「事業開発におけるフロンティア」 1
論文
「 事業開発におけるフロンテ ィア」
‑ プロダク ト ・ライフ ・サ イクルか らみた事業 開発 における フロンテ ィア と経営判断の範 囲の研究一
畑 中 邦道
目 次
は じめに
1.事業 とフロンテ ィア a)事業のライフサ イクル
b)事業 開発 におけるフロ ンテ ィア
2.ケースでみ るフロンテ ィア
a)家庭用 ガス ヒー ター安全装置 の国際技術移転 のケース a)‑1 背景
a)‑2 環境 の特徴 とフロンテ ィアの克服 b)電子式エアークリーナーの事業開発 のケース
b)‑1 背景
b)‑2 環境 の特徴 とフロンテ ィアの克服 C)ガラス製 コンパ ク ト ・デ ィスクの開発 のケース
C)‑1 背景
C)‑2 環境 の特徴 とフロンテ ィアの克服 d)半導体製造工程 の変革
d)‑1 背景
d)‑2 環境 の特徴 とフロンテ ィアの克服
3.
まとめ あとが き‑参考文献‑
はじめに
全 ての経営 は、起業か ら始 まる。事業 を起 こそ うとすれば、かならず事業開発が必要 である。そのことか ら言 えば事業開発 な くして経営 な し、 とも言 える。
起業か ら始 まった事業経営 は、製造業であれば、単一製品、単一市場 で、かつ限 られ た地域への供給か ら始 まる。サー ビス業であって も、最初か ら多商品、多種サー ビスの 提供は、起業 リスクや起業時の経営資源の限界か らいって もあ り得 ないであろう。
起業か ら事業経営 に発展的に移行すると、経営 は規模の経済 を目指す ことになる。そ して、事業経営が規模の経済の枠 を乗 り越 えると、新 しく直面す る不確実性 の領域であ る範囲の経済 1を求め、事業経営 は企業 として、複数製品、複数市場 、国内外への地域 展開を模索 し、グローバルな多角化へ と進むことになる。
その各 々の過程 に、常 に、企業 と しての未来 に対す る不確実性への戦略的行動2がな されなければ、経営継続や経営の拡大 はなされない。
この不確実性 に向けての戦略 と行動 は、市場 と言 う環境 に対す る予測の手段 と、企業 や事業の経営資源の制約か ら、多 くの場合その範囲が規定 されて くる。
IA ・D・チ ャン ドラー・J
r
.は 「SCALE AND SCOPE」 (1993年邦訳 :有斐閣刊)の 結論 の章の中で、産業資本主義か ら経営者資本主義 に変 わる過程で、企業 は、規模 の経 済か ら世界市場や多角化 を求めて範囲の経済へ と推移 したことを、多 くの事例 を基 に経 営史的に得 られた結果か ら、主 に組織能力の面 よ り分析 している。本論文 は1960年以降の事業開発例 を扱 っているため、 ここで使 われる 「規模 の経済」
「範囲の経済」の枠組みは、ほぼ、A ・D・チ ャン ドラー・Jr.が述べている枠組み と同様 な もの として扱 っているが、扱 われている時代 的な背景の違いか ら、部分的に、時間の 経済 による効果や情報の共有 による経済の効果の新 しい経済要因を も含 む もの となって いる。A ・D・チ ャン ドラー・Jr.も、 また、1960年以降 については、「規模 の経済」 や
「範囲の経済」 の実現 を主 と した経営者資本主義 における企業経営 は、それ まで と、違 って きているのではないか と指摘 している。
2企業や事業が活動 している環境 の不確実性 とその不確実性 に対 して事業が取 る戦略 と 行動 について、H.コー トニー、J.カークラン ド、p,ヴイゲ リー等 は、「不確実時代 の戦略 と行動」 (ハーバー ド ・ビジネス ・レビュー 1998年2‑3月号 :ダイヤモ ン ド社刊)の中 で、不確実 な状態 を4種類のパ ター ン 「確実 に見透せ る未来
」
「選択的に予見で きる未来」「一定の幅 に収 まるはずの未来
」
「全 く不透明 な未来」 に分類 して提示 している。本論文 で取 り上げている不確定性 は、これ と同 じ分類 による見方 をベースに論 じてある。「事業開発におけるフロンティア
」
3企業や事業の経営継続 は、それ らの不確実性 に向けて、経営資源の投入 を最適化 し、
直面す る壁 を乗 り越 えることによってなされる。
ここでは、その不確定性 を包含 した外部環境 と、事業の内部資源が戦略的行動 を起 こ そ うとする接線 にあるマネジメン トの領域 を指 してフロンティア3と呼称 してお く。
事業開発 について、事業の発展の各々の過程の どこに事業拡大へのマ ネジメ ン トの判 断の範囲 を決めるフロンテ ィアがあるのか、 また、その フロンテ ィアへの戦略的行動 は 事業 と して どの様 な意味 を もってい るのか について、事業開発 の実際の例 を取 り上 げ、
考察 を試みてみ る。
ここでは、主 に、1960年代 以降 日本が世界の製造業 として成功 をお さめた家電製品分 野 における実例 を取 り上 げ、事業の開発 に関わるマ ネジメン トの判断の範囲 とフロンテ
ィアを探 ってみ ることとする。
取 り上げる最初のケースは、1970年代初頭 にあった例 で、アメ リカに本社 をもつ世界 規模の企業が、 日本へ の技術 と製造移転 を行 い、その後、 日本 での機能改 良が な され、
その機能改良 された製品の製造 ノウハ ウをメキシコへ移転 させ ることによって、中南米 市場 を制覇 した 「家庭用 ガス機器のコック」 についての経過 を取 り上げている。
2番 目のケースは、アメリカに製品の開発 ・製造 の起点 を持つ製品 を、1980年代 の中 頃に、世界市場 に向けて市場創造 と市場制覇 をね らい、成功 させた例である。
世界市場 の中で も、特 に難 しかった 日本市場での市場創造 と、製品改良 を含めた製造 のアウ トソーシ ング、お よび販売網創 出の結果、 日本市場 に、空気清浄環境 と言 う新 し い ビジネスを創 り出 した 「電子式エアークリーナー」についての経過 を取 り上げている。
3番 目のケースは、1990年 にあった例 で、 日本 に製品開発 の起点 を持 ち、世界市場 で デファク ト・ス タンダー ド化 され、旧テクノロジーの市場 を置 き換 え、かつ新市場 をも 創出 したコンパ ク トデ ィスクにおける差別化領域の例である。
この コンパ ク トデ ィスクのハ イエ ン ド商品 と して事業開発 に取 り組 んだ ものが 「ガラ ス製 コンパ ク トデ ィスク」である。
1988年 に事業開発 の企画が始 ま り、2年間に渡 るR&Dか ら製品開発 のアライア ンスに よって、製品化が なされ、販売 に関す る経営選択 が行 われ、最終的には試聴版 のみ造 ら れることによ り、 ビジネス としては世 に出なかった事業開発 の経過 を取 り上 げている。
3p.クルーグマ ンは 「ACountrylsNotACompany」 (1996年1‑ 2月号 ハーバー ド・ビ ジネス ・レビュー)で、「事業の内部資源 に制約がある状態で は、事業 を取 りま く環境 ではポジテ ィブフィー ドバ ックを受 けやすいオープ ンシステムにある場合が多い」、「競 争状態 にある環境 で、ネガテ ィブフィー ドバ ックがかか りやすい状態では、事業 はクロ ーズ ドシステムにある場合が多い」 としている。 ここでの フロンテ ィアの多 くは、事業 が クローズ ドシステムか らオープンシステムに移行す る ときに直面す る不確定性やそれ
を乗 り越 える戟略的マネジメン トを指 している。
4番 目のケースは、R&Dの起点はアメリカにあるが、その後の開発や生産技術 あるい は製造装置の多 くを日本が押 さえている半導体市場で、 ソフ トをふ くめたアメ リカ勢力 が大 きく巻 き返 しをはか り、生産面では、アメリカと日本がせめ ぎ合いを している製造 工程 に関わるプロセスにイノベーシ ョンを起 こす可能性 について、 どんな事業開発 を し
うるかについての考察 を試みている。
この考察では、事業環境 の変化 やイノベーシ ョンの必然性、アライアンスや コンソー シアムの必要性 を、「ウエハーバ ーイ ン検査装置」 の事業開発 と言 うテーマ によって追 求 してみる。
ここで取 り上 げているい くつかのケースは、各 々ある分野のある状況下でのたった一 つの例であるため、これ らの実例か ら事業 を開発す る際のマ ネジメン トの判断の範囲 と そのフロンティアについて、一般化や普遍化 を期待することは難 しい。
しか し、事業 における環境や条件 、分野や段階、ステージ等が異 なっていて も、 どん なことが事業展 開におけるマ ネジメン トの判断の範囲 とその フロンテ ィアを構成 させて いるのかについては、おお くの特徴 が兄い出 される。
1 .事業とフロンティア
a)事業のライフサイクル
企業のなかで、製造業 と言われる分野 における事業開発 のケース を論ず る場合、一般 的には、その企業あるいは事業体が、市場 に受け入れ られる製品を事業 として持つ こと、
あるいは持 っていることが原則 となる。
サー ビス業の場合で も同様 に、市場 に受 け入れ られ るサー ビスの種類やその質 に関わ る付加価値 を持つ商品を、事業 として持つ ことか ら全てが始 まると言 って良いであろう。
この観点か らする と、製造業であれサービス業であれ、企業 における事業開発 の必要 要件 は、市場が存在すること、あるいは存在す るであろうことと、そ してそこに製品な い しは商品が供給 され、受け入れ られることと言 うことになる。
最近、製品においては、市場 に受 け入れ られる仕組みや使 い勝手 、そこか ら得 られる 便益 を引 き出 させ る為 の、ハー ドウェアーのみな らず ソフ トウェアーが大 きなウエイ ト
を占めているケースが増加 している。
また、サービス業 において も、顧客がハ ー ドウェアーを通 じてのみ ソフ トウェアーの サービス価値 を享受で きるといった傾向 も出て きている。
前者 の代表が、マ イクロコンピューターチ ップにみ られる半導体 であ り、後者の代表 が、パ ソコンネッ トワークによる金融取引の様 なもの と言 えるであろう。
ここで取 り上げる実例 では、ある事業環境 でのある事業 開発 においてその展開に関わ るマネジメン トの判断の範囲 と事業の置かれたフロンテ ィアについて追求 している。
事業開発 とその事業の不確実性 については、事業のライフサ イクル として とらえたス
「事業開発におけるフロンティア」 5
チ‑ジ別の区分 によ り、背景 となる各 々の特徴 を引 き出 し、事業の戦略 とその行動が ど の様 になされたかについて述べてある。
一般的に、独立 したある機能 をもった製品が市場導入 され、市場 に受け入れ られると、
製品は徐々に市場 に浸透 し普及 してゆ く。
導入期 における普及率が成長期 に移行す る指標 となる レベルは、製品が耐久消費財 で あるか、一般的な消費財か、あるいは生産財 であるか、等、各々その製品が属 している 市場の特性 によって も違いがある。
一般的な商品の市場展開での特徴 と しては、ある商品がある市場 においてある普及率 を越 えると、急速 に急成長 を果 たす市場成長期 に入 り、規模 の経済か らの ビジネス利益 を享受す ることがでると言 う経験則がある。
そ して時間を経 て、競合参入が始 ま り需要 と供給 のバラ ンスが とれ、価格競争 に入 る と、市場は標準化、平準化 された ものにな り、成長が止 ま り、成熟期 に至 る。
成熟期 に至 った製品や市場 は、改良による代替や海外進出を図る範囲の経済 に移行 し なければ、拡大 は もとよ り市場 に対す る適応性 を失い急速 に衰退 し、製品はそのライフ サ イクルを終 える。
これがプロダク ト・ライフ ・サ イクルが示す代表的パ ター ンと考 えてよいであろ う。
事業開発 におけるフロンテ ィアについては、 このプロダク ト・ライフ ・サ イクルか ら みる と、ネ ッ トワーク外部性4の影響力 に依存 しやすい規模 の経済 を享受で きる成長期 には、事業の開発 その ものの不確実性 は、資金のキ ャッシュフローによる投資 の最適化 をはかる難 しさや、競合参入への競争戦略以外 は、ほ とんど存在 していない。
一方 、プロダク ト ・ライフ ・サ イクルにお ける成熟期 や導入期 、あるいはプロダク ト・ライフ ・サ イクルが始 まる以前のR&D期の各ステージでは、事業の開発 をどの様 に してゆ くかに関わる判断に要す る因子 は、広い範囲に分散 している。
事業開発 における判断 に要す る因子 を、「規模の経済」や 「範囲の経済」の軸 に、「時 間が生み出す経済効果」 や 「情報の共有や同時性が生み出す経済効果」 の軸 を加 えた範
4KatzM.L.andC.ShapiroはNetworkExtemalities(ネ ッ トワーク外部性 :同 じネッ トワー クに参加す るメンバーが多 くなるほ ど、そのネ ッ トワークに参加す るメンバーの効用が 増加す ること :例 えば電話 の便益 と電話加入者数) を、ネ ッ トワークが構成 されている
ビジネスについての競争差異 として取 り上げている。
山田英夫 は 「デファク ト ・ス タンダー ド」 (1997年 :日本経済新聞社刊)の中で、規 格競争が起 きる事業競争 には、その事業 を取 りま く事業環境や顧客環境 にネ ッ トワーク 外部性が働 いているかの様 な状況が起 きる、 としている。本論文では、ある事業が置か れている、あるいは事業 を取 りまいている事業環境 や顧客環境が、事業 と相互 に影響 し あって、あたか も漁網の細 く結 ばれて伝播 しあ う状況 まで含 んで、ネ ッ トワーク外部性 が働 いているとして扱 ってある。
時 に存在 させてみる と、その範囲の中で行 われる意志決定 のフロンテ ィアは比較 的はっ きりして見 えて くる。
プロダク ト・ライフ ・サ イクルで も見 られる と同様 、事業で も、各発展段 階の、ある 時期 、ある条件下では、複雑系 で解析 されるようなカス タ トロフィー的 な不連続性5を 経験することがある。
例 えば、導入期 における不確実性 には、ハ イテクのコンシュウマ‑製品の導入期か ら 成長 に移行す る前 に顕著 にみ られる、プロダク ト・ライフ ・サ イクルに不連続 になる谷 間6があることがある。
時間の推移か ら大 きな影響 を受 ける外部環境 の変容 のス ピー ドや、事業が外部環境 か ら受 ける加速度 的な発展 の要請 に追いつけなか った り、 ネ ッ トワーク外部性 の経済効果 の狭 間を乗 り越 えられなかった りした場合 に、あたか もそのライフ ・サ イクルが別の基 準 を持つ ライフ ・サ イクルに継続的であ りなが ら変化 を して しまう様 な、不連続 に見 え る変容が起 きていることが経験的に解 っている。
また、成熟期 におけるフロンテ ィアにも事業の不連続性が起 きていることがある。
「範囲の経済」 を志向 した既存事業の延命や、改良領域 を事業 ドメインと してシェア
‑拡大や利権獲得 を享受 していると、小 さな先端技術 の急速 な普及 によって、それを取 りま く外部環境 の事業が な くなって しまうケースが上げ られる。
携帯電話 の普及が、発展途上国での電信柱 と通信架線 をな くして しまい、通信事業本 体 は 「範囲の経済」の一環 として海外地域拡大 を事業連続性 のなかで経営継続 させ るが、
通信事業が顧客であった電信柱事業 と通信架線事業は、事業の連続性 を絶たれる。
この棟 に、外部環境 に左右 された り影響 されることを事業主体か らみれば、事業主体 が環境 を見渡せ る限界である 「視野の限界」や、事業主体が外部 に対 して影響 を与 え ら れる限界 である 「働 きかけの限界」、 また、事業主体 自身が経営 の最適化 を求め る為 に なされる 「合理性の限界
」 7
が、各 々の事業開発 における経営判断の範囲 とその フロンテ5∫.L.キ ヤステ イ著 「複雑性 とパ ラ ドックス」 (1996年 白揚社刊・p61‑114)で、 カス タ トロフィーをGNP(国民総生産)の曲面 を捉 えて 「経済要因のインプ ッ トを少 し変 えた だけなのに、 アウ トプ ッ トの方 はGNP曲面の まった く新 しい領域へ不連続 に移行 して し まう事態 に出会 う」 として観念 を説明 している。
6∫.L.キ ヤステ イ著 「複雑性 とパ ラ ドックス」 (1996年 自揚社刊・p6日 14)で、カス タ トロフィーをGNP(国民総生産)の曲面 を捉 えて 「経済要因のインプ ッ トを少 し変 えた だけなのに、 アウ トプ ッ トの方 はGNP曲面の まった く新 しい領域‑不連続 に移行 して し まう事態 に出会 う」 として概念 を説明 している。
7塩沢 由典著 「複雑 さの帰結」(1997年NTT出版刊p32‑P37)で、経営 にお ける決定 は、
複雑す ぎてパ ラメー ターが多す ぎるが、人間個人の能力 は様 々な意味で限 られていると 同様、三つの限界 (視野の限界、合理性の限界、働 きかけの限界)によって制約 を受ける、
「事業開発におけるフロンティア
」
7イアを構成 しているとも言える。
それ らの限界領域 は、情報のネ ッ トワークやシーム レス によ り生 まれる、時間の同時 性や情報の共有 と言 う、新 しい世界が事業主体 と外部環境 を結 び付 けることによって、
「規模の経済」や 「範 囲の経済」 を乗 り越 える 「時間の経済」8、あるいは 「情報共有や 共鳴9による経済効果」 までを、新 しい限界領域 として認識 してお く必要がある。
b)事業開発 におけるフロンテ ィア
事業展 開のなかで、 よ り多 くの時間をつ ぎ込 まねばな らない作業 に、戦略的意志決定 を要請す る作業 として開発 と言 う仕事がある。
この事業拡大 を進め る上で一番難 しい作業 とされ る開発 について、一つの事業が生み 出 されるステージか ら、その事業が市場 に提供 され、成長 し、成熟 し、衰退す るまで を、
一つのプロダク ト ・ライフ ・サ イクル として捉 え、その各 ステージでの経営判断の範囲 とその不確実性が どの様 な所 にあったか について、ケースス タデ ィか ら得 られた特徴 に より見 てゆ くことにする。
プロダク ト・ライフ ・サ イクルの一般的なステージである、市場‑の導入 (参入)期 、 成長期 、成熟期、衰退期 を、事業の開発 におけるフロンテ ィアの所在 と言 う観点か ら見
としている。本論文で も、この大 きな枠で くくる限界 をフロンテ ィアとして捉 えてお く。
8G.Stalk.jr.&T.M.Hout著 「competingAgainstTimeJ1990年 (邦訳 : 「タイムベース競争 戦略」1993年 ダイヤモ ン ド社刊)で、企業 コンサ ル タン トを している中で、「時間の持 つ意義 を顧客 に与 えることによって生み出 される経済時価値」 とか 「イノベーシ ョンの ス ピー ドによって競争優位 に大 きな差がつ く事例」等、 ビジネス ・マネジメ ン トの切 り 口か ら、 まさに 「時は金 な り」 を経営指標 の比較 か ら、単位時間当たりの経営資源 回転 率か らの 「時間の経済効果」 として述べ ている。本論文では、 この概念 に、情報がグロ ーバル レベルでインターネ ッ トで同時共有 される情報や、湾岸戦争 のテ レビ中継で経験 した様 に、単位時間の尺度ではない、同時 に共有 される 「時間の同時性 による経済効果」
をも含み、「時間の経済」 として定義 してお く。
9喰代栄一著 「なぜ それは起 こるのか」(1996年サ ンマーク刊)で、A.Sheldrakeが 「共 鳴」 について科学的アプローチによ り仮説 を提示 したニューパ ラダイムについて解説 し ている。そこでは、時間や空間を超 えて、情報遮断がなされているにもかかわ らず、ほ ぼ同時 に地球の反対側で同一の思いつ きに至 った り、行動が起 きた り、 また、知識 や習 熟 を伴 う筈の結果が、容易 に伝搬 し、あたか も生 まれなが らに してDNAに情報が刷 り込 まれていた様 な現象 に出会 うことを述べ てい る。本論文 では、「共鳴」 を事業開発が置 かれている経営環境のカオス状態 における 「揺 らぎ」 と 「秩序」 の間を、連続的あるい は不適続的に 「共振 させている相」 として捉 えることに し、伝搬 を伴 う範囲に限定 して 使用 してお く。
てみ ると、ここで取 り上げたケースス タデ ィは、それぞれ事業開発 における展開の位置 づけ と、その時期的背景 は、各ステージを代表する もの とはなっていない。
ケースス タデ ィは、成熟期 の後半のケース、導入期 の成長 に入 る手前 にある普及 に至 る直前の時期のケース、導入期 の意志決定の時期のケース、導入期前のR&Dの時期、の 各ステージか ら取 り上げている。
事業開発で成長期 にいたる製品や商品は、多 くはR&Dの時期 に振 るいにかけ られ、 ま た、導入の経営判断や戦略的意志決定で振 るいにかけ られ、導入 されて も成長前 にある 普及の壁で振 るいにかけ られ、極端 に言 えば、100の内 lつが成長期 を迎 え、多 くの人の
目にとま り、標準化、平準化 されてゆ く。
ここで取 り上 げているケースは、この100の部分の一つであ り、多 くの振 るい にかけ られた とケースの一つであることか ら、事業開発 の例 として普遍的 に述べ られている も のではない。
どんな事業開発 の例 において も、その例 その ものの特異性 は示せて も、その ものを一 般化 し普遍化で きる ものではない。
しか し、 ここで取 り上げているケースの中では、い くつかの共通性やある種の特徴 的 な傾向が兄いだ されるため、 これについては、概念 としての普遍性 として捉 えてお くこ ととす る。
ここでは、事業開発 の側面 をプロダク ト・ライフ ・サ イクルの変化の線上で見 ている ため、成熟期 での事業開発 においては、成熟期 の後半の衰退期 に入 る直前 に再成長 させ るケースを取 り上げている。
ここで取 り上げているケースについて、特徴 的傾向 を兄 いだす観点か らすれば、導入 期 を もう少 し細分化 して見 る必要 に迫 られる し、成熟期 の再定義が必要 になるか もしれ ない。 ここでは、再定義が 目的ではないため、時期的な背景 を分割 した方が理解 しやす
くなる部分 においては、一つの時期 を分割 して特徴 を追 ってお くことにす る。
ケーススタデ ィよ り得 られた主 なフロ ンテ ィアは、
*成熟期 (後半) :既存の事業の延命や代替事業の確立 を目指す戦略
*成長期 :事業拡大が事業の体力 に合った適切 なキャッシュフローを得 られるか どう かについての投資 リスクと競合 に対す るシェア‑争いの戦略 (本論文では ケ ースス タデ ィとしては取 り上げていない)
*導入期 (成長期前の普及の時期) :普及の直前 に訪れる 「大 きな亀裂」 を乗 り越 え る戦略
*導入期 (導入直前の意志決定 の時期) :パ イロ ッ トランが完了 し量産 に入 る直前 に なされる経営決断の戦略
*導入期以前のR&Dの時期 :中長期の研究 フェイズが終わ り短期的な試作 フェイズに 入 りマーケ ッ ト対応が始 まる時期 の戦略
として、大 きな枠で くくれる ものであった。
「事業開発におけるフロンティア
」
9成長期 における事業の取 る不確実性へ の戦略的行動 は、外部か らも多 くの ことが経過 として見 ることが出来 ることか ら、比較的ケースス タデ ィとして も研究例 が多 く、普遍 化 された枠組み10も多 く提示 されているため、ここでは取 り上げない ことにす る。
成長期 を除いた、成熟期の後半、導入期の後半で成長が始 まる普及の時期、導入直前 の意志決定の時期、導入以前のR&Dの時期、各時期 にみ られた事業 開発時点のフロンテ
ィアが もつ背景の特徴 は、次の様 なものであった。
事業展開にかかわるマ ネジメン トの判断の範囲は、各 々、特徴 的な不確実性が見 え隠 れす る事業 と外部環境 との接線 の内側 に存在 してお り、戦略的行動‑の経営決定 は、そ の接線の外側で何が起 こせ るか を見極めた ものであることが、 ここで取 り上げたケース スタデ ィか ら解 って きた。
*成熟期の後半 に位置 したケースか ら得 られたフロンテ ィアを取 りま く環境 の特徴 は、
①規模 の経済 による事業拡大効果 は少 な くな り範囲の経済 に移行 しは じめる。
②技術的にはコア‑技術のみ存続 してお り改良技術が大半 となって くる。
(彰市場や製品の平準化、標準化が製造移転 によ り世界規模でなされて くる。
④互換性や供給責任、製品の信頼性 や保証 といったユーザー保護への規制や規格が厳 しくなって くる。
といった様 なものであった。
*導入期の後半で成長が始 まる前の普及の時期 のケースか ら得 られたフロンテ ィアを 取 りま く環境の特徴 は、
(∋市場が製品をまだ認知 していないためニーズの創造 を強い られる。
②市場適応 を図るため製品の改良や仕様 の広が りを もたせ なければならな くなる。
③ 自社 のみの経営資源や製造能力 には限界があ り他社 とのアライアンスや製造 プロセ スのアウ トソーシングあるいは仲間造 りを必要 とす る。
④製品仕様が市場適応性 を持 っていて もユ ーザーはまだ限定 された購入ルー トか らし
10衣笠洋輔著 「日本企業の国際化戦略」 (1979年 :日本経済社刊)及び 「国際マーケテ イング
」(
「ゼ ミナール マーケテ イング 理論 と実際」第6章TBSブリタニカ :1991年 刊)では、プロダク ト・ライフ ・サ イクルの概念か ら、製品の開発起点 を軸 に した企業 国際化の成長戦略 を成長 のプロセス として述べ ている。 また、特 に日本企業の高成長 を 支 えた背景 についての成長戦略及 び成長 メカニズムを詳 しく分析 している。そ こでは、成長期 を成長前期 、成長後期 と区分 して説明 している。 ケースス タデ ィとしては、TJ.
ピー ターズ著 「エ クセ レン ト・カンパニー」 (1983年 :講談社刊) による超優良企業の 条件のほとんど全 てが成長期の出来事 を述べ ている。
か製品を認知 してお らず販売網の創設や構築 を強い られる。
といった様 な ものであった。
*導入期 の意志決定の時期 のケースか ら得 られたフロ ンテ ィアを取 りま く環境 の特徴 は、
①R&Dによってシーズ側 のみの可能性 だけを追求 して きたことか ら、事業化 に向けて のニーズ側 に立 ったマーケテ イングの結論 を取 り込 まなければならな くなる。
② シーズか らの思い込み に近い製品化は、市場 に対 しては一要素 を満足 させているだ けのことが多 く、基本的に他社 との共同開発 に戻 る場合や ビジネスプロセス連鎖が 自社のみでは繋が らず、協業や事業の組み合わせが必要 になって くる。
③市場導入期 における普及時期へ の ビジネス としての展 開を模索す ると、 自社努力の みで環境が受 け入れて くれ ることが難 しく、普及への仲 間造 りが必要 になった り、
市場 の互換性 を必要 とす る場合、デファク ト ・ス タンダー ド化への戦略が必要 にな って くる。
④普及の直前 の時期 に直面す る可能性が高いプロダク ト ライフ ・サ イクルの不連続 ポイン トである 「大 きな亀裂」 をどう乗 り越 えるかの経営選択 に迫 られる。
⑤ 「大 きな亀裂」 を乗 り越 えた と想定 した ビジネス計画のシュ ミレーシ ョンやテス ト マーケテ ィングを実施す ることによって、撤退 を余儀 な くされた場合 にも、最小 リ スクで実行で きる様 に しておかねばならない。
といった様 な ものであった。
*導入期 よ り以前 のR&Dの時期 のケースか ら得 られたフロンテ ィアを取 りま く環境の 特徴 は、
(∋社会環境が変化 し、ユ ーザーのニーズが違 って くる可能性 に対 し、製品開発 やプロ セスイノベーシ ョンに事前事前 に手 を付 け、環境変化 を洞察 し、 シーズの芽 を育て なければならない。
(参既存 のインフラス トラクチ ャーをコス ト的 に大 き く変 えることの無い状態で、 イノ ベーシ ョンの必然性が認 め られ市場 に歓迎 されるであろう製品の開発 の芽 を、経営 的に承認、支援 して もらわなければならない。
③環境変化のス ピー ドに合 わせ た開発 を行 お うとす ると、 自社 のみの経営資源や技術 ノウハ ウでは競争 に負 けて しまうため、先行優位性 を確保す るための、事業開発や 製品開発 のアライアンスが必要 にな り、その成否がその後の全ての ビジネスの行方
を決めて しまう。
(彰ニーズ を認知 してか らの製品開発 では競争優位 には立てず、常 にシーズ主体 の技術
「事業開発におけるフロンティア
」
11 革新が要求 される。といった様 な ものであった。
以上の様 な特徴 が、実際の事業 開発 のケースで は どの様 な形 で現 れ、その フロ ンテ ィ アをどの様 に乗 り越 え、新 しいステージへ の戦略行動 に進 んでいったか、 ここに上 げた ケースか らの追跡 だけでは、特徴 的 な戦略 について普遍 的な一般化 はで きなか った。
しか し、事業 の展 開 にかかわる、マ ネジメ ン トの判 断の範 囲 とその フロ ンテ ィアが、
どんなところにあったか については、多 くの確認が な された。
2.
ケースでみるフロンテ ィアa)家庭用 ガス ヒー ター安全装置の国際技術移転 のケース ー 成熟期 (後半 の時期)‑
a)‑1 背景
ここでは、1960年 の初 め に米国の自動制御機器 メーカーが開発 した、家庭用 ガス温水 器 を自動的 に温度制御す る機能 と、失火時や着火失敗時 に自動 的 にガスバ ルブが閉止す る炎安全装置が付 いた機能 を持つ製 品の生産技術移転 が どう して行 われたか、 について 取 り上げる。
この製品は、海外事業展 開戦略 を輸 出事業 として イ ンターナシ ョナルセールスのマー ケテ ィンググループが行 ったが、最終 的 には国際技術移転 を行 わ ざるを得 なか った もの である。
国際技術移転 に至 った ビジネス展 開 と、国際技術移転 のプロセスで、い くつか直面 し たフロ ンテ ィアについて、その背景 を述べ てお く。
このガス温水器 に使 われる、炎安全装置付 きの温度制御 が出来 る機能 を もった製品は、
UL規格11やAGA規格12に合格 してお り、米 国での家庭用 ガス温水給湯器市場 を10年近
ll UL規格 (underLitersLaboratory)は、米国 における製品 を使用 す るエ ン ドユ ーザ を 保護す るために設立 された保険機構 で、当初 は製 品の安全度 や信頼性 が高い と保険料 率 が低 くて も事故保証 をす る と言 う機 関であったが、その後、製 品の安全度 や信頼性 の規 格 を設定 し認定機関 として独立 し、保険機 関は分離 している。
12AGA規格 (AmericanGasAssociation)は、米国内のガス供給業者 とガス装置 メーカー お よびガス器具 メーカーが設立 した、 ガス業界 の 自主認定機 関で、安全性 、信頼性 フェ イルセー フ、 フールプルー フ、互換性 、等 か ら標準規格 を設定 し、認定証 を製 品に張 り
くの長 さに渡 ってシェア‑を独 占 したヒッ ト製品で、現在 で もまだ健在であるロングラ イフを誇 る製品のケースである。
米国で発売当初か ら独 占的地位 を築いたこの製品は、米国市場のみで も大量生産効果 により大 きな利益 を上げたが、都市部 をはずれたガスの供給パイプライ ンの埋設 コス ト 高 によるポテンシャルの限界 と、石油ボイラー温水器のランニ ングコス トとの比較競合、
新規参入競合製品 とのシェア‑争奪か ら、販売の成長が鈍化 し始めた。
この時点で、米国のプロダク トマ ネジャーは、米国で生産 され ヨーロ ッパ に輸 出 され ている大型 ガス給湯器 にOEM部品 として、 ガス熱量 を補正す る流量バルブサ イズの変 更 とパ イプ接続 ネジ形状の変更、及 び取 り扱 い表示 ロゴ (文字)の変更 を申 し出でるこ
とによって、採用 して もらうことに成功 した。
米国製 による大型 ガス給湯器が ヨーロ ッパ に輸 出 されると、部品 として付随 してゆ く 製品は新 しい市場 ポテンシャル として、生産規模 に寄与することになった。
ヨーロ ッパでの大型 ガス給湯器が普及 し始 めると、各 国での大型 ガス給湯器の規格が 作 られは じめ、 ヨーロ ッパ共通の標準化 として、DIN規格 に適合す ることが求め られた。
米国のこの企業 は、 ここで初めて ヨーロ ッパでの各国規格 に対応す るための生産工場 を設立 し、ローカルプロダクシ ョン (現地生産) を開始する。
米国でガス温水器用安全装置付 きコン トローラー として開発 された製品は、 ヨーロ ッ パでは大型 ガス給湯器用 として、設計仕様 は同 じであるがアプリケーシ ョンが違 う対象
として、新 しい市場 を開いた。
その当時、 日本 にはガス温水器 もガス給湯器 もなかった。 もともと、シャワー と言 う 用途 もなければ、温水給湯 と言 う用途 もなかった。風 呂釜があっただけである。
温水暖房や給湯 シネテムによるシャワーの習慣が、 日本 にはなかったのであるo 米国や ヨーロ ッパで成功 した製品は、なんとしてで も日本 を新 しい市場対象 とすべ く、
ガス温水器 メーカーや給湯器 メーカーが市場創造 をはかった。
しか し、 日本 におけるガス供給 は石炭 を燃や してガスを作 っていたため、エネルギー 単価 としては一番高価 なエネルギー源であ り、それで暖めた温水 を24時間一定温度 に貯 めてお くな どとは、 とて も許 されることではなかったのである。 また、暖房 はコタツで あった。
それで も、オフィスにはお茶の給湯用のガス小型給湯器が、 ヨーロッパか ら輸入 され 使 われ始めていた。 しか し、そこで も普及はなかった。
東京 ガス と大阪ガスの都市 ガスの一般家庭へ の急速 な浸透は、 ガス こんろやガスス ト ーブにプラス して、 日本独 自の発想で生 まれた家庭用 ガス風 呂釜 とガス瞬間湯沸器が世 に出ることによって、始 まったのである。
日本 におけるガスのエネルギーコス トの高単価 は、必要 なときに必要なだけ温水や給
付 けることを義務付 けた ものである。
「事業開発におけるフロンティア
」
13湯が得 られる装置 を得 ることによって、便益が コス トを吸収す ることにな り、急速 な普 及をみる。
しか し、ガスは爆発 とガス中毒 を起 こす。 ガス会社は、安全装置 を経験豊かな米国の メ‑カーに開発 の依頼 を出すが、温水器用 の安全装置付 きコン トローラーは、米国では すでに成熟製品 となってお り、標準化、規格化 されているため、 日本の要望での製品は 新製品開発 とな り、市場的にもコス ト的に も開発投資 コス トに見合わない対象 となって
しまっていた。
米国企業の 日本 における合弁企業では、ガス流量的には最適サ イズである温水器用 の 安全装置付 きコン トローラーを開発 コス トミニマムで、大幅 な設計変更 な しで活用で き
ないかを模索 した。
日本のエ ンジニアの得意技が、ここで発揮 される。温度 コン トローラーの部分 を削除 して安全装置のみ をガスコックとして活用す ることにによって、東京 ガス、大阪 ガスが 開発依頼 を して きているガス安全 コックの要求が満た されることに気づ く。
ガスのノブを押 して火 を付 け、火 によ り熱電対が暖 ま りパ イロ ッ トの炎が確認 される と、は じめてメインの コックを回す ことが出来、ノブを回す と、メインのバーナーに火 が着 くと言 うガス安全装置付 きコックが生み出 される。
この コックは、東京 ガス、大阪 ガスの認定品 とな り、風 呂釜は もとよ り、その後開発 された画期的な日本独 自の暖房器具 となるFF式ス トーブや暖房機器、給湯器の全 てに取 り付 けられ、法的にも規格化が図 られる。
結果的には、これによ り米国企業の得 たローヤルテ ィ収入は、膨大 な もの となった。
この 日本の合弁企業 によ り創 り出 された安全装置付 きガス コ ックを、世界規模で展開 することにより、製品寿命 をのば し、かつ 日本での合弁である企業への利益還元施策 を 試みたのが、メキシコへの製造移管である。
自動車産業であるとか、冷蔵庫や電気洗濯機の様 な家電製品であるとか、1960年代 以 降の、いわゆる欧州や米国に開発 と製造の起点 を持つ製品の商品輸 出は、 このガス コッ クの例で も見 るように、諸外 国の輸入規制や規格 に阻 まれ、多 くは現地生産 の手段 を通 じて国際化への拡大が なされている。
日本の合弁企業か ら派遣 され、米国企業の コア‑事業部のイ ンターナシ ョナル ・マー ケテ イングに席 を置いていた立場か ら、米国に開発 と製造の起点 を持 ち、 日本で改良 と 製造がな され、独 自のマーケ ッ トニーズ を満た した、 このガス安全装置付 きコックの 日 本か らの商品輸出 を、 自動車産業や家電製品の例 を習 って計画 しマーケ ッ トプロモーシ
ョンを図った。
1960年代後半か ら1970年代の前半 において、米国企業の中で、国際化が図 られていた とされる多 くの企業 は、インターナシ ョナル ・デ ィビジ ョンの一部門 としてイ ンターナ シ ョナル ・セールスの機能 を持 っていた企業がほ とん どであったが、 このケースで取 り 上げた米国企業 は、当時 よ り米国企業のなかで も経営 の最先端 を走 る企業 として名 を馳
せてお り、インターナシ ョナルなマーケテイング機能 を各事業部が持 ってお り、事業の 製品の世界戦略 を練 っていたのである。
オリジナルの製品が米国で生 まれ、その後販売拡大 をね らって欧州 に輸出 された製品 は、機能的 には全 く同 じで、ガスの発熱量 とか必要流量 とか言 ったサ イズに関わる部分 的仕様が異 なる製品であった。
しか し、輸 出はす ぐ壁 にぶつかる。欧州各国の規格が一様ではな く、顧客対応 のため に現地生産 をオランダで始めることとなる。
加工機械 を始め、プラン トの設備 は、米国の もの と全 く同 じプラン トの設計 を、米国 本社か らオランダの子会社 に移植 させ、欧州市場 を制覇 した。
日本へのケースは全 く趣 を異 に していた。
製品の一部の機能は同 じだが、加工機械やプラン ト設備 の違い、未熟市場での生産数 量の違い、アプ リケーシ ョンの違いか らくる動作 ス ピー ドの要求の違い、栓 の開け閉め に関わる手 の動作 の違和感 を覚 える感覚的遠い、等 、多 くの違いか ら、基本的な製品設 計 の し直 しが、米国 と日本のエ ンジニアの間で行 われた。
ここで生み出 された製品は、 日本のガス機器製品の安全性 と操作性 を確保 した物 とし て、このガス コックが装着 された機器 は、暖房機器 を始め、湯沸か し器、 シャワー付 き リモー ト風 呂釜、等 と、地域性の強い狭 いガス市場が、家電製品市場 と同様 な製品の便 益 を生みだ し、市場 は飛躍的発展 を見 たのである。
しか し、すでに米国か ら欧州への進出で、規模 の経済か ら範囲の経済 に移行 し、製品 は標準化、平準化 し、プラン ト償却 も促進 し利益 アイテム となった製品が、 日本市場へ の進出のために、結果 として、ゼロか らの再投資が始 まって しまったのである。
ここで、つ ぎの3点が、 日本市場への参入に際 しての事業展開のフロンテ ィアとなった。
*成熟期 に、新 しい投資が始 まる。
*日本市場のみ (東京 ガス と大阪 ガス管内のみ)で、かつ、市場 の小 さな貯湯式温水 器向けでは、規模の経済が効いてこない。
*新 しいアプリケーシ ョンは生み出 されるが、世界標準 にはな り得 ない。世界 の習慣 としての標準 には、次の ような日本的な風土は特異的な存在であった。
・風 呂好 きで、す ぐ沸 き上がることを望み、風 呂は浸かるためだけの もの。
・温水 をため込 む習慣が な く、瞬間湯沸か し器 を要望 し、ガスは湯が出ているとき 以外 は使 わない概念。
・暖房はセ ン トラルではな く、個別暖房で、 コタツの変わ りがFF暖房機の概念。
この時点で直面 したフロンテ ィアを乗 り越 えるた壁 は、新 しい投資が規模 の経済 を満 足すると言 う領域であった。
規模 の経済 を得 るために取 られた手だては、その ころ国家事業 とて急速 に立 ち上げた
「事業開発におけるフロンティア
」
15都市型集合住宅の風 呂釜 に、住居の安全性 のために、 このガス コックの標準装着 を法制 化 させ、アプリケーシ ョンの確保 と数量の確約 を得 ることであった。
結果 としては 日本市場で、風 呂釜向けのみな らず、暖房機、湯沸か し器、そ して地方 ガス会社、LPGガス向け と、新 しいニーズ を生みだ し、ポテンシャル を創造 し、需要側 や顧客であるエ ン ドユーザーへ もおお きな便益 を与 えなが ら、 日本での合弁企業 は大 き な成果 を得 ることとなった。
この棟 に、この事業開発 は、 日本 のガス器具市場 を構築す ることに貢献 し、 このガス コックは顧客の高い評価 を受 けた。
しか し、米国 を起点 とした製品の世界戦略か ら言 えば、市場適応 は限 られた市場であ り、開発投資 を含めた全体の投資回収 には疑問が多 く、ローヤ リテ ィ収入 といって も機 能の同一仕様分 しか評価 されず、極 わずかな対象 となって しまっていた。
a)‑2 環境の特徴 とそのフロンテ ィアの克服
成熟期の後半 におけるこのケースでの フロンテ ィアを取 りま く環境 の特徴 と、その背 景 をここにまとめてお く。
①規模の経済 による事業拡大効果 は少 な くな り範囲の経済 に移行 し始める。
*米国か ら地域 の範囲拡大 としての欧州市場への進出。
*改良仕様 と設計変更 による新規 開発 と設備投資 を必要 とした技術資源 の範囲の拡大 と地域の範囲拡大 としての 日本市場への進出。
②技術的にはコア‑技術 のみ存続 してお り改良技術が大半 となる。
*欧州市場向けの改良仕様。
*日本市場へのコア‑技術 にロイヤ リテ ィを持つ設計変更 による改良技術。
③市場や製品の平準化、標準化が製造移転 によ り世界規模でなされる0
*米国で標準化 されたガス温水器用温度調節器付 きガスバルブが欧州市場 に平準化 さ れた市場構成 として拡大浸透 してゆ く。
*米国方式が顧客のニーズに合わなかった 日本市場へ、米国ですでに安全基準が標準 化 されたコア‑技術 の実績 を活用 した技術 ・製造 の移転。
④互換性や供給責任、製品の信頼性や保証 といったユーザー保護への規制や規格が厳 し くなって くる。
*米国でのUL規格やAGA規格、欧州でのDIN規格、 日本での東京 ガスや大阪 ガスの 認定が市場参入の先行優位 を保護。
*市場 占有率の高 さが製品のデ ファク ト化 を促進 させ、部品交換時期 に際 して代替 え 出来 る機能 を持つ上位製品を用意す ることによ りリピー タビリテ ィを上 げ、供給責 任 と信頼性 の保証能力 を高め、世界制覇 を図ると同時 に製品のライフサ イクルの独
占的延命がなされている。
この ことに加 え、 日本市場への進出では、その当時の製造 を主体 として事業進出 した 多 くの企業が経験 したように、
⑤成熟期の製品に新たな開発 ・設備投資が必要になった。
⑥ 日本市場のみでは規模 の経済が効かない。
といったことが発生 し、事業展 開に関わるマネジメン トの判断の範囲 とその取 るべ き戦 略 と行動 に高い壁が生 じた。
この時、米国企業のイ ンターナシ ョナルマーケテ イングの立場か らの事業展 開戦略提 案は、以下の様 な もの となった。
それ らは、
*日本 に追従す る発展途上国でガス器具 を使 う国へのニーズの創出
*米国か らの付属 品の輸 出、 日本か らの部品の輸 出による売上げ貢献
*日本か らの技術輸 出による組立 ラインを持つプラン トの設置 と言 うものであった。
事業展 開に関わる判断の範囲は、①‑.くむの環境 によ り制約 されてお り、事業戦略 とし て不確実性への選択肢 は、上記の提案が取 り上げ られ、事業のス タデ ィを行 うこととな った。
当時、 日本 に経済的に追従す る地域で、生活環境や気候が欧米 に近い国に、メキシコ があった。
製造業 としての賃金の安 さ、南 アメリカ市場‑の製品製造供給基地 としての地理的優 位性、マーケ ッ トの創出が可能、 とのマーケ ッ ト判断か ら、メキシコと南 アメリカのマ ーケ ッ トマネジャーへ市場調査 を指示 し、マ‑ケ ッタビリテ ィと市場ポテ ンシャルの把 握 にはいった。
結果 は、ガス事業が米国の企業の援助の下 に動 き始めてお り、市場ニーズは生活環境 の向上 に伴 う需要の強 さか ら大 きなポテ ンシャルを示 していた。試算か らは、投資 リタ ー ンも大いに期待 しうる数値が得 られた。
経営判断は、 日本か らの生産技術の移転 と決 まった。
結果 としては、 メキシコに も新 しい市場が生み出 され、メキシコ工場設立 は直接投資 であった米国に大 きな利益還元が なされ、 日本 も部品の供給 による規模 の経済 を享受 し たの と同時に技術 ノウハ ウ移転 によるローヤ リテ ィ収入 も発生 し、各生産拠点 とも、多
くの利益 を生みだ した。
コア‑技術 のプロダク ト・ライフ ・サ イクルの延命 に成功 し、成熟事業の再生がはか られ、地域拡大 とアプリケーシ ョン拡大‑の戦略行動 と言 う両立 した手段 によ り、クロ ーズ ドシステムか らオープ ンシステム‑の フロンテ ィアを乗 り越 え、世界市場 の制覇 を 実現出来 したのである。
「事業開発におけるフロンティア
」
17b)電子式エアークリーナーの事業開発 のケース ー導入期 (成長期前の普及の時期)‑
b)‑1 背景
1960年初頭 に米国のベ ンチ ャー企業が、高電圧ではあるが微弱電流 によ り、境の粒子 にマイナスの電荷 を与 えることによって境 をイオ ン化 させ、そばに置いたプラスの電極 板 に境 を吸い寄せ、電子的に境 を除去 させ る局所型エアークリーナーの商品を開発 した。
それ まで にも電気的 に高電圧 をかければ境が除去 出来 ることが解 ってお り、すでに米 国では、 ごみの焼却装置や工場 の排気装置、 ビルの空調 リター ン装置 には大型装置 とし て使 われ始めていた。
この電子的に境 を除去す る装置が、1960年代 の中頃に米国の企業 によって、家庭用 ダ ク ト式温風暖房機 にセ ッ トで きる様 に改良開発 された ものが、電子式エアークリーナー と呼ばれる装置である。
当時か ら、米国の家庭では、温風 をファーネス とよばれる装置で作 り、各部屋‑ ダク トを通 じて配風 してあげるセ ン トラル暖房 システムが一般的 となっていた。
米国の生活慣習では、一般的 にはどの部屋 に も織機が敷かれ、土足 のままで家 の中を 歩 き回るため、サ ッシ等で密閉度が良 くなった家の中の塵境 による健康問題が、大 きな 話題 にな り始めていた頃である。
この米国企業 は、セル と呼ばれる集塵部分の構造特許 とパ ワーパ ックとよばれる電子 式の電圧昇庄部品の製造特許 を所有 していた。
集塵部分 は板素材か ら自動装置で大量生産 しやす く出来 てお り、 また、集塵効率 も含 めコス ト的に優位性 を持 っていたため、長 きに渡 って米国以外 では製造出来 なかった部 品であった。
この電子式エアークリーナーは、米国、カナダ、欧州 と家庭用セ ン トラル温風暖房機 を設置す る習慣のある地域 には、普及品 として標準装備 されていた。
さて、 日本市場ではどうであっただろうか。
米国企業 によ り製造 された電子式エアークリーナーは機能的にはすぼ らしい ものであ ったが、 日本の市場では、
*家屋の構造 と生活習慣が異 なるため、ポテ ンシャルが まった くない。
・家屋内の空気 を汚す原因 となる、土足で部屋 に入る習慣がない。
・セ ン トラル温風暖房機 なるシステムがない。
*集塵 を したい要望があって も、一般家庭では部屋 と家屋が狭 く、米国の装置では容 量が大 きす ぎて使 えない。
*セ ン トラル温風暖房機のダク ト用であるため、 フアンがついていな く独立で使用 出 来 ない。
*電源容量が220ボル トしかな く異 なるため、そのままでは使用 出来 ない。
*家庭用では、 日本独 自の規格で事実上の輸入規制法である電気用 品取締法 に、電子 式エアークリーナーの項 目が な く許可認定が とれない。
といった環境 にあった。
当時、 日本での市場創造 を託 されていた合弁企業のマーケ ッ トマネジャーの立場か ら は、 まず、 日本で使 える製品仕様 のサ ンプルを米国企業 に作 らせ ることか ら始 まった。
それ らは、
*日本 の家庭 の コンセ ン トで使用 で きる電源仕様100ボル トで集塵効率が極端 に落 ち ない製品。
*外観 は、 日本の部屋 の必要容量 に合わせて、テ レビと同 じ様 なサ イズで、ス ピーカ ーボ ックスの箱 に入れた、床 の上あるいは机 の上 に置ける独立型0
であった。
1970年代 当初 の 日本の生活環境では、工業地帯での晴息の問題が出始めていたが、 ま だ家庭内の生活環境 にエアークリーナーが必要 とされる時代 ではなかった し、家屋 の構 造 も密閉 される様 な構造 になかった。
当然、花粉症 といったア レルギー も定義 されていなかった時代 で、エアークリーナー の必然性 は全 くなかった といって も差 し支 えない状況 にあった。
この フアン付 きの独立型エヤークリーナーは、 フアンの音が大 きく、米国人は家庭環 境 の中でのフアンの騒音 は慣れ親 しんでいる気 に もな らない存在であったが、ほ とん ど 音 のでない扇風機が当た り前 になっていた 日本では、通用 しなかった0
また、大 きな塵攻が このエアークリーナーで集塵 されると、集塵時発生す る放電音が 気 にな り、 この製品は、導入期 の ままアプリケーシ ョンが規定で きず10年近 くを経 て、
事業継続 を断念す るするか どうかの経営判断を しなければならない時期 を迎 えていた。
最初の試みは、失敗 に終 ったのである。
1980年 におけるマーケ ッ トマネジャー としての大 きな仕事が、 このエアークリーナー の問題解決であった。
事業の状況は次の ように、最悪 なもの となって しまっていた。
*米国企業か らは、世界各 国で ヒッ ト製品 となっている製品が、何故 日本で売れない のか、マーケテ イングに問題があるのでは、 との圧力がかかって きた。
*また、 日本の要求仕様で開発製造 した費用 の責任 を追求 して きた0
*ニーズの創造 に資金や資源 を投入で きる余裕は、全 くな くなっていた。
*米国での嫌煙主義が台頭 し、 レス トランで も分煙 されるところが出て きは じめてい るのに、 日本での動 きは全 くなかった。
事態 は最悪であった。
b)‑2 環境の特徴 とフロンテ ィアの克服
エ アークリーナーの市場必然性 の確信 はあったが、 もう一度市場の見直 しをかけてみ
「事業開発におけるフロンティア
」
19ると、以前 か ら比較 的大 きな店舗 の個別空調設備 の計装 で、気 になっていたマーケ ッ ト ニーズ を思い出 した。
硯場 は、パチ ンコ店であった。
パチ ンコ店のオーナーは、
*女性従業員が集 まらない職種 となっていて、 なん とか雇用 を確保 したい状況。
・タバ コのにおいが髪 に染み着 き通常 のシャンプーでは とれ ない。
・男性 のみの遊技場であ り、台か ら玉が出な くなる と玉 を補給す る女性 のせい に し 喧燥が絶 えない。
*雨が降ると出玉率 (1台で出る玉の量の相対 的 な率)が大 き く変 わる。
・湿度で タバ コのヤ二が玉 に着 きやす くな り、玉が汚れ弾 かれかたに変化が起 きる。
・入客数が少 ない ときに過度 に除湿 をす る と寒 くなる。
と言 ったことに困っていた。
実験的 に個別空調機の吸気側 に米国製の業務用エ アークリーナー を設置 してみた。
結果 は、改善 された ように思 われたが大 きな数値 の差 と しては出て こなか った。
当時、 日本全 国 に12000店 のパチ ンコ店 があ り、それ以上 の増加 を業界 も監督官庁 も 喜 ばなかったため、出店許可規制が始 ま り、1店舗 の大型店化が始 まる。
店舗 の大型化 とともに検討 されたのが、従業員不足 か ら くる玉の集 中配送 システムの 導入であった。 この集 中配送 システムは、一回当た りの出玉量 を増 や して もそれ までの 女性 の手 になる玉の継 ぎ足 し作業か ら くるネ ックが な くな り、 その後 の ヒ ッ トとなるフ
ィーバ ーの原型がス ター トす る。
集 中配送 はパチ ンコ台 に適正量 の玉 を配送す るため に中央 の屋根裏 に玉 を集 中在庫 さ せ、樋 の傾斜 を利用 して順次配送 される仕組み となっていた。
玉打 ちが手動 であった頃の、手 の油 に よって玉が汚れ る問題 については、 自動 の玉打 機が登場す ることによって、ある程度 の問題 は改善 されていた。
しか し、台その ものの玉 は補給が必要 となるまで循環 してお り、 タバ コのヤ二 に よる 玉の汚れの基本的解決 には至 た らなかった。
ここで問題が起 きたのである。連続 フ ィーバ ーが出た とき、樋 に玉が詰 まって玉が配 送 されず ク レーム となる事故が雨の 日に多 く起 き始 めたのである。
エヤークリーナーの出番が必然性 とともに、や っ と出て きたのである。
ここでのマーケ ッ トマ ネジャー としての ビジネスの確信 は、
*パチ ンコ店の混雑 時の密度 か ら くる タバ コの煙 の除去容量 は、米 国製の業務用 エ ア ークリーナーの部品のほ とん どがその まま使用 出来 る容量である0
*パチ ンコ店 は 日銭の収入が大 きく、少 々高いシステムで も価値 があれば購入す る。
*エアークリーナーの集塵音 は、店内の騒音 で気 にな らない。
*エ アーク リーナーの集塵部分 の洗源 は、従業員の店 内清掃 マニ ュアルの一環 と して 組み込 める。
といった ものであった。
ここでの事業開発の フロンティアは、
*長期 にわた りビジネスは赤字 を続 けてお り、製品開発投資の対象か らはずれていた。
*顧客対象が特別 な業界であ り、 クレーム対応、売上げ回収 もふ くめ課題がある。
*パチ ンコ店の顧客空間環境が空気清浄機 を導入 したために、顧客満足度 を低下 させ ないか。
*特殊業界であるため、クレーム発生時他の事業のブラン ドイメージを損 なわないか。
であった。
この中で一番大 きな問題 は、開発投資 と流通への資金が無いことであった。
製品開発 については、
*独立 した送風装置が組み込 まれるボ ックスであること。
*エアークリーナーの集塵部分のセルが組み込めるスペースがあること。
*で きればオーバー容量 の集塵能力 を発揮で きる大型のボ ックスが この ま しいこと。
*パチ ンコ台のスペースを潰 さない様 出来れば天井 に取 り付 け られること。
等が課題 となった。
自社 には とて もこのボ ックスを設計 し製造で きる能力 は資金 ともども持 ち合わせてい なかった。 しか し、 ビジネスチ ャンスの確信 はあった。
その時、長い間部品を購入 して くれていた懇意であったボイラーを製造 してい る顧客 が、 ファンコイル ・ユニ ッ ト (循環温水熱交換機 にフアンで風 を当て温風 を出す、壁の 側面 に設置す る床置据 え置 きの温風暖房機) をボイラーを売 る為のサービス事業 と して 片手間に製造 していることを思い出 した。
このファンコイル ・ユニ ッ トの改造試作 をそのボイラーメーカーに、
*ファンコイル ・ユニ ッ トの熱交換機 をエアークリーナーの集塵セルに置 き換 える。
*熱交換機 の2倍 の厚 さを持つ集塵セル を組み込 むため と洗源 のための脱着 を可能 と させ るために、 ファンコイル ・ユニ ッ トの背側の化粧版 をはず し、抜 き打 ちの まま の保護 カバーで覆わせ る。
*処理能力 を上げるために、大型送風機 を組み込 む。
ことを依頼 した。
この改造試作 は1カ月を経ず して出来上が り、成功 した。成功 した要因は、
*ボイラーメーカーは新 しい事業 を模索 していた。
*試作代金 は顧客への期間限定のボイラー用部品の購入値引 きで対応 した。
*送風機の大型化 による音の増加 は、パチ ンコ店内騒音では気 にならなかった。
*ファンコイル ・ユニ ッ トの背側 の化粧版 のコス トと抜 き打 ち保護 カバーのコス トは 変わ らなかった。
*エアークリーナーは天井つ りとしたため、設置空間に余裕が得 られたことと、片面 のみの化粧板 で間に合 った。
「事業開発におけるフロンティア
」
21であった。
流通で は、最初 にパチ ンコ店でパ ッケー ジ型空調機へのエ アーク リーナー取 り付 け を 試みたパチ ンコ店舗 にルー トを持 つ、社長以下4人で切 り盛 りす る工事施工商社 に総代 理店契約 を行 い、試作機での現場 デー ターを共同で取 り、実績 を目の前で見せ るキ ャン ペー ンを実施 した。
現場の実績成果デー タに もとず き、他店舗 との差別化 を訴求 した結果、購入意欲が増殖 し、前金 による受注が可能 とな り、受注生産 によるボイラーメーカーでの生産 に入 った。
エアー クリーナーのパチ ンコ店への設置 は、い ままでの店内環境 の問題 を一挙 に解決 し たため、販売は一気 に拡大成長 し、生産が間に合わな くなるほどの ヒッ ト商品 となった。
パチ ンコ店の店 内環境 が良 くなるにつれ、女性顧客が増加 し、パ チ ンコ店 はパチ ンコ パーラー とイメー ジを変 え、郊外大型店舗展開や、総合 ビル に入 る様 にな り、ギ ャンブ ルのみの暗いイメージは払拭 され、憩 いの場所提供へ と変化 した。
同時 にコンピュー ター処理化 によるデー ター管理 に よる、 よ り顧客増好性 の高い出玉 確率が提供で きるシステム開発が な され、 オフィス内 と同 じ清浄環境 での コンピュー タ ー稼働 を も実現 させ ることとなった。
そ して、パチ ンコパ ーラーは、 日本 にお ける‑大産業 と しての地位 を確立 してい った のである。
この ように して、 この事業 開発 のケースでは、初期 開発投資 な し、製造 の アウ トソー シ ングによって設備投資 をせず、特殊市場 であ るため市場 プロモ ー シ ョン費用 もな し、
流通在庫 も必要 とせず、超優 良利益 アイテムを創 出 したのである。
現在で は、エ アーク リーナーは家庭 に まで普及 してお り、オフ ィス ビルのたばこの喫 煙 コーナーには必ずエアー クリーナーが設置 されるまで になった。
業務用エ アー ク リーナーは、パチ ンコパーラーか ら始 ま り、 ファミリー レス トラ ンに 展開 され、たばこの嫌煙 目的のみ な らず 、医療分野 その他 、多 くの アプ リケーシ ョンに 広が り、快適空間 を得 るツール となった。
基本 的 なニーズが潜在 的 にあって、それが顕在化す る時 には、多 くの場合 、その時代 を代表 している産業 に環境変化が生 まれ、環境変化 は新 しい フロンテ ィアを提供す る。
それは、あたか も、必然 的 にその時代 が要請 してい るが如 く観 れ るこ とが、 このケー スか ら判 る。
一方 、経営 的 には、準備資金 な しと言 う経営資源 の限界が まさにオープンシステムに おけるフロ ンテ ィアを構成 してお り、そ こを乗 り越 える知恵である戦略行動が、事業 開 発 を成功 に導いた もの と言 えるであろ う。
C)ガラス製 コンパ ク ト ・デ ィスクの開発 のケース ー導入期 (導入直前 の意志決定 の時期)‑
C)‑1 背景
1985年、それ までアル ミ製で しか考 えられなかったハー ドデ ィスク ・ドライブを動か す磁気デ ィスクに、 ガラス製が使 えないかの検討が始 まった。
試行錯誤がなされ、機能的には周辺技術 のインフラ ・ス トラクチ ャーが整備 されれば採 用が可能 となる機会があ り得 る ところまで、1988年 までに技術 とマーケテ イングが進 ん だ。
日本 に置 ける開発技術 に もかかわ らず、市場 は米国に しか市場が無かったため、米国 に磁性膜 を付 けるパ イロ ッ トプラン トを設置 し、 日本国内にはガラス基板 のパ イロ ッ ト プラン トが設置 された。
ガラス製 による磁気 デ ィスクを装着 したハー ドデ ィスク ・ドライブは、アル ミ製 に比 べ表面がスムースであるため単位面積当た りの記憶容量が飛躍 的に上 げ られる、 と言 う 仮説がこの当時、成 り立 っていた。
しか し、周辺技術のイ ンフラ ・ス トラクチ ャーは整備 されず、事業立 ち上げが出来 な い まま1988年 を迎 えていた。
開発設備 を抱 えガラス製磁気 デ ィス クと しての製 品開発 と しては苦戦 に陥 っていた が、事業開発 では レーザーデ ィスクやコンパ ク トデ ィスクを製造す るときに必要 となる、
デジタル信号 を転写す るためのス タンパー と呼 ばれるガラス原盤が事業 として成 り立 っ ていたため、事業開発 プロジェク トとしては存続が許 される範囲にあった。
C)‑2 環境の特徴 とフロンティア
ガラス材料 を使 った円盤 に情報 を載せると言 う新 しい試みは、外部 には市場形成が出 来てお らず、内部ではパ イロ ッ トプラン トが寝 ている と言 う状況 にあ り、多 くの難問 を 抱 えていた。
日本での事業 プロジェク トのマネジャーか らの立場か らは、ガラス素材 の円盤 に情報 が載せ られると言 うインフラス トラクチ ャーをいかに創 り出す ことがで きるか、か ら着 手することとした。
ガラス素材 を検討す る以前 に一般通念 としてあった状況 は、
*ガラスは割れるものである。
*ガラスが割れた場合大切 な情報が無 くなる。
*情報 を載せ るのにガラスである必然性 はない。
*ガラスは値段が高い。
であった。
これ らに対す るマーケ ッ ト‑の対応 は、
*ガラスが割れる可能性 については、強化 ガラスを創 りだ し、人間の手 の届 く高 さで ある約2.5メー ターの高 さか らコンクリー トに自由落下 させ、10000回で も割れな い物 とした。