博 士 ( 農 学 ) ス イ ド ー ス タ ー リ ミ ン
学位論文題名
h/Ianagement and Development of Tropical Peatland in Central Kalimantan , Indonesia
(インドネシア中部カリマンタンにおける熱帯泥炭地の維持と開発)
学位論文内容の要旨
イ ン ド ネ シ ア の 泥 炭 地 は13.5か ら26.5万haで 、 そ の 内 約12%(2.16万ha)が 中 部 カ リ マ ンタ ン(Central Kalimantan)に 存 在す る 。 熱帯 泥 炭 地は 特 殊 な 生物 の 生 息と 多様性を 支 え、炭 素を蓄 積・貯蔵 し、水 を貯蔵・ 調整する など多 彩な機能 を有している。これまで、泥炭 地の利 用は困 難である ことか ら、開発 は比較的 少なく 、部分伐 採はされるものの、天然に近い 熱 帯雨 林 が 保全 さ れ てき た 。 ま た、 カ リ マン タ ン のダ ッ ヤ ク族(Dayak people)は 泥炭地の これら の機能 を損なう ことな く、イネ を栽培し たり、 果樹を栽 培・採取し、泥炭林の副産物を 採取し たりし てきた。 本論文 では、ダ ッヤク族 の泥炭 地の有効 利用のシステムについて調査・
解 明し た 。 一方 、 ス ハル ト元 大統領が 中部カ リマンタ ンの泥炭 地を大 開発すべ く、1996年 に 100万haイ ネ プ ロ ジ ェ ク ト (Mega Rice Project (MRP)) を開 始 し 、運 河 の 掘削 に よ り 、 広範囲 に乾燥 化が進み 、泥炭 地が火災 で焼失し 、煙害 や大規模 ニ酸化炭素放出などで、健康や 環境に 深刻な 影響を与 えるよ うになっ ている。 本論文 では、こ の実態を解明し、その回復と保 全 策 に つ い て 、 実 証 試 験 と ダ ッ ヤ ク 族 の 伝 統 的 生 態 管 理 を も と に 各 種 提 言 を 行 う 。 ダ ッヤ ク 族(Dayak people)は泥炭 地の機能 を損なう ことな く、イネ を栽培 してきた が、
これはラダンシステムぐ la(ね皿ゲ)と呼ぱれる。ダッヤク族は泥炭地でイネ栽培の適地を判断す る のに 、 自 然の 状 態 を観 察し て、適し た兆候 を調べる 。上流域 では、 川岸に近 い浅い 泥炭地
( peぬ々んw省ぴ)のみを使用する。また下流の海岸近くでは、狭い用水路を掘り、潮の干満を 利用して水の入れ替えをして乾燥化を防ぎ、酸性度を軽減する( 加ロd甜″system)。一方、大 型の運 河は排 水するの みであ るので乾 燥化が進 み、泥 炭が微生 物分解や火災で焼失し、下層か ら硫酸酸性度が出現し、作物の生育がきわめて困難になる。
戸
こ う い っ た 伝 統 的 情 報 が あ る に も か か わ ら ず 、 当 時 の ス ハ ル ト 大 統 領 は 大 統 領 宣 言
(PresidentialDecree32/1990) で3m以 下 の泥 炭 は 農業 利 用 でき る と し、1996に は100万 haに イ ネ を栽 培 す るMegaRiceProject(MRP) を中 部 カ リマ ン タ ン で進 め た 。開 発のため に ―88―
大規模な運河・排水路を縦横に掘削し、泥炭地の乾燥化を促進した。これは、ダッヤク族が行 ってきた泥炭地の有効利用システムを全く無視し、また、泥炭の下層土の化学的性質、水理状 態、適正な作物や植物、樹木の栽培、地域社会の状況を全く考慮しなぃものであった。従って、
と の 開 発 で 、 特 に 深 い 泥 炭 地 と 海 岸 の 泥 炭 地 は 農 業 的 に 不 毛 の 地 と な っ た 。 100万haライスプロジェクトによる大規模運河・排水路掘削により、泥炭地の乾燥化が著 しく進み、火災が頻発し煙害(smoky haze)をもたらし、生態、環境、健康に深刻な影響を 与えている。煙害は人の害になるとともに、野生生物の生息にも深刻な影響を与えている。一 酸化炭 素(CO)と微 粒子(PMio)の濃 度は火災が 発生する 乾期に著しく増加する。CO濃度 はエル ニーニョ が発生し た2002年の乾期で平均15 ppmになった日が42日間もあり、致死 濃度に達することもあり、人体に極めて深刻な影響を与えた。PMio濃度は2002年の乾期で 250 pg m‑3以上が84日間もあった。中部カリマンタンではこのような悪影響で、29人が死 に 、17,270人 が 喘 息(Asthma)に 、3,366人 が 肺 炎 (Bronchitis)に 罹 っ た 。 泥炭・森林火災の防火のために、Fire Fighting Team(め由Serbu Api (TSA))の組織を 立ち上げた。これは単に防火を行うだけでなく、地域社会の生態保全の責任を明らかにし、環 境教育 を含むも のである 。2002年の泥炭 ・森林火 災ではTSAが約50〜60haの防火を行っ た。そ れぞれ8.75 km長 の9ラインについて、21の井戸を掘り、溝を掘った。住民が参加 したTSAは効率的に泥炭火災の消火に成功した。
100万haライスプロジェクトによる大規模運河・排水路掘削により、泥炭地の乾燥化が進 んで、生態、環境、人体に深刻な影響を与えている。そこで、大規模運河に堰(Dam)を作り、
水を堰き止め水位を上昇させる試験を実施した。堰の設置前と比べて、たとえぱ雨季の始まる 10月で151 cm (transect1)、134 cm (transect2)、145 cm (transect3)の水位の上昇が認め られた。また、有用な自生の樹木をまわりに植えることにより、過度の乾燥を防ぎ経済的にも 有用となるシステムも導入した。
泥炭の大規模開発は農業的に不毛の地を作り、泥炭の火災により生態や環境に著しい悪影 響を与えることを、生態系調査や地域社会の実態調査により明らかにした。大規模泥炭開発地 の運河・排水路に堰を築き水面を高くし、樹木を植えて環境保全と経済効果を高め、池を利用 して魚の養殖をおこない、また住民自身が泥炭湿地林の保全の意義を認識することにより、未 曾有の環境劣化と破壊を防ぐことが可能となることを提案した。
― 89 ‑
学位論 文審査の要旨 主査
副査 副査 副査
教授 教授 教授 助教授
大崎 波多野 平野 信濃
満 隆介 高司 卓郎
学位論文題名
Management and Development of Tropical Peatland in Central Kalimantan . Indonesia
( イ ン ド ネ シ ア 中 部 カ リ マ ン タ ン に お け る 熱 帯 泥 炭 地 の 維 持 と 開 発 )
本 論 文 は102貢 、 図25、 表18、 か ら な る 英 語 論 文 で 、 別 に 参 考 論 文4編 が 付 さ れ て い る 。
熱 帯 、 特 に イ ン ド ネ シ ア カ リ マ ン タ ン に は 広 大 な 泥 炭 地 が あ る が 、 こ れ ま で 土 地利 用 が 難 し く 比 較 的 自 然 に 近 い 状 態 で 保 全 さ れ て き た 。 し か し 、1990年 代 に は 急 激 な土 地 開 発 が 進 め ら れ 、 そ の 開 発 が 失 敗 し 広 大 な 荒 廃 地 が 残 り 、 火 災 、 微 生 物 分 解 によ り 、 膨大 な 量 の ニ 酸 化 炭 素 を 放 出 し て お り 、 健 康 被 害 も 著 し い 。 そ こ で 、 イ ン ド ネ シア 中 部 カリ マ ン タ ン に お け る 熱 帯泥 炭 地 の維 持 と 開発 に っ いて 、 総 合的 に 調 査・ 解 析 し 、そ の 保 全・
修 復 の モ デ ル 形 成 を 行 っ た 。 得 ら れ た 結 果 の 概 要 は 下 記 の 通 り で あ る 。
1. 緒 論
イ ン ド ネ シ ア の 泥 炭 地 は 13.5か ら26.5百 万haで 、 そ の 内11. 7%(2. 16百 万ha)が 中 部 カ リ マ ン タ ン(Central Kalimantan)に 存 在 す る 。 泥 炭 は 特 殊 な 生 物 の 多 様 性 、 炭 素 の 蓄 積 ・ 貯 蔵 、 水 の 貯 蔵 な ど 多 彩 な 機 能 を 有 し て い る 。 こ れ ま で 、 泥 炭 地 の 利 用は 困 難 で あ る こ と か ら 、 開 発 の 手 は 比 較 的 少 な く 、 熱 帯 雨 林 が 最 後 ま で 残 っ て い た 。 また 、 カ リ マ ン タ ン の ダ ッ ヤ ク 族(Dayak people)は 泥 炭 地 の こ れ ら の 機 能 を 損 な うこ と な く、
イ ネ を 栽 培 し た り 、 果 樹 を 栽 培 ・ 採 取 し 、 泥 炭 林 の 副 産 物 を 採 取 し た り し て き た 。本 論 文 で は 、 ダ ッ ヤ ク 族 の 泥 炭 地 の 有 効 利 用 の シ ス テ ム に っ い て 調 査 ・ 解 明 し 、 そ の 保全 策 に つ い て 提 言 す る 。 一 方 、 ス ハ ル ト 元 大 統 領 が 中 部 カ リ マ ン タ ン の 泥 炭 地 を 大 開 発す べ く 、1996年 に100万haイ ネ プ ロ ジ ェ ク ト (Mega Rice Project (MRP)) を 開 始 し 、 運 河 の 掘 削 に よ り 、 広 範 囲 に 乾 燥 化 が 進 み 、 泥 炭 地 が 火 災 で 焼 失 し 、 煙 害 や 大 規 模 ニ酸 化 炭 素 放 出 な ど で 、 健 康 や 環 境 に 深 刻 な 影 響 を 与 え る よ う に な っ て い る 。 本 論 文 で は、 こ の 実 態 を 解 明 し 、 そ の 回 復 と 保 全 策 に つ い て 、 実 証 試 験 と と も に 各 種 提 言 を 行 な って い る 。
2
.伝統的泥炭地管理
ダ ッ ヤ ク 族
(Dayak people)は泥 炭地 の機 能を 損な うこ とな く、 イネ を栽 培し てき た が、これはラダンシステム(
‑ 1adang')と呼ばれる。ダッヤク族は泥炭地でイネ栽培の 適地 を判 断す るの に、 自然 の状 態を 観察 して 、適 した兆候を調べる。上流域では、川岸
1ご近い浅い泥炭地 (
petak luwau)のみを使用する。また下流の海岸近くでは、潮 の干 満を 利用 して 水の 入れ 替え をし て酸 性度 を軽 減する (
handel system)。一方、
大型の運河は排水するのみであるので乾燥化が進み、泥炭が微生物分解や火災で焼失し、
下 層 か ら 硫 酸 酸 性 土 壌 が 出 現 し 、 作 物 の 生 育 が き わ め て 困 難 に な る 。
こういった伝統的情報があるにもかかわらず、当時のスハルト大統領は大統領選宣言
(Presidential Decree 32/1990)で
3m以 下 の 泥 炭 は農 業利 用で きる とし 、1996 に は
100万
haに イ ネ を 栽 培 す るMega Rice Project (MRP) を中 部カ リマ ンタ ンで 進め た。 開 発のために大規模た運河・排水路を縦横に掘削し、泥炭地の乾燥化を促進した。これは、
ダッ ヤク 族が 行っ てき た泥 炭地 の有 効利 用シ ステ ムを全く無視し、また、泥炭の下層土 の化 学的 性質 、水 利状 態、 適正 な作 物や 植物 、樹 木、地域社会の状況を全く考慮しない もの であ った 。従 って 、こ の開 発で 、特 に深 い泥 炭地と海岸の泥炭地は農業的に不毛の 地となった。
3.
泥炭地 の荒 廃状 況
100
万
haラ イ ス プ ロ ジ ェ ク ト に よ る大 規模 運河 ・排 水路掘 削に より 、泥 炭地 の乾 燥 化 が 著し く進 み、 火災 が頻 発し 煙害
(smoky haze)をも たらし 、生 態系 、環 境、 健康 に 深 刻な影 響を 与え てい る。 煙害 は人の害になるとともに、野生生物の生息にも深刻な影 響 を 与え てい る。 一酸 化炭 素(CO) と 微粒 子(PMio) の濃 度は火 災が 発生 する 乾期 に著 し く 増 加す る。
CO濃 度は エル ニー ニヨ が発 生し た2002 年 の乾期 で平 均15 ppm にな った 日 が
42日 問 も あ り 、 人 体 に 極 め て深 刻 な影 響を 与え た。
PMio濃度 は2002 年 の乾 期で
250ル
g m‑3以上 が84 日間 もあ った 。中部 カリ マン タン では この ような悪影響で、29 人が死 に 、 喘 息
(Asthma)カ ミ
17,
270人 、 肺 炎
(Bronchitis)カ ミ
3,
366人 に 達 し た 。
4
.泥 炭地 の保 全と 修復
泥 炭・ 森林 火災 の防 火の ために、Fire Fighting Team (Tim .Serbu Api (TSA) )の組 織を 立ち 上げ た。 これ は単 に防火を行うだけでなく、地域社会の責任を明らかにし、環 境 教 育 を 含 む も の で あ る。
2002年 の 泥 炭 ・ 森 林 火 災 で は
TSAが 約
50ー
60haの 防 火 を 行 った 。そ れぞ れ8 . 75 km 長 の9 ライ ンに つい て、
21の井 戸を 掘り 、溝 を掘 った 。住 民が 参加 した
TSAは 実に 効率 的に 消火 する こと に成 功し た。
100
万
haラ イ ス プ ロ ジ ェ ク ト に よる 大規 模運 河・ 排水路 掘削 によ り、 乾燥 化が 進ん
で、 生態 や環 境に 深刻 な影 響を与 えて いる 。そ こで 、大 規模運河に堰(Dam) を作り、水
を堰 き止 め水 位を 上昇 させ る試験を実施した。堰の設置前と比べて、たとえば雨季の始
ま る
10月 で
151 cm (transectl) 、134 cm (transect2 ) 、145 cm (transect3 ) とな
り、 水位 の上 昇が あき らか に認められた。また、有用な自生の樹木をまわりに植えるこ
と に よ り 、 過 度 の 乾 燥 を 防 ぎ 経 済 的 に も 有 用 と な る シ ス テ ム も 導 入 し た 。
泥 炭の 大規 模開 発は 農業 的に不毛の地を作り、泥炭の火災により生態や環境に著しい
悪影 響を 与え るこ とを 、実 証的に明らかにした。大規模泥炭開発地の運河・排水に堰を
築き水面を高くし、樹木を植えて環境保全と経済効果を高め、池を利用して魚の養殖を おこない、住民自身は泥炭湿地林の保全の意義を認識することにより、未曾有の環境劣 化を防ぐことが可能となる。
本研究により得られた網羅的かつ総合的知見は、熱帯泥炭地とその生態の保全、修復 に著しく貢献するものである。その成果は、熱帯泥炭の保全の技術開発の基礎として重 要であるだけでなく、社会システムとして消火グループ、環境教育システム、住民参加 型環境修復システム等を生み出すのに多大な貢献をした。熱帯泥炭保全に関する総合農 学を確立したという意味で、画期的成果であり、今後、持続的環境・生態保全の世界的 モデルとなりうると期待される。