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近代 日本 にお ける地 方都 市 商 人層 の動 態 明 治 中期,金 沢 市の 事 例 か ら

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35

〈論 説 〉

近代 日本 にお ける地 方都 市 商 人層 の動 態

明 治 中期,金 沢 市の 事 例 か ら

松 村 敏

900

4

目 次

課 題

商 業 者 開 廃 業 の 具 体 相 一 『北 国 新 聞 』(1939年)「 寸 描 立 志 伝 」 を素 材 に 一

「商 業 者 交 名 簿 」 の 概 要 一1894・95年 の 商 業 者 数 な ど一一 廃 業 率 ・開 業 率 ・代 替 わ り率

(1)概 要

(2)業 種 的 ・地 域 的 特 徴 店 舗 の 移 動,規 模 の 移 動

結 論

課 題

本 稿 は,1894・95(明 治27・28)年 度 の 金 沢 市 「商 業 者 分 賦 等 級 別 交 名 簿 」(以 下,「 商 業 者 交 名 簿 」 ま た は 「交 名 簿 」 と略 記)等 に 基 づ い て,明 治 中 期 の 同 市 に お け る商 人 の 動 態 を 分 析 す る こ と を課 題 とす る 。

日本 に お い て 中 小 商 業 が 本 格 的 に 研 究 さ れ る よ う に な っ た の は1930年 代 で あ り,以 後 現 状 分 析 的 な 研 究 が 継 続 され て き た 。 そ し て1990年 代 以 降 の 長 期 不 況 の な か で,と りわ け 地 方 都 市 に お い て は 随 所 に 商 店 街 の 衰 退 が み ら れ る よ う に な り,こ れ は 今 後,少 子 化 の 加 速,人 口減 少 に よ り一 層 進 行 す る と予 想 さ れ て い る 。 また わ が 国 全 体 と し て企 業 ・事 業 所 の廃 業 率 が 開 業 率 を 上 回 る事 態 が 製 造 業 ・小 売 業 を 中心 に現 出 し,こ ん に ち の 現 状 分 析 的 な 中小 企 業 研 究 や 商 業 学 研 究 に お い て は,こ う した 開 廃 業 を め ぐ る 問 題 は ホ ッ トな研 究 課 題 と な っ て い る 。

翻 っ て 中小 小 売 商 の 歴 史 的 実 態 は,比 較 的 最 近 ま で あ ま り顧 み ら れ る こ とが 多 く なか っ た が, 近 世 日本 史研 究 に お い て は 江 戸 を 中心 と した 都 市 史 研 究 と も関 連 し て,ま た 近 代 日本 経 済 史 の 分 野 で も,産 業 史 や 流 通 史 の 視 点 か らの 個 別 経 営 史 的 研 究 に 止 ま らず,戦 前 日本 に お け る 在 来 産 業 や 第 三 次 産 業 の 高 い 比 重 と い う指 摘 に 関 心 を喚 起 され て,商 業 者 の 数 量 的 分 析 や 特 定 時 期 の 商 業 者 の 動 態 を 把 握 せ ん とす る研 究 な どが 現 れ つ つ あ る(1)。 しか し近 代 に 限 っ て い え ば,資 料 的 制 約 もあ っ て零 細 業 者 を含 め た 業 者 数 の 動 向 や 現 在 関 心 が 寄 せ られ て い る 開 廃 業 率 の 動 向 と い っ た 基 本 的 な 点 を含 め て,ま だ 広 大 な 未 開 拓 の 領 域 が 存 在 して い る よ う に 思 わ れ る。

筆 者 は こ う した 研 究 の 現 状 の な か で,近 代 日本 都 市 史 研 究 の 一 環 と して,明 治 期 金 沢 市 に お け

(2)

る 商 業 構 造 の 分 析 を 試 み つ つ あ る 。 本 稿 は,1895年 時 点 に お け る 同 市 商 業 の 地 域 ・業 種 ・規 模 ・性 別 の 視 点 か らの 分 析 を行 っ た 前 稿 を ふ ま え て(2),94年 ・95年 の 比 較 に よ っ て そ の 動 態 の 解 明 を 試 み る 。 す な わ ち 商 業 者 の 開 廃 業 の 程 度 や そ の 要 因,店 舗 や 規 模 の 移 動 な どに 関 心 を 向 け

る 。

1890年 代 半 ば の 金 沢 は,近 代 初 頭 以 来 続 い て い た 長 期 の 人 口 減 少 ・都 市 衰 退 過 程 の 末 期 で あ り,そ の 後 の 発 展 も緩 慢 な もの で あ っ た 。 上 記 の よ う な ご ん に ち の 地 方 都 市 に お け る 商 店 街 の 衰 退 の 進 行 を 念 頭 に お く と き,中 小 商 業 の 動 態 の 歴 史 的 な検 討 は,こ ん に ち の 中 小 商 業 を め ぐ る 問 題 の 歴 史 的 位 置 を確 認 し今 後 を展 望 す る う え で も一 定 の 意 義 を も っ て い る と考 え ら れ る 。

も っ と も本 稿 の 試 み は連 続 した わ ず か2年 の デ ー タの 比 較 に よ る き わ め て 限 られ た動 態 分 析 で あ り,長 い 時 間 的 経 過 の 中 に お け る ほ ん の 一一瞬 の 動 き を手 掛 か り とす る に止 ま る 。 そ こ か ら ど こ ま で 明 治 中期 金 沢 の,さ ら に は 近 代 日本 の 商 業 の ダ イ ナ ミズ ム や 商 業 者 の 特 質 を捉 え る こ とが で き る か,こ れ が 本 稿 の 課 題 で あ る 。

は じめ に 明 治 中 期 の 金 沢 の 状 況 につ い て簡 単 に 説 明 して お こ う。 こ の 時 期 の 同 市 に は,廃 藩 以 来 な お 多 数 の 旧 加 賀 藩 士 士 族 が 居 住 し て い た 。 明 治 初 期 に 金 沢 の 人 口 の 約4割 は 十 族 で あ っ た が,そ の 後 金 沢 の 都 市 衰 退 と と も に1890年 代 半 ば 頃 ま で と く に 十 族 の 他 地 域 へ の 流 出 が 進 ん だ 。 そ して 日清 戦 後 以 降 人 口 が 底 を打 ち 市 勢 が 上 向 きに な る と と も に 士 族 の 流 出 も ほ ぼ 終 息 した が,そ れ で も 明 治 後 期 に 士 族 の 本 籍 人 口 割 合 は 約3割 に 上 っ て い た(3)。こ う し て1890年 代 後 半 以 降 は 市 内 の 旧加 賀 藩 士 士 族 もそ れ な り に安 定 し た 生 活 を得 られ た と推 定 さ れ る が,そ れ ま で 士 族 は官 員 ・市 吏 員 な ど の 公 務 職 以 外 に 安 定 した 職 を 見 い だ し難 く,商 業 に 参 入 し て は 失 敗 す る 者 も きわ め て 多 か っ た(4)。 も っ と も廃 藩 後 商 業 経 営 に 参 入 し て 成 功 し た 士 族 も あ る 程 度 は 存 在 す る(5)。し か し商 業 者 の 大 半 は 平 民 に 違 い な く,ま た そ の 多 く は農 村 部 か らの 流 入 者 で は な く都 市 内 部 の 出 身 者 だ っ た と思 わ れ る 。 な に よ り も こ こ は ま だ都 市 衰 退 の 過 程 に あ り,人 々 を 吸 引 す る 力 は 甚 だ 弱 か っ た の で あ る。

こ の 時 期 の 金 沢 の 産 業 構 造 に つ い て は,羽 二 重 織 物 業 な どの 近 代 産 業 の 発 展 も本 格 化 し て お ら ず,近 世 城 下 町 以 来 の 商 業 と,箔 や 漆 器 ・友 禅 な ど 同 じ く近 世 以 来 の 諸 工 業 を 中心 とす る在 来 的 な 自営 商 工 業 者 が 分 厚 い層 を な し,雇 用 労 働 者 も小 営 業 主 の 下 で の 「小 僧 」 ・職 人 な ど が 主 体 で あ っ た(6)。

本 稿 で 利 用 す る 「商 業 者 交 名 簿 」 に 掲 載 さ れ た 商 業 者 は,し た が っ て 上 級 に お い て は 都 市 最 上 層 の有 力 商 人 で あ り,最 下 級 は ほ とん ど都 市 最 下 層 と接 続 す る とい う非 常 に 幅 広 い 階 層 に跨 が っ て い る。 そ し て こ の 時 期 の 商 業 失 敗 者 の 中 に は 「貧 民 」 と して 救 護 施 設 に収 容 さ れ る者 も少 な く な か っ た の で あ る{7)。そ う した 商 業 者 の 具 体 的 な イ メ ー ジ を つ か む た め に,ま ず 「北 国 新 聞 』 (1939年)に 連 載 さ れ た 「寸 描 立 志 伝 」 を素 材 と し て,ほ ぼ成 功 事 例 に 限 られ る が 零 細 商 業 者 た ち の個 別 事 例 を 通 じ て 商 業 者 の 具 体 的 な キ ャ リ ア や 開 廃 業 の 諸 相 を 一 瞥 し,次 い で1894・95年 の 動 態 分 析 を行 う。

(3)

近代 日本 における地方都 市商人層 の動態37 注

(1)1897年 以 降 を対 象 に 国税 営 業 税 の デ ー タ に基 づ い て 分 析 した 松 本 貴 典 「明 治 大 正 期 の 日本 に お け る物 品 販 売 業 の全 国 展 開 」(安 藤 精 一 ・藤 田 貞 一 郎 編 『市 場 と経 営 の 歴 史 』 清 文 堂,1996年,所 収),松 本 貴 典 ・奥 田都 子 「戦 前 期 日本 に お け る在 来 産 業 の全 国 展 開 」(中 村 隆 英 編 「日本 の 経 済 発 展 と在 来 産 業 』 山川 出 版 社,1997年,所 収),両 大 戦 間期 東 京 にお け る 中小 自営 商 業 者 の 動 態 を都 市 史 の 視 点 も重 視 し て論 じた 山 口 由 等 「両 大 戦 間期 東 京 市 の 商 業 自営 業 者 問 題 」(東 京 大 学 「経 済 学 研 究 』41号,1999 年),戦 後 復 興 と い う変 動 期 に お け る小 売 商 業 の動 態 を分 析 し た柳 沢 遊 「戦 後 復 興 期 の 中 小 商業 者 」(原 朗 編 『復 興 期 の 日本 経 済 』 東 京 大 学 出 版 会,2002年,所 収)な どが あ り,と くに 山 口 由 等 論 文 は,時 期 と対 象 は異 な るが 都 市 史 の 視 点 を重 視 して い る点 で,筆 者 の 問 題 意 識 と重 な って い る 。

(2)拙 稿 「明 治 中 期,金 沢 市 商 業 の 構 造 」(以 下,「 金 沢 市 商 業 の 構 造 」 と 略 記,『 市 史 か な ざ わ 』7 号,2001年,所 収)。 な お,近 世 後 期 金 沢 の 商 業 につ い て は,水 上 一 久 「城 下 町 金 沢 の 職 業 構 成 」(「金 沢 大 学 法 文 学 部 論 集 』 哲 学 史 学 編,9号,1961年)が 文 化8年 を対 象 と した分 析 を行 っ て い る。 両 論 文 を比 べ る と,明 治 中期 の 同 市 商 業 は,尾 張 町 ・十 間 町 な ど市 内 中心 部 に米 仲 買 商 や 問屋 ・旅 人宿 が,笠 市 町 に菅 笠 商 が 集 中 し,ま た都 市 民 ・周 辺 農 民 を顧 客 とす る古 着 ・古 道 具 商 が き わ め て 数 多 く存 在 す る な ど,な お 近 世 後 期 の 特 徴 を色 濃 く残 して い た とい え る 。

(3)以 下,明 治 中 後 期 金 沢 市 の 人 口 動 態 や 経 済 構 造 に つ い て は,拙 稿 「金 沢 市 明 治 中 後 期 の 経 済 構 造 と 行 財 政 」,安 田 浩 「第 一 次 世 界 大 戦 前 後 の金 沢 市 の行 財 政 と政 治 状 況 」(と も に大 石 嘉 一・郎 ・金 澤 史 男 編 著 『近 代 日本 都 市 史研 究 』 日本 経 済 評 論 社,2003年,所 収)。 本 稿 で 分 析 す る94年 ・95年 の 比 較 に よ る動 態 の う ち,全 体 の 開 廃 業 率 につ い て は,同 書,249〜250頁 にす で に 述 べ て あ る 。 ま た 明 治 期 金 沢 士 族 の 動 向 に つ い て は,小 山 隆 「士 族 の 地 域 的 移 動 傾 向 に 就 い て 」(『季 刊 社 会 学 』2輯,1931年),同

「婚 姻 を通 して 見 た る士 族 の社 会 」(『季 刊 社 会 学 』4輯,1932年)が 得 難 い調 査 を 行 っ て い る。 小 山 は こ の論 文 に お い て,平 民 を主 体 とす る 自営 商 工 業 者 は 店 舗 を構 え る な ど一 定 地 域 へ の定 着 性 を 要 求 さ れ る の に対 し,士 族 の 方 が 土 地 に 対 す る定 着 性 を 失 っ て よ り多 くの 者 が 金 沢 か ら流 出 して い っ た こ と・ ま た士 族 内 部 で は,も と も と生 活 水 準 が 低 い 下 級 士 族 は様 々 な生 業 に 従 事 して 土 地 移 動 性 が 少 な か っ た の に対 し,旧 平 士 以 上 の 士 族 の 方 が 流 出 す る割 合 が 高 く,明 治 維 新 に よ る社 会 的 変 動 は 旧 中級 以 上 武 士 の 方 が 大 きか っ た こ と,士 族 の優 越 意 識 も 日清 ・日露 戦 争 を契 機 に 著 し く衰 えて ゆ き,そ れ に伴 って 士 族 同士 の 通 婚 割 合 も低 下 し て い っ た こ とな ど を指 摘 して い る。 した が っ て金 沢 の 商 業 界 に参 入 した 士 族 も 主 に下 級 の そ れ だ っ た と思 わ れ る 。 そ の 若 干 の 具 体 的 な 事 例 が,田 中 喜 男 『わ が 町 の 歴 史 金 沢 」(文 一 総 合 出 版,1979年)158〜161頁 に記 さ れ て い る 。

(4)そ れ と符 合 す る よ うに,1889年 の 市 制 施 行 後,金 沢 市 政 は主 に士 族 層 内 部 の 対 立 に よ り混 乱 を き わ め る の で あ るが,そ れ は市 吏 員 の ポ ス トを め ぐ る争 い で もあ っ た 。 そ して1890年 代 後 半 以 降 市 勢 が 上 方 に反 転 して ゆ く と,そ れ まで の よ う な士 族 層 内 部 の対 立 が 影 を潜 め て い っ た(前 掲,拙 稿 「金 沢 市 明 治 中 後 期 の 経 済構 造 と行 財 政 」)。

な お,旧 加 賀 藩 士 士 族 が 官 員 に な っ た 者 以 外 は窮 乏 して い っ た こ と を具 体 的 な事 例 に よ り紹 介 した 最 近 の研 究 と して,磯 田 道 史 『武 士 の 家 計 簿 」(新 潮 新 書,2003年)第5章 が あ る。 また 前 掲,小 山 「婚 姻 を 通 して見 た る士 族 の 社 会 」 は,金 沢 区 裁 判 所 保 管 の 「身 分 登 記 簿 」(1898〜1914年)に よ っ て 士 族 と平 民 の通 婚 を検 討 し,士 族 の 職 業 を 「無 業 」 「公 務 自 由業 」 「商 業 」 「工 業 」 「其 の他 」 な どに 分類 して い るが,「 其 の 他 」 の 中 に は 人 力 車 夫 ・日稼 が 相 当 数 あ り,ま た 「工 業 」 で は 箔 打 職 人 が 最 も多 く,実 際 に士 族 が こ う した 下 層 社 会 特 有 の 職 業 に就 い て い た こ と を示 して い る。

(5)前 掲,拙 稿 「金 沢 市 明 治 中後 期 の経 済構 造 と行 財 政 」251頁 。

(6)象 嵌 細 工 職 人 で あ っ た 父 の 死 去 に よ り金 沢 に帰 郷 した 泉 鏡 花 が 実 家 の 家 計 困 難 の た め 一・時 自殺 を決 意 した の も こ の 頃(1894年)で あ っ た(『 新 編 泉鏡 花 集 』 第1巻,岩 波 書 店,2003年,「 解 説 」 参 照)。 な お,も ち ろ ん 北 陸 の 中核 都 市 と して,金 沢 市 に は種hの 政 治 行 政 ・軍 関 係 ・教 育 機 関 が所 在 し,医 師 ・ 代 言 人(弁 護 士)な どの 新 中 間層 的 専 門 職 業 人 も少 な くな か っ た(前 掲,拙 稿 「金 沢 市 明 治 中 後 期 の 経 済 構 造 と行 財 政 」240^‑241頁,前 掲,安 田 「第 一 次 世 界 大 戦 前 後 の 金 沢 市 の 行 財 政 と政 治 状 況 」290

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〜291頁)。

(7)前 掲,拙 稿 「金 沢 市 明 治 中 後 期 の 経 済 構 造 と 行 財 政 」274頁 。

1商 業 者 開 廃 業 の 具 体 相 一 『北 国 新 聞 』(1939年)「 寸 描 立 志伝 」 を素 材 に一

『北 国新 聞 』(1939年3月 〜4月)に 連 載 され た 「寸 描 立 志 伝 」 の 記 事 か ら,掲 載 され た 商 人 な ど28名(1939年 時,飲 食 店 経 営3名 ・工 業 会 社 経 営4名 ・医 師2名 を 含 む)の キ ャ リ ア を 一・覧 表 に し た の が 表1で あ る 。 こ こ に あ ら わ れ て い る の は,幕 末 ・明 治 初 期 〜1900年 代(明 治 後 期)に 出 生 し,1939年 頃 成 功 し て い た 者 で あ る。 こ の う ち 数 名 の 商 業 者 は,次 章 で 分 析 す る 1894・95年 の 「商 業 者 交 名 簿 」 に 登 場 し て お り(表1の 備 考 欄),「 寸 描 立 志 伝 」 の 記 事 と照 合 す る と,た と え ば 後 述 の よ う に 「交 名 簿 」20等 級 前 後 の 商 業 の 零 細 性 か つ 経 営 の 不 安 定 性 が 窺 わ れ る(谷 広 喜 一 ・不 島次 三 郎 な ど)。 ま た こ の 表 か ら読 み 取 れ る こ とは 以 下 の 諸 点 で あ る 。 (1)出 身 地 域 は,金 沢 市 内14名(推 定5名 を 含 む),近 郊 町 ・農 村6名,能 登 地 方 ・富 山 県4

名,遠 隔 地4名 で あ り,市 内 ・市 外 各 半 数 で あ っ た 。 遠 隔 地 か ら の 流 入 者 は1910年 代 以 後 の 流 入 が 多 く,明 治 期 は大 部 分 の 市 内 出 身 者 と若 干 の 近 郊 出 身 者(富 山県 石 動 を含 む)で あ り, 市 内 へ の 流 入 は ま だ 限 られ た もの で あ っ た こ とが こ れ か ら も推 定 され る(1)。ま た 市 外 出 身 者 で も市 内 に流 入 し て い き な り開 業 す る 場 合 は 例 外 的 で あ り(島 清 之 助 は来 沢 と と もに 運 送 屋 を 開 業 して い る が,実 家 〔小 松 町〕 が 運 送 屋 だ っ た か ら支 店 開 設 に 近 い),小 僧 ・丁 稚 な ど を 経 て 開 業 して い る(2)。

(2)出 身 階 層 は,「 立 志 伝 」 で あ る か ら当 然 な が ら ほ と ん どが 下 層 で あ る。 す な わ ち 没 落 商 家 ・ 雑 業 層 ・貧 困 層 が 多 く,ま た 幼 少 時 に 父 親 が 死 亡 した 者 もめ だ つ 。 また 家 業,父 親 が 営 む 商 業

の 転 廃 業 の 要 因 につ い て は,古 道 具 商 ・古 着 商 等 業 種 の 斜 陽 化 や 経 営 悪 化 とい う事 情 が 記 され て い る 。

(3)続 柄 は,徒 手 空 拳 か ら立 ち 上 が っ て ゆ く場 合 は 親 の 資 産 を 継 承 で きな い 次 男 以 下 が 多 い と予 想 さ れ る が,こ こで は 長 男 も多 い 。 こ れ は 市 内 な い し近 郊 の 町 場 出 身 者 で,継 承 す べ き土 地 が

も と も と な く,家 業 の 廃 業,家 の 没 落 な どの た め,無 資 産 だ っ た た め で あ ろ う。

(4)低 学 歴 。 無 学 歴 や 小 学 校 卒,小 学 校 中 退 が 多 く,学 齢 期 に 労 働 に従 事 した 者 も古 い 時 期 ほ ど め だ つ 。

(5)自 ら商 店 を 開 業 す る に い た っ た コ ー ス を ラ フ に描 け ば,ま ず10歳 代 を 中 心 に 中 規 模 以 上 の 商 家 の 見 習 い ・小 僧 ・丁 稚 と な り,20歳 代 後 半 前 後 の 時 期 に 見 習 い の 際 と ほ ぼ 同 業 種 で ,少 額 の 資 金 に よ り開 業 す る とい うパ タ ー ン と な ろ う。 見 習 い 等 と して 入 る 商 家 は,商 業 専 業 の 場 合 も あ る が 製 造 や 修 繕 加 工 を伴 う 商 業 も多 く,そ の 場 合 見 習 い な ど は 職 人 と し て の 技 能 養 成 も 目的 に 含 ん で い る 。 ま た 店 舗 開 業 の 前 に,行 商 ・屋 台 引 の 経 験 を して い る場 合 もめ だ つ 。 さ ら に見 習 い 時 の 業 種 と の 競 合 を 避 け て 異 業 種 店 舗 を 開 業 す る 場 合 も あ る し,家 業 手 伝 い な どの う え に そ れ を 継 承 す る場 合 も あ る 。 見 習 い ・丁 稚 を 経 て 開 業 す る際 に 同 時 に妻 帯 す る 場 合 が 多 い

(5)

近 代 日本 にお ける地方都市 商人層 の動 態 39

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近 代 日本 におけ る地 方都市商 人層 の動態 41

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(9)

近代 日本 にお ける地方都 市商人層 の動態 43

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(10)

と推 測 さ れ る が(見 習 い 等 の 際 は 単 身 で の 住 込 が 多 い の に対 し,独 立 し た 小 規 模 自営 商 業 の 場 合 は妻 が 重 要 な家 族 従 業 員 と な る),記 事 か らは 不 明 で あ る。 と もあ れ 日本 で は 比 較 的 最 近 ま で,経 験 と努 力 に よ っ て 一 国 一 城 の 主 た る 自営 業 主 と な る とい う上 昇 コ ー ス が,高 い 教 育 を 受 け る こ と に よ る上 昇 を め ざ せ な い 人 々 に 開 か れ て い た の で あ る が(3),明 治 期 に お い て は む し ろ こ う した 上 昇 コ ー ス を め ざ す 方 が 圧 倒 的 多 数 派 だ っ た の で あ り,こ こ に示 さ れ た 自営 商 業 主 へ の コ ー ス こ そ 当 時 の都 市 とそ の 周 辺 の 若 者 に と っ て 最 も一 般 的 な上 昇 コ ー ス で あ っ た 。 (6)転 業 の 契 機 は,父 親 の 死 亡 ・重 病,自 営 お よ び 勤 務 先 の 経 営 破 綻 に よ る 。 経 営 失 敗 の 要 因 は

きわ め て 多 様 で,=金 沢 市 内 の 例 で は な い が 福 田 義 正 の よ う に 零 細 米 屋 経 営(大 阪)が1918年 の 米 騒 動 で 挫 折 し た と い う ケ ー ス も あ る 。

(7)店 舗 の 移 動 は,経 営 の 一 定 の発 展 に よ り都 市 の よ り中 心 へ 進 出 す る例 が 多 い 。

(8)し か し安 定 性 を含 意 す る 「家 業 」 な ど とい う よ り,生 きて ゆ くた め の 必 死 の 模 索 と い うべ き もの で あ る。 移 動 も多 い か ら,農 村 社 会 や1960年 代 〜80年 代 の 中 小 小 売 商 業 安 定 期(後 述) と は異 な っ て,地 域 社 会 に根 を 下 ろ す と い う 具 合 に は な か な か な ら な か っ た 場 合 が 多 い と思 わ れ る。 明 治 中 期 に は 町 会 が 組 織 さ れ て い な い場 合 が 多 く,近 隣 関 係,町 民 の 一 体 感 も商 業 安 定 期 と は 若 干 異 な っ た も の で あ っ た こ とが 予 想 さ れ る 。

(9)女 性 の 「立 志 伝 」 は1つ も な い 。 こ の 「寸 描 立 志 伝 」 の 記 事 に よれ ば,一 般 に 女 性 の 商 業 者 は 寡 婦 か ま た は夫 を 支 え る た め の 商 売 と い う イ メ ー ジ を抱 か せ る。

しか し 「立 志 伝 」 の よ う な叙 述 的 な 資 料 は,概 ね こ の 時 期 の 零 細 商 業 者 の 特 徴 を 示 し て い る と は 思 わ れ る も の の,若 干 の 個 別 事 例 に す ぎ ず,ま た 当 時 の 人 々 が 有 して い た 認 識 な い し記 憶 で あ り,そ こ か ら は 以 上 の よ う な比 較 的 よ く知 られ た,か つ と もす れ ば 断 片 的 な 特 徴 な い し イ メ ー ジ しか 抽 出 で き な い 。 た と え ば 商 業 者 は どの 程 度 の 割 合 で 失 敗 した の か とか,女 性 は ど の 程 度 商 業 に 参 入 した の か,業 種 ご との 特 徴 は,な ど に は答 え て くれ な い 。 そ こで,以 上 の よ う な 商 人 の イ メ ー ジ を 参 考 と しな が ら,次 に 「交 名 簿 」 に よ る数 量 的 分 析 に 移 ろ う。

(1)む ろ ん 金 沢 に は 近 世 後 期 に も富 山県 西 部 を 含 む 加 賀 藩 領 か ら さ ま ざ ま な 商 人 ・奉 公 人 が 流 入 し て お り,明 治 期 に入 っ て もそ う した傾 向 は 基 本 的 に は継 続 した で あ ろ う 。 な お 人 の 移 動 に 関 して 近 世 後 期 と 明 治 期 は 連 続 的 で あ っ た こ と を 主 張 し た も の と し て,中 村 牧 子 『人 の 移 動 と 近 代 化 』(有 信 堂,1999 年)を 参 照 。

(2)山 口 由等 は,両 大 戦 間 期 東 京 の 自営 商 業 に お い て,都 市 外 か らの 流 入 者 に よ る 自 営 業 開 業 は 少 な く,

「地域 経 験 」 が 何 らか の 参 入 障壁 とな っ て い た こ と を 指 摘 して い る。 前 掲,山 ロ 「両 大 戦 間期 東 京 市 の 商 業 自営 業 者 問 題 」12・14頁 。

(3)佐 藤 俊 樹 『不 平 等 社 会 日本 」(中 公 新 書,2000年)第3章 。

(11)

近代 日本 におけ る地方都 市商人層 の動態45

2「 商 業 者 交 名 簿 」 の 概 要 一1894・95年 の 商 業 者 数 な ど一

1895年 度 の 金 沢 市 「商 業 者 交 名 簿 」(お よ び 「料 理 屋 税 」 「飲 食 店 税 」 「待 合 茶 屋 税 」 の 各 「交 名 簿 」)に つ い て は,す で に 資 料 の 説 明 と と も に,一 応 の 分 析 を 前 掲 拙 稿 「金 沢 市 商 業 の 構 造 」 で 行 っ て い る の で,資 料 の 性 格 等 に つ い て は あ らた め て 詳 述 しな い が,要 す る に,県 税 の 営 業 税 が1896年 に 国 税 に 移 管 され る ま で(施 行 は1897年),営 業 税 の な か の 商 業 税 や 料 理 屋 税 な ど は こ こ で は 市 会 が 外 形 標 準 に よ り各 業 者 へ の 賦 課 歩 合 を 決 定 し た か ら,賦 課 対 象 の 業 種 に つ い て は,各 業 者 の 外 形 標 準 「規 模 」 な どが こ の 「交 名 簿 」 に よ り判 明 す る わ け で あ る 。 そ こ で,複 数 年 の 「交 名 簿 」 に 基 づ い て,開 業 ・廃 業 ・転 業 ・店 舗 移 転 等,彼 らの 動 態 の 詳 細 を分 析 す る こ と が で き る はず で あ る 。

と こ ろ が,1896年 以 前 の 同 市 に つ い て,こ の 資 料 が 保 存 さ れ て い る の は,1894・95年 の み で あ る 。 営 業 税 が 国 税 に 移 管 さ れ た1897年 以 降 も,県 税 商 業 税 の 等 級 別 名 簿 類 は 存 在 す る が,そ

表2商 業税賦課 商業者

1894年 1895年

等級

男 性 女性 不 明 会 社 ・結 社 計 男性 女性 不 明 会社 ・結 社 計

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2 11 11 10 1 11

3 26 26 22 22

4 37 37 38 38

5 37 1 13 42 36 1 3 40

6 37 2 39 35 3 38

7 50 2 1 53 60 1 61

8 75 2 2 79 91 4 2 97

9 109 6 2 ill 117 5 2 124

10 160 3 32 168 196 22 102 230

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12 215 7 5 227 230 8 61 245

13 2Q1 14 5 220 192 18 4 214

14 338 18 31 360 284 15 s 305

15 379 26 71 413 340 24 5 369

16 331 23 5 359 316 22 3 341

17 382 25 10 417 340 25 8 373

18 X81 40 10 531 466 37 13 516

19 369 41 11 421 330 40 10 380

20 395 39 9 443 397 34 8 439

21 245 23 4 272 225 23 7 255

22 214 23 4 241 204 32 5 241

23 265 37 14 316 279 34 18 331

24 233 53 5 291 225 51 7 283

25 113 41 3 157 126 47 4 177

計 4,905 434 XO212 5>453 4,744 45$ 11711 5,330

(12)

れ は 国 税 と し て 賦 課 さ れ た 上 層 商 人 を 除 外 した も の で あ り,市 内 の ほ とん どの 業 種 に わ た る商 人 を網 羅 し た も の で は な い 。 した が っ て 賦 課 対 象 と な っ た 商 業 ・サ ー ビス 業 を 網 羅 的 に捕 捉 で き る の は,こ の 両 年 の み で あ る 。 ま た こ の 両 年 も,理 髪 業 ・湯 屋 ・貸 座 席 な ど は,県 で 統 一 的 な 賦 課 基 準 を 決 定 し て い た た め 「市 会 議 案 書 」 の 中 に 「交 名 簿 」 が も と も と存 在 し な か っ た り,商 業 税 ・雑 種 税 の 賦 課 対 象 に な っ て い な か っ た た め,業 者 名 等 を捕 捉 で きず 分 析 の 対 象 外 に な る 。 さ ら に た と え ば 醸 造 業 は工 業 税 の 賦 課 対 象 の た め,こ こ に あ ら わ れ る 「酒 」 「味 噌 」 「醤 油 」 等 の 商 人 は小 売 ま た は卸 売 業 者 の み で あ る こ と に 注 意 す る 必 要 が あ る 。

ま ず 表2に よ り,両 年 の 等 級 別 商 業 者 数 な ど デ ー タ の 概 要 を 示 し て お く(飲 食 店 等 は 後 掲 表 10を 参 照)。 ま ず 商 業 税 賦 課 商 業 者 数 は,1894年5,453名,95年5,330名 で(こ の 時 期 の 同 市 は前 述 の よ う に ま だ 人 口 減 少 期 で あ り,賦 課 商 業 者 数 も減 少 傾 向 に あ っ た),両 年 と も25等 に分 け て 賦 課 し,両 年 の各 等 級 の1人 当 た り賦 課 額 は ほ ぼ 同 じで あ っ た ω。 した が っ て 両 年 の 各 等 の 外 形 標 準 も ほ ぼ 同 一一と推 定 さ れ る。 とす る と,両 年 間 に 商 業 者 数 の 減 少 の み な らず,1〜3等 と い っ た トッ プ ク ラス の 外 形 標 準 を有 す る 商 人 の 減 少 もみ ら れ た の で あ る。 ま た 同 表 以 下,筆 者 が 氏 名 か ら性 別 を判 断 して,商 業 者 数 を カ ウ ン トし て あ る が,「 不 明 」 に分 類 さ れ た 者 も,女 性 の 可 能 性 が 高 い 者 が 非 常 に 多 い こ と に 注 意 され た い(2)。上 位 等 級 は 男 性 率 が 非 常 に 高 く,下 位 等 級 に な る ほ ど女 性 率 が 高 くな る こ と,仕 出 料 理 屋 に男 性 営 業 者 率 が,待 合 茶 屋 に 女 性 営 業 者 率 が 非 常 に 高 い こ とな ど も,拙 稿 「金 沢 市 商 業 の構造 」 で 指 摘 し た と お りで あ る 。

次 に,氏 名 が 同 一 年 の 原 資 料 に 複 数 回 あ らわ れ る者 に つ い て 検 討 して お こ う。 表3の よ う に, こ れ は料 理 屋(仕 出 料 理 屋 を 含 む,以 下 同 様)・ 飲 食 店 を 含 め て(待 合 茶 屋 営 業 者 は い な い),94 年 に 実 数 で184名,95年 に は170名 い た 。 大 部 分 は2回 あ ら わ れ る 者 で,3回 の 者 も9〜10名 い た 。 こ の う ち,資 料 に 「支 店 」 な ど と 明 記 し て あ る もの や,同 一 業 種 な い し 関 連 業 種,同 じ町 な い し近 隣 町 に所 在 す る も の は,同 一 人 物 に よ る複 数 店 舗 営 業(ま た は 同 一 店 で の 複 数 業 種 営 業)

表3複 数 店(ま たは複数 業種)営 業 者

1894年 1895年

2店 営3店

業 者 業 者 計 2店 営3店 営

業者 業者

延 人 数(料 理 屋 ・飲 食 店 を含 む〉

実 人 数(同 上)

同 町 所 在 営 業 者 実 数(同 上)

378 184 74

34830 17410 74

349 170 70

32227 1619

70 延 人 数(料 理 屋 ・飲 食 店 を含 ま な い)

実 人 数(同 上)

同 町 所 在 営 業 者 実 数(同 上)

249 121 15

22821 1147

15

223 109 12

208!5 1045

12

同業種営 業者実 数 同業種大分 類営業 者実数 同業種 ・同町所在営 業者実 数

27 33 4

261 312 4

28 33 3

28 321

3 注:1)94年 の3店 営 業 者 実 数 に は,会 社1(内 国通 運会 社).

2)複 数 の料 理 屋 ・飲 食 店 ・待 合 茶 屋 を営 業 す る 者 は い な い.

(13)

近代 日本 におけ る地方都 市商 人層 の動態47 と み な して よ い で あ ろ う が,ま っ た く無 関 連 業 種 で か つ 両 者 の 店 が 離 れ た 町 に所 在 し,し か も こ の 地 方 に比 較 的 数 多 い 姓 と名 の 場 合 な ど は(こ う し た 事 例 も あ る 程 度 存 在 す る),た ん に 同 姓 同 名 の 異 人 物 に よ る 営 業 の 可 能 性 も あ る 。 後 者 の 場 合,そ れ が 同 一 人 物 か 否 か は 大 き な 問 題 で あ り (同 一 人 物 で あ れ ば,そ れ 自体 興 味 深 い 経 営 形 態 で あ る),現 在 の と こ ろ こ の 点 を さ らに 究 明 す る 手 だ て が な い 。 い ず れ に せ よ 同 一 人 に よ る複 数 店 舗(ま た は複 数 業 種,以 下 同 様)営 業 は 経 営 規 模 や 経 営 形 態 な ど に 関 係 す る 重 要 な 点 で あ る の で,以 下 さ ら に追 求 す る と,料 理 屋 ・飲 食 店 を除 い た(つ ま り商 業 税 賦 課 の み の)複 数 回 記 載 者 は,実 数 で94年121名,95年109名 と約3分 の 2に 減 少 す る 。 す な わ ち 複 数 店 舗 営 業 者 の 中 で 料 理 屋 ・飲 食 店 と他 業 種 店 を兼 営 す る 者 が 非 常 に 多 か っ た(複 数 の 料 理 屋 ・飲 食 店 を営 業 す る 者 は 両 年 と も皆 無 で あ っ た)。 ま た 複 数 店 を 同 じ 町 に も っ て い た者 は,料 理 屋 等 を 含 め る と94年74名,95年70名 で あ っ た が,商 業 税 賦 課 の み の 者 で は そ れ ぞ れ15名 ・12名 と大 幅 に 減 少 す る。 つ ま り料 理 屋 ・飲 食 店 と商 店 を兼 営 す る 商 人 の 多 くは,そ の複 数 の 店 を 同 じ 町 内(ま た は 複 数 業 種 を 同 じ店)に も ち,ま た 同 じ町 に 複 数 店 を構 え る商 人 の 多 くは 料 理 屋 な い し飲 食 店 と商 店 を兼 営 し て い た の で あ る。

こ の よ う に 同 一 年 に 複 数 回 記 載 さ れ た 者 の 業 種 を,全 業 種 を23に 分 け た 大 分 類(前 掲 拙 稿

「金 沢 市 商 業 の 構 造 」 の22業 種 大 分 類 に 「料 理 屋 ・飲 食 店 等 」 を 加 え た 大 分 類)で カ ウ ン トす る と,最 も頻 度 の 高 い の が 両 年 と も 「料 理 屋 ・飲 食 店 等 」 で あ っ た が(94年66,95年65),彼 ら の 兼 営 業 種 の 大 部 分 は 「魚 」 「牛 肉 」 「八 百 物 」 「請 酒 」 な ど食 料 品 販 売 店 や 旅 人 宿 で,こ れ は 料 理 屋 ・飲 食 店 の 関 連 業 種 とい え る 。94年 の 例 で は,一 方 で 料 理 屋 ・飲 食 店 を 営 業 す る 複 数 回 登 場 者66名 の う ち,他 方 の 業 種 は 魚 商19名,牛 肉 商(卸 売 を含 む)13名,八 百 物4名,酒 ・醤 油 各3名,牛 乳 販 売2名(こ れ は と も に牛 肉 商 も営 業),豆 腐 ・四 十 物(乾 物)・ 白米 各1名,菓 子2名,旅 人 宿3名 で あ っ た 。 牛 肉 商(卸 売 を含 む)は 当 時 金 沢 市 に21店 しか な か っ た か ら, そ の6割 以 上 は 料 理 屋 ・飲 食 店 を 兼 営 して い た こ と に な る 。 これ は 当 時 牛 肉 を家 庭 で 食 す る 習 慣 が まだ 十 分 定 着 して い な か っ た こ と(牛 肉 は 料 理 屋 等 で 食 べ る もの だ っ た こ と)を 推 定 させ る 。 しか し奇 妙 な 業 種 取 り合 わせ の 者 もい る。 荒 物 と飲 食 店 を兼 営 す る(と 推 定 され る)者 が5名 い る ほ か,「 上 等 飲 食 店 」 の 兼 営 業 種 が 「ラ ン プ 等 」 ・「石 炭 油 等 」・「飼 鳥 等 」 で あ っ た り,「 下 等 飲 食 店 」 の 兼 営 業 種 が 「艦 縷 等 」・「地 所 建 物 仲 裁 」・「質 屋 等 」 で あ っ た り,さ ら に 「下 等 飲 食 店 」 と 「売 薬 受 売 」 な ど と い う者 もい る 。 表1の 谷 広 喜 一 の よ う に 朝 は青 物 を商 い,午 後 は 古 道 具 を 商 って い た よ う な 例 も あ る か ら(3),こ う した 組 み 合 わ せ もあ り得 な い こ と で は な い し,こ こ に あ げ た 事 例 で は,荒 物 の1名 と,ラ ン プ屋 以 外 は す べ て 同 じ町 で 料 理 屋 ・飲 食 店 と他 業 種 を 営 業 し て い た か ら,同 一 人 物 に よ る営 業 の 可 能 性 は き わ め て 高 い 。

料 理 屋 ・飲 食 店 以 外 で も 同 じ 町 に複 数 店 を 営 業 す る 者(前 述),同 業 種 を複 数 店 営 業 す る 者 は あ る 程 度 い た が,同 業 種 の 場 合 は 競 争 関 係 に入 らな い よ う に 同 じ町 に 所 在 す る こ と は少 な く,た い て い 競 争 圏 外 に な る 町 外 さ ら に か な り離 れ た 他 の 区 に支 店 を設 置 し て い た(4)。そ れ で も 同 業 種 店 を 同 じ町 内 に設 け て い た 者 も94年 に は4名 い た(表3)。

(14)

表4料 理 屋 ・飲 食 店 兼 営 の 魚 商 ・牛 肉 商 の 等 級(1894年) (1)魚 商

等級 総計 兼営 計 料理屋 仕 出料 理屋 上 等飲食店 下等飲 食店

5〜9 10‑14 15‑19 2025

14 50 77 36

5 3 7 4

1 1

5 12 33

12

計 177 19 2 935

(2)牛 肉 商

等級 総 計 兼営計 料理屋 上等飲 食店 下 等飲食店

12.14 15‑19 20‑25

7 8 6

5 6 2

4 2

1

4 2

計 21 13 6 1 6

注:等 級 は,魚 商 ・牛 肉商 の 等 級.

表5魚 商 ・牛 肉 商 兼 営 の料 理 屋 ・飲 食 店 の 等 級(1894年)

等級 料 理屋 仕 出料理屋 上等飲 食店

総計 兼 営計 魚商 牛 肉商 総 計 魚 商 総計 兼営 計 魚商 牛 肉商 計

‑⊥

ウ臼 り0

4 5

6 2 18 29 11

1 6 1

1 24

1

33 105 51

12 19 13

2

2

2

11

6 12 37 47 32

66 8 26 189 44 4 31 134

複 数 回 登 場 者 の 等 級 を 検 討 す る と,全 商 業 者 の 等 級 分 布 よ り全 体 と し て 上 位 に シ フ ト し て お り,複 数 店 舗 営 業 者 は 個 々 の 店 舗 も平 均 よ り若 干 規 模 の 大 き い こ とが わ か る。 た と え ば94年 の 料 理 屋 ・飲 食 店 営 業 者 を 兼 営 す る魚 商 ・牛 肉 商 を例 に と る と(表4),仕 出 料 理 屋18店 の う ち の 半 数(9店)は 魚 商 で もあ っ た が,他 方9等 以 内 の 上 位 魚 商 の3分 の1以 上 が 仕 出 料 理 屋 を 経 営 して い た 。 良 質 で 大 量 の 鮮 魚 確 保 の た め に 魚 商 の 兼 営 が 有 利 で あ り,有 力 魚 商 の 経 営 に と っ て も 仕 出 料 理 屋 兼 営 が 有 利 だ っ た 。 牛 肉 商 も上 位 等 級 の 者 は た い て い 料 理 屋 ・上 等 飲 食 店(こ れ らは 営 業 税 賦 課 の た め の 行 政 上 の 用 語 で あ るが,以 下 原 則 と して 括 弧 を つ け な い)を 兼 営 して い た と い え る 。 逆 に 魚 商 あ る い は 牛 肉 商 兼 営 の 料 理 屋 ・飲 食 店 の 等 級 を み る と(表5),と くに 魚 商 兼 営 の 仕 出 料 理 屋 が 上 級 に 偏 っ て い る こ とが 目 立 ち,仕 出 料 理 屋 の1級3名 全 部 と2級10名 中5 名 が 魚 商 兼 営 者 で あ っ た 。

し か し一 方 で,商 業 税 賦 課 業 種 の 下 位 等 級 の 店 舗 の み を複 数 営 業 す る 者 も少 な くな か っ た 。 例 え ば,中 村 仁 三 郎 な る 商 人 は,両 年 と も,木 ノ 新 保 二 番 丁 と長 町 一 番 丁 に 「炭 」 「炭 等 」 の 店 (18等 ・24等)を も ち,地 黄 煎 町 に も 「石 炭 油 等 」 「石 油 等 」 の 店(23等)を 構 え て い た 。 各 々

(15)

近代 日本 にお ける地方都市 商人層 の動 態49 は 小 規 模 な が ら燃 料 関係 の3店 舗 を経 営 し て い た 。 ま た 表1の 谷 広 喜 一 の 父 親 と推 定 され る 谷 広 善 右 衛 門 は,両 年 と も野 町 一 丁 目 に 八 百 物 店(17等)を,泉 新 町 に 古 道 具 店(20等)を 経 営 し て い た 。 こ う した 複 数 店 舗 経 営 者 が 中 堅 的 商 人 とみ なせ る か や は り零 細 商 人 だ っ た か は 難 し い と こ ろ で あ る が,表1の よ う に谷 広 喜 一 は子 供 の 頃 「貧 困 の た め 」 自 ら行 商 を し,か つ 小 学 校 入 学 も遅 れ た とあ る か ら,一 概 に複 数 店 舗 経 営 者 が 中 堅 的 商 人 と もい え な い よ うで あ る 。 つ い で に い え ば,17等 〜20等 は 最 下 層 等 級 と は い え な い もの の,「 寸 描 立 志 伝 」 の 記 述 で は 「零 細 」 と か

「没 落 の 古 着 商 」(不 島 次 三 郎,19等)と あ る 。 立 志 伝 の 叙 述 の た め 出 自 を 意 図 的 に 困 難 な 階 層 と しが ち と は い え,不 島 次 三 郎 も家 業 の 古 着 商 を継 承 して い な い こ と な ど に注 意 す る 必 要 が あ る 。 そ う し た 点 か らみ て も,21〜25等 の 最 下 層 は 行 商 ・露 天 を含 む 著 し く小 規 模 な 営 業 で あ っ た こ と が わ か る(ひ)。

(1)た と え ば1等 は,94年52円98銭,95年53円 な ど と,1等 〜12等 は 両 年 の 賦 課 額 は 僅 少 差 で あ り,13等(1円88銭)〜25等(28銭)は 同 一 額 で あ っ た。

(2)た と え ば,「 茂 」 「初 」 「清 」 「光 」 な どの 名 は,「 し げ」 「は つ 」 「き よ」 「み つ 」 とい う女 性 名 で あ る 可 能性 が 高 い が,「 しげ る」 「は じめ 」 「き よ し」 「ひ か る」 とい う男 性 名 で あ る 可 能 性 も完 全 に は排 除 で き な い の で,「 不 明 」 に 分 類 して あ る 。

な お,前 掲 拙 稿 「金 沢 市 商 業 の 構 造 」 発 表 以 降 もデ ー タの 補 正 を続 行 して い るの で,性 別 商 業 者 数 や 業 種 別 商 業 者 数 な ど,前 掲 拙 稿 と細 部 で 異 な る数 値 も あ る が,前 掲 拙 稿 の結 論 に影 響 は な い。

(3)『 北 国 新 聞 」(1939年4月12日)「 寸 描 立 志 伝 」。

(4)区 につ い て は,前 掲 拙 稿 「金 沢 市 商 業 の 構 造 」22頁 を参 照 。

(5)こ の 資 料 に 行 商 ・露 店 営 業 者 も 含 ま れ て い る こ と は,前 掲 拙 稿 「金 沢 市 商 業 の 構 造 」20頁 。 た だ し,95年 に 行 商 ・露 店 と明示 され て い る 者22名 の う ち,大 部 分 の18名 は20〜25等 の零 細 商 人 で あ っ た が,10〜18等 も4名 い た 。 賦 課 基 準 は不 明 で あ る が,業 種 に よ る の で は な い 。 外 形 標 準 課 税 だ か

ら,あ る い は 使 用 人 の 有 無 ・数 に よ る の か も しれ ない 。

な お,同 業 種 複 数 店 舗 営 業 者 の 業 種 は,白 米 ・味 噌 醤 油 ・荒 物 ・古 道 具 ・履 物 商 な ど多 様 で,と くに 目立 っ た業 種 は な く,ま た 同種 店 舗 を4店 以 上 もつ 経 営 や 店 舗 を チ ェ ー ン ・ス トア とす る と,こ こで は まだ そ れ は存 在 しな か っ た。

3廃 業 率 ・開 業 率 ・代 替 わ り率

(1)概 要

本 稿 で は,商 業 者 の 開廃 業 を そ の 商 業 者 名 が 両 年 の 資 料 に ま た が っ て 存 在 す る か 否 か で 判 定 す る 。 と こ ろ が,資 料 の 中 で と りわ け 誤 りが 多 い の が 姓 名 で あ っ た 。 た と え ば,94年 の 「金 野 太 四 郎 」(21等 ・ 「綿 等」 ・木町二番 丁)と,95年 の 「金 野 大 四 郎 」(21等 ・ 「綿等」 ・木 町二番 丁)は 同 一 人 物 とみ な す べ きで あ る。 こ れ を 訂 正 せ ず 開 廃 業 率 を算 出 す る と,当 然 そ れ が 実 際 よ り高 くな る 。 ま た後 述 の よ う に 本 稿 で は 開 廃 業 率 の 高 さ を 強 調 す る の で,と くに こ の 種 の 誤 記 の 訂 正 が 不 可 欠 に な る。 そ こ で 筆 者 は,各 町 ご と に両 年 の デ ー タ を比 較 して こ う し た 誤 記 の 有 無 を確 認 す る な ど,可 能 な 限 りデ ー タの 補 正 作 業 を行 っ た ω。 こ の た め,こ う した 資 料 の 誤 記 ゆ え に 開 廃 業 率

(16)

が 実 際 よ り高 く算 出 さ れ る可 能 性 は ほ と ん ど な く な っ た と 考 え て い る 。

次 に,本 稿 で 使 用 す る 「開 業 」 「廃 業 」 「代 替 わ り」 の 意 味 に つ い て 説 明 す る 。 と くに こ とわ ら な い 限 り,1894年 の 「廃 業 」 と は,94年 の 「交 名 簿 」 に 記 載 さ れ て い る が,95年 に お い て 商 業 税 の み な らず 料 理 屋 税 ・飲 食 店 税 等 の 「交 名 簿 」 に も一 切 記 載 さ れ て い な い 場 合 を さす 。 同 様 に 95年 の 「開 業 」 とは,95年 の 「交 名 簿 」 に記 載 され て い る が,94年 に 商 業 税 の み な らず 料 理 屋 税 ・飲 食 店 税 等 の 「交 名 簿 」 に も 一 切 記 載 さ れ て い な い 場 合 を さす 。 た だ し上 記 の 「廃 業 」 「開 業 」 に あ た る ケ ー ス で も,同 姓 異 名 の 者 が 他 方 の 年 の 「交 名 簿 」 に,同 じ町 か つ 同 業 種 で,し か もた い て い 同 程 度 の 等 級 で 記 載 さ れ て い る 場 合,両 者 を 「代 替 わ り」 と み な し た 。94年 「交 名 簿 」 か ら男 性 名 が 消 え,95年 に こ の 要 件 を満 た し た 女 性 名 が あ ら わ れ る こ とが 少 な く な く,こ れ は 夫 の 死 亡 等 に よ り妻 が 継 承 した 場 合 が 多 い と考 え ら れ る が,こ れ も 「代 替 わ り」 と判 定 し た 。 した が っ て,94年 に記 載 さ れ た あ る 氏 名 が95年 の 名 簿 か ら 一 切 消 え,95年 に 同 じ町 で 同 姓 異 名 の者 が 新 規 に あ らわ れ て も,異 業 種 で あ れ ば 「代 替 わ り」 で は な く 「廃 業 」 「開 業 」 と判 定 した し,同 姓 異 名 者 が 同 業 種 で も異 な る 町 に あ ら わ れ た 場 合 は 同 様 に 「廃 業 」 「開 業 」 と カ ウ ン ト して い る 。 ま た 同 一 氏 名 の 者 が,95年 に 町 名 が 変 わ っ た 場 合,た と え 同 時 に業 種 が 変 わ っ て も開 廃 業 扱 いせ ず,他 町 へ の 店 舗 移 動,営 業 は 継 続 とみ な して あ る(こ の 場 合,同 姓 同名 の 別 人 が あ る 町 で 廃 業 し,他 町 で 開 業 し た 可 能 性 も残 る が,こ れ を 排 除 す る 手 段 が 現 在 の と こ ろ な い)。 し た が っ て い わ ば 人 の 連 続 性 に重 点 を お い た 廃 開 業 の判 定 で あ る ②。

な お 両 年 と も資 料 に は4月1日 現 在 の 営 業 者 とい う こ と に な っ て い る の で,両 調 査 問 の1年 未

表6等 級 別 開 廃 業 率 (1)1894年 の 等 級 別 廃 業 率(商 業 税 賦 課 商 業 者)

等級 業 者(A)94年 商 95年 へ95年 代 替 り 飲 食

継 続 店 等(B)

完 全 廃 業 (C)

($+c>

A(%)/c/A(%) 代 替 り率(%)

1〜5 6〜10 1‑‑15 1620 2‑‑25

136 456 1,413 2,171 1,277

1242 4227 1,2so17 1.88116 1.0547

10 27 1135

4270 1215

7.47.4 5.95.9 9.69.6 12,612.4 16,916.8

1.5 1.5 1.Z o.7 0.5

5,453 4.74149 6657 12,212.0 0.9

(2)1895年 の 等 級 別 開 業 率(商 業 税 賦 課 商 業 者,紹 介 人 を 除 く)

等級 95年 商

業 者(A)

94年 か 代 替 り ら継 続

新 規 開 業94年 飲 食 (B)店 等(C)

(B+C)/ 代 替 り率B/A(%) A(%)(%)

1〜5 6〜10 1!〜15 16‑20 2‑‑25

126 507 1,318 2,049 1,286

1221 4766 1.20917 1.85319 1.0669

3 25 911 1734 2101

2.42.40.S 4.94.91.2 7.06.91.3 8.68.40.9 16,416.30.7

5,286 4.72652 5026 9.69.51.0

注:95年 の 紹 介 人44名.う ち10等43名,23等1名 、10等43名 の う ち 継 続2名,94年 飲 食 店1名.23等1名 は 継 続.

(17)

近代 日本 におけ る地 方都 市商 人層の動態51 満 で 開 廃 業 した 商 業 者 は 両 年 の 「交 名 簿 」 に あ らわ れ な い は ず で あ る。 こ の 泡 沫 商 人 が どの 程 度 い た か 不 明 で あ る が,そ の 存 在 は 実 際 の 開 廃 業 率 を本 稿 で 示 し た そ れ よ り高 く さ せ る もの で あ る 。

さ て 表6は,94年 の 廃 業 率 と95年 の 開 業 率 を 等 級 別 に示 し た も の で あ る 。 い ず れ も 商 業 税 賦 課 対 象 の 業 種 の み の 数 値 で,た とえ ば94年 廃 業 率 の 表 で は,94年 「商 業 者 交 名 簿 」 に記 載 さ れ た 者(表 の 等 級 は94年 の そ れ)の う ち95年 も 「商 業 者 交 名 簿 」 に記 載 さ れ た者 が4,741名,代 替 わ り し た と み られ る 者 が49名,95年 「商 業 者 交 名 簿 」 に は氏 名 が 消 え る が95年 の 飲 食 店 税 等 の 「交 名 簿 」 に あ ら わ れ る 者6名,95年 の い ず れ の 「交 名 簿 」 に も あ ら わ れ な く な っ た 者 が 657名 で あ っ た 。 同 様 に95年 開 業 率 の 表 で は,「 新 規 開 業 」 は94年 の ど の 「交 名 簿 」 に も あ ら わ れ な い 者 で,「94年 飲 食 店 等 」 は94年 「商 業 者 交 名 簿 」 に は あ らわ れ な い が,94年 の 飲 食 店 税 等 の 「交 名 簿 」 に は 氏 名 が 記 載 さ れ て い る 者 で あ る(3)。こ れ ら に よ る と,94年 の 廃 業 率 は 12.0%,95年 の 開 業 率 は9.5%程 度 で あ る 。 さ ら に 飲 食 店 等 を 含 め る と,そ れ ぞ れ 13.1%,11.4%と な る(表 略)。 こ れ を ど う評 価 す べ きか 。

石 井 淳 蔵 の研 究 に よ れ ば,戦 後 日本 の 小 売 業 参 入 率 ・廃 業 率 は こ れ よ り か な り低 い 。1962年

〜91年 の30年 間 は

,廃 業 率 は2‑‑4%の 問 で 安 定 し,総 平 均3.!%で あ っ た 。 参 入 率 も2%

台 後 半 か ら5.1%の 間 に あ っ た 。 こ の 数 字 は,ア メ リ カ よ り著 し く低 く,1950年 代 の ア メ リ カ 小 売 業 の 「退 出率 」(日 本 の 廃 業 率 に 相 当,す な わ ち譲 渡 率 を 含 む 廃 業 率,本 稿 の 廃 業 率 も ほ ぼ こ れ に 相 当)は20%前 後 に も 達 し て い た し,第2次 大 戦 前 の 断 片 的 な 調 査 で は 一 段 と 高 く,1890年 代 の ル イ ス ビ ル 市 で は 譲 渡 率 を含 ま な い 廃 業 率 だ け で10〜19%で あ っ た 。 石 井 は, こ れ ら を ア メ リカ 小 売 業 の 「多 産 多 死 」 の ダ イ ナ ミズ ム に 対 す る 日本 小 売 業 の 「少 産 少 死 」 の 安 定 的 な ダイ ナ ミズ ム と特 徴 づ け,そ の 要 因 と して,日 本 に お け る 家 族 従 業 制 度 が 重 要 で あ っ た と い う議i論を展 開 し て い る(4)。

金 沢 市 の1894・95年 の 開廃 業 率 は,明 らか に 戦 後 日本 の そ れ よ りか な り高 く,他 方 で 第2次 大 戦 前 ・後 の ア メ リ カ の そ れ よ り低 い と解 釈 で きる 。 ま た1935年 前 後 の デ ー タ に よ る 竹 林 庄 太 郎 の研 究 に よれ ば,日 本 の 大 都 市 商 業 の10年 程 度 の 平 均 寿 命(年 平 均 廃 業 率10%)よ り金 沢 市 の そ れ の 方 が 長 い よ う で あ る(年 平 均 廃 業 率 は低 い)。 ま た 竹 林 の 示 し て い る 昭 和 戦 前 期 の 大 都 市 の デ ー タ は,石 井 の示 し て い る 戦 後 小 売 業 の30年 程 度 の 平 均 寿 命 よ りは る か に 短 い(年 平 均 廃 業 率 は 高 い)(5)。 山 口 由 等 は,1926年 〜30年 に お け る 東 京 市 郊 外5郡 の 商 業 自営 業 者 の廃 業 率 を13〜15%と 算 出 して お り〔s),廃業 率 水 準 は や は りか な り高 い 。 し か も 日本 に お け る 本 格 的 な 流 通 革 命 期 は 戦 後 で あ る か ら,両 大 戦 間期 商 業 の こ う した 平 均 寿 命 の 短 さ は,流 通 革 命,チ ェ ー ン店 な どの 発 達 に よ る も の で は な い 。 全 体 と して,両 大 戦 間 期 は戦 後 よ り小 売 業 を 中 心 と す る 商 業 の 平 均 寿 命 が か な り短 い(廃 業 率 は 高 い)な か で,近 代 に な っ て 急 速 な 発 展 を み せ た 大 都 市 ・ 新 興 都 市 で は な く金 沢 市 の よ う な 近 世 以 来 の 商 業 を 中 心 とす る 旧 城 下 町 地 方 都 市 は,相 対 的 に古 い 開 業 期 の 商 業 者 割 合 が 高 い こ と を デ ー タ が 示 し て お り,し た が っ て 商 業 の 平 均 寿 命 も相 対 的 に

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