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日本語の構造についての試論

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(1)

日本語の構造についての試論

著者 長谷川 恵洋

雑誌名 Core

号 1

ページ 30‑44

発行年 1972‑06‑20

権利 同志社大学Core出版局

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000016356

(2)

日本語の構造についての試論

長 谷 川 恵 洋

普遍文法をめざしての研究が盛んな今日,主語・述語・文などの概念を 明らかにしておく事は特に重要である.主語は人間の思考形式に内在した もので9 言語の普遍性の考察はここから始めればよいという考え方がかな り一般的である.

Chomsky

の理論もこの考え方によっている. 一方,主 語a述語を根底に置かないで,まったく別の観点から言語を考察していく 考え方もある. 日本語に関しての代表的な文法である橋本文法。時枝文法 などはこの考え方に基づいている. 日本語の文法を考える際,主語。述語 を根底に置くか置かないかで,理論は著しく異なってくる.現在,我が国 に於て一方では,すべての言語に主語・述語を認めようとする

Chomsky

の理論にそった研究が進められており,他方では, 日本語独自の形態的特 徴を基礎にして考えられた橋本氏・時枝氏等の文法を中心とする研究が存 在している.

時枝氏の文法と

Chomsky

の文法を比較すると,どちらも普遍文法であ るにもかかわらず,両者の理論は根本的に異なっており,一方を正しいと すれば他方を誤まりとせねばならない面が多分にあり,両者の聞には一種 の断絶のようなものさえ感じられる.普遍文法についての研究が盛んな今 日

, このような矛盾はまず最初に取り除かれねばならない事である.本論 文では,両者の断絶を解消する為に,両者の折衷形とも言える文法を新た に考案した.そして9 両者の理論を双方成り立たせるべく包括的な理論を 試みた.

Chomsky

と時枝氏をいかに折衷させたかについて具体的に述 べると9 方法に於ては,生成 (generate)させる文法であるという点で

(3)

Chomsky

の説を採用しており, 品詞の分類に於ては,詞・辞・活長基 礎にしたという点で時枝氏の説を採用した.

本論文では「形態」という言葉を暫々用いるが, 本論文に於て言語の

「形態」及び「意味」がいかなるものと考えられているかを示す為に,そ れらについて一言する.いま

d e s k s

円という言葉を考えてみよう.この 言葉は二つもしくはそれ以上の机という概念を表わしその概念は我々が実 際に机を知覚するという経験に結びついたものである. このように実際経 験に対応しうる概念を意味と考える.この場合,経験とは必ずしも知覚経 験ではない.例えば疑問という観念は知覚に基づくものでなく,

e m o t i o n a l  

な経験と言えよう.意味の中には

r

無限」という観念のように,経験さ れ得ないものがあるが,これなどは経験され得る観念(この場合「有限J) から二極概念的に発生したと考えねばならないだろう.次に

d e s k s

の「形 態」について述べる.

d e s k s

は複数形であるが, このことは,意味の面で 上記のように「二以上の」という観念を表わす以外に,形態面に於て,こ の単語が名詞であること,さらに名詞であるから平叙文であれば動詞の前 に位置するだろうこと等,その他もろもろの事をすべて一瞬のうちに示し だす. これは,言語の個々の形態面に関する把握が,その言語全体を貫〈

形態的特徴との相関関係の中でなされるからである, と考えられる.本論 文では,この一つの言語全体を貫く形態的特徴というものを

s y n t a x

と称 する.以上に説明した「形態」と「意味」は別に新しい概念ではない。表 現の方法や術語は多少異なろうが,古来・文法家達の多くは言語をこれら

の二つの面から捉えてきたと言えよう.ただ問題なのは

r

形態」と「意 味jが別個のものであり区別されねばならないものであるのに,二者は上 例で示したように言語の上に重なりあって存在しており,分離することが できないという事である.分離できないから一言語に於ける形態的特徴を 意味に関した事と考えたり,さらに,人聞の精神機能に内在した普遍的な 何物かであると考えてしまうことになる.主語・述語がすべての言語に普

(4)

日本語の構造についての試論

遍的であるとする考え方は,そのようにして生まれたものではないだろう か.本論文では主語・述語はヨーログパ語だけについての形態的特徴であ ると考えた.したがって,

s

NP

VP

という派生はヨーロvパ語のみに

ついての派生規則であるとし, 日本語にはまったく別の派生を考えた.本 論文で考えた日本語の派生規則の特徴をまとめれば次の三点のようになる.

晴 初 の 派 生 が

S

NP+VP

と な ら ず 叶 貯 と な る こ と ヲ 州 生 に 集結配列派生と散開配列派生の二種類があること, (3)散開配列派生規則が おおよそ

A

B+A

あるいは

A

A+B

という形で表わされ recursive であることである.

まず,

s→{~}の解説から始めよう

z

ヨーロヅノ、百舌:

/ ¥ X  

NP VP 

日本語:

s  s 

↓ or  ↓ 

N  V 

S

NP

VP

S

i

INI 

t

はそれぞれヨーロッパ語と日本語の基本構造を 反映したものであるが9 それぞれを比l聡的な表現で示すと, ヨーロヅパ語 に於ける

S

iN

のグループと

V

のグループが天秤状につりあった状態j

であり, 日本語に於ける

S

は「これから

N

V

かのどちらかになろうとす る状態,言い替えれば

N

になるのか

V

になるのかが未定の状態」であると 言える.なお

N

V

が何であるかについては後にふれる.

英語の天秤型統一形式では,天秤の左側のNが出現するやいなやそれと 対応する

V

の出現が話者の頭の中に予想される

. N

は留まること知らず無 限に続くものとして出現するのでなく,次にこれに対応する Vが出現した ときには完結するものとして出現するのである.このように英語ではその 天秤型統一形式によってどこからどこまでが

N

で, ど乙からどζまでが

V

かと言うことがわかるようになっている. これに対して日本語では

N

V

が必らず対になって出現するとは限らない.したがってp 日本語にはどこ からどこまでが

N

あるいは

V

かと言うことを感知しえるための syntax上

(5)

の deviceが,別の形で備わっていなければならない.

どこからどこまでが

N

で, どこからどこまでが

V

であるかを示すための deviceは, 英語に於ては天秤型統一形式に備わっているのであるが, 日 本語に於てそれに相当する deviceはNおよびVそれ自身の中に備わって いると考えられる.それは日本語の各語における次の事実,すなわちそれ ぞれの語が他の語との関係を見なくともその語が独立しているか否かと言 うことを感知させるという事実に見出される. もっと具体的に言えば, 日 本語における各語が次の四つのタイプ(1)その語の前方後方両方に他の語を 必要とするもの, (2)前方にのみ必要とするもの, (3)後方にのみ必要とする

もの, (4)両方に必要としないもの,のいずれかであるという事である.

次の二つのグループの表現を比較してみよう.[1私」・「行くJ. 1行きま すJJと

[ 1

私はJ. 

1

行きJJである. 前者はそれぞれそれ自体で完結した 感じを与え,後者はそれぞれ何が別の語に接続していく感じを与えるもの である i私は」をさらに「私」と「は」に分けると 1は」はその後の みならず前にも何かを必要とする. このように常に両方に何かを必要とす る品詞は時枝文法が「辞」として取り上げているものに相当し,本論文で

はこれを IfJで表わす 1私」は普通「名詞」と名付けられている品詞 であるが,乙れは前後に何もなくともこれ自身で独立した感じを与えるも ので本論文では INJで表わす.

次に「行く」と「行き」であるが, ζれらは先に「私は」を「私」と

「は」に分割したように「行」と「く」また「行」と「きJに分割して考 えないで,あくまでも I行く」・「行き」をそれぞれひとまとめにして把握せ ねばならない.たとえ分割したとしてもそれは二つの品詞に分割したもの でなく,同一品詞が語幹と語尾の二つの部分より成立している事を示した ものと考えられる.すなわち I行く」と「行き」は同じ品詞として捉え,

語尾が「ーく」・「 き」と別の形を取るのは syntax上の deviceに起因

した変化であるとする. これは橋本文法で活用と呼ばれているものである.

(6)

「行くJ,í行 ~J はそれぞれその前方は何もなくても完結している. この ように前方が完結していて且つ活用を有する語を iVJで表わす.橋本文 法で動詞および形容詞とされているものはこれに属する.

「行く」も「行き」も同じく iVJで表わしたが,さらにこれをラそれ ぞれの後方が完結しているか否かによって i行くjを iVcJ,i行き」を rV;Jで示し iVcJを完結形 (complte‑form), iV;Jを未完結形 (in completeform)と呼ぶ. 橋本文法の動詞活用表によれば「行く」は終止 形,あるいは連体形であり「行き」は連用形であるが,本論文では橋本文 法で終止形・連体形。命令形と呼ばれているものはすべて完結形と呼び,

それ以外の活用,未然形・連用形・仮定形は未完結形と呼ぶ.

「行きます」は「行き」と「ます」に分けて考える. i行き」はいま述 べたように iV;Jである. iます」はその前方には必らず特定の iV;Jを 必要とし,その後方は iVJと同じく完結形と未完結形のいずれかの形を とる iます」は常にその前方に他の語を必要とする点で iVJと異なる 訳であるが,このような「ます」は橋本文法の助動詞にほぼ相当するもの でありこれを iVJで表わし, 完結形, 未完結形によって ivcJ・iv;Jと 示す.

'橋本文法で助動詞に分類されている「らしい」・「だ」バです」は本論文 では iVJとしない iVJが iV;Jに接続するのに対して, こ れ ら は rNJあるいは iVcJに接続する. これらは暫々文末にきて文を終止 (ter‑ minatめさせるものであり,また rVJと同じく完結形・未完形のいず れかの形をとる.本論文では「らしい」・「だ

J

i

です」を

r

tc 

J

とする.

またその未完結形を

i

t;jとする.

文を終止させるもので活用しないものがある.橋本文法における終助詞 がほぼこれに相当する.本論文ではこれを it Jで表わす.

先に「私はJの「は」を rfJで表わしたが9 この if Jについてさら に説明する

ifJ

は常に前方,後方の両方に他の語を必要とし9 意味的

(7)

35  にはfそれ自身の意味を前方の語に付け加えるものである. fの前方およ び後方にどんな語がくるかということは,それぞれのfについて定まって いる.前方に

X

がきて後方に

Y

が続くという

f

I x f y J

で 表 わ す こ と に してfに次の五つのものを設定する. nfn • nL • ム.,f抑 . sf'nvである.例 えば「私の本」の「の」は nfnであり,これは前方の

N I

私」と後方の

N

閣 を 結 び つ け て い る 以上S→{引の説明から各品詞の説明におよん だが9 次に日本語派生規則の特徴, (2)派生に集結配列派生と散開配列派生 の二種類があること, (3)散開配列派生規則がおおよそ A→BA あるい はA→AB という形で表わされ recurSlveであることラの説明に移る.

ζれらを説明するためには9 ヨーロッパ語が先述の天秤型統一形式と別な もう一つの日本語と異った形態的特徴をもっていることについて言及せね ばならない.

先に

S

NP+VP

なる派生式はヨーロゲパ語の天秤型統一形式を反映 したものであると述べたが,実はこの派生式はいまから述べるヨーロッパ 語の形態的特徴をも反映しているのである. この式の右辺には

NP

VP

があるが9 これらはそれ自身の中でいくらかの品詞の位置を固定させるも のである. このようなものをさらに展開させる派生p すなわち

NP

VP

などを左辺に置く派生を本論文では集結配列派生と称した. 日本語ではそ れが生成の最後にしか現われないから,それ以前に起こる別種の派生を考 えねばならないのであるが,散開配列派生と称したものがそれである. こ こで集結配列と散開配列の違いについて例で説明する圃

「男らしい行為をたたえたJの「男らしい」と「沖の舟に乗っているの は男らしいJの違いがいま述べた集結配列と散開配列の違いである.橋本 文法などでは二者の違いを,前者の「男らしい」の「らしい」は形容詞接 尾語で後者の「らしい」は助動詞であるとして区別しており,二者を区別 する方法は「男」の前に「である」を入れて入れるζとができれば後者で ある,などと説明してあるが,この区別法は非常に大切な事を示唆してい

(8)

る.すなわち前者の「男らしい」も後者の「男らしいJも「男jと「らし い」に分割できる点では同じであるが,前者の場合「男」と「らしい」は 集結かっ固定している,それに対し後者の場合「男」の位置に「男」のか わりに「男であるJが在ってもよいし

r

昨日出会った男」が在ってもよ い.上例に於て,前者の「男らしい」が集結配列派生によって派生された ものであり,後者の「男らしい」が散開配列派生によって派生されたもの である.

集結配列と散開配列についての例をもう一つ示す

r

帰り道」と「漏る

道」はそれぞれ「帰り」と「道J,

r

帰る」と「道」の二つに分割できるが,

前者が集結配列で後者が散開配列である.従って「僕がいつも帰る道」と は言うが「僕がいつも帰り道」 とは言わない「帰り道」に類した表現は

「春めくj・「汗ばむJ. I残念そう」など色々ある.

さて, ヨーロザパ語では天秤構造があり,集結配列派生が最初から行な われるので,各品詞の位置がだいたい固定しているのであるが,日本語で は天秤構造はないしまた散開配列派生という各品詞が広範囲にわたって広 がっていく泥生が大勢を占めているので,混乱がおこりそうである.それ をきける為に品詞の位置になにかの規則性をもたぜるための deviceがな ければならないのであるが,それが(3)で示したものである.すなわち日本 語の散開配列派生規則は,だいたい

A

B+A

A

A

B

という一定の 規則性をもった形で表わされる.そしてその形に従って派生が recursive に行われ,仲縮自在の

P

マーカーが描がれるのである.

P

マーカーが伸縮自在であることは日本語が伸縮自在に生成されること を示すが,これは日常日本語を使っていて我々が実際に経験していること である

r

帽子を被った男が歩いている」という表現をみてみよう. この 表現が前方からスタートして「帽子を被った」まできたとき,これがこれ で完結するのかさらに続くのかはまったく不明である.

r

帽子を被った男 が」までくると,これを完結させる

N

V

が後に続くことを話者は意識す

(9)

37  しカ、 そしてこれは「帽子を被った男が歩いているJで一応完結する.

る.

あるいはさらに

「帽子を被った男が歩いていると彼が言った」

しこれも

「帽子を被った男が歩いていると彼が言ったのは本当だったjというよう ここで注意すべきこ にいくらでも続いていく可能性をもったものである.

とは「帽子を被った」・「帽子を被った男が歩いている」・「帽子を被った男 その完 が歩いていると彼が言った」はそれぞれ完結しているのであるが,

「帽子を被った」を仮 結の度合が同程度 lこ感じられるということである.

「帽子を被った男が歩いている」も文である.極 りに文と称するならば3

「帽子を……Jを無限に 端に言えばもっと短い「帽子だ」も文であるし,

続けさぜた表現も文である.従って日本語の派生規則はこのような伸縮白

これらはどのよう 在の文を生成しうるものでなければならない.

s

→[引を説明した時にいくつかの記号を掲げたがラ

A

B+A ,

A>AB というパターンに組み込まれるだろう.まず 乙れまで出てきた記号を列挙してみると

S .N. V

V

iVc" Vi " tc  . .ti・ t . nf"  . nIv  . ,fnv • ,f'仰

(V.

v' fは説明のために便宜的に使ったもので実

これらの内

N.V

V

i• "fv • 際の規則の中では用いられない〕である.

ム が パ タ ー ン

A

B

A

に従って次の書き換え規則を形成する.

N→VcN,Ve→Nnfψ+Ve,Ve→V'+vψ+ Vf

(上 の書き換え規則を使って断片的な派生を行う.すべて Pマーカーで示す).

これらはすべてくり返えし可能である.二三の例にあたってみよう

J

UF  

A V

Q  

│て

JJJ 字 ︑

¥

llz

胃 ︑

1

V J S

1

J

‑ v i ‑

r  

2

ヲ ハ

¥

l

︒ ︑

v s

u

Ml

d N i

N

'l

v

「格助詞」・「副助詞」・

「ム」は橋本文法でいう 必ずしも一致しないが,

らfvJは「接続助調jで連用形につくものにほぼ相当する。

このパターンによる書き換え規則は

N.

次に

A

A

B

であるが,

「係助詞」に,

(10)

nfn・Vi"Viによって次のように行われる.

N

N

nfn

N , V

iVi+Vi 

N

N

nfn+Nはまれにパターン

A

B

A

として考えられることがあ る.下記の二つの

P

マーカーを比較してみよう.

/ ¥ ¥ 町

子パ l

r  I I 

美しい 女 伎 の fifl(美しい女判sfl)

" , . . ‑ / イ ¥M

/パ

¥n??

Vc  N  1 

美 し い 女 性 の 践 ( 美 女 の 服 )

こ こ で は 上例で左が

A

A

トー

B

の例で右が

A

B+A

の例である.

N

N

nfn

N

が違ったパターンを取っているために「私の兄の話」とい

ζのように書き換え規則 う同一表現に相異った解釈が与えられているが,

N

N

nfn

N

A

A+B

A

B+A

の両方のパターンを取りえる ことは,意味の異なる同一表現と言ったものを派生させることの原因とな っている.

上例は

N

N 十ム +N

が二度用いられて同一表現に多様な意味が生ず

N

N

nfn

N

N

Vc+N

が組み合わされば, 下記 る例であったが,

のように多様な意、味をもった同一表現が生ずる.

町 h ; ; : ; : : : ;

A

/nfh N(私の兄が

十 i γ II 

書き換え規則

V

i

V

iViは,

Vc

V

ivIv

Vc

あるいはVc→

V

iVcの

︑ ︑

? ν

vi

¥r

HI

ll

‑i

L I

! f  

i/

:J

Il

l

V / I h

‑ ‑ H  

vJ

mi

ll

A f j L

/i

¥V

Il

‑‑

V/

U T

i l‑ ‑

山 ︿ 一

h

川 一

il

l‑

/

/

¥V

II

I

U │im/

¥h kl

l

NI

l l

(11)

右辺に派生された

V

iについて適用される.以上三つの書き換え規則

V

i

Vi

V;

V

c

V

,+ム

+ V

V

c

Vi+V

cをあわせて例示する.

未完結形である V Viは次に何がくるかによってその形を決定する.

例えばム「ば」は

V

i

I

行け」には接続するが,

V

I

行き」に接続するこ とはない. これに関する規則として置き換え規則と活用表を設けたがラ本 論文では割愛する.

主な書き換え規則についてのだいたいの説 明をしたので,次にそれらを使ったモデル文 法を掲げる. ここで使われている書き換え規 則はすべて散開配列派生を行なうがヲ 日本語 構造の骨組みはこのタイプの派生によって形 成されているのだから当然である.なお9 よ り完全にするために若干の変形規則と集結配 列派生規則を付け加えねばならないのである が,それらについてはまだ未完であるので次 の機会にゆずりたい.

すべての書き換え規則はその適用回数に制 限がない.同じ規則を何度用いても良いし,

また全然月いなくても良い. ただし

11l J  

はこれが用いられねば派生が始まらないから,

少なくとも一回は用いられねばならない。右 図が各規則の適用順序についての規則である.

IN

+t 

1 1   S 

→ { ト

l V c +

(t)J 

12  V戸{~J+tc

13  [ な ] → S

J n 汁 [ 引

IN l 

",  r> 

rN l  14  l y J

S + ん + l y J

始め

終り

(12)

I I I   N

→N+nfn+N 

I I 2   N

V

c

N I I 3   N →

mn

十 N I I 4   V

c

N

nfv+

V

I I 5   V

c

mv

V

c

日本語の構造についての試論

I I 6   [ 子 ] → [ 子 ] 十 り い V

c

E7[F] → [~iJ+VC

I I 8   Vi → Vi+Vi 

lexicon 

N: 私,本,学校…

v

c:行く,読む,読もう…

t:  よ,ね,か…

V i :

行か,読ま,読み…

mv: もっと,やがて… tc:  らしい,だ,だろう,です

ffin :いわゆる,去る, mvのlexicon ti: らししだっ,でし…

. f

v:は,が,に,まで,を,さえ… 問:ます,た,ない…

nfn:のラ nfvのlexicon

V i :

まし,たら,なく…

nfv:ば,たり,て,ず,に,ながら…

Jnv: iJ~, ので,けれども,と…

J'nv:

上記の規則にいくつかこれまでに出てこなかった記号が含まれているの で,その説明を付け加える.まず r,fnvJ及び r,f'nvJであるが, これらは

(すなわち

N

V

cのどちらにでもなりうるもの)に接続する語であり,

橋本文法に於ける「接続助詞」で終止形に接続するものや「接続詞」がほ ぼこれに相当する rmnJ・rmvJは完結形,未完結形のない点でNと同じ であるが, Nの よ う に 独 立 し て 用 い ら れ る こ と が な し 常 にmnはNにm

はVcに後続される.橋本文法では連体詞,副詞がそれぞれ m mvに相 当する.

これまでに使った記号は,大文字と小文字を一定の規則に従って使いわ けているのであるが,それについての説明をする.先に完結形・未完結形

(13)

なるカテゴリーを設けれが,本論文ではもう一つ別のカテゴリーを設ける.

独立体(independent)と従属体 (dependent)である.字の示すごとく独 立体は独立した語を示し,従属体は常に何か別の語に従属して表われる語 を示す.それだけで存する語と,常に何か別の語に伴われる語とに分類し たということでは,完結形・未完結形なるカテゴリーに似ているがp 完結 形,未完結形がある一定の語の活用の相についてのカテゴリーであるのに 対して,独立体・従属体は,活用ということを考慮しないでその語が独立 しているか否かを述べたものである. したがって完結形。未完結形は活用 のある語のみについての言及であり,独立体,従属体はすべての語につい ての言及である.上記の二つのカテゴリーについてこれまでに使った記号 を整理してみる.なお活用するものとしないものを区別する為に「変化 体J• !不変化体」なる用語を新たに用いた.

完 結 形

i

未完結形

独立体

V

c

I  V

I N  

i

従属体

I

Vc, tc 

Vi, t

nf抑 匁f叫 ん ん 叫 , rnv, 

変 化 体 不 愛ミ 七イ J1r  kp 

今まで述べた事を箇条書きにしてまとめてみる.

(1)  言語には意味と形態というこつの側面があるが s戸ltaxとは言語形 態に基つ、いたルールであり,各ルールは常にそれらのルールが形成する 全体との相関関係において捉えられるものである.

(2)  従来, 文 (sentence)と呼ばれてきたものはヨーロヅパ語の形態的特 徴である

NP

VP

の天秤型統一形式のことである.本論文ではこの 文の概念を一歩おし進めて,別に天秤状でなくても何んらかの形でNと

V

摘み合わさったものが文であるとし,日本語には

S

→[引なるも のを考えた.

s

は派生の始発記号であると同時に,日本語に於げる文の 原形である.

(14)

(3)  従来変形文法で派生と呼ばれてきたものは集結配列派生のことである.

派生にはそれ以外に散開配列派生なるものがあり,日本語の骨格をなす のはこの派生である.

(4)  ヨーロッパ語の生成の概略:

まず

NP

VP

が天秤状に派生され, それぞれが集結配列派生を行 なう.

(5)  日本語の生成の概略:

NとVが A→A + B,Aー'BA という形にそって民cursiv邑に散 開配列派生される.

最後にN及びVとは何かについて述べる. 乙れらは syntaxを措くため の記号である.本論文では syntaxは形態的に捉えられるものと考えられ ているのだから9 これらは各言語に個有な形態面についての表現である.

その理論からすれば

相互に関係のないものである.確かに,本論文で展開した限りの理論に従 うとすれば,

N

, 

V

よりむしろ

X

Y

が何か別の記号で表わした方が良 かったのである.それにもかかわらずあえて

N

V

で表わしたのは,名詞,

動詞というものに言語的普遍性を究明するための鍵を求めたからである.

いわゆる主語・述語というものはヨーロッパ語の天秤型統一形式内にお いてのみ存在するものであるから9 主語・述語は名詞・動詞と区別される べきものである. このことについては Chomskyも指摘しているが,本論 文と Chomskyの説が異なるのは,主語・述語という grammaticalrela‑ tionshipを Chomskyのように人間精神に普遍的に備わったものと考えず に,単なるヨーロヅパ語の形態的特徴と考えた事である.従って本論文で は,言語的普遍性を考えていく上に主語・述語なるものを考察の対象から はずし,名詞・動詞に焦点をあてることになる。

N

V

は要するに形態と しての名詞,動詞であるが,それらはいわゆる名詞的概念,動詞的概念と 言われるものと無関係ではないように思われるa

(15)

J)  Chomskyの文法と一口に言っても, 成句構造文法から変形文法へと移行して おり,現在も変化しつつあるものであり,別に定まったものではない.本論文で 展開される文法は最近の変形文法に密着したものではない.むしろ成句構造文法 に追いと言える.なお本論文でChomskyを採用したのは生成させるとL寸 方 法 だけで Chomskyの言語理論そのものは採用しない.

本論文に掲げる文法に於て,辞は詞から完全に形態的に独立したものとして扱 われるが,これは心理学上の次の事実によっても裏付けられよう.すなわち,運 動性失語症の患者の一つのタイプに,彼等の言っていることの内容はだいたい解 るが,その会話の中にテニヲハが全然含まれないのがある,という事実によって である. また『幼児の言語発達~ (村田孝次培風館, pp.226‑231)に次のよ うな,幼児の初期語連鎖についての考察もある.英語児の言語形成は,名詞勾か ら動詞をへて主述構造(subject‑predicate structure)へと進む過程であるのに対 して3 日本語児の場合は助詞〔辞〉が軸語となり中心的な構文機能を果たすフと いう研究である.

3)  J espersenは言語を formとnotionの二面から捉えている (Otto Jesperson,  The Philossρhy of Grammar, London; AlIen & Uniヤ., 1924, pp.  55‑57).構 造言語学者が言語分析における意、味の使用の排除を唱えるのも,意味と形態を意、

議してのことである.また,成層文法においては,言語構造が意味という末端と 言語音または文字という末端の二つの末端をもった一つの体系として捉えられて いる.Archibald A. Hill  (ed.), Linguistics  (Voice  of  America  Forum Lec tur邸入 1969. 宮部菊男(訳)ri現代言語学』研究社 1971 p 48) 

事 S→NP+VPという派生は,変形生成文法の本来の理論に従えばむろんすべて の言語についての派生であるが,本論文は,最初に述べたように時枝文法と変形 生成文法を結びつけることを目的としているので,その為に Chomskyの理論の ある部分は切り捨てねばならなかった.

rN+t  1  rNl 

この式は実際にはもう少し複雑な形で表わされ S→

l v

+'(V

i v J

十t

となるのであるが,いまここでは説明のために簡単に叶~}としておいた

時枝氏は『国語学原論~ (岩波書庖, 1941, p. 240) 及び『日本文法口語篇~ (岩 波書庖, 1950, pp. 260 261)に於て,日本語の統括形式を風呂敷型統一形式と呼 び3 これに対するヨーロツパ語の統括形式を天秤型統一形式と称しているが,名 詞と動詞が天秤状につりあった形であるヨ一口ッパ語の形態的特徴を,時枝氏の 用語をイ昔りて以後「天秤型統一形式と呼ぶことにする.

わ 「辞」には C.C.  Friesの文法 (TheStructure of English, London; Long 

(16)

44  日本語の構造についての試論

mans, 1952)における機能語 (functionword)に類似した点があるので, func‑ tionのfで表わすことにした.

9 以後「橋本文法」という言葉を暫々用いるが,これは橋本氏の文法をもとにし て作成された中学・高校の国文法の教科書に於てということである.学校文法と いう言葉を用いてもよかったのであるが,この言葉は英語教育界に於けるschool grammarの意味に解されるかも知れないのであえて用いなかった.

9)  Noam Chomsky, iJ.spects of the  TheorッofSyntax, Cambridge, Mass.: M. 

I.  T.  Press, 1965, p.  68. 

昭和

4 6

年度学位論文

能 口 盾 彦 A Study of  Samuel Richardson:  The Idea of W oman. 

清 水 緑 Onthe Use of the  Participal  Construction in  Thomas  Hardy's Short Novels. 

岡 野 圭 壱 A Study of E. M. Forster on Pattrnand  Rhythm of  his  Novels. 

参照

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