遺跡名称の 標示
平城宮の標 示方法
付章 遺跡遺物の分類標示方法
平城宮跡のよ うな大規模な遺跡を長期間にわた り発掘調査を行 う際には
,検
出され る遺構 と遺物 を明確に分類標示す る方法を事前に決定 してお くことが,
もつ とも緊急にして肝要なことである。その方法は
,発
掘進行中の遺構の記録・ 遺物の処理にあたつて簡略でしか も適確なものであること が望 ましい。そ の点でぅ 既往の分類標示方法は実際の要求を充すに不十分 な点が多い。当研究所で は新たに当面す る研究調査の対象に適合 した方式をつ くり,一
連 の寺院 。宮殿遺跡の発掘調査で揉 用 した。平城宮跡 の発掘調査においてもそ の方式を用いたが,
ここでは これ までと違つて,特
に広 大な地域を対象 とす るため,調
査報告においても一部 この分類標示方法を記述に用いざるをえな く なつた。そ こt本
報告書の理解をたすけるためにその解説が必要 となつたので,
これを機会に こ こで当研究所の遺構・遺物 の分類標示方法の大略について述べ ることにした。l 遺跡 の標示方法
遺跡の標示方法では遺跡名称の標示 とその遺跡の中での局部的な地点の標示が問題 となる。第1 の遺跡箸称の標示 では
,平
城宮 とか飛鳥寺 とかの固有名称を用いれば よいのであるが,実
際には調 査によつて出上 した多数の遺構の記録 と遺物の処理登録を正確迅速に行 うには,字
画の多い漢字の 使用は不適当であ る。特に,土
器や瓦の細片に遺跡名を漢字で記入す るのは困難である。当然,国
有宅称を簡略化す ることが考えられ るが
,当
研究所 のよ うに多数の遺跡か ら出土 した多量の遺物の 処理を前提 とす る場合では,例
えば平城宮の衝略化 として「平」1字を用いた場合平 安 宮 や平 隆寺 な ど と混乱す る。それをさけることな考慮す ると「平城」の
2字
は必要で,
これでは簡略化 の意味はない。当然そ こで遺跡名称を数字 またはアル ファベ ッ トで標示す ることが考えられ る。*こ の場合でも,遺
跡名称を最高4字
程度 までで標示す るのが望 ましい。遺跡を記号で標示す るには
,そ
れを分類す る必要がある。分類には当初10進分類法を考えたが,全国的な規模ですべ ての遺跡に通 じた10進分類は
4桁
の数字では不可能に近い。**そ
こで,数
字1 字 とアル ファベ ッ ト3字
を併用 し,17万
余 の遺跡名称の分類標示を可能 とす ることにした。この場合第1頂は数字で遺跡の所属す る時代料
*を
あ らわ し,以
下はアル ファベ ッ トで,第 I項
はその種類 と所在地域をあ らわ し,次
の第 Ⅲ・Ⅳ頂を各遺跡 の固有記号 とす ることにした(Tab lり。 例えば6AGFは
平城京 内右京3条 1坊
をしめし, 5BASは
飛薦寺, 6BKFは
興福乱7CTJ
は東寺
, 5DSTは
四天王寺, 6EHLは
碁磨国分寺, 6FNHは
新治廃寺, 6KKZは
観世音寺,6POYは
小治田安万 呂墓, 6SAIは
奈良市荒池瓦窯 (興福寺鳥居瓦屋), 6TYDは
茨城県薬師寺台 瓦窯, 6UTKは
筑前国分寺瓦窯を標示している。平城宮跡は
,総
面積 100んα ときわめて規模が大 きく,諸
寺院遺跡な どの数倍ある。そのため4 桁 の記号1単
位で全域をあ らわす と,次
に述べ る遺跡 内の一局部地点を標示す る記号を4桁
程度に*
当研究所 では後述 す る よ うにすべ ての遺構・ 遺物 の記録 はハ ン ドソー ト・ パ ンチカー ドで整理 してい る。 この場合数字 や アル フ ァベ ッ トに よる記 号化が 必要 とな る。**
た とえば首墳 や貝 塚 では全 国的には万 の単位 を必 ど′翠要 とす るで あろ うし, さ らにそれを他 の種類 の遺跡 と区別 す るには さ らに桁 数 が大 にな る。
→料 遺跡 が前後数時代 の ものの重複であ る場合 は
,そ
の遼跡 の命U建された時代 または最初 にその遺跡 の発 見 の端緒 となつ た遺構・ 遺物 の時代 に よる。
Tab.12
遺跡名標示 の項 目別 内容分類表外
国
(中国・朝鮮等) 先 組 文 時 代 組 文 式 時 代 弥 生 式 時 代 古 墳 時 代 飛 鳥 時 代 奈 良 時 代 平 安 時 代 鎌 倉 時 代 室
町
以
降
宮殿・官aF3・城llT
B C D E
大 山
和 城
寺 院
F G H K L
近 住居M
束 集落N
西摂
,河 ,泉
その他 の近 畿 関東
,束
北中
部
中
国
四国
,九
州 畿 日本
日
本
製造所 S 近
T
束U
西 畿 日 本 日 本お さめ られな くなる。そ こで
,平
城宮跡の場合 は,第
1・ Ⅱ項は他 と共通す るが,第
Ⅲ・ Ⅳ項の各 遺跡 の固有記号の ところで,第
Ⅲ項が平城宮全域を南北に細長 く分割 した大地区 (東からA・ B・ C・D)4区
力標示 し,
第 Ⅳ項はそれを さらに3んα以下に分割 した地域を示す ことにした。このよ う
に して
,平
城宮跡は,6AAA〜 6ADHの
遺跡記号をもつ ことになる(PL,1)。例えば
6ABO区
は今回報告 した地域を含めた宮跡中央北寄 りの東西
220m南
北100mの
範囲であ り, 6AARは
現国有地 内大極殿回廊東南隅付近である。
遺跡内の局部地点を標示す る問題は
,遺
跡 の発掘にあたつて,
どの よ うに発掘地域を区書1し標示覆狩騨 地 す るか といつた問題 と共通す る。いいかえる と
,局
部地点の大 きさを どの程度にす るかに よつてその標示方法 も変つて くる。実際には対象 とす る遺跡の性格に よつて区言1の大きさとその標示方法が 異つていて当然である。当研究所が これまで行つてきた寺院跡や平城宮跡のように建築遺構類の検 出が主眼 となる発掘においては
,区
劃1単位を方3mほ
どに とると記録お よび出土遺物処理に便利 であ る。 とい うのは,3mは
天平尺の10尺に近 く,建
物の柱間は一般に10尺前後につ くられている ことが多いか ら,礎
石や柱穴な どを検出した場合に,柱
間寸法を判定 しやす く,またそれ らが何区劃 にわたつているかをみれば建物の規模 も容易に判定できる。すなわち,遺構の単位 と発掘区書1の単位 をできるだけ一致するようにしたのが,
この方3mの
区書↓である。平城宮跡では6AAA〜 6ADH
の各地区のなかの水田にアル ファベ ッ トをつけ
,
それを 3m・ 方眼で区劃 し,南
北軸を1桁
のアル フ ァベ ッ ト,東西軸を2桁
の数字*であ らわす ことにしている。これに よると6ABO BH 80地
区は 木簡の出上 した地区であ り, 6ABO SJ41は
第2次
調査で検出した東西に長い 13間 建物 (SB 143) の西南隅の柱穴 のある地区を示している。・
例 えば
6ABO区
を方3mに
区劃 し,そ
れを標 示 す るには理論上 は,東
西軸 は2桁の数字 で南北軸 は 1桁の アル フ ァベ ッ トで十 分 なのだが,実
際上 は各P近
畿 墳 墓Q束
日 本R西
日 本‖ 第障Ⅳ項
一般にはアルフ ァベ ッ ト2字の 組 合 せ に よつ て
,固
有遺跡名 をあらわすVI記
e/4/2W X
W東
日 本国郡衛
x西
日 本交通関係(関
,降
火等)ZIそ
の 他水 田単位 にその区劃 を ま とめたは うが記録 や遣物処 理に便 である。
6ABO区
の水 国別記号 はFig。 1にあ る。
2 遺構の標示方法
遺構番号
遺跡第称の標示や発掘区劃設定 とその標示の方法は発掘前の準備段階に決定しておかねばならな い。それにたいして発掘の進行にしたがい
,建
物や溝な ど各種の遺構が検出され ると,そ
れを標示 す る必要が生ず る。それ らは方
3mの
数区劃,大
きなものにあつて数十区言1にわた るひろが りをも つている。寺院跡のように金堂・講堂 といつた名称が想定し うるものはよいが,類
似 した性質をも つ遺構が多数重複 して検出され る平城宮跡などでは,
これ らの遺構を特定の名称や地区記号で呼称 す ることは不可能 とな り,遺
構番号をつけることが必要 となる。遺構の標示方法には
,大
地区や各調査期にまとめてその各 々で番号をつける方法 と, 1遺
跡に通 じた一連番号をつける方法 とがある。いずれ も一長一短があるが,平城宮跡では後の方法を採用 し,全地域の遺構に検出順に一連番号をつけている。*また
,同
じ所 にほぼ同 じ規模で改築 された遺構は 同番号のあ とにAoBoCを
つけてわける。**さ
らに,番
号のみでは遺構の種類が不切なので,そ
れを示す アルファベ ッ ト記号 (Tab.13)を番号の前に付 して理解の便をはか ることにした。 具体的 には
,遺
構種類記号の前 に遺構記号の標示であるSを
つけ,例
えば, SA 109は
第 Ⅲ期の東西にの びる溝を伴つた土塁状遺構 をさし, SB■ 6は
第1‑3期
の南北棟 5×3間
建物であ り, SK 219
は木簡出上の上城を標示す ることとなる。
3 遺物の分類 と標示
遺物番号
大規模 な発掘 に よつ て出土す る莫大 な量にのぼ る遺物 の処理登録 には事前 に周到な準備を必要 と す る。 さ きの遺跡標示方法 もまたそ の必要か ら出発 した もの ともいえ るが
,そ
の他に遺物処理 の最 小要 件 として遺4//2の実測・ 拓本 。写真 な どの記録台帳 を作成せねば な らi第 1に
遺物番号が必要 とな る。 この遺物番号 としては,同
一地 区か ら出上 した遺物 には一連番号 を付す ことにした。例え ば 6ABO BH80 R C101***1まSK 219の
南半部 のあ る地 区か ら出上 し,
第1番
目に巷録 した遺物 で,具
体的には木簡10をさしている。このよ うに
4録
された出土遺物は,巷
録整理の過程でそれぞ れの形態や様式によつて分類す ることができる。 この分類はす べて4桁
の数字で標示す るのを原只1としている。****第 1項
は 時代を標示 し (Tab,1の,第 1〜
Ⅳ頂で細分をおこな う。代表的な遺物である軒瓦 についてその実際をのべてみたい。
軒瓦の分類では第1項を除 く
3桁
の数字 1〜999の
うち, 1〜
449が
軒丸瓦, 501〜899が
軒平瓦,
のこりの数字 が 道 具 瓦 をしめす。道具瓦では 451〜499が
極先瓦9901〜
919が鴫尾,Tab。
13
遺構・遺/1/J記号表S―遺
構
I R
A B C D E G
井
畔
苑一
場 嫉
の 他 U W Y
繊 維 製 品 木
製
品
そ
の
他
十
平城宮跡 で第1次 5カ年計 画以後 に検 出 された遺 構 は101番か らつけ始め てい る。 なお, この方法 で は地域 が離 れていて も発掘 時 が近 い と遺構番号が接 近 す るし,その逆 の場合 もあ る。 それに よつてひき お こされ る不便を除 くには
,地
域 名 や調査期名を冠 す る方法 もあるが現在 は行 つ ていない。Ⅲ
*
例 えば6ABO区
の第1セ期 の東西棟 5×4間
建 物 SB 186‑Aは改築 され て 第1翌′期 の SB 186 B′イδ
とな る。
十キ■「RJは遺物記号 の標示 であつ て
,遺
構記号 の標示「S」に対応 す るものであ る。
キ■キヤ
飛 鳥寺
,川
原 寺,興
福 寺 の報告 においては3桁 の数字 の整理 番号 を もちいて分類 しj各
寺 々で独立した分類番号 を用 いた。平城宮においては
,種
類 も 100種を こえ るので全遺跡 に共通 す る4桁の分類に あ らためた。一遺
物
物
IM N P
戸
IQ
漆
器 金 属 器 自 然 遺 物 土
製
品 石
製
品 瓦 ・ 尊
土 製 品は土 祭 そ の他 で7L噂 を含 まず
付章
遺跡遺物の分類標示方法 920〜
969が
鬼瓦, 970〜979が
英 斗瓦, 980〜989が
面戸瓦 を標示す る数 字 とな る。軒丸・ 軒平瓦 につ いては,瓦
当面 の文様 を様式的に分類 し,そ
れ ぞれ の様式の先後関係 は無 視 して単純 な文様 の ものか ら複雑 な ものへ と機 械的に配列 し,番
号 をつ け た。す なわ ち,軒
丸瓦 では,重
圏文,車
状文 な どの幾何学的文様を最初 にお き,つ
ぎに蓬華文,宝
相華文,獣
面文,禽
獣文 の順 に配列 した。蓮 華文 では単弁 。複弁・ 単 復弁混合文 の順 とした。単弁のなかでは素弁 。重弁・ 忍 冬飾 りのあ るもの の順 に,複
弁 では外縁 の装飾 に よつ て,素
縁 。鋸歯文縁・ 殊文緑・ 重 圏文縁 。珠文+鋸
歯文縁 。雷 文緑 。平行線文緑 。唐車文緑 。雲 文縁 の順 に配す ることとした。 lF平瓦 では,茉
文 。重弧文瓦 。変 形重弧文・ 重圏文 をは じめ に し,唐
車文 。雲文の順 に配列 した。唐草文 は忍 冬・萄萄唐車 。偏行唐 草・ 均整唐 車文の順 にな らべ,均
整唐車文は中心飾 の形 に よつ てさ らに細分 してい る。 この よ うに 分類 した軒瓦 に番号を付 した のが,本
報 告 の瓦 の記述 で用いた遺物型式番号 であ る。本報告書 では
,木
製 品 の うち木 御 につ いて も同様 な分類標 示方法 に よる類 別記号 老付 した 。*そ の 他 の遺物,特
に多 量にあ る土 器類 で もこの類別番号を必要 とす る。原則 として,瓦
類 と同様 に4桁
の番号でそれ を示す方針 であ るが
,現
在 ではなお土 器 の分 類には問題が多 く,最
も容易な器形 に よ る分類 の場合,機
能 的 に類似 した ものが離れた り,ま
たそ の逆 の場合が生 じやす く, 4桁
の番号 で お さめた分類標示方法 ではブF実 用的 な もの とな るおそれが多 い。そ のため,本
報告書 では第V章
第3節で述べ た よ うな土器分類標 示法を とつ た。
この よ うに原則 として
, 4桁
の数字の遺物類別記号は,遺
物 の各種 類 に共通 す る数字 を もつ こ と にな る。それ に よる混乱を さけ るために,遺物 を主 として材質に よつ て分類 し,そ れ を示す アル フ ァ ベ ッ ト記号 を番号の前に付 す こととした。具体的にはそのまえに遺物記号 の標示であ るRを
つ け,例 えば
,RT‑6301は
通 称典福寺式 の軒丸瓦を, RW‑601は
短 冊形木 価 を さす こ とにな る。イ*4 遺 跡遺 物 の記 録
上述 の遺跡 。遺物 の標 示方法に よつ て
,実
際 に平城宮跡 で どの よ うに遺跡 。遺物 を記録 してい るか を記 し,大
規模 な発 掘 の記録方法 の1資料 とした い。遺跡 の記録 は通常,実 測・ 写 真 。日誌 の形 でお こなわれ る。
平城宮跡 の調査 では実測・ 写 真に よる記録 のほかに普通発掘 で とられ る 日誌式 の記録 は調 査進 行状況や事務的な事実 の記 録 のほかは とらない。
1地
点 の発掘 中の デー ケは時 間単位 で あ る 日誌式 の場合 数 力所不 特定 の場所 に記録 され る。広範 な 遺跡 を長期 にわ たつ て発 掘 す る場 合それ は記録 として不 満 足 な ものであ り,遺
跡単位 に よ り記録す る必要があ る。遺跡 の 記録単位 は,局
部地 点標 示 であ る方3mと
してい る。具体的 に, 6ABO IG 84地
区 の記 録 カー ド(Fig,29)を例 に とつ て,遺
跡記録方法を説 現 し よ う。 この カー ドは この地 区の遺*
木簡 の類別記号 を3桁で とどめてい るのは,現
在の分類が将来 なお細分 され
,そ
れを標示す る ことを 予定 して第4項を残 してい るためであ る。Fig.29 遺跡記録 カー ド
遺跡記録 カ ー ド
・卜
本報告書では混乱 のおそれがないので
,遺
物類別 記号の RT・RWャ
ょ省略 している。F′7
遺物記録 カ ー ド
Fig.30遺
物 記 録 カ ー跡 記録 カー ドの第
1号
で,
この地 区の調査は1960年12月 18日か ら12月26日 にかけて主 としてお こな い,
実 測 図・ 写 真 は研 究所 資料 盗録 番号6ABO― v‑15と
61望03〜5に
あ る。 遺 物 はRT‑6801
が
3個
体 と緑釉陶片 (☆Fp)3個
体 が これ までに登録 され てい る♂遺 跡 の状 況 につ いては,寺
の略図を記 入 し
,そ
の 出土状況 や細部 につ いての記述 は裏面 に記入 してい る。 これ らの うち,地
区7H,検 出遺構番号
,調
査 月 日を周辺 でパ ンチす る。 この カー ドでは上右 で6ABOを ,右
辺 で IG 84を 上左で上記4遺
構 を,左
辺 と下 左部 で12月18・ 21・ 26日 をパ ンチす る こ とを示 してい る。**し
たがつ て
,月
日頂 で全 カー ドを ソー トすれば,特
定 月 日に調査 した地 区 の カー ドが え られ,調
査 日誌 の 代 りにす るこ とが で き る。つ ぎに遺物 の記録方法 を例 (Fig。 30)をあげ て説 明 しよ う。
この カー ドは
, 6ABO LR 18区
から1960年8月 8日に 出土 した
RT‑628歩 Bを
記録 した ものでゥ瓦 の拓本 と実測 図をは りつけ 出土 地 区名
,登
録番号,出
土 年 月 日を記載 してい る。 さ らに上辺 で6ABOを ,
左辺 でLR 18を ,上
辺右端 で遺物材質類別 であ る
Tを ,
さ らに右辺 で軒丸瓦 であ るこ とと型式番号を,ま
た同型式中におけ る種類をパ ンチす る。 したがつ て
,全
カー ドを地 区項 で ソー トすれば,LR 18地
区で 出上 した 全 軒瓦 がえ られ,
型式項 で ソー トすれ ば,
現在 までに え られ たRT‑628か Bを
すべ て選 別す る ことが で きる。上器そ の他 の遺物 につ いて も同 じ方浜 で登録処理 をお こなつ てい る。
十
そ の他 の遺 物 は 日下 整 理 中 で,漸次登 録 して い く。
,許
この カー ドは ハ ン ドソー トパ ンテ カー ドに な って い る。 パ ンテ カー ドシス テ ムに つ いて は平 山健 三他 どZ8
2名編『 パ ンテカー ドの理 論 と実際』 昭32な どを参 照 されたい。
OO▼ OOOOOOO
OOOOO 〇 〇VOOO― OOOO O O O O D O O O
Jユ生̲̲̲̲̲― ―TagI̲IS0 48刀 8日
o o o b o O o n F o o
〇
〇
〇 q O O O O q 0 0 イ■
■ O o q o o d O O