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社会保険の現代的課題

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医療保険をめぐる課題

医療制度の改革

少子高齢社会のさらなる進展の下で,わが国の社会保障は,年金・医療・

介護・福祉などそれぞれの制度において,多くの解決すべき難題を抱え,改 革・再構築が急務とされている。

社会保険の現代的課題

―― 医療保険と年金制度の課題 ――

石 田 重 森

医療保険をめぐる課題 医療制度の改革

医療保険財政の窮迫と医療費効率化

!

高齢者医療制度の創設

!

医療費適正化のための施策 保険者の再編・統合

!

市町村国民健保

!

政管健保と組合健保

!

政管健保公法人化の課題

年金制度をめぐる課題

年金記録問題と年金業務のリスクマネジメント 空洞化進展の懸念とその対策

基礎年金の全額税方式論

!

保険料方式への反対と全額税方式論の再燃

!

全額税方式移行の困難性 年金財政の持続可能性 被用者年金一元化論をめぐって

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本章では,医療制度改革それも医療保険の再構築を中心に論述する。もと もと医療制度改革は,医療の質,医師の偏在,医療情報の提供など医療サー ビスの提供をめぐる改革と,医療財政窮迫への対応策としての医療費抑制,

高齢者医療制度の創設,さらに保険者の再編・統合をめぐる医療保険改革と に大別できる。しかし,医療の提供と医療保険とは密接不可分に関連してお り,それだけ問題も複雑となって改革がむずかしいのである。医療という人 命に係わる問題と医療費という経済問題を同時に解決しなければならず,ま た社会保障としての扶養性・扶助性と社会保険としての保険性とを考慮しな ければならないからである。

かくして,少子高齢社会に適応した医療制度を構築して,国民へ安心・安 全な医療を提供すると同時に,医療の効率化を図り安定的で持続可能な医療 保険システムを築くことが求められている。

なお,用語として「健康保険」は被用者対象の医療保険制度に用いられ,

すべての国民を対象とする「医療保険」の方が広義なので,後者の「医療保 険」に統一する。

医療保険財政の窮迫と医療費効率化

社会保障財政の窮迫が続く中で,国民医療費は,25年度に33兆円を超え,

0年後の25年には56兆円に達すると予測されている。そのため将来に向け て,医療費の抑制が大きな課題とされており,医療費適正化をめぐってさま ざまな論議が展開されている。一応の目標は,25年の医療費を45兆円に抑 えることに置き,26年6月成立の「健康保険法等一部改正法」では,①医 療費適正化の総合的推進,②新たな高齢者医療制度の創設,③保険者の再編・

統合,が三大項目とされている。これらの施策を総合的に,また強力に推し 進めないと医療費抑制はなかなか困難である。

というのも,高齢社会・長寿社会の進展につれ,高齢者の生活習慣病の増

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加,保健と医療の必要性や需要に関する人々の意識の向上などの要因があり,

他方で医療技術の進歩に伴う高価な医療機器・設備や高価な医薬品等による 医療サービス原価の上昇がある。さらに,公・私医療機関の混在,医療業務 の特殊性・専門性のための医療従事者の好待遇,保険外診療による患者負担 の増加など,医療と経済をめぐる問題がさまざまに絡み合っている。しかも,

医療保険システムをめぐり,保険料拠出者と医療サービス受給者,医療提供 者と患者,医療提供者と保険者,などそれぞれに利害の対立関係があり,問 題を複雑にしている。

そこで,医療費抑制をめぐる主要課題から順に論述する。

!

高齢者医療制度の創設

医療保険財政窮迫化の最大要因は,高齢者医療費の大幅な増加であり,

5年度医療費の51.0%が65歳以上の高齢者への給付費とされている。その ため,現行老人保健制度への拠出金負担が過重となり,多数の保険者は赤字 を抱え,ここから医療保険制度全体の危機が生じているともされる。

そこで,高齢者医療をどうするかが医療制度改革の主要課題で,その財政 をめぐって公費,保険料,保険者負担,患者負担をどの程度にするのか,ま た慢性疾患,社会的入院,終末期医療などをどこまで医療保険で取り扱うの か,議論されてきた。そして,26年6月成立の医療制度改革関連法(以下 医療改革法)により,新たな高齢者医療制度が28年4月からスタートする ことになった。

まず,65歳から74歳までの前期高齢者医療制度については,国民健保(以 下国保)・被用者保険で従来の制度に加入したまま,前期高齢者の偏在によ る保険者間の負担の不均衡を各保険者間の加入者数に応じて調整する仕組み を創設する。なお,患者負担については,65〜69歳は従来通り3割負担,

0〜74歳では2割負担ただし現役並みの所得のある者は3割負担とする。ま 社会保険の現代的課題(石田) −69−

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た,現行の退職者医療制度は廃止するが,経過措置として平成26年度までの 間の65歳未満退職者は現行制度を存続させる。

さて,この制度は,前期高齢者の医療費に関して財政調整方式を導入する ものであるが,これから団塊の世代が前期高齢者層入りし,被保険者が増加,

他方現役の拠出者は減少して,各保険者が負担に耐えられるのかどうかがや や懸念される。また,前期高齢者の退職年齢も一律でなく,加入してきた医 療保険での差異もあって,わかりにくいことと,手続き等がすべてスムーズ に行われるのかどうかも心配される点である。

つぎに75歳以上の後期高齢者医療制度については,独立した制度として設 立し,都道府県ごとにすべての市町村の加入する広域連合が運営主体となる。

保険料の徴収は市町村が行い,医療給付等は広域連合が担当し,なお広域連 合の財政リスク軽減策が採られる。

財源は,患者負担を除き,公費(国,都道府県,市町村)が約5割,各保 険者が拠出する後期高齢者支援金が約4割,保険料が1割とされ,患者負担 は原則1割で現役並み所得者は3割となっている。

なお,後期高齢者の心身の特性等にふさわしい医療が提供されるよう,新 たな診療報酬体系にすることとされている。

さらに,後期高齢者を対象に「かかりつけ医」制度を導入する構想がある。

入院から在宅治療への移行を促し,医療費を抑制するため,外来の定額制そ して「かかりつけ医」の診療報酬優遇が検討されている。

「かかりつけ医」は,複数の疾患を総合的に診断・治療,ときには心のケ アもする,介護保険のケア・マネージャーらと連携し在宅療養の助言をする,

積極的な訪問診療や末期医療の痛みの緩和ケアも行う,など幅広く,こうし た医師の育成は大変であり,その質の水準と向上をどうするのか,などが大 きな課題であろう。

後期高齢者医療制度の課題としては,まず何といってもハイリスク保険集

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団であり,社会保険としての保険性は稀薄である。保険料負担は1割,公費 と各保険者の後期高齢者医療支援金が財源の大部分を占める。おそらく給付 は増加していくことになり,保険として成り立つのはむずかしく,社会的な 被扶養集団となる可能性がある。賦課方式の公的年金と同様,現役世代の不 公平感をどう緩和するのか,また広域連合と医療保険者との連絡調整の場と しての保険者協議会が有効に機能するかどうか,など成り行きが注目される。

!

医療費適正化のための施策

国民皆保険を堅持し,将来にわたり持続可能な医療保険制度を構築するに は,医療費増加の抑制,医療費適正化は最大の眼目である。26年6月制定 の医療改革法では,高齢者医療制度の創設の他に,医療費適正化推進のため のさまざまな施策が盛り込まれている。

まず,国は5年を1期とする全国医療費適正化計画を策定し,将来の医療 費の上限を設定して,その目標に向けて都道府県は,同様に都道府県医療費 適正化計画を策定することになった。この基本方針のもとに,生活習慣病対 策としての健康診断受診率の向上,長期入院の是正・入院期間の短縮など5 年毎の医療給付費の数値目標を定め,その実績を検証して次の中期的な医療 費最適化方策に反映させようというのである。

さらに短期目標としては,高齢患者の窓口負担を見直したり,療養病床入 院患者の食費・居住費負担の引き上げ,診療報酬体系の見直し,薬価の引き 下げ,高額療養費の自己負担額の引き上げ,など順次実施されることになり,

既に実施に移されているものもある。

a.健康づくり支援制度

医療費適正化の長期的施策として,28年4月から「40歳以上の加入者に 対する健診・保健指導を医療保険者に義務付ける」こととなった。これは生 社会保険の現代的課題(石田) −61−

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活習慣病に関する特定健康診査および特定保健指導の適切・有効な実施を図 るものである。健保組合の場合なら,事業主と協力し,職場や地域との連携 のもと,被保険者と家族を対象に健康診査を行って,人々の健康づくりに寄 与し,医療費増加を長期的に抑止しようという意図である。さらに,この特 定健診および特定保健指導の実施状況を検証し,その結果により,将来各保 険者が負担する後期高齢者支援金を加算・減算する予定とされており,いわ ばメリット・デメリット制の導入である。

b.療養病床の削減と病床転換助成

現在,療養病床は医療型25万床,介護型13万床の合計38万床あるが,入院 治療の必要のない,いわゆる社会的入院者が多く,医療費の無駄が多いと指 摘されている。この療養病床を再編して,介護型病床をなくし,医療型病床 を15万床にして老人保健施設,ケアハウス,在宅療養支援拠点に転用する計 画で,22年度までに実施することとなった。国民医療費の半分は人件費で,

転用する老健施設やケアハウスなどは医師・看護師も少なく,医療費抑制に 資するとされる。

さらに,療養病床の削減により,社会的入院の解消・減少,医療と介護の 混在の解消,入院日数の短縮化にも役立つとの考え方である。この療養病床 転換に対し,保険医療機関に,その転用費用につき国が27分の10,各保険者 の拠出する病床転換支援金で27分の12を助成することとされている。

ところで,療養病床の削減により,自宅に戻れない高齢者が出る可能性が あり,その受け皿をきちんと整備する必要と,在宅療養支援の多い地域は老 健施設も多く,療養病床の少ない地域は訪問介護が多いなどの地域的な片寄 りもあり,こうした調整も課題とされる。

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c.入院日数の短縮化と包括払いの促進

わが国の平均在院日数は,OECD諸国の3倍位と言われており,これが医 療費増嵩の一因ともなっているため,入院日数の短縮化が必要であると長い 間指摘されてきた。これに関して,全国平均(36.3日)と最短の県(長野県 7.1日)の差を半分に短縮するよう推進目標が示された。

これと併せて,診療報酬の包括払い・定額払いの促進は,早期退院を促す ことになる。これまでの出来高払いに代えて,診断群分類による一日当たり 包括評価に基づく定額払いは,医療の標準化・効率化に役立ち,過剰な診療 行為の防止となって,医療費適正化に寄与することになる。包括払い方式は,

大学病院から始まり徐々に普及しつつあるが,今後5年間に包括払いの病院 を今の3倍にしようとの推進目標が,医療費効率化計画として経済財政諮問 会議で合意されている。

ただし,入院日数短縮化方策に関し,診療所については,入院48時間の規 制撤廃,入院患者からの入院基本料の引き上げ,などが例外的に認められ,

これでは入院日数短縮化に逆行することになり,一貫した施策でないのが気 懸かりである。また,包括払い方式には過少診療や患者選別などのマイナス 面も考えられ,粗診粗療などの防止策をきちんと講ずることも大切である。

d.レセプトIT化の推進

情報化社会が進展し,あらゆる分野でIT化が見られるが,医療分野にお けるIT化はやや遅れ気味である。IT化によるメリットは,医療の多くの面 に及ぶと考えられ,推進の必要性は高い。

まず,医療機関等が審査支払機関に提出するレセプトと審査支払機関が保 険者に提出するレセプトのオンライン化で,これは事務の効率化,審査の効 率化につながり,さらに検査データの共有から重複検査が不要となって,医 療費効率化施策の一つとなる。また,医療情報の蓄積が進めば,治療や薬剤 社会保険の現代的課題(石田) −63−

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の標準化,医療過誤の防止など医療の質の向上につながる。さらに,医療情 報の透明性を高め,病院と診療所や病院相互間の連携によって診療情報の交 換が可能となって,質の高い医療が確保されることになる。これに加えて,

患者に対し処置名,薬剤名,検査名などを記載した「明細書兼領収書」の発 行が求められているが,先送りされているのは頷けない。

医療機関側では,こうしたIT化に消極的・慎重で,その理由は,費用負 担が重い,患者の増加に結びつかない,収益構造の改善につながらない,電 子化して審査されると画一的な医療しか認められず患者に応じた医療が出来 ない,などとしている。

しかし,IT化は時代の趨勢でもあり,IT化によって診療における専門的 知識・技術の支援機能や患者への情報提供機能も果たせ,そのデータは国の 医療政策にも活用可能となるなどメリットは大きい。

8年4月から,40歳以上の国民を対象にメタボリック症候群に着目した 新健診制度も始まることから,これにも役立つはずで,21年4月にはすべ てのレセプトをIT化し,オンライン化するという目標も設定された。IT による医療革命とも言え,国として応分のコスト負担をすべきであろう。

e.診療報酬と薬価の見直し

国民医療費の動向を左右し,しかも医療提供体制や医療の質にも大きく関 わる診療報酬体系は絶えず見直しが求められる。

基本的には,質が高く効率的な医療が提供されるよう,診療報酬の改定・

決定に際し,基準・尺度を明確にし,しかも分かりやすい体系にするよう,

決定過程の透明性を高める必要がある。具体的には,長期的に医療費適正化 の要請に応ずるべく,25年までの20年間で少なくとも7%の削減が必要と され論議されている。他方で,開業医と病院との格差是正のために,開業医 の初診・再診料の引き下げとか開業医の時間外診療や往診の診療報酬の引き

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上げなども検討されている。往診を増やすように促すのは,在宅診療の充実 に結びつくからである。

さらに,医師は毎年40人位増加しているのに,診療科による医師の偏在 と医療サービスの構造的な偏りを是正するために,小児科,産科などの診療 報酬を引き上げることも検討されている。加えて,混合診療への対応,すな わち医療機器や医薬品の技術革新の成果をいち早く取り入れた最新の医療が 受けられるように,保険診療と保険外診療との併用に関する診療報酬のあり 方も本格的に論議されるべき時期に来ている。

これらとは別に,医療費適正化のために薬価の見直しも強く求められてい る。国民医療費のうち20%を超える薬剤費(現在約7兆円)の圧縮の必要が あり,そのためには後発医薬品・ジェネリック医薬品の普及をより促進する ことが必要である。医薬品全体に占めるジェネリック医薬品の割合は,米国 6%,英国49%,ドイツ41%などに対し,わが国は僅か16%にとどまってい る。先発医薬品は割高で患者負担増につながるため,医師・医療機関の協力 のもとに後発医薬品を普及させることが急務と思われる。

保険者の再編・統合

医療保険改革のもう一つの柱が,分立している医療保険者の再編・統合で ある。被用者保険である組合健保,共済組合,政管健保,それに市町村国民 健保,国保組合と規模も被保険者も異なる50もの保険者が存在している。

小規模保険者も多いため,ひとたび保険財政が赤字になると埋め合わせるの が困難になり,医療保険全体の危機ともなっている。

しかも,各保険者間で財政収支の格差が拡大し,負担や給付にも差が生じ ており,政管健保のように保険料は全国一律で,給付がばらばらで公平・平 等が保たれていないものもある。さらに,国民皆保険とはいえ,国民健保の 保険料滞納者が増加し,納付者と滞納者との公平性が損なわれている。

社会保険の現代的課題(石田) −65−

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医療費増加の抑制,制度間格差の解消,負担と給付の公平・平等を図り,

安定的な医療保険制度を構築するには,窮極的には制度の一元化が望ましい。

しかし各制度にはそれぞれの発展経緯もあり,特性もあって,一挙に一元化 することはむずかしい。

こうしたことを踏まえて,保険財政運営の規模の適正化,地域の医療水準 に見合った保険料水準の設定,などのために保険者について都道府県を軸と した再編・統合を推進することとなった。これにより保険財政の安定化を図 り,医療費適正化に資する保険者機能を強化することになる。都道府県単位 が考えられているのは,安定的な運営のできる規模と思われ,また医療には 地域的な特性もあって,都道府県で医療計画が策定され,医療サービスもほ ぼ均一に提供され得るとの理由からである。

!

市町村国民健保

市町村運営の国民健保では,24年度で全市町村の58%が赤字で,また4

%の市町村は一般会計からの繰り入れ,すなわち税で穴埋めしている状況で ある。24年度単年度の国保の赤字は,30億円でなお財政が好転する兆し が見えないとのことである。

市町村国保について,小規模保険者が多数存在することを踏まえ広域化を 図り,都道府県単位で市町村国保の保険料水準の平準化や財政の安定化を図 るため,保険財政協同安定化事業を実施することとなった。

なお,フリーターの増加など社会的要因を背景に,保険料未納率も少しず つ上昇しており,24年度には全国平均で9.9%,大都市圏では13.3%にも 達している。滞納者に「差し押さえ」を実行するケースも増えているが,強 制的手段に批判の声もある。ただ,差し押さえ実施後に自主的に納付する人 もあり,効果は上がっていて,保険料収納率をどう上げるのかが課題の一つ である。また,厚生年金保険と同様に,パート労働者の医療保険加入も検討

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が始められている。

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政管健保と組合健保

政管健保は,27年度は10億円程度の赤字見込みで,今後5年間の収支 見通しも赤字が増加する予測である。赤字を埋めるために積み立てている資 金は80億円もの累積赤字となるとの試算がある。

この政管健保について,28年10月に国とは切り離した全国単位の公法人

「全国健康保険協会」を保険者として設立することになり準備が進められて いる。そして都道府県ごとに地域の医療費を反映した保険料率を設定するな ど,都道府県単位の財政運営を基本とすることになった。また,被用者保険 の最後の受け皿であることから,解散を認めない法人として設立し,政府が 財政運営の安定化のために必要な措置を講ずるとしている。さらに,保険料 を負担する被保険者等の意見を反映した自主自律の保険運営を確保するとと もに,非公務員型の法人として業務の合理化・効率化を推進するとしている。

課題としては,都道府県単位としての格差が生ずる可能性があることと,

広域連合で市町村が中心となるが,国民健保に介護保険に,さらに政管健保 も加わって市町村の負担が大変となり,順調な運営ができるかどうか多少の 不安も残る。

組合健保については,健全・安定的な組合は,当面自主運営を続け,小規 模・財政窮迫化組合については,規制緩和等を通じて再編・統合を進めるこ ととし,同一都道府県内における組合健保の再編・統合の受け皿として,企 業・業種を超えた地域型組合健保の設立が認められるようになった。

市町村国保にしろ政管健保にしろ,保険者の再編・統合では,都道府県が 重要な役割を果たすことが期待され,こうした医療保険の今後の成り行きが 注目される。

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政管健保公法人化の課題 a.公法人化の概要

平成18年に成立した医療制度改革関連法に基づき,平成20年には4月から 新たな高齢者医療制度が創設されることになり,さらに10月からは政府管掌 健康保険(以下政管健保)の公法人化が実施されることになっている。

この政管健保の公法人化は,医療制度改革の一つの柱である保険者の再 編・統合に関し,市町村国保,健保組合などと並んで都道府県単位を軸とし て見直そうとするものである。

すなわち,「医療制度改革大綱」の考え方に基づき,医療費適正化・医療 費抑制策の推進を図ろうとする改革である。

そのため平成18年10月に「全国健康保険協会設立委員会」が設置され,さ らに全国5モデル県で「健康保険事業運営懇談会」が発足し,続いて平成1 年4月から全都道府県で運営懇談会が設立された。

これらの設立委員会,運営懇談会は事業主・被保険者および学識経験者か ら構成され,公法人化のための理念・組織・運営方針や保健事業の情報提供 などに関し論議し,また各委員からの意見を集約して地域の実情を踏まえた 事業の推進に向けて体制づくりが進められているところである。そうした中 で,さまざまな課題・問題点も浮き彫りにされており,主要な課題について 論及する。

政管健保の公法人化については,まず,国と切り離した保険者として「全 国健康保険協会」を設立し,その下に各都道府県に「支部」を置くこととし,

つぎに,都道府県ごとに地域の医療費を反映した保険料率を設定して,都道 府県単位の財政運営を基本とすることになる。

こうして給付と負担の公平を図り財政運営の安定化を図るとともに自主 性・自律性に基づいて,保険者機能の発揮のもとに業務の合理化・効率化を

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推進するとしている。

こうした政管健保の公法人化を見据えた取組みとして,次のような項目が 挙げられている。

①医療費適正化の推進

健診受診者の拡大と保健師による事後指導の充実など保健事業の拡充や レセプト点検の強化などである。

②被保険者サービスの充実

医療をめぐる各種情報の提供とサービスの迅速化を図る。

③業務の効率化の推進

システムの最適化計画の策定と優れたシステムを開発し,事務処理の集 約化を図る。

公法人化するに際して,特に注目される内容は,「保健事業の推進」と「都 道府県単位の保険料率の設定と財政運営」であろう。

保健事業については,①健康管理意識の啓発事業,②一次予防を中心とし た健康づくり事業,③生活習慣病予防健診と事後指導,が三つの柱とされて いる。

また,都道府県単位の保険料率の設定に関しては,年齢構成の高い県ほど 医療費が高く,保険料率も高くなり,所得水準の低い県ほど同じ医療費でも 保険料率が高くなるので,都道府県間で年齢調整・所得調整を行うこととさ れ,医療費の地域差を反映した保険料率となる。

この調整後の保険料率に保健事業等に要する保険料分と後期高齢者支援金 分を加えたものが最終的な保険料率となる。

b.保健事業をめぐる課題

将来的な医療費抑制のために「治療重点の医療から疾病の予防を重視した 社会保険の現代的課題(石田) −69−

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保健医療体制へと転換を図る」という医療制度改革大綱の基本方針のもとで,

平成20年4月から生活習慣病の予防を中心とした特定健診と特定保健指導が 医療保険者に義務付けられることになっている。すなわち,40歳から74歳の 医療保険加入者約50万人を対象に特定健診の実施を義務付け,さらに一定 の基準に該当するメタボリックシンドロームの該当者・予備群約20万人の 特定保健指導の実施を義務付ける。そして,特定健診の受診率,特定保健指 導の実施率などの目標達成状況をもとに平成25年度より,後期高齢者医療支 援金につき10%を限度に加算・減算することになっている。

この保健事業に関連して,次のような疑問・課題が提示されている。

①特定健診について,相当な費用もかかり,その費用に地域間格差は生じ ないのか,また,医療費抑制に結びつくのかどうか。

②住所地と事業所所在地が異なる場合(隣県など)被扶養配偶者はどこで 受診するのか,受診勧奨はどうするのか。

③労働保険では50人以上の事業所には,労働安全衛生法(以下労安法)に よる事業主健診があり,政管健保の特定健診とどう調整するのか。労安 法による場合は事業主の努力義務であり,特定健診は義務化であるし,

年齢や健診項目の違いや重複の統一化とか,労安法による健診には事後 指導がないことなど調整すべき課題は多い。

④労安法による健診,市町村健診,政管健保の健診とがあり,被扶養者の 健診も含め三つの機関との連携・調整も必要ではないか。

⑤繰り返しになるが,事業主健診を受けた人,市町村健診を受けた被扶養 者らの特定保健指導をどうするのか。

c.都道府県単位の財政運営をめぐる課題

医療制度改革の趣旨を踏まえ,保険料を負担する被保険者等の意見を反映 し,被保険者等の健康増進や良質で効果的な医療の確保を図り,サービスの

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向上を図るために都道府県単位の財政運営をすることによって,保険者機能 の発揮が期待されるとしている。

すなわち,全国一律の統一された施策・運営でなく,地域の事業主・被保 険者の意見を反映したり,情報を提供し,地域にあった自主・自立の運営,

取り組みを行い,保険料率も各県で決めていくことになる。

ところで,こうした都道府県単位の財政運営・保険料率の適用などにつき,

疑問や課題も多く提示されている。

①社会保障・社会保険の一環としての医療保険で,都道府県により異なる 保険料率の適用は,相互扶助の精神や公平性に反するのではないか。

②都道府県単位の独立採算性では,運営に支障をきたす支部が生じたり,

保険料率に大きな格差の生じることも懸念される。一応,5年間の激変 緩和措置がとられているがその先はどうなるのか。

③保険料率の決定につき,本部から示された算定規準やデータに基づき都 道府県の支部で医療給付費,事務費の見込額を算出し年齢調整・所得調 整を行って,支部の財政収支を勘案して,収支が均衡する保険料率案を 設定することになっているが,果たして適正に設定できるかどうか。

④保険料の徴収は,年金部門(将来は日本年金機構)で行うとのことであ るが果たしてスムーズに行えるのかどうか。

⑤すでに,平成20年度の政管健保への国庫補助を一部削減し,健保組合,

共済組合等が肩代わりするとの原案があるが実際に可能なのかどうか。

以上のような課題の他にも,未適用事業所の加入促進,レセプト点検の強 化,さらには現行政管健保から新体制へのスムーズな移行など課題は多く,

これからの設立委員会,運営懇談会で論議を煮つめ,さらに新体制発足後も 継続的な見直しが必要とされよう。

社会保険の現代的課題(石田) −61−

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年金制度をめぐる課題

年金記録問題と年金業務のリスクマネジメント

社会保障改革が叫ばれ,年金制度の再構築が論じられて久しいが,年金制 度をめぐってさまざまな問題が噴出し,国民の年金不安・年金不信は一挙に 高まって,国政選挙や政局も左右しかねない状況になっている。すなわち年 金記録の不備,記録漏れが大問題となり,他方で社会保険庁解体,日本年金 機構の創立が決定されたが,なお当分の間,混乱と混迷が続きそうである。

そこで,まず年金記録問題を解決し,国民の年金不信を解消することが先 決であるが,それと同時に,年金制度の安定的持続に向けて,根本的な問題,

解決すべき課題に取り組み,年金改革を推進することが肝要である。

すなわち,厚生年金と共済年金の一元化をどう促進するのか,国民年金空 洞化への対策はどうするか,将来へ向けて保険料水準と給付水準は維持でき るのか,国庫負担1/2の実現とその財源の問題など,早々に議論をまとめ実 現へ向けて歩を進めないと,ますます年金財政の窮迫化が進展・深刻となる 状況にある。年金記録問題に固執して,年金改革の本質を見失ってはならな いのである。

しばしば,持続的な年金制度,持続可能な制度を作れ,再構築せよと論じ られているが,むしろどうやって安定した持続できる制度として運用するか,

ということが重要なのである。一挙に,年金制度をゼロから作り直すような ことは困難であろう。現実の中心的課題は,年金財政の持続可能性と年金制 度をめぐる格差是正,不公平性の緩和である。

こうした点に視点を置き,目下早急に取り組むべき課題を中心に,将来へ 向けての展望とともに論述する。

まず,年金の加入記録問題で,国民の年金不信は最高潮に達し,政府や関 係当局は対応に懸命である。何しろ年金不信の拡大・浸透は,年金制度の安

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定・持続を根本から揺るがしかねないからである。

年金業務をめぐっては,これまでも問題が発生していたが,26年には,

あちこちの社会保険事務所で,「本人の意思を十分に確認しないまま,国民 年金保険料の免除・猶予の手続き」が行われ,国民年金保険料の納付率向上 のための,作為的な操作が発覚した。それに引き続いての27年の記録漏れ 問題の発生で,国民にとっては驚きの連続である。その根本原因は,長年に わたってつぎはぎの制度改正が行われ,事務的業務が追い付けず不備のまま 放置されてきたことである。記録漏れや支給漏れ問題の発生は想定外とも言 われそうであるが,リスク意識がないだけであり,リスクマネジメント意識 を持たせる教育や研修,そして職場の雰囲気が大切である。

今後,日本年金機構への移管や被用者年金の一元化もあることで,改めて こうした事務上のリスクを認識し,リスク対応策を考える必要がある。これ までも,基礎年金番号への統一(17年),コンピュータ化(10年),国民 年金保険料徴収事務の移管(22年)などの際に,リスクの発生と同時にミ スを修正するチャンスもあったはずである。

ミスの早期発見,トラブルへの迅速な対応は,リスクマネジメントの基本 であり,記録漏れ問題は早急な解決が求められている。

とくに宙に浮いた分については,十分な調査や照合を行い,保険料納付の 推定できる場合は認定し,悪用のケースは除外して,グレーゾーンについて は少なくとも国庫負担分は救済する方法も考えられ,その意味でも国庫負担 1/2の早急な実施が要請される。

空洞化進展の懸念とその対策

さて,年金記録問題と年金不信の増幅は,その影響として,空洞化の進展 が懸念される,これまでも国民年金空洞化問題は,しばしば論じられてきた。

7年2月現在の国民年金納付率は65.5%,未納率34.5%で,未納率はこの 社会保険の現代的課題(石田) −63−

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数年30%を超え,未加入者・未納者は約40万人とされていたところへ,こ の記録漏れ騒動である。

国民は,年金記録問題と年金制度への不安・不信とを一緒にして捉え,こ れに加えてテレビ,新聞などが一斉に年金批判・非難を繰り返している。こ のため,27年度の国民年金保険料納付率は,恐らく低下することを免れず,

7年度までに納付率80%を目標としてきたが,とても達成困難と思われる。

なにしろ,国民の年金不信に加えて,徴収強化の方に職員を回す余裕がない のである。

さらに,空洞化現象は厚生年金保険にも及びつつあって,24年度末で適 用すべき事業所総数の約3割,65万前後の事業所が適用漏れの可能性との調 査がある。また,国民健康保険や介護保険にまで未納・滞納現象が波及し,

年金から介護保険料を天引きするのに苦情が出る八つ当たり現象すら起きて いる。

国民年金は,もともとは自営業者等のためのものであったが,今や自営業 者29%に対し,非正規雇用も含め雇用者が37%を占め,加入者の構成も変わ り,国民年金が変質しているのである。こうした状況を踏まえ,国民年金の 保険料徴収を強化しないと,不公平・不平等は解消されず,財源不足の一因 ともなる。各種の免除や猶予制度も実施されており,徴収強化を図るのは当 然である。

有力な方法として,国民健康保険と国民年金の一体的徴収が挙げられ,未 納者は医療サービス受給の際に償還払いにすることも考えられ,ベストでな くともベターな方策と思われる。

そこで早急に実施すべきことは,国庫負担1/2への増額であり,そのため には年金目的税として消費税の3%〜5%アップを図ることであろう。国庫 負担1/2が実現すれば,基礎年金は半分以上税方式になる。消費税について は,食料品など生活必需品は5%のまま据置き,奢侈品の税率を引き上げ,

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逆進性の緩和を図ることは是非とも必要とされる。

その後で,再度全額税方式を検討する余地はあろう。ただし,不公平解消 のための移行措置期間が十分とれないと思われ,この点でも移行はむずかし いと考えられる。つぎに,現行の保険料方式を継続するとして,最大の課題 は空洞化の解消であり,そのために,社会保障カード・社会保障番号の導入 が要請されている。年金手帳・健康保険証,介護保険証,雇用保険証など4 分野を1枚のICカードに統一しようというのである。これにより,事務業 務の効率化,社会保障費の効率化が図られ,とくに年金については,保険料 納付と年金給付の記録が個人について明白となる。

このことは保険料納付の促進につながり,また支給漏れなども防ぐことが でき,年金記録管理が行きわたる。これに批判的な意見では,個人情報の一 元管理が容易になると同時に乱用・悪用されるとの指摘もあるが,個人情報 保護も普及しつつあって,それより年金の記録漏れや未払い・未加入の放置 による不公平が解消される意義の方が大きい。

なお,カードには年金記録や健康情報も入っており,個人情報の流出,悪 用,プライバシーの侵害などに対して十分なセキュリティ保護対策が必要な ことは勿論である。

基礎年金の全額税方式論

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保険料方式への反対と全額税方式論の再燃

周知の通り,公的年金は国民の老後所得保障を国民の相互扶助精神・連帯 意識のもとで,家庭内扶養に代わって,社会的扶養で行うものである。

国民皆年金が発足して約半世紀が経過し,この間人口の高齢化が進展して,

社会経済状況も大きく変動してきた。年金制度も変革期にあることは間違い ないが,負担が過重になりそうだからといって一挙に保険料方式を変換しよ うとするのは,無理なのではなかろうか。

社会保険の現代的課題(石田) −65−

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政党も政治家も年金問題を政争の具としていて,真に国民のために,長期 的展望に立って年金制度を改革・充実してこなかった。課題を先送りにし,

問題解決を遅らせ,国民の不信感を増幅させてきた。一例が国庫負担の引き 上げで,早くから方向性は定まっていたが,財源がなく消費税引き上げを実 施できないまま今日に至っている。

他方,国民の側にも非はある。損得勘定・世代間格差を言い募り,未納・

未加入が多いのは社会保険方式が不適当で,制度が悪いからだと主張する。

社会保障・社会保険は決して悪い制度ではないはずで,それでなくては世 界各国でこれ程普及することはないであろう。

悪いのは,年金未加入者であり保険料未納者で,これを許容してきたのも よくない。保険料負担に関しては,低所得者等のため,全額免除,3/4免除,

半額免除,1/4免除ときめ細かい方策も採ってきた。それでも保険料を支払 わない人がいて,国民の義務を果たそうとしないのはあまりにも身勝手すぎ る。

社会保障や社会保険の助け合いの趣旨ですら認識・理解できない程,日本 人の民度は低下してしまったのであろうか。それが本当なら誠に憂うべきこ とである。

年金制度の再構築・抜本改革に向けての議論の中で,基礎年金の全額税方 式論(以下,税方式)が再燃し,有力な意見を形成しつつある。

その背景には,従来から論じられてきた空洞化問題および第3号被保険者 問題への解決策に加えて,新たに年金記録漏れ問題で公的年金への信頼感が 揺らぎ,その対応策が必要なこと,さらに社会全体の格差拡大に関し,格差 縮小策の一つとして低所得者層への年金給付を厚くしようとすること,など が挙げられる。さらに加えて,基礎年金の国庫負担を29年度までに1/2に 増額するため,財源として消費税が考えられており,これを機に税方式への 移行が論議されているのである。

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しかし,これらの諸課題を一緒にして税方式の論議をするのは妥当とはい えず,それぞれ整理して論ずる必要があろう。

まず,年金記録漏れ問題は,年金制度運営上の実務的なことで,年金制度 の改革や再構築と直接結びつく問題ではない。記録漏れ問題については,厚 生労働省,社会保険庁など関係機関は原因究明と再発防止に全力を注ぎ,責 任を明確にして,国民の信頼回復に努めることが極めて大切である。つぎに,

社会における格差拡大に対する是正策は,年金問題に限らず,あらゆる部面 において,広い視野から,経済政策全般にわたって論じられて然るべき問題 である。

!

全額税方式移行の困難性

さて,税方式論では,そのメリットが強調されるあまり,新たに発生する であろう不公平や移行の実現性が軽視されているようである。たしかに税方 式にすることにより,保険料の未納・滞納や未加入の問題は解消し,専業主 婦の保険料無負担についての不公平感もなくなり,さらに事務費の軽減・効 率化が図られることも確実であろう。

しかしながら,負担と給付の格差は別の形で残り,さらに,一層不公平感 が増すことも懸念される。すなわち,長い間保険料をきちんと支払ってきた 人と適当に支払ったり支払わなかった人とが同様に遇されるとしたら,その 不公平感は大きい。例えば,真面目に40年間保険料を納付した人と半分の2 年しか納付しなかった人が同額の給付では,とても納得は得られないであろ う。

また,保険料を納付し終わって,年金受給をする人が,再び年金目的税と しての消費税を負担するのでは,2重の負担をすることになる。これを解消 するには,極めて長期の移行期間が必要となる。

経済財政諮問会議では,二つの選択肢の一つが全額税方式への移行で,そ 社会保険の現代的課題(石田) −67−

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の場合,消費税を財源として,現行の5%に加えて,5%から7%の消費税 が必要とされ,合計10%から12%になると示された。このうち2%は保険料 未納者・未加入者への給付分とされるが,一部の未納者分を国民皆で負担す ることが妥当なのかどうか,未納分は給付もないのが一般的であろう。逆に 全額税方式は公的扶助と同様で最低保障とするため,有力な案では年収1 万円以上は基礎年金給付が受給できないことになる。これもまた不公平感を 増幅しそうで,きちんと税金・社会保障料を払い,住宅ローンや子供の教育 費も負担して,基礎年金給付の対象からはずされるのは,容認できないであ ろう。

税方式では,負担と給付の関係がないことから,将来給付引上げの要請が 強くなる可能性もあり,その際にも年金財政が窮迫することも危惧される。

また,万が一にも基礎年金(7%)に加え,高齢者医療,介護保険も消費 税財源でということになれば11%は必要とされ,現行の5%を合計すると2

%となって,これにはとても合意が得られないであろう。

税方式へ移行すれば,勤労者の企業負担分が軽減され,その分法人税に回 るなら良いが,結局国民の負担となる。それでなくとも所得税など税制にも 不公平なところがあり,いよいよもって国民は過重な負担に喘ぐことになろ う。

いずれにしろ,現行の保険料方式を税方式に移行するには,障壁が高すぎ て,困難と思われる。

年金財政の持続可能性

6年末に,新しい将来推計人口が発表され,それに基づいた厚生年金の 将来の給付水準の試算が,27年2月に公表された。それには,出生率の動 向と経済の実質成長率の,それぞれの数値見通しによる6パターンが示され ている。そのうちの中位推計・中間推計によるモデル計算では,出生率を

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1.6,実質経済成長率を1.0%とした場合,厚生年金に40年加入の会社員と 専業主婦のモデル世帯では,年金給付水準は現役世代の平均収入に対し,現 行の59.7%,年金月額22万7千円が51.6%,30万5千円になると試算されて いる。これはあくまでも,設定した条件が順調なケースでのモデル計算であ り,実現値が出生率1.6%,実質経済成長率0.6〜0.7%の場合には,現役世 代の平均収入の43.9%まで落ち込むケースも示されている。

このように将来の年金給付水準は,出生率・人口の増減,経済成長などに 大きく左右されるのであり,人口増加のための環境改善や安定的な経済成長 のために力を注ぐことが第一である。しかし,それだけでは十分とはいえず,

さらなる改革も視野に入れた論議が必要である。

年金財政の基本は,負担と給付の均衡を保つことであり,当面は負担の引 き上げ,給付の引き下げや,支給開始年齢を繰り下げることで給付総額を削 減することも考えられ,さらに年金資産の運用収益を増大させて,年金財源 に繰り入れることも重要である。

保険料の引き上げは,現在実施されており,24年の年金改正で保険料水 準固定方式により,上限を国民年金で月額1万60円,厚生年金で年収の 8.3%と設定されているが,なお経団連・産業界などは厚生年金保険料率の 5%への引き下げを求めている。年金給付水準については,現役世代の収入 の5割を維持することとされているが,この水準を維持できるのか,危ぶむ 見解もある。もっとも,マクロ経済スライドにより自動的に給付水準が引き 下がることもあり得るので,現役世代の5割を中心に上下する可能性がある。

なお,欧米諸国のように年金支給開始年齢の繰り下げも一つの方策として,

将来的な課題であろう。

○ドイツ……支給開始年齢につき,27年3月に改正法が成立し,現行65歳 を67歳に,22年から29年にかけて段階的に移行する。

社会保険の現代的課題(石田) −69−

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○フランス……現在保険料を40年間支払って年金を満額受給できるのを41年 9ヶ月に,段階的に29年から20年にかけて移行する。

○イギリス……女性の支給開始年齢60歳を男性と同じ65歳に,20年までに 繰り下げる。なお,基礎年金の支給開始年齢を25年までに68歳に繰り下 げる案も検討されており,この場合,給付水準を少し高めることも検討さ れている。

○アメリカ……現行支給開始年齢65歳を27年までに67歳に繰り下げること を,すでに13年に決定してある。

○ベルギー・オーストリア……女性の支給開始年齢62歳を65歳に移行する。

このように欧米諸国は,中長期を見据えて支給開始年齢の繰り下げを実施 しようとしている。わが国の場合,厚生年金の支給開始年齢は21年から 5年にかけて60歳から65歳に移行中であるが,世界一の長寿国であり,年 金受給期間も長い。年金給付費の抑制を図るために,さらに支給開始年齢を 繰り下げることも近い将来論議されるかも知れない。

これらとは別に,年金資産の運用のあり方も年金財政にとって重要な要因 である。

国民年金と厚生年金とを合わせて,公的年金積立金は約10兆円あり,厚 生労働省所管の独立行政法人が管理・運用する部分が6割で,自治体への融 資や財政融資資金として運用されている。残りの4割,約60兆円が市場運用 に回されており,安全性を重視した運用方式である。こうしたことから,高 利回り・高収益が望めないため,別に「投資ファンド」を設立して,よりハ イリスク・ハイリターンの運用を求める案もあるが,慎重論も多く,今後の 検討課題である。

かくして,年金財政をめぐって,財源として保険料,税,資産運用益をど のような比率で組み合わせるか,消費税を含む税制の問題,支給開始年齢繰 り下げと高齢者雇用環境の整備など総合的な論議が必要である。

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被用者年金一元化論をめぐって

年金制度の一元化が望ましいのは当然で,すでに14年にその方向は閣議 決定されていた。総論としてはほとんど異論はないが,問題は各論で,どの ように一元化するのか,そのプロセスと内容がむずかしい。

理念としては,全国民共通の制度にして制度的な差異をなくし,公平・平 等を推進する。すなわち官民格差・民間格差を解消して,公的年金に対する 国民の信頼を高めようとする趣旨である。

今回,全年金制度一元化への過程として,厚生年金保険と共済年金の被用 者年金一元化が基本方針として決定,法案化された。

まず,保険料率の統一について,公務員の方が0.8%〜1.6%保険料率が低 いのを是正するため,20年から共済の保険料率を段階的に引き上げ,2 年に公務員共済と厚生年金を統一し,27年には私学共済とも統一する。

つぎに,官の優遇の是正に関して,19年に国家公務員,12年に地方公 務員が恩給制度から年金制度に切り替わり,その当時の在職者につき年金制 度加入前の分を,恩給の代替部分として,税による追加費用で給付に充てて いる。この追加費用を28年から削減し,このため年金受給中のOBの年金 額減額については,民間企業で財産権の侵害として訴訟になったケースもあ り,これに配慮して年金年額で20万円を保証したため,実際には7%の削 減になる。

さらに,共済年金の職域加算について,民間の企業年金相当分で,いわゆ る3階部分・上乗せ部分とされているが,これを20年から廃止する。ただ し公務員OBの給付は存続させる。なお,職域加算に代える新しい上乗せ年 金を創設する案もある。

最後に,共済年金における遺族年金の転給について,共済年金では遺族年 金受給者の死亡後も父母や孫へ遺族年金の受給権が移る独自の制度があるが,

これを廃止することになる。

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参照

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