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「音楽の研究」は「趣味」?
誰が言い出したのか、日本ではしば しば「音楽は文字通り、音を楽しむも のだ」という意見がまことしやかに語 られる。私の専門分野は音楽学だが、
音楽は楽しむ(そして感じる)もので あって、あれやこれや小難しい概念や 言葉を振りかざして音楽を「考える」
など野暮だというわけだ。そういうわ けで、我々がフィールドで音楽を対象 に研究をしているというと、好きな音 楽が聴けていいですねと言われるな ど、大抵の人からは(他の分野の研 究者からも)殆ど趣味だと思われてい る節がある。
しかし好きなだけでは研究にならな いのは、他の人文科学同様、音楽学
も同じである。ヨーロッパのクラシック 音楽研究から出発した従来の音楽学 が必然的に音楽そのものの詳細な分 析に終始する傾向があったのに比べ ると、「非西洋」を射程においた「民 族音楽学(そうした区分の仕方はヨー ロッパ中心主義の名残で問題なのだ が)」や音楽社会学の隆盛により現在 では、音楽そのものよりも、音や音楽 を巡る人々の感覚・意識やその社会 的機能などについて考えることが一般 的となり、その意味で他の人文科学と もかなり重なり合っている。
そうしたなか私が興味を持っている のは、各国の音楽の「判りにくさ」に ついてである。趣味として音楽を聴く なら確かに自分の好きなものだけを聴
いていれば良い。しかし研究者として は、すぐに聴いただけではよく判らな い、そしてひいては、そうした「判ら ない自分」とは何者なのかについて 考えさせてくれる研究対象にこそ惹か れる。「判りにくさ」をもたらす要因に ついては数多あるが、1つの例として ここでは「微分音」を挙げてみよう。
「微分音」というハードル ここでいう「微分」とは、半音以 下の音の幅のことである。私たちが普 段よく耳にする音楽の殆どは半音単位 の音階で構成されている(ピアノの鍵 盤もギターのフレットも半音単位で作ら れている)。「音楽の三要素」の1つと される――つまり普遍的なものと信じ
られている――ハーモニー(和声)も、
そうした半音単位での音階を前提とし て成り立っているものだ。
しかし世界を広く見渡せば、もっと 細かい音の幅を設定して営まれている 音楽は実にたくさんある。中東の音楽 はこうした微分音の宝庫でもある。半 音を
2
分の1音とするとその更に半分 の4
分の1音から、例えばトルコ音楽 では9
分の1音まで、奏者による振れ 幅なども加えると、実際の運用は更に 多岐にわたる。そしてこの微分音こそ が、中東の音楽の、何ものにも代え がたい妙味のひとつとなっている。しかし一方で、こうした音程はとも すれば西洋音楽の素養をしっかり身に 付けたものほど、「外れた音」として
Field+ MUSIC
「判りにくい」音楽から 学ぶこと
谷 正人
たに まさと / 神戸学院大学Field+ 2010 01 no.3 30
私たちはよく、「音楽は〈音を楽しむ〉と書く」「音楽に国境はない」
という言葉を耳にする。それでは、実際にフィールドで様々な
「民族音楽」と出会う研究者にとっても、
それは常識なのだろうか?
中東世界で広く使われているウード。
音色自体の魅力ももちろんだが、音程 を区切るフレットがなく各国の様々な 微分音に柔軟に対応できるのもその理 由のひとつ(写真のものはトルコ)。
31 奇異に聴こえてしまい馴染みにくく感
じられてしまう場合もある。例えば私 自身は、幼少からピアノを弾いており、
その後イラン音楽の世界に飛び込ん だ。それは学生時代に出会ったイラン のサントゥールという楽器がきっかけ だったのだが、当初は楽器そのものの 魅力(音色や弾き方)に取り憑かれ ていたこともあって、音楽それ自体に 対しては、微分音のせいでうまく感情 移入できない(よく判らない)、旋律の まとまりや終わった感じ̶̶「終止感」
が感じ取れないということがしばしば あったのである。
「判りにくさ」の背後に
その後私は、友人たちや師匠の
Field+ 2010 01 no.3 31 アドバイスに従って一旦楽器を離れ、
「アーヴァーズā
v
āz
」と呼ばれる、人間のこえによる「語り」「うた」に 積極的に耳を傾ける――全ての旋律を
「ことば」「こえ」のニュアンスのなか で感じる――ことで、このハードルを 徐々に克服していったのだが、思えば この、何をもって感情移入ができるの か、旋律のまとまりや終止感を感じる ことができるのかは、歌われる「場」
や歌詞の問題とは別の意味でそれ自 体が非常に興味深い問題でもある。
世間は西洋的な要素をもった音楽の 一方的な流入現象だけでもってすぐ
「音楽に国境はない!」などと簡単に 言いたがるのだけれど。
だからこそ私はそんなすぐには判ら
ない音楽にフィールドで出会ったとき、
とても嬉しくなる。その音楽文化の担 い手たちが何らかの価値(「美しさ」
はその一例でしかない)を見出してい るものに対し、私がそう感じないのは 本当は大きな「ハンデ」なのかもしれ
ないが、それはまた同時に、自分にとっ て未知な類の感覚や価値観を獲得し てゆく新たなチャンスかもしれない
――そのような期待感を抱きつつ、
私は新しいフィールドへと参入してゆ くのである。
●おすすめCD
タイトル:Vocal Radif of Persian Classical Music(5 CDs)
発行元:MAHOOR INSTITUTE OF CULTURE AND ART (CD Number 125)
発行日:2003年11月9日
アーティスト:Mahmud Karimi(Vocal)
イラン音楽の神髄とも言われるアーヴァーズ——筆者の一番のおすすめは マハムード・キャリミーという歌い手の伝承によるラディーフ(伝統的旋律型集)。
絶妙な間の取り方と感情表現、そして声の力によって、歌われる旋律の全てが 必然性をもって聴こえてくる。このCDは以下のURLから購入できる。
http://www.mahoor.com/cd/Pedagogical-Works/Vocal-Radif-of-Persian- Classical-Music-159.aspx
日本の箏のように構え、両手にはめたピックで弦をはじいて弾く
(撥弦)タイプの楽器カーヌーンの微分音用フレット。この楽器 も中東各国に存在するが、写真のものはトルコ音楽用により細か い微分音が即座に出せるよう、ワンタッチ方式のフレットが装備 されている。必要に応じてフレットを立てたり倒したりして調整 する。
筆者の研究テーマである「イラン音楽の即興演奏」を 中心にその理論についてまとめた、日本語では殆 ど初めてのイラン音楽についての本。一応専門書 ですが、各章ごとに頭から読めば イラン音楽の 予備知識がなくても読めるように書いていま す。 本書所収の楽譜の演奏例を含んだCD付 き。(社)東洋音楽学会「第 25 回田邉尚雄賞」
受賞。
イランの伝統楽器サントゥール。真偽の程はともかく一説にはピ アノの祖先とも言われ、台形のボディの上に箏状に張り巡らされ た 72 本の弦を細いバチで直接打って演奏する「打弦」楽器である。