す る傾 向 が あ る。 お そ ら くこ れ は 政 府 当 局 が 宣伝 す る婚 姻 法(優 生 遺伝 学)の 規 制 を念 頭 にお き、 回 族 の 人 々 自 身 が 「近親 婚 」 を意 図的 に選 択 しな くな った か らで あ ろ う。

V事 例分析

ここ ま での 記 述 で は 回族 の親 族 カ テ ゴ リー を網 羅 的 に整 理 した。 本 節 で は、 調 査 地 の 具体 的 な事 例 を と りあ げ、回族 の父 系 出 自の原 則 の 特 徴 を 明 らか に した い。

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回族 の親 族 カテ ゴ リー をめ ぐる覚 書 61

こ こで 紹 介す る事 例 は、 回 族 の 人 々が 埋 葬 儀 礼 の 直 前 に清 真 寺 で お こ な う蹟 罪 儀 礼 で あ る 。 こ の蹟 罪 儀 礼 と は、 地域 差 が み られ る もの の 、 回族 の 人 々が ひ ろ くお こな う儀 礼 で あ るが 、 クル ア ー ンや ハ デ ィー ス に明確 に規 定 され た行 為 で はな い。

瞭 罪儀 礼 が イ ス ラー ム に直接 由 来 す る儀 礼 で は な い とい う こ とは 、儀 礼 それ 自体 が そ の 地域 に独 自の 論 理 に よっ て形 成 され た こ と を意 味 し、 儀礼 の細 則 が そ れ を 支 え る 人 々 の組 織 原 理 に強 く規 定 され る こ と を意 味 す る。 ここ で、 回族 の 蹟 罪儀 礼 を紹 介 し、 そ れ に 参加 す る 人 々の 行 動 に見 え 隠 れ す る親 族 原 理 の特 徴 を示 して み よ う。

【事例 】 清 真 寺 で の贋 罪 儀 礼(銀 川 市 、A清 真 寺 、 死 者 は 男 性)

1990年 代 後 半 、A清 真 寺 に所 属 す る 回族 の 男 性(D氏)が 病 死 した 。享 年75歳 。 D氏 は馬 姓 で 祖 父 の 代 か らA清 真 寺 の付 近 で 生 活 して きた 工 場 労 働 者 。D 氏 に は子 ど もが3人 い る。3人 の子 ど も(息 子2人 、娘1人)は 全員 が既 婚 者 で 、

それ ぞ れ に子 ど もが い る。D氏 が 他 界 した翌 日、D氏 の子 どもた ち と孫 た ちが 中心 とな っ て死 者 儀礼(イ ス ラー ム の土 葬 に必 要 な 遺体 の沐 浴 、 膿 罪儀 礼 、 葬 送 の礼 拝 、埋 葬儀 礼 、服 喪儀 礼 、墓 参 儀礼 な ど)の 準 備 作 業 に と りかか って い た。

調 査 地 に くらす 回族 の死 者 儀礼 の なか に蹟 罪 の儀 礼 が あ る。 この儀 礼 は 、遺 族 が死 者 の 生 前 の 罪 を蹟 うべ く、 自主 的 な施 しを葬 儀i参列 者 に手 渡 す 儀i礼で あ る。'イス ラー ム の 「教 派 」 に よっ て は、 順 罪 の儀 礼 で使 用 す る道具 を クル ァ ー ンにす る の か そ れ と も現 金(札 束)に す るの か につ い て 見 解 の 相 違 が あ るが 、 現 在 、A清 真 寺 は イ フ ワ ー ン派 の清 真 寺 な の で 、死 者 儀礼 は イ フ ワー ン派 の方 法 に従 い 、購 罪 儀 礼 で は現 金 が 自主 的 な 施 し と して 配付 され る。D氏 の儀 礼 で は長 男 が 担 当 した。 なお 、 一 連 の 死 者 儀 礼 の 費 用 はD氏 の子 ど もた ち(3人) が ほ ぼ均 等 に分 担 して いた 。

こ の事 例 で 注 目 した い 点 は 、瞭 罪 儀 礼 にお い て 死 者 と どの よ うな 関係 にあ る者 が 自主 的 な施 しを葬 儀 参 列 者 に手 渡 す の か とい う問題22)であ る。 調 査 地 にお い て は イ フ ワー ン派 の場 合 、死 者 の長 男 が 自主 的 な 施 しの 手 渡 し係 と して 最 優 先 され る傾 向 が あ る。一 見 す る と、 長 幼 の 序 が重 視 され る よ う にみ え るが 、 そ れ は絶 対 的 な規 範 で は な く、死 者 に長 男 が い て も、 長男 の か わ りに次 男 や 三 男 が 手 渡 し係

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