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狂言風流雑考

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狂言風流雑考

著者 木村 信太郎

出版者 法政大学大学院

雑誌名 大学院紀要 = Bulletin of graduate studies

巻 84

ページ 130‑119

発行年 2020‑03‑31

URL http://doi.org/10.15002/00023138

(2)

狂 狂 言 言 風 風 流 流 雑 雑 考 考

人文 科 学 研 究 科 日 本 文 学 専 攻

博士 後 期 課 程 三 年

木 村

信 太 郎 は じ

め に

狂言 風 流は

、〈 翁〉 に 登場 す る千 歳ま た は三 番 三( 叟

)に 神 仏 や物 の精 な どの 出 物が 関 わっ て 演じ られ る もの であ る

。こ の 狂言 風 流の 成立 研 究と して 注 目さ れる の が、 天 野 文 雄氏 の論 考( 注 1

)で あ る。 完 成 形の 狂言 風 流の 原形 を「 よせ ふり う

」に あ ると 見 て

、成 立 の基 盤 が「 湯 立」

「 せ いな う」 の 狂言 囃 物、 狂 言の 松 囃子

、民 間 の囃 物 風流 に あ ると し、 その 出現 は 風流 的な 能 が出 現し た 室町 後 期の 能界 の 動向 とも 無 縁で はな いと し、 そ の出 現 時期 の 上限 を天 正

~慶 長初 年 と説 く。 こ の 天野 氏稿 は 狂言 風流 の 成 立研 究 の到 達点 を 示す もの と 思わ れる

。 この 狂 言風 流の 詞 章が 万治 三 年( 一 六六

〇) 大 蔵虎 明 筆の

『 風流 之本

』に 記 載 され て いる が

、こ れら の 大半 の曲 に 語リ が用 い られ てい る

。本 稿で は

、完 成形 の狂 言 風流 に 用 いら れて い る語 リに 着 目し

、語 リ の素 材 の注 釈 を通 して

、狂 言 風 流の 語リ に つい て い くつ かの 問 題提 起 をし たい

、 狂 言 風 流 の 語 リ の 素 材

狂言 風 流の 語リ の 意義 を考 察 する に当 た って

、そ の意 義に 関 わる と思 わ れる 語 リの

素 材 の注 釈を 試 みた い。 この 語 リ の素 材 につ い ては

、 岩崎 雅 彦 氏は

「 八幡 の 風流

」 の鵜 の 語 り、

「 春 日の 風 流

」の 猿 の 語り を「 間 狂 言が 風 流作 成の 素 材と して 利 用さ れた 例

」( 注 2

)に 挙 げ る。 こ れに 対 し、 田口 和 夫氏 が「 独 立の 狂言 語 から 風流 へ とい う創 作 過程 をも 想 定で き る」

( 注 3) と指 摘 して いる

『風 流 之本

』に 見 ら れる 語リ の 素材 につ い ての 岩崎

・田 口 両 氏の 指 摘は 首肯 さ れる が

、 他の 素 材に 拠 っ て創 作 され た 語リ も ある よ う に思 わ れる

。『 風流 之 本』 に 記載 さ れ て いる 三十 曲の 風 流の 中

、語 リ があ る のは

、千 歳 の風 流 五曲

、三 番 三( 注4

)の 風 流 十 四曲 の計 十 九曲 であ る

。こ の 十九 曲の 語 リに つい て

、素 材 が( 一

)間 狂 言に 拠っ た 語 リ、

(二

)独 立 の狂 言語 リ に拠 った 語 リ、

(三

)他 の 素材 に拠 っ て創 作さ れ た語 リ、

(四

)素 材 未詳 の 語リ

、の い ずれ であ るか を 以下 に見 る こと にし よ う。 な お、 語 リに つ い ては

、出 物ご と に記 載し

、〈

〉に 風 流名

、〔

〕に 三番 三・ 千 歳の 風 流の 別の 三・ 千 を示 す

。 (

( 一 一)

)間 間 狂 狂言 言に に 拠 拠っ っ た た語 語リ リ 1〈 西 王 母の 風流

〉〔 三〕 の 西王 母 は、

「 某 が園 に、 三 千 年に 一度 か た枝 に は花 咲き か た 枝に は 実の な る 桃有

」、

「一 つ 服す れ は、 三 千 年の 齢 をた も つ也

」「 当年 実 のな り 候 間」

「 持参 申て 候

」〔 筆者 注―

」は 本 文の 引 用( 注 5

)を 示す

。以 下同 じ

。〕 と語 る

(3)

『大 蔵虎 清 間・ 風 流 伝書

』に 能〈 西 王母

〉の 間に つい て

、「 云立 を云 て

」「 中 入 の間 も いふ な り」

( 注 6) と ある

。右 の 語 リは

、こ の「 中入 の 間」 に 拠っ たと 考 えら れ る。 2〈

雪 の風 流

〉〔 千

〕の 仙 人 は、

「 夫 仙家 には 薬 の雪 ふる

、惣 じて 雪の 異 名さ ま 〳〵 な れ共

、紫 雪紅 雪と て

、紫 の 雪、 紅 の 雪有

、是 を 服 すれ は寿 命 思ひ の儘 な れは

、此 君 に 捧申 さ ん為

、紫 雪 紅雪 を伴 ひ 参り て 候」 と語 る

。 能〈 氷 室〉 の 間 狂言

( 貞享 松 井本

)に

「そ れせ ん かに はし せ つこ うせ つ とて むら さ

、、

、、

、、

、、

、、

、、

、、

、、 き くれ な ひの

、、

、、 雪有

、、 是 則 薬、 の、 雪、 な り

、、 翁、 も此 薬、 の、、 雪、 をぶ くす る

、、

、、 故、 に

。か

、、 様、、 に じ ゆ

、、

ミ、、 や、 う じや う おん

、、

、、 息才 延 命

、、

な、 り、 と、 申 て。 則こ おり く たき て ぐご にそ な へ申

」〔 傍 点は 筆 者、 以 下同 じ

〕( 注7)

とあ る。 傍 点部 の よう に類 似 の詩 句 の見 ら れる 間狂 言 に拠 っ て右 の 語 リが 創 作さ れた と 考え られ る

。 3〈

八 幡の 風 流

〉〔 三

〕 の八 幡 大菩 薩 は、

「 神 代よ り

、桑 の 弓 蓬の 矢 にて 国 を治 め

「 此君 が 代は

、 四 海の 浪 も納 ま りて め でた け れ は、 弓 を袋 に いれ 捧 申候 よ

」 と語 る

。 虎明 筆 の『 脇 能 間註

』( 注 8) の〈 弓 八 幡〉 の間 に「 皇后 桑、 ノ、 弓

、蓬

、、 ノ、、 矢、 ヲ、 以、 テ、

、安 ス 安ス ト 三韓 ヲ亡 シ 給候

」と あ り

、註 に「 太平、 ナ、 レ ハ

、、

、敵 モ ナキ ホ ドニ

、ホ コ ヲ モ治 メ

、弓 矢、 ヲ、 モ、 袋、、 ニ、 入、 テ、 ヲ ク」 とあ る

。傍 点部 のよ う に類 似の 表 現の 見ら れ る間 狂言 に 拠 って 右 の語 リが 創 作さ れた と 考え られ る

。 4〈

八 幡の 風 流〉

〔 三

〕 の 鵜の 精 は、

「 火 々出 見の 尊

、豊 玉 姫と 契 をこ めて

」、

「懐 妊 し

」、 産 屋 を鵜 の羽 で 葺い た とこ ろ、

「 尊 生れ

」、

「鵜 の 羽、 葺 合せ ず の、 尊 と申 も 此羽 の 威徳

」 など と謡 節 で語 り舞 う

。 この 語 リは

、 岩崎 氏 が

「ひ と り「 八 幡の 風 流

」の 鵜 のみ が 舞い 謡 う形 で ある の は

「 江島

」の ア イか らそ の まま 持っ て きた から で あっ て

、そ の逆 で は決 して あ り得 ない

( 注9

) と〈 江島

〉 の間 狂言 の 転用 を指 摘 する 通り だ と思 う

5〈 春 日 の風 流

〉〔 三

〕の 春日 明神 は

、「 古 へ は天 竺霊 鷲 山に て

、仏 法 をひ ろ め、 今 は 春 日の 神と し て衆 生済 度 する

」「 和 光同 塵 は結 縁の 始 め、 八相 成道 は 利物 の 終に て」 な ど と語 る。 能〈 春日 龍 神〉 の猿 の 末社 間( 注10

)に は「 当社 明神 天 竺

、、

、、

り、 やう じ ゆせ んに て

。し

、、

、、

、、

、、

、、 や か、 女、 来、 と、 げむ じ

、、 給、 ひ

。、 衆、 生、 さ、 い どの

、、

、 御、、 ため に

、、

。大、 じ やう の み のり を とき た まへ

、、

、、

、、

、 バ、、

「 先せ う じや うを と きた まひ

。そ れよ り次 〳 〵に 大じ や うの みの り をと き。 い つ さい 衆 生 を御 た すけ 被

成 候

」な ど とあ る

。和 光 同塵 は 仏・ 菩 薩が 衆 生と 同 じ 次元 に 立つ こ とで あ って 大乗 の 教法 に通 じ る。 春 日明 神 の語 リの

「 和光 同塵 は

」以 下 の句 は「 大、 じ や うの み のり

、、

、、

」、

( 大乗 の 教法

) を 具体 的 に述 べ たも の であ る から

、 こ の語 リ が右 の 傍 点 部の よ うに 類 似の 表 現が 見 ら れる 間 狂言 な どに 拠 って 創 作 され た と考 え られ る

〈春 日 の風 流〉

〔三

〕の 猿 の 語リ は、 岩 崎 氏が

「「 春 日 竜神

」の ア イ から 着 想を 得た も の であ ろう

」( 注11) と 指摘 する 通 りだ ろう

( 二 二)

)独 独 立 立の の狂 狂 言 言語 語 リ リに に拠 拠 っ った た語 語 リ リ 田口 氏 は、 鷺保 教 本の 竹の 精 の語 リの 注 記「 此語 ハ 竹之 語ト テ 昔ヨ リ在 之

、座 敷語 也

」 を引 い て

、「 風 流の 主 要 な構 成 要素 で ある 語 が本 来 独立 し て 演じ ら れる 語

、そ れ も 小 規模 な 場に ふ さ わし い 座敷 語 であ っ た、 と いう こ とは

、 一 般化 し て考 え られ る

(

12注)

と指 摘 する

。以 下

、こ の独 立 の狂 言語 リ に拠 った と 考え ら れる 語リ を 見る

。 1〈 碁・ 将 棋・ 双六 の風 流

〉〔 三

〕の 双六 の 精は

、「 玄宗 皇帝

、楊 貴妃 を もて あ そび 給 ひ、 此 双 六を うち 給 ふ、 盤 の一 尺二 寸 は十 二月 を へう す、 ひ ろさ 七 寸二 分は

、七 十 二 日 の土 用、 日 の 十五 はは く月 の 十五 日

、黒 の十 五 はこ く 月の 十五 日

、二 つ の簺

( サ イ) は日 月

、筒 は須 弥 山を かた ど る」 など と 語る

。 この 語 リは

、唐 の 玄宗

・楊 貴妃 の 遊び に双 六 の起 源 を見

、盤 の構 造 や用 具 の背 後に 暦 法 や仏 教の 世 界観 を見 て

、結 末 を「 なん ほ うめ で たき 物に て 候」 と 結ぶ

。同 様 の語

(4)

リ が鷺 保 教本

・天 理 本狂 言 六義 の狂 言〈 双 六

〉に あ り、 そ れが 右の 風 流の 語リ に 見ら れ るこ と には

、共 に 独立 の狂 言 語リ を 取り 込ん だ 可能 性が 考 えら れる

。 2〈

・将 棋・ 双六 の 風流

〉〔 三〕 の将 棋 の精 は、

「黄 帝 蚩尤

( シ ユウ

)を

」亡 ぼそ う と「 四 十 八匹 の 馬を たて

、涿 鹿( タ ク ロク

)の 屋( マ マ) に お ひて

、軍 のか け ひき を 稽古 し

」、

「蚩 尤を ほ ろほ し、 御 代 をた もち 給 ふ事 一万 八 千歳 也

」、

「 盤( バン

)の 目 の 八 十一 目は

、 九品 の浄 土 をへ うす

」 など と語 る

。 この 語 リは

、中 国 古代 の 伝説 の帝 王 の事 蹟を 将 棋の 起源 と し、 盤 の構 造 の背 後に 仏 教 の世 界 観を 見る と いう 内容 を 語り

、結 末 を「 なん ほう た ゞし きい は れに ては 候 はぬ か

」と 由 緒 の正 しさ を 強調 し て結 ぶ、 そ の整 然 とし た 形態 から

、双 六 の 精の 語 リ同 様、 独 立 の狂 言語 リ の可 能 性が 考え ら れる ので は ない だろ う か。 3〈

・竹 の風 流

〉〔 三

〕の 松の 精 は、

「一 寸の ぶ れは 色、 と こ しな へ にし て、 ぢや う 千年 万 年の よは ひ をた もつ 物 なれ ば」 な どと 松の め でた い由 緒 を語 る。 これ と 同様 の語 リ に、 鷺家 の 風流

〈松 亀

〉の 松の 語 リ、

〈御 賀 の松 の 風流

〉の 住 吉の 松 の 精の 語 リが あ り、 こ の独 立 の 狂言 語 リ〈 松

〉を 取 り込 ん だ 可能 性 が考 え られ る

。 4〈

・竹 の風 流〉

〔三

〕の 竹の 精は

、「 有情 非 情の たぐ ひ まで

、親 に ま さる 物 まれ な り、 竹 は 必親 より 太 くの び、 寿 命 目出 度物 な れば

」な ど と竹 の めで た い由 緒を 語 る。 これ と 同様 の語 リ に、 鷺 保教 本 記載 の〈 竹 の 風流

〉の 竹 の 精の 語リ

、和 泉 流 の〈 竹 の 語〉( 13注) が ある

。虎 明が

、自 作五 曲を 含 む三 十曲 を 収載 した

『風 流之 本

』を 筆 録 す る以 前 の「 寛 永十 二年 に 山脇 和泉( 元 宜)

・山 脇 五郎 左 衛門( 元 永) より

「 風流 五 番」 の 相 伝を 受 けた らし く

、そ の 際の

「 神文

」が 山脇 和泉 家 の『 狂 言由 緒 略書

』に 載 せ られ て いる

」( 14注)

との 橋 本朝 生氏 の指 摘 があ る

。相 伝 を 受け た「 風 流 五番

」が

『 風流 之 本

』記 載 の三 十 曲に ど のよ うに 反 映さ れた か は不 明だ が、 そ の よう な山 脇 和泉 家と の

関 わ りか ら、 和 泉 流の

〈 竹の 語

〉を

〈松

・竹 の風 流〉 の 作 者で ある 虎 明が 取り 入 れた 可 能 性が 考え ら れよ う。 5〈

大 黒 の風 流〉

〔 三

〕の 大 黒は

、「 開山 い ひや 大黒 は

、一 日 に千 人 をこ そ 扶持 し給 へ

、此 山 に は三 千人 の 衆徒 あれ ば

、三 千 を守 り 給ふ 天ぶ を こそ 安置 申 べけ れと 有 しか ば

、 大 黒大 に 怒を な し、 い でさ ら は三 千 を 守る 奇 特を 見 せん と て、 忽 三 面六 臂

(ヒ

) と 現 じ、 今に おい て 仏法 繁昌 に 守る 也、 なん ほ う奇 特 なる 大黒 に て候

」な どと 出 現の 奇 特 を語 る。 同様 の 語 リは

、 大蔵 虎 明本

・ 天理 本 狂 言六 義

・鷺 保 教本 の 狂言

〈 夷 大黒

〉 にあ り

、 こ れが 右 の風 流の 語 リに も見 ら れる こと に は、 共に 独立 の 狂言 語 リ〈 大黒

〉を 取 り込 ん だ 可能 性が 考え ら れる

。 6〈

八 幡 の風 流〉

〔 三

〕の 鷹 の精 は

、「 ま か ぶら にひ さ しを さ せば

、目 は 明 星の こと く

、嘴

(ハ シ

)爪 な どは 三 ケ月 のこ と くに して

、ま へに はや ま をい ただ き

、う し ろに 山 河 をな がす

」 など と鷹 の吉 相

・名 所を 語 る。 同様 の 語リ が大 蔵 虎明 本・ 天 理本 狂 言六 義の 狂 言〈 政 頼〉 に あり

、こ れ が右 の 風流 の 語 リに 見ら れ るこ とに は

、共 に独 立の 狂 言語 リ〈 鷹〉 を 取り 込ん だ 可能 性が 考 えら れ る

( 三 三)

)他 他 の の素 素材 材 に に拠 拠 っ って て創 創 作 作さ され れ た た語 語 リ リ 間狂 言

、独 立 の狂 言 語リ に拠 ら ず、 そ の他 の素 材 に拠 って 創 作さ れ たと 考え ら れる 語 リ を以 下に 見 る。 1〈 碁・ 将 棋・ 双六 の風 流

〉〔 三

〕の 碁の 精 は、

「秦 の始 皇 しや うざ ん にか くれ

、浜 の 真 砂( マサ ゴ) のし ろ くろ をあ つ めて うち は じめ 給ふ 也

、是 十八 か いを へう す ゆへ に

、盤

( バ ン) を 一 尺八 寸に 作 り、 石 の 白黒 は よる ひる の いろ

、せ いも くは 九 よう 也

(5)

目 の数 は 一と せの 日 の数

、う つ おと は あう ん のひ ゞき をあ ら はす

、仙 人 も 碁を 見る 内 に

、お の えお れ て家 路に 帰 り、 七 世の 孫に あ ふ事 も

、め で たき ため し とこ そ、 う け給 は り 候へ

」な ど と語 る。 この 語 リは

、能

〈碁

〉( 注15

)に

「[ クリ

そ れ碁 は 定恵 の二 手 を見 せ、 打、 つ、 音、 に、 阿 吽、 の、、 響、 き あ り

、、

、、 さ れば 目 の前 に生 死 の命 悟 を顕 はし ては

、す なは ち涅 槃 の形 を見 す

[ サシ

、 の、 白 黒、 は、、 夜 昼、 の、、 色、 星 目

、、

、 は、、 九曜、 た、 り、

、 目、 を、 三 百 六十 目

、、

、、 に、 割、 るこ とは

、、

、、 こ れひ と

、 年、、 の、 日、 の、 数、 な り、

」、 と 傍 点部 の よ うに 類 似の 表 現が 見 られ る

。「 あ う ん のひ ゞ き をあ ら はす

」 ま での 個 所は 能

〈碁

〉 に拠 り

、 仙人 も 碁を 見 る内 に 斧柄 折 れ た話 は

、 梁 の任 昉著

『 述異 記

』巻 上 に「 信 安郡

石 室

山 晋

王 質伐

木 至

見、

童 子 数人

、、

、、 碁、

歌、

質 因 聴

童子 以

一 物

棗核

質 含

之 不

俄 頃

童 子謂

何 不

質起

視、

斧 柯、

爛 藎、

既、

帰、

無、

復時 人

、、

」( 16注) と あ る話 に 基く と考 え られ る。 2〈

枇 杷

・橘 の風 流〉

〔三

〕の 枇杷 の 精は

、「 其子 細 は、 漢( カ ン

)朝 に は

、詩 を作 る

、其 詩 に曰

、廬 橘( ロキ ツ

)花 開

、楓 葉 衰と 作 られ たり

、是 こ そ 枇杷 を廬 橘 と云 證 拠候 よ

」と 語る

。 唐代 の 戴叔 倫の 詩「 湘 南 即事

」の 起 句 に「 廬 橘花 開 楓葉 衰

、、

、、

、、

」と あ る。 こ の詩 句 に拠 っ て右 の 語リ は創 作 され てい る

。 3〈

枇 杷・ 橘の 風流

〉〔 三〕 の橘 の精 は

、「 あ ふ 橘を 廬橘 と 云事 は、 日 の 本に お ひて 朗 詠の 詩 に曰

、枝 には 金 鈴を 繋た り 春雨 の後 と 作ら れた り

、又 歌に

〽皐

(サ

)月 ま つ、 花 橘 の香 をか げば

、昔 の人 の袖 の 香ぞ す る、 是 こそ 橘を 廬 橘と 云 せう こ候 よ

」と 語 る。

『和 漢 朗詠 集』 巻上

・夏 の「 枝、 には、 金、 鈴、 を、、 繋、 け た り

、、

春、、 の、 雨、 の、 後、 花は 紫 麝を 薫ず 凱 風 の程

」の 傍 点 部の 詩 句と

『 古今 和歌 集

』巻 第 三・ 夏 歌・ よみ 人し ら ずの 歌に 拠 って 右 の語 リ は創 作さ れ てい る。

4〈 仙人 の 風流

〉〔 三

〕の 壺 公は

、「 晋( シ ン) のげ ん しや う くん

、劉 伯( リ ウハ ク) 倫

、酒 徳 の 頌( ジ ユ) を 作 て世 に伝 ふ

、又 唐 の太 子 の賓 客白 楽 天も

、酒 功 の 讃を 作て 是 に 継( ツ ゲ

)り

、其 外 しや う 山の しこ う

、晋 の 竹 林の 七賢

、廬

( ロ

)山 の 三 笑、 い つ れ も是 は酒 功 の者 也

」な どと 語 る。

『和 漢 朗詠 集』 巻 下・ 酒に

「晋、 の、 建威 将軍 劉伯 倫

、、

、、

、 酒、 を 嗜 んで 酒徳 頌

、、 を、 作、 って、 世、、 に、 伝、 へ、 唐、 の、 太 子、 の、、 賓 客白 楽 天

、、 ま た 酒 を嗜 ん で酒 功 讃

、、

を、、 作、 って、 以、、 て これ に

、、 継、 ぐ、

」 とあ る

。 こ れら 傍 点部 の詩 句 に商 山の 四 皓、 竹林 の七 賢

、廬 山の 三 笑を 加え て

、右 の語 リが 創 作 さ れた と考 え られ る。 5〈

仙人 の風 流

〉〔 三〕 の費 長房 は

、「 費( ヒ) 長 房 とて

、壺

( コ

)公 の 弟 子也

、葛 帔

( カツ ヒ

)に 竹 杖を な げ

、竹 葉 の酒 を 以て 万 民和 楽 の 謀( ハ カリ コ ト) を なせ り

」 な どと 語 る。

『後 漢 書』

「 方 術伝

」に

「費 長房 は 薬売 りの 老 人( 壺 公) に 仙 術を 習う が 落第 し、 別 れ 際 に授 けら れ た竹 杖を 葛 陂( は

)に 投げ 込 むと 竜 であ った

。遂 に 万 病を 治し

、百 鬼 を 笞 うち

、土 地 神を 駆使 す る能 力 を発 揮す る

」( 注17

)と ある

。 この よう な 伝承 に拠 って 創作 さ れた 語リ だ と考 えら れ る。 6〈

仙 人 の風 流〉

〔 三

〕の 彭 祖は

、「 是は 彭 祖仙 人と て

、菊 水 を汲 で 寿命 を うる もの 七 百 歳な り」 など と 語る

。 彭祖 は

、『 神 仙 伝』 に「 帝顓 頊( せ ん ぎょ く) の 玄 孫で あっ た

。殷 代 の末 には す でに 七 百 六十 七歳 にな っ てい た が、 老 衰 はし てい な かっ た

」( 18注

)と あ る。 また

、能

〈菊 慈 童

〉に

「 此 妙文 を菊、 の、 葉、 に

、、 置、、 く、 滴、 や 露 の身 の、 不 老 不死 の 薬と なつ て

、七 百 歳

、、 を、 送 りぬ る

、汲、 む、 人、 も、 汲ま ざる も

、延 ぶる や 千年 なる ら ん」

( 注19

) と ある

。こ れ ら傍 点 部 の 詩 句 が 表 す内 容 を 彭 祖 が 七 百 歳を 超 え て 生 き た こ とと 結 び 付 け て 創 作 され た

(6)

語 リだ と 考え られ る

。 7〈

蟻 の風 流

〉〔 三

〕の 穴 師 の明 神 は、

「 むか し もろ こし よ り、 我 朝の 知 恵を はか ら ん とて

、穴 の 七ま がり あ る玉 を 我朝 へ渡 し

、是 に糸 を通 し てか へせ と 申、 此事 人間 の わ ざ にな る 事に て あ らざ れ ば、 泊 瀬の 観 音に 祈 誓を 申

、 下向 道 に三 輪 をと を りし に

、 し づの め のは たを お るお とき け ば」

、「 蟻 の 腰に 糸を つ け、 穴の 口に む けよ と有

、頓 而 左 様 にし けれ は

、其 蟻な んな く 穴を とを り

、其 糸と をし て もろ こ しに かへ す

、そ れよ り 日 本は 知恵 第 一の 国 とい へり

」 など と語 る

。 同様 の 話は

、『 枕 草 子』

( 三 巻本

)・ 二四 四段

、『 神道 集

』「 蟻 通し 明 神の 事」 に 見 え、

『 枕草 子

』で は 親 孝行 な中 将 が親 の知 恵 を借 り て難 題を 解決 す ると いう 蟻 通明 神 の縁 起 譚 であ る。 また

、『 神 道集

』で は

、玄 奘三 蔵が 天 竺へ 渡る と きに

、女( 実 は大 般若 経 の 守 護神

・ 秦 奢大 王) に難 題 を 課さ れ る が、 機 織 り虫 の 鳴 き声 に よ って 解 決 策 に気 付 く

、と いう 話 であ る。 右の 語 リで は、 穴師 明神 近 くの 三輪 で 賤女 の機 織 る音 を聞 い て解 決策 を 思い 付 いて い る( 注20

)。 こ れら の 類似 の説 話 の一 つを 素 材に して

、 右の 語リ が 創作 され た と考 え ら れる

。 8〈

蟻 の 風流

〉〔 三〕 の蟻 は、

「昔 も ろこ しに

、淳 于棼

(シ ユン ウ フン

)と 云者

、夏 の 比大 木 のも とに ゑ ひふ した り しに

、蟻 共 に さそ はれ 穴 に入 と思 へ は国 あり

、其 国の あ る じの 前に て 蟻お ほく あ つま りま ひ たる

」、

「飛 鳥 井殿 の鞠 の かゝ りに て

、あ そ こへ も あ り、 こゝ へ もあ りと め さる ゝ 時は

、寸 の 隙な くは ひ まひ 候」 な どと 語る

。 唐代 の 李公 佐作 の 伝奇 小説

『南 柯太 守 伝』 に

、「 淳 于棼 が 槐の 大木 の 下で 酔い し れ、 槐 安国 王 に迎 えら れ

、木 の下 の 穴へ 入っ て 行き

、王 女と 結 婚し

、盛 大に 婚 礼が 行わ れ た

」( 21注

)と 蟻 の国 訪 問の 話 があ る。 ま た、

『 醒睡 笑』 巻 之三

・不 文 字に

「 京よ り、 い た らぬ 者 ど も連 れ 立ち

、 石山 寺 に参 り

」、

「一 人 が申 し ける は

、『 誰 人 の 建立 と こそ

存 じ つる に、 さて は 飛鳥 井 殿

、、

、 の、 建て させ 給ひ て 候よ のう

』。

『そ の願 主 は、 なに の合 点 よ り いふ ぞや

』。

『 その こ とよ

。縁 起の 次第 が

、い づれ の言 葉 にも

、な にあ り

、、

、、 かあ り

、、

、 あ りあ り

、、

、、

〔本 文注

・蹴 鞠 のと き の掛 け声

〕と よ まれ たほ ど に、 さう か と思 う て』

。」

( 注 22) と ある

。こ れ らの 話を 素 材に して 右 の語 リ が創 作さ れ たと 考え ら れる

。 9〈

梅 の風 流

〉〔 三

〕の 山 礬の 精は

、「 もろ こ しに は詩 を もて あ そぶ

、則 山 谷

水仙 花

曰 含

(フ ク)

香( カ)

素( ソ

傾( カタ ムケ

山礬 ハ 是弟

、梅 ハ 是兄

、坐

真 成

花 悩

(ナ ヤ マサ

出 門 一―

笑大―

江 横

(ヨ コ タフ

)と 作 りた り、 是 兄弟 のし る し候 よ

」と 語る

。 この 語 リは

、北 宋 の 詩人

・黄 山 谷 の詩

「 王充 道 送 水仙 花 五十 枝、 欣 然 会心

、為 之 作 詠」 に 拠っ て創 作 され てい る

。 10〈

布 留 の風 流

〉〔 千

〕の 布留 の 明神 は、

「 昔石

( イソ

)の 上 の川 上 より

、一 つ の宝 剣 流下 る

、其 刃 にあ たる 者

、岩 木 もた まら ず きれ くだ く

、此 明 神布 を 以請 とめ

、則 此 宮 に 奉納 す、 夫 より して 此 明神 を、 布 留の 明神 と は云 也」 な どと 語る

。 能〈 布 留乃 能

〉に

「 当社 の 御神 体は 剣 にて 御渡 り 候、 こ、 の、 川、 にて、 洗、、 ひし、 布、、 に、 流、 れ、 留、 ま り、 給、、 ひ し、 御、 剣、 な、 り、

」、

「又 そ の御 名 を、 布 留の 剣 と申 す事

、こ の、 川、 上、 の、、 流 水、 よ、 り、

、、 流れ 出 で給 ひ てし つし の

、洗、 ひ し、 麻、 布、 に、

、か ゝり

、、

、 留、、 ま り、 給、、 ひ しよ り

、、

、、 布、、 に、 留、 ま る、 故、、 を もて

、、

、、 布 留、 の、、 神、 とは、 申、、 す な り

、、

」、

( 23注

) とあ る

。傍 点部 の よう に類 似 の詩 句の 見 られ る 能に 拠 っ て、 右の 語リ が 創作 さ れた と考 え られ る。 11〈

延 命地 蔵 の風 流〉

〔三

〕の 延命 地 蔵は

、「 心に 生 滅な き 故に 延命 と 名つ く、 心に す い はな き故 に 地蔵 と云

、我 を 信仰 する 者 には

、十 種の 福 を得 さ すべ し、 一つ に は女 人 さ んた いら か 也、 二 つ はし ん こん ぐそ くす

、三 つ は衆 病 悉く のぞ く

、四 つは 寿命 長 遠 な るべ し

、五 つ は 聡明 智 恵、 六 つは 財 宝盈 溢

(ミ チ ア ブル

) る、 七 つは 衆 人愛 敬

(7)

八 つ は五 穀 成就 す

、九 つ には 神 明加 護 す

、十 は 大菩 提 をし や うず る 也」 な ど と語 る

。 延命 地 蔵経 に、

「 当経 云

心 無、

生 滅、

、 故、 名、

延 命、

矣」

、「 当 経 ニ云 無、

嶊 破、

、 故、

名、

地 蔵、

矣」( 語 リに

「す い は」 とあ るの は

、「 嶊 破」 をそ の よう に読 み

、「 水波

」 と 解し た もの か)

、「 亦

菩 薩

得、

十 種、

福、

者 女人 泰 産

、、

(、

タ、 イサ ン

、、

)、

者 身根、

、 具 足、 三、

者 衆病 悉 除

、 四、

者 寿 命 長 遠

(、

ヲ、 ン、

)、

者 聡 明、

(、

サ、 ウ メ イ

)、

智、 恵、 六、

者 財 宝 盈

、、 溢(、 エ、 イ イ ツ

、、

)、

七、

者 衆 人愛 敬

(、

ア、 イ キ ヤ ウ

、、

)、

八、

者 穀米、

(、

コ、 クベ イ

)、

成、 就、 九、

者 神 明加 護

、、 十

者 證、

大 菩提

、、

」( 注24

)と あ る。 これ ら の経 文を 素 材に して

、右 の 語リ が創 作 さ れた と 考え られ る

。 12〈

延 命 地蔵 の風 流

〉〔 三

〕の 地蔵 は

、鈴 ノ段 を 相舞 する と なっ た時 に は、 錫 杖を 持 って 舞 う。 この 時

、錫 杖の 謂 われ を 問わ れる と

、次 のよ う に語 る。 それ 錫 杖は

、則 塔 婆 のか たち

、ほ うと うか う めう なる 事

、須 弥 山王 の 如く にて

、 功 徳 かう げん 也

、此 錫杖 を 見れ ば、 須弥 法 界塔 婆を 見 るに 同じ

、か る が故 に 一た び 是 を見 る 人は

、先 現世 安 楽に して

、後 に じや う せつ に生 る れ、 悉仏 界の 悟 をな すに 依て

、六 道能 化 の地 蔵菩 薩

、錫 杖 を持 て

、し ゆ くの 衆 生を 引導 し 給ふ

、此 錫 杖の 徳 を唱 へて

、三 ぼ うに 供養 す れば

、功 徳 無量 也、 なん ほ う有 がた き 物に て候

『 説法 明 眼論

』「 錫杖 品 第九

」 に「 宝 塔 高妙

、、

如、

須 弥 山王

、、

今 此 錫

杖 即

是 宝 塔

徳、

顯、

如、

須 弥、

見、

此、

杖、

並、 見、

須 弥 法界 塔 婆

、、

、、

一 見、

天、

現 世安 楽 後

、、 生、

浄 刹、

悉、 成、

仏 果、

語、 参(、 サ、 ン、

)、

地、 蔵、

、 持、

此 錫 杖

、、

将、 為、

成、

一 見、

天、

徳、

至 心、

唱、

徳、 供、

養、

種、

宝、

矣、

供 養 法

界塔 婆

来 入 道

成、

就、

願、

」( 注25)

とあ る

。「 語 参

」は

、同 書に

「 異本

語 作

悟」 の 注 記が あ るこ とか ら

、「 悟参

」の 誤記 と 考え ら れ、

「悟 りを ひ らい て 六道 の 衆生 を あま ねく 救 う( 六道 能化) に 至 った

」 の意 であ ろ う。

「 将

一 見

人 天

功徳

」 は

、「 確 かに 一見 の 人天 に 生ま れた 衆 生の 功徳 を 積ま せて 仏 道に 導か せ よ うと し たた めで あ る」 と 解せ る

。傍 点 部の よ うな 類似 の 表現 の見 られ る 仏教 書 に拠

っ て

、右 の語 リ が創 作さ れ たと 考 えら れる

。 13〈

八 幡 の風 流

〉〔 三

〕の 鳩の 精 は、

「 夫鳩 には 三 枝( シ

)の 礼有

、其 う へ我 等 程親 に 孝 なる 者な し、 百 行の 内 には

、孝 を 以 て第 一と す

、又 月 令に 曰、 仲 春に 鷹 化し て鳩 と な る、 七 月に 鳩 化し て鷹 と なる とい へ ば、 鷹 と我 等 とは 同一 体 の物 にて 候

」と 語る

。 三枝 の 礼と は、 鳩 は、 小鳥 が親 鳥 より 三本 下 の枝 に留 ま ると 言 われ るこ と から

、礼 儀 を わき まえ る こと のた と えで ある

。ま た

、『 礼記

』月 令 篇 に「 倉 庚( さ う かう

・う ぐ い す

)鳴

、 鷹化 為

、、

、 鳩、

」と あり

、 同王 制 篇に

「鳩 化 為

、、

鷹、

、然 後

設 罻 羅( ゐら

・ 鳥の 網

」 とあ る。 こ れら を素 材 とし て 右の 語リ が 創作 され た と考 えら れ る。 14〈

弁 才天 の風 流

〉〔 三

〕の 宇賀 神 は、

「 武 蔵相 模の 境 の湖

」に 住 む「 五頭 龍」 が「 悪 心 を 翻し

、天 ぶ と夫 婦 にな り、 則 竜の 口 の明 神と て

、此 国 の守 護神 と なる

」な ど と語 る

。 能〈 江 島〉 の[ ク セ] に

「こ ゝに 又 古、 武 蔵相 模

、、 の、 境、 に、

、鎌 倉海 月 の間 に 深沢 と いふ 湖、 あ り、

、、 か の、 湖、、 に、 大蛇 住

、 め、 り、 其、 身 一つ に して

、 その 頭 五、 つ、 あ り

、、

」「 時 に 天部、 は、、 龍に 向 ひ

、汝、 が、 悪 心、 を、、 翻、 し、 殺 生を とゞ め この、 国、、 の、 守 護神

、 と、 な ら ば、

、、

、、 夫 婦、 の、、 語、 を わ れは なす べ

、、

、、

、、 し、 と、 堅 く 誓約 し給 へ ば龍 王も こ れに 応じ つ つ、 今 より 殺 害を とゞ め て善 心を 思 ひ龍、 の、 口、 の

、、 明、 神、 と、 な り

、、

給、、 ひ、、 国、 土、 を、、 守 護、 し、、 給、 ふな り

、、

」( 注26) と ある

。傍 点 部 のよ うな 類 似 の詩 句 の見 られ る 能に 拠っ て 右の 語 リが 創作 さ れた と考 え られ る。 15〈

弁 才天 の 風流

〉〔 三〕 の弁 才天 は

、「 我は 欽明 天 皇の 御 宇に あら は れ出 し、 江の 嶋 の 天女 なり

」「 我 一 切衆 生に 大 福を あた へ んと の誓 あ り」 な どと 語る

。 能〈 江 島〉 の ワキ の 詞に

「 そも 〳〵 こ れは 欽明 天 皇

、、

に、、 仕、 へ、 奉、 る、 臣 下な り

、扨 も 相模 の 国江 野 とい ふ浦 に

、去 んぬ る

、卯 月十 日あ ま りに

、不 思議 の 奇瑞 様々 あ つて 海上、 に、、 一、 つの、 島、 涌出

、 す、、

、則 ち 江 野に 名 ぞら へて 是、 を、 江、 の、 島、 と、 号、 す、

、雲 上に 天 女顕

、 れ、、 給、 ふ、

」と

(8)

あ り、 後 ツレ

・ 天女 の登 場 時の 地 謡の 詞章 に「 衆、 生 済度

、、 のそ の

、、 御方 便

、、

、、 衆 生済 度 のそ の 御方 便 も、 福 寿円 満

、、 の、 願、 をか なへ

、、

」(、 注27) と あ る。 傍 点部 の よう に類 似 の詩 句の 見 ら れる 能 に拠 って

、 右の 語リ は 創作 され た と考 えら れ る。

(四 四

)素 素 材 材未 未詳 詳 の の語 語 リ リ 1〈 し やう れ うじ の 風流

〉〔 千

〕の しや うれ う じは

、「 利剣 の徳 と いつ は、 だ んわ く り し やう( 注28) と は

、ま よ ひを き り

、さ と りを ひ ら く心 也

、又 利 剣 は知 恵 の 形に て

、 不 動、 文殊 も剣 を 持給 ふ、 左に 持 たる 経 は寿 命経 也

、此 経を たも つ 者は 幾久 し く寿 命 を のぶ

」 など と語 る

。 この 風 流の 出物 の「 し よ うれ う じ」 に つい て は、 田 口氏 が「 し や うれ う ち」 と 清音 に 読み

、漢 字 を 宛て ると す れば

、大 智 度論 以 下に 用い ら れる 語彙 の「 清 涼 池」 で ある こ と

、「 典 拠 不明 なが ら

、そ こ に居 る「 大将

」が 剣と 経を 持 つと いう の も納 得 でき るこ と で あ る」

(注 29) と 指 摘す る

。 し よう れ う じは

、 左 に 経、 右 に 剣を 持 っ て 登場 し

、 利 剣 と経 の徳 を語 っ た後 に「 則 千 歳ふ るは 寿 命祈 祷の 舞 なれ ば

、千 歳 ふる のふ る と云 字 と

、経 と云 字と 同 じ文 字な り

」と 千歳 と の縁 の強 さ を言 うの で ある から

、右 の 語リ は こ の風 流の た めに 創 作さ れた も のと 見て よ いだ ろう

。 2〈

桑 の 風流

〉〔 千〕 の 桑の 精 は、

「天 王氏

、日 の 出 る所 を さし て尋 行 くに

、桑 お ほ く 生出 た る中 より

、白 髪 の老 人一 人

、桑 の木 の 末に のぼ ら ん〳 〵と す れは

、則 日輪 と な る、 然は 桑 のあ た ゝか なる は 此故 也、 かる が 故に 日本 を 扶桑 国と 名 づく

、又 一節 に 阿 弥 陀如 来の へ んさ とも い へり

、桑 の 徳 によ り衆 生 を済 度し 給 ふ事 も、 弥 陀 の四 十八 願 に あて ゝ、 桑 と云 文 字は 四十 八 とか けり

」 など と語 る

。 この 語 リは

、 老人 が 桑 の木 に 登っ て 日輪 に な った こ とを 扶 桑国 の 由来 と し、

「 日 は 照 ると も」 と 謡 う千 歳と 桑 との 縁の 強 さを 強調 す るこ と、 桑 の 字を 弥陀 の 四十 八願 に 結 び 付 け て 桑 の徳 を 強 調 す る こ と をも ね ら い に す る こ とに 拠 っ て 創 作 さ れ たと 考 え

ら れ る。 3〈

桑の 風流

〉〔 千〕 の桑 の精 は

、「 是 へ 召つ れ たる は、 蚕

(カ イコ

)と 申て 綿 にな る 物 にて 候が

、桑 の 徳に より 生 長仕 るに よ つて

、我 等に つ ひて 出 て候

、其 上雷 電 のす る 時 は、 桑原 〳 〵と いへ ば なり や み候 事も 桑 の徳 也」 な どと 桑の 徳 を語 る。 この 語 リは 特に 典 拠は 見当 た らな いが

、蚕 の 繭 が生 糸 の材 料に な るこ と、 蚕 が 桑を 餌 に して 生 長す る こ と、

「 桑原 〳 〵

」が 落 雷除 け の呪 文 であ る こ と、 の 周知 の 事実 を 素 材に し て創 作さ れ たと 考え ら れる

。 4〈

如 意宝 珠 の風 流〉

〔 三

〕の 如 意宝 珠は

、「 一つ には よ る光 明 をは なす 事 満火 のこ と し

、二 つに はこ う やを ゆく に 水を もと む

、三 つに はね が ふも の を忽 まふ く

、四 つに は 八 れう のさ う 有、 五つ には 衆 病の 苦 をは なる

、六 つ には 諸の 悪 竜、 毒虫 の 難を のが る、 七つ には 一 切の 山河 か はく 事有 と も、 草木 の うる ほひ を なす

、八 つに は 諸の 病な く、 狐

、狼

、野 干

、も さは り をな さず

」 と宝 珠の 威 徳を 語る

。 願を 叶 え、 病 苦や 災 難を 除き

、国 土 を 潤す など の 威徳 のあ る 宝珠 を 君に 捧げ る こと に よ って 繁栄 を 寿ぐ こと を 意図 して 右 の語 リが 創 作さ れた と 考え られ る 5〈

文 殊 の風 流〉

〔 三

〕の 文 殊は

、「 抑文 殊 を三 世の 母 と名 付 る事 は、 諸 仏 をう みた る に あら ず、 智 恵 の母 也、 煩 悩 を談

( ママ

)ず る を 智恵 と 云、 仏 も智 恵を 以 成道 した ま ふ、 則 此 持た る剣 は

、煩 悩 をき る 利剣 也、 知 恵 なけ れは

、成 道正 覚も な らず

、我 は こ れ 智恵 の根 本な る 故に

、 三世 の諸 仏 の母 也」 な どと 語る

『梁 塵 秘抄

』に

「釈 迦の 正 覚と なる こ とは

、こ の度 初 と思 ひし に

、五 百塵 劫よ り も、 彼 方 に仏 と 見え 給 ふ

」「 文 殊 はそ も 〳〵 何 人ぞ

、 三世 の 仏の 母 と いま す

、十 方 如来 諸 法 の 師、 皆 これ 文 殊の 力な り

」の 仏 歌が あり

、「 釈迦 の 正覚

」「 三世 の仏 の 母」 の 歌句 が 見 える

。右 の語 リ では

、さ らに

、煩 悩 を断 ち切

り、 正 覚に 至ら せ るの が智 恵 であ り、

(9)

智 恵の 根 本な る故 に 文殊 が諸 仏 の母 であ る と、 智 恵の 働き が 強調 さ れる

。そ の よう な 意 図に 拠 って 右の 語 リが 創作 さ れた と 考え られ る

。 以上

の 間狂 言、 独 立の 狂 言語 リ、 他 の 素材 に拠 っ た語 リの 素 材の 特徴 に つい て考 え て みた い

。 間狂 言 に拠 った も のは

、〈 氷 室

〉〈 弓 八 幡〉

〈 江 島〉

〈 春 日竜 神〉 の 脇 能も しく は 切能 の 間狂 言 に拠 った も ので あり

、 祝言 的な 内 容に 特 徴が 見ら れ る。 独立 の 狂言 語リ に 拠っ たも の は、

〈 双 六〉

〈将 棋

〉〈 松

〉〈 竹

〉〈 大 黒

〉〈 鷹〉 の 語リ で あ り、 田 口氏 が「 風流 の出 物 が登 場し て すぐ に 自ら の由 来 を語 ると いう 型 が確 立 して い る とこ ろで 古 くか ら存 在 して いた 祝 言語 が利 用 され た」( 注30) と 指摘 する

、そ の「 祝 言 語」 に 当た ると 見 られ る。 他の 素 材に 拠 った も の は、 能

、中 国 古典 小 説

、漢 詩

・和 歌

、経 典

、説 話

、咄 な ど

、 様 々で ある

。こ の中 で比 較 的多 い のが

、能(

〈 碁〉

〈 布 留乃 能〉

〈菊 慈童

〉〈 江島

〉)

、中 国 古典 小 説(

『 述異 記

』「 方述 伝」

(『 後 漢書

』)

『 神仙 伝

』『 南柯 太守 伝

』)

、 漢詩(

「湘 南 即 事」

『 和 漢朗 詠 集』

「 王 充道

送 水 仙花 五十 枝

、欣 然 会 心、 為 之作 詠

」) で ある

。能 は

、 出 物が 碁 の精 の時 は〈 碁

〉、 不老 長 寿の 仙人 の 時は

〈 菊慈 童

〉、 神 の 時は 神能

、と 出物 に 応じ て 選ば れた と 見ら れる

。中 国古 典小 説 は、 爛 柯、 仙 術 の駆 使、 不 老 長寿

、蟻 の 国 訪 問な ど、 内 容の 珍 しさ によ っ て選 ばれ た と考 えら れ る。 漢 詩は 証 拠を 明示 す るた め に 使わ れ、 簡 潔な 表現 が 生か さ れた と見 ら れる

、 狂 言 風 流 の 構 成 と 出 物 に と っ て の 語 リ の 意 義

前節 で 見た 狂 言風 流 の 語リ の 素材 を 元に し て

、語 リ の意 義 を考 察 した い が、 ま ず

、 出 物に とっ て の語 リ の意 義を 見 てお きた い

。 はじ め に、 千歳 の 風流 につ い て、

〈 しや うれ う じの 風流

〉 の構 成を 見 よう

1 し やう れ うじ が 一セ イ を謡 っ て登 場

。め で たい 能 の見 物 のた め に現 れ たと 言 う。 2し や うれ うじ が 経と 利剣 を 持つ 由緒 を 語る

。 3千 歳 に請 われ て しや うれ う じは キリ を 舞い

、 舞い 納め て 天上 に帰 る

。 同

じく 千 歳の 風流 の

〈桑 の風 流

〉を 見る と

、 1

桑 の精 が一 セ イを 謡っ て 登場

。能 見物 の ため

、千 歳の

「日 は 照る と も」 の言 葉を 縁に し て来 た と言 う。 2桑 の 精が 桑の め でた い由 緒

・連 れた 蚕 のこ と

、桑 の徳 を 語る

。 3鶏 が 一セ イを 謡 って 登場

。 桑の 精に 付 いて 現 れた と言 う

。 4 千 歳、 桑 の 精、 鶏が キ リを 相舞 に 舞い

、桑 の精 は 蚕を 引 き連 れ、 鶏は 飛 び回 って 帰っ て 行く

。 出

物が 複 数の 場合 は 後か らの 出 物も 一セ イ を謡 っ て登 場す る

。 これ ら 千歳 の風 流 は、 出 物 の一 セ イに よる 登 場― 出物 の 由緒 の語 リ ー出 物の キ リの 舞

、( 相 舞 にも

)と い う構 成が 基 本に なっ て いる

。 次に

、 三番 三の 風 流に つい て

、〈 碁

・将 棋

・双 六の 風 流〉 の構 成 を見 よう

。 1碁

・ 将棋

・双 六 の精 が一 セ イを 謡っ て 登場

。 2碁 の 精が めで た い祝 いな の で、 見物 の ため に 出て 来た と 言う

。 3碁 の 精、 将棋 の 精、 双六 の 精が それ ぞ れの 由 緒を 語る

。 4各 精 のめ でた い 由緒 を聞 い た三 番三 が 鈴ノ 段 を舞 って 見 せる

。 5三 番 三、 各精 の 四人 が寿 命 長遠 息災 延 命を 祝 って キリ を 舞う

。 6各 精 は唐 土を 指 して 帰っ て 行く

(10)

三番 三 の風 流は

、一 セイ に よる 出物 の 登場―

出 物 の由 緒の 語 リー 三番 三 の鈴 ノ段 の 舞― 出 物 のキ リの 舞

(相 舞に も

)、 と いう 構成 が 基本 にな っ てい る。 た だし

、〈 枇 杷

・ 橘 の風 流

〉で は

、枇 杷は 一 セイ で登 場 する が、 橘は

ふ〳 〵 三番 申楽 は 何 事を 仰 候ぞ

」と 言 い掛 けを し て登 場す る

。 千歳

・三 番 三の 風流 の いず れに お いて も、 出 物の ほと ん どは 一セ イ で登 場 する

。こ の 一 セイ は

、語 り の内 容 にど う 関 わる の だろ う か。 そ こで

、 一 セイ に つい て 見る と

、 詞 章の 内 容に よっ て 次の よう に 整理 でき る

( 1)

「き みが 代 の久 しか る べき ため し には

、か ね て そ植 え し住 吉の 松

」の よ うに

、世 の 平 安を 謡っ た もの ー〈 御 賀の 松 の風 流

〉( 住 吉の 松 の精)

〈 松・ 竹 の風 流

〉( 松・ 竹 の 精)

〈 仙 人の 風 流〉

( 壷 公・ 彭 祖

・費 長 房)

〈 蟻の 風 流

〉( 蟻

)〈 如 意 宝 珠の 風 流

〉( 如意 宝 珠の 精

)〔 筆者 注―

)は 一 セ イで 登 場す る出 物 を示 す。 以下 同じ

。〕

( 2)

「 異国 より 薬 の雪 を伴 ひ て、 和国 を さし て

、急 く也

」の よ うに

、道 行 を謡 った も の ー〈 雪の 風 流〉

(仙 人)

〈碁

・将 棋・ 双 六 の風 流〉

(碁

・将 棋・ 双六 の精

)〈 枇 杷・ 橘 の 風流

〉( 枇杷

)〈 梅の 風流

〉( 三 花の 精)

〈西 王母 の 風流

〉( 西王 母

)〈 八 幡 の風 流

〉( 八幡 大菩 薩

) こ の 中に は、

「所 をは

、跡 に南 のは と、 の、 峰

、ゆ き ゝ の道 もう た か

、、

な、 り」

〈八 幡の 風 流

〉 のよ うに

、 出物 の使 獣 を詠 み込 ん だも のが あ る。

( 3)

「 抑 是は

、悪 魔 を 払ひ

、衆 生 を守 る

、し や うれ う ぢ大 将と は

、我 事 なり

」の よ う に

、出 物 の 素姓 を謡 っ たも のー

〈 しや う れう じの 風 流〉

( しや う れう ぢ

)〈 桑 の風 流

〉( 桑 の 精)

〈 大黒 の風 流

〉( 大 黒)

〈 蟻の 風 流〉

( 穴師 明神

)〈 延 命 地蔵 の 風流

( 延 命地 蔵

)〈 春 日の 風流

〉( 春 日 明神

)〈 弁 才 天の 風流

〉( 宇 賀 神・ 弁才 天

) こ の 中に は、

「 鹿 島よ りか せ ぎ

、、

に、 のり て 春日 な る、 三笠 の 山を 立 出て

、ま さ る

、、 御、 代 を ぞ、 守る な り」

〈 春日 の 風流

〉の よ うに

、 出物 の使 獣 を詠 み 込ん だも の があ る

( 4)

「 布留 の 滝津 白浪 う ちそ ふる

、鞁 の 滝の

、響 哉

」の よ うに

、出 物 に関 わり の ある 場 所 や動 植 物の 様 子を 謡 った も のー

〈 布留 の風 流

〉( 布留 の 明神)

〈 文 殊の 風 流〉

( 文 殊)

こ れ らの 中、 出物 の 使獣 を 含む もの につ い ては

、掛 詞 のお かし さ を伴 い、 その 登 場 を 示唆 する 働 きを 見 る事 が出 来 よう

さ て

、こ れら の 一セ イと そ れを 謡う 出 物の 語 リの 関係 を 見よ う。

( 1)

〈御 賀の 松 の風 流〉 では

、住 吉 の 松の 精 が一 セイ で「 君が 代の 久 しか るべ き ため し に は

」と 謡 い、 そ の内 容 を具 体 的 に示 す よう に

、「 松 の 色と こ しな へ に して

」、

「 千 年万 年の 歯 をた もち

」と 語る

。ま た、

〈松

・竹 の風 流

〉で は

、松

・竹 の 精 が一 セ イ で「 竹 のよ は ひも 千代 かけ て

」と 謡 い、 そ の内 容 を具 体的 に 示す よう に

、竹 の精 が「 竹 は必 親よ り ふと くの び

、寿 命目 出 度物

」と 語 る。

( 2)

〈 雪 の風 流〉 で は、 仙 人が 一 セイ で「 薬 の雪 を 伴ひ て」 と 謡い

、「 是を 服す れ ば、 寿 命 思ひ の儘

」と 薬の 雪の 効 能を 具体 的 に語 る。 ま た

、〈 碁

・将 棋

・双 六の 風流

〉 で は

、碁

・将 棋・ 双 六の 精 が一 セイ で「 もろ こし の 雲井 を 出て 三ば ん は」 と 謡 い、 碁の 精が

「秦 の 始皇

」、

「 浜の 真 砂の しろ ろ くろ をあ つ めて う ちは じめ 給 ふ也

」と 碁が 中国 の 朝廷 に 始ま った こと を 具体 的

、詳 細に 語 る。

( 3)

〈 しや う れう じの 風 流〉 では

、し や うれ う ぢが 一セ イ で「 悪魔 を はら ひ、 衆 生を 守 る

」と 謡い

、「 夫 利 剣の 徳と い つは

、だ ん わく りし や うと は、 ま よひ をき り

、さ とり を ひら く 心 也」

「 左に 持 た る経 は 寿命 経 也、 此 経 をた も つ者 は 幾 久し く 寿命 を の ぶ」 と「 衆 生を 守 る」 方 途 を具 体的

、詳 細に 語 る。 ま た

、〈 桑の 風流

〉で は、 桑の 精 が一 セ イ で「 扶 桑国 に すん で 年 を経 る

」と 謡 い、

「 桑 おほ く 生 出た る 中よ り

、白 髪の 老 人一 人、 桑 の 木の 末 にの ぼら ん 〳〵 とす れ ば、 則 日輪 と なる

」「 かる が故 に日 本 を扶 桑国 と 名づ く」 と 扶桑 国の 様 子を 具 体的

、詳 細 に語 る。

( 4)

〈布 留の 風 流〉 で は

、布 留 の明 神 が一 セイ で「 鼓の 滝の 響 かな

」と 謡 い

、「 昔此 石 の 上の 川 上よ り、 一 つの 宝剣 流 下る

」と

「 鼓 の滝 の 響き

」を 思 わせ る 川上 から

参照

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