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グローバル化社会の現代中国仏教

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大会シンポジウム特集「グローバリズムと世界宗教」

グローバル化社会の現代中国仏教

吉原 浩人

はじめに

 現代中国社会において、仏教はどのような位置を占めているか、仏教はどのよ うに発展しているのか、限られた地域の事例を研究するものはいくつもあるが、

日本語で全体像を俯瞰したものはさほど多くはない(1)。それは中国が、23省(2)

5自治区4直轄市2特別行政区に、13億5千万人もの人口を抱え、漢民族以外に 55もの少数民族が居住する巨大多民族国家だからである。したがって宗教も多彩 であるが、なかでも仏教徒が最大の勢力を占めている。中国人の九割を占める漢 民族は、ベトナム・韓国・北朝鮮・日本などと同様、漢字文化圏そして大乗仏教 圏内に生きている。

 私は、1978年8月、早稲田大学教員学生友好訪中団の一員として、香港経由で 入境して以来、2015年3月までに121回の訪中を重ねており(3)、2自治区を除いて ほぼ全土を踏査した。近年は学会や講演のための短時日の訪中が多いが、もとは 日本古代・中世の宗教思想を専攻していたため、その淵源となる仏教寺院や道教 廟観の調査を目的として各地を回っていた。数えたことはないが、少なく見積もっ ても500箇寺廟以上は参観していよう。それでもなお現代中国仏教の全貌を語るに は不足しているが、おおよその動態を語る事はできるかもしれない。

 以下は、早稲田大学多元文化学会第4回大会シンポジウム「グローバリズムと 世界宗教」において、与えられたテーマにしたがって、パネリストとして主に学 生を対象に語った内容であり、もとより狭い見聞の一部を記した概括的なものに すぎない。ここでは、特に漢民族が信仰する仏教の現在について、一部道教にも 触れつつ、自ら撮影した写真を提示しながら述べていきたい(4)

1.中国宗教の管理統制と高等教育機関

 中華人民共和国憲法は、第三十六条において宗教信仰の自由を保証している。

ただしその末尾には、「宗教団体と宗教事務は、外国勢力の支配を受けない」(5)

と明記する。ここでいう「宗教事務」を統括するのが、国家宗教事務局(6)であ

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る。宗教統制を担当する省庁は日本には存在しない(7)ので理解しにくいが、海 外ではよくあることである。

 国家宗教事務局は、国務院直属機構であり、宗教団体に関するあらゆる行政事 務や管理を担当する。例えば、全国重点寺院住持の選任や、佛学院の国際交流な ど、ここの承認がなければ、前に進めることができない。

 この下には、省・自治区・直轄市などの地方政府ごとに、宗教局や民間宗教委 員会が設置され、地域に応じた細かな管理を行っている。このうち僧尼を統制す るのは、中国仏教協会(8)である。日本仏教界との交流は盛んで、単なる友好団体 と誤解される側面があるが、寺院の管理を統括する法的に認知された組織である。

 仏教の高等教育機関としては、佛学院(9)がある。同様に、キリスト教には神学 院・天主教神哲学院、道教には道教学院、イスラームには伊斯蘭教学院がある。

これらは大学・短大に准じた二・三・四年制の学校であるが、国家宗教事務局 の統制下にあり、日本の文部科学省に相当する教育部の管轄下にはない。佛学院 は、北京の中国佛学院を最高峰として、各省・自治区には省級の高級佛学院があ り、九華山など地方霊場・寺院には中

級・初級の佛学院が設置されることが ある。佛学院は、原則として出家者を 対象としているため、学費・医療費な どはすべて免除され、生活費が支給さ れる。僧尼は結婚することはできない が、佛学院卒業後は各地の寺院や仏教 協会に配属されるので、就職に困るこ とはない。体育の時間には、功夫(カ ンフー)などの武術も身につけること ができるため、志願者は数多くいる。

 杭州佛学院は、本科四年制の高級佛 学院で、その上に大学院相当の三年制 の研究班も設置されている(写真1・

2)。私はここで何度か講演したこと があるが、伝統建築を模した近代的な 校舎、図書館・大講堂・学生寮などの 施設と、教育・研究内容の充実発展ぶ りには、驚くべきものがある。

 佛学院では出家者への教育が中心に なるが、杭州佛学院の芸術学院など、

写真1 杭州佛学院本館

写真2 杭州佛学院大教室で 講演を聴く学生

二三六

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在家者を受け入れるところもある。蔵伝仏教(チベット仏教)には、ラサの西蔵 佛学院、北京の中国蔵語系高級佛学院などがある。仏教学の研究は、各地の佛学 院を中心に行われているが、漢文もしくはチベット語による原典研究が中心で、

サンスクリット語やパーリ語を教育・研究する機関はきわめて少ない。これとは 別に、大学・大学院には宗教学専攻が設置されており、中国社会科学院世界宗教 研究所・中国人民大学・北京大学・四川大学・陝西師範大学・中央民族大学など が有名である。

2.混雑する都市寺院

 台湾やベトナム北部の街角では、小さな寺廟をよく見かけるが、中国の大都市 部にはほとんど存在しない。いくつかの歴史的に重要な寺院を除き、文化大革命 などによって廃絶させられたからである。ところが、1978年以降の鄧小平の改革 解放政策によって、寺院や廟観が復興し、各宗教の信徒が飛躍的に増加した。と ころが、それらの信者を収容するだけの寺廟が足りないため、さまざまな現象が 起きている。

 2

,

400万もの人口を有する上海市で、

主要寺院といえるのは、静安寺(写真 3)・玉仏寺・龍華寺の三大寺院しか ない。特に静安寺・玉仏寺は市の中心 部にあるため、狭い境内に、春節(旧 正月)などの祭事には信者が殺到し、

収拾がつかなくなる。そのため、例え ば静安寺では、春節期間中は拝観料を 値上げして入場制限を行っている(写 真4)(10)。静安寺は、周辺のショッピ ングモールや高層ビル再開発に伴い、

境内地を有効利用する大改造を行い、

以前の古刹の趣とは似ても似つかない 近代的寺院へと変貌した。境内整備は なお進行中であるが、本堂背後にそび える金色に輝く金剛法座塔は、境内か らより高速道路上から見た方が、その 巨大さを認識することができる。

 浙江省杭州市は、南宋の首都として

写真3 静安寺新本堂

写真4 静安寺・春節の賑わい

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著名であるが、唐代から日本との交流 が盛んな地域である。杭州には、浄慈 寺・上天竺寺・中天竺寺・下天竺寺な どの有名寺院があるが、最大の寺院は 霊隠寺(写真5)である。白居易の詩 にも詠まれる古刹は人で溢れかえり、

ここに向かう道路は常に渋滞している。

2011年11月8日、この霊隠寺光泉大和 尚の方丈(住職)升座慶典(晋山式)

が挙行された(写真6・7)。私も、日

本人招待客3名の一人として参列することができたが、全国有力寺院住持や杭州 市政府要人が数多く招待される、大規模で華々しいものであった。

3.都市近郊に建設される巨大寺院

 中国では、近年のモータリゼーションの急速な発達により、都市住民が自家用 車で郊外に簡単に向かうことができるようになった。そのため、都市周辺の農村 や山中には、続々と新たな伽藍が建設されている。既存の寺院を開発し発展させ る場合と、全く新たに寺廟を建立する場合がある。

 浙江省紹興市近郊、紹興県の会稽山脈中にある龍華寺は前者である。紹興市街 から一時間ほどの山中に小さな寺院があったのだが、周辺の山中一帯を再開発し て巨大な施設を続々と建築中である。山上には天上浄土として兜率天宮(写真 8)を、山中には人間浄土として会稽山龍華寺(写真9)がある。宿泊施設は高 級ホテルのようであり、今後年間300万人もの信徒を接待する道場として発展さ せるという。

写真5 霊隠寺本堂 写真6 霊隠寺・光泉大和尚升座式1

写真7 霊隠寺・光泉大和尚升座式2

二三四

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 唐代に盛んだった密教が、中国大陸に絶えて久しいが、近年は密教の復興運動 も起こっている。紹興市近郊に、明心書院(写真10)という道場が造営され、居 士が集い、梵語で真言を唱えている。また「唐密」と称し、ひそかに密教が伝承 されていたものを復興するとして、広西チワン族自治区南寧市上林県金蓮湖に は、蓮音寺という巨大寺院が建設中である。

 後述する四川省の峨眉山に行くために、成都平原を車で進んで行くと、巨大寺 院建築をいくつも見ることができる。東大寺大仏殿を三棟並べたような巨大寺院 が、一つだけでなく次々と現れるのには驚かされた。写真は、峨眉山に近い寺院 であるが、真新しい鉄筋の大殿(写真11)が空にそびえていた。

 中国の寺廟再開発は、1990年代までは、香港などの篤信者が巨額の寄附をし て、文革で荒れ果てた堂舎を再建する場合が多かった。ところが近年は、地方政 府と巨額の資本を持つ開発業者が結託し、寺院を巻き込んで、観光客もしくは参 拝者を呼び込み、三者で富を分配するという構図をとるようになった。伝統霊場 も、現代の潮流からは逃れられない。陝西省西安市近郊の宝鶏市扶風県法門寺 は、唐朝の皇帝が仏舎利を奉安した寺として有名である。1987年、崩落した真身

写真8 龍華寺兜率天宮 写真9 建築中の龍華寺伽藍

写真10 紹興市・明心書院 写真11 峨眉山近くの寺院大殿

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宝塔の地下宮殿から、大量の宝物が発見されたことは、世界的なニュースとなっ た。ところが現在では、全長1

,

230メートル・幅108メートルの仏光大道から、合 十舎利塔・法門寺博物館に至る、大規模再開発を行ったため、高額な入場料と相 俟って、参詣者の評判はあまりよくないようである。

4.伝統霊場の変貌

 四川省楽山市の峨眉山は、中国仏教四大名山の一つに数えられる霊峰である。

華蔵寺金頂(写真12)は標高3

,

079メートルにある。峨眉山は普賢菩薩の霊場と して知られ、2006年、高さ48メートルの巨大な金銅四面十方普賢菩薩像が山頂に 造立された。

 雲南省大理市の崇聖寺三塔(写真13)は、南詔王国時代に建立された美しい塔 である。南詔とその後継の大理国は、白族の仏教王国として栄えたが、モンゴル 帝国によって滅ぼされてしまった。

写真12 峨眉山華蔵寺金頂

写真14 五台山顕通寺 ここにかつて市街地があった

写真13 崇聖寺三塔

写真15 顕通寺銅殿

二三二

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 山西省忻州市五台山は、四大名山の首座で、文殊菩薩の霊場として名高い(写 真14)。ここの顕通寺にある銅殿(写真15)は、明・万暦三十四年(1606)に建 立されたもので、銅塔とともに5万キログラムもの銅が使用されているという。

五台山は、2009年に世界文化遺産に登録されたが、その過程で街並みを整備し て、門前町を明清時代風の建物に作り替えてしまった。

 古刹の門前町を観光用に開発するのは、中国全土で行われている。山西省朔州 市応県の仏宮寺釈迦塔(応県木塔)(写真16)は、遼・清寧二年(1056)の建立、

高さ56メートルの五層八角塔で、中国現存最古の楼閣式木塔である。塔から後ろ を振り向くと、すぐに門前町が見えるのだが、遼代風の街並み(写真17)と称し て疑似復古的な再開発が行われている。木塔の他を圧する美しさに比べ、いちじ るしく風格を損ねる結果となっているのは残念である。

 五台山周辺には、古建築が集中して遺存している。五台山下の山西省忻州市五 台県にある南禅寺大殿(写真18)は、唐・建中三年(782)建立の、中国現存最 古の木造建築である。やはり五台県にある仏光寺大殿(写真19)は、唐・大中 十一年(857)建立で、中国で三番目の古建築である。大殿の中には、塑像の仏

写真17 遼代風と称する街並み

写真19 仏光寺大殿 写真16 応県木塔

写真18 南禅寺大殿

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像群(写真20)があり、やはり唐代の 造立にかかる。敦煌石窟の塑像・石像 と同様、まことに貴重な存在となって いる。古い文物を大切に保存する文化 が、近代中国には欠けていたが、山西 省には全国の古建築の七割が集中して おり、山に囲まれた地方ゆえの開発の 著しい遅延が、逆に幸いした形となっ ている。

 五台山・峨眉山以外に、普陀山・九

華山が四大名山に数えられるが、これに一山を加え、五大名山とすることもあ る。その五番目と称するのはどこか、貴州省梵浄山・雲南省鶏足山・浙江省天台 山・浙江省雪竇山・遼寧省千山、あるいはその他の霊山で、激しい名乗り争いが 続いている。このうち雲南省大理白族自治州賓川県にある鶏足山は、大迦葉の霊 場と喧伝されている(11)。標高3

,

248メートルの天柱峰山頂には、金頂寺(写真21)

があり、寺の招待所に宿泊して、美しい御来光を拝むことができる。山頂の楞厳 塔は、前述の大理市崇聖寺塔を模したもの。御来光の朝日に輝く金殿(写真22)

は、清朝に昆明から移築された由緒ある建築であったが、文革で破壊され再建さ れたものである。

5.巨大化する仏菩薩像

 四川省楽山市の岷江河畔に、高さ71メートルの凌雲寺大仏(楽山大仏)(写真 23)がある。前近代のものとして、現存する世界最大の仏像で、唐代に90年かけ て摩崖に彫刻されたものである。巨大な仏菩薩像は、日本の東大寺大仏の例を引

写真20 仏光寺唐代塑像群 写真21 鶏足山金頂寺

写真22 金頂寺金殿

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くまでもなく、古代より世界各地で盛んに造立されていた。

 近年、中国の経済発展にともない、巨大仏菩薩像が、主に観光客誘致を目的と して、各地に造られるようになった。四大名山

の普陀山は、浙江省舟山群島にあり、一説では 日本人僧の慧萼が開創したとも伝えられる。島 全体に寺院が点在するが、その南端の海岸に、

1997年、総高33メートルの南海観音像(写真 24)が完成した。これを契機としてか、全国各 地の霊場に巨大造像ブームが起きている。

 海南島は中国最大の島で、1988年に一つの 省として昇格したが、その南端の三亜市南山 寺に、2005年、高さ108メートルの三面観音像

(写真25)が完成した。補陀落浄土は南方にあ ると伝えるが、世界最大の観音像が海上高く屹 立する姿は圧巻である。

 山東省威海市石島赤山風景区にある 赤山禅院(写真26)は、慈覚大師円仁 ゆかりの寺として名高い。山東半島先 端は、朝鮮半島に最も距離が近いた め、唐代にはここに新羅人のコミュニ ティーがあり、円仁はそのありさまを

『入唐求法巡礼行記』に記している。

私は、2012年4月にここを初めて訪れ た。田舎の寂れた漁村を想像していた

のだが、その発展振りは衝撃的でさえ 写真24 普陀山南海漢音像

写真25 海南島三面観音像 写真26 赤山禅院 写真23 楽山大仏

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あった。広い境内地を移動するには、有料の電動カートが必要であり、赤山法 華院(写真27)には巨大伽藍が列なり、広場では大音響によって変化する、観音 菩薩銅像の噴水ショーを見学することができる。さらには、世界最大の鍛銅の神 像と称する、高さ58

.

8メートルの赤山明神像(写真28)が、重々しく山頂に鎮座し ている。内部は博物館のようになっており、山全体が一大テーマパークと化して いた。私は仏と神の習合思想の研究者でもあり、円仁が日本に請来した赤山神に ついての研究も進めていたが、本家本元がこのようなありさまになっているとは、

思いもよらないことであった。

6.死後の世界への恐れ

 死後の世界を説明するのは宗教の役割であるが、仏教でも六道輪廻を説き、そ の世界観がそのまま道教に影響を与えている。地獄めぐりの講唱は、敦煌変文に も遺される通り、古くから庶民に向けて語られていた。中国でも日本でも、それ を塑像や絵画にして可視化し、絵解きすることによって、さらに勧善懲悪の教化 を進めてきた。文化大革命時には迷妄

として斥けられていたものが、近年各 地で大規模に復活している。

 隋代に大規模な訳経事業が行われ た、西安市の名刹大興善寺には、近 年、平安地蔵殿(写真29)・救苦地蔵 殿が一対で建立され、地獄の苦しみを 立体的に庶民に示している(写真30)。

 道教では、酆都大帝が冥界を司ると 考えられ、その住居が重慶市酆都平都

写真28 赤山明神像

写真29 大興善寺平安地蔵殿 写真27 赤山法華院

二二八

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山(名山)に比定されてきた。現在ここは、酆都鬼城(写真31)として、大規模 な冥界のテーマパークと化している。山を登っていくと道の両側には鬼神が出迎 え、奈河橋から冥界に入っていく。鬼門関をくぐり、望郷台(写真32)で人界に 別れを告げ、輝霊殿で閻魔王の裁きを受け、十八層地獄を巡る。山中を歩きなが ら、死後の世界の疑似体験ができるのである。1993年には、さらに鬼国神宮(写 真33)という巨大な建物が建てられ、

薄暗い室内でさらに恐怖を感じなが ら地獄を体験することができるように なっている(写真34)。

 このように立体的な地獄世界の縮小 版は、浙江省海寧市塩官県城隍廟(写 真35・36)や、青海省湟源県丹噶爾古 城城隍廟(写真37)など中国の各地に あり、その恐ろしさを説きながら、現 世で正しく生きるべきことを教えてい

写真33 酆都鬼城・鬼国神宮 写真34 鬼国神宮内部 写真31 酆都鬼城全景 写真32 酆都鬼城望郷台

写真30 平安地蔵殿内部

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る。土地の守護神である城隍廟は、街の中心に設けられるため、大都市では再開 発にともない破却される例が多い。私の経験からいえば、こういった立体地獄や 地獄図は、地方の小寺小廟に思いもかけない形で保存されていることが多い。中 国は広大なため、全国的な調査は進んでおらず、日本語の報告例も少ないため、

地道な調査が必要であろう。

 中国のもう一人の冥府の主宰者は、泰山府君である。山東省泰安市の泰山太廟に は、閻羅廟・森羅殿などで冥界の裁きを再現していたが、破壊されてしまった(12)。 北京市朝陽門大街の東嶽廟(写真38)には、元代から泰山府君が祀られているが、

地獄七十二司(写真39)が廻廊状に配され、異彩を放っている。

 死後の世界といえば、中国の墓地事情は日本と大きく異なっている。中国では 建国以来都市部に古くから存在した墓地を破壊して再開発してきた。寺院に附属 する墓地はなくなり、郊外に大規模な霊園が造成されてきた。そのため、日本に おける彼岸や盆にあたる、四月初めの清明

節には、墓参のため近郊に向かう車で、大 渋滞が発生する。

写真38 北京市東嶽廟 写真36 塩官城隍廟内部

写真37 丹噶爾古城城隍廟戯台 写真35 塩官県城隍廟

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 墓苑は、かつては公的なものであったが、現在では墓地ビジネスの業者が開発 し、年々価格が高騰している。こういった現象にともない、墓域を持たない寺院 でも、新たな「檀徒」を取り込もうとしている。浙江省臨安市西天目山にある禅 源寺は、清初に玉琳国師によって創建された名刹であるが、近年大規模な造営を 行い、寺観が一新された(写真40)。鉄筋七層の玉琳国師塔内には、ロッカー式 の納骨堂(写真41)が設置されており、夫婦で納骨できるようになっている(写 真42)。墓苑の造成ではないが、杭州市・上海市などの近隣都市住民を対象にし た、新たな寺院の収入源となっているのである。

おわりに

 以上、現代中国の寺院の現状を概観した。深い信仰に根ざした布教活動も、も ちろん活発に行われているのだが、巨大化する宗教の現状を、外国人として見た 一端を報告したものである。

 今後、グローバル化社会の中で、中国の仏教がどのように変貌していくのだろ 写真41 禅源寺仏塔内部納骨堂1 写真42 禅源寺仏塔内部納骨堂2

写真40 天目山禅源寺 写真39 東嶽廟地獄七十二司

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うか。一つの方向性を顕著に示すもの としてよく挙げられる例は、河南省登 封市の嵩山少林寺である。2009年12月 27日、少林寺は香港の旅行社と合弁 で、登封嵩山少林文化旅游有限公司を 発足させた。観光開発や武術文化を、

効率的に発展させるためという。この ニュースは、日本のマスコミでも大き めに取り上げられた。少林寺は、以前 から各地の寺院経営にも関与したり、

海外展開も図っていることから、批判的な論調が多かったように思われる。た だ、こういった宗教ビジネスは、世界中から人を呼び込み、貧しい地元の雇用機 会を増やし、それによって得られる潤沢な資金によって教化や研究を推進するこ とができるので、一概に否定されるべきものではない。もっとも、前述した2011 年の霊隠寺晋山式の際には、参列した高僧たちが、当時中国では珍しかった最

新の

iPhone

を片手に、ドイツ製高級車で続々とやってくるのを目にした時には、

やはり違和感を感じざるを得なかった。

 一方で、何時間も歩かなければ到達することのできない山奥で、一人寺院を守っ ている清貧の住持もいる。陝西省藍田県終南山の悟真寺(13)(写真43)は、称名念 仏の思想を確立した唐代の善導が修行した地であり、白居易も「遊悟真寺詩」を 詠じた古刹である。善導の『観無量寿経疏』を法然が読み、心に師と仰いだため、

ここの参詣を希望する日本人浄土教徒が多かったが、近隣に軍事基地があるため 外国人立ち入り禁止区域となっていた。近年、この附近が森林探索の観光地とし て開発され、ようやく誰でも登山することができるようになった。山道を越えた 我々の突然の訪問に、住持は湧き水でたてたお茶をふるまってくださったのであ る。

 極端な対照を見せる中国の仏教界だが、こういった対比は、韓国や日本の仏教 界でもかなり以前から起こっていることであり、中国特有の現象ではない。僧侶 は清貧であるべきという意見は正しいものではあるが、それでは個人ができる範 囲の活動に留まってしまい、社会を教化し、宗教活動を発展させることが難しく なってしまう。中国仏教は、文化大革命の痛手からは立ち直ったようにも見える が、僧侶の常住が許されていない有名寺院も多い。佛学院では、コンピュータの 授業も必須課目となっており、学生も多くはスマートフォンを持っている。今後 中国仏教が、情報化社会の中で、どのようにバランスを取りながら発展していく か、これからも見守り続けていきたい。

写真43 終南山悟真寺

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〔註〕

(1) 入手しやすい単行書として、以下を挙げておく。末木文美士・曹章祺『現代中国 の仏教』(平河出版社 1996.8)、清水勝彦『宗教が分かれば中国が分かる』(創土社  2008.5)、新アジア仏教史08中国Ⅲ宋元明清『中国文化としての仏教』(佼成出版社  2010.9)、川口幸大・瀬川昌久編『現代中国の宗教─信仰と社会をめぐる民族誌』(昭 和堂 2013.1)。

(2) 「台湾省」を含む。中華人民共和国における公式の数字。

(3) これ以外に15回、台湾を訪問している。

(4) 当日は、講演の前提として、仏教とはどのような宗教であるかを語ったが、省略す る。吉原浩人編『東洋における死の思想』(春秋社 2006.7)などを参照されたい。

(5) 原文は「宗教团体和宗教事务不受外国势力的支配」。第三十六条は、第二章「公 民の基本的権利と義務」の一部。「外国勢力の支配を受けない」というのは重要な 意味を持つが、小稿では触れない。

(6) ホームページは以下の通り。http://www.sara.gov.cn/。

(7) 日本では、文部科学省文化庁文化部宗務課という極めて小さな組織が、宗教法人 法などに基いて、宗教行政全体を統括している。ただし法人運営は、個々の自律性 にゆだねられているため、もとより国家統制のための組織ではない。

(8) ホームページは以下の通り。http://www.chinabuddhism.com.cn/。

(9) 中国ではこの表記を用いているため、「佛学院」のみ「佛」字を使用する。

(10) 2012年春節の入場料は、200元(現行レートで約2,700円)であった。

(11) 観光案内などでは、『大唐西域記』巻九「摩伽陀国」下の雞(鶏)足山の記述を 根拠に説明するが、もとよりこれはインドの霊山で、中国山岳の記述ではない。

(12) 泰山については、澤田瑞穂・窪徳忠・石嘉福「世界の聖域別巻1」『中国の泰 山』(講談社 1982.3)、澤田瑞穂『修訂地獄変─中国の冥界説─』(平河出版社  1991.7)など参照。

(13) 山麓に下悟真寺があり、区別するために上悟真寺とも呼ばれる。下悟真寺の水陸 庵は、「第二の敦煌」と呼ばれる明代の塑像で有名である。

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